僕たちのエロゲーがこんなにクソゲーのはずがない
<1> ゲーム研究会の試練
これは僕たちが怒涛の日々を過ごした
9月の出来事だった。
ゲーム研究会。それが僕の高校で所属する部活動の名前であり、放課後のオアシスとでもいうべき場所だ。
僕、――
にとってこの半年は新しいことの連続だった。
卒業していった先輩方に変わり、僕が部長に指名されゲーム研究会を引っ張ってゆくことになった。
まぁ、ゲーム研究会とはいっても放課後にゲームして雑談して時間を過ごしているだけ。
時にはゲームを自作して公開することもしているが、日々精力的にゲーム制作に
しんでいるかと言われれば答えはノーだ。
高校生の放課後といえば薔薇色の時間帯であることは言うまでもない。
遊びに精を出す高校生ならば、部活動に真面目に顔を出すなんて馬鹿げているとでも言うだろう。
僕はこう答える。とんでもない!
部長の肩書をもつ僕はせめて、ゲーム研究会の部活に毎日顔を出すようにしていた。
それは部長としての威厳を保つためであって、けっしてゲーム研究会に行けば彼女が待っているからでないんだ!
そう、僕はゲーム研究会のメンバーの赤城瀬奈と付き合っているのである。
最初のうちは『彼女持ち&部長の権限を持つ男』というのは、このゲー研のなかで公私ともにヒエラルキーの頂点ではないか?
僕って勝ち組じゃね? とも思ったりしたのだが、
たまに”人生勝ち組のはずなのに二次元ヲタな残念イケメンさん”が遊びにいらっしゃるのでその幻想は次第に砕かれることとなった。
◇
夏休みが終わって新学期が始まり一週間が過ぎた頃だった。僕は彼女とゲーム研究会へ向かうべく廊下を歩いていた。
「あ、そういえば瀬奈って……まだ僕のこと名前で読んでくれないよね、楓って」
「それはちょっとまだ……心の準備がね……でも、勇気をくれたら言えるかも……」
「勇気って……もしかしてアレのこと?」
「……うん。廊下は私たち二人きりみたいだし……」
基本クールな彼女だが、人がいないところではこうやって甘えてくることもある。こういう可愛いところもあるのだ。
それが今の甘えモードだ。瀬奈の目が僕を見つめている。
「ね、真壁クン……」
ゲーム研究会と書かれたプレートの奥が僕のオアシス、いや、オアシスは眼前に広がる僕の彼女さ。
瀬奈の顔が僕の顔に近づいてゆく。メガネの奥に潜む透き通る瞳、制服の上からでも隠しきれないほど大きな胸。
誰もいない放課後の廊下。
見つめる二人。
さて、問題です。彼氏、彼女の関係にある二人がすることと言えば……?
「(きたぁーー! そこでチッスだろ?)」
「(ここまできたら男を見せる時ですね……これは後でエロイベント発生じゃないですか?)」
「…………はぁ」
僕がため息をつく、瀬奈は眉根を寄せた。
眉がピクピクしているところからも、湧き上がる怒りをどう処理しようか迷っているのだろうか?
部長である僕が認めよう。ゲー研ではこういう本当のおバカさんが現れても、おかしくない部である。
そんなおバカさんの前で、彼氏彼女の関係といえ、イチャつくようなバカップルではないのだ!
「……瀬奈」
「うん、分かってる」
部屋の中にすでに人がいたらしい。残念だが、先ほどの問いの答え合わせをするのは止めておこう。
というか……この声もしかして。
僕たちは目を合わせて頷くと、部室の扉を勢い良く空ける。
そこには部外者の二人が堂々と椅子に座っていたのだった。
「御鏡さん! と、げぇ……部長! ……ではなくて、元部長!」
「おぅ――久しぶりだな真壁! 赤城も。それにしても、げぇ! とはなんだ失礼なやつだな!」
思わず本音が口をついて出てしまった。人間なら誰しも見たくないものを見てしまった時にこんな事をうっかり発してしまうだろう?
「ボクらは招かれざる客というわけですよ……それにしても外は熱かったですね。なにせ今年猛暑ですし。温暖化の影響でしょうか……」
「ああ、ちげぇねぇ! ここまで外がラブ・フェーン現象だと部屋にもクーラー欲しいよなぁ……今年度の部費でその辺なんとかならねぇの? 現部長さんよ」
彼らは暑いわけではなく、熱さにあてられているようだった。ラブ・フェーン現象ってなんだよ?
当然、彼らが汗をかいている様子もない、僕たち二人をみてからかっているだけだ。
「聞いてたんですか、二人とも……」
「廊下の音ってかなり響くんだぜ? ね、真壁クぅン?」
「声真似かもしれませんけど、元部長がやると正直アンタのキモさが惹き立つだけですからね?」
僕は挨拶のような自然さで容赦無いツッコミをする。
多少ブランクがあっても問題ないようだ。自転車の運転のようなものか……。
それはさておき、珍しいこともあるものだ。卒業してからというもの顔を見せることすらなかった元部長が何故今になってここにいるのか?
「おー、さすが真壁。息を吐くように毒を吐きやがる! 言いたいことも言えない世の中じゃないのか!?」
「残念ですが、僕は自分を騙すことなく生きてますので……」
ちなみに、元部長には三浦 絃之介という名があるのだが、三浦さんと呼ぶのもどうもしっくりこない。それだけの理由だが、僕や瀬奈、他ゲー研部員は元部長と呼んでいる。
三浦さんと呼んでいるのは今そこで普通にペットボトル入り紅茶を飲んでいる御鏡さんくらいだ。
「まぁ許してあげてよ楓君。実は今日は僕が彼を誘ったんだ」
――御鏡光輝。見た目麗しく個人ブランドをもつ有名デザイナー、そしてオタク。
そんな二物以上を兼ね備えた御鏡さんだが、ゲー研にちょくちょく顔を出し、いつの間にか常連となっていた。
ここにいるメンバーの誰もがその存在を違和感なく受け入れているのがその証拠だ。とはいえ今ここにいる正式なメンバーといえば僕と瀬奈の二人だけなのだが。
ちなみに、僕のゲー研ヒエラルキーの幻想を打ち砕いたお方でもある。
御鏡さん……元部長がくると面倒なことが起こりそうなので、できれば誘わないで欲しかった。
それに今は9月だ。……大学はどうしたんだろう?
「高校生は忙しいかもしれんが大学はまだ夏休みでな。とにかく休みが長いんだよ……ま、要するに暇ってわけだ」
そんな疑問を察したのか元部長はそう呟いた。
9月になっても夏休み継続中らしい。うらやましい限りである。
「で、久しぶりにお前たちの顔を見に現れたってわけだ。で、どうだった? 夏コミは……」
「楽しかったですよ?」
「赤城よぁ、小学生の感想じゃねぇんだから! 俺はゲー研の活動状況を把握しようと思ってだな……」
自作したゲームを配布して、瀬奈の買い物に散々付き合わされたんだっけか。
今年は猛暑だったので外が40度越えになったのと、DJポリスならぬDJスタッフの名言がまた増えたことくらい。
収穫がといえば同人誌に囲まれた瀬奈のホクホク顔がちょっと新鮮だったこととか。
「ゲー研としての活動はそれなりに活動していたわけだな……」
「今は一段落して各自好きなことしてますけど……」
「よし、ならば、みんな暇だろ!? エロゲーを作ろうじゃないか!」
はて、一昔前ここで同じような言葉を聞いたことがあるような気がするが……
「元部長……高坂先輩みたいなこと言うんですね……」
「あはは! そういやそうだ! アイツ女子にエロゲー作らせようとしたんだっけか!」
「似たようなものじゃないですか……高校生にエロゲー作らせて何が面白いんですか……」
元部長はため息をついてメガネを直した。
「真壁ぇ……お前何言ってんの? フィギュアのおっぱい削られてブチ切れたヤツのいう言葉か?」
「イチイチ蒸し返さないでくださいよ!」
あれは魔改造されたフィギュアのおっぱいが小さくなっていて、あまりの衝撃に本心を抑え切れなかったんだ。
……反省はしていない。
おっぱいはアイデンティティなんだよ! そこだけは譲れないね。
「ハイハイハイ! とある男子の変態女装というタイトルはどうでしょう? 女装した真壁クンが不良男子になぶられる設定で!」
「思わぬ方向からの援護射撃キター!? ってオイ! ……それ絶対ホモゲーだろ!?」
瀬奈が乗ってくるときには大抵、「腐のスイッチ」が入った状態だ。気にしてはいけない。
もしかしてとは思うが、僕が過去にとあるラノベの登場人物、白井黒子のコスプレをした時のことを言っているのだろうか?
記憶から抹消していた古傷を思い出させるとは……僕の彼女は彼氏の心を鷲掴みにするだけでは飽き足らず、ズタボロにしようというのか!?
「ええ……それが何か? 私が愛するホモゲ部みたいな名作を目指します!」
「理想の『腐』を追い求める、か。ただ腐っているわけではないみたいだな。もはや貴腐人の域に達しているというのか……」
安定したやりとりが行われてる模様。僕はどうも先ほどの古傷をえぐられたダメージが残っていて話に入る気にはなれない……
でも、なんか悔しいじゃないか。元部長に一矢報いたい気持ちが湧いてきた。
「それにしても、ゲー研でエロゲーを作ることはないんじゃないんですか? 元部長が一人で作ればいいじゃないですか!」
「ま、最初は俺が一人でやる予定だったんだがな。どう見積もっても人手不足ということが分かってな。特に絵師! バランスよく制作スキルを持ち合わせている人間なんてまぁ、一握りの人間だからな……だからこうして協力を仰いでいるわけだ!」
バランスよく制作スキルを持つ人間……か。
確かにそのような類まれなスキルを持ち合わせている人間なんていない。
いや、……そう言えば、いたな。
自然と僕を含めここにいるメンバーは誰もいない空いた椅子に目をやった。
そう。去年まではこのゲー研には五更瑠璃という女の子がいたのだが、家庭の事情で転校してしまったのだ。
彼女は瀬奈と並ぶ最強ゲーマーであり、ゲーム制作においてもひと通りのスキルを持ち合わせていた。そんな彼女でさえゲームを作るには高坂先輩や瀬奈と協力しなければやり遂げることは出来なかったのだ。
正反対の二人が協力してゲームを作る、瀬奈も五更さんもゲーム開発というより人間関係において大きな変化をもたらした出来事だったといえよう。
それに対して元部長は一人でゲームを作るスタンスではなかったか? こうしてゲームをチームで分業してプロジェクトとしてまとめようとするのは意外だった。
「あの、私それなりに描けますけど」
「赤城……提案はありがたい。だがな、筋肉しか描かないヤツは問題外だ!」
皆の沈黙を破ろうとしているかのごとく瀬奈が話題を進めようとするが、元部長は赤城の提案を即座に蹴った。
まだ、選択の余地はあるということだろう。
「チッ……イベント絵から”腐”の連鎖反応を起こす計画が……」
瀬奈が何か言ったような気がするが、僕には聞こえない……否、断じて聞こえなかったぞ。
「筋肉の萌えキャラなんぞ、断固拒否だ。ウホッなキャラができあがるくらいなら、多少稚拙でも俺が仕上げる!」
「えぇ〜!? 筋肉の良さが分からないとかありえません!」
瀬奈……彼氏である僕も未だに筋肉の良さが分からない。
「それなら僕がやりましょうか? 衣装デザインも手がけてますし」
すこし状況を静観していた節のある御鏡さんの提案に、元部長は意外そうな顔をした。
「ほう……御鏡が絵師か。なら、採用テストといこうか……俺の評価は辛口だぞ? 言っておくが俺の嫁は500は超えるからな……」
案外乗り気のようだ。さっそく、部室に置かれていたホワイトボードに引っ張りだしてきている。
ペンのインクが入っているか適当に試し書きしてから、お題「萌えキャラ」とだけ書いて御鏡さんにペンを差し出した。
今、ここで何かを描いてみろ、ということらしい。
「僕もエロゲーを嗜み二次元に嫁を持つ身です。きっと同じ道を歩んでいる方なら納得いただけると思いますよ?」
「……お、なんかその言葉カッコイイな!?」
御鏡さんはペンのキャップを外して、ホワイトボードにイラストを描き始めた。
◇
正直、御鏡さんの実力は想定外だった。
「――――これは……」
「……嫁ですが、何か?」
ホワイトボードに描かれたのは可愛らしい幼女の絵だ。なぜか服を着ていないのが気になるがそれを差し引いても商用ゲームに見劣りしないクオリティだ。
残念なことに幼女の下腹部はギリギリのところで描かれなかった。ホワイトボードの枠がそこまでだったからだ。
くそ……せっかくなら部費でもっと大きなホワイトボードを導入すべきだった!
「うわ……ガチでエロいヤツですね……しかも、マーカーで線の強弱つけるとか……」
「オマエってホントになんでも出来るんだな……正直嫉妬すら超越して尊敬するぜ。しかし、ここまでの実力だったとは……」
感心する元部長。対して瀬菜がちょっと引いている。
「以前、ニコ生で釈明会見をしてからというもの全世界レベルで僕は二次元変態扱いされるようになってしまいましてね。その影響かイラストを生中継する機会が増えたんです……それが意外と反響ありまして。数をこなしているうちに自然に嫁を描くスピードが上がっていったというわけです」
そう言えば、以前の卒業式の日に御鏡さんがいろいろとぼやいていた記憶がある。
何かのネタだと思っていたのだけど、本当のことだったとは……
「よし、実力は申し分ない、あとは信念があるかどうかだ。じゃあ質問……俺たちはエロゲーで何を伝えるべきだと思う?」
御鏡さんは考えこむと、イラストにペンで付け加えている。
――イラストの幼女に謎の液体が追加された!
「強いて言うならば、『愛』でしょうか?」
「っ! ……採用!!」
……クイズの正誤の発表を溜める司会者のごとく、元部長は無表情から笑顔に一変させる。
「ともにエロゲ道を極めようか!」
「まぁ、お互い相当に極めていると思いますが……」
握手が固く交わされた後、御鏡さんを仲間に引き入れた元部長は宣言した。
「よし今から企画会議を始める! 赤城オマエは書記係な」
「え〜? なんでそんな役割をやらないといけないんですか?」
「そんなことを言うヤツはエンドクレジットに名前を載せてやらんぞ!?」
「結構です……もう、しょうがないですねぇ」
そう言いながらもペンを手にしている瀬奈。
真面目なクラス委員の血には抗えなかったということだろうか。
「エロゲー制作企画会議……っと、あ、これもう消しちゃいますからね!」
ホワイトボードに描かれた御鏡さんの大作は瀬奈によって消されてしまった。……残念だ。
今度はもっとおっぱいを強調した形で描いてもらいたい。あとそうだな……今度はちゃんと全身が見えるように。
「まずは……担当だな。ちなみに真壁と赤城は当然参加だ! 拒否権は認めない!」
「……なんかそうなると思ってました」
ここで反論しても、あの手この手で引き込まれるだけなので素直に従うことにする。
瀬奈もそのあたり分かっているようだ。何も言わずにホワイトボードに今日の日付を書き込んでいる。
「物分かりがいい優秀な後輩で助かった。で、これが企画書……」
一枚にまとめられた企画書。
フォーマットの紙の右下に小さく「企画書は一枚がベスト」とプリントされていた。
「へぇ、結構本格的なまとめ方ですね……」
「ゲーム制作会社を立ち上げるって言ったのは一時的な気の迷いだとでも思ってたわけじゃないだろうな……俺はかなり本気なんだ。そのためにココを卒業したようなものだからな!」
……本気にならなければ、この人は卒業しなかったかもしれないということか。
そう考えるとよく卒業を決意してくれたと感謝せずにはいられないが。
「へぇ、純愛系ラブコメ(18禁)、あ、設定もあるんですね……えぇと某学園のゲーム開発室に所属する主人公はゲームを共に制作するヒロインと恋に落ちる。二人は……」
何だろう……どこかで見たような設定だ。
「これって私たちのことですか?」
「違う、ただの偶然。俺がプロットを立てるのに予備知識が活かせて、かつ男女の出会いを考えるとそれくらいしか思い浮かばなかっただけだ。あ、そうそうお前ら付き合ってるんだっけか?」
「……そうですけど」
元部長のメガネがキラリと反射した。
「お前ら……もう、ヤったのか?」
「――なっ! な、ななななぁ!」
「ちょ……部長、何言い出すんですか!?」
あまりに慌てたのか瀬奈のメガネがずれ気味になっている。
「……その反応だけで結構。今の反応で大体分かった。俺はクロだと思う。御鏡はどうだ?」
「お二人は健全なお付き合いだと思いますよ……シロですよ、きっと。……僕の見立てではおっぱい揉んだのが関の山といったことろでしょうか? ちなみにお二人は気づかれていないと思っているようですが、この前部室で隠れて結構長い間キスしてましたよね?」
御鏡さん、だいたいあってる。……おっぱい揉んだのは単に事故なんだけど。
なんというか御鏡さんにはいろいろバレているらしかった。
「いやいやいや! そんな神聖な部室で……わ、わた、私たちが、そ、そんな破廉恥なことするわけないでしょう?」
「もちろん確証はありませんよ。ただ、その時はちょっとした違和感があったんです。ただ、次の日に楓君が赤城さんの呼び名を瀬奈って下の名で呼ぶようになってましたから……赤城さんの楓君への呼び名も先輩って呼ぶことはなくなりましたし、これは二人の間を結ぶ何かがあったのだろうと憶測するに至ったわけですが……違いますか?」
「……あ、俺も分かっちまった! ……勇気もらったんだろ?」
「ぐぬぬぅ……!」
瀬奈が反論できなくて口ごもる。
僕も反論するべきかとも思うが、しゃべるとボロが出ること確実なので黙秘することを選んだ。
まさか、彼女とのキスを悟られていたとは……知らぬは本人ばかりとはこのことか。
「……気づかれてた……恥ずかしくてもう部室来られない……いや、この際私があの二人を抹殺して……」
後ろで何か危ないことを囁いている瀬奈。
「いやいや、変な空気にしちまって悪かったな……なにも興味本位だけで聞いたわけじゃないんだよね」
「興味本位入ってるじゃないですかー!」
「ま、落ち着け! 要するにシナリオは恋愛の実戦経験豊富なヤツのほうがいいと判断したんだ! 俺にはあいにくそういう色恋沙汰の情報源はエロゲーでしか得ていないからな……エロゲーのメソッドに詳しくても素材がなければどうにもならん!」
「あー、つまりだ」
「俺はゲー研の部長であり、彼女持ちである真壁にストーリーの要、シナリオを託そうと思ったわけだが……どうだ?」
「ちょっと待って下さい! 僕はライターとして経験があるわけではないですよ!」
色恋沙汰の実戦経験が少ないと反論すると、瀬奈に後で半殺しにされかねない。
そこは否定するのは野暮というものだ。
「そんなものはどうにでもなる! あの携帯レイプ小説のような腐った文面でもアニメ化はした! これ事実!!」
「しかし……」
「ならば、一番納得できる答えを返してやろう」
元部長は僕の肩を叩く。そしてしみじみと呟いた。
「周りを見ろ。一番常識をわきまえている人間は誰なのか……、この場を収めるのに誰が適役か……冷静になって自分の頭でよく考えてみるんだ」
周りを見渡してみる。元部長、御鏡さん、そして瀬菜。
それで、僕は理解した。
少しだけ心がスッキリしたような気がする。いや、納得してしまった僕もどうかと思うが。
「はぁ……しょうがないですね、引き受けましょう」
冷静になって考えた結果がこれでは、本当につまらない結論だ。
単純な消去法だ。適役が他にいないのなら引き受けるしかないじゃないか。
最大の原因。――他の人のキャラが濃すぎるのが悪いのだ!
「うむ、よく言った!」
「真壁クン、なんか上手い具合に言いくるめられてる……私のシナリオで腐海に染める計画が……」
瀬奈は若干、不満そうだ。もちろん僕には今の瀬奈の言葉は聞こえなかったぞ?
「でも何度も言いますが、僕シナリオなんて書いたことないですよ?」
「とりあえず、やってみて自身の実力を知ることだな……この企画書にあるプロットで8000字程度の短編小説を書いてみろ。8000字ってのは俺の感覚になっちまうが初心者が挫折せずに頑張ってどうにかなる範囲のボリュームだ。プロットは変更の余地を残してあるし、イベントの候補として数パターンを挙げてあるから自分の書きやすいイベントをピックアップすればいい」
「その短編をもとに物語の構成力、面白さ、スピードを総合的に判断して、改善案を練る。断片的でもいいが、理想はちゃんと物語になっているのが望ましい。あとこれは必須条件だが……」
元部長は企画書を突きながら、ニヤリと笑った。
「エロい描写を入れてくれよ? なんせエロゲーだからな!」
◇
御鏡さんは用事があるようで、明日また顔を出すと言い残して帰ってしまった。
元部長も他の作業担当を決め終えるとすぐに帰ってしまったのでゲー研に残ったのは僕と瀬奈だけである。
まったく嵐が過ぎ去ったかのような有り様だ。僕たちの気力も巻き上げられてしまったのだろうか。
僕たち二人はぐったりしていた。
テーブルの上には彼が置いていった企画書がポツンと残されている。
「真壁クン、ほんとにやるつもりなの?」
「一応は……さっきまで瀬菜もノリノリだったじゃないか!」
「私はほら……オマケみたいなものだから……軽い気持ちで楽しんでただけ」
ホワイトボードを眺めると担当が記されていた。
エロゲー制作企画会議 20XX/9/9
<作業分担>
シナリオ: 真壁
原画 : 御鏡
原画彩色 : 御鏡(下処理に赤城開発のツールを使用)
他グラフィック: 元部長
プログラム(ユーティリティ開発含む) : 赤城、元部長
BGM: 元部長(の厳選したフリー素材を活用)
企画進行:元部長
御鏡さんと僕の担当が決まった時点で、ボリュームの関係から残りの作業は元部長は瀬奈で振り分けるようにして決まった。こんな感じだ。
「プログラムはメイン赤城で俺がサブにつく。赤城ならゲームエンジンを組むくらい楽勝かも知れないが、最終的に俺もデータをいじる関係で既成のもので勘弁してくれ。吉里吉里かNScripterな。それだけだと赤城が手空きになりそうだから、……ゲームデータのバッチ処理を一括化できる処理は組めるか? 人出が足りないから、画像の下処理やスクリプトへの変換は自動化して手間を省きたい」
「えと、要するにゲーム用のデータに変換するためのプログラムを作ればいいんですよね? ……フォーマットさえ分かればそれほど時間がかかるものではないと思います。 画像の下処理ならPhotoshopでマクロかJavaScriptオートメーションが使えますし……」
こんな感じであっさりと決まったのだった。
こうしてみると元部長を含め他の人の作業比率は少なくはない。
けして楽ではないのだろうが、自分の分担が単にシナリオだけで良かったのだろうか?
僕はホワイトボードに書かれた担当を眺めながらそう感じたものだが、後に僕は考え方を改めることになる。
……それだけではない。むしろ問題はこちらの方が深刻だ。
「製作期間……」
「……ああ、忘れようとしたところだったのに……」
僕たちは、企画書に書かれた制作スケジュールに抗議したんだっけ。
「製作期間は……3週間だ!」
「……3週間!? どう考えても無理ですよ!?」
「理由は3つある、1つ目は9月で大学の休みが終わるから、2つ目は体力さえ持てば中だるみする暇もなくやり切ってしまえる期間だから、3つ目は今回の制作目的に合致しているからだ!」
「……制作目的、ですか?」
瀬奈が首をかしげる。元部長は得意そうに話を続けた。
「スケジュール管理が今回の課題の1つなんだよ。もちろんメンバーの負荷を考えてボリュームをそれ相応にしてある」
元部長は得意気に企画書の開発ボリュームの欄を指でつつく。
<ゲーム開発ボリューム>
攻略ヒロイン :1人
原画3枚(イベント:2、エロ:1)各CG差分3程度
立ち絵: 3ポーズ(差分表情 5程度)
立ち絵(サブキャラ):基本1ポーズ (差分表情 必要数 3以下を想定)
立ち絵(モブ): 各1 シルエットとする(→かまいたちの夜を参照)
シナリオ:50KB程度(ゲームのおまけシナリオ1本分に相当)
「頑張ればなんとかできるボリューム……ですね?」
御鏡さんが呟いた。元部長はそれに頷いて話を続けた。
「シナリオ、原画の負荷を減らしつつゲームとして成り立つ最小単位のエロゲーを作る! ビジネスコンセプトはこうだ。我々は近年のボリューム増加志向からの脱却、そして開発の機動性を活かし月一本ペースでリリース可能な低価格エロゲーを模索する。ま、このボリュームだとプレイ時間30分程度で終わってしまいそうだが」
「なんか、エロゲーブランドの社内会議のような話ですね……」
「俺らは趣味でゲームを作っていたかもしれないが、本気で世の中に作品を出すならばこのままでは駄目だと気づいてな。遊び半分で作っていたこれまでの制作手法では、企画をもとにスケジュールに沿ってゲームを作るという根本的な作業をないがしろにしすぎていた気がしたんだ」
「それって……エロゲーをただ作るだけじゃなくて、プロと同じ条件で制作を進めるってことですか!?」
「いかにも! ……どうだ!? 企業に務めるゲームクリエイターと同じ条件でゲームを作ってみたいとは思わんか?」
ああ、ダメだって元部長。そんな
ったら負けず嫌いの僕の彼女は黙っちゃいない!
「私、やってみたいです。3週間……ええ、上等じゃないですか! 私の夢はゲームクリエイタになることですよ? この条件でゲームを完成させることができたら世の中に通用するだけの制作能力を持っているという証明にもなりますし」
どうやら瀬奈はプロと同じ条件という部分に惹かれたらしい。
目を輝かせて瀬奈は言った。
「……私、エロゲーを作ります!」
そんな言葉を口走ったのだ。久々に目が輝いている彼女をみたのでドキッとした。
まぁ、言っていることが残念なのはこの際気にしないことにしよう。
それにしても……クラス委員の瀬奈が……ね。
「……私、エロゲーを作ります!」
僕にとって大事なことだったので……二度も回想してしまったが……
彼女は僕たちの前でこう高々と宣言したのだった。
さて、回想終わりだ。そうこうしているうちに御鏡さんと元部長が帰って……今に至る。
僕はさっそくプロットを元にシナリオを書く作業をやってみることにしたのだったのだが。
「無理な気がしてきた……」
「瀬奈、言ってたよね? ……私、エロゲー作りますって!」
「……言ったけど! でも……まさか真壁クンがこんなに筆が遅いとは思わなかったの!」
そうなのだ。瀬奈がゲーム制作でこれまで組んでいたのは五更さんだ。企画会議の際にはそのことが頭にあって瀬奈はどうやら五更さんの制作ペースで考えていたらしい。
僕はというと、400字詰め原稿用紙をやっと一枚埋めたところだ。時間にして1時間。
感想文の宿題としては、まずまずの時間じゃない?
……と思っていた時期が、僕にもありました。
「どおぉ〜しよう……8000字は大体15kBくらいだから、50KBだと25600字、今のペースで書き続けたら単純計算で64時間!? うわぁ……」
さすが瀬奈。……計算が早い。それにしても3週間で64時間分……だとすると。
「平均2時間半は確保していおいた方がいいってこと?」
「それ……ちょっと違う。シナリオで全部使い切っちゃったら、スクリプトとデバッグはどうするのよ? それにイベントCGは時間かかるし修正も大変なんだからね? シナリオの内容が変わったらやり直しになっちゃうことだってあるんだから、そうなるとシナリオのスケジュールを制作期間から逆算して、最後の1週間はスクリプトとデバッグにあてないと間に合わないから……そう、今日からあと1週間でプロット確定させてイベントCGの制作を進められるようにしておかないと……」
「となると……実質シナリオで使えるのは2週間?」
「そ、正確には最初の1週間で最後まで完成させる見通しがたっていないとCGが間に合わなくなってしまうからアウト、さらに次の1週間で原稿が上がっていないとデバッグが間に合わないからそれもまたアウト。休日はフル活用が前提条件で……平日は最低3時間以上は作業しないと……無理かも。学生にはかなり無理ゲーの域に達しちゃってるけど……」
ま、僕の執筆能力だと、こんな強行スケジュールになってしまう。筆の遅さが原因だ。
そう言えば五更さんは確か、だいたい一時間で6kBずつ書けるわ……こんなことを言っていた気がする。
正直、冗談じゃないと言いたい! 自分でシナリオを書いてみれば分かってもらえると思うが、彼女の文章構築スピードは尋常でないようだ。
速度にして僕の7.7倍の速度。まるで光速だ。
光が一秒で地球を7周半するように、僕が1枚書き上げるごとに五更さんは7.7枚書き上げているというのだから……
「一応、五更さんにどうすればそんなに早く文章が浮かぶのかメールしてみたんだけど……」
「テクニックとか教えてくれそうか? それだったらまだなんとかなるかも……」
「……これを見てもそんなことを言える?」
メールの画面を僕に向けて見せてくれた。だが、瀬奈はなぜか無表情だ。
『……フッ……それはヨハネの自動書記による作用よ。私が闇へ堕天するはるか昔、天から授けられたもの。私のみが扱うことを許された空想幻術の術式よ……悪いけど他の人間がたやすく修得できるものではないわ』
とても残念なメールが返ってきていた。しかも可愛らしい猫の絵文字付きで。
「……参考にならないみたい」
「せっかく答えをくれたんだから建設的に受け取ってあげて! 一朝一夕には無理って意味だと思う! ……たぶん」
だがそれは僕たちにとって、まったくもって参考にならないことは確かなようだった。
<2> 僕のシナリオにはイベントが圧倒的に足りない
二日目。
早くも僕はスランプに陥っていた。
このゲームが完成したら僕……彼女と結ばれるんだ。
なんて、妄想を奮い立たせてみるが、出ないものは出ないのだ。
「……文章がまったく浮かんでこない」
プロジェクト
ばで音信不通になるシナリオライターがいると聞いたが、その気持ちが今なら分かる気がする。
すべてを犠牲にして勇気を振りしぼり、未踏の領域に踏み出すのだ。
聞こえがいいかもしれないが、単純に耐え切れなくて逃げ出したということなんだよな……
そんな波瀾万丈の人生を歩むのは物語の主人公だけで十分だ。僕はひとまず思いついたところから断片的なセリフを打ち込む。
「……んん?」
今、ある単語が頭の中をよぎった。
意味もなくキャラクターに「おっぱい」と喋らせたくなってしまった……
物語の何気ない話題から「おっぱい」とヒロインに発言させるのは急展開すぎるだろうが、何かいい方法はないだろうか?
とりあえず、使いたいセリフ集を別ファイルにまとめておくことにした。後でどこかのシーンで使おう。
ノートパソコンのキーボードを叩く音が室内に響く。
原稿用紙での執筆は昨日の時点で無理だと判断し、パソコンでの執筆に切り替えた。
僕が持っているのは型落ちのノートパソコン。姉が使わなくなったものを借り受けたのだ。
姉は使いこなすことができなかったようで、実質僕のパソコンとして好きに使っている。
スペックは申し分ない。どれくらいかというとエロゲー程度ならサクサク動く。
なぜそれを知っているかって? それはこのパソコンで正常に動いていたからだ。
一応、昨日の夜までは。
そう、昨日の夜に執筆作業の邪魔になると思いアンインストールしたのだ。……あれは苦渋の決断だった。
ディスクの容量が劇的に減ったせいでPCの起動が心なしか早い気がする。
どうやらエロはPCをも惑わすらしいぞ?
「進んでる?」
瀬奈と目があった。彼女は今、机の上に突っ伏して休憩中だ。
フリーソフトのエディタを瀬奈が薦めてくれたのだが、プログラマーがエディタを語りだすと長いというか、熱い。
僕は1つ学んだ。エディタには派閥があり、たびたび論争が起こっているということを。
あぁ゛? メモ帳でシナリオ制作? バカですかアナタ! という言葉から始まり、瀬奈のエディタに対する想いを聞かされていた僕だったが、正直あまり興味が無いのでそれ以降の内容は覚えていない。
最終的にどれを使っても基本的には同じという話に落ち着き、無難なところではコレでしょ……とちょっと冷めた感じでインストールしてくれた。
それにしても、事前にエロゲーをアンインストールしておいてよかった。
『ミルキィねぇねぇファンタジア♪ 〜お姉さんのを絞って吸って、舐め尽くして〜』 なんてタイトルのアイコンがデスクトップに貼り付けてあるのを見られた日には僕は生きて帰れなかったかもしれない。
「……進んでいるように見えるかな?」
「見えないから聞いたの……」
瀬奈は机に突っ伏しているので、大きな胸が机に押しつぶされてエロティックだ。僕はすぐさまその光景を目に焼き付けた。
「そうなんだよ。もしかして手伝ってくれるとか?」
瀬奈は少し思考を巡らせて、僕の目を見た。
「私、駅前の新作ドーナツが食べたいんだけど……どうかな?」
「…………」
淡い期待をした僕が甘かった。そうか、現実は厳しいな。
手を差し伸べてくれる人は、何かしらの対価を見返りを求めるものだ。
僕は背に腹は代えられぬと財布を取り出そうとする。
「あ、そう言う意味で言ったわけじゃなくてね……真壁クンはネタ切れに困ってるんでしょ? だったら取材しかないでしょ! ……で、デートの……取材! 恋愛ゲームなんだからデートしなきゃ……で、それでね?」
「ああ」
「……デートしよ? も、もちろん、取材がメインだけどね!」
瀬奈にデートに誘われた。取材というのをやたら強調する瀬奈だったが。
◇
目的は取材だ。ジャンルはなんでもいい。
とにかく恋人同士がイチャつくことでラブコメのネタを増やすという瀬奈の提案だ。
瀬奈が食べたいと言っていた新作ドーナツを駅前の店でテイクアウトし、僕たちはモノレールで二駅ほど移動して公園に足を運んだ。
地元でいちゃつくというのも恥ずかしいものがあるが、今日は平日なのであまり遠出もできない。
仕方がないので僕たちは公園でドーナツを食べることにしたのであった。
新作のドーナツはバスケットに入っていて一口サイズでたくさんの味が楽しめるようになっていた。
「はい、あ〜ん♪」
単にこれがやりたかっただけなのだろう。
瀬奈はバスケットからチョコレートのかかったドーナツを1つ摘んで僕に向けた。
僕の取材に協力してくれるということなのだろうか? いつもなら恥ずかしがってやらないようなことなのに、なんだか今日は積極的だ。
公園デート、食べさせあいイベント。
そんな言葉にしてしまえばなんてことない、ラブコメゲームでは王道中の王道だった。
しかし、僕はその光景をゲームで見たことがあるだけで実際にやってみたことはない。
「食べさせあいはベタだけど、むしろゲームではお腹一杯だよね?」
「取材なんだからいいんです! それとも、あたしのドーナツが食べられないっての? ささ、パクっといっちゃって! パクっと!」
やや強引にドーナツを勧める瀬奈。
どこぞの屋台で飲んでるおっさんですか? アナタ
「言い方の問題だよ、瀬奈。……私のをいっぱい食べて♪ くらいは言わないと……」
「……私のを……いっぱい……」
よし、コレだ。これが彼氏・彼女に伝わる食べさせあいの醍醐味じゃないだろうか?
「って言えますか! ……この変態ムッツリスケベ! 目の前に広がる湖に沈めてやりますか!? そしてスワンボードに轢かれてください! 全力疾走のやつに! 連続で!」
結局、このような言葉をいただきながら、ドーナツは僕の口に運ばれた。
さすが僕の計算されたセリフ運びだ。どちらに転んでも美味しい状況。ぞくぞくしてくるな。
「じゃ……私の番ですね……どんな言葉が飛び出すんでしょうか? ワクワクします」
瀬奈は何か期待した眼差しを僕に向ける。
「えと……何か、リクエストとかあるの?」
「僕のコレをオマエの口にねじ込んでやる! って言って! いい声で!」
アレ、今なんとおっしゃいましたか? 脳が理解を拒絶したような気がする。
「ゴメン……よく聞こえなかった……もう一度」
「僕のコレをオマエの口にねじ込んでやる! これでオマエは俺のモノだ! ……はい、どうぞ!」
おいおいおい! セリフが増えてるよ!
「――スイマセン。僕が間違ってました。勘弁して下さい」
結局、無難に「あ〜ん」で勘弁してもらうことにした。
なんだかな……普通に「あ〜ん」でもかなり恥ずかしかったのだが。僕の作戦を逆手にとられたような気がする。
「ん……美味しい、コレ意外といけますね」
瀬奈はこの新作ドーナツを気に入ったようだ。
そうだ、取材取材……
僕は瀬奈の言葉でちょっと思いついたセリフがあるんだった。使えるかは知らないけど……
僕はメモに「んんっっ!? おいしいですぅ! こんなのすぐイっちゃいますぅ!」と追記したのであった。
<3> エロシナリオに大切なこと、それは……
作業を開始しておよそ5日が経った。
状況は奇跡的に順調……いや、かろうじて文字数を稼いでいるといったほうがいいだろう。
やはり一日取材を兼ねたデートをしてだいぶネタが集まったというのが大きい。
プロットは通常イベントを終えて、エロゲーの要であるエロイベントに差し掛かっていた。
今は瀬奈の部屋で作業中。
彼女の部屋でエロゲー開発。しかもエロシナリオを書くというのはあり得ないとは思うが、開発期間を考えるとそんなことも言っていられない。
「瀬奈……ちょっと聞きたいんだけど?」
「なんですか? 今、ツールのデバッグ中です……急ぎでないのなら後にしてください」
彼女はノートPCの液晶から目を離さない。瀬奈はスクリプトの変換ツールの開発をしていた。
まったく彼氏としての威厳がないこの状況、どうしたものだろうか。
ちょっとした話題を提供してこの状況を打開するのもいいかもしれない。例えば話の展開で詰まっていることに対して意見を聞くとか。
「瀬奈ってさ……どうやって喘ぐの?」
「……は?」
「いや、だから……瀬奈のエッチな声ってどんな感じ?」
見る見ると顔が赤に染まってゆく。この時になって気づいた。
僕は昨日の夕食を聞くような自然さで普通にセクハラしてしまっていた。なんてことを口走っているのだ!
「――って、悪い! そういう意味じゃなくて! シナリオの参考にしようと思って! ……でもなくて!」
「……真壁クン、死にたいのかな?」
やべぇ! すごい笑顔。僕の彼女がチョー怖ぇえんですけど!
普段こんな風に笑いかけてくるわけじゃないので、その不自然さが輪をかけてヤバい。
腕を取られ、まずいな……この体勢はプロレス技か……最悪の場合、意識を落とされかねない勢いだぞ。
「大丈夫……痛みを感じる前に終わりますから……」
「……というか、さすがにそれはヤバイのでは……ちょ、瀬奈!」
抵抗はするが、いかんせん相手は女の子だ。本気に抵抗するのも気が引ける。
僕が瀬奈を押しのけようと手を出した、ちょうどその時だった。
「瀬奈ちゃ〜ん、お兄ちゃんケーキを貰ったんだけど一緒にお茶しないかい?」
ガチャリと空いた部屋の扉。
扉の奥には瀬奈のお兄さんが笑顔で立っている。
いや、それは正しくない。みるみる顔が般若の面になってゆくのが見て取れたからだ。
「ま、……ま、真壁ぇえええ! キサマァ……瀬奈ちゃんに何しやがる!」
「ぇ!? あ……」
その時に僕たちが置かれている状況を理解した。
取っ組み合い(正確には一方的な暴力行為)が始まるところなのだが、僕が抵抗したため、彼女の服が乱れてしまっていた。
スカートは完全にめくり上がり、太もも同士が絡みあっている。
ちょうど僕の手が彼女の服の中に入り込んでしまっていて服の下から直接を胸を揉んでいる……ようにも見える。
兄が来たことに瀬奈も気づいたようで、頬を赤く染めると弁明を始めた。
「あ……あのね? お兄ちゃん これは……、私がつい我慢できなくてやっちゃったことでね?」
「……殺す……真壁!! ……ぜってぇ殺す! くぅ……!」
瀬奈……誤解を招く言い回しだよソレは! 何、お兄さんの負の感情を増長させるようなこと言ってんの!?
「って! どこいくの? お兄ちゃん! 違うんだってば! それに勝手に部屋のドア空けないでちゃんとノックしてって言ってるでしょ!」
「ノックしたんだよ……ぅああああぁああ! 瀬奈ちゃんがぁああ!! あんな奴と……うぁああああん!」
瀬奈の制止もやむなく、お兄さんは涙ぐんで下の階に降りて行ってしまった。
……あ、なんかこういうところ何となく兄妹だなって思ってしまった。
瀬奈がゲー研でホモ好きがバレた日のことを思い出した。
普段クールに決めているのに動揺すると収集つかなくなるところとか、そっくりだ。
◇
「ウチの兄貴がご迷惑をお掛けしました……」
「……別に気にしてない、それより大丈夫かなお兄さん」
「誤解だってメールしておいたけど……」
瀬奈はタブレット型のスマホをテーブルに置いた。
先ほどお兄さんからメールの返信があったようだ。短い一文で「気持ちの整理をつけてくる」と。
――空気が重い。
先ほどの一件から、僕たち二人の距離が不自然に遠い。
お互いに居住まいを正して、無難な会話が続く。
普段はこんなに会話しないような……特に会話がなくても気にならないし。
だが、今はしゃべり続けていないと間が持たない気がするのだ。
それが逆によそよそしい雰囲気になっている原因だった。
油断すると先ほどの瀬奈の太ももの感触とか近づいた時の甘い匂いとかが蘇ってきてしまう、相手を女と意識してしまっている自分がいた。
それはどうやら向こうも同じようで、平静を装っているようだがどうも落ち着きが無い。
こちらをチラリと見てはスカートの端をきゅっとつまんだ。
「――っ、さっきの話だけど……ね」
「ん、ああ? なんかゴメン。僕もシナリオが書けなくて錯乱してたみたいだ」
瀬奈が話を切り出した。
「うん、それはしょうがないと思う。その……真壁クン知りたんだっけ?」
「……ぇっと、何を」
「シナリオで女の子のエッチな声をどうやって書くか……」
「……ああ」
「私、教えてあげられる……かも」
何だ? 瀬奈がエッチな声をあげてくれるというのか!?
いやしかし、僕まだ心の準備が……っていうか――僕、大丈夫か?
……ちゃんと瀬奈をイかせることができるのか?
なんだよぉ! こういうことになるんだったら昨日ちゃんと僕の秘蔵のコレクションで予習してくるんだった!
僕はコレクションの中の雑誌の特集記事「初体験でやっちゃダメなランキング」を必死に思い出そうとするが、頭が混乱していてそれどころではない。
「まずは優しく髪を撫でる……だよな」
「? 何言ってんの? ……このネット社会なら検索すればでてくるでしょ? ほら」
そう言って、瀬奈はノートPCを僕に向ける。
「…………うん。そうだね、便利だよねインターネット」
「何? なんかすごく疲れているみたいだけど……」
自分のアホさに自己嫌悪しているだけだ……気にしないでもらいたい。
検索文字「喘ぎ 生成」 こんなリクエストを瞬時に返してくれるGoogle先生マジパネェっす!
――――喘ぎ声ジェネレータ……こんなのあるのかよ。喘ぎ100件生成……
……これでシナリオが続けられるのだから正直助かったんだが、このシチュエーションでこのツールの登場は正直お呼びでなかったぞ。
というか、需要も供給もへったくれもないツール作った人、何がしたくてこんなもの作ったのだろうか……
あっけない解決になんだが興がそがれてしまった……。
全く、僕は一体何をしようとしているのだろう。
エロいシナリオを書くために、彼女とエッチな行為に及ぼうとか思考がどうかしている。
瀬奈は僕の彼女で、その関係は告白したあの日から今に至るまで続けることができた二人の約束事に他ならない。
あの告白は僕にとってその程度のことだったのだろうか。
「やっぱ、調子がわるいかもしれない……今日は帰るよ」
「うん、もし明日休むようだったらメールして、お見舞いいくから……」
彼女は普通に僕のことを心配してくれているというのにな。
僕というヤツは…………なんか哀しい気分だ……。
結局、家に帰ってもその日はシナリオが書ける気がしなかった。
僕は……結局、何がしたかったんだろうか。
<4> 主人公、ゲーム制作について考える
ゲーム研究会には嫌な雰囲気が漂っていた。それは僕が原因であることは間違いなかった。
休日に部室に呼び出したのだ、何かあるのか聞かされていないだけに不安になるのも仕方がない。
「僕はもう……ダメかもしれません」
僕は昨日から思っていた言葉をどう伝えようか悩んでいた。
結局言い方の問題だと気づいて、メンバーには思ったままの言葉を告げた。
――要するに僕は逃げ出すことを選んだんだ。
「自分が何をしたいのか……分からなくなってきました。ゲーム制作をしたいのか。それとも他の何かを期待して頑張っていたのかまったく分からなくなってしまったんです。文章もまったく書けなくなりました。このままではとても完成するとは思えません」
「スランプ、そして挫折か……ゲームを作ろうと志した者なら誰でも通る道だ。気にするな」
「…………」
元部長はそのように慰めてくれる。申し訳なくて返す言葉もない。
「と、言いたいところだが実際はそうもいかない! 確かに完成させる義務を負って引き受けてもらったわけじゃないことくらい分かっている! これは俺の独り言だと思って聞け! ふざけるな!」
「まぁまぁ……三浦さん、ちょっと冷静になろうよ」
激高した元部長を御鏡さんがなだめている。
瀬奈は何も口にしようとしない。昨日のことと関係あると思っているのだろうか?
「どうしましょうか。一応ラフは仕上がってきましたけど……三浦さんが続けるつもりなら僕は作業を続けますけど」
「いや、作業は保留としよう。まぁこういうトラブルはグループ制作ではよくあることだからな」
「真壁。これだけは聞いておく。ゲームを完成させる気持ちはあるか?」
「……分かりません」
僕の声だけが部室に響いていた。
元部長はメガネを直し、御鏡さんは優しく微笑みかけ、そして瀬奈……はどうだったのか見ることができなかった。
きっと僕の発言を受けて怒っているのかもしれない。
結局、その日は最後まで瀬奈と目を合わせることはなかった。
◇
次の日、僕はこれまで持ち歩いていたノートパソコンを部屋において出かけることにした。
休日だ……これだけ天気がよければ彼女と一緒にデートに出かけるべきではなかろうか。
最近まで悩んでいた問題が解消されたのだ。それならどうしてこんなに気分が晴れないんだろう?
僕は近くの公園のベンチに座っていた。何もする気が起きずにただ流れる雲を眺めているだけだ。
「おい、そこのお前、朝っぱらからシけた面してんのな?」
声を掛けてきたのは知っている人だった。
赤城先輩。つまりは瀬奈のお兄さんだ。ジャージ姿でランニングをしていたのか、すこし汗ばんでいる。
「お前に言いたいことがあってな、話に付き合え」
そう言えば、瀬奈抜きで赤城先輩と話したのは初めてかもしれない。
僕はベンチに座り、赤城先輩はその場でストレッチをしながら話すという端から見れば不思議な構図だが、それでも赤城先輩は話を進める。
「瀬奈ちゃんからメールがあった。おとといの件は俺の誤解だったという話だが本当だな?」
「本当です。あれは事故です」
チッ……赤城先輩は舌打ちをする。どうやら気が立っているらしい。
「じゃ、もうひとつ。昨日、何があった? 瀬奈ちゃんに何をした!」
「…………」
「オイ、お前らゲーム作ってたんだろ? なんとか言えよ!」
「彼女には何もしてませんよ。僕がゲームを作るのをやめただけです」
無気力な僕の応答に赤城先輩はイラつきを隠さない。
「チッ……調子狂うな……オイ、真壁……立てよ!」
僕は赤城先輩に腕を引かれ、ベンチから立ち上がる格好となった。
「瀬奈ちゃんを悲しませるヤツはイラつくけどまだ許せる……だがな、理由はどうであれ、瀬奈ちゃんを泣かせるヤツは絶対許せねぇんだよ!」
僕はあのとき瀬奈を見ることはできなかったけど……そうか、泣いてたんだな。
そしてこの人は妹のために、ただそれだけのために僕に怒っているのだ。
「彼女には悪いことをしたと思ってますよ」
「……ちなみにどんなゲームだよ? 最近主流のスマホアプリか? 瀬奈ちゃんそれだけは言ってくれなかったんだよ……」
これは言うべきだろうか? いやここまできたら引き下がることもない。
「……エロゲーです。ちょっと設定が僕と瀬奈の境遇に似てるキャラが登場するエロいやつです」
「ぶはっ……おま、お前らエロゲー作ってたのか!? しかも、瀬奈ちゃんの部屋で二人して!」
「……そういうことになりますね」
「クソ……最悪だ、でもこれは瀬奈ちゃんのため、瀬奈ちゃんのため!」
赤城先輩は固く握りしめた拳を振り下ろそうとするのを懸命に耐えている模様だ。
「まだ続ける気があるなら……聞いておけ、アドバイスしてやんよ」
「……アドバイスですか?」
赤城先輩はストレッチを終えるとその場で腹筋を始めた。
「こういう内容はもっと知ってそうな人間に聞くのが一番だ」
「しかし、誰に相談するんですか……そんな見ず知らずの人に相談なんかできるのでしょうか?」
赤城先輩は怪訝な顔をすると、ゆっくりと立ち上がった。僕の虚ろな目を睨む。
「は?――俺は知ってるね。それに誰が見ず知らずの人間に尋ねろと言った? 当然、お前も知ってるヤツに聞くに決まってんだろ」
「……???」
「高坂だよ、アイツならお前の力になってくれるはずだ、最近もアキバでよく見かけるしな」
まさか、赤城先輩にアドバイスをもらえるとは思っていなかった。
「……ありがとうございます」
「瀬奈ちゃんを悲しませたままにしておくわけにはいかねぇからな。コレは貸しだ。言っておくがお前を認めたわけじゃない。瀬奈ちゃんを渡すのは俺を超えた時だけだ。俺の筋肉は相当だぞ? 超えられるのか?」
赤城先輩は鍛え上げられた肉体を強調するようなポーズを取る。ジャージ姿の上からでも筋肉があるのが分かる。
「筋肉で超えようとは思っていません。僕は……」
僕は深呼吸する。地に足をつけて赤城先輩と向きあう。
「僕は……瀬奈の彼氏です、だから彼女を笑顔にするのは、たとえお兄さんでも負けるわけにはいきません」
「フッ――言ってろ」
去り際に発した言葉。心なしか、お兄さんが笑っていたような気がした。
◇
瀬奈には協力してもらうことにした。
高坂と会うなら瀬奈と一緒に行動しろ。理由は分からないがこれは赤城先輩がつけた条件だったからだ。
僕は一度、データを取りに部屋に戻り、それから高坂先輩と瀬奈に連絡して公園に来てもらうことにした。
今は瀬奈と高坂先輩を待っている最中だ。
瀬奈と目があった。会話こそ少ないが機嫌がいいことだけは見て分かる。
そこに高坂先輩が自転車を引いてやってきた。
「よう、久しぶりだなお前ら、なんだお前ら、エロゲー作ってんの? 何だか面白そうなことやってんな!」
アレ、高坂先輩ってそういうキャラだっけか?
ふと高校時代の高坂先輩を思い出して比べてみると……なにか吹っ切れたというか、垢抜けたというかそんな感じがする。
僕は高坂先輩にCD-Rを手渡す。タイトルはゲーム資料(仮)にしておいた。
「開発中のデモです。実際にはスクリプトまでは入っていないので、設定資料と検討中のシナリオとキャラクターのラフ絵だけですが」
「それを俺にどうしろと……? オイオイ! 俺にエロゲーを作れとかいうのはナシだぞ?」
まだ何も言っていないのに怪訝な顔をして予防線を張る高坂先輩。
よっぽど貧乏くじを引かされているのだろうか?
僕は経緯をかいつまんで説明した。僕がスランプに陥ってシナリオが書けなくなったこと、面白さが何なのか、エロゲーが何なのか見失ってしまったことなどだ。
「エロゲーマーとしての率直な感想を聞かせてくだされば結構です。ぜひ、ご家族で楽しんでください!」
冗談なのか瀬奈がこんなことを口走る。
「瀬奈……これはそういうゲームじゃないからな!」
だが予想に反して高坂先輩はふと考えこむと、ニヤリと笑った。
「分かったよ。俺に任せろ! 俺だけじゃなく並のエロゲーマーなんて比じゃないヤツの意見も聞いてみるから楽しみにしとけ!」
頼もしいセリフを残して高坂先輩は戻っていったのだった。
◇
それから3日後のことだった。
「エロゲーの愛って深いんだな……俺、正直のところ高坂の事ここまですごいヤツだとは思ってなかった」
元部長はそう呟いた。
僕もこの結果には正直、驚いた。
高坂先輩が持ってきたのは一冊のバインダー。
複数の人の感想を集めてくれていたらしい。
一人は見覚えのある筆跡。ページにして30ページ超。これは内容を読まなくても誰か分かる。
高坂先輩はお前らのよく知るヤツだと言うが、そんなこと言われなくても僕たちだって分かる。この感想は五更さんだろう。
こんな量の文章を書き綴ることできる人間を見たのは五更さんを除いて誰一人としていなかった。
それにしても、明らかに僕が書いたシナリオよりも感想の量のほうがボリュームとして多い。
これを手書きで書いたというのだから伝わってくるのは熱意というよりプレッシャーだ。
そしてこちらは、率直な感想と参考になりそうなイベントの資料と過去のゲームのジャンルの傾向を丁寧なチャートでまとめてあった。
正直なところインターネットで資料を調べるには限界があったのでこういう資料は非常にありがたかった。
最後にシナリオのプリントアウトしたものへ書き込みだった。
これが他を圧倒していた。
「なんだコイツ……感想が超越してやがる」
「どうしてそんなことが分かるんですか? 批判の羅列にしか見えないんですが……」
「コイツ、タダ者じゃねぇよ――――お前は俺か!? ってほどのヲタだよ。特定ブランド無条件買い、シナリオライター買い、絵師買いは当たり前。泣きゲーから陵辱ゲーまで幅広い見識があってこそのコメントだぞ!? エロゲーをジャンルとして見ていながらも冷めることなく、キャラクターへの愛情が半端ない……」
どうやら元部長は感激した様子。
「これお前の感想じゃないんだよな? 誰だよ! 今度紹介してくれよな!」
「……あー、何というか機会があれば」
「せめて名前だけでも教えてくれよ、……悪いけどこれ、永久保存版にしていい?」
いろいろ詮索されると面倒なのか、詰め寄る元部長を前に高坂先輩の歯切れが悪い。
どうやら遠くに住む、いとこの大学生らしいということは分かった。
「き、桐斗さんって言うんだよ……結構なオタクなんだ……」
「なんか、オンラインゲームで流行りそうな名前だな!」
響きがオンラインゲームを題材にした某ラノベの主人公のようだと、その後は最近のそのラノベの展開について話が脱線してしまった。
得意になって話す元部長に適当にツッコミを入れる僕。
尋問を逃れた高坂先輩は御鏡さん、そして瀬奈と世間話しているようだった。
そう言えば、高坂先輩には瀬奈と仲がいい妹さんがいるんだっけ……
「……いいんですか? 適当なこと言って……後でバレて怒られても知らないですよ?」
「赤城……察してくれ。俺も色々と事情が複雑なんだ。一回まとめ直したから筆跡でバレることはないだろうが……あと、あまりにも厳しい批判のところはソフトな表現に変えておいた……あと『エロゲーナメんな!』 という文はあまりにも多かったので初回以降、書き写すのを省略した」
「キミも苦労が耐えないね……そういう星に生まれてきてしまったんじゃないか?」
「うっせ! お前には器用貧乏という言葉を送ってやろう」
「そうかな? 僕はそれほど器用な方じゃないと思うし、それなりの稼ぎはあるつもりだけど?」
「くそぅ……天は二物を与えずってどこの誰が言ったんだ!?」
なんか盛り上がっている様子だ。
例の大学生の親戚の人の話でもしているのだろうか?
「諸君……聞いてくれ」
元部長が口を開く。
「各自、批評を読んでもらえたと思う。俺もこの批評はいい意味でも悪い意味でも想定外だった」
「全体的な対策として早急に必要な項目は分かっていると思うが、まずはシナリオの補強だ」
「ですね……実際、僕も甘い考えだったと思います」
「それぞれの感想について全体的な傾向をまとめるとキャラクターへの愛情が欠けているということだろう。この桐斗さんの指摘が的確に示している」
ピクリと御鏡さんの眉が動く。今の元部長の言動に面白いことがあったのだろうか。
「いや……失礼。続けて」
御鏡さんはペットボトル入りの紅茶で喉を潤した。
「さて、ここからはマンパワーで押し切る必要がある」
「幸いにも次の休みも3連休ですし……ギリギリなんとかなるんじゃないでしょうか?」
「シナリオを変更する場合は明後日まで、それ以降はスクリプトのデバッグと並行させるから誤字脱字の修正や文脈の一部表現の変更程度にとどめてくれ」
「でも……イベントCGが……期間的に厳しくないですか?」
僕も瀬奈もそれだけが気がかりだった。今からではイベントCGがとても間に合わない。
「御鏡……原画のイベント候補のラフを見せてくれ」
「これですか? ええ、どうぞ」
御鏡さんはスケッチブックを開く。そこにはすべてのイベント候補のラフが描かれていた。
「御鏡さん! これどうしたんですか!?」
「実はあの後、三浦さんに頼まれてイベント候補すべてのラフを先行させていたんだ。手戻りが多いから本当はやるべきじゃないんだろうけど」
元部長はプロジェクトの遅れを最小限にするように動いていたということだろう。
そして御鏡さんは一部のラフ絵が無駄になることが分かってても引き受けてくれたということなのだ。
「もちろん、イベントCGモードではラフ絵を全収録してもらいますよ?」
御鏡さんかっけー! 御鏡さんが光り輝いて眩しすぎる!
「キャラクターの絵は申し分ない。後はこの絵をもとに仕上げる作業に入る。作業工程に後戻りは許されない。御鏡はシナリオの修正と矛盾が発生しないように背景等を省略した形で清書してくれ。シナリオが確定する明後日まではキャラクター部分の彩色にとどめておいてくれ」
「分かりました……なら、立ち絵の差分の方をすすめるとしましょう」
「頼んだぞ……。さて、俺はメニュー画面等の素材を作成するとして……」
「あの……私は? ひと通りプログラムの方は終わってしまったんですが……」
一人だけ担当が確定しない瀬奈。元部長はニヤリと笑ってメガネを直す。
「決まっているだろう……シナリオの補佐。メインは誤字脱字の修正と文章表現のサポートだ。そもそも最初から二人で書いたようなものだろう」
「あはは……」
シナリオを読んで気づかれていたとか、なんだか恥ずかしい。
「真壁のシナリオが駄目と言うわけではないが、特にこのデートイベントはなんというかリアルが感じられてな」
そこは取材の力だ。僕だけではどうしようもなかった。
「ま、指摘にもあったが……エロの描写が薄いんだ。お前らの実体験で何とかしろ」
「しませんよ! ……そんなこと!」
「……」
いたぁ! ここは否定するところだろう。瀬奈が後ろからつねってきた。
何? もしかしてそういうことなのか?
「え? ……いいの?」
「それは……ダメ」
なんとも女心は難しいものだ。
「ハハハ、真壁ざまぁ! さて、皆、エロゲー制作を再開させようではないか!」
元部長は号令をかける。
すでに御鏡さんはスケッチブックを開き作業を再開させていた。
さあ、僕たちも始めよう。
「瀬奈……協力してくれ」
「うん、分かった」
なんか、分かった気がする。僕がゲーム制作で得たかったもの。
僕たちはシナリオ制作を再開させたのだった。
◇
感想を手渡した後、俺、高坂京介は自宅に戻っていた。
みな喜んでもらえたようでよかった。やはり皆で何かをつくり上げるというのは面白いからな。
ところで俺がいとも簡単に感想を集めたみたいに思っていたかもしれないが、実はそうでもなかったんだぜ?
今年に入ってからの俺と周りの人との関係性は大きく変わった。
俺の物語があったとするならば、それは今年の4月でいったん区切りをつけることになる。今はその延長戦、第2シーズンが始まったといえるだろう。
桐乃、黒猫、沙織。さらには、あやせ、加奈子、麻奈実、ついでに櫻井。
今年の4月で俺と彼女たちの関係は一旦リセットされたのだった。
黒猫いわく「禁断の儀式を経て、ついに呪縛が解かれた。新世界の幕開けね。これも世界の浄化作用によるものなのかしら?」だとか。
それはともかく、今回の件についてまず俺は桐乃に資料を見せることにした。
資料といってもCD-Rを手渡されただけなので、パソコンを立ち上げないと中身を確認できないのだ。
まぁ、餅は餅屋というやつだ。俺は貰ったCD-Rをそのまま桐乃に渡したのだった。
一時間ほど経った頃だろうか。桐乃はずっと自室にこもったままだったが、いきなり俺の部屋に入ってくるなりすでにキレ気味だった!
「ちょっと、部屋に来て。――いいから!」
そんな感じで俺は妹に呼び出されたのだ。
あろうことか俺は桐乃の部屋で正座させられエロゲーについて大切なモノは何か、エロゲーに対して失礼じゃないかというような趣旨で小一時間ほど説教を食らう。
言っておくが、作ったの俺じゃないぞ? なんか理不尽じゃないか?
ああ、桐乃が完全にキレだしたのは俺に感想を求めたときに、正直に俺は何も見ていないという答えを返したからではあるのだけれど。
ま、それはいいよ。桐乃の話は理にかなっていたし、エロゲーマーである俺にも分かる気がしたからだ。
そして、ひと通り話終わったところで桐乃は俺にこう言ったんだ。
「少しだけ、人生相談。このクソゲーを少しでもマシな形にしたいって思ってるんだけど、協力してくれる?」
俺の答えはすでに決まっていたわけだけど、あえて俺はこの言葉を口にしてみた。
「ったくよ……しょうがねぇなぁ」
俺はこの後、感想を集めるために奔走する羽目になる。
大学生になったのだから自動車で移動できればいいのだが、まだ仮免中だ。しょうがないので自転車で走り回って房総半島を一周する勢いで集めた感想は無事にあいつらの手元に届いた。
いろいろ大変だったがそれなりに充実していたからよしとしよう。
リビングには俺の妹、桐乃がいた。スマホの画面をじっと見つめ何か考え事をしているみたいだ。
「なんだ? 神妙な顔して……もしかしてまた人生相談ってヤツか?」
「は? ――バカじゃん?」
何かを思い出したのか。一瞬、桐乃は
していたが、俺は構わず言葉を続ける。
俺にできるのはそれくらいの気遣いぐらいだ。
「で……何だ?」
「ん、……せなちーからお礼のメールが来たんだけど、私のこと『キリト』って紹介したらしいじゃん? アンタバカなの? 死ぬの?」
いきなり何を言い出すかと思えばこれだ……俺、泣いていいか?
「協力してくれてありがとう」とかそんな言葉を期待した俺がバカだったよ。
「そりゃ……お前……俺の妹がエロゲーをやりこんでますなんて他人にバラしたらお前怒るだろ!」
「ま、それは当然だけど!」
ずい、と顔を近づけて桐乃は抗議する。
「……だから、遠い親戚の女の子って設定で十分だったじゃん? それにSAOキャラ使うんだったら、なんで直葉タンにしなかったワケ? あの子、エロ可愛くてチョ〜私好みなんだけど?」
「キャラと名前が被ったのは偶然だっての! それに遠い親戚の女の子でも無理がありすぎだ!」
「はぁ!? 今の発言、直葉タンの侮辱と受け取っていいわけ? ねぇ!?」
「ちげぇー! 話が噛み合ってない! ああ、もう黙れ!」
俺の妹とはあいかわらずこんな感じだ……まったくヤレヤレだぜ。
ぜひ全国の仲のいい兄妹に聞いてみたい。
こんなやりとりをしている俺達は一体仲がいいのか、悪いのか――とな。
<5> エピローグ
あっという間に時間が過ぎた。こうして僕たちの9月は幕を閉じた。
ゲームはなんとか完成にこぎつけることができたのだ。
部分的には修正したい点が残ってしまったがなんとかエロゲーと呼べる形にはなった。
――完成まであっけなく終わってしまったと思うだろうか?
なんというか、この辺りのことは語ろうとしても非常に泥臭い作業ばかりで面白みもないから少しだけ省略だ。
それに僕は眠い。最後の2日はデバッグでほとんど寝てないし……
「ゲームが完成したら……暖かい布団で眠りこけるんだ」
そんな願望を抱いていた気がするが、作業が終了したのは日曜日だった。
徹夜まではいかなかったが、夜遅くまで作業していたのは事実だ。
止まらないあくびを押し殺しながら、瀬奈と通学路を歩く。今日はとても辛い月曜日となりそうだ。
「寝ちゃダメだよ、楓クン、これから授業なんだから!」
アレ。瀬奈……今僕のことなんて呼んだ?
残念ながら意識が
としていて瀬奈が最初に呼び名を変えた瞬間を僕は覚えていない。
◇
それから1ヶ月後のことだ。ゲーム研究会も静かになった。
僕は受験が近づいている。受験に向けて勉強を本格的に進めているのでゲーム研究会を自習室代わりに使っていた。
幽霊部員が大半だし、元々部員が少ないため勉強するには意外といい環境だったりする。
正直受験は夏に決まるとかなんとか、僕の模擬テストの結果は悪くなけど、高3の9月にエロゲーなんて作っている暇はなかったかもしれないな。
ま、そんなことは過ぎたことだ。今日も瀬奈と二人でゲーム研究会の部室へと向かう。
「……楓クン……これ」
部室には見覚えのないダンボール一箱が置いてあった。置き手紙と一緒に。
ゲーム研究会諸君
マスターアップご苦労。
正直なところ、俺もこのゲームが3週間で完成するとは思っていなかった。
これは君たちの執念の賜物だ。
俺も君たちの執念にあてられて、少しばかり無理をしてしまった。
さて、パッケージした配布用CDを送る。
少しばかり気が早いが俺からのクリスマスプレゼントとする。
費用は問題ない。今回無理を言って付き合ってくれたお礼にしては足りないくらいだからな。
俺は著作権を主張する気はないから即売会で配布するなり、ネット公開するなり好きにしたらいい。
P.S.エロゲーオタクとして言わせてもらえば拙い部分もあるが、悪くない出来だと思う。
ダンボールの中身はCDが20枚ほど。
驚くべきことに本格的なCDプレスにビニールのキャラメル包装までしてある。
「……これ結構お金かかるんですよ。最小ロットは少なくても100枚からだし……一枚500円で配布したら仮に全て完売したとしても元取れないんじゃないでしょうか……」
「まったく、あの元部長ってホントに唐突だよ」
ただ、僕が彼女とともにゲーム制作に関われたという点では彼に感謝してもいいかもしれない。
「協力してくれた人達に配って回ろうか。御鏡さんや高坂先輩とか」
「うん」
僕たちの力だけでは完成しなかったものだろう。このゲームには完成に協力してたくさんの人が関わっているんだ。その人達には感謝してもしきれない。
内容はそりゃ拙いかもしれないが。
そうだな。ここで言っておくか。
ここまで読んでもらった人なら薄々感づいているかもしれないが、それでも言っておくべきだと僕は思ったのだ。
……僕たちのエロゲーがこんなにクソゲーのはずがない!
END
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