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Fate/Heroes of mythology〜神域追想呪界〜 樹海
作者:黄昏之狂信者   2018/03/28(水) 00:42公開   ID:/jW8DXujk8w
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勇者御記 ■■■■■■年
       ■■■■記
       ■■済


巴御前に抱き抱えられ、少女に誘導されて炎の海を走り続けて数時間、立香達は見上げるほど巨大な植物の根で出来た壁に行き着いた。
「さぁ着いたぞ」
「ここは・・・一体・・・?」
立香の問いに少女は応える。
「ここが、人が神樹様に護られる安寧の箱庭『四国』だ」
「神樹様?」
「ん? 神樹様を知らないのか? もしかして何処か他の地でいたのか?」
「えっと・・・ヒマラヤ・・・辺り・・・かな?」
実の所、立香は自身がいるカルデアが何処にあるのか良く解っていない。
今言った事は標高の高い雪山に存在しているらしい、という情報からヒマラヤ辺りではないかというただの推測でしかない。
「ヒマラヤ!? あんな遠くからよくここまで・・・他に生き残りは!? 君達の所はどれだけ生存者が? 今もまだ生きているのか!? ここに来るまでで他に生き残っている人々を見なかったか!?」
「え、ちょっ・・・ちょっと・・・」
そんな立香の答えに少女は猛烈な反応を示した。
「質問攻めは後でも良いのではありませんか? アレらの姿がまた、見えますよ」
「あ・・・いや、すまない。『バーテックス』に追われて疲れているだろうに、つい気が逸って・・・こっちだ、来てくれ」
巴御前の制止に少女は我に返り、謝罪すると軽々と壁の上に飛び上がった。
「御前、あの人サーヴァントじゃあ・・・?」
「アレは・・・恐らくは人・・・です・・・かね? すみません、私ではどうとも言えません・・・」
「えっと・・・じゃあ人間って事かな?」
「我々は英霊であればすぐにでも分かりますが、あの方は・・・私では何とも・・・それよりマスター、少々失礼」
巴御前は立香を抱き抱え直すと、一足飛びに壁に飛び乗る。
「御前、ごめんね」
「何を仰います。主を抱き抱えられる名誉を誇りこそすれ謝られる事などありません」
立夏は先の戦闘で魔力の枯渇とリミッターを外しての筋肉の酷使で極度の疲労から動く事が出来なくなっていた。
立香はこんな事はグランドオーダー中何度もあったし、下総国で『酒呑童子だったモノ』に腹を抉られた際も少し休んでからなら動けたのだから、休めば動けると言ったのだが、巴御前がその身体では再度襲撃を受けた際に行動が取れないだろう、と半ば強制的抱き抱えられ今に至っていた。

立香達が飛び上がった先には少女が待っていてくれた。
「その跳躍力・・・やはり貴女も『勇者』なのだな。彼の遠き地よりこちらまで来られた理由が良く解った」
「え・・・勇者・・・あ〜・・・え〜っと・・・」
「ええ、私達は『勇者』です。私は巴、もう一人の方は牛若。我等はこちらの藤丸立香様に忠義立てする者。以後お見知りおきを」
『勇者』
その単語が牛若丸や巴御前に向けられている事に気づき、立香がどう言おうか悩んでいる間に巴御前が素早く自分達の身分を偽って伝えてしまう。
「ああ・・・うん、そう、そうなんだよ」
「では藤丸さんは『巫女』という事に?」
「そうなります」
「ちょっ、御前・・・」
「今は話をお合わせ下さい。何かあれば巴が責を負います」
巴御前が勝手に話を進めるので立香が抗議しようとすると、巴御前は小声で立香を制止した。
「それは良かった。『巫女』は今この四国に居なかったので是非とも神樹様の御意思を聞いて頂きたいのだが・・・構わないだろうか?」
「その前に、貴女のお名前は? 我々は貴女の名前を知りません。知らぬ者の手伝いを主殿にさせるわけにはいきません」
話の途中、何も言わずとも後詰を引き受けてくれていた牛若丸が壁に上がって来て早々に声を挟んできた。
確かに名前を知らないままではどう呼べばいいかも分からない。
「ああ、すまない。私は乃木若葉だ。若葉でいい、よろしく頼む」
乃木若葉と名乗った少女は立香達にこの今の状況を詳しく教えてくれた。
「まず、立香・・・あ、名前で呼ばせてもらっても構わないだろうか?」
「あ、どうぞどうぞ。私も若葉って呼ばせてもらうね」
「構わないとも。さて、立香達との情報の齟齬を埋めておきたい。まず、あの壁外にいるバケモノをこちらでは『バーテックス』と呼称している。そちらでも恐らく軍が対応しただろうが、アレらは私達の持つ『勇者』の武器でないと現状倒せない。ここまではそちらと情報の食い違いはないだろうか?」
「あ、うん・・・ない・・・と思うよ?」
現代兵器が通用しないという事は恐らくあの『バーテックス』というモノは霊体ないしそれに等しいモノなのだろう。
そして『勇者』の武器とはつまりは宝具という事なのだろう。
「えっと、その『勇者』っていうのは?」
「ん? 立香達のところではそう呼ばなかったのか?」
「えっと、こちらでは英霊、とかサーヴァントって呼んでいたかな〜」
「そうなのか・・・『勇者』という呼び方で説明を続けても構わないか?」
「あ、それは大丈夫」
「私はあの日、修学旅行先の神社にあったこの刀を偶然手に入れて勇者になった。その日よりこの神樹様の加護を受けたこの地を守護しているんだ」
「あの日って・・・何時だったっけ?」
「忘れもしない、2015年7月30日の事だ」
立香は若葉のその言葉に違和感を覚えた。
72年も前の、明らかに若葉の外見的年齢から推測する以上も前の出来事をつい数年前の事の様に言っている。
「えっと・・・ところで若葉さんは今・・・いくつ?」
「ん? 私か? 14だが・・・それがどうかしたか?」
14歳、驚くほどに若い・・・
佇まいや言動から高校生くらいの年齢かと思っていた立香は驚くしかなかったが、もっと驚くべきは別にあった。
「え・・・? だって、今2087年だよね? その日から生きてるなら・・・」
「いや、何だその途方もない未来は・・・今は2018年だぞ? どうしたんだ? 立香。私はそんな御婆ちゃんじゃないぞ?」
「え・・・ちょっ・・・ちょっと待って。ちょっとカルデアに・・・あー・・・えっと私達の神様と交信するから」
「あ・・・ああ、分かった」
情報が噛み合わない。
シバは特異点を観測した時代を2087年の未来だと計測し、私達はその時代にレイシフトした。
だが、その時代に生きているはずの若葉は今を2018年だという。
レイシフトの失敗。
それがまず頭によぎった。
有り得ないと思いたいが、今回は移動する特異点へのレイシフトだ。
万が一の事もあり得る。
立香は若葉との会話を中断し、少し席を外してカルデアとの連絡を取り始めた。
「・・・・・・・・・ら・・・・・・ちら・・・繰りか・・・・・・カル・・・通・・・・・・」
通信はノイズだらけでマトモに行えなかった。
「マスター、『かるであ』はなんと?」
「ダメ、ノイズまみれで繋がらない・・・」
「では如何しますか?」
「んー・・・繋がらないなら若葉さんの話を聞こう」
現状カルデアの支援は求められない。
ならば今は現地での情報こそが何より重要だ。
そう考えた立香はカルデアとの通信は一旦置いておいて、若葉の話を聞く事を優先する事にした。

「貴女達の神は何だと?」
「あ、うん。どうも感度が悪くて聞き取れなかったよ・・・えっと、話の続きお願いしてもいいかな?」
「ああ、構わない。さて、何処まで話したか・・・そう、神樹様の御加護を受けたこの地を守護している、というところまでだったな」
「その神樹様っていうのはどういう存在なの?」
「神樹様はこの地の多くの土地神様がお集まりになられた大樹の事だ」
神霊は確か彼の英雄王が人と神との袂を別ってから物質的に存在した事など無かったはずだ。
だが、この未来においては半ば物質化しているという。
それは『人』と『神』とが別たれる前への回帰を果たしつつあるという事の証だ。
「若葉は神様に直接会った事はある?」
「いや・・・神樹様であれば奥に聳えておられるから、それを以て直接会ったというならそうなるが、単一の神格としてはお会いしたことはないな」
どうもちぐはぐだ、と立香は感じた。
神霊が物質化するほどの神秘に満ち溢れていながら、『個』の頂点に等しい神霊が『集合して顕現する』という本来『弱い』存在が群体化する事で存在を維持するかのような事をしている。
神秘が薄れているから集合する事で存在の維持をしようとしているのか?
しかしそれだと物質化している事に説明がつかない・・・
だが、それを今考えていても始まらない。
「外の炎はアレ、何か分かる?」
「いや、私も良く解らない。何がどうしてああなっているのかが全く分からないんだ」
つまり、今の状況は突如飛来した正体不明のバケモノ『バーテックス』に襲撃を受け文明は崩壊、神樹様という土地神の集合体が四国に顕現し、人類を極めて少数ではあるが保護する事に成功。その間に外の世界は謎の灼熱地獄と化していた。
それ以上は良く解らないという状況という事となる。
「うん、こっちの状況は取り敢えず分かったよ。ごめんね? 質問ばっかりで話の腰を折ってばかりで」
「お互い分からない事だらけなんだ、仕方ないさ。続けよう。とにかく私は壁内に入って来ようとするバーテックスを迎撃していたんだが、問題が起こったんだ」
「問題?」
「中に入ってみてくれれば解ると思う」
若葉に促され、立香は数歩壁内に近づいてみる。
一瞬薄い膜を通過したかの様な違和感を覚えた後、そこには壁外に広がる灼熱の大地とはまた違った異界が広がっていた。
巨大な大樹が遥か彼方に聳え、そこから大小様々な根が伸びており、それがビルや橋といった構造物を呑み込み樹海というべき様相を呈している。
「これが、神樹様がバーテックスの侵攻の際に人々を護る為に発生させる『樹海化』という現象だ」
「樹海化・・・」
「この状況では通常の時間が止まっていて、直接人がバーテックスに喰い殺される事はない。だが、奴等が長くここに留まると『浸食』という現象が起き、街を覆っている根が枯れていく。それが多ければ多いほどこの状況が解除された時に災害という形で現実に影響するんだ」
「固有結界みたいなもの・・・なのかな、御前と牛若はどう思う?」
「私は呪い事には疎いので如何とも言い難いですが、概ねその様なモノではないでしょうか?」
「エミヤ殿の固有結界を見せて頂いた事がこの牛若、ございますが・・・コレはそんな規模ではないでしょう。コレは正しく理の書き換え、神仏にしか成し得ぬ所業と存じます」
これほどの異界化を引き起こす事態を立香は一つしか知らない。
『空想具現化』
精霊が自らの望むままにこの世の理を書き換える魔法の領域に至る大禁呪。
それを神霊が行使しているのだとすれば、この異常な世界の状況が理解出来る。
そう考えながら目の前の光景を見つめていると、その中で特に目を引く違和感の塊のようなものを立香は見つけた。
「何? あれ・・・」
奥に聳える大樹。
そこからは圧倒的な魔力量と共にウルクで出会ったイシュタルやケツァルコアトルに感じた神聖さを感じる。
それはさして問題ではない。
アレこそが『神樹様』なのだと納得出来る。
違和感はその『神樹様』に向かうまでの道中に出来た巨大な根で出来た繭の様な構造物が四個。
それはさながら虫瘤の様だった。
「分かったようだな。アレが問題なんだ」
「若葉さん、アレは一体・・・?」
「アレはここ最近のバーテックス侵入の際に私が討ち漏らしたバーテックスを神樹様が樹海の根でお包みになられた言わば牢獄であり防壁の様なモノだと思う。それだけであれば中に入ってバーテックスを殲滅すれば良いだけなのだが、中には巨大バーテックスがいる」
「巨大って?」
「少なくとも高層ビルくらいはあるな。何度か攻撃を仕掛けてみたが、私一人では歯が立たなかったんだ」
だから手を貸して欲しい、という事か。
しかし、何だその大きさは、と立香はクラッときてしまった。
さっきまで見て来たバーテックスですら確実に大型ダンプカー以上に巨大なバケモノだった。
それを上回る巨大さとなるともう想像すらしたくない。
「牛若丸、御前。どうかな? 三人掛かりなら何とかなりそう?」
「どうでしょう・・・アレらと交戦してみて分かりましたが、アレらは私達英霊にある意味近い存在と言っていいでしょう。それが山一つ分ほどとなりますと・・・」
「頼光様であれば容易に討滅致しましょう。しかし我等は所詮戦働きが上手かっただけの英霊ですから・・・やってみないとどうとも言えません」
今回の特異点解決の糸口は明らかにあの虫瘤の様なものだろう。
ならば立香にそこに挑まない理由は無かった。
「若葉さん、私達も協力させてもらうよ」



数刻後、立香達は若葉が拠点としている丸亀城の一画に逗留用のスペースを借り受け、カルデアとの通信を行う術式を構築していた。
「さっきは簡易での通信だったから感度が悪かっただけだよね。そうだと言ってよ?」
立夏が最早祈る様に術式を構築していると背後に近づく気配があった。
「マスター・・・」
「ん・・・ああ、なんだ御前か。どうしたの?」
「先ほどは申し訳ありませんでした」
立夏が振り向くと同時に巴御前は文句の付けようのない完璧な土下座を決めていた。
「うぇっ!? え・・・どうしたの? 御前!?」
「マスターの行動指針を聞きもせず、独断でマスターの今後の立ち位置を決めてしまいました。ですが、我々は常人であれば一瞬で焼け死ぬ様な状況の中、平然と戦って見せ、あまつさえあの『ばーてっくす』とやらを殺していました。明らかにあの場で一般人を装えるはずもなし・・・ならばあちらが理解出来る立場をわざわざ提示して来てくれたのです。そう名乗るのが納得もするでしょうし、信頼も得やすいと思いまして先走りました」
「なるほど、それで・・・でも私が巫女さんっていうのはちょっとどうかな?」
「マスターはいずれ『かるであ』と通信されるでしょう? その時不審に思われないようにするには最適かと思いまして・・・実際先程通信を試みられた際も不審に思われている様子は見られませんでした」
「うーん、ならそれでいいかな。結果的に御前は最適解を導いてくれたんだからこの件はこれでいい、それでいいよね」
「マスターがそれで良しと御裁可為さるのであれば」
ところで、と立香は話を続ける。
「酒呑の事なんだけど・・・」
未だに酒呑童子との連絡が付かないのだ。
魔力パスの繋がりは感じるから消滅させられた、とかそもそもこちらに来ていないという事はないだろう。
だが、居場所が探れない。
パスを通じての念話すら出来ない。
こんな異常事態を放っておく事など出来る筈もない。
「酒呑童子様は暗殺者の『くらす』ですので気配遮断でも使用されているのではありませんか?」
「例えスキルで気配を隠匿してもマスターの私まで分からないなんて事は流石に無いからその線はないかな」
「では考え得る状況は幾つかに絞られますね」
「うん、今の所考えられる線としては、まずそもそも探知を無効にしてしまう環境にいてそこから動けないって事かな?」
「・・・最悪の場合、マスターとの『まりょくぱす』を繋いだまま『酒呑童子様ではないナニカ』に変質させられている、という事もあり得ます」
それは考えたくない事態だった。
下総国で出会った『酒呑童子だった』力と暴虐の性質だけを残しただけのアレですら恐るべき脅威だった。
鬼種という存在がどれほどの脅威なのかをもう一度、身を以て知る事となった契機だった。
出来れば敵対するという事はお断りだった。
「マスター、例えそうなったとしても私がいます。私とて鬼の血が少しは流れています。マスターを逃がす時間くらいは稼いで見せます」
「そういう事にならないように頑張らないとね」
立香はそう言ってから、どうしても何処かで聞いておこうと思っていた事を聞いてみようと思った。
「御前・・・えっと・・・あのね?」
「はい、何でしょうか?」
「その・・・『牛若の事』なんだけど・・・」
その瞬間、目の前には『鬼』がいた。
「マスター・・・『アレ』の事はどうか・・・どうか・・・」
御前が一言発する度に、目の前のたおやかな乙女が『乙女』でも『侍』でもない『鬼』に変わっていく。
立香は実感する。
御前は今まで『巴御前は暴走して牛若丸を殺さない』という自分が無意識に向けていた信頼を裏切らない、たったそれだけのモノを護る為に全力で殺意を、憎悪を、憤怒を抑え込んでくれていたのだと。
ただ偏に、信頼に応える為に殺したいほど憎い怨敵を前にしても、ソレを忠誠で押さえつけていたのだと。
「ゴメン・・・でもこれから先は連携しないと確実に死ぬよ。さっきのアレを見たでしょう? あいつらバーテックスは確実に一つの判断ミスで私はおろか御前達ですら殺しかねないよ。だから、確認したいの」
バーテックス、アレはイシュタルの持っていた神牛グガランナクラスのほとんど『天災』とでもいうべき存在だ。
牛若丸や巴御前なら一体一体は苦も無く屠って見せるだろう。
だが、アレは数の暴力だ。
如何に一騎当千と謳われた英雄であろうと一人ひとりの能力では限界がある。
だから立香は巴御前に無茶を承知で要請するのだ。
『怨敵とわだかまりを解いて協力して事に当たって欲しい』と。
今まで自分が向けた無意識の信頼に応えて来てくれたように。
『私』の為にその憎悪を抑えて欲しい、と。
そんな傲慢な事を言う私をなおも今生の主と定めて共に戦ってくれるか、と。
「・・・義仲様が・・・」
膨れ上がっていた憎悪の念が急速に萎んでいくのを立香は感じた。
「・・・義仲様が・・・おられれば・・・こう言われるでしょう・・・『一度誓った忠誠を私怨で捨てるバカ者は俺の配下におらぬ』と」
「それって・・・」
そこに『鬼』はもういなかった。
そこには愛した男を失い、憎悪を抱きながら憎悪を押し込め、男がかつて己に向けた信頼を胸に、忠誠を貫こうとする『侍』がいた。
「・・・ありがとう、御前」



「・・・」
部屋の外で思わず立ち聞きをしてしまった牛若は入るに入れず、さりとて立ち聞きを途中で止める事すら出来ず廊下に立っていた。
あの時、牛若丸は範頼と共に義仲を攻め、討った。
それはもうどうしようもないモノだ。
あの瞬間をやり直せば義仲を生かし、巴御前に終生の嘆きを齎さない方法だってあったのかも知れない。
だが、牛若丸はそうは思わない。
自分がどうしようとも最早頼朝は義仲を討つ事を決定していた。
そこに異論を挟む余地など無い。
故に牛若丸はそこにおいては非を認めない。
討つべき者が討たれるべき者を討った。
ただそれだけなのだ。
それでも何も感じる事が無いほど非人間になった覚えはない。
自分は巴御前の仇の一人。
どう接すればいいのか分からなかった。
だからこの使命に参加要請が来た時、牛若丸は迷いに迷い、マスターの判断を仰いだ。
立香は『巴御前は忠誠を誓った主君の意思を蔑ろにして私怨に走らない』と無自覚な信頼で巴御前を縛っていた。
無論、立香はただ無邪気にそう思っており、縛っているとすら考えていなかった。
だから牛若丸は先ほどのやり取りを聞くまで、巴御前を常に警戒していた。
マスターが根拠の無い信頼に依って巴御前を無害とするなら、それは何時破られてもおかしくはない。
それほどまでに恨みとは恐ろしいのだ。
だから、何時首級を取りに来られてもいいように常に警戒していたのだ。
だが、今のやり取りを聞いて牛若丸は今後の巴御前との接し方を決めた。
「この使命に限っては、背中を預けましょうか・・・」
弁慶の様に、全幅の信頼を以て預けるわけにはいかない。
だが、首級を取られる事を考慮せず接しようと決めたのだ。


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