白く統一された部屋の中、一室の病室。そこに一人の青年の怒声が響く。
 彼の名は早乙女アルト。美星学園航宙科パイロット養成コースに通う学生だ。
 そんな学生の彼が何故こんな所にいるのかと言うと、それには理由があった。
 バジュラに襲われ待避壕に逃げ込んだアルトは、シェリルを助けに来たアキトに救出され駆け付けた軍の尉官に保護された。
 だが、そのバジュラとの戦闘でオズマが傷ついた事を知ったランカは、そのショックで気を失ってしまう。
 元々、捻くれた態度を取ってはいても正義感の強いアルトだ。ランカをそのまま放っておけるはずもなく、病院まで付き添っていた。
 それにシェリルに待避壕で言われた言葉もアルトに突き刺さる。「怯えている女の子の一人や二人、オレが守ってやる≠ュらい、言えない訳?」確かにあの時の自分には余裕が無かった。突然訳分からない怪物に襲われ、軍に拉致の様に連れて行かれてみれば、今度はSMSだ。ただの学生に過ぎなかった自分には、それに対応出来るだけの情報も力も無く、ただ流されるしかない。
 それがアルトには悔しくて、情けなくて、どうして良いのか分からなかった。
 だからと言って、待避壕でランカに取った行動は自分でも大人気なかったと今更ながらに思う。彼女だって被害者なのだ。
 そんな彼女に自分の事ばかり主張して辛く当たった事を、アルトは口にはしないが後悔していた。
 そして、付き添った病院でオズマによって聞かされたランカの過去。
 それが更にアルトの心を締め付ける。

 ――ランカはバジュラに家族を殺されたんだ。

 オズマのその一言は、アルトの心に重く圧し掛かった。
 だが、彼はだからこそ思う。
 オズマは過去にあった事件を機にSMSに入り、そのショックから記憶を失ったランカを引き取った。
 そして、そんな彼女を本当の妹の様に、娘の様に大切にしてきたのだろう。
 自分の仕事がパイロットだと告げずにいたのも、彼女に過去の記憶を思い出して欲しくないと言うその想いからなのだと分かっていた。
 だけど、何も知らないで巻き込まれて。そのまま何も知らないまま流されて、自分の運命を他人に委ねているなんてそんなのはアルトには我慢ならなかったのだ。

「オレなら全てを知っていたい。他人に自分の運命を任すのは、まっぴらだっ!!」

 それが彼にとっての人生の分岐点だったのかも知れない。人にはそれぞれ立つべき位置、進むべき道がある。
 だが、それは自分からそれを選べるとも、選ぶとも限らない。常に運命とは能動的で、その人がいつ動くかによってそれは様々な岐路に分かれていく。
 そして、アルトは自分で選んだ。それが例え、どんな理由だったとしても、それは彼自身が選んだ自分の道なのだから――





歌姫と黒の旋律 第3話「クロスロード」
193作





「二十四時間の猶予をやる。もう一度よく考えろ。自分が何をしたいのか、何の為に何をかけて戦うのかをな」

 オズマはアルトに最後にそう言った。アルトの望みを叶えるという事。
 それは戦争をする側に立つと言う事に他ならない。守られる側から、守る側に立つと言う事、その重さを彼は知っているのだろうか?
 だが、アルトは止まれなかった。そこに子供染みた理由があったとしても、彼にとっては重要な何かがそこにあったのだから。

「アルト、お前また逃げてくるのか?」
「逃げる!? 誰が……っ!!」
「見損なうなよ、これまで丸一年以上お前と飛んでるんだ。今のままじゃいずれ自分が死ぬか……誰かを殺す」

 ミハエルは友人として、アルトに厳しい言葉を投げ打つ。だが、それに答えられる言葉をアルトは持ち合わせていなかった。
 オズマが最後に言った言葉の意味。そしてミハエルの言葉の真意。
 理屈では分かってはいても、自分が本当はどうしたいのか? 何の為に戦いたいのか、彼は答えを出せずにいた。
 バジュラに感じた恐怖。自分の知らない所で、その命が他人に握られていると言う不安。
 だが、どれもその答えとは違う。
 自分は何を考え、何の為に戦いたいのか?
 早乙女アルトは、その答えを自分に問い掛けていた。






「それが今回バジュラに接触した人物のリストです」
「……この子はっ!?」

 大統領府にある補佐官室の一室に、レオン・三島とキャサリン・グラスの姿があった。
 キャサリンが報告に上がった報告書の中に、ランカの姿を見つけたレオンは驚きの声を上げる。
 それも無理は無い。彼は十一年前にバジュラによって壊滅させられた第117次大規模調査船団に関する事実を秘匿した人物の一人で、現在も大統領府におけるバジュラ対策を一手に任されている主要人物なのだから。
 ランカはその船団の数少ない生き残りの一人で、レオンもその消息を追っていた人物の一人だった。

「どうかしたの? レオン、いえ、三島補佐官」
「いや、なんでもない。それにもう勤務時間は終わりだ」

 そう言うとキャサリンを机に押し倒すレオン。彼等は男女の仲にあったが、レオンにとってキャサリンがただの恋人なのかどうかは分からない。
 彼にとって、キャサリン・グラスとは大統領の息女であり、自身の地位と箔を付ける為の道具でもあった。
 彼には誰にも言えない目的がある。その為には利用できる状況、物は何でも利用する。
 レオンが大統領の右腕と言われ、その優秀さを代われ内外に知られていたのも、ただ頭が良いから手際が良いからと言うだけではない。
 人一倍優れた彼なりの処世術。人を上手く利用し、使いこなす事こそ、彼の本領であり本質であった。
 彼がその瞳に何を映し、何を見ているのかなど誰も知らない。
 だが、彼の知らない所で、足音も立てず密かやに真実に辿り着こうとしている者の姿があった。
 そう、死神≠ニ妖精≠ニ言う名の二人の姿が……。






「第117次大規模調査船団か……」

 オモイカネから上がって来たバジュラに関する報告書に目を通していたアキトは、予想以上の出来事の重さに眉をしかめる。
 十一年前に起こった調査船団の遭難事故。その原因がバジュラである事、そしてその生き残りが――

「ランカ・リー……まさか彼女だったとは……」

 アキトが頭を悩ませていたのはこれだ。先日、シェリルと一緒にいた少女。
 その子がまさか自分が調べていた事件に関与しているとは思いもよらなかった。
 シェリルの表情を見れば、ランカの事を気に掛けているのは見ていて分かる。それだけに今回の事は伏せなければならない。
 アキトはそう感じていた。
 いつかはランカの口から、どこからか知る事があるかも知れない。
 だが、少なくとも今はまだその時ではない。
 それに、ランカがこの調査団の生き残りである以上、バジュラが現れた今、何らかの組織が彼女に接触を謀って来る可能性もある。

「それにまさか、こんな物がでてくるとはな……」

 ある企業に依頼をして調べてもらった調査報告書を手にし、アキトは眉間にシワをよせる。
 そこには『コードビクターに関する一次調査報告書』と書かれている。
 中に載せられている内容は特に大きく進展するものとは言えなかったが、それでもアキトの興味をひく事柄がいくつかあった。
 LAI、それにリチャード・ビルラーと言う人物に関する調査報告だった。

「リチャード・ビルラーか……」

 ここでその名を耳にするとは思わなかった。LAIも然ることながらリチャードは元々運輸業で財を成した有名な資産家の一人だ。
 その名は護衛だけでなく、便利屋として裏の非合法な仕事もこなしてきたアキトの耳にも届いてた。
 それにリチャードに関しては、ここ一年の間、妙な噂が裏で囁かれている。
 自社の運輸業の護衛組織として発足したはずのSMSを何故か使わず、どこからか連れてきた『クリムゾン』と呼ばれる組織で身の回りを固めているのだ。
 新型運用機のテストとフロンティアの護衛のためにSMSを使うため、穴が空いた部分を他の護衛を雇うというならわからなくもないが、それはこのバジュラの事件が起こる前から続いている。

「クリムゾンか……まさかな」

 自分がおかしな考えをしていると頭を振り、考えを振り払うアキト。
 どんな人物であろうと、この調査報告書に名前が挙がってきた以上、なんらかの形でバジュラとの関わりがあると見ていいだろう。
 アキトはそう考えながらも、元々、リチャードはSMSの派遣もそうだが資金面では特に政府への援助を率先して行っているため、フロンティア政府からの印象もよい。
 そんな人物にこれ以上調査を入れるのは、このフロンティではかなり難しいと考えていた。
 アキトが真剣な表情で考えを巡らせていると、それを懸念してか、オモイカネがアキトに進言をする。

「ランカ・リーヲ見張リマスカ?」

 オモイカネの判断は正しかったのだろう。ランカに何かあれば、シェリルも気にする可能性が高い。
 それにアキトには気に掛かる事があった。調査リストに名が挙がって来たもう一人の人物。
 大統領府首席補佐官、レオン・三島。その名を最近、よく目にする。
 ラピスから報告が来ていたユーチャリスを嗅ぎ回っている人物の裏に、必ずこの人物の名前があった。
 統合政府において大統領の片腕と言う事で内外に知られる優秀な人物と言う事だが、ラピスにハッキングさせた実態は涼しい顔をして裏では汚い事を平然とやってのける人物≠ニある。ラピスに調査報告書の名前の欄に変態キノコ≠ニ落書きされている位だから、相当な嫌われようだ。
 実際、統合軍のコンピューターを使って、何度もオモイカネにハッキングを仕掛けて来ていたらしいから、それも頭に来ているのだろう。
 だが、現状、この男がこの件の中心にいる事は間違いない。
 大統領府におけるバジュラに関する全案件を任された重要人物――レオン・三島。
 彼が敵に回るのかどうかで、自分の立ち位置も変わる。アキトはそう考えていた。

「それにこの男はリチャードとの関わりも深い……ただの偶然なのか?」

 今、手元にある情報ではどれも憶測の域をでない。
 それに、出来れば、政府や軍と事を構えたくは無いとアキトは思う。だが、ラピスやシェリルに害が及ぶような事になれば、その時は――
 死神と呼ばれた男の視線が、静かにその男の姿を捉えていた。






 日が沈みかけた公園。そこにアルトの姿があった。
 マクロス・フロンティアでも小高い場所にあるこの公園はアルトにとっても数少ないお気に入りの場所の一つだった。
 彼は空に近い場所を好む。それは学園の屋上であったり、この空に近い公園だったり、それは彼の空への憧れから来る物なのだろうが、決してその事を口にしない。
 人によって創られた限りある空、創られた太陽、アルトはそれが嫌だった。あの空の向こうに、どこまでも飛び続けてみたい。
 それは彼の憧れであり、夢でもあった。だからこそ、父親に反抗してパイロット養成コースに転科したのだ。
 だが、それで自分の夢が叶えられるかと言うと決してそうではない。憧れと現実が違うと言う事が判らないほどアルトは子供ではなかった。
 例え、民間のパイロットになっとしてもそれは決められたルートの上を飛ぶだけで、自分の思い描いてきたものとは違う。
 ならば、SMSのパイロットになればそれが叶うのか? 軍に入れば自分の思い描く空に辿り着けるのか?
 いくら答えを探しても、その答えが出るはずも無かった。
 そこには責務があり、ルールがある。そして、自分は戦争をするのだ。
 ミハエルが言った言葉がアルトの心を悩ませる。自分は本当は何を求め、何を守りたいのだろうと。
 この理不尽な世界で、不自由な世界で、どこに自分は飛んで行けるのだろう。
 沈む夕日を眺めながら思い悩むアルトの耳に、どこか聞き覚えのある美しい歌声が流れてくる。

「この歌は……」

 歌の聞こえる方へと走り出すアルト。そこには、膝を抱え静かに口ずさむランカの姿があった。






 ランカ・リーは思う。一人、その歌を口ずさみながら。
 この高台にある公園は、彼女にとって大切な秘密の場所だった。悲しい事、辛い事、何かあった時は決まってここに来て大好きな歌を歌って気持ちを紛らわしていた。ランカにとって、その歌とは唯一、失くした記憶の中で覚えていた、過去の自分が存在したと言う証のような物だったから――
 歌う事で、その記憶が戻る訳でも、過去の自分が今の自分が癒される訳ではない。
 ただ、その歌を歌っている時だけは安心できた。自分を心配してくれる兄、大切な友達の事を想い歌うだけで、胸が優しさで一杯になり、何もかも嫌な事を忘れられそうな、そんな気持ちになったから……
 だからこそ、誰にも聴いて貰う事が無い寂しい歌。彼女はそれでも良いと思っていた。
 これは自分の思い出であり、自分だけの歌なのだからと、そう自分に言い聞かせる事で目を背け、自分に嘘を付いていたのかも知れない。
 だけど、それでも私はそれでよいと思っていた。シェリルさんと、アルトくんに出会うまでは――。
 そしてそんな私の気持ちに気付いてるかのように、誰も来るはずが無い、居ないはずの公園に彼が現れた。
 早乙女アルト――。何度も自分を助けてくれた男の子。彼は何故、ここに居るのだろう?
 自分が悩み、困っている時に、いつも黙って傍に居てくれる。素っ気無い態度も、意地っ張りな性格も、彼の本当の優しさを正義感を知る自分の前には意味などない。

「いい歌だったな」

 人にその歌を聴いてもらい、褒めて貰ったのは何年ぶりだろう? ランカはそう思う。
 だが、悪い気はしなかった。誰にも聴かれる事が無かった歌、それを褒め喜んでくれる人が居ると言う事がこれほど嬉しい事だとはランカは思わなかった。
 だからこそ、シェリルの言葉が自分に問い掛ける。「ランカちゃん、歌うのは好き?」、「素直になりなさい、チャンスは目の前にあるのよ」と。
 自分もあの舞台に立てるのだろうか? シェリルのように沢山の人に届く歌が歌えるのだろうか?
 その答えは誰も知らないし、誰にも答える事は出来ない。だからこそ、ランカは悩む。
 シェリルが羨ましいと……そして、自分はここに居るのだと沢山の人に気付いて欲しい。自分の歌を聴いて欲しいと思うようになっていた。
 だが、そんなランカの思いを否定するようにアルトは突き放した。

「無理だな」
「え……? そうだよね……私なんかじゃ成れる訳無いよね」

 それはランカにとっては意外な事だったのだろう。アルトなら自分の事を判ってくれると思っていた。
 励ましてくれるのだと思っていた。だが、返ってきた言葉は残酷な現実。
 自分でも判っていた事だが、アルトにそれを言われて、まるで死刑宣告を受けたかのように落ち込んでしまう。
 だが、アルトは突然ポケットから紙を取り出すと、それで紙飛行機を折り始め、それをそっとランカに向けた。

「そうやって、出来たらとか、自分なんてと言っているうちは――」

 そう言いながら夕日に向かって紙飛行機を投げるアルト。その紙飛行機は風に乗り、旋回しながら空へ空へと舞い上がる。
 ランカにはアルトが突然、何故そんなことを言うのか判らなかった。
 だが、彼が自分を突き放したのではなく、後ろ向きな自分の心を否定し、背中を押してくれたのだと気付くと笑顔になりアルトに駆け寄っていた。
 そう、彼はいつだって捻くれた答えを出すが、自分を裏切った事は一度とて無かった。
 どうして、そうしてくれるのかは判らない。だけど、それが早乙女アルトと言う青年の本質なのだろう。
 彼は本当に優しい。おそらく誰にでも。
 だけど、そんな彼だからこそ、自分は何度も助けられて来た。ランカはそう感じていた。

「意地悪だね、アルトくん」
「よく言われるよ」
「私、皆に伝えたいの! だから、聴いてくれる私の歌っ!!」

 それは私の本当の想いだったのだろう。自分を守ってくれる兄に、優しくしてくれる友人達に、こんな私に考える切欠をくれたシェリルさんに、そして――
 歌う力を勇気をくれた彼に、最大の感謝と、今の私に出来る精一杯の想いを込めて歌いたい。
 それが、今の私に出来る一番の恩返しなのだから――






 ランカの歌を聴きながらアルトは思う。
 彼女に言った言葉、あれは自分に言った言葉に他ならないと。
 結局、いつも逃げて、他人のせいにして後ろ向きな考えばかり持っていたのは自分の方だと、ランカを見ていて気付かされた。
 守りたい物とか、覚悟とか、そう言った物が自分には足りないのかも知れない。
 だけど、自分で決めた自分の人生だ。自分で決めたこの気持ちに嘘は無い。
 空に憧れて、空を目指したように、自分で決めて、VFに乗りたい。アルトはそう心に誓った。
 戦う事に何か理由が必要だと言うのなら、それは自分がそうしたいから……
 今はそれだけでいい。そのついでに、自分の知っている少女の未来(ゆめ)を少しでも守れるなら、それでもいいかと、この時のアルトは思っていた。

「そうさ、オレは……」






「彼は勇敢な兵士だった。恐れず怯まずその命を賭して、何れの者の為に戦い力尽きた」

 SMSの大佐、ジェフリー・ワイルダーの言葉がそこにいる全員に重く響く。
 先日の戦闘でランカを守り死亡したSMSのパイロット、ヘンリー・ギリアムの葬儀が仲間達が見送る中、密やかに行われていた。
 民間プロバイダーとは言っても彼等は軍属に所属する、ましてや表向きには極秘とされている組織のメンバーだ。
 その死や任務の内容が、家族に明かされることは無い。表向きには事故死と言う事で処理される。
 だからこそ、彼の勇敢さを、生きた証を伝える者がいる。彼等に取って戦友の死とは、ある意味、愛する者を失う程に重く、尊い物なのだ。
 ギリアムの死は彼等の心に深く刻まれた。確かに、そこに彼が存在したと言う証を残して。

「――また、いつか会おう友よ。――敬礼っ!!」

 号令に答え、一斉に最後の別れを告げる。
 それは何度経験してもなれない、大切な友との別れだった。






 墓標が立ち並ぶ建物の一角、そこで早乙女アルトは待っていた。
 自分の運命を決める相手が来るその時を――

「民間軍事プロバイダーである俺達の死は戦死じゃない。事故死扱いだ」

 そう言い、アルトの前に背を向けて立つオズマ。その視線の先には、先の戦闘で死亡した統合軍の兵士の墓標があった。

「あそこに墓碑が立てられる事も無い。船団を挙げての葬儀も無く、身内にすらその詳細な事実が話されることは無い」

 それはオズマにとって、アルトに対する最後通告だったのだろう。自分達の居る場所は決して憧れだけで居られるほど優しい場所等ではない。常に死と隣り合わせであり、そしてその死が誰かに知られる事も、その功績が誰かに認められる事も無い。
 ここはそう言う場所だと、オズマはその言葉でアルトに伝えたかった。

「おあつらえ向きさ、オレはオレ一人の力で生きる。死ぬ時も一人だ。それでいい」

 それは、自分の道を誰の手も借りず自分で進むと決めたアルトの決意だった。
 この時、SMSのパイロットであり、この物語のもう一人の主人公、早乙女アルト。
 彼の物語が歯車の音を立て、ゆっくりと回り始めたのだから……。






「百十四番、ランカ・リーです。よろしくお願いしますっ!」

 その頃、ミス・マクロスフロンティアの選考会場にランカの姿があった。
 彼女もまた、アルトと同じく、自分だけの道を進もうと歩みを進めていた。
 沢山の人に自分の歌を聴いて欲しい。そして自分がここに居ると言う事を知って欲しい。
 その願いを叶える為に、シェリルと同じ舞台に立つ事を彼女は決意する。
 その為の最初の一歩。それが、毎年行われているミス・マクロスフロンティアを決めるこのコンテストだった。
 審査会場に特別審査員として打ち合わせに来ていたシェリルは、モニタ越しにそんなランカを見つけ、笑みを溢す。

 ――素直になる事にしたんだ。

 それはシェリルのランカに対する評価だった。彼女が同じ舞台に上がってくると言う事の嬉しさ。
 そして未来のライバルに対しての思い。本当の妹の様に優しく、そして厳しく、そんなランカの初めの一歩を見守っていた。






 巨人族ゼントラーディ。太古にプロトカルチャーによって生み出された文化を知らない戦闘種族。
 遡れば可変戦闘機VF(Variable Fighter)はそんな彼等との戦闘を念頭に置いた物だった。人類を滅亡の瀬戸際にまで追い込んだ不幸な出会いを経て、やがて彼等は人類と融和し、現在では共に歩む者となっている。
 その架け橋となったのは、一人の歌姫の歌だった。

「アキト、何を見てるの? ああ、伝説の歌姫リン・ミンメイの当事の映像ね。よく、そんなの見つけて来たわね」

 アキトが見ていたミンメイの出演している歌番組の映像に見入るシェリル。あれから半世紀経つ現代でも、彼女に憧れを抱く者は少なくない。
 種族の枠を越え、その歌で彼等の心を動かした伝説の歌姫リン・ミンメイ。今、こうして異なる種族の者達が手を取り合って行けているのも、彼女が居たからと言っても大袈裟ではない。

「歌が文化を説き、平和の架け橋になるか」
「あら、アキトにもそんな一面があったんだ」

 意外な事を口にするアキトに意地悪な事を言うシェリル。普段の無愛想なアキトからは想像も出来ないロマンチックな言葉に、シェリル自身も意外な側面を見つける事が出来た物だと驚きと喜びを隠せないでいた。
 融通が利かず、まるで精密な機械のように何でもこなすアキトにも、人間らしい一面があったと言う事がシェリルは嬉しかった。
 お洒落に気を使うように服を選んでやっても、気がつけば黒一色の服装に変わっているし、アキトが趣味で出掛けている所や、休んでいる所を見たことが無い。仕事以外で外出する事など、ほとんど無いほどだ。
 確かに自分はアキトを護衛として連れて来た。だからと言って、そこまでやれと命令した記憶は無い。
 だけど、アキトはそんな自分の言葉を聞かず、いつどんな時でも自分から片時も離れる事は無い。
 目を離している様に見えても、いつも自分の事を気に掛け見守ってくれているのが分かる。
 だからこそ、自分は安心して仕事に専念出来ていると言うのは分かるのだが、私はそれだけでは納得出来なかった。
 そうしている内に、いつか「アキトの素顔を見てみたい」と思う自分がそこに居て、気がつけば彼を困らせてばかりいた。
 だけど、困った顔をしながらもアキトは決して私を守るという事を疎かにしない。
 彼が何を考え、何を思い、何を感じ、私を守ってくれるのか? 仕事だから? それともラピスの大切な友人だから?
 答えが返って来る事はないけど、そんな彼だから、安心して自分の命を預けられるのだと確信めいた物を私は持っていた。

「アキト、明日はミス・マクロスの日でしょ。覚えてる?」
「ああ、こないだのランカって子がでるんだっけ?」
「ええ、そうよ」
「随分とご執心じゃないか。そんなにあの子が気に入ったのか?」
「見てて可愛いのよ。あの子」
「……可愛い?」

 シェリルの言っている意味が今一つ理解できないアキトだったが、シェリルがそのコンテストを自分にも見ろと言っているのは感じ取れた。
 だが、明日はSMSの軍事演習があると言う情報を得ている。そして、それに乗じ統合軍が何かを仕掛けてくる可能性があるとアキトは睨んでいた。
 軍事演習場所がユーチャリスが停泊している軍港の近くだと言うのもきな臭い。
 何を仕掛けてくるつもりかは分からないが、それだけ彼等も形振りを構っていられないのだろうと思う。
 目の前にある、確実にバジュラと対峙しうる可能性がある兵器。それを指を咥えて見ていられるほど人類にも、軍属である彼等にも余裕が無かったのだろう。
 幸いギャラクシー政府の後ろ盾があるとは言え、軍事プロバイダーであるSMSと違い、アキトは個人だと彼等は思っている。
 相手が巨大な企業などではなく、個人の事務所程度なら必要とあれば強制徴収して、簡単に揉み消せると思っているのだろう。
 だが、それこそが大きな間違いだと後で彼等は思い知る事となる。
 そんな事が可能なら、真っ先にギャラクシー政府が行っていたであろう可能性を、彼等は考慮出来ていなかった。






『ミス・マクロスフロンティア! シェリル・ノームを特別ゲストに迎え、本日開催っ!!』

 盛大な告知が流され、沸き立つ会場。コンテンスト会場は参加する者と、それを見に来た人、応援に来た人達の熱気で包まれていた。
 そんな中、渦中の人物であるランカは、緊張からコンテスト会場裏口の階段で一人佇んでいた。
 いざ、参加をしてみたのは良い物の、美人でスタイル抜群の参加者達に圧倒され、自分の平坦で飾り気の無いボディラインと比べ意気消沈していた。
 もっとも、そんな事は最初から分かってはいた事なのだが、やはりショックは隠せない。
 一方、アルトもまた、ランカの応援の為に会場に足を運んでいた。
 ランカの夢を応援したいと言う気持ちはアルトもあった。SMSに入隊して数週間、厳しい訓練に耐え、今の自分がこうしてあるのも、あの時のランカの言葉があったからだ。それをアルトは分かっているだけに、ランカの夢の最初の一歩である今回のコンテンストだけはどうしても応援したかった。
 アルトは自分の座席に着くと、隣で手を組み神頼みをしているランカの親友、松浦ナナセを横目に、ランカに見てるぞ。勝て!!≠ニ応援のメールを送った。
 裏口でヘタレこんでいたランカはそのメールを見て、先程までとは打って変わって笑顔を取り戻していた。
 アルトが応援に来てくれたと言う嬉しさと、自分を見てくれているのだと言う想いで、先程まで感じていたプレッシャーが嘘の様に消えて行くのを感じる。
 ――見て欲しい。自分を応援してくれる皆に、アルトに、今の自分を見せたいと言う想いでランカは立ち上がった。
 そこに、グレイスとスーツ姿のアキトを連れたシェリルが姿を見せる。

「あら、迷子?」
「違いますっ! 私は!! あ……」

 思い掛けぬ人物の登場に戸惑うランカ。だが、シェリルはそんなランカを厳しく見詰めなおすと煽るような言葉を口にする。

「なら、早く行きなさい。ここは夢の入り口……でも、階段に足を掛けただけよ」

 そう、こんな所で足踏みをしている程度なら、彼女は私の所に永遠に辿り着く事はないだろう。

「私を追いかけたかったら迷わず、進んでくるのねっ!!」

 私のライバルになりたいのなら、自分の歌を多くの人に聞いて欲しいのなら、迷わずここまで進んで来なさい。
 そう言うシェリルは今までの様に、ランカに優しい言葉を述べるのでなく、舞台に立つライバルとして接していた。
 同じ舞台に上がる覚悟を決めたのなら、ここまで上がって来なさいと言わんばかりに挑発するシェリルに、ランカも決意を新たに答える。

「はいっ!!」

 これが、ランカ・リーの初めての舞台となった。






 ライブが開催され審査が進む中、宇宙ではSMSの軍事演習に隠れる様に統合軍の特殊部隊が展開していた。
 レオンはこの演習を利用して、ユーチャリスから例の機体が出撃する口実を作り上げようとしていた。
 今日の演習はSMSの演習という事でこの宙域に許可が下りている。演習中に何かが起こったとしても、それはあくまでアクシデントととして処理される。それに、軍は一切関与していない。あくまでその責任はSMSにあると言う見解だ。
 レオンはこの機会を利用し、SMSに対し有利な状況を作ると共に、ユーチャリスの強制徴収に繋げる証拠を掴むつもりでいた。
 自分達が嵌められているとも知らず、準備を進めるSMSの隊員達。
 そんな中、コンテスト中にも関わらず緊急招集を受けたアルトが、パイロットスーツに身を包み、格納庫にやって来る。

「デートは途中で切り上げか?」
「とっとと終らせて戻るさっ!!」

 ミハエルの冷やかしに、強がって見せるアルト。演習開始の合図と共に、ミハエル率いるスカル小隊のVFが次々に発進して行く。
 アルトはここに来る前、オズマからの緊急招集の電話を受け、そこで喧嘩別れをしたままの父親と遭遇していた。
 アルトの家は代々女形を演じる由緒正しい歌舞伎俳優の家系だった。だが、父への反発から家を飛び出し、今に至る。
 過去に何があったのかをアルトは語ろうとはしないが、父親との間にある溝は深かった。
 見守ってやると言った、ランカとの約束を守れず途中で抜け出した事への後ろめたさや、父親の影に今も怯え反発する自分が情けなく、そして疎ましく思う。だからこそ、アルトは強がって見せた。
 ここで自分の価値を決めるのは自分の力のみ。決して逃げているんじゃない。自分の意思で前へ進んでいるんだと言う事を証明する為に、アルトはその操縦桿を握る。

「見てろよ……」

 それは誰に言った言葉なのか? アルトの卒業試験であり、様々な思惑が交じり合う軍事演習が開始された。






『アキト、動き出したよ』
「了解。すぐに戻る」

 その頃、コンテスト会場では第四次選考が始まろうとしていた。アキトはラピスからの通信を受けるとグレイスに一言告げ、人気の無いところに行くとその場からボソンジャンプで姿を消す。
 最後まで見れない事は心残りではあるが、それよりもラピスのいるユーチャリスを守る事の方がアキトにとっては大事だった。
 少なくともコンテスト中は、ここの警備員がシェリルのガードをしてくれる。
 その間にラピスがシェリルが笑って過ごせる場所を、今の生活を守る為に自分が出来る事をする。
 理由を話さずに離れた事でシェリルは怒るだろうが、それも仕方ない。
 結局はそれが自分達の居場所を守るだけでなく、シェリルを守る事にも繋がるのだから。



『アキト、連中、この演習に紛れて私達を炙り出す算段みたい』
「やはりな……あのレオンと言う男、中々に頭が回るようだな。オレを炙り出して、それを口実に艦とブラックサレナを強制徴収にまで持って行くつもりか」
『どうするの? 相手の思惑が分かっているなら、乗ってやる事もないと思うけど……』
「いや、ここは一度叩いておく事にする。どの道、軍港だけならまだしも、ユーチャリスを傷付けられるのは困る。ラピスも嫌だろう」
『うん……この艦はアキトと私の大切な場所だから』
『私ダッテ、アンナ連中ニ言イヨウニ触ラレルノハ我慢ナリマセン』
「なら、決まりだっ!!」

 ユーチャリスの格納庫にボソンジャンプしたアキトは素早くブラックサレナへと乗り込む。
 軍がユーチャリスに差し向けた部隊は統合軍が使用するVF−171とは違い、民間プロバイダーの機体に見えるように偽装されたVF−19が三体、モニタに映し出されていた。

「さすがに最新のVF−25は用意できなかったか」

 元々、あの機体はフロンティアの民間企業が開発した最新鋭の機体だ。SMSが試験的に使用しているだけで、表向きにはまだ試験運用中とされている。
 もっとも、アキトはそんなVFの姿を見ても、まったく動揺していなかった。
 無理もない。この程度の危機は幾度と無く自分達は越えてきたのだから、むしろこの程度のことは障害にすら成り得ない。
 アキトの顔に、かつての死神と呼ばれた男の非情な戦士の表情が宿る。

「テンカワアキト。ブラックサレナ出る――っ!!」

 ユーチャリスのカタパルトが開かれ、そこから出撃するブラックサレナ。
 目指すは、先程からユーチャリスのある軍港に進入しようと張り付く三機のVF。
 そこに死神の魔手が迫ろうとしていた。





 空の上で演習が進む頃、ランカは四次選考で得意の歌を披露している真っ最中だった。
 緊張の中、アルトの姿を探すが席にはその姿が無い。だが、それでもランカは精一杯歌う。
 曲は伝説の歌姫、リン・ミンメイの曲「私の彼はパイロット」
 ここには居なくても、きっとどこかで自分を見ていてくれるはず、応援してくれているはずと、アルトの事を想い、ランカは精一杯歌い続けた。
 その頃、アルト達は演習相手であるピクシー小隊と模擬戦を繰り広げていた。
 ピクシー小隊は巨人族であるゼントラーディの女性で構成されるSMSが誇る精鋭集団だ。ゼントラーディ用バトルスーツクァドラン・レア≠身にまとい高い機動力と火力を武器に、VF−25に迫る戦闘力を持っていた。
 実際、彼女達は軍の所属VFよりも遥かに高い錬度と技量を持つ。
 SMSに所属する彼女達は軍の依頼を受け、先行偵察任務に当たっているだけあり、その腕は彼等、スカル小隊と比べても決して劣る物ではなかった。
 だが、アルトはそんな彼女の後ろに張り付き、どうにか一機を撃破する。
 しかし、油断した所を隊長機であるクラン・クランに追い詰められ、苦戦を強いられていた。

『やるなっ!! だが、まだ甘い』
「くっ!!」

 左舷に模擬弾を受けながらも、懸命に距離を取り応戦するアルト。
 だが、二人が派手な戦いを繰り広げる中、SMSの司令部が置かれているマクロス25では、緊急事態を知らせる警報が鳴り響いていた。

「デフォールド反応っ!!」
「ビクターです!!」

 オペレーターの報告を受け、緊張が走る司令部。――その頃、突如現れたバジュラに、クランとアルトは対峙していた。

「くそっ!! 何でこんなとこに!?」

 アルトの悪態を嘲笑うかのようにバジュラが二人に迫る。模擬戦を想定して模擬弾しか搭載していなかったアルトは、その赤い悪魔の様な姿を見て唇を噛み締めた。
 そんな時、アルトの頭に過ぎったのはランカの姿だった。
 先日、入隊の時にオズマに聞かされたバジュラに関する真実。十一年前の調査船団の遭難事故。それがバジュラによる犯行で、その事件でランカは肉親を失い、記憶を失った事を聞かされた。
 それはランカを知るアルトに取って、バジュラに対して怒りを感じるに十分な内容だった。
 何故、彼女がそんな辛い思いをしなくてはいけない。彼女が何をした。肉親を奪われ、記憶を失い、その過去すら奪われた少女。

 ――全てお前達が、バジュラがいなければっ!!

 そう思った瞬間、アルトはバジュラに向きナイフを構え突進していた。
 ミハエルやルカ、そこにいた面々の表情に驚きの色が浮かぶ。今のVFには演習を想定した模擬弾しか搭載されていないのだ。
 そんな状態でバジュラに突撃する等、自殺行為以外の何物でもなかった。
 アルトはバジュラにその攻撃を防がれ、弾き飛ばされながらも尚も向かおうとする。
 だが、そんなアルトを制止し、バジュラに攻撃を仕掛けたのはクランだった。
 ピクシー小隊は宙域の偵察代わりに出動していた事もあり、最低限の実弾を搭載していた。
 クランはアルトを叱責し、その場に押し止めるとバジュラに向かい突撃する。
 両肩のミサイルポッドから多数のミサイルを放ち、バジュラに命中させるクラン。だが、そんな攻撃を物ともせず、バジュラの凶刃がクランに襲い掛かる。
 回避行動を取りながらガンポッドで牽制し、クランはバジュラとの距離を取る。だが、そんなクラン目掛けてバジュラの放った高出力のビーム砲が迫った。
 辛うじて、バックパックを破壊されながらも攻撃をかわすクラン。
 アルトの目前で、バジュラとの高度な高速戦闘が繰り広げられていた。






 少し離れた所でその状況を観察していたアキトは、先程ビーム砲が光った宙域を静かに見詰めていた。
 ブラックサレナの後ろには無残にも破壊されたVFが三機、身動きが取れず宇宙を漂っていた。
 元々が、ここにいないはずの機体だ。殺した所で問題はなかったのだが、アキトはそうはしなかった。
 軍との軋轢をこれ以上生まない為と言うのもあるのだが、この後に待ち受けているであろう、政府との会談を有利に進める為だ。
 元々、その為の手は事前に打ってある。ここで、自分達の持つ主戦力が少し政府や軍にばれたからと言って、彼等には交渉のテーブルに着く以外、何も出来ない事は分かっていた。

「ラピス、後ろで動けなくなっているVFを回収して、相手さんに送り返してやれ。すでに掴んでいるのだろう?」
『了解。ちゃんとお土産を付けて送り返しておくね。アキトは?』
「オレは彼等の救援に行って来る。さすがにこの状況じゃまずそうだ」

 ラピスにそう言うと、最大速度でバジュラとの戦闘宙域にブラックサレナを向かわせるアキト。
 再び黒い死神の選定が下されようとしていた。






「うおおぉっ!!! どけ――っ!!」

 宙域を漂っていた古代ゼントラーディ人の遺体を見つけたアルトは、その武器を奪い取りバジュラに向かう。
 元々、この演習場の宙域はかつてゼントラーディの古戦場だった。その為、今だ腐敗せず宙域を漂っている戦士の亡骸がこうして度々目に付く。
 アルトはそこから武器を調達する事を咄嗟に思いついたのだ。
 バジュラのビーム砲をかすめ、反応が鈍くなったクランを押し退け、アルトはバジュラの上を取る。そして、その引き金を弾いた。
 放たれる巨大なビーム砲。数千年前の武器とは思えぬ威力を持ち、放たれる目映い閃光。
 だが、バジュラは咄嗟に危険を察知し、身を捻る事で肩身を掠めるだけでその攻撃を回避する。

「クソッ!!」
『もう一度だっ!! やれっ!!!』

 距離を取ろうとしたバジュラを押し退け、放ったライフルでバジュラの翼部を狙い、機動力を奪うブラックサレナ。
 突然入った通信に驚きながらも、その千載一遇のチャンスを逃すアルトではなかった。
 もう一度、更に正確にバジュラを狙い、その頭部を撃ち抜く。
 こうして、アルトの初陣はバジュラとの実践、撃破と言う快挙を持って幕を閉じた。






 いつの間にか居なくなっていた例の黒い機体。こうして助けられたのはこれで二度目だと言うのに、あの相手が誰なのか分からない。
 だが、どこかで聞いた事があるような気がするその声に、アルトは少なくとも敵ではないと直感で感じていた。
 無事撤収し、格納庫に降りたアルトはオズマに勝手な行動を取った事を叱られるが、割って入ったクランに諫めて貰う。

「どうだ? お前から見てコイツは?」
「馬鹿で無謀だが、センスは悪くない。今後の教育次第だろ」

 オズマの軽口に、正当な評価を下すクラン。
 ゼントラーディである彼女は大きい。全長十メートル以上はあろうかと言う巨体でオズマとアルトの前に立ち、そう言った。
 最初の無謀な突撃はさておき、咄嗟の機転で武器を調達してバジュラを撃破した事実は変わらない。
 まだまだ動きに荒い部分はあるが、その操縦技術にも目を見張るものがあるとクランは思う。

 ――もっとも、協調性。精神面の成長の方が、この坊やには必要だな。

 そう心の中で締め括ると、クランはオズマ達に背を向け、その場を後にした。

「では、早乙女訓練生。最終入隊試験の結果を言い渡す――」

 そう言ったオズマの顔は今までに無いくらい痛快な笑顔だったと言う。






 ――SMS運輸様貸切。
 と書かれた張り紙の中、ランカのバイト先である娘々ではアルトの入隊を祝した催しが開かれていた。
 いつもの様に、ミハエル、ルカとテーブルを囲んでいる所に、三人の女性が声を掛け近づいてくる。
 一人は赤い短髪の目つきが鋭いボーイッシュな感じの美女に、もう一人は桃色のロングヘアーのおっとりとした落ち着いた女性。
 そして真ん中には、青い髪にツインテールの少女が笑顔で立っていた。
 少女は腰に手を当て偉そうに、アルトに向き直ると――

「今日から我々の一員だ。しっかり働け、少年っ!!」

 そう言う少女が誰なのかアルトにはさっぱり分からない。相手は自分の事を知っている素振りだが、少なくともアルトには見覚えが無かった。
 だが、少女はそんなアルトに「子供ではない!! クラン・クラン大尉だ」と驚きの事実を語って見せる。
 さすがのアルトもこれには驚く。ゼントラーディはアイランド3などの特別許可された場所以外では、巨人サイズでの生活が禁止されている。だから普段はマイクローン化して身体を地球人と変わらないサイズまで縮めて生活をしているのだが、普通はこんなに容姿や性格まで変わったりする物ではない。
 事実、後ろに控えている二人のゼントラーディの女性は巨人サイズから小さくなっただけで、容姿に変化は無かった。
 だが、クラン・クランはその見た目からして幼くなっている。そしてそれに比例するかのように何故か性格も幼くなっているのだから不思議だ。
 あのグラマーで大人びた女性だったクランの見る影はそこにはなく、ちびっ子と表現しても可笑しくない(事実ちびっ子なのだが)少女の姿があった。
 ミハエルはそんなクランを馬鹿にして、面白おかしくアルトに紹介する。それに怒り出したクランが腕を回しながら殴りかかるが、その短い腕はミハエルに届く事無く、頭に添えられた指で動きを阻まれた。
 それに更に機嫌を悪くしたクランは、ミハエルを追い掛け店内を走り回る。平和で微笑ましい光景に腹を抱えて笑うルカ。そして呆れるアルト。
 そんな二人の前に、追加の料理を運んできたランカが姿を見せる。

「お客様、娘々名物のマグロまんは如何ですか?」
「ランカ……」

 アルトは結局、コンテストが終るまでに会場に戻る事は出来なかった。その事でランカに後ろめたい思いがあっただけに、ランカから話し掛けて来てくれた事が嬉しかった。怒っていると思っていたが、思っていた以上に普通に接するランカにアルトは、ほっと胸を撫で下ろす。
 そんな時、ミス・マクロスフロンティアの結果を伝えるニュースが店内のテレビに映し出された。
 そこに出ていた女性はランカではなく、知らない褐色の美女。ランカが目指した、立ちたかったであろう場所には別の女性の姿があった。
 アルトは、少し暗い表情をするランカに、何か気の利いた言葉でも掛けないとと必死に考える。

「残念だったな……最後まで見られなくて悪かった」
「ううん、最初から無茶だったんだもん。皆の前に出たらバリバリ上がっちゃったし、やっぱり私なんか……」

 いつもより饒舌に話すランカに気の利いた言葉を掛けれないアルト。その雰囲気から彼女が気にしている事は明白だった。
 だが、だからと言って「気にするな」と言っても、今のランカには無理と言う物だろう。
 実際、彼女はこのコンテストに夢を、今自分が出せる精一杯の想いを賭けていたのだから……。

「でも、びっくりしたよ。SMSに入るなんて……でも、大変なお仕事なのにどうして?」

 アルトの事を気遣い、話を切り替えようと話を振るランカ。だが、実際にそれは彼女も疑問に思っていた事だった。
 アルトも自分と同じ様にバジュラに襲われ、怖い思いをしている。一歩間違えば死んでいたかも知れないのだ。
 なのにアルトはバジュラと戦う事を望み、志願した。どんな想いでそんな厳しい道を自分から選んだのか?
 それが、ランカには分からなかった。

「チャンスだと思ったんだ」
「……チャンス?」

 そう言いながらテーブルに備えられていた紙で紙飛行機を折り始めるアルト。
 それはアルトなりの、ランカへの励ましの言葉だったのだろう。
 一度くらい失敗したくらいで諦めるな≠サれは同じ夢を追い掛ける仲間≠セから言える、精一杯の励ましの言葉だった。

「伝えたいんだろ? 皆に……」

 その言葉に頷くランカ。
 シェリルはランカにこう言った。ここは夢の入り口、まだ階段に足を掛けたに過ぎないのだと。
 なのに、こんな所で臆病になって躓いていては、応援してくれたアルトに、そして自分を励ましてくれたシェリルに申し訳が無い。
 誰よりも、そうありたいと望んだのは自分なのだから、こんな所で悩んでウジウジしている後ろ向きな自分が恥ずかしかった。
 気がつけばアルトの顔をじっと見詰め、頬を赤くする自分がいた。

 ――また、私はアルトくんに助けられている。

 今思えば、それが恋だったのかも知れない。
 だけど、その時の私はまだ子供で、自分の事で精一杯で、そんな彼の真っ直ぐな姿をただ見上げる事しか出来なかった。






「バカな!? どう言うことだっ!!」
『ギャラクシー・ネットワークを通じて統合政府及び、統合軍に送られてきた正式な書類です……
 残念ですが、これでは我々も彼等に手を出す事は出来ません……』

 補佐官室で軍からの連絡を受けていたレオンは、その予想だにしなかった報告に苛立ちを隠せないでいた。
 レオンの思惑通り、ブラックサレナは姿を現し、強制査察ならびに強制徴収に繋がる証拠や手続きの準備も順調に進んでいた。
 だが、ここに来て上層部から待ったがかかったのだ。
 それも仕方ないと言える。ギャラクシー・ネットワークを通じて送られてきた通告文。
 それは『テンカワ・アキト、ラピス・ラズリならびにシェリル・ノームに関係する全ての物に対して、調査及び、敵対行動と見なされる手出しを全て禁止する』と言う内容だった。
 これを送って来たのはSMSもその籍を置く民間企業ネットワーク。
 強いて言えば、各船団に食料から兵器に至るまで、全ての流通を取り仕切っている民間組織の団体だった。
 彼等に逆らえば、マクロス・フロンティアは全ての船団から孤立する事となり、その経済的損失は計り知れない。
 下手をすれば、このまま航行を続ける事すら困難な状況に成りかねないだけに、政府と軍は首を縦に振るしかなかった。
 そこに加え、先日のユーチャリスを狙った軍港襲撃事件が演習による事故ではなく、統合軍による画策だとまでネットワークを通じ、詳細な報告ファイルと証拠付きで流された事により、事の次第を察知したSMSを含む民間軍事プロバイダーからも抗議が殺到していた。
 全ての思惑が自分の掌から離れ、悪い方へと転がっていく。
 綿密に練られたはずの計画が、まるで全てを知って先の手を打っている第三者が居るかのように逆に手玉に取られ、追い込まれていた。

「まさか……これも彼等の仕業なのか」

 そう考えれば辻褄は合う。だが、それを知る手段は今の彼には無かった。
 今回の件で政府と軍が被った被害は小さくない。幸い、名前は伏せられている事から、自身の責任問題にまでは発展しないだろう。
 だが、少なくともしばらくは彼等の事を静観するしかない事に、レオンは強く唇を噛み締めた。






「アキト、そう言えば前に言った事、覚えてる?」
「……何の事だ?」
「惚けないでよっ! 約束したでしょ、私のイヤリング探すの付き合ってくれるって。
 それとも何? このシェリルとのデートが嫌だって言うの!?」
「デートって……仮にも君はアイドルなんだろ……」
「仮じゃなく、正真正銘アイドルよ。それに大丈夫よ。あなたは私の護衛なんでしょ?
 それとも何……まさか変な所に連れ込む気?」
「誰が、そんな事をするかっ!!」
「それにコンテストを途中で抜け出した事はバレてるんだから、しっかり穴埋めはしてもらうわよ」
「……はあ」

 今更ながらにシェリルに弱みを握られた事を後悔するアキトだった。
 シェリルからライブ会場から抜け出してどこに行っていたかの追求が無かったのは、これを見越しての事だったのだろう。
 こう言う悪知恵は嫌と言うほど働くシェリルに、アキトはただ呆れ、諦めるしかなかった。
 政府や軍を手玉に取る死神も、一人の少女の我が侭には敵わないと言う事を誰も知らない。
 ラピスとグレイスは、そんなアキトを見て、ただ「ご愁傷様」と苦笑いを浮かべるしかなかった。





 ……TO BE CONTINUED






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