SMS、表向きは軍の下請け会社となっているが、その中身は大きく違う。
 民間軍事プロバイダーである彼等は、軍や各種政府機関からの要請を受け戦う傭兵集団である。
 資本主義国家故の常識、これはマクロスフロンティアだけの事では決してない。
 ギャラクシーや他の船団も自衛の処置として、これらの兵器メーカーと契約、軍事プロバイダーを雇っている事が多い。
 その理由としては、無人機ゴーストの普及が背景にある。VF、そして人工知能AIの技術革新、それらは暮らしを便利にし、軍における人材不足も解消したかに見えた。だが、その一方で既存パイロットの練度の低下に繋がり、結果、自分達で対処が難しい敵が現れた時、軍事プロバイダーである彼等に頼るしかなくなっていたのだ。
 彼等は兵器メーカーからの実践試験等も受け持っている事もあり、その腕前は軍のテストパイロットよりもずっと優れていた。
 何らかの理由で軍を退役したエースパイロットや、能力を認められ入隊したフリーランス等、数多くの腕に自信がある人材が在籍している。
 その裏には、軍よりも高い給料と、厚い待遇等も理由にあるのだが、何よりも兵器メーカーとの繋がりにより、実戦配備前の最新鋭の兵器が入ってくる事が多く、それを目的に民間会社に入る者も少なくない。
 上を目指す技術者にとっても、腕に自信があるパイロットにとっても、民間の方が何かと旨味があると言うのが、軍と民間会社の質の差として、出ているのだろう。
 数や統制では軍に比類する事は出来ないが、こと人材の質、兵器の質と言う点では、民間プロバイダーである彼等に一日の長があった。
 だが、そんな中、SMSのパイロット、ミハエル・ブランは思う。

「あの機体は、本当にVFなのだろうか?」

 先日の戦闘に乱入して来た黒い謎の機体。既存のVFとは全く違う異質な存在であるその機体に、言い知れぬ興味を抱いていた。
 そして何よりもミハエルを惹きつけて止まないのは、そのパイロットの技量だ。
 確実にその腕は自分達の隊長を、知りえる限りのエース級と呼ばれるパイロットのレベルを遥かに超えている。
 こんな動きが本当に人間に可能なのだろうか? これならば、まだ、無人兵器だと言われた方が納得がいく。
 だが、無人兵器ではありえない動きがこの機体には多いのだ。バジュラの動きを予測したかのような機動、状況に応じた気転の切り替えの速さは、熟練パイロットを思わせる経験値を示している。
 だからこそ、ミハエルは先日のデータを見ながら、首を傾げていた。

「先輩、これ、前の戦闘データですか? うわ……凄いですね。この機体……」
「ああ、データを見る限り高速機動時のVF−25に勝るとも劣らない速度だ」
「でも、見た目からはもっと……あっ!」

 それを見て後ろから声を掛けて来た同じSMSのパイロット、ルカ・アンジェローニが驚愕の声を上げる。
 だが、それも仕方がない事と言えた。
 それはブラックサレナとVF−25の瞬間速度と平均速度を表す数値にあった。
 通常、VF等の人が乗る高速機動を行う機体には、パイロットに負荷を掛けない様にリミッターが組み込まれている。
 音速にも届く加速の中に常に居れば、機体の中にいる人間には物凄い負荷が掛かる事になる。
 そんな速度で急な旋回や移動を重ねる事は、通常であれば出来る筈がないのだ。
 たとえ無理をして鋭角なターンを繰り返したとしても、それでは中に居る人間が耐えられる筈がない。
 人体への影響は、下手をすれば肉体だけでなく、内臓の損傷にまで影響する事が考えられる。
 そして機体にも当然、致命的な負荷が掛かる事になるだろう。
 VFにはそれを防ぐ為のリミッターが設けられていた。それが分かっているだけに、この機体の動きのおかしさが際立つ。

「これじゃ、中に乗っている人は……」
「そうだ、普通ならカクテルの様に中でシェイクされて、お陀仏だ」

 だが、ブラックサレナは全くスピードを殺す事無く、常にハイスピードハイターンを繰り返し、敵を翻弄している。
 通常、VFは長距離や、広い空間で敵を追う時に飛行形態になり、高速機動で移動する事はあるが、フィールドが限定された範囲での戦いは小回りの利く人型で行う。それに飛行形態で戦う時でも、曲がる時はそれなりスピードを殺すし、旋回する時は人型に一度変形して旋回する等、必ず動作の溜め、隙が存在するのだ。
 それが、この機体にはない。速度を殺す事無く移動している、そのシステムの説明が全く付かないのだ。

「EXギアシステムを使ってもこんな動きは無理だ……慣性システムがVFよりもずっと優れているのか?
 いや、それだけじゃ、この動きは説明が付かない」
「もしかして……重力制御を使ってるんでしょうか?」
「まさか、それこそ、それほど小型で高性能な重力制御装置が完成しているなんて話は聞いた事がない」

 自分達の乗っている機体、VF−25だって、まだ正式な実戦配備前の機体なのだ。
 それよりも優れた技術で作られた機体が存在するという事に、ミハエルは納得が行かない。

「でも、確かにこの機体はここに存在する……」

 画面の中に映し出されている黒い機体。
 VFの半分以下の大きさでありながら、その存在は見る者にとって、とても強く大きく映っていた。





歌姫と黒の旋律 第2話「ストレイ・チャイルド」
193作





 バジュラ――それが軍がビクターと言う識別名で呼んでいた敵の名前か。
 アキトは戦闘の後、ユーチャリスが滞在している軍港の近くのホテルに、シェリルを軟禁した後、先日の戦いの情報をラピスと共に洗い直していた。
 判った事は、ビクターを呼称されていた敵の名前はバジュラと言い、恐らくは人類の敵であると言う事。
 そして、彼等には知能と呼べる物が無く、単純に生物と呼べる物ではないと言う事。
 無人兵器の様な物なのか? ならば、後ろには人間もしくはそれに準じる知能がある生物が潜んでいる可能性が高い。
 ラピスが引き出してきた情報は、一般人は愚か、軍の人間でも知る者は限られているであろう機密情報だ。
 それでも、まだバジュラについて、たったこれだけの事しか人類は分かっていない。
 そう考えると、あの敵がどれ程、非常識かを裏付けているようだった。

『アキト、もう少し深く探って見る?』
「いや、それは今の所いい。ただ、拾える範囲で過去の情報、そうだな、大きな事故や事件を中心に情報を集めておいてくれないか?
 この情報からも、フロンティア政府は以前からバジュラの存在を知っていた節がある。と言う事は過去の事件に奴らが現れた痕跡がある筈だ」
『ソレクライナラ、ワタシ一人デ十分デス。ラピスハ休ンデ下サイ』
「ん……」
「そうだな、こっちに着てからずっと働き詰めだったしな。ラピス、ごめんな」
『ううん、私はアキトの役に立ちたい。私はアキトの目、アキトの手、アキトの足、アキトの為なら辛くないよ』
「いや……そうだな。ありがとう、ラピス」
『……うん』

 自分の身体の事を心配してくれるアキトとオモイカネの気持ちが嬉しく、頬を染めて頷くラピス。
 もう一度、アキトに休むように促されると、ラピスは素直にその指示に従う。
 管制室から出ると、隣のブリッジで作業をしていたアキトのもとに駆けつけ、抱きつくラピス。
 そんなラピスの頭をアキトは優しく撫でてやる。

「バジュラか……」

 見立てが正しければ、これは突発的な事故ではない。
 バジュラが再び現れる可能性は高いと思われる。
 だが、その時、自分はブラックサレナに乗り、戦う事が出来るのか? アキトはそれを危惧していた。
 すでに軍の人間に自分達は目を付けられているだろう。
 いくら、この艦がシェリルの護衛艦であり、ギャラクシーの保護を受ける私設艦とは言っても、次に戦いに出れば臨検を受け、最悪の場合、強力な兵器と見なされれば、それを欲して、艦を強制徴収される可能性がある。
 あの様な怪物に目を付けられているのだ。人間、追い込まれればそれがどんな事であれ、大事の前の小事と言って、握り潰しに掛かっても可笑しくは無い。
 そう言った人間を数多く見て来ただけに、今後の対応にアキトは頭を悩ませる。
 当然、そんな事になれば、戦うか逃げ出すか、どちらかしかないのだが、出来ればそんな事はしたくはない。
 シェリルを巻き込む事は出来ないし、また、逃亡生活を続け、ラピスに寂しい思いをさせる事は避けたいと、アキトは考えていた。
 すぐにギャラクシーに帰れれば、当面の事態は何とかなるのだが、契約上、シェリルの仕事が終わるまでは、ここを離れる訳には行かない。

「仕方ないか……」

 そう洩らすと、アキトは最悪の事態に備え、対策を打つ為に、端末を操作する。
 そこにはSMSの文字が映し出されていた。






「……で、十二時からはMBSの生、歌もあるわ。十九時からは、ミスマクロスの審査の打ち合わせ。その後は……」
「ないっ! ないわ!! ここにも、ない――っ!!」
「……聞いてます? シェリル?」

 滞在しているホテルの自室で、持って来た荷物を引っ繰り返すシェリル。
 何かを探しているのか、「ない、ない」とグレイスが仕事の話をしていると言うのに、そっち除けで探し物に夢中になっている。
 そんなシェリルの様子に溜息を吐きながらも、彼女の性格を知っているグレイスは、手早く済ませようと冷静に聞き返す。

「……そうだ! 昨日のライブビデオは!?」
「あれなら、まだ届いてませんけど……」
「でも、あなた見てたんでしょ!?」

 興奮するシェリルは、探し物が余程大事な物だったのか、グレイスに昨日のライブ映像を出すように要求する。
 ――グレイス・オコナー。シェリルと同じギャラクー出身の彼女は、インプラントによる電脳化を行っており、当然ながら視覚情報の記録も、再生も出来る。
 グレイスは、こう言い出したら納得するまで彼女は止まらないだろうと、分かっていた。
 大人しく諦めると、自分の持つ視覚情報を、持っていた端末にアップロードして、シェリルに渡す。
 受け取った端末をモニタに接続すると、その映像を目を凝らす様に見張るシェリル。
 グレイスはそんなシェリルの後姿を見送ると、後の仕事の調整をする為に、そっと部屋を後にしていた。



「テンカワアキト……それにラピスラズリ」

 先日のバジュラ襲撃の映像を見ながら二人の名前を呟くグレイス。
 その顔には得体の知れない相手を見るような、警戒心が現れている。
 ブラックサレナの性能とそれを操るアキトの実力はグレイスを驚愕させるに十分な内容だった。

「VF−27と同等……いや、この重力を無視した不規則な動きや、パイロットの熟練度の面から見ればこちらの方が上か」

 グレイスは眉間にシワをよせ、歯軋りをする。
 テンカワアキトがシェリルに関わることで起こる不測の事態は考えなくもなかったが、それでもこれほどの隠し玉を持っているとは彼女も考えてなかった。
 計画に支障がでる可能性がある――いくつもの対策を頭に巡らし、最悪はアキトとラピスの排除を視野に入れる。
  だが、危険視する余り、自分から関わることで後の計画に障害が生まれるということを、この時の彼女は気付かなかった。





「……これだ!?」

 シェリルの見詰める先、そこにはアルトに抱えられ歌う自分の姿があった。
 大声を張り上げ、首を振った瞬間、左耳にしていたイヤリングが外れ、落ちて行くシーンがきっかりとそこに映っていた。
 それを見るなり、目の色を変えて、どこかに電話を掛けるシェリル。
 電話を掛けた相手は、昨日のライブの警備を担当していた軍幹部の女性だった。
 自分を抱えアクロバット飛行をしていた男の名前を聞き出すと、「その早乙女アルトが、今、居る場所を教えなさいっ!」と高圧的な態度で相手に命令する。

「ですから、そこは軍関係者以外立ち入り禁止でして……」
「立ち入り禁止!? そんなの無意味よ! 私はシェリルなのよっ!!」

 そんな無茶苦茶な話はない筈なのだが、シェリルはこのライブライブを行うに当たって、マクロス・ギャラクシーの親善大使として来日しているのだ。無碍に断る事も出来ない為に、彼女は仕方なく場所をシェリルに教える事にした。
 何かあったとしても、向こうが勝手に対処してくれるだろうと、言って見れば先程の意趣返し、嫌がらせでもあったのだが、そんなことをシェリルが知る由もない。
 シェリルから電話を受けていた彼女、キャサリン・グラスは、新統合軍参謀本部所属の尉官にして、大統領ハワード・グラスの息女である。
 だが、シェリルから電話を受けるほんの少し前、実はその早乙女アルトを連行して、バジュラに接触した人間として病院で検査を受けさせていた。
 その後、VF−25を見事に操縦し切ったその腕を見込んで、反脅迫とも取れる軍への勧誘を試みていたのだが、そこをSMSに所属しているオズマ・リーに乱入され、掠め取られたのだ。
 彼もまた、先日の戦いで最後のバジュラにナイフを突き刺し殲滅した、SMSの隊長だった。
 VF−25は軍の管轄ではなく、SMSの機体だった為、身柄を引き渡すしかなかったキャサリンは面白くなかった。
 そこに降って湧いたように、掛かって来たシェリルの電話。
 彼女の要求は無茶苦茶な物だったが、どうせ困るのはオズマだと割り切ると、それをさっさと教え、全部オズマに押し付ける事で自分は逃げる事にしたのだった。
 彼女と彼の間に、どれだけの確執があるのかは知らないが、女の恨みとは、かくも怖い物かと思う。
 アルトの場所を聞き出したシェリルは、口紅で鏡台にグレイスとアキトへの伝言を書き込むと、外出用の簡単な変装を済ませ、大急ぎで部屋を飛び出してい行った。
 アルトの要ると言う、SMSの本部に向かって――。






 ――ごめ〜ん、グレイス、アキト。
 ちょっと外出してくる。仕事までには必ず戻るから。
 愛してる。
 ――シェリル。

「で、これが残されていたと……くっ! 最近は大人しいと思ってたら、これか!?」
「ごめんなさい……アキトくん」
「いや、油断していたオレが悪い。すまん、すぐにでも連れ戻してくる」

 下着と服やらが散乱した部屋に、鏡台に口紅で書かれたメモを見て、グレイスは溜息をもらす。
 シェリルのこの行動力は今に始まったことではない。とくにそれはアキトと行動を共にするようになってから顕著に現れているようにグレイスは感じていた。
 その行動が、グレイスの神経を刺激し、心労を増やす。
 そんなシェリルに振り回されているアキトを見ると、警戒心を解いたわけではないが、相手ながらにグレイスは同情を隠せなかった。

「帰ってきたら、オシオキですね……シェリル」

 その時のグレイスの笑みは、バジュラよりも怖かったと、後のアキトは語る。






 SMSの格納庫に連れてこられたアルトは、そこに待ち構えていたメンバーに取り囲まれていた。
 オズマがここにアルトを連れて来たのには理由があった。
 先日、バジュラとの戦いで死亡したヘンリー・ギリアム。
 その最後を看取ったアルトに、ギリアムの死に際を、ここにいる全員に話させる為だ。

「カナリアさん、何です!? この騒ぎ……」
「連れて来た。オズマが……ギリマムの見届け人」

 騒ぎに気付いたルカとミハエルが、近くに居たその褐色の肌をした大柄な女性、カナリア・ベルシュタインに尋ねる。
 そして、カナリアの言葉を聞き二人が見た先には、同じ学園に通い、同じ航宙科(パイロットコース)に所属しているよく見知った友人の顔、早乙女アルトの姿があった。

「アルト先輩!?」
「って……アルト!?」
「……ミハエル、ルカ」

 思いもよらなかった相手の登場に、お互いに驚きを隠せない三人。
 そんな中、格納庫にビクターの出現を知らせる警報音が鳴り響いた。






「へ〜、あなた、そんなにシェリルの事が好きなんだ」
「だって、凄いじゃないですか。歌も凄いし、踊りも……あ、でもなんていうかオーラです。自信と才能に溢れてて、それが見えるみたいで」
「もっとないの?」
「あと、そう! インタビューとかで時々、言い過ぎちゃうとことか」

 ホテルを出たシェリルは、不慣れなフロンティアの地理に立ち往生し、途中で迷子になって途方に暮れていた。
 そこにSMSに働いている兄に差し入れを持って行こうと向かっていたランカと偶然出会い、シェリルはそんなランカに同乗し案内して貰っていた。
 ランカが、携帯音楽プレイヤーでシェリルの曲を聴きながら口ずさんで居た事で、二人の間に共通の話題が出来た。
 道中、終始話題は、当人であるシェリル・ノームの話で持ち切りだった。
 そんなシェリルはと言うと、顔が半分ほど隠れる大きなグラサンに、黒い帽子、コートを着込んで、外行き様の変装をしていた為、未だ、ランカにシェリル・ノームだと言う事を気付かれずに来ていた。

「でも、憧れます。あたしも一度でいいから、あんな風に成れたらなって。私なんかじゃ無理なのは分かってるんですけど」
「そう? 可愛いわよ、あなた」

 自分なんかじゃシェリルみたいになんか成れる訳が無い、そう言うランカを励ますシェリル。
 その時のシェリルはお世辞などではなく、本当にランカの事を可愛く思えていた。
 シェリル・ノームはお世辞などを言う女性ではない。高飛車で高慢な女性ではあるが、彼女は自分に決して嘘を付かない。
 現在は、「銀河の妖精」と呼ばれるまでに成長した彼女でも、当然、無名の時代は存在した。
 何も知らず、がむしゃらに自分を信じて頑張ったあの頃。シェリルは、不思議とその少女に、昔の自分を重ねていたのかも知れない。
 二人が話をしながら歩いていると、場所は目的地のSMSの入り口近くにまで来ていた。
 居住区とは違い、周りには擬似映像の青空とは違い、本物の宇宙が広がっている。
 そんなランカの頭の上を三機のVFが通り過ぎる。

「綺麗ね」
「はい……でも……」

 そうして声を曇らせるランカに、シェリルは後ろを向いたまま「知り合いに、飛行気乗りが居るの?」と問い掛ける。
 それにランカは首を横に振ると、兄が昔、VFのパイロットをしていた事を告げ、そして今は民間で事務の仕事をしている事を話す。
 ランカにとって、それは忌まわしい過去の記憶。だからこそ、彼女はVFに忌避感を持っていた。
 思い詰めた様に俯くと、ランカは胸を手に、そっと顔を上げ、シェリルの代表曲であるダイアモンド・クレバス≠歌いだす。
 まるで、戦場に出るパイロット達の安全を祈る様に……。
 その歌に続くかのように声を重ね、歌を歌うシェリル。それに驚いたのはランカだった。
 それは、とても聞きなれた声……毎日の様に、自分でも呆れるほど聞いていたその歌声を、間違えるはずが無い。

「うそ……シェリルっ!」

 キリの良い場所まで歌い切るとサングラスと帽子を取り、ランカの方に振り返るシェリル。
 そこには悪戯が成功した小悪魔の様に、微笑むシェリルの姿があった。
 憧れのシェリルに目の前で会え、そして会話を交わしていたと言う事実に、嬉しさから思わず涙目になるランカ。
 だが、そんな感動の場面を遮るかのように、件の人物、早乙女アルトが二人の前に姿を現したのだった。

「見つけたわっ! 早乙女アルト!!」

 自信満々にアルトを指差し、高らかに宣言するシェリル。
 意味が分からないアルトは、ただ呆然とそんなシェリルを見詰めていた。






「新統合軍、作戦司令室から入電! コードビクター=v

 マクロス・フロンティアの軍港に停泊しているSMSの母艦、マクロス25クォーター≠ヘアームド級と同サイズを誇る、大型戦艦である。
 マクロスの名を冠しているだけ有り、その装備やスペックは他の戦艦を遥かに凌ぐ。
 その中でもこのマクロス25はVF−25と同時期に開発された最新鋭の機体であり、ただの母艦と言うだけでなく、SMS最強の切り札≠ニしての意味も持っていた。
 マクロス25の名物、オペレーター三人娘の一人、ラム・ホアがバジュラ出現の報告を全隊員に送る。

「バジュラは前回の戦闘で退却せず、アイランド3基礎ブロックに潜んでいた模様」

 作戦司令室から送られて来た指令書を、読み上げるラム。だが、ブリッジに居るメンバーには緊張の色が無かった。
 逆に、避難命令が遅れている政府機関を批判したりと、余裕の様子を見せていた。
 だが、これこそが彼等のスタイルとも言える。元々が特定のスキルを持つ各種エキスパートや、厳しい軍の規律に馴染まなかった変人達が、こうしたSMSのスカウトにあい、所属しているのだ。
 それぞれが一流の能力を持って、与えられた自分の仕事をきっちりとこなす。それ以上に求められる権力や資格は、ここでは必要なかった。
 必要以上の規律も、規則も、民間会社である彼等には存在しない。目的はあくまで任務の達成。
 それを理解しているが故に、それぞれが目的の為に言われなくても行動する。
 仲間の事を、任務の成功を疑う者は、ここには誰一人として、居なかった。






『隊長! 発見しましたっ!!』
「よし、追い詰めるぞ。スカル2、スカル3、左右から追い込め!!」

 SMSの三機のVF−25がバジュラを追い立てる。
 だが、すでにドーム内に侵入を開始していたバジュラに、オズマは焦りを見せる。

 ――また、街中に出して被害を広げる訳には行かない!!

 バジュラに向かって加速するオズマのVF。だが、その目に映った物は、オズマにとっては衝撃的な物だった。

 ――民間人!?

 今、まさにバジュラがその手を振り下ろそうとしている場所に、アルト、ランカ、シェリル、三人の姿があった。
 それを見たオズマは、機体の損傷を覚悟の上で、更に加速し、バジュラに体当たりを噛ます。
 だがバジュラは、弾き飛ばされながらも反撃を試みて、その巨大な腕で、オズマに一撃を加える。
 バジュラに捕まれながら、機体を左右に振り、乱戦を繰り広げるオズマ。
 その衝撃で、ドームの外壁の強化ガラスにヒビが入り、勢いよく、空気が漏れ出す。
 オズマはそのまま、暗い真空の宇宙へと、バジュラと共に投げ出されていた。





 ――今日は散々だ。
 アルトは唇を切る。学校で軍に連行され、おかしな検査をされたかと思えば、今度は変な親父にSMSに連れて行かれ、睨みを利かせた奴らに取り囲まれる。そこでも警報音が鳴り響いたと思えば、同じ学校の友人がVFに乗り出撃して行く。
 先日の戦いで人の死や、恐怖を目の前で見て体験したアルトだったが、それでもルカやミハエルに出来るならばと、声を振り絞って「オレもVFに乗せろっ!」とオズマに叫んでいた。
 だが、結局は殴り倒され、外に放り出される始末。
 自分でも思う。情けない――と。だが、だからと言って、どうすれば良いのかも今のアルトには分からない。
 そうして、とにかく帰ろうと思えば、今度は先日の変な女、シェリルに絡まれていた。
 気が付けば、そこに乱入して来たVFとバジュラの戦闘に巻き込まれ、今は、緊急避難用の待避壕に三人して避難している。

「おい、いつまで掴んでるんだ!? 離せよっ!!」
「あ、うん……あれ、どうしてだろ……離れない」

 アルトのシャツを掴み、震えるランカ。
 必死にその手をシャツから離そうとするが、恐怖と緊張で手が固まってしまい、上手く離す事が出来ない。
 やっとのことでシャツから手を離し、精一杯の作り笑いを浮かべるランカ。
 それを見て、シェリルはそんなランカすら守ってやれないアルトに憤りを見せる。

「怯えている女の子の一人や二人、オレが守ってやる≠ュらい、言えない訳?」
「うるせえな! 言える状況なら幾らでも言ってやるよっ!!」

 そう言って、壁に拳を打ち付けるアルト。
 今のアルトには、他人を構ってやれるほどの余裕も無ければ、力も無かった。
 そして、そんな不甲斐なさが一層、アルトを焦らせる結果となって行く。
 そんなアルトに失望したのか、シェリルは溜息をつくと立ち上がり、出口を探し始める。

「無理だ。ここは非常用の待避壕だ。ドーム内には通じてない」
「ちょっと! それって、閉じ込められたって事!?」

 シェリルとランカの悲鳴が待避壕に響いた時、大きな爆発音と衝撃で照明が消え、その大きな揺れで全員が地面に倒れこむ。

「いた〜い……もう、何なのよ」
「……!? シェリルさんっ!!」

 照明が付いた瞬間、倒れこんだ弾みで服がズレ落ち、その豊満な胸を顕にしたシェリルを見たランカの悲鳴が辺りに木霊す。
 羞恥で顔を真っ赤にして、素早く胸を隠すシェリル。左手で服を抑えながら、プルプルと右手を震わせると、その手で勢いよく、アルトの左頬を打ったのだった。






「本当に今日は散々だ」

 アルトは、心からそう思う。
 その後、言い争いが耐えない二人を治めたのは、意外にもランカだった。
 何とか二人の喧嘩を止めようと、差し入れに持って来ていた籠を持ち出し、「やっぱり腹が減っては戦は出来ないって言うか……」と意味不明な事を言い、娘々名物のマグロまん≠二人に差し出したのだ。
 その時の必死さと、何とかしようとすればするほど、空回りしておかしなことを口走っていくランカに、喧嘩をしていた事も忘れ、アルトとシェリルは声を上げて笑い出していた。

「あなた、本当に可愛いわ」

 それはシェリルの、ランカに対する素直な評価だった。

「ねえ、何か空気悪くない?」
「皮肉なら、もう止めろよ…」
「違うわよ、本当に息苦しいような……」

 シェリルが突然、不調を訴える。事実、ランカもどこか息苦しそうにしていた。
 それで何かを感じ取ったアルトは、慌てて端末の酸素残量を確認する。
 先程の爆発が原因かは分からないが、待避壕の循環系が停止しているのが、それですぐに分かった。

「まずいぞ、このままじゃ後十五分持たない!」
「冗談じゃないわよっ!!」

 絶望に駆られるランカと、何とかしようと端末を弄り、悪あがきを続けるアルト。
 だが、そんな中でもシェリルだけは諦めていなかった。






「まったく……うちのお嬢様には困ったもんだな」

 アキトの見上げる先、そこには宇宙で戦闘を続けるVFとバジュラの姿があった。
 先日と同じタイプのバジュラのようだが、すでに相手は一機。この調子なら自分が出なくても、軍が倒すと考えられる。
 問題はシェリルの方だった。オモイカネを通じて現在地を調べてみれば、場所は緊急避難用の待避壕。
 しかも、その場所は、先程から戦闘があった場所のすぐ近くで、外部の隔壁が破れ、外は真空状態になっていた。
 取り合えず、空気を確保しなくてはシェリルを助け出す事は出来ないと判断したアキトは、手動で予備の隔壁を閉めて周り、循環システムを使って、空気をドームの内部に送り込んでいく。

「これで、取り敢えずは大丈夫か。手間隙を掛けさせてくれる……」
『アキト、急イダ方ガヨサソウデス。先程ノ爆発ノショックデ、待避壕ノ循環系ガ機能シテイマセン』
「……本当にトラブルを引き起こす天才だな」

 オモイカネの報告に溜息きをつきながらも、シェリルを迎えに走るアキトだった。






「完了か……」
「はい、今回はフォールドで離脱した者もいないようです」
「そうか……血を流しすぎたか……全機、帰投せよ」

 バジュラを何とか殲滅したSMSだったが、バジュラの攻撃を受け、機体の破片が突き刺さったまま戦闘を続けていたオズマは、その一言を最後に意識を失ってしまう。
 オズマの安否を気にして、通信で呼び続けるルカ。
 だが、その呼び掛けが、オズマの耳に届く事は無かった。






「バカ、外は真空なんだぞ!」
「なら、諦めて窒息するまで待てっての? 私はそんなのゴメンよ! 私は諦めない!!」

 そうアルトを跳ね除け、端末を操作してハッチのロックを解除するシェリル。
 そうして、聞く耳持たずと言った感じで行動するシェリルに、アルトやランカは呆気に取られてしまう。

「皆は私を幸運だって言うわ。でも、それに見合う努力はして来たつもりよ」

 そう、私はいつだって前を向いて、人の何倍も努力して来た。
 結果を残す為に、何かを恐れていたのでは、何も出来ない。何も勝ち取れない。

「だから、私はシェリル・ノームで居られるの――」

 ――自信、そしてそれを裏付る、努力と行動力。私をシェリル・ノームを形作っているもの。

「運命ってのは、そうやって掴み取るもんなのよっ!!」
「その通りだ」

 シェリルがハッチを開けようとした瞬間、そのハッチが向こう側から自動的に開く。
 そこにはいつもの通り、愛用のバイザーを顔に掛け、任務中に着ているあの黒い外套ではなく、黒のスーツに身を包んだアキトの姿があった。
 思わずキョトンとしながらも、アキトの差し出した手を掴むシェリル。

「ご高説は立派だが、もう少し前だけでなく、後ろに居る人間の事も見て欲しいな」
「……ごめんなさい。感謝してるわ」

 少し悪戯を込めた口調で叱るアキトに、苦笑いを浮かべながら助けてくれた事に感謝の気持ちを示すシェリル。
 彼は何も言わなくても、傍に居て、こうして自分を守ってくれている。
 シェリル・ノームともあろう物が、今ではすっかり、彼に守られている事に安心しきって居たのだと、この時、気付かされた。





「ランカちゃん、歌うのは好き?」

 シェリルは迎えに来た車に乗り込む間際、ランカを後押しするような事を口にした。
 それは、シェリルを知るアキトにとっても、意外な事だった。
 彼女がシェリルの事を崇拝しているファンだと言うのは、その態度からもよく分かる。
 だが、彼女はファン全てを大事にするが、それでも誰かを特別扱いは決してしない。
 それが自分を応援してくれるファンへの礼儀であり、人一倍強くプロの意識を強く持っているからだとアキトは思っていた。
 そんなシェリルが、ランカに、特別と言ったのだ。
 猫の様な性格だ。その気まぐれが誘発したのだろうとも思ったが――

「素直になりなさい。チャンスは目の前にあるものよ」

 そう、ランカに言ったシェリルの顔は、ラピスに向けるその表情とよく似ていた。
 何を思ったのか、シェリルは彼女にご執心の様だ。
 ラピスといい、ランカといい、可愛い物好きなのか?
 と変な事が頭を過ぎったアキトだったが、あのアルトと言う青年の事もシェリルは気に掛けていたのを知っている。

「あれは……可愛いじゃないよな」
「なに? 可愛いって??」
「いや、そうだな。シェリルはあのアルトと言う男の事が好きなのか?」
「なっ!!」

 車の中で、とんでもないことを口に出すアキトに、顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げるシェリル。
 その声は震えていたが、確かに怒っていた。

「誰が、あんな男の事を……いい、絶対に違うんだからねっ!!」
「ああ……」
「絶対に絶対よっ! よりによって、アキトに勘違いされたら、私、バカみたいじゃない……

 後半の声は何を言っているのか、上手く聞き取れなかったアキトだったが、シェリルが怒っている様だったので、この話はここで止める事にした。
 少なくとも、シェリルに友人が出来る事は悪い事じゃない。
 ラピスと同じ様に、この少女にも幸せになって貰いたい。そう思うようになっていたからだ。
 いつの間にか、護る物が増えていた事に気が付き、アキトは思わず笑みを零していた。






 シェリルとアキトが立ち去った後、軍からこの件の後始末で現場に来ていたキャサリンが、一通の電話を受け取っていた。

「え!? オズマ少佐が負傷っ!!!」
「お兄ちゃんが!?」

 キャサリンの話を聞き、動揺するランカ。
 そんな彼女達の上を、動かなくなったVFを両脇で挟む様に飛ぶ、三機のVFの姿があった。
 それを見るなり、発着口に向かって飛び去るVFを追いかけて走るランカ。
 行き止まりで足を止め、そこに膝をつくと、「どうして、お兄ちゃん……」と泣き叫び、その場に倒れこんだ。
 駆け寄ったアルトの腕の中で涙を流し、気を失うランカ。
 そんなランカを見て、アルトはどこかやるせない気持ちで一杯になっていた。






「ううぅ……酷い目にあったわ」

 ホテルに帰宅したシェリルはシャワーを浴びた後、グレイスにこってりと絞られていた。
 無断で外出した事、アキトや皆に心配と迷惑を掛けた事、今回はバジュラの出現で非常召集が掛かったから運が良かった物の、もう少しで仕事をすっぽかす所だったと言う事。
 最後のはシェリルのマネージャーである彼女にも、許せる度を越えていたと言える。
 プロ意識をしっかりと持ち、その大切さを知っているはずの彼女が、あろうことかその仕事を落とし掛けたのだ。
 お陰でシェリルは帰宅から二時間、グレイスの説教に永遠と付き合わされる運命となった。

「自業自得だな」
「うん、お姉ちゃん……今回は自業自得」
「って言うかラピスはともかく、何でアキトまで部屋にいるのよっ!」
「気にするな、ただの監視だ。勝手に抜け出さないように」
「気にするわよっ!!」

 顔を赤くして反論するシェリル。
 先程、あれほどハッキリと、アキトを意識する出来事があったのだ。
 それなのに、一緒の部屋などに居たら、シェリル・ノームと言えど、何かあった時にハッキリとダメと言える自信が無い。
 もっとも、アキトにそんな甲斐性がある訳もなく、ここにはラピスも一緒に泊まるのだから、そんな間違いなど起こる筈も無かったのだが、頭に血が上っているシェリルは、そんな事にも気が付かない。

「ラ、ラピスが一人居れば、別に問題ないんじゃない?」
「心配するなら。オレは居間のソファーで寝る。別に部屋で一緒に寝ようと言っている訳じゃない」
「い、一緒……!?」
「諦めて。今回は、お姉ちゃんが悪い」
「ラピスまで……」

 ラピスにして見れば、シェリルの事は確かに慕ってはいるが、アキトを基準にして考えた場合、やはり下なのだ。
 今回、シェリルの身勝手な行動で、アキトがどれほど心配して、苦労したのかをラピスは知っている。
 それ故に、シェリルの味方をする気にはラピスはなれなかった。
 だが、別にシェリルの事を嫌っているのではない。
 グレイスにおしおき≠ニ言われ、アキトに仕事と言われ、ラピスにしてみればそれに従っているだけなのだ。
 ただ、今回はそこに普段なら考慮するはずの、シェリルの我が侭(お願い)を聞き入れると言う条件が、無いだけの事である。

「ところで、シェリル」
「……何?」
「何しに、あんな所まで行ったんだ?」

 アキトにとってはそれが不思議だった。あそこにあるのはSMSの施設だけだ。
 そんな所にシェリルが行く用事が分からない。
 アルトが前の戦闘の件で、SMSに連行されていたのは、その場の事情から何となく分かったので、原因はアルトにあると思っていた。
 だが、シェリルにそれを聞いて見れば、逆に怒られてしまう結果に。
 だとすれば、他に原因があると考えるのが普通なのだが、まったく想像がつかない。

「あ〜〜っ!!!」
「なんだ!?」

 突然大声を上げ、立ち上がるシェリルに驚くアキトとラピス。
 シェリルは何やら頭を抱えると、再び、何かを悩みだす。

「イヤリング……また、アイツに会わないと、いけないなんて……」
「……イヤリング?」

 何かを思いついたのか、アキトの方を振り向き、ニヤリと不気味な笑みを浮かべるシェリル。
 アキトは知っていた。この笑い方をする時のシェリルは、碌な事を考えていない。
 それは以前の、ラピスを連れた買い物からも明らかだった。
 何か悪巧みをしている。アキトだけでなく、ラピスもその不穏な空気を感じ取っていた。





 ……TO BE CONTINUED





押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.