【Side:ラシャラ】

 我は今、太老、マリア、ユキネ、キャイア、それにフローラ伯母と一緒に、ハヴォニワとシトレイユ領を隔てる国境にまで足を運んでいた。
 これで太老ともお別れかと思うと、やはり寂しいものじゃ。
 永遠の別れと言う訳でもないのに、ここまで胸がざわつくとは我も思いもしなかった。
 それだけ、ここでの生活が楽しいものだったのじゃろう。

「もうすぐ、お別れですわね。まあ、あなたの顔を見ないで済むと思うだけで、清々しますけど」
「我とて同じじゃ。田舎娘の相手をしなくて済むと思うだけで、晴れ晴れしい気分じゃ」
「なんですって!」
「なんじゃ!」

 まったく、最後の最後までいけ好かない奴じゃ。
 しかし、マリアの嫌味の一つも、しばらくは聞けなくなると思うと少し≠ヘ寂しいものじゃ。
 そうこうしている内に、迎えの船がやって来たようで、見覚えのある顔が我の方にやって来るのが見えた。

「ラシャラ様、お待たせ致しました」
「うむ。遠路遥々(えんろはるばる)、ご苦労じゃったな」

 我が専属従者の一人、ヴァネッサ。先日、王都に連絡を取った時に話をしていたアンジェラと共に我に仕えてくれている優秀な従者じゃ。
 従者とは言っても、身の回りの世話役だけでなく、護衛や秘書のような仕事も卒なくこなしてくれる。
 それだけの能力を持った頼れる人材と言う事じゃ。我も、ヴァネッサ達には学ばされることの方が多い。
 それ故に、彼女達の能力は頼りにさせて貰っている。太老商会シトレイユ支部発足の根回しの件も、殆どは二人がやったものじゃしな。

「そうじゃ、太老」
「ん?」

 太老にはヴァネッサのことを紹介しておかねばなるまい。
 それに、元々、そのつもりだったようじゃしの。

「彼女は我の従者、ヴァネッサじゃ。身の回りの世話だけでなく、秘書のようなこともやって貰っておる。
 我がおらぬ間、シトレイユ支部の下準備は、彼女達が殆どやってくれたのじゃ」
「御紹介に預かりました、ヴァネッサです。太老様、お噂はかねがね。
 この度は、ラシャラ様に好くしてくださったそうで、ありがとうございます」

 ヴァネッサが畏まった様子で頭を下げて挨拶をする。
 すると、太老も照れた様子で頬を掻き、同じように深く頭を下げ、ヴァネッサの前に手を差し出した。

「正木太老です。こちらこそ、助かりました。ありがとう、ヴァネッサさん」
「い、いえ……ラシャラ様の従者として、当然のことをしたまでですから」

 顔を真っ赤にして狼狽しておる。こんなヴァネッサを見たのは、初めてやも知れぬ。
 目の前に出された手を、どうして良いのか分からず戸惑っておるのじゃろう。
 ヴァネッサは、太老がハヴォニワで爵位を授かる伯爵だと言う事を知っておる。しかも我が世話になった言わば恩人。
 その恩人から、頭を下げられたばかりか、握手を求められるなどと考えもしてなかったに違いない。

「握手を求められておるのじゃ。返さないのは失礼になるぞ」
「……はい。太老様、これからもラシャラ様共々、どうぞよろしくお願い致します」

 我の一声で、ようやく太老の手を握り返すヴァネッサ。
 やはり、太老は不思議な奴じゃ。これほど貴族らしくない貴族も、太老くらいじゃろうて。

【Side out】





異世界の伝道師 第22話『太老の土産』
作者 193






【Side:ヴァネッサ】

 船から降りてすぐに、私はラシャラ様の姿を探して、多くの人で賑わう国境ゲートへと足を向ける。
 ここで入国、出国の手続きを済ませ、人々はシトレイユ、ハヴォニワ、それぞれの目的地の国に向かう。
 そのため、普段から結構な混雑をしているのだが、今日は特に人が多いように思える。

 季節は、もう冬。年明けも近い。

 商人に混じって多くの帰省客、旅行者の姿が見受けられる。
 年末年始の準備に追われる者、故郷に帰省する者、様々だろう。

「あ――」

 ラシャラ様の姿を見つけ、私は早く声をお掛けしようと、少し早足で近付いていく。
 フローラ様、マリア様、それに護衛のユキネ様も一緒に居られるようだった。
 キャイア様も、お変わりはない様子。
 あの一件≠フ話は、私も耳にしていたので、彼女の身を案じていたのだが、その心配はない様子だった。

(あの方は……)

 ラシャラ様と親しげに話をされる男性を発見する。顔は、資料で存じ上げていた。
 正木太老様。歴史に名を残すほどの数々の功績を収め、貴族でないにも関わらず、ハヴォニワで爵位を授かられた稀代の傑物。
 ラシャラ様をもって、そこまで言わせるほどの人物に、私は個人的にも興味を覚えていた。

 先日のキャイア様の一件。それに、ラシャラ様への配慮。
 ラシャラ様の従者として、一度はちゃんと御挨拶をしておきたいと考えていたので、この機会は願ってもない。

「ラシャラ様、お待たせ致しました」

 まずは、ラシャラ様に頭を下げ、軽く挨拶を交わす。
 ラシャラ様も慣れた様子で、労いの言葉を掛けて下さった。
 ここまでは、いつもの通り。

「そうじゃ、太老」
「ん?」

 ラシャラ様が太老様に声を掛ける。どうやら、私のことを紹介して下されるようだ。
 気持ちを見透かされたのだろうか? いや、ラシャラ様のことだ。他意はないのだろう。
 現在もシトレイユで準備を進めている正木商会の支部のこともある。これからも彼と顔を合わせることは少なくない。
 仕事を円滑に進めるためにも、単に顔合わせをさせておくべきだと、考えられたに違いない。

「彼女は我の従者、ヴァネッサじゃ。身の回りの世話だけでなく、秘書のようなこともやって貰っておる。
 我がおらぬ間、シトレイユ支部の下準備は、彼女達が殆どやってくれたのじゃ」

 それは少し違う。私達が、こうして何も気にせずに働けるのは、すべてラシャラ様のお陰だ。
 私達従者の力を活用し、十二分に力を発揮出来るように舞台を整えてくださるのも、また良い主人の証。
 ラシャラ様は幼いながら、やはり、あの父皇と母君の血を引かれる立派な皇女だと私は思う。

「御紹介に預かりました、ヴァネッサです。太老様、お噂はかねがね。
 この度は、ラシャラ様に好くしてくださったそうで、ありがとうございます」

 深くお辞儀をし、自己紹介も兼ねて、ラシャラ様の件に関しても御礼を述べておく。
 こうした畏まった挨拶には慣れておられないのか?
 照れた様子で頬を掻かれる太老様を見て、怖そうな方ではない様なので安心した。
 ラシャラ様が気に入られるわけだ。この方は良い意味で貴族らしく≠ネい。
 それはやはり、家柄や血筋などではなく、自らの力だけで這い上がってきた彼だからこそなのだろう。

「正木太老です。こちらこそ、助かりました。ありがとう、ヴァネッサさん」
「い、いえ……ラシャラ様の従者として、当然のことをしたまでですから」

 たかが従者に過ぎない私に頭を下げられたばかりか、握手を求められるとは思いもしなかった。
 予期せぬ出来事に、胸の動悸が激しくなる。この手を受けるべきなのか?
 しかし、私は従者だ。仮にも相手はハヴォニワの伯爵。ラシャラ様の前で、そのようなことをしても良いものか?
 そのようなことを考えていると、困った様子の私を見かねたラシャラ様が助け舟を出してくれた。

「握手を求められておるのじゃ。返さないのは失礼になるぞ」
「……はい。太老様、これからもラシャラ様共々、どうぞよろしくお願い致します」

 ラシャラ様の許可が得られたのであれば、何の問題もない。しかし、先程のは失態だった。
 理由を説明し、丁重にお断りするなり、すぐにラシャラ様に伺いを立てるなり方法はあったはずなのに、あの瞬間、彼の突飛な行動に私は呑まれていた。
 貴族らしくないと私は表現したが、それも、そもそも間違いだったのかも知れない。
 彼は貴族らしくないのではなく、最初から貴族ではないのだ。そんな器で納まるようなような方ではない。
 以前、シトレイユ支部の話が持ち上がった時に、ラシャラ様が通信越しに、楽しげに太老様のことを説明されていたのを思い出す。

「我は真の王を見た」

 そう仰っていたラシャラ様の言葉の意味。
 あの時は分からなかったが、実際に彼に会い、今ならその意味が少しは分かる気がした。

【Side out】





【Side:太老】

「それじゃあ、ラシャラちゃん、キャイア、それにヴァネッサさんもお気をつけて」
「うむ。太老、世話になったの……ついでにフローラ伯母とマリアも」

 俺達は、ただの見送りなので、このゲートの向こうには行けない。
 この先はシトレイユ領。ラシャラの船が停泊している場所は、すでにシトレイユ側になるので船までではなく、ここから見送りするカタチになった。
 やはり、別れの間際となると少し寂しいのか? ラシャラも元気がない。

「ついでって何ですか!? ついでって!」
「あらあら、仕方のない子ね。ラシャラちゃん、お仕置き≠ェ必要かしらね?」
「――うっ! いや、二人にも本当に世話になったな!」

 こう言うやり取りも、もう聞けなくなるかと思うと少し寂しくなった。
 何れにしても、会えなくなる訳じゃない。声が聞きたくなれば、通信機と言う手段もある。
 それに、ラシャラが言ってくれたように、そのうち時間を作って、こちらからシトレイユに遊びに行ってもいいだろう。

「ラシャラ様、そろそろお時間です」
「うむ。そうじゃな……」

 ヴァネッサに促され、どこか浮かない様子で返事をするラシャラ。
 別れ際になって、やはりナイーブになっているのかも知れない。

「ラシャラちゃん、これを」
「ん……なんじゃ、これは?」

 ハヴォニワの思い出にと、密かに買っておいたお土産セット≠フ入った袋をラシャラに手渡す。
 土産物屋に売っていた定番≠ニも言えるタペストリーに、木彫りの熊、玩具のような木刀も忘れてはいない。
 と言うか、何故、こんな物が売っているのかは謎だったが、きっと異世界人の仕業に違いない。
 だが、こんなものでも何もないよりはずっといい。ガラクタと言っても満更間違いではないが、思い出にはきっと残るはずだ。
 しかし、こう言うのを見繕っておいてなんだが、捨てるに捨てられなくて後々困ることになるんだよな。
 ラシャラが袋を持ったまま固まっている。やっぱり、ミスったか? でも、急場で用意出来るものなんて、高が知れてるしな。

「太老っ!」
「はい、すみません! ちょっとした出来心で――」
「感謝する。我は、こんなにも嬉しい贈り物を貰ったのは、初めてじゃ」
「え……そう?」

 何だかよく分からないが喜んでくれたようで一安心だ。
 その後、別れの挨拶を済ますと、こちらの姿が見えなくなるまで、何度も振り返り、ラシャラは手を振り続けていた。
 ラシャラ、そんなにはしゃいでると転ぶぞ?

【Side out】





【Side:ラシャラ】

 我は船に乗ってからも、ずっと太老から貰った贈り物を大事に膝に乗せ、胸に抱えていた。
 ヴァネッサも紅茶の用意をしながら、そんな我の様子を微笑ましそうに見ておる。
 子ども扱いされているようで少し悔しいが、嬉しいのは確かじゃ。今日のところは大目に見てやろう。

「ところでラシャラ様。太老様から何を頂いたのですか?」

 ヴァネッサも袋の中身がずっと気になっていたようで、しきりにこちらのことを気にしておる様子。
 確かにいつまでも大事に抱えているだけでは、せっかくの太老の気遣いに申し訳がない。
 本当は後で、一人でじっくりと鑑賞したいのじゃが、ヴァネッサも頑張ってくれておるし、一緒に見るくらいは別にいいじゃろう。

「では、空けるぞ」
「…………」

 シュルシュルと言う音を立てながら、ゆっくりと袋の紐を解く。
 ヴァネッサも息を呑みながら、様子を静かに見守っておる。
 太老のことじゃ、この贈り物にもきっと何か意味があるに違いない。
 我は期待に胸を膨らませ、袋の中身を取り出した。

「これは――」
「まあ――」

 出て来たのは白いネコミミ、シッポ、グローブ、ブーツ。
 以前にマリアが身に付けていた物と同じ『ぬこ衣装セット』と色違いのものじゃった。
 一緒にメッセージカードが添えられていて、我はヴァネッサと共に、そのカードに目を通す。

『せっかくなので色違いも作ってみました。これを着て、お披露目してくれると嬉しいな』

 と、太老の筆跡で書かれておった。

(しかし、お披露目とはどう言う意味じゃ?)

 まさか、あのマリアのお披露目会の時のように、国民の気持ちを一つにまとめ上げた人心掌握を、我にもやれと言う事なのか。
 そうか、これは太老のメッセージなのじゃな。我に対する期待の現れに違いない。
 我にも同じように、商会を上手くまとめあげよと、そう言っておるのだろう。

「ラシャラ様?」
「ヴァネッサ! 本国に戻ったらすぐに支部の件に取り掛かるぞ。休んでなどおれん」
「――はいっ!」

 必ずや、その期待に応えて見せよう。待っておれ、太老――

【Side out】





【Side:太老】

「あれ? なんで、この袋が……」

 ラシャラに渡したはずの土産物の入った袋が、何故か保養地の別荘に置かれたままになっていた。
 と言う事は、ラシャラは何を持っていったというのだろう?

「まさか……」

 案の定、部屋の中を探してみるが、例のアレ≠ェ見当たらない。
 そう、余興にと持ってきておきながら、結局、闇鍋の騒ぎで使わなかったマリア用≠フ色違いの『ぬこ衣装セット』が入った袋がない。
 考えられることは一つだけだ。間違えて渡した方の袋。あれが、そうだったのだろうと言う事だけだった。

「ああ……よりによってあんな物を間違えて渡すだなんて……」

 今頃は袋の中身を見て、呆れているに違いない。下手をすると怒ってるかもと俺は思う。
 次にラシャラに会う時に、どんな顔をして会えばいいんだ……。

「鬱だ……」

 気分は青、一色だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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