【Side:水穂】

 今、私は遠征任務を終えて、樹雷へと帰ってきている。
 最初の半年ほどは後処理などの事務整理に追われていたが、それもようやく片付き、実は暇を持て余していた。

「太老くん、どうしてるかな?」

 こんなにも時間にゆとりが生まれた原因は、間違いなく彼のお陰だ。
 彼が艦隊を離れ、地球に帰ってから、もうすぐ一年が経とうとしている。
 彼は『柾木家の試練』など、すでに受ける必要性がない上に、里帰りにしても長すぎる。
 彼を地球に帰した理由が今ひとつ理解出来ず、思い切って瀬戸様に尋ねたことがあるのだが――

「樹雷にはもう一人、鬼≠ェいる――こんな噂を耳にしたことがあるかしら?」
「鬼の寵児=c…太老くんのことですね?」

 鬼姫の秘蔵っ子。次代の鬼。または鬼の寵児≠ネどと呼ばれる渾名は、太老くんが宇宙に上がって、ほんの一年ほどの間で呼ばれるようになった二つ名だ。海賊達も、この二つ名を聞けば、顔を真っ青にして震え上がる。
 その原因は間違いなく、太老くんが神木家の艦隊に配属されてからの戦果が原因だろう。

 彼が配属されてから、捕縛、撃沈された海賊船の数は三千隻余り。捕縛された犯罪者の数は、その優に五十倍以上に上る。
 これは海賊討伐の戦果としては、一所属艦隊が出せる向こう十数年分≠ノも匹敵する成果で、はっきり言って常軌を逸した内容だった。
 私が机にかじりつく理由となったのも、この結果に伴う後処理に係りきりになってしまったからだ。

 一説では、ギャラクシーポリスの英雄山田西南∴ネ来となる希望の星≠フ登場を喜ぶ声も上がっている。
 だが、太老くんの場合は彼とは違う。彼のような極端な『不幸』体質と言う訳ではない。どちらかと言えば、美星さまのような『確率の天才』に近いものだ。
 トラブルが彼に引き寄せられているのではなく、彼自身がトラブルの元凶を無作為に生み出し、その渦の中心に彼がいるだけだと言うのが、瀬戸様や鷲羽様の出された結論だった。
 そして自らが生み出したトラブルを、すべてプラス方向に修正し、導いてしまう驚異的な強運。
 本人にその自覚はないようだが、彼の生み出した結果は、良いものも悪いものも、すべて彼の功績となって返って来ている。

 言わば、トラブルメイカー≠ネらぬフラグメイカー=B

 彼の居る場所に事件(フラグ)≠ェあり、彼の通った後に更なる問題(フラグ)≠ェ残る。
 そのフラグが何なのかは分からないが、その影響を受けた者は平穏な日常を決して送ることは出来なくなる≠ニ言う事だ。
 そして、私もその被害者の一人だったりする。

 今、この銀河で、犯罪者、そうでない者も含め、鬼の寵児≠フ名を知らない者はいないだろう。
 もっとも、太老くんのことは樹雷でもトップシークレット≠フ一つに数えられるものなので、『鬼の寵児が誰なのか?』などと言ったように噂はされても、顔や名前が一般には知られていないのが唯一の救いだとも言えた。
 そのために、樹雷の情報局が数ヶ月に渡って麻痺する事態に陥ったりはしたが……。
 それと言うのも、瀬戸様の予想に反して、太老くんが存在を隠しきれないほどに、目立ち過ぎてしまったと言うのが一番の原因だった。

「ほとぼりが冷めるまで、彼には出来るだけ目立って欲しくないのよ。
 それに、地球ほど安全な場所はないでしょ?」

 その理由を瀬戸様から聞いた時、彼を地球に送り返した理由が嫌と言うほど理解できた。

「水穂、いるかしら?」
「瀬戸様っ!?」

 回想に耽っていると、件の人物、瀬戸様が私の執務室を尋ねて来られた。
 今の私は、かなり間抜けな顔をしていたと思う。いつも、この人は心臓に悪い登場のされ方をする。
 世間では『瀬戸の盾』などと呼ばれてはいるが、実際には私も、この方にとっては玩具のようなものだ。
 悪い方ではないのだが、自分が気に入った人物には、文字通り、本人が嫌と言うほど目を掛け、自分の玩具にしてしまう悪癖がある。
 今も、こちらを見て、邪な笑みを向けておられる。この眼を見ていると、すべて見透かされているのではないかと錯覚してしまうほどだ。
 いや、実際、ある程度のことは予測されているのだろう。
 鬼才と言われるほどに頭が回り、妙に勘の鋭いところも鬼姫≠ニ呼ばれる所以だからだ。

「彼≠フこと、気になってるんじゃないかと思ってね」
「――――」

 やはり、この方には敵わない。何処まで知って≠「るのだろう?
 図星をつかれ、私の額に冷や汗が流れる。

「あなた、最近は全然、地球に帰ってないでしょう? たまには里帰りしていらっしゃいな」
「……はい?」

 突然、この人は何を言い出すのか? と言った感じで、私は瀬戸様の一言に呆気に取られていた。
 かなり、間抜けな顔を披露していたと思う。そんな私を見て、クスッと嘲笑する瀬戸様を見て、ようやく正常な思考を取り戻した。
 確かに何時になく時間に余裕はある。久し振りに地球に帰ってみるのも良いだろう。
 それに、太老くんのことが気掛かりになっているのは確かだ。
 そして普通なら、ここで瀬戸様の心遣いに感謝するところなのだろう。しかし――

(……あの笑み、絶対に何かあるわよね)

 相手があの鬼姫≠セけに、そのことを誰よりもよく知っている私は、素直に喜ぶことが出来なかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第23話『フラグメイカー』
作者 193






【Side:太老】

 こちらの世界に来て、すでに十ヶ月。地球の暦では、今は一月初頭、正月に当たる。
 年末は何かと忙しかった。そこはあちらと変わりない様子で、俺もマリアに付き合わされて公務漬けの毎日を送っていた。
 そのお陰で、貴族連中の顔色窺いには随分と慣れたが、あれは好き好んで相手をしたいものじゃないと思った。
 商会の方でも色々とやることが多く、毎日のように書類に囲まれていたので、時間が経つのも早かった。
 そして現在は――その疲れを癒すために、コタツに入って自堕落な生活を送っている。

「あー、なんもしたくねー」

 これは本心だ。年明けの瞬間まで働かされていたので、現在、俺は完全にだらけモード≠ノ入っている。
 マリアとユキネはフローラに連れられて、各国の諸侯が集う年始の催しに出掛けてしまったし、俺は商会での仕事が残っていたので、こちらに残させてもらった。
 マリアなどは連れて行きたそうにしていたが、正月早々、堅苦しい場所で貴族の相手なんてしたくない。
 正月の正しい過ごし方と言えば、こうして家で何も考えず、まったりとコタツに入って自堕落に過ごすに限る。

「しかし、テレビやラジオもないってのはな」

 仕方ないので大量の本を持ち込んで読書に耽っているが、やはりこう言う時にテレビ≠竍ラジオ≠ェないと言うのも寂しいものだ。
 何時の間にか、フローラが手を回していたスケート≠ェ街中では流行しているが、ちょっとしたものが流行することからも分かるとおり、この世界は色々と娯楽に乏しい気がする。
 異世界人のせいで地球の文化も色々と伝わってはいるが、規模としては手軽に出来る簡単なものばかりだ。

 しかし、改めて考えてみると、本当に奇妙な世界だ。亜法機械の技術力は間違いなく、地球の技術水準を大きく上回っているだろう。
 かと思えば、火薬や、化石燃料、亜法以外の動力など、研究されるどころか見向きもされず、それらの水準は地球のそれよりもずっと低い。
 亜法が便利過ぎる余り、他のことに発想が行かなかくなっていると言った方が、正しいのかも知れない。
 エナと言う、ほぼ無限のエネルギー資源があるのだから、化石燃料などに頼らずとも良いのだろう。

「色々と偏りがあり過ぎるんだよな」

 両極端と言うか、一方に隷属し過ぎているこの世界のあり方は、俺の目には歪に映っていた。
 まるで、何かの目的があって、誰かにそうなるように仕向けられている≠謔、にも感じる。
 それが何なのかまでは分からないが、少なくともこの世界は、正常な進化を遂げているようには思えない。
 異世界人の介入なんてものも時代の裏側で常にあったのだから、それもある意味で当然の結果なのだろうが、それだけではないように思えていた。

 少なくとも、これまでの異世界人は自分の趣味を押し付けようとはしても、この世界そのものを変えようとした者はいなかったはずだ。
 中には俺よりも優秀で、強い力を持った奴もいたかも知れない。
 異世界人、それも男性聖機師であれば実際、かなりの権力を持っていたはず。
 にも関わらず、やっていることは小さなことばかりだ。

 俺の目的、『より住みよい世界に』も他人のことを言えるほど崇高な目的でもないのだが、それに輪をかけて、こいつらのやっていることは小さい。
 やってることや、趣味に関しては、幾つか同意できる点もあるにはあるが……。
 だとすれば、異世界人の介入により、偏った世界になったと言う解釈は、やはり間違っているのだろう。

(いや、そもそも何故、異世界人なんだ?)

 召喚と言うものが良く分かっていないのだが、異世界人は何故、地球、それも日本人と思われる連中ばかりなのか?
 そして俺が、この世界に送られた理由。そこから、俺は少し嫌な想像を膨らませていた。

「やはり、これが『柾木家の試練』と言う奴なのかな?」

 だとすれば、辻褄は合う。
 これまでに来た異世界人のすべてが『マサキ』に関係する者なのであれば、ここまでの仮説にも説明が付くと言うものだ。
 しかしそうなると、俺の母親を含め、試練を受けた者は皆、無事に地球に戻り、その後も生活を続けているところを察するに、向こうから迎えに来る手段がある、もしくはこちらから向こうに行く手段があると言う事になる。
 もしそうなら、双方の世界を繋ぐ、(ゲート)≠フような物があるのかも知れない。
 あくまでこれらは仮説に過ぎないのだが、もしそうなら帰る手段は残されていると言う事だ。
 こっちでしばらくは楽しく暮らすつもりでいたが、(ゲート)があれば行き来も可能だろうし、選択肢の一つに入れておいても良いだろう。

 しかし、根本的な疑問は解決していない。
 この世界が歪だと感じる原因。それが分からない以上は、最初の疑問に再び戻る訳だ。
 暇だからと色々と考察してみたが、今の限られた情報の中ではこれが限界だった。

「まあ、考えるだけ無駄か」

 色々と考察を頭の中で述べて見たが、面倒になって考えるのを途中で放棄する。
 今のところ、無理して帰ろうと言う意志はないので、当面は置いておいて問題ない疑問だ。
 それに、俺が感じている疑問に関しても、いつか剣士が解決してくれるだろう。
 仮にもこの物語≠フ主人公だし、俺や、これまでの異世界人のようなことはないはずだ。
 俺は観客として、その様子を外から見ているだけでいい。
 役者として舞台に上がるほどの気概も、俺にはないのだから――

【Side out】





【Side:マリア】

 やっと面倒な年始の式典からも解放され、お母様を現地に残し、先に、ユキネと一緒に船でハヴォニワへ帰国しているところだ。
 今回の年始の催しはシトレイユ皇たっての希望により、シトレイユ皇国で催されたのだが、やはり目的はタロウさんだったようで、彼が来ていないと知ると、かなり残念そうな様子だった。

 他の貴族達も、タロウさんのことを随分と気にしていた。
 私ばかりか、ユキネもタロウさんのことを随分と尋ねられたようで、かなり気疲れした様子だ。
 何度も聞かれ、説明したことなので、私は慣れたものだった。
 しかし、嘘は何一つ言っていないのだが、相手も半信半疑と言った様子だった。それも無理はないだろう。
 私も当事者でなければ、あんなバカげた話、信じられるはずもない。だが、それはすべて事実だと言う事だ。

 ハヴォニワだけでなく、シトレイユでも急速にその勢力を広げつつある『正木商会』。

 そのトップにいる人物を気にしないと言う方が無理があるだろう。
 しかも、彼の商会が国にもたらしている利益は、軽視できないほどに大きい。
 ハヴォニワ、シトレイユだけでなく、自国にも――と言う声が、他国からも密かに上がり始めているほどだ。
 今、大陸でもっとも注目を集め、市場経済を賑わす原因となっている期待の新星=B
 商人や特権階級の貴族を始め、各国の王侯貴族も彼に多大な関心を寄せている。
 正木太老の名前は、本人が自覚する以上に、影響力の高い、大きなものへと変わりつつあった。

 シトレイユ皇が彼に興味を覚えたのも、ラシャラさんの影響が多分にあるのだろう。
 彼女もまた、シトレイユ支部を立ち上げてからと言うもの、急速に周囲への影響力を高めていると聞く。
 本人がやる気に満ちているのはいいのだが、私は少しそれが腑に落ちなかった。

「あの頑張りよう……お金が絡んでいるだけとは思えませんでしたわね」

 催しにはラシャラさんも当然参加していた。
 しかし、彼女の場合は仕事を兼ねてのようだったので、余り話をする機会がなかったが、それでも私には分かる。
 これまでのラシャラさんとはどこか違う。今までの彼女とは違い、やる気と気迫に満ちた闘志のようなものが感じられた。
 支部のことを頑張っているのも、単純に金儲け≠セからと言う理由だけとは思えない。
 しきりにタロウさんのことを気にしていた様子だし、やはりあの告白が原因なのだろうか?
 少なくとも、彼女に心境の変化を与えるほどの出来事があったことは間違いなかった。

「ううん……胸の辺りがやきもきしますわね」

 これと言うのも、タロウさんが誰にでも優しすぎるのが悪い。
 それが彼の良いところだとは分かっていても、女心としては複雑なものだ。
 まだ、ラシャラさんからタロウさんのことを好き≠ニ、本人の口から聞いた訳ではないが、あの様子ならば間違いなく黒≠セろう。
 ユキネは今のところそんな様子は見当たらないが、キャイアは尊敬していると言った眼差しをタロウさんに向けていた。
 いつ、それが恋心≠ノ発展しないとも限らない。

 それに、伯爵、しかも商会のトップと言う立場でありながら、気さくで親しみやすく、誰にでも優しい彼は人気がある。
 商会で働く職員や、貴族の子女達の中にも、彼を狙っている女性はたくさんいると言う事を、私は知っている。
 とにかく、ライバルが多い。しかも、本人が無自覚だと言うのだから、その危険性は増すばかりだ。

「……考えれば考えるほど、まずい状況ですわね」

 認めたくないが、まだ、私には女としての魅力が色々と足りていない。
 十一歳と言う年齢を考えれば、当然のことなのだが、それを理由に安心出来る状況でもなかった。
 もし、ここで女性の魅力たっぷりで、タロウさんの横に立てるほど優秀な人物が現れでもしたら、今の自分では対抗できるとは思えない。
 もっとも、今のところ、タロウさんに相応しいスペックを持った女性なんて、不本意ながらお母様しか知らない。
 お母様は恋敵(ライバル)じゃないと思いたいが、それもどこまで信用してよいものか。

「もっと早くに、私が生まれていればっ!」

 言っても仕方のないことを、例えようのない苛立ちから、遂、口にしてしまう。
 やはり、このまま手をこまねいている訳にはいかないだろう。何か手を打たなければ――

「問題はタロウさんが、気付いてくれるかですが……」

 そこが一番の問題でもあった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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