【Side:マリア】

 お兄様が、あの柾木水穂と言う女性と『二人きりで話がある』と言われ、書斎に篭もられてから半刻ほどの時が経つ。
 一体、どんな話をしていると言うのか? 気になって仕方がない。
 私は、ソワソワと落ち着きのない様子で、何度も扉の前を行き来しながら、お兄様が書斎から出て来るのを待っていた。

「でも、太老様、あの人とどう言う関係なんだろうね?」
「うん、太老様と互角以上に戦える戦闘力といい、あの能力査定の結果でしょ」
「そそ! あれには驚いた! それに『マサキ』って太老様と同じ姓だよね」

 メイド隊の侍従達も、自分の主人の事が気になっている様子で、書斎の前に茣蓙(ござ)を敷き、マリエルの入れた御茶を飲みながら、お兄様の出て来るのを、今か、今かと待ち侘びている様子だ。
 ユキネも御相伴に預かって、ズズッと御茶を飲み、御茶請けとして出された焼き芋≠美味しそうに頬張っている。

「マリア様も如何ですか?」

 そう言って、御茶を入れて差し出してくれるマリエル。
 彼女は、どうしてこんなに落ち着いていられるのだろうか?
 何か曰くありげな様子で、お兄様が女性と二人きりで、書斎に篭もられていると言うのに……。

「私達は侍従です。それに、太老様を信じていますから。
 太老様が、そう判断成されたのであれば、そこには必ず何か理由があるはずです」
「それはそうですけど……」

 マリエルらしい答えが返って来た。しかし、気になるものは、気になって仕方ない。
 もう一つ気になって仕方なかったのは、彼女のあの能力と、『マサキ』と言う姓についてだ。
 あんなものを見せられた後では、お兄様と無関係とは、とても思えない。
 あの二人が、何か関係ある事は明白だ。お兄様の親戚、姉弟、色々な可能性と仮定が頭を過ぎる。

「――奥様とか!」
「ブ――ッ!」

 侍従の一人が、とんでもない事を口走るものだから、口に含んでいた御茶を吹き出してしまった。
 素早い反射神経で、お盆を持ってササッと横に回避するマリエル。
 私の吹き出した御茶は、マリエルの後にいたユキネに掛かってしまう。
 御茶塗れになった焼き芋を見て、呆然とするユキネ。
 ユキネの好物が焼き芋≠セという事を知っているだけに、罪悪感がヒシヒシと込み上げてきた。
 私の分の焼き芋をユキネに譲る事で、どうにかユキネを宥め、先程の話をしていた侍従達をキッと睨み付ける。

「あの……マリア様?」
「じょ、冗談でも、言って良い事と、悪い事がありますわ!」

 そう、お兄様に限って、そんなはずがない。
 結婚していただなんて、そんな事があるはずが……。

「でも、太老様って過去の事が何も分からないんですよね?」
「――!」

 そう、侍従に言われて、私は気付く。お兄様の過去を、何一つ知らなかった自分に。
 今が楽しければいい、お兄様が傍に居てくれるのであれば、それでいいと――そう、思っていた。
 だけど、お兄様にも、私達が知らない過去が存在する。
 そしてそこには、私達の知らない知り合い≠ェ、大勢いるという事だ。

 友達、家族、そして恋人も……居たのかも知れない。

 そう考えると、ズキッと胸が痛み、不安が押し寄せて来た。
 違うと否定して欲しい。只の知り合いだと、お兄様の口から言って欲しい。
 でも、真実が、侍従達の言うようなのだとしたら――

 茣蓙(ござ)にちょこんと座り、書斎の重厚な扉を見上げる。
 時間が、これほど長く、重いと感じたのは、初めての事だった。

【Side out】





異世界の伝道師 第50話『柾木水穂』
作者 193






【Side:太老】

 書斎を出ると、マリア達が茣蓙(ござ)を敷き、その上で御茶会をしていた。

「ああ……えっと、皆、こんなところで何を?」

 態々、屋敷の廊下に 茣蓙(ござ)を敷いて、茶会など催さなくても、外でやればいいだろうに。
 そう思って聞いてみたのだが、何も答えてくれず、代わりに何だか、重い空気が廊下全体に張り詰めている事に気付く。
 ここで、何があったと言うのだろうか? マリエルや侍従達も何も言ってくれないし、ユキネは黙々と焼き芋を頬張っている。
 ただ一人、マリアだけが、ドンヨリと特に重い雰囲気を発していた。

「お兄様……」
「は、はい?」
「その方は、その方はお兄様の何なのですか!」

 ――何を聞かれているのか、一瞬分からなかったが、どうやら、俺の隣にいる水穂の事を聞かれているらしい。
 水穂が、俺の何かと聞かれると、真面目に考えた事などなかったので、瞬時に言葉が浮かんで来なかったのだが、

「敢えて言えば、姉の様であり、同郷であり、苦楽を共にした仲間であり――」
「一つ屋根の下で生活した経験のある、彼の身内≠チてところかしら?」

 水穂の言うように、水鏡と言う、戦艦の屋根の下≠ナの話だが、確かに、彼女には色々と世話になった。
 だらしない俺が、何とか人並みの生活を送れていたのは、(ひとえ)に水穂の助力があってこそだ。
 よく考えると、あっちでは水穂に世話になりっ放しだった。

「一つ屋根の下……それに身内って……」

 何だか、顔を真っ青にして肩をプルプルと震わせているマリア。
 また、何か早合点しているのだろうか? 思い込みの激しいマリアの事だ。十分にありえる。
 先程まで、書斎に二人きりで引き篭もっていた水穂と俺の仲を、何か勘違いでもしたのかも知れない。
 緊急事態とはいえ、やはりあれは軽率だったかと思い、俺は釈明しようとしたのだが、

「えっと、マリアちゃん……」
「あ、そう言えば、私達、お見合い≠烽オたわよね」
『お見合い!?』

 水穂の爆弾発言で、その場に居る全員の声がハモった。
 水穂のニヤニヤとしたあの笑い顔、間違いない、状況を面白がって、遊んでいる時の顔だ。
 まだ、さっきの事を根に持っていたのか? こんなところで、そんな爆弾を投下してくるとは……。

「太老様、事情を説明して頂けますね?」
「水穂さんが、太老様の奥様になるのですか?」
「水穂お姉様が、私のご主人様=c…ぽっ」
『お姉様!?』

 と、そんな感じで、先程まで、ずっと静観を決め込んでいたマリエル、侍従達の順に俺に詰め寄って来た。
 若干、おかしな侍従も混ざっていた気がしなくはないが、この際、その件はこの際、スルーしていい。
 俺の横で水穂が、俯きがちに、お腹を押さえて笑いを堪えている。確信犯なのは、間違いないようだ。
 騒々しい侍従達とは対照的に、心ここに在らずと言った感じで、物静かなマリア。どうやら、放心状態のようだ。
 ユキネは相変わらず、黙々と焼き芋を頬張っていた。

 まさにカオス。収拾をつけるのは、大変そうだった。

【Side out】





【Side:水穂】

 楽しそうな場所で安心した。
 侍従達も良い子ばかりだし、太老くんの事を『お兄様』と慕っている子も、可愛らしくて面白い子だ。
 彼女のあの様子を見る限り、太老くんの事が好きなのだろう。
 また、こちらの世界でも色々とフラグを立てている様子だ。そこは、やはり太老くんらしいと思った。

「水穂さん、頼みますよ……要らぬ波風を立たせないでください」
「ちょっとした意趣返しよ? でも、良い子達ね」
「それは同意します。彼女達に支えられている部分が大きいですからね」

 色々と事情を説明し、必死に言い訳をしている太老くんを見るのも楽しかった。
 でも、それだけ彼も、彼女達の事を大切に想っていると言う証拠なのだろう。
 樹雷で侍従達に攻め寄られ、私に言い訳をしていた頃の太老くんの事が思い起こされて、少し懐かしい気分に浸っていた。

「取り敢えず、俺の同郷で、従者をしてもらうと、皆には説明しておきました」
「まあ、妥当なところかしら? 私は太老くんの世話をすればいいのね」
「一応は、そういう事ですね。マリエルに一任してあるので、彼女に聞いてください」

 以前は太老くんが、私の仕事の補佐をしてくれていた。
 今度は、私がそれをする番だという事だ。それを考えると、不思議なもので、どこか可笑しく思えた。

「では、ご主人様=Bこれから、よろしくお願いしますね」
「……もう、本当に勘弁してください」

 以前から、彼がメイド好き≠ネのは知っていたので、少しからかうつもりで、笑顔でそう言ってあげる。
 しかし、太老くんは顔を青褪めた様子で、机に両手をついて、私に深く頭を下げてきた。
 どうやら、先程の一件が、相当に堪えている様子だった。

【Side out】





【Side:太老】

 水穂には困ったものだ。俺が悪いと言うのは自覚してるが、何もあんな意趣返しをしてこなくてもいいだろうに……。
 マリアを宥めるのが一番苦労した。その所為で、首都に戻ったら『マリアの買い物に付き合う』と言う約束もさせられてしまった。
 その事自体は嫌ではないので、別に構わないのだが、精神的にドッと疲れた。

 どうにも、向こうに居た時から、水穂には頭が上がった例がない。
 俺が、色々とだらしない言うのは自覚しているのだが、水穂のああ言うところは鬼姫≠フようで苦手だった。
 本人に言えば、相当に嫌がるので、滅多に口には出さないが。

「では、これが報告書になります」
「ご苦労様」

 マリエルから手渡された報告書に目を通す。そこには、屋敷の使用人達の能力査定の結果が記されていた。
 ザッと目を通している感じ、能力に多少のバラつきはあるものの、特に気になるところはない。全員、中々に優秀なようだ。
 公爵家の使用人ともなれば、教育も相当に厳しかったのだろう。それに、これだけ大きな屋敷だ。
 それを維持するために必要な人数と能力、それを考えれば、このくらいのは最低限、必要と言ったところなのかも知れない。
 マリエル達ほどではないが、これなら十分な働きをしてもらえそうだった。

「じゃあ、給金の見直しついては後日通達するとして、十五歳以下の子供達の事なんだけど」
「はい?」
「彼女達には朝から夕方まで学校に行ってもらおうと思う。
 当然、帰ってきたら屋敷の仕事に従事はしてもらうけど、学業を優先する方向で調整して欲しい」

 これは、以前から考えていた事だ。
 どうやっても、国全体に教育を行き渡らせるほど徹底させる事は、現状では難しい。
 でも、自領の中くらいなら、俺の采配だけでなんとかなる。

「それは……よろしいのですか?」
「先行投資だと思えば、子供を学校に行かせるくらい大した事ではないよ。
 奨学金制度のテストケースにもなるし、丁度いいと思うんだ」
「なるほど……」

 教育を受けられない子供達の中には、マリエル達のような能力に秀でた者達が、埋もれている可能性も十分にある。
 将来に期待して、優秀な人材を育成する意味でも、最低限の教育を受けられる環境は整えてやるべきだと、俺は考えていた。

 それに、子供には、やはり子供らしく、同世代の友達と元気よく、遊びに勉強にと努めて欲しい。
 マリアの件でも思ったが、やはり子供が笑えない、寂しい思いをする国にはなって欲しくない。
 それを観ている俺も辛く、悲しくなる。

 大人としての役割、俺が出来る事を考えた時、真っ先に思いついたのが、子供達を学校に通わせてやる事だった。

 マリエルも、納得した様子で頷いている。
 それに本音を言えば、将来、俺が楽をする≠スめにも、色々と布石は打っておいた方がいい。
 色々と規模が大きく成り過ぎてしまって、正直、俺の手に負えなくなってきているし、もう、色々と面倒に成って来ている。
 周囲の期待とか、責任とか何もなければ、水穂が誤解したようにメイドを侍らせて、隠匿生活を送りたいくらいだ。

 最初の良い話が台無しだって? そうは言うが、これは切実な問題なのだよ。
 それに、どっちも本心なのだから、問題はあるまい。

「では、そのように手配しておきます」
「よろしく」
「あの、太老様――」

 まだ、何かあるようで、マリエルが難しい顔をして、ズズッと身を乗り出し、俺に詰め寄っていた。

「水穂様の事で、お話があるのですが」
「水穂さんの事?」
「はい。太郎様の専属従者とお聞きしましたが……」
「ああ……」

 水穂にはマリエル達と相談して、俺が困らない範囲であれば、適当に好きにやっていいと言っておいた。
 大方、自分の割り振られた仕事だけでは足りず、手持ち無沙汰になって、侍従達の仕事を片っ端から片付けていっているに違いない。
 十分にありえる事だ。あの人、色々とハイスペックだから、常人の十人前は軽く仕事をこなしてしまうからな。
 しかも、俺の言ってる常人≠ニは、生体強化を受け、樹雷の戦艦や情報局で働いている優秀な官吏達の事だ。
 彼等すら、常人扱いする水穂のスペックは、今更、語る必要がないだろう。『瀬戸の盾』と言うのは、伊達ではないという事だ。

「……という事は?」
「……侍従達が、する仕事がなくて困っています」
「楽が出来るなら、いいんじゃない?」
「そんな訳にいきません!」

 ですよね。マリエルなら、そう言うと俺も思っていた。
 この悩みって、以前に俺の世話役という事で、鬼姫が手配した侍従達にも言われた事だ。
 とは言え、水穂の場合はそれが当たり前。別に悪気があってやっている事じゃない。その分、性質が悪いのだが……。
 瀬戸の所為で、常時オーバーワーク気味に働いていた事もあって、ちょっとやそっとの仕事じゃ、あの人にとってはついで£度の雑務にしか過ぎない。

 そして、それが一番の難題だった。

 俺がやっている程度の仕事など、水穂にとっては雑務以下にしかならない。
 それが分かっているから、マリエル達に委ねたのだが、やはり手を持て余したようだ。

「水穂の件は考えてみるよ。俺からも言っておくから、しばらくは我慢してくれない?」
「太老様がそう仰るのであれば……」

 何だか渋々と言った様子だったが、マリエルも納得してくれたようだ。
 しかし、水穂を納得させる仕事か。直ぐには思いつかない。
 水穂の能力を知っている俺からすれば、そっちの方が難題に思えてならなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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