【Side:太老】

「あの、水穂さん……俺の分の仕事までやられると困るんですけど」
「侍従達は『太老様の仕事を手伝って差し上げてください』って、言ってたけど?」

 先手を打たれたようだ。俺は侍従達に売られたらしい。
 しかし、さすがは水穂。俺が三日掛けてやろうとしていた屋敷の改善案の計画書を、すべて半日と掛からずに終わらせてしまうとは。
 目を通してみたが問題ない。寧ろ、俺が作るよりも分かりやすく、綺麗にまとめられている気がする。

「どう? 太老くんのやり方には沿っていると思うけど」
「上出来です。さすがは水穂さん、俺のこともよく分かってる」

 俺の作っておいた草案を元に作成してくれたようだが、色々と抜け落ちている箇所には手が加えられ、ほぼ完璧な仕上がりになっていた。
 俺の考えや、やり方など、すべて熟知している水穂だから出来ることだ。

 今更だが、水穂が領主をやった方が、上手く行くような気がしてきた。
 とは言え、この調子で仕事を消化されると、俺のやることは殆どなくなってしまう。
 水穂が頑張れば頑張るほど、俺のすることは無くなって行き、最終的には、単なるお飾りになってしまい兼ねない。

 仕事が減ることを望んでいたのだから、願ったり叶ったりと思われるかも知れないが、さすがに何もしないのでは、以前と同じ怠惰な生活に逆戻りだ。
 それは、精神衛生上、色々と好ましくない。
 周りが一生懸命働いてるのに、自分だけ何もしないで遊んでるって、居心地悪い事この上ない。

「樹雷に居た頃に比べると、やることが少な過ぎるのが問題よね」
「と言うか、水穂さんがあっち≠ノ居た時から働き過ぎなんですよ」
「太老くんも、私の補佐≠してたくらいだから、結構、仕事してたと思うんだけど?」
「あれは、やらないといけない状態だったからです。基本的に俺は、程々に仕事できれば、それで満足なので」

 樹雷に居た頃は、比較対照が水穂だったから、必要以上に頑張らないといけなかっただけだ。
 目の下に隈を作ってまで働きたいなどと、俺は全然思わない。
 水穂の仕事を手伝って、書類整理をしていた日々のことは、思い起こすだけでも身震いがする。
 そうしたこともあって、こっちの世界では加減してるんだ。
 やればやるほど仕事が増えていく悪循環は、もう勘弁して欲しい。それが、俺の本心だった。

「勿体無い……太老くんってやる気さえ出せば、何でも凄くこなせると思うのよね」
「その、やる気がないんですって」

 興味のあることなら、必要以上にやる気は出るのだが、そうでないことには横着なほど無頓着だ。
 基本的に俺は、努力や根性とか、地道に何かをコツコツと積み重ねていくようなタイプではない。
 出来るだけ楽な方、面白い方に足が向く、怠惰に満ちた性格を、今更、変えられるとは思えない。
 鬼姫の悪癖を直せと、無茶を言っているようなものだと、俺は自覚していた。

 だから、無駄な努力をしないだけだ。
 それに、俺が努力したところで、水穂のような規格外の連中と、同じように成れるとは到底思えない。

「まあ、真面目にコツコツと努力する太老くんなんて、想像できないけどね」

 酷い言われようだった。

【Side out】





異世界の伝道師 第51話『主人と使用人』
作者 193






【Side:名も無き屋敷の使用人】

 新領主様から、屋敷の使用人全員に招集が掛かった。

「はあ……」

 私は大きく溜め息を吐く。遂に、この時が来たかと言う思いで、頭の中は一杯だったからだ。
 新領主の太老様が領地に入られ、すでに五日。この数日は驚かされることばかりだった。

 太老様の提案で、突如行われた使用人全員の能力査定、バーベキュー大会に、次々に改善されていく仕事環境。
 とても、安心など出来るはずもない。幾ら、屋敷の環境が改善されても、能力査定の結果次第では、首を切られるかも知れないのだから。
 税金が払えず、借金のカタに連れて来られた使用人達などは、首を切られれば、見世物にされるか、また、どこかに身売りさせられるだけだ。

 私も借金のカタに連れて来られた者の一人だっただけに、『これから自分がどうなるのか?』と言った、不安の方が大きい。
 あのバーベキュー大会も、領主様の手前、笑顔を浮かべはしたが、心の中は最後の晩餐を楽しむ囚人のような気分だった。

「皆、よく集まってくれた」

 領主様の声が庭園に響く、ここは昨日、武神とも名高い領主様と、鬼神の如き強さを見せた侍従が、激闘を繰り広げた広場だった。
 地面の穴は塞がれているものの、昨日の戦闘の痛々しい傷跡が、今も残されている。
 こんな場所に、私達を集めて、どうされるつもりなのか?

(まさか! 領主様は私達を――っ!)

 恐ろしい想像が、私の脳裏を過ぎる。ここで、あの侍従に、私達を始末させるつもりなのかも知れないと。
 以前の領主様も、逆らう者、役に立たない者に対しては、容赦のない方だった。
 この広場を使い、晩餐会が執り行われる度に、罪人や反抗的な者達を集め、殺し合いをさせては、それを見世物にしていたと言う話を、私は耳にしている。
 昨日の領主様と、あの侍従の激闘は圧倒的なものだった。
 あの力を向けられれば、私達など、成す術もなく黙って殺されることしか出来ないだろう。

(逃げたい……でも……)

 ガタガタと手足が震え、怖くて直ぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られる。しかし、それも叶わない。
 ここで私が逃げれば、故郷が焼かれ、家族や友人が連帯責任を取らされ、殺されるかも知れない。
 そう思うと、逃げたくても逃げられなかった。

「先日から、皆にやってもらっていた能力テストなんだが――」

 遂に、その時が来た。
 領主様の御言葉を待ちながら、目を瞑り、両手を胸の前で合わせ、名も顔も知れぬ女神様に祈る。
 今はただ、神に祈ることしか出来なかった。

【Side out】





【Side:太老】

 広場にズラッと集められた使用人達。緊張した面持ちで、彼等は俺が来るのを待っていた。
 これから、能力査定の結果を告げられるのだ。それは緊張もするだろう。
 当然、配置換えもあるし、この結果次第で、これからの給金にも差が出て来る。
 以前より悪くなることはないが、それぞれの希望通りとは必ずしもいかない。

 とは言え、これだけ人数が多いと、一々、一人ずつの意見を聞いてなどいられない。
 誰しも色々と事情はあるだろう。だが、こちらの判断基準としては、能力のあるなし、仕事がどれだけ出来るかで判断するしかない。
 この配置換えや、給金の額も、厳正な審査の結果によって導き出されたもの。
 可哀想だが、納得が行かないのであれば、望み通りの結果を得られるように、今後、努力してもらう他ない。

「先日から、皆にやってもらっていた能力テストなんだが――」

 一人ずつ名前を読み上げ、配属部署毎に指示された場所に行くように言い渡していく。
 メイド隊の侍従達に、使用人達への仕事説明、環境の変化に伴うフォローや、必要な手配、教育など、すべて一任してある。
 暫定的な処置ではあるが、後はそれぞれの仕事の出来を見て、徐々に煮詰めていけばいい。

(ようやく、後ろめたい気分から開放される)

 知らぬこととは言え、安月給で働かそうとしていたことに変わりはない。
 罪滅ぼしと言う訳ではないが、これで少しでも、彼等の生活が楽になればと俺は思っていた。

【Side out】





【Side:名も無き屋敷の使用人】

 こちらに来るように指示され、私は今、正面玄関から屋敷に入って直ぐにある、エントランスホールに足を運んでいた。
 こんなところに呼び出された理由が分からず、私は困惑した表情で、担当の侍従長の説明に耳を傾けている。
 私達の責任者として目の前にいるのは、領主様と一緒に屋敷にやって来た、領主様の専属侍従の御一人だ。

「では、呼ばれた方から、今月分の給与明細を取りに来てください」

 どうやら、首にはならなかったようだ。私の配属された部署は、屋敷内の掃除や洗濯などの雑務が主な仕事らしい。
 以前は、庭の草むしりや、屋敷の外にある納屋の掃除と、家畜の世話をしていた。
 そのことから考えれば、屋敷内、それも本館勤務の仕事など、凄い出世だ。
 私のような下級使用人は、屋敷の本館に立ち入ることすら許されていなかっただけに、今のこの状況は信じ難いものだった。

「――あなたの番ですよ?」
「あ、はい!」

 名前を呼ばれていることに気付き、慌てて前に進み出る。
 侍従長から、手渡された一枚の封筒。中には『給与明細』が一枚、綺麗に三つ折にされて入っていた。
 借金のカタに連れて来られた私にも、ちゃんとした給金が支払われるとは思っていなかった。それだけに、驚きを隠せない。
 やはり、本館の勤務ともなると、色々と違うものなのだろうか? と、私は首を傾げる。

「え――」

 書かれていた内容を見て、思わず驚きから声を上げてしまう。
 どうやら、驚いているのは私だけではないようだ。皆が、その内容に目を丸くして驚いている。

「あの、これって何かの間違いじゃ……」

 私は恐る恐る手を挙げて、侍従長に説明を求める。
 現実的に、こんな額はありえない。幾ら、私が世間知らずだと言っても、これが、どれだけの大金かくらいは分かるつもりだ。
 昔、本館で働く方の給金の額を耳にしたことがあったが、それでも、これより遥かに少ない小さな額だった。
 その額ですら、殆ど無償奉公を義務付けられていた私からすれば、大金に思えたものだ。
 それが、その時に見た額の三倍はあろうかと言う金額が、そこには記されていた。
 これで、驚くなと言う方が無理がある。

「間違いではありませんよ。すでに、あなた方の口座も開設済みです。
 其処に書かれている給金も、ちゃんと振り込まれています」

 そう言えば、何か書類のようなものを書かされ、拇印を押させられた記憶があった。
 あの時は、どこかに売り飛ばされるのではないかと言う不安ばかりが頭を過ぎって、何も耳に入ってこなかった。
 しかし、今、思い起こせば、あれが銀行口座の開設契約書だった気がする。

 封筒の中をよく見れば、確かに新品の通帳が一通、給与明細と一緒に入っていた。
 そこには、給与明細に書かれている額と同じ数字が並んでいる。

「問題ありませんね? では、次は、あなた達の部屋に案内します」

 未だ夢を見ているようで、次々に起こる事態に思考がついていかず、困惑しながらも、私達は侍従長の後をついて、本館の奥へと進んでいく。
 この屋敷は、東館、西館、そして中央に位置する本館に分かれ、以前に私の部屋があったのは、使用人達が多く住む東館の屋根裏部屋だった。
 天井が低く、板一枚の間仕切り区切られた四畳ほどのその場所で、同僚の使用人三人と寝起きを共にしていたのだ。

 舞踏会で使用されるダンスホールや、催し用の施設の殆どは西館に集中している。
 本館は領主様とその御家族、御客様以外は利用されることがない。
 本館に席を置く使用人達も、私達のような借金のカタに連れて来られた下級使用人ではなく、商会の斡旋や、城などから引き抜かれてきた一流の使用人達ばかりだ。
 故に、ここに私達の部屋があると言う事自体が、今までであれば、ありえないことだった。

「ここが、あなた達の部屋です」
「ええ!」

 私ともう一人、同い年くらいの使用人の少女が連れて来られたのは、七畳ほどある広い個室だった。
 中にはベッドが二つ、壁際にはクローゼットや鏡台も備えられている。
 この部屋を二人で使うなど、今までの環境と比べれば、とてもではないが信じられないような話だ。

「まだ、掃除は済んでいませんので、それはご自身でお願いします。
 他に必要な物があれば、遠慮なく仰ってください。余程の物でない限り、御用意させて頂きます」
「あ、あの……この部屋を、本当に二人で使って構わないのですか?」
「はい、太老様から『一人部屋を用意できなくて申し訳ないが、我慢して欲しい』と言付かっています」

 苦笑した様子で、私達を案内してくれた侍従長は、そう教えてくれた。
 これでも十分過ぎる環境だ。給金もあんなに貰えて、その上、こんな部屋まで用意して貰い、文句などあるはずがない。
 今でも、夢を見ているようにしか思えない。ただ、とても信じられないが、これは夢でもなんでもなく、現実だと言う事だ。

「一つ、聞いてもいいですか?」
「はい? 何でしょうか?」
「新しい領主様……正木太老様って、どう言う方なんですか?」

 凄い方だと言う噂は聞いている。様々な功績を残され、街では英雄のように褒め称えられている方だとも。
 でも、領主様が新しくなったからと言って、私達の生活が、ここまで変わるなどと思いもしなかった。
 これからも何一つ変わらず、その日の食事を与えられるだけの生活を、延々と続けていくのだと、私はそう思っていたのだ。

 でも、違っていた。
 最初は屋敷に来るなり『帳簿を出せ』と仰られたり、急に使用人全員の能力査定を行ったりと、怖い方だとばかりに思っていた。
 その反面、温泉に始まり、トイレや洗面所などの施設、その殆どを、誰もが使用出来るように開放されるなど、思い掛けない改善策で私達を驚かされた。
 僅か五日、この短い期間で、私達の生活環境は、ガラリと音を立て、変わってしまったのだ。

 しかし、それでも、以前の領主様のことを思えば、安心など出来なかった。
 これも、ただの気紛れに過ぎないのだと、私達を油断させるために違いないと、悪い方向にばかり私は考えていた。

 だけど、ここまでされれば、幾ら私達でも、これが単なる気紛れや道楽ではないことくらい、察することが出来る。
 庶民に気紛れで、金や食べ物を恵まれる貴族様は居ても、一介の使用人のために、このような部屋を用意してくださる貴族様など話にも聞いたことがない。以前の領主様なら、このようなことは絶対にありえなかった。

「御優しい方です。誰よりも心優しく、他人のことを気遣われ――
 貴族だから平民だからと、差別することを嫌う、そんな御方です」
「それって……」
「今回のことも、すべて太老様のご指示です。少しでも良い環境で、働き甲斐のある仕事をして欲しい。
 この領地の現状を憂いられ、あなた方のためにと、太老様は考えられたようです」

 その話を聞いて、自分が恥ずかしかった。
 隣に居た使用人の少女も、侍従長の話を聞いてポロポロと涙を零している。
 私達のことを考え、心を痛めていてくださっていた方を、身勝手な思い込みから恐れていたのだ。

「わた……私……頑張ります。領主様に恩返しするために、精一杯頑張ります」

 何もなかった私の人生に、確かに光が差した。
 その光は、目映いほど輝き、太陽のように温かな日差しで、私達の未来に『希望』を指し示してくれたのだ。

 正木太老様――私達の新しい御主人様。

 私の胸は、御主人様への感謝の気持ちで満ち溢れていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.