試合直前に、あかりはああ言ったものの、相手は遠距離戦仕様のIS、ブルー・ティアーズだ。
対して、あかりは完全近接仕様のIS。
この二つのISが戦うならば、果たしてどうなるか。
ほぼ一方的に、あかりが攻撃されるだけである。
あかりがセシリアに近づき、一撃を与えるまでの時間で、セシリアはその倍以上の回数の攻撃をすることが出来る。
その結果、未だに直撃は食らっていないものの、刃鉄のエネルギーは試合開始時よりその数値を100以上減らしていた。

「驚きましたわ、まさかあなたもわたくしの攻撃にここまで反応できるなんて」
「ISの操縦は、結局は自分の体を動かすことに似てるからね。避けるくらいなら何とかね」

そう言うが、結局は避けるくらいなら止まりである。
いくらあかりが鍛錬の末、自らにふさわしい体の動かし方を会得していて、仮にISの操縦が体を動かすことの延長だとしても。
結局、ISの操縦=体を動かすことその物では無いのだ。
どうしても生身の動かし方とは差が出てくる。
そして、一次移行が済んでいないという現状があかりをいっそう追い詰めていた。
思い通りに動かないことへ対する苛立ちが、あかりの精神を蝕んでいった。


※ ※ ※


しかし、本人の思いとは裏腹に、端から見ればあかりは十分に健闘している、いや、それ以上と言ってもいい動きをしていた。
何度か見られた必中であろうセシリアの射撃。
あかりはそれさえもISの周りにある不可視のシールドにかすらせる程度の損害で避けているのだ。
もっとも、その程度の損害が積み重なり、エネルギー残量は今もなおじりじりと削られているのだが。

「ほわぁ……織斑君もすごかったですけど、東堂さんもすごいですね。ほんとにIS操縦の素人なんでしょうか? こんな動きを見せられたら疑っちゃいますね」
「東堂自身が言っている通り、東堂は幼い頃からひたすら剣を振るい、また剣を振るうにふさわしい体を作るために己を鍛えた。故に、どのような力加減でどの部分をどう動かせばどういう動きとなるかを理解している。だからこそあの動きだろうよ」

そうやって賞賛交じりにあかりの動きを評価する千冬の声は、内容とは正反対に不機嫌そのものといった声だった。

「あの、織斑先生? やけに不機嫌なような……」
「当然だ。扱うISの不完全さのせいで東堂の動きが阻害されている光景を見ればな。あの動きは東堂の本来の動きの半分にすら満たない動きだ」
「えっと、あれで半分未満ですか?」

真耶としては信じられない話である。
普通の素人であれば、あれほど動けていたら優秀過ぎるというレベルの動きをあかりはこなしているのだ。
しかし、真耶の隣に座り、忌々しげにあかりが苦戦している様を見ている千冬の姿をみれば、もしかして言っていることは本当なのではないか? とも思ってしまう。
そんな真耶の胸中を尻目に、千冬は言葉を続ける。

「この試合までの一週間、東堂は可能な限りISの訓練を行っていた。放課後、授業が終わってから、ISを借りることが出来たならアリーナ使用可能時間ギリギリまで訓練、それを続けたんだ。東堂ほどの実力者が、自らが扱う道具の扱い方を会得していないわけが無いだろう」

それに、と千冬はつけたし、言葉を続ける。

「東堂の入学の実技試験は別の教師が担当していたから、山田先生は分からないだろうが、東堂は打鉄で、遠距離戦アセンブリを施した試験官のラファールを倒している……使用した武装は、打鉄標準搭載のブレード一本のみだ」
「!?」

続けられた言葉に、真耶はこれ以上無いというほど驚愕を露にする。
そんな真耶を視界の隅に収めながら、千冬はモニター越しにあかりを見つめる。

「……まだなのか? 一次移行は」


※ ※ ※


「先日の織斑さんもそうですが、本当に驚かされますわね。まさかここまで動けるなんて」
「それはどうも。でも今の状況でそう言われても素直に喜べないよ」

現在のそれぞれのエネルギー残量は、セシリアが261で、あかりが108だ。
確かに、このような倍の差をつけられた状況で賞賛されても、それは皮肉にしか聞こえないだろう。

「紛れも無い本心からの賞賛ですわ。このわたくし相手にここまで健闘したのですから、あなたは賞賛されるべきであって決して侮辱されるべきではありません。ですから……」

そういうと、ブルー・ティアーズのスカートパーツが4つ分離し、それぞれがセシリアの周囲に配置される。
それはさながら、女王とそれに付き従う騎士と言う絵画の題材になりそうな光景。

「……ですから、もうあがかなくてもよろしいのですよ? 楽になってはいかがでしょうか」
「悪いね。同じ負けるでも最後まであがいて負けたいんだ。かっこ悪くても、惨めでもね」

しかし、その光景を見てもあかりの心は折れない。
先日の一夏の試合を見ていて、あのセシリアの周囲に配置されたビット状の武装、ISと同じ名を持つBT兵器、ブルー・ティアーズの恐ろしさを知っていてもだ。

「そうですか……ならば、存分にあがいてくださいませ。……結果は見えていますが」

瞬間、ブルー・ティアーズがあかりを取り囲むように配置される。
同時にブルー・ティアーズの銃口が光を宿す。
それを見たあかりは、すぐさま上空へと飛び上がり、ブルー・ティアーズからの攻撃を回避する。
しかし、攻撃を回避したと軽く安堵のため息をついた瞬間、ISからの警告。
見ると、まるでそこに回避すると呼んでいたかのごとく、ミサイルが打ち込まれていた。

「言ったでしょう? 結果は見えていると」

セシリアがそう呟いた瞬間、ミサイルがあかりに着弾。
あかりの姿は爆発に飲み込まれていった。

「周りを取り囲めば、回避方向は上下どちらかの二択。そしてわたくしのブルー・ティアーズの残りも二つ。でしたら、上と下にあらかじめミサイルを撃ち込んでおけばいいだけですわ」

最後にブルー・ティアーズが放ったミサイルは、前日と違い、あらかじめある程度の誘導性がある弾頭に変更してあった。
だからこそ、大まかなあたりをつけ撃てば、どちらかのミサイルは高い確率であかりを捉える事ができる。

普段であったら、これにて試合終了。
しかし、セシリアは未だに気を緩めない。なにせ、つい昨日気を緩めたせいで痛い目を見たのだから。
そしてまだ試合終了のブザーが鳴っていない。
何よりセシリアの脳の奥深くが警告を発して止まない。
まだこれからだと。本番はここからなのだと。

「……ようやくですか?」
「気づいてたんだね、オルコットさんは」

セシリアが爆煙にかけた言葉に答えたのは、爆発に呑まれたあかりの声だった。
爆発地点を漂っていた爆煙が、一瞬で晴れた。いや、掃われた。

「人のあれだけ言っておいて自らがそのようでは話になりませんわよ?」
「その辺りは申し訳ない。だったらその分これからの動きで名誉を挽回しようか」

手にしたブレードを振り切った状態のまま、あかりはそう告げる。
あかりが纏っていたISの姿は、先ほどまでとは異なっていた。
装甲の色は変わっていない、装甲の形も変わったようには思えない。
だが、明らかに先ほどまでとは違う。
どこが違うか? そう問われたら、10人中10人がこう答えるだろう。

足のパーツがすごく大きくなってる。と。

従来のISも、PIC等の移動に関する機構は足に集約されているため、脚部は大型化する傾向があるが、刃鉄の脚部はそれに輪をかけて大型であった。
正確に言えば、脚部そのものは、それほど大きくなったわけではない。
右足の右側面、左足の左側面という風に、脚部の外を向いた側の側面に備え付けられた何かしらの機構が、脚部を大型な物に見せているのだ。
それは、脚部の側面を守る盾のようでもあり、脚部から生えた鋼の翼のようにも見えた。
あかりの視界には、調整が完了したことを知らせるシステムメッセージが表示され、それが消えると同時に、自動的に更新された武装データが表示される。
現在使っているブレードは特に変わっていない。そのかわり、ピットで見たときには無かった武装のデータが表示されている。
それは、まさに脚部に備え付けられた機構であった。

『空打』(からうち)か……」

やがて、武装データも自動で閉じられると、あかりの脳に情報が直接送られる。
それは、空打の使用方法だった。

「さては貴文、これにこだわってたのか? だとしたら……いい仕事だよ、貴文」

あかりの脳波を感知し、空打が動作を開始する。
脚部に備え付けられた機構の背面側の装甲が開き、そこから何かがきしむような音が発生する。
そして、断続的に聞こえていたその音が聞こえなくなると同時に、あかりはブレードを構える。

「それじゃ、いくよ」

瞬間、何かが爆発したような音が発生し、あかりの姿が一瞬掻き消える。
そして再び現れたのは……セシリアの目の前。

「……ふっ!」

短く息を吐き、ブレードを振り下ろす。
いきなりの事で反応できず、セシリアはその一撃をまともに喰らってしまう。

「きゃああああ!?」

その攻撃はISの絶対防御により、セシリアの体そのものに傷を与えることは無かったが、絶対防御が発動したことにより、ブルー・ティアーズのエネルギーは大きく減少していた。
エネルギーはそれぞれ102と79。
先ほどまで二倍以上の差があったにもかかわらず、既に差は縮まっていた。


※ ※ ※


「おお! うまく機能してるみたい! いやぁこだわった甲斐があったね」

あかりがセシリアに対し、反撃の狼煙を上げている光景をピットから見ていた貴文は、まるで子どもがはしゃぐかのように喜んでいた。

「何も追従すること叶わぬ速さ。いやはやこうもうまく動作しちゃうとむしろ怖いくらいだよ」

そう呟くと、貴文はモニターから目を離し、扉に手をかける。

「さぁあかりん。空を踏みしめることが出来るその翼は君の手にちゃんと届けたよ。……がんばって」

あかりの試合の結末を確認することもせず、貴文はその場を立ち去った。
彼にとって、結果など確認する必要は無いのだ。

なぜなら、彼はあかりの親友だから。
そしてその親友が扱っている物は自分の最高傑作だから
ならばこそ、行き着く果てには勝利以外ありえない事を一片たりとも疑っていないから。



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