ひたすらに、ただ剣を振り続けていた。
他人から見ればもしかしたらその姿は滑稽な物に見えていたのかもしれない。それでも、あかりは剣を握り続け、そのために己を鍛え続けた。
それこそが、その滑稽な様こそが唯一自分を強くしてくれると信じて。

その努力が、その思いが、今あかりの後押しをしていた。

「っ!」

首を傾げるかのように顔をそらす。
それと同時に頬を掠めるように、しかし皮一枚の差で掠りすらせず過ぎ去っていく光の矢。
おそらく、先ほどまでであれば当たっていたであろうその光は、あかりに触れることなく工法へと過ぎ去っていった。
一次移行を終え、真にあかりの物となった刃鉄は、あかりの意思どおり、いや、それ以上の動きをあかりに与えていた。

先ほどまでとは打って変わって滑らかに動く装甲(身体)
今、あかりが感じているのは、先ほどまでの泥の中を掻き分けて進むような体の重さではなく、すべてのしがらみから解放されたかのような軽さだけ。
無限の空への招待状、ISとはまさにそれであった。

「っ! この!!」

一方で、あかりのその様子を見せ付けられたセシリアはその心を苦い物で満たされんばかりであった。
当たらない。自らも必中であると自負した攻撃が、ことごとく当たらない。
ブルー・ティアーズによる多方向からの攻撃さえも、あかりは舞うかのようにかわして見せた。
先ほどの一撃からあかりからの攻撃は一切無く、攻めているのはセシリアだというのに、その光景を見た誰もがセシリアが攻めているという印象は抱けなかった。
そして、それはセシリア自身も同じ。
攻めているはずなのに、相手は攻撃して来ず、押しているのは自分のはずだというのに……

セシリア・オルコットは、東堂あかりに押されていた。


※ ※ ※


「すごい……すごい! すごいですよ!! 東堂さんがオルコットさんを押してます!!」
「ふっ、あいつならこれくらい出来て当然だ。体の動かし方=ISの動かし方ではないが、通ずるものも確かにあるのだからな。思うように扱えさえすればこの通りだ」

当然、その光景は管制室にいる千冬と真耶も見ていた。
あかりの動きに、真耶は興奮を隠し切れないどころか、隠そうともせず、千冬は自らの兄弟子の動きが誇らしいのか、やや胸を張っているように見える。
その間にも、あかりはセシリアに動きを見切っているかのごとくかわしている。
しかし、そこでふと真耶はあることに思い至った。

「あれ、でも……あかりさん、さっきの一回しか攻撃してませんね……何かあったんでしょうか?」
「いや、おそらく見極めているんだ、今の刃鉄を。初めはある程度激しく動き、それについてこれるのかを確かめる。その後は受けに回り、じょじょに動きを激しくしていって、追従の限界点を探る。あらかたそんな感じだろうよ。まったく、私の弟も調子に乗らずにこのぐらいの慎重さがあれば……」

あかりの事を評価しながらも、自らの弟に苦言している千冬を見て、真耶は少しからかいたくなる気持ちに駆り立てられたが、やめておいた。
仮にやったとして、結局痛い目を見るのは自分なのだから。

そんな二人をよそに、管制室モニターに映るあかりは、先ほどの千冬の予想を肯定するかのように、徐々にその動きを速く、激しい物としていた。


※ ※ ※


「いい加減! 墜ちなさい!!」

セシリアの半ば切実な思いをこめた攻撃も、あかりに当たる事は無かった。
それはまるで冗談のような、いや、まさに悪夢のような光景だった。

(わたくしが…このわたくしが、こんなっ!)

セシリアの思い描いた結末では、例えあかりが一次移行をしたところで、結局は自分の勝ちと言う結末だったのだ。
それがどうだ? 目の前の光景はセシリアが思い描いた物とは真逆の光景だ。
彼女にとって、男とは総じて情けない存在、女の下にいる存在だった。
その下にいるはずの存在が、自分を押している。自分の上にいる。
その光景はひどく現実味に欠けており、それが余計彼女に悪夢めいた恐怖を与えていた。

「……大体この程度か。うん、それじゃそろそろ行こうか」

あかりがそう呟くと同時の、その瞳がセシリアを射抜く。
その強い意思を秘めた瞳を、セシリアは昨日見ていた。

(あの瞳……まるで昨日の織斑一夏のよう……いえ、それ以上の……!)

その瞳に、セシリアは一瞬ひるんでしまう。

「こん……のぉ!!」

あかりの気迫を振り払うかのように、セシリアがライフルの引き金を引いた。
放たれた光の線は、寸分たがわずあかりへと向かっていく。
しかし、今までと違いあかりは避けようともしていなかった。
なにやら腕を上げているようだが、果たしてそれで何が出来るというのだろうか。
セシリアはあかりの取った行動に首をかしげ、しかし次の瞬間に見た光景に頭が白くなってしまった。

あかりが上げた腕が握っていたブレードが、その光の線をさえぎった。
それを為したあかりの表情に驚きなどの動揺につながる表情は一切見えない。
つまり、あかりは意図的にこの離れ業をやってのけたのだ。
レーザーを斬ると言う離れ業を。

「なっ……?!」

あまりの行動にセシリアの動きが完全に止まる。
それだけ隙があれば、あかりは十分だった。

刃鉄の脚部に備え付けられている空打が動き出し、そして炸裂音。
瞬間、あかりの姿は掻き消え、一瞬のうちにあかりの姿はセシリアの懐にあった。

「ふっ!」

短く、鋭く吐かれた息とともに、あかりの腕が動く。
その腕の動きに追従するかのように煌く、銀の筋。
それをセシリアが知覚したとき、絶対防御が発動し、その刃が柔肉を切り裂くことを防ぐ。
しかし、衝撃を殺しきることは出来ず、強烈な衝撃はそのままセシリアに襲い掛かった。

衝撃はセシリアの意識を奪い取るには十分な力を持っており、セシリアの意識は深く沈んでいく。
しかし、完全に沈みきる直前に、セシリアは思った。

(織斑一夏、東堂あかり……)

彼らは違う。
自分が知っている男とどこかが違う

(……何故? 何故あなた達は)

硬くも、暖かさを感じる何かに包まれると同時に、自らの疑問の答えにたどり着くことなくセシリアは意識を失った。

意識を失い、地面へと落下していくセシリアを何とか地面に激突する前に受け止め、あかりはゆっくりと地面に着地する。
既にエネルギーが切れているため、ISが解除されISスーツ姿というセシリアを地面に横にするというのははばかられたが、そのまま抱きかかえるわけにも行かないのでそっと地面に横たわらせる。

その瞬間を待っていたかのように、試合終了のブザーがアリーナに響き渡った。

『試合終了! 勝者、東堂あかり』


※ ※ ※


あかりがピットに戻ると、そこには妙に目を輝かせている一夏と箒。
そしてその後ろで腕を組んでたっている千冬がいた。

「すっげぇ!! おめでとうあかり兄!!」
「代表候補生に勝ってしまうなんて、さすがあかりさんです」
「いや、たまたまだよたまたま。それになんだかんだでオルコットさんはこっちを甘く見てたからね。運が良かっただけさ」

一夏や箒からの賞賛の声に、あかりはISを装着したまま器用に頬をかいた。
その頬は赤く染まっており、なんだかんだで賞賛の声に照れているようだ。

「その運を引き寄せたのもお前の実力だ。賞賛の声は素直に受け取っておくべきではないか? 兄弟子殿」

千冬も、今この場には一夏や箒しかいないため、普段よりややフランクにあかりに接している。
そんな千冬の様子に、あかりは苦笑いをもらすしかない。
千冬は千冬で、あかりが賞賛を素直に受け取らないということは熟知しているのでそれ以上は何も言わない。
ちなみに、素直に受け取らないといっても、ひねくれているのではなく、これに関しては殊更謙遜するという物なのだが。


「しかし、これでオルコットも少しは懲りただろう。代表候補だからと言って他者を見下していい訳ではない……いや、代表候補だからこそ他者を見下すなどもってのほかだ。素人だと思って油断をすれば、このように足をとられるわけだ」

どうやら、千冬の中では未だにセシリアへの怒りは収まっていないようだ。
いつもよりやや熱をいれ、饒舌にセシリアへ駄目だしをしていく。
その言葉の切れ味は、その場で聞いたものがいつも以上に鋭いなと感じるほどであった。
ブリュンヒルデの面目が間違った方向に躍如している光景である。

「まあまあ、それくらいにしておきましょうって」
「……お前は何故そこまで気にしないでいられるんだ」

千冬の呟きを聞き流し、なんとか千冬をなだめることに成功する。
しかし、未だに収まりがつかないのか、ぶつぶつと何かを呟いていたが。
しばらくの後、千冬は職員会議があるため退室。
それを見送ったあかりはピットから通じているシャワールームで軽く汗を流した後、制服に着替える。
そしてその足で、ある場所へ向かった。

「あかり兄、どこ行くんだ?」
「ん?……オルコットさんのところだよ。お見舞いがてら、いろいろお話を聞かせてもらおうかなって思ってね」


※ ※ ※


保健室に運ばれた後、目を覚ましたセシリアは、何をするでもなくただ呆然と天井を見つめていた。
しかし、そのどこにも向けられていない瞳が映す視界の中、セシリアは確かに二人の人間の姿を見ていた。

「東堂あかり……織斑一夏……」

それはセシリアにとっても不思議な感情だった。
なぜ織斑一夏の名を呟くと胸が熱くなるのか?
なぜ東堂あかりの名を呟くと胸が熱くなるのか?
そして、感じているのは同じ熱さだというのに、何故二人から感じる熱はそれぞれ異なっているのか?
いままで感じたことの無い、得体の知れない感情の正体を、セシリアはその原因に求めていた。

そんな折、保健室の扉が開く音が聞こえ、そちらを見ると、今しがた見ていた二人のうち、一人の姿があった。

「あなたは……」
「体の調子はどう? きついならまた日を改めるけど」
「いえ、問題ありませんわ」

実際、まだ多少体に違和感が残っていたが、それを押さえ込んでセシリアは上体を起こす。
それは未だに残しているプライド故か、はたまた別の理由か。
ともかく、本人が大丈夫だと言っているならその言葉に甘えようとあかりは思い、セシリアが身をおいているベッドの脇にあったパイプ椅子をもち、それをベッド脇に設置した。

「……それで、わたくしにどのようなご用件ですか? わたくしを笑いに来たとでも?」

自らそう言ってなんだが、それはありえないだろうなとセシリアは思っていた。
確固たる根拠は無いが、あのまっすぐな瞳を見たならば、この人はそんな事はしないだろう……そんな確信があった。

「まさか! まずはお見舞い目的かな」

果たして、セシリアの確信どおり、あかりはそう答えた。
実際、あかりはセシリアを笑おうという気はまったく無かった。
それどころか、むしろ互いに全力を出し合って戦った間柄ということで、一種の尊敬に似た感情をあかりは持っている。
全力を以って自身に答えてくれたのなら、例外を除いて、その相手はあかりにとっては尊敬に値するのだ。
だからこそ、あかりはどうしても気になっていたことをこの場で聞こうと思っていた。

「そうですか……ですが、まずと言うことはそれだけではないでしょう?」
「まぁ、ね。聞きたいことがあるんだ。……あの日、僕がどうして君はそこまで自分を追い込んでるのかって聞いたとき、君はこう答えたね? 『どうしても強くなければならない。どうしても強くあらねばならない』って。それってどういう事なのかなって思って」
「……あまり女性のことを詮索しては、嫌われますわよ?」

セシリアの手痛い反論に、多少身をのけぞらせる。
そのあかりの様子を見て、してやったりという表情を見せたセシリアはしかし次の瞬間には表情を真剣なものへと戻していた。

「ですが、そうですね……いい加減、このままでいるのも疲れましたし、この機会にいっそぶちまけてしまったほうがいいかもしれませんね」
「そうだよ。そのほうが多少なりとも楽になれるしね」

あかりの言葉で後押しされたのか、セシリアはポツリポツリと話し始めた。


※ ※ ※


「……簡単に言えば、わたくしの家……オルコット家の財産を守るためですわ」
「財産を守る?」
「ええ」

その言葉を皮切りに、セシリアはあかりに自身のことを説明していく。
オルコット家はイギリスでも名門貴族である事、母は子として、そして一人の女として見ても尊敬に値する人間だったが、婿養子としてオルコット家に来た父は常に周りの、オルコット家の存在の顔色を伺いうようにしており、非常に情けない男であったという事。

「そんな父の姿を見た時から、わたくしは思ったものですわ。『こんな情けない男と結婚してなるものか!』と」
「妙に僕や一夏に……いや、男そのものに突っかかると思ったら、そういった背景があったわけか……」

その後も話は続いていく。
ISが発表され、女性の力が強まっていくと共に、父親の卑屈さ加減も強まっていき、それが原因で親子の溝が広まっていった事。
だというのに、三年前に起きた列車事故……セシリアの両親が死ぬ事となった事故の日に、何故か二人はともにいたという事。
そして、残されたセシリアは遺産を狙うハイエナ共から遺産を守るため、代表候補を、末には国家代表を目指したという事。

「……わたくしが優秀であれば、わたくしの家の遺産は国が守ってくれます。だからこそ、わたくしは常に優秀であらねばならない、そうでなければならなかったのです」
「なるほどね」

セシリアの言葉で、あかりはセシリアの態度に納得がいった。
こんな思いを、過去を抱えていたのならば、あそこまで自分を追い込んでいたのも頷ける物だ。
何せ回りは敵だらけ。
ふと気を許せば付け入られるかもしれないという状況だ。
それが果たしてどれほどの苦痛なのか、同じ状況に陥ったことの無いあかりは言葉にすることが出来ない。
しかし、それは少女にとっては大きすぎる負担だということは確実だろう。
遅かれ早かれ、いずれ限界はきていたのかもしれない。

「……僕はそんな境遇におかれた事があるわけでもないし、そもそも君じゃないから、言えることは少ないよ。けど、これだけは言える。……今までお疲れ様、よくがんばったね?」

そう言ったあかりの表情は慈愛に満ちていて、セシリアは不意に口を突いてこう呟いてしまった。

「……兄がいるとしたら、あなたのような方なのでしょうか……」
「兄?」
「……っ?!」

あかりに聞き返され、ようやく自分が今しがた何を口走ったかを認識するセシリア。
その顔は羞恥により瞬く間に赤くなっていき、口からは言葉にならない声が漏れ出している。

「い、いえ! これはっ、そのっ! そ、そう! 言葉の綾と言うんでしょうか!? あの、ですからですねっ!?」
「いや、分かったから、ほら、深呼吸深呼吸」

あかりの指示に従い、深呼吸を一回、二回、三回……
計五回の深呼吸の後、セシリアはようやく平静を取り戻した。
もっとも、まだその頬に赤みが残っていたが。

「……コホン、大変見苦しい姿をお見せしてしまいましたわ」
「別に気にしてないけどね」
(わたくしが気にしてるのですわ!!)

セシリアはそう思ったが、口にはしない。
たぶん、口にしたら先ほどの焼き増しのような光景になる事が目に見えていたからだ。
少なくとも、そのくらいのことは分かるだけの冷静さはまだ残っている。

「……でも、兄か……僕兄弟居ないから、そういうのってなんだかあこがれるね。なんだったらそう呼んでみる?」

しかし、そこであかりが爆弾投下。
はしたないのは分かっていたが、セシリアは思わず口から唾を吹き出してしまった。

「ぶーっ?! あ、あなたは何を仰っていらっしゃいますんのですか!?」
「いやね? 一夏も僕をあかり兄って慕ってくれてるんだけど、どっちかって言うと兄弟って言うより舎弟って感じになっちゃって、それはそれでいいんだけど、純粋に兄だって慕われるのもいいかなぁとおもって」

言っておくが、あかりに下心はまったく無い。
純粋に、兄という立場にあこがれているだけなのだ。
しかし、いくら下心が無いとはいえ、せっかく取り戻しかけた平静を爆砕されたセシリアはたまったものではない。
先ほど以上に慌て、混乱したセシリアは再び言葉にならない声を発した後、思わずこう言ってしまった。

「えっと、あの、そのぉ…あ、あくまでそれは想像な訳であって、実際の兄とかそういうことではありません!」
「ははは、分かってる。冗談だよ冗談」

さすがに先ほどの発言は冗談にしては少々過ぎる。
そう言い返そうとあかりの方を向いたセシリアが見たものは、ややしょぼくれたような表情を隠そうとしているあかりの姿だった。

案外冗談ではなかったのかもしれない。
その様子を見たセシリアは、思わず吹き出し、やがて笑い出してしまう。
先ほどまで自分と戦っていたあかりと今のあかりに、あまりにも差がありすぎたため。

あかりは急に笑い出したセシリアを事態が把握できないという表情で見つめ、やがて自分が笑われていると分かった途端に不機嫌顔になった。

「ふぅ、お見舞いに来て笑われるなんて初めてだよ」
「申し訳ありませんわ、つい」

しかしセシリアも言葉ほどすまなそうな様子は無い。
なぜなら分かっているから。
あかりが態度や言葉ほど不機嫌でもないということを。

ひとしきり笑われたあかりは壁にかけてあった時計を見やり、時間も時間だったためそろそろ帰ろうとする。

「それじゃオルコットさん、お大事にね」
「セシリアですわ」

帰り際にかけた声に対する反応に、あかりは面くらう。
セシリアの方を向くと、そこにはただ微笑みを浮かべているセシリアの姿。

「わたくしの悩みなどを聞いてくださっているのに、まだ他人行儀なのではわたくしがいたたまれなくなりますわ。ですからセシリアとお呼びくださいな」

セシリアの言葉を聞いたあかりは、しばらくの間悩むような、戸惑うような表情を浮かべたが、やがてそれらの表情を取り去り、笑顔でこう答えた。

「……だったら僕のことはあかりと呼んでもらえるかな?」
「ええ、ぜひそうさせてくださいませ」

セシリアの反応が想定していたものと違ったためか、あかりはやや肩透かしを食らってしまう。

そういや女の人と口で勝った事ってそうそう無かったっけなぁなどと思いながら、あかりは保健室を後にした。



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