その日は、朝から教室は大いに賑わっていた。
一夏とともに教室へと入ったばかりのあかりには、何故いつにもましてここまで教室が騒がしいのかが皆目見当もつかない。
当然、隣の一夏にも分からず、二人は互いに首をかしげるだけだった。

「一夏か、今日は少し遅かったな」

教室の入り口で互いに首をひねっていると、いつものように箒が二人に話しかけてくる。
箒に挨拶を返し、あかりはそれとなく教室の騒ぎの原因を聞いてみる。

箒曰く、何でも二組に転入生がやってきたらしい。
それだけならばそれほど騒ぐことは無いのだが、やってきたのはなんと中国の代表候補という話。
代表候補という存在は、それだけでIS学園でISを扱う生徒達にとっては憧れなのだ。
国家代表であるならば、それはまさに天上人扱い。
代表候補が転入してきたことで教室がやけに騒がしくなるのも無理は無い。

「……そこまで騒ぐことか?」
「きっと僕達とは捉え方が違うんだよ。別に害があるわけじゃないし、そこまで気にすることも無いさ」

しかし、ISに触れてまだ一ヶ月ちょっとの男二人はそれほど大事と捉えていないようだが。

「そうだ。それに、お前は他クラスの事を気にかけるよりまず自分の事を気にかけるべきだぞ。これからより厳しく鍛えねばならないだろうからな」

そしてあかりの発言を聞いた箒がここぞとばかりに一夏に発破をかける。
箒の発破に、一夏は以前のクラス代表決定戦のための鍛錬を様を思い出し、その時以上に厳しくなるという現実に心の奥で涙した。
というかリアルで涙を流している。

「おはようございます……織斑さん? どうなさいましたの?」

いつもより何故か遅めに教室にやってきたセシリアの声が妙に教室に響いた。


※ ※ ※


「なるほど、転校生ですか……」
「そう。それでなんか騒がしかったり、まぁいろいろ」
「……織斑さんはいったい?」
「箒ちゃんのスパルタ」
「把握いたしましたわ」

とりあえずあかりから状況を聞いたセシリアは、しかし転校生と言う単語にはあまり反応しなかった。
そのことに、あかりは若干驚きを隠せない。
セシリアなら、「わたくしを危ぶんでの転校でしょうか? おほほほ」と言うと予想していたのに、当の本人はいたって淡白な反応だったからだ。

「セシリアはあまり転校生に興味なさそうだね? なにか思うところは無いの?」
「そうですわね……昔のわたくしでしたら、『わたくしを危ぶんでの転校でしょうか? おほほほ』とでも言っていたのでしょうけど、今はただ単純にどのような方なのかという思いしかありませんね」
「ふーん」

周りに自分の実力を誇張して回らないあたり、やはり以前に比べていろいろと余裕が出来ているセシリア。
その表情も、以前と比べて険が取れている。
おそらく、これがセシリアの素なのだろう。

「……うん、いいんじゃいかな」
「?」

あかりの呟きに首をかしげるセシリアを微笑み混じりで見つめた後、あかりは一夏の方を見る。
いつの間にか女子に囲まれていた。

「……ってわけで織斑君が勝てば皆がハッピーなんだよ!」
「そうそう、食堂のデザートのフリーパス半年分〜」
「織斑君、ファイト!!」

「……景品でるんだね、クラス対抗戦って」
「えっと、そうみたいですわね」

いくらやる気を出させるためとはいえ、そんなので釣っていいのかと軽く疑問に思うあかりだった。
しかし女子とは大抵デザート、もっと極端に言ってしまえば甘いもの好きだ。
やる気を出させる手段としてはむしろ適しているのかもしれない。

「まぁ、そんなに追い立てなくてもいいんじゃない? 今年の一年、専用機持ちの代表って確か一組と四組だけだったはずだし」

クラスの誰かがふとそう言い放つ。
瞬間、場の空気が変わった。
ほとんどの生徒は空気が変わったことを認識しつつも、何故変わったのかを把握できていない。
この教室の中で、理由を把握できたのは二人。
あかりと箒だ。

二人は同じタイミングで黒板側にある教室の扉を見る。
そこには、一人の女子生徒が居た。
その女子生徒が放つ闘気。それが空気の変化の理由。

「残念だけど、その情報古いよ。だって二組の代表、専用機持ちの私になったんだから」

その女子生徒は、一組の教室内をぐるりと見渡し、やがてある一点で視点を固定した。
そして、そのまま見つめる方向へと歩を進める。
その方向に居るのは……一夏だ。

「……久しぶりね、一夏」
「お前……鈴か?」

一夏が、何かをこらえるかのように拳を握る。
その握りの強さに、その拳は若干の震えを見せている。
見れば、下唇もかみ締めているという様だった。

尋常ではない。
あかりと箒はアイコンタクトでそう認識しあうと、じりじりと、周りの誰にも気づかれないように立ち位置を変える。
一夏に何があってもいいように。あらゆる状況に対処できるように。
そんな事を知らない当人達は、そのまま会話を続けている。

「そ、中国の代表候補生で、二組のクラス代表の、鳳 鈴音よ」

その言葉に、一夏の拳の震えが全身にまで広がる。
その様子に、あかりと箒は鈴音と名乗った女子生徒に飛び掛ろうと一歩を踏み出し……

「……お前、何カッコつけてんだよ。ぜんぜん似合わねぇっての」
「なっ!? せ、せっかく久しぶりの再会をちょこっと演出してみたのに、よりにもよってそう返すか!?」

一斉にその場でずっこけた。
箒に至っては床に鼻を強打するという追い討ち付き。

「当たり前だ。一応空気読んでそのまま流そうかなぁとか思ったけど、もう我慢無理。似合わな過ぎて笑いたくなってきた。というか腹痛ぇーーー!!」

そういうと一夏はその場で腹を抱えて笑い始める。
それを見て、今度は鈴音が全身をわなわなと震えさせる。

「……あ、あれは笑いとかを我慢してたのか、一夏」
「ま、紛らわしすぎるよ……」

そんな言葉もなんのそので、未だに笑い続ける一夏。
先ほどから震えている鈴音も、さすがの我慢の限界となった。

「あ、あんたねぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「黙れ」

しかし、その怒りが一夏に届くことは無かった。
震えていた鈴音がその腕を振り上げた、まさにその瞬間、彼女の頭に背後から出席簿の面がたたきつけられたからだ。

「あいたたた……だ、誰よ! 今叩いたの……は……」
「ほう、久しぶりだな鳳。見ない間にずいぶん生意気な口を聞くようになったじゃないか」
「げえっ! 関羽! じゃ無かった、千冬さん!?」

再び振り下ろされる出席簿。
一組にとっては最早聞き慣れて、それに付随する恐怖を感じれなくなりつつある音を発生させるその一撃は、鈴音をノックアウトさせるには十分すぎる威力を持っていた。

「言い直したところで無意味だ。誰が美髯公だ? それにここでは織斑先生だ。最後に、そこに突っ立っていては邪魔だ、教室へ戻れ」
「うぐぐ……分かりました。それじゃ一夏! また後でね!!」
「さっさと戻れといっているだろう!?」

三度振り上げられた出席簿を見て、鈴音はすぐさま回れ右、後に猛ダッシュ。
あまりの速度に彼女の足元で砂埃が舞い上がる。
その様子を見届けた千冬は、ため息を一つつき、ようやく教室の中へと入ってきた。

「……一夏の知り合いみたいだけど……誰だろう」

あかりはそう疑問に思うが、千冬の姿を見てすぐさま自分の席に戻る。
当然、他の生徒もすぐさま席に戻り、一夏も自分の席に戻っていったのだが……

「一夏! あの女は誰だ!? 事と次第によっては……」
「ふむ、これからホームルームだというのに、まだ馬鹿が居るようだ」

一夏に鈴音との関係を問いただそうとしていた箒が哀れにも出席簿の餌食となった。


※ ※ ※


授業が始まってからも、箒は気が気でなかった。
突如現れた少女、しかも一夏とやけに親しげだ。

(くぅ……小学校の頃のクラスメイト……いや、あんな奴は居なかった筈……となると、私が居なくなった中学からの知り合いか?)

いったいあの少女は一夏とどんな間柄なのだろうか?
もやもやと、ある光景が箒の脳裏によぎる。

『箒、実はこいつは……俺の彼女なんだ!』
『な、なんだってーーーーー!?』

考えうる最悪の光景だった。
慌てて頭を振ってその光景を追い払う。
まだだ、まだそうと決まったわけじゃない。
そうだ、希望を捨ててはいけない……
そうに決まっている。第一一夏程の鈍感が誰かと付き合えるはずが無い。


そのとき、再び箒の脳裏に再び何かが浮かび上がる。
しかし、その映像は先ほどのようにぼやけている物ではなく、やけに鮮明な物だった。
そして、浮かび上がってきた物とは……

『モッピー知ってるよ。箒ちゃんがこの程度じゃへこたれないってこと』

某売り上げを監視する魔女だった。
形容しづらい笑みを浮かべ、その魔女は箒にささやきかける。

『モッピー知ってるよ、箒ちゃんが6年間、ずっと一夏を想い続けてたこと』
(そ、そうだよな。一夏を想う気持ちは誰にも負けているはずが無いよな!)

箒も、どうやらいっぱいいっぱいなようだ。
あからさまに怪しい脳内生物にすがり付いてしまっている。
しかし、その甲斐はあったらしい。
自らを理論武装することにより、箒は心の平静を何とか取り戻すことに成功した。

『そうそう、まだモッピー知ってるよ』
(何だ? 何を知っているんだモッピー!?)
『……箒ちゃんが、今授業中だって事。そして授業の担当が千冬さんだってこと』
「……何?」

モッピーのその言葉に、箒はふと意識が現実に戻る。
目の前に見えるのは……

「さて篠ノ之。授業そっちのけで何を呆けていた?」
「あ、あの……それは……」
「まぁいい。さぁ篠ノ之、先ほど説明した部分を復唱してみろ」

どうあがいても絶望である。
箒は千冬に指名されたことにより、とりあえず立ち上がるが、モッピーと会話していたせいで授業の内容など何一つ聞いていなかった。

「その……聞いていませんでした」
「そうかそうか。この馬鹿者めが」

脳天に出席簿が舞い降りた、やけに小気味のいい音が一組教室に響いた。


※ ※ ※


「一夏! お前のせいだぞ!?」
「さすがに理不尽だ!?」

結局昼休みまでの授業で、通算5,6回も叩かれた箒は、昼休み開始早々に一夏にその理不尽な怒りをぶつけていた。
さすがのあかりも、今回ばかりは箒の擁護は不可能である。
なにせ箒の自業自得なのだから。

さすがにその自覚は存在しているのか、箒もそれ以上何も言わずに居る。
しかし、納得は行っていないのか、先ほどから唸ってはいるが。

「重症ですわね、お二人ともという意味で」
「セシリアも分かる?」
「ここまでくれば流石に……というかあれで気づかないほうが少し……」

とは言え、あかりもセシリアもどうしようもない。
これを解決するには、件の少女と話す必要がありそうだ。
もっとも、それは苦労することは無いだろう。
なにせ当の本人が「また後で」といっていたのだ。
必ずどこかで接触してくるはず……

「遅いわよ一夏! 待ちくたびれたじゃない!!」

流石のあかりも、食堂の券売機の前で接触してくるとは思いもよらなかった。
確かに確実性はあるといえばあるが……後ろで並んでいる生徒が迷惑そうにしている事に気がついているのだろうか?

「勝手にそっちが待ってたんだろ? それにそこに立ってたら他の人の邪魔になるから、ほらどきなさい」
「う、分かったわよ……」

一夏に言われ周りの状況に気がついたのか、鈴音はすごすごと券売機前から移動する。
それでも、一夏の傍はしっかりとキープしているあたり、抜け目が無い。

こうして不機嫌度合いを強めた箒を何とかなだめながら食券を購入し、料理を受け取ったあかり達は、5人が座れる席を探し出し、そこに座った。

「まぁいまさらだが、ほんと久しぶりだな鈴。元気にしてた……ってその様子じゃ聞かなくてもいいか」
「まぁ、健康優良児だから。そういう一夏も無駄に元気そうね。たまには病気になったりしなさいよ」
「なんだそりゃ」
「んっん! と、ところで一夏、いったい誰なんだ? やけに親しそうだが……」

このままでは二人の雑談で終わってしまうと感じた箒は、何とか二人の会話の間に入り込む。
それに対して、鈴音はやや不機嫌そうな顔をしたが、一夏はそれに気がつかず箒に説明し始める。

「あぁ、そういや箒は知らなかったか。こいつは箒が転校した後、入れ替わりで転校してきたんだよ。あかり兄も、その頃に道場やめちまって以来音沙汰無かったし、知らないだろ?」
「まぁね」

一夏に話を振られたため、それに答えるあかり。
篠ノ之家が引っ越すという事になった直後、あかりは道場をやめている。
道場は元警官である箒の知り合いが管理するようになったため、別に無くなったわけではないが、家庭の事情がありあかりは道場を去ったのだった。

「鈴もほら、何回か話したろ? ファースト幼馴染の事。箒がそのファースト幼馴染だよ」
「ふーん」

一夏は箒の事を鈴音にも説明するが、鈴音はあまり興味がなさそうな様子で居る。
そのような態度をとる鈴音に、箒は額に小さく井桁を浮かべるが、つとめて冷静に自己紹介をした。

「篠ノ之箒だ。一夏のファースト幼馴染をしているよろしく頼む」
「へぇ……鳳鈴音よ。一夏のセカンド幼馴染をしてるわ。よろしくね」

箒の自己紹介に、鈴音が目を細めて自己紹介をする。
その目は、どこか敵を睨むような目つきに似ていた。
しかし、その目を一瞬のうちに引っ込めて、鈴音はあかりの方を向いた。


「って事は、この人が一夏の言ってたあかり兄って人?」
「その通り。俺の憧れさ」
「はじめまして、鳳さん。東堂あかりって言うんだ」

そのように自己紹介をするあかりを、鈴音はじろじろと見る。
端から見ればやや失礼とも取れる行為だが、その行為をしている鈴音は当然として、されているあかりもさして気に止めた風でもない。

「……あ、この人が……はじめまして、鳳鈴音です」

やがて、一人で何かに納得した風に頷くとあかりに対しても自己紹介をする。
しかし、その態度は箒に対する物とは正反対に礼儀正しい。
年上ということもあるだろうが、それだけではないようにも思える。

「鈴もあかり兄の話をいろいろ聞いて、どんな人か気になってたんだよな」
「まぁ、あそこまでいきいきと話されたら、そこまでさせる人がどんな人か気になるじゃない」

どうやらそんな態度の原因は一夏にようである。
いったい一夏が鈴音にどのように自分を説明していたのかが気になったあかりだった。

「……んー、それじゃあ一夏、あかりさんの隣に座ってるのは誰?」
「ん? セシリアって言うんだ。何って言うか、あかり兄が人生の師匠なら、セシリアはISの師匠って感じ? 結構いろいろ教えてもらってるし」
「へぇ……」

一夏の話を聞き、再び鈴音の眼が細められる。
その分かりやすくあからさまな態度に、セシリアは苦笑いを浮かべ、鈴音に自己紹介を始めた。

「ご紹介に預かりました、セシリア・オルコットですわ。未熟者ながらイギリスの代表候補生を務めさせていただいております」

そう言って鈴音に握手を求める。
さすがにその友好を築こうとしている態度をむげには出来なかったのか、多少セシリアを睨みながらも鈴音はセシリアの握手に応じる。
その際、セシリアは鈴音の耳元でそっとささやいた。

「……ご安心くださいな。わたくしは彼にそのような感情は持っていませんから」
「っ!? ……へぇ、そっか」

その呟きを聞いた鈴音は態度を一変、明らかに友好的な態度をとり始める。

「他の国の代表候補とかどうでもいいって思ってたけど、アンタとならいい友人になれそうだわ」
「それは幸いですわ。同じ代表候補同士、よろしくお願いいたしますわね?」

そんな二人の様子を見ながら、あかりは誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。

「……あからさま過ぎるだろうに」

そして思う。
一夏を挟んで鈴音の反対側に居る、つまり自分の前に座っている箒ちゃんが爆発しませんように……と

あかりが視界に入れないように努力していた箒はといえば……怒気で髪が揺らめいていた。



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