一夏が食堂に足を踏み入れた瞬間、一夏は視線をある一点に固定させ、すべての動きを止めた。

「あ、あかり兄、あれって……」

暫くの後、ようやく再起動を果たした一夏は隣にいたあかりに事の次第を問いただそうとしたが、その声はちょうど良く発生した炸裂音にかき消されてしまった。

「織斑君、代表就任おめでとう!!」

炸裂させたパーティークラッカーを持ったクラスメイト達が満面の笑みで一夏を迎える。
しかし、一夏はその笑顔と反比例してどんよりとしていくのだった。

「どうしたのさ? 皆が祝ってくれてるんだからもっと喜びなよ」
「だったらまずその必死に笑いをこらえるような表情を何とかしてくれあかり兄!!」

先ほどまで一夏が見ていた方向には、横断幕が取り付けられており、その横断幕にはこう書かれていた。

『織斑一夏クラス代表就任記念パーティー』と。


※ ※ ※


それは、一夏が罰として科せられたグラウンド10周を終えた直後のことだった。

「……死ぬ」
「お疲れ一夏、ほら飲み物」
「あー、ありがとー」

以前も触れたとおり、IS学園のグラウンドはその他の高校よりも明らかに広い。
ISという物を扱う以上、スペースを広く取らねばならない故なのだが、そのグラウンドを10周も走らされた一夏は最早虫の息。
走り終わった瞬間にその場に仰向けに倒れこみ、服が砂で汚れようがどうでもいいといった風だ。

のろのろと腕を上げ、あかりからスポーツドリンクを受け取ると仰向けのまま一気に飲み込む。
そこまで来てようやく一夏は上体を起こせるまでに回復したようだ。

「ふぅ……でもごめん、あかり兄。なんだかんだでつき合わせちゃって」
「気にしなくていいさ。どうせこの後はいつも通り寝る前の訓練やって寝るだけだったし」

軽く笑いながらそう話すあかりに、一夏も軽く笑い返し、あかりの手を借りて何とか立ち上がる。
そのとき、校舎のほうから小さな影が一夏たちの方へと向かってきていた。

「ん? あれは……」
「のほほんさんじゃねぇか」
「やっほーおりむー、あかりん」

一夏が言ったとおり、駆け寄ってきたのは本音であった。
そして走ってきた後だというのにまったく息を乱さないまま、いつものように余らせた袖を揺らしながら本音は口を開いた。

「ねぇねぇ二人とも、放課後あいてる? あいてる?」
「放課後? まぁ俺はあいてるけど、あかり兄は……」
「うーん、訓練しようと思ってたんだけどなぁ。なにかするのかい?」
「えっと、あかりんだったら教えてもいいかなー? 耳貸してー」

本音に言われ、彼女の低い身長にあわせてあかりがその場でしゃがむ。
すると本音は一夏には聞こえないようにあかりに何かを話し始める。
それを聞いたあかりは、最初のほうは目を見開き、「あぁ」だの「そういえば」だの言っていたが、やがてにやりとした笑みを浮かべた。

「なるほど、そう言うことなら今日の放課後はあけておこうかな? 今日の訓練は……明日に回せばいいか」

「あれはさ、なんて言うか悪巧みをする人間が浮かべる笑みだったよ」

後に一夏はこのときあかりが浮かべた笑みについてこう語ったという。


※ ※ ※


「な、何で、どうして俺がクラス代表になっちまってるんだーーー!?」

自らの預かり知らぬところで自身がクラス代表になってしまったという事実に、一夏は思わず叫ぶ。
そしてその勢いのまま一夏はあかりへと詰め寄っていた。

「あかり兄! 俺セシリアに負けたよな!? で! そのセシリアにあかり兄は勝ったよな?! つまりここは『織斑一夏クラス代表就任記念パーティー』じゃなくて、『東堂あかりクラス代表記念パーティー』だよな!?」
「ああ、あれ? ちゃんと織斑先生にクラス代表は一夏に譲りますって言って了承もらったから、一夏は何も心配しなくていいよ」
「別な意味で心配しかない! 第一、何で俺!?」
「まぁ極々個人的な理由なんだけど……あまり目立ちたくないから押し付けちゃえって」
「身勝手すぎる!?」

あかりの言葉に、一夏は頭を抱える。
後々めんどくさくなりそうだから一夏に押し付けたと言う事である。

「ぐ……けど、そう簡単に千冬姉が話を通すわけ……っ!」
「織斑先生だ馬鹿者」

一部生徒が、その音を聞いて思わず頭をおさえる。
その音は、最早毎日一回は鳴り響くといわれている織斑千冬の出席簿が発する音だった。
当然今回のターゲットは一夏である。
一夏はその痛みに思わず頭を抱えうずくまる。
さすがに今はいないだろうと油断していた場面での一撃は、いつも以上に威力が高かったようだ。

「うぐぐ……織斑先生……?」
「ほう、何故ここにいると言う表情だな。貴様ら生徒が羽目をはずしすぎんように監視をしている」

そう言う彼女の右手には飲み物が入った紙コップ。
監視しているというより、どうやら彼女もこのパーティーを楽しんでいるらしい。

「いや、それは……いや、それより! 何であかり兄が代表譲るって言ったときそのまま受け入れちまったんだよ!?」
「東堂は勝者、織斑は敗者だ。敗者は勝者の意見に従う物だ、諦めろ。そして例の如く拒否権など無い」
「くそっ、今回ばかりはですよねーなんて呑気に返してられないっ」

当たり前だが、一夏はこの結果に納得はいっていない。
その様子を見た千冬はため息を一つつき、そして口を開いた。

「まぁ納得がいかないのも無理は無い。だが既に決まってしまった事だ。オマケにクラスの全員がお前が代表になったということを祝っている。男ならその期待にこたえて見せろ」
「ぐっ……そういわれると何も言えねぇ……あーもう、分かりましたよ! こうなりゃ俺がやれるとこまでやってやらぁ!!」
「ふっ、それでいい」

一夏がやけくそ気味だが気合を入れたことに満足したのか、千冬が手に持った飲み物を口に含む。
ふとそこで自分の方へ向けられている視線に気がついた。
視線を辿ると……会場の中心辺りにいる女子からの視線だった。

「くぅっ! なにやら割り込めなさそうな雰囲気で話してたからさすがに空気読んだわ!」
「もー! パーティーの主役が隅っこにいてどうするのよ!」

どうやら何時に無く真剣な話をしていた織斑姉弟を空気を呼んで見守っていたらしい。
その事に苦笑すると、千冬はその女子に向かって叫んだ。

「話は終わったぞ! 連行するならするといい!」
「よしっ! 先生の許しが出たわ!! 者共! 織斑一夏を連行せよ!!」
「な!? ちょ、うわーーー!!」

千冬の言葉を受けすぐさま女子が一夏を包囲、全員で一夏を担ぎ上げて行ってしまった。
いくら数人がかりであろうと、男である一夏を軽々と担いでいってしまうあたり、げに恐ろしきはお祭り騒ぎ中の女の力である。

「あかっ! あかり兄! 助けてくれぇ!!」
「楽しんでおいでー」
「薄情者ーーーーー!!」

当然、いきなりそのようなことをされてしまい一夏はあかりに助けを求めるが、あかりはにこやかに微笑みながら手を振って見送るだけ。
ならば千冬に助けを求めようとするが、千冬は我関せずとあかりと話し始めたため期待できそうにない。
ちなみにその場には当然箒もいたのだが、一夏は箒の存在に気がついておらず、しかも箒も一夏が女子に囲まれているということで不機嫌なため助けようともしない。
結局一夏に味方はいなかった。

「あかりんも行こうよ〜」
「あれ、本音ちゃん?」

背後からの声にあかりが振り返ると、そこには本音の顔のアップが。

「……いつの間に東堂の背中によじ登った? 布仏」
「『楽しんでおいでー』のあたりからです」

千冬がいつの間にそこにいたのか聞いてその時の事を思い出しても、本音の姿が記憶には無い。
そもそも、近づかれたのなら千冬はおろかあかりも気配で分かるはずなのだが。
いつものように満面の笑みを浮かべている本音を見て、恐怖すればいいのか和めばいいのかの判断に困ったあかりと千冬であった。


※ ※ ※


「いやー、でも織斑君を代表にするっていう話、オルコットさんだったら猛反対するかもと思ったけど、意外とすんなり賛成してくれたねー」
「ほんとほんと」
「やっぱり何だかんだでオルコットさんも気になってるのよ。何てったってたった二人の男子の内の一人なんですもの」
「ほんとほんと」
「って言うかさっきから相槌打ってるあんた、二組じゃない。何でいるのよ」
「いいじゃない。織斑君とあかりさんはいわばIS学園共有の財産よ」
「「「…………」」」

しばらくにらみ合う3人。
あわや乱闘かと思わしき剣呑な空気を放っていたが、何がどうなったのかその空気は霧散し、3人は急に抱き合った。
はたしてどのような化学反応が発生したのかは知りようが無いが、どうやら心の奥で通ずる何かを見出したらしい。
よく見れば、パーティー会場となった食堂には一組の生徒に混じって他クラスの生徒がかなりの数混じっており、あちらこちらで先ほどの三人と似たような光景が繰り広げられている。
もはや何がなにやら分からない一夏。当然、あかりも訳が分からない。
結果、二人は苦笑いを浮かべ周りの光景を見ることしか出来ない。

「楽しんでいるか、一夏」
「お、箒」

どうやらようやく機嫌が直ったらしい箒が、一夏に近づいてくる。
表情を見るに、先ほどまでの不機嫌さは微塵も見当たらない。
そして心配りが出来る男、東堂あかりはここで空気を読む。

「それじゃ、僕は向こうにいるから、一夏は箒ちゃんをよろしくね」
「へ? あかり兄向こうにって……」

一夏の言葉を華麗に受け流し、箒に目配せをする。
あかりの意図を察した箒は、すまなそうに、しかしどこと無く嬉しそうに頭を軽く下げた。

それを見届けたあかりは、飲み物を片手に場所を移動する。
その途中で、誰かが食堂に入ってくる姿が見えた。

「どうもー! 毎度おなじみIS学園新聞部でーす! あ、でも登場はこれが初めてだから毎度おなじみって言うのも変かな?」

乱入してきた新聞部を名乗る生徒は会場をあちこち見渡し、あかりの姿を見つけるとその目を輝かせながらあかりへと駆け寄ってきた。
その姿は獲物を見つけた肉食獣のよう。
あっという間にあかりの目の前にたどり着くと、笑顔を絶やさずに話しかけてきた。

「どうも! あなたが東堂あかりさんですね? 私、新聞部副部長の黛薫子と申します。あ、これ名刺です」
「あ、ご丁寧にどうも」

手渡された名刺をみると、確かにIS学園新聞部副部長とあり、その下になんとも画数の多い漢字達で構成された名前が書かれている。

「新聞部……ねぇ。それで、その新聞部の方が何のご用件で?」
「いやですねぇ、新聞部である私がいまや話題の人その二に話しかけたなら、それは取材に決まってるっじゃ無いですか! ちなみに話題の人その一は織斑君です。それで……取材、いいですか?」

薫子の問いかけにあかりは「もちろん」と快く返事をする。
すると瞳を一瞬きらめかせた薫子が、懐から手帳とペンを取り出す。
どうやら取材道具らしい。妙に本格的だ。

「では、まず最初の質問です。あかりさんは20歳だとの事ですが、IS学園に通う事となってどう思いましたか?」
「もちろん、戸惑いましたね。なんせとっくに学校生活は卒業してたわけですし」

あかりの返答を聞き、手帳に手早く書き込んだ薫子は、一秒でも惜しいと言わんばかりに続けて質問をしていく。

「それでは二つ目を。本来、代表はあかりさんだという噂を聞きましたが、どうして織斑君に代表を譲ったんですか?」
「どうして……ねぇ」

あかりはそこまで呟き、一拍おいたところで一夏に言った事と同じ内容を話した。
それを聞いた薫子は、手帳にあかりから聞いたことを記入しながら、ふと呟いた。

「なんというか、以外ですね。私が事前調査で聞いていた印象では、そんな風に誰かに押し付けたりするようには思えなかったんですが」
「そりゃあ、ただでさえ世界でISを操縦できる男のうちの一人なんて看板背負っちゃってますし、回避できる重荷は回避したいなぁと」

あかりはその呟きにこう答える。
その返答を聞いた薫子はしばらく思案した後、ペンと手帳をしまった。
どうやらこれで取材は終わりのようだ。

「なるほどなるほど、まぁそういうことにしておきましょうか」
「どういうことかな?」

薫子のなぞめいた言葉ににこやかな笑みを崩さないままあかりが疑問を投げかける。
その問いを待っていたといわんばかりに薫子は眼鏡を輝かせ、こう言った。

「いやぁ、これでも結構な人数に取材してきたんでいろいろ察せちゃったりするんですよ。ですから今回も察しちゃったって事ですねぇ。いやはや、なんとも思いやりがあるのですね。事前調査に間違いなし、でしたね」

そう言って一夏の方へ去っていく薫子を、あかりはただ見送っていた。


※ ※ ※


あかりからある程度の話を聞いた薫子はそのまま一夏へと突撃。
そして今度はセシリアへ突撃し、それぞれ話を聞いていった。

その後はあかり、一夏、セシリアの三人で写真を撮るということになったり、いざシャッターが降りる直前に一組全員がファインダー内へ一瞬の内に乱入してきたりといったことはあったが、おおむね大きな問題も無く、パーティーは進行して行った。

そして、パーティーも終わり、全員が全員各々の部屋へと帰っているさなか、あかり、一夏、セシリア、箒の四人は一緒に寮へと向かっていた。
ちなみに、例の如く箒はセシリアがいることに対して不機嫌なようだ。

「今日は楽しかったですね、あかりさん」
「そうだね。セシリアは楽しめた?」
「ええ、それはもう」

しかし、なにやらセシリアはあかりと親しげに話している。
その事に、自身の警戒は無意味か? と思った瞬間だった。

「なぁ、セシリア」
「はい? 何でしょうか」

一夏が自らセシリアに話しかけていた。
気を緩めた瞬間のことであり、箒もその光景を見てすぐさま行動を起こすことが出来なかった。
しかし、しばらくの後に復帰、一夏に何をしているのかを詰め寄ろうとする。

「箒ちゃん、今回はタンマね?」
「なっ、あかりさん!?」

あかりは何も言わないが、いつもあかりが箒の恋心を応援してくれていることは、箒は当然気づいていた。
しかし、そのあかりが今回に限り箒を止めている。
何故? と箒は問いかけたかった。
しかし、そんな箒の表情を見たあかりは、口元に縦にした人差し指を添えるだけ。
そしてそのままその人差し指で一夏とセシリアの方を指差す。
指差された方向では……

「その……ごめん!!」
「……はい?」

一夏がセシリアに頭を下げて謝っているという光景があった。
謝られたセシリアも、いったい何事かという表情をしている。

「……は?」

おかしい。
箒は自身が予想した光景が展開されていないことに首をかしげた。
てっきり、一夏がセシリアに告白を……

(って、よく考えれば一夏とセシリアの間にそれほどまでに接点は無かったではないか)

つまり、あかりが自分を止めた理由はそういうことか。
それを問いかけるような思いを込めた目をあかりに向けると、あかりは微笑みながら頷いた。
どうやらそう言うことらしい。

「あの、いったい何故謝っているのですか?」
「いや、決闘だなんだの騒ぎのとき、何だかんだで俺もイギリス馬鹿にしちゃってたからさ。セシリアが日本を馬鹿にしたことを謝ったんだから、俺もその事を謝らねぇと」

そういうと、一夏はいったん上げた頭を再び下げる。

「ほんとはもっと早めに謝りたかったんだけどさ、ほら、校庭10周やらパーティーやらでさ、どんどんとタイミングが……」
「ご愁傷様です……でも、別にお気になさらずとも結構でしたのに。元はといえばわたくしの不用意な発言が悪いのであって」
「いや、それでも馬鹿にしちまったのは事実だ。けじめはきちんとつけないと」

セシリアはそうやって自分に頭を下げ続ける一夏を見て、ふと呟いた。

「本当に、あかりさんの言ったとおりでしたわね」
「あかり兄?」
「ええ、何でも『不器用でいろいろ浅い部分があるけど、一本の芯は通ってる人間だ』とおっしゃっていました。それに、『何だかんだでいい奴だ』とも」

セシリアの言葉に、あかりの方を向く一夏。
迎え入れたのはあかりの笑顔だった。

「とにかく、もう謝らなくても大丈夫ですわ、わたくしも謝った、あなたも謝った。それでこの話はおしまいですわ」
「そっか……わかったよ、セシリア」

セシリアの言葉を聞いて、ようやく一夏が本格的に頭をあげる。
そこで、ふとセシリアはふと思い出す。
先ほど一夏に伝えた、『あかりから見た一夏象』の話で後一つ、あかりが一夏について言及していた事を思い出したのだ。
それを踏まえて、先ほどから気になってはいたがそれほど大事ではなかったためあえてスルーしてきたことを言及したら……おもしろいことになりそうだ。
セシリアの心の中でいたずら心がふつふつと湧き上がってくる。
そして、それをとめようともしなかった。

「ですが、驚きましたわ。まさかそれほど親しくも無いのに女性の名前をファーストネームで呼ぶなんて……」
「はぇ?」

セシリアに言われ、記憶を掘り返す。
そういえば、さっきまで俺は彼女をなんと呼んでいたか?

「そういえば、セシリアって呼んでたよね。それも敬称なしで、さも親しい相手に話すように」
「な!? あかり兄! 何言って……はっ!?」

ざわりと、背筋を何かが撫でていったような感覚が一夏を襲う。
一夏にとっては他意があったわけでなく、あかりがそう呼んでいるため自然とそう呼んでしまっていたというだけの事なのだが、その感覚を一夏に与えている元凶はそうは捉えてくれなかったようだ。
その感覚の発生源とは……篠ノ之箒。

「一夏……どういうことか詳しく聞かせてもらおうか?」
「へ? いや、聞かせてもらうって言われても、なんと言うか……」
「そうか、それほどまでに言いたくないか……」
「……明日への逃走!!!」

命の危険を感じた一夏が、箒に背中を向け駆け出す。
当然、それをみすみす見逃す箒ではなかった。

「待て一夏ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「だぁぁぁぁ!? 何でこうなるんだよぉぉぉぉ!!!?」

はるか向こうへと駆けていく二人を見ながら、セシリアはこう呟いた。

「……確かに面白いですわね」
「だろ?」

セシリアの言葉に、あかりが答える。
あの日、セシリアの見舞いがてらセシリアの心の内を聞いた日、あかりは一夏についていろいろ語っていた。
その内容は大体はセシリアが一夏に言ったとおりだったが、一つだけセシリアが一夏に伝えなかったことがある。
それは……

『一夏をからかうと面白い』

一夏からすれば、まったく面白くないことである。

「しかし、このタイミングでやるか……セシリアならそういうことはしないかなぁと思ったんだけどな」
「以前でしたら、やらなかったでしょうね。……たぶん、誰かをからかう余裕がようやく出来たということでしょうか?」
「はは、一夏はご愁傷様だね」

そうこう話しているうちに、二人は寮にたどり着く。

「それじゃ、また明日ね、セシリア」
「ええ、また明日」

そう言って先に寮へ入っていくあかりを手を振って見送りながら、セシリアも寮へと入っていった。

なお、一夏と箒は命を賭けた追いかけっこをしながら遠くへと行ってしまった。
千冬にばれたら二人とも出席簿による一撃を食らう事は避けられないだろう。


※ ※ ※


すっかり日が沈んだIS学園前に、一人の少女がいた。
その少女は肩にかけていたボストンバッグを地面に置き、闇にぼんやりと浮かぶIS学園の校舎を見る。

「ここにあいつがいるのね……私の事ちゃんと覚えてるのかしら? まぁ明日確認すればいいかしらね」

誰に言うでもなくそう呟くと、地面においてあるボストンバッグを肩にかけ、学園敷地内へとずんずん入っていく。

「さてと、事務室へ行けって、その事務室ってどこなのよ?」

手に持った紙は地図か何かであろうか、それと周りの風景を見比べながら、少女は歩を進める。
しかし、いっこうに目的地にたどり着かない。

「うぅ……なんでこんなに広いのよ! もっと狭くこじんまりと造れっての!!」

そう文句を言ったところで、目的地にたどり着けるわけでも無し。
しばらく少女は唸った後、誰か人を見つけたらその人に道を聞こうという結論にいたる。
そうと決まれば早速誰かと遭遇しなければ……そう思った矢先のことだった。

「お、関係者っぽい奴みっけ。あのー……っ!?」

早速見つけた関係者らしき人影に近づき、声をかけようとした瞬間、少女はすぐさま近くの木陰に隠れる。
そしてそっと顔を出し、それを見た。

「……すまないなあかり、無理を言ってしまって」
「あまり気にしなくてもいいさ。僕もそうしようと思ってたし」

少女が見つけたのは道の真ん中で会話をしている男女。
それだけならば彼女が隠れる理由としては弱いが、問題はその話している人物のうち、女性の方だった。

「あれって……千冬さん? 誰と話してるんだろ……?」

少女に見られているという事に気がついていないのか、二人はそのまま会話を続ける。

「でも驚いたな、こっちから頼もうとしたら逆にそっちから頼まれるなんて……一夏に代表を譲ってくれなんてさ」
「身内贔屓と軽蔑してくれても構わん。だが……」

自らをそう責める千冬を、あかりは手で制する。

「どうしても一夏に経験をつませたかったんでしょ? いいじゃないかそれで。むしろ一夏はもっと経験を積むべきだと思うね。少なくとも、自分の身を守れる力を得れるくらいの経験はさ」

先ほど一夏に何故代表を自分に譲ったのかと聞かれた際、目立つのは嫌だから押し付けたとあかりは言っていたが、それは嘘だった。
真相は先ほど本人達が語ったとおり、千冬が一夏に代表を譲るように頼んだのだ。
理由はあかりが言ったとおり、経験を積ませ、自らを守る力を持ってもらおうという物だ。
実戦に勝る稽古なしとはよく言うが、まさにその通りである。
その立場上、一夏とあかりはあらゆる存在から目をつけられている。
あかりの場合は、多少ならば身を守る事も可能だが、果たして一夏はどうか?
少なくとも箒に剣道で負けている現状では身を守る事すら難しいだろう。

「今この時期に一夏に専用機が与えられたのも自衛のため。でもその自衛のための力が使えないとなっては意味が無い。だから経験を積ませる……悪い話じゃあない」
「そうか」

あかりの言葉に多少安心したような表情を浮かべた千冬は、その後もあかりといくらか言葉を交わした後、その場を立ち去った。
それを見届けたあかりは、しばらく空を見上げた後寮へ向かって歩き出す。

一瞬、かの少女が隠れている木にちらりと目をやったが、声をかけるなどということはせず、そのまま立ち去っていった。

「……なんか、いろいろ聞いちゃまずそうな話を聞いた気分」

あかり達が完全にいなくなったのを確認した少女は、隠れていた木から出てきて、そう呟く。
自衛だなんだなど、どうにも穏やかではない。
そんな話を聞いてしまったという負い目から、結局彼らが立ち去るまで出てくる事ができなかったのだ。

「なんか幸先悪いわね……結局道聞きそびれちゃったしさ」

聞けなかったのでは仕方が無い。
そう割り切った彼女は再び人を探すために歩き始めた。

なお、しばらく歩いた後、警備員と出会う事ができた彼女はその警備員から道を聞き出し、何とか目的地にたどり着く事ができた。



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