--鈴が泣いていた。

一夏の頭を占めているのはそのことだけだった。
一夏はあんな顔をして泣く鈴音を知らない。
知らないから、未知のものだったから、驚いて、動けなくて……
何かしなきゃいけなかったのに、何も出来なかった。
何で泣いたのか詳しいことなんて分からなかった。
ただ、自分が鈴音を悲しませたという事くらいは一夏にも分かる。
自分が泣かせたという事実が、一夏に重くのしかかる。

誰かを泣かせるような奴になりたくなくて、だから強くなろうと思ったのに、これでは本末転倒だ。
千冬姉が俺が泣きそうな時、いつも支えてくれてたように、誰かが泣きそうなときに支えれるために強くなりたかったのに……

「くそ……っ!」

--こんなザマでは、俺は弱いままじゃないか。

自分のふがいなさに、一夏は歯噛みした。


※ ※ ※


一夏と鈴音のすれ違いから数日、一夏は何とか持ち直したようだ。
もっとも、あくまで持ち直しただけであり、立ち直ったわけではない。
その事を把握していながらも、しかしあかりは何も言わない。
何も言えないのだ。
こればかりは当人達の問題なのだから。

「……ぐはっ!?」
「一夏!?」

とはいえ、模擬戦の途中だろうが関係なく意識をどこぞに飛ばしてしまうとなるとさすがにほおっておくことは出来ない。
今も、刃鉄の空打による加速を乗せたあかりの一撃をよけようともせずに真正面からもらった一夏を見て、あかりは一夏に近づく。

「一夏、今日はもうやめようか? そんな状況で模擬戦しても、身につく物もつかないよ」
「……大丈夫、まだやれる」
「変なところで頑固なのは変わらない、か」

あかりが視線を一夏からはずし、右に移す。
そこにいたのはあかりと一夏の模擬戦の邪魔にならないようにアリーナの観客席に居るセシリアと箒。
あかりの視線は箒に向けられていた。
箒はあかりの視線にこめられた意味を理解し、そして軽いため息をつきながら首を横に振る。
つまり、打つ手無し。
どうしたものかとあかりも箒に釣られてため息をついた時、アリーナのシャッターが開き、そこから一機のISが入ってくる。
ワインレッドと黒を主体としたカラーリングが施されたそのISを纏っているのは……

「……やっぱ抱え込んじゃってるか。まぁ私にも半分くらい原因あるんだけどね」
「君は……鳳鈴音さん?」

鈴音だった。
鈴音はあかりに軽く頭を下げて挨拶をすると、そのまま一夏の前にやってくる。
一夏は一夏で、何かを言おうとしているのだが、何を言えばいいのかが思いつかず、結局何もいえないようだ。
そんな様子の一夏を見て、鈴音は大きなため息をつく。

「あのさぁ、そりゃいきなり平手打っちゃったし、そう考えればこっちにも若干責任あるかなぁとは思うけどね……何なっさけない顔してるのよ一夏!」
「鈴……」

一夏の眼前に装甲に包まれた指を突きつけ、鈴音はそう言い放つ。

「第一、ああなったのはアンタが約束の意味履き違えてたからでしょうが! そのことで反省してるならいざ知らず、なんかわかんないけど落ち込んでます? ふざけるのも大概にしなさいよね!?」
「ふざっ……!? お、俺はふざけてなんかねぇよ! 第一、約束の内容あれじゃなかったのかよ!?」
「むしろあれであってると思うなアンポンタン!! 普通に考えてあんな約束するか!!」

互いに大声で叫びあい、やがて肩で息をし始める二人。
しばらく二人の荒い息の音が続き、そして一夏が先に呼吸を整えた。

「……その……約束間違っててごめん」
「謝るのはいいんだけど、思い出したの? 本当の約束の内容」
「それは……」

鈴音の切り返しにしどろもどろになる。
その様子を見て、鈴音は先ほどよりも小さなため息をつく。

「ま、別に約束のことはもう気にしなくていいわよ。さすがにああ言われた直後はふざけるな! って思ったけど、あんたの事だしね、約束なんてきちんと覚えてないとは思ってたのよ」
「さり気にひでぇ言い草だな」
「実際きちんと覚えてなかったじゃない。ま、あの約束は私も遠まわしな言い方だったなぁって反省してるし、あんたもそんなに気にすんじゃないわよ」
「そいつは無理なんだが……」

そう言い返してくる一夏に、それも予想済みだったのか、鈴音がやれやれと首を振る。

「あんたのその変に律儀なところ、変わんないわねぇ。そこまで言うなら、考えないことも無いわ」

そこまで言うと、鈴音はその手に自らの武装を呼び出す。
呼び出されたのは人が扱うそれとはあまりにもサイズが違う、大型の青龍刀、双天月牙。
その切っ先を一夏の鼻先に突きつけ、鈴音は言葉を続ける。

「次のクラス対抗戦。私に勝ってみなさい。それがあんたに与える罰よ」
「鈴は二組だったか……代表は転校してくる前に決まってたはずだったけど」
「ああ、あれ? 私がどうしてもって頼み込んだら快く譲ってくれたわ」

そういいながら浮かべるのは、非常に裏を感じさせる笑み。
お前はいったい何をしたんだ、と外野の心が一つになった。

「まぁ私は気にしてないけど、あんたは形ある罰もらわないと納得しないでしょ? 代表候補の私に勝つってかなりの苦行よ? 罰にはもってこいだとは思うんだけど、どう?」

その問いに、一夏は答えない。
一夏は俯いており、その表情はうかがい知れなかった。

「ま、少しでも負けちゃうかも知れないって思ったならやめときなさい。この案に乗っても乗らなくても私が気にしないってのは変わらないわけだし……」
「……やってやるよ」

一夏が顔を上げる。
その顔は、今までのように心ここにあらずといった表情ではなく、まっすぐと目の前の鈴音を見据えている、意思のこめられた表情。

「そうだな、謝罪のために……何より自分が納得するために、その案に乗ってやるよ」
「へぇ……いい顔に戻ったじゃない」
「ああ、もうぼけてる場合じゃないからな! セシリア! 次の模擬戦の相手頼む! その次は箒だ!!」
「急にいつも通り……いえ、それ以上になりましたわね、あなたは」
「まぁ、いつまでもうじうじとされても気が滅入るだけだろう? セシリア」

善は急げと観客席のセシリアと箒に向かってそう叫ぶ一夏。
セシリアは様子の変わりように半ばあきれながらも立ち上がり、模擬戦の誘いに乗る気は十分なようだ。
そして、それは箒も同様なようで、セシリアの次に控えている自分が相手の模擬戦のため、打鉄を借りに観客席を後にした。

その間あかりは何をしていたかというと、鈴音と何かを話していた。

「ゴメンね、一夏が悪いんだろうに余計に君の手を煩わせちゃって」
「別に気にしてませんよ。昔から一夏ってああいう奴でしたし」

そういって、セシリアとの模擬戦に入ろうとしている一夏を見ながら、鈴音は目を細めた。

「昔っから、唐変木で朴念仁で、人の気持ちなんかろくすっぽに察知できないくせに、変に真面目で優しくて、弱いくせにどこか強い奴でしたから。今回も変に受け止めてるんだろうなぁと思って、発破かけちゃいました」

そう言っている鈴音の表情は、どこかまぶしいものを見つめているかのような表情であった。
あるいは、大事な宝物を見るような表情だったのかもしれない。

「でも、出来れば約束はちゃんと憶えてて欲しかったかなぁ」
「約束って、『酢豚を奢る』って一夏が言ってたけど……?」

あかりの言葉を聞き、鈴音は苦虫をかみ締めたかのような表情に変わる。
先ほどはああいったが、やはりまだ完全に気にしていないという訳ではないらしい。

「実際はそんな意味じゃなかったんですよ。でも、あいつはそう取っちゃったみたいで……『奢ってやる』じゃ無くて『食べてくれる?』だったんですけど」
「……つまり『私の酢豚を食べてくれる?』って事か。……えっと、もしかしてそれって、日本で言う味噌汁のあれ?」
「あれです」

それを聞いて、あかりも苦虫をかみ締めたような表情になる。
しかも鈴音よりも多くの苦虫をかみ締めたかのような表情だ。

「額面どおりに取っちゃったから『奢ってもらう』になっちゃったんだね」
「あ〜あ、何でちゃんとストレートに言わなかったんだろ、あの頃の私」

とりあえず模擬戦が始まったため、そのままアリーナに居れば危険なので二人は先ほどのセシリアや箒のように観客席へと移動。
そこで一夏の模擬戦の様子を苦い表情で見つめていた。


※ ※ ※


そしてクラス対抗戦の当日。
一夏たちは例の如くアリーナの一室にいた。
一夏はといえばやる気は十分。むしろ今すぐにでもアリーナへと飛び込んでいきそうなほどだ。
数日前までの虚脱状態が嘘のようである。
とはいえ、若干興奮しすぎな感じにも受け取れる。

「一夏、そんなにそわそわしなくてもいいだろう? 落ち着け」
「っと、わりぃ箒。でもそう簡単に落ち着けなくてさ」

いったい数日前のあの状況は何だったのだろうか?
あかりやセシリア、箒は今の一夏を見てその思いしか出てこない。

いっそ早く試合始まらないかなーと三人が半ば本気で思い始めた頃、部屋のモニターに飛び出してくる鈴音の姿が映った。

「ほら一夏、始まるよ! カタパルトに乗った乗った」
「おう! 行って必ず勝って来るぜ皆!!」

結局最後までハイテンションだった一夏を見送り、そこでようやく三人が安堵のため息をつく。

「いやね、あのまま虚脱状態なのも困りものだったけど……」
「まるで遠足前の小学生そのものではないか、あれでは……」
「何もしてないわたくし達がすでに疲れ果てましたわ……」

モニターを見れば、鈴音に雪片弐型を突きつけ、何かを言っているであろう一夏。
その顔には不適な笑みが浮かんでいる。
それに答えるのは、こちらも不敵な笑みを浮かべる鈴音。

そして、試合開始の合図が出された瞬間、二人の手にある刃がぶつかり合った。


※ ※ ※


意気揚々とカタパルトを飛び出した一夏は、そのまま鈴音の前まで移動する。
その速度は以前の授業中とは段違いに速かったが、やはり未だに習熟した者よりは遅いといった速度だ。
本人曰く、どうにもイメージがはっきりとしないらしい。

「来たわね?」
「おう、待たせたか?」
「全然」

まるで遠出の待ち合わせをしていた男女のように、軽いノリで交わされる会話。
しかし、二人の目に宿るのは隠しきれない闘志。
そう、これは遠出の待ち合わせなどでは決して無い。

一夏がその闘志を解き放つと同時に、その右手に雪片弐型を呼び出す。
光の粒子が集まり、やがてしっかりと顕現したそれを、一夏はしっかりと握り締める。

「勝たせてもらうぜ?」

当然、鈴音は一夏よりも早く戦闘準備を終えていた。
その手に持つのは双天月牙。
しかし先日と違うのは、それが両手に現れたということ。

「げ、それ二つあんのかよ」
「なにせ『双』天月牙だしね。それに、そう簡単に手札を公開してもらえると思ってた?」
「それもそうか」

そして、互いに互いの得物を突きつける二人。

「ねぇ一夏、手加減、してあげよっか?」
「はっ! どうせ雀の涙ほどだろ? それに、そんなんで勝っても意味ねぇよ」

もう、二人に言葉は必要ない。
今二人に必要なのは、尽きることなき闘志と……

『それでは、試合開始!!』

鋼と鋼がぶつかり合う音だった。

「っ! 今のを防ぐなんてね!」
「まだ最初だろ!? これで終わったら情けなさ過ぎる!!」
「そ。じゃあ、これはどうかしら!?」

鈴音はそう言うと、手に持った双天月牙の柄を連結させ、両剣として扱い始める。
時に振り回し、時に斬激を受け、時には再び二つに分割し多方向からの攻撃を与える。
変幻自在の攻撃に、しかし一夏はなんとか食らいついていた。
さすがに無傷とは行かなかったが、それでもダメージは極めて少ない。
そしてそれどころか、攻撃の合間を縫って鈴音に攻撃も加えていた。
直撃ではなく、あくまで少しずつ削るような攻撃の積み重ね。
それは確かに鈴音にダメージを蓄積させていった。

「やるじゃない! こりゃ私も気を引き締めないと、ねっ!?」
「がっ!?」

しかし、急に一夏が何かに殴り飛ばされたかのように鈴音から距離をとる。
そして白式のシールドエネルギーも、先ほどまでと比べ明らかに減少していた。

「くそっ! いったい何が……!?」
「ぼけっとしてたら狙い撃ちよ!!」

再び一夏を襲う衝撃。
しかし、鈴音が何か特別な動作をしたわけでもなく、いったい何で攻撃されているのかが把握できない。
だが、鈴音は先ほどミスを犯していた。
『狙い撃ち』と大声で言ってしまったのだ。
つまりこれは『目に見えない何かが撃ち出されている』ということ。
一夏はそれがどこから撃ち出されるのかを見極めるため、鈴音が纏うIS、甲龍をざっと見回す。
そして目に付いたのは、甲龍の肩部からやや離れて存在している非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)
それ自体が一種の鈍器として扱えるのではないかと思えるほど巨大で、鋭い棘のような部位を持つそれは、中央に存在する巨大な瞳のような穴を常にこちらに向けている。

「そいつか!」
「あちゃぁ、ちょっと調子に乗りすぎちゃったか。このまま押し切れると思ったんだけどなぁ。お察しの通り、これが手品のタネって訳。でもね……」

白式のハイパーセンサーが警告を発する。
それはある範囲で空間が異常な圧力を受けているというものだった。
一夏は背筋に走る悪寒から逃げるように、その場を移動する。
先ほどまで一夏がいた場所を何かが通り抜けていき、そのまま背後の壁にぶつかった。

「燃費と安定性を重視した甲龍はこの不可視の弾丸をばら撒いたりも出来るわけ。ただでさえ見えないものを多数ばら撒かれたら……対処のしよう、ある?」

一夏の頬を冷や汗が一筋伝う。
鈴音の言うとおり、いくらタネが分かったところで対処できなければ意味が無いのだ。
自分に問いかける。出来るのか?
ISに触れて一ヶ月ちょっとの自分が、できるのか?

自問自答の答えは、なんとも自分らしいものだった。

「対処は……やってみるしかないだろ」

少なくとも、そうすれば諦めてしまうよりかは可能性は生まれるのだ。
後はそのわずかな可能性を自身が掴み取れれば、それでいい。
そう、やる前から諦めてなんかやらない。
憧れるあの人が、こんな状況でも決して諦めないだろうから。
諦めてしまえば、そこで本当に詰んでしまうから。

「やる前から諦めるのはやめにしたんだ。あかり兄みたいに、とりあえずやってみる!」
「上等!」

一夏の気迫に答え、鈴音が肩部非固定浮遊部位から不可視の弾丸を放つ。
一夏が鈴音に一撃を与えるためには、その不可視の弾丸を潜り抜けなければならない。

放たれた弾丸を白式の警告に従いよけた……つもりだったがやはり完全には避け切れなかったようで、直撃ほどの被害は無かったものの白式のエネルギーが削られていく。
しかし、一夏は止まらない。
衝撃砲がかすった際に多少姿勢を崩したものの、それでもしっかりと鈴音を見据え、まっすぐに鈴音へと向かっていく。

「肉を切らせて骨を断つつもり!? そう簡単に……!」
「行くなんて思ってるわけ無いだろ!?」

瞬間、白式の速度が明らかに上昇。
その速度は白式の姿が一瞬ぶれて見えるほどだ。

「っ!? 瞬間加速(イグニッション・ブースト)!?」
「そう簡単に手札を後悔するわけ無いだろ? 切り札ならなおさらだ!!」
「こんのぉ!!」

それは、本当に偶然だった。
あかり達との模擬戦の際に感じた、自身の挙動に対する一瞬の違和感。
それについてセシリアに尋ねたとき、一夏はその切り札の存在を知った。

スラスターから放出したエネルギーの一部を再び取り込み圧縮、そのエネルギーを解放することにより超加速を可能とするその技術、すなわち瞬間加速。
訓練中は成功させることが出来なかったそれを、一夏はここ一番というタイミングで成功させることが出来た。
それは、やはり世界最強の弟が持つ天性の才故か、はたまた別の要因か。

一夏が瞬間加速で鈴音に迫る最中も、鈴音は龍砲を撃っていた。
しかし、そのほとんどはかわされるか、あるいはかするかという末路をたどった。
それほどまでの速度で、ついに一夏が鈴音に肉薄する。

「うおおおおおおお!!」
「はあああああああ!!」

龍砲での迎撃を諦めた鈴音は、その手に持った双天月牙で一夏の雪片弐型を迎え撃つ。
そして、試合開始直後の焼き増しのように、互いの刃がぶつかり合うかといった瞬間だった。

『アンノウン接近』
「「っ!?」」

二人のISがまったく同じタイミングで同じ警告を発する。
それに答えたかのようなタイミングで、『それ』はアリーナのバリアを突き抜けて、アリーナの地面に落ちて来たのだった。



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