「エヴァ、やはり計算通りカートリッジシステムを用いれば呪いを解呪できる可能性が高いぞ。
まあ、かなり力技になるので魔法使い達に知られる可能性が高い点をどうするかだな」

葉加瀬 聡美と超 鈴音の二人の協力で完成した私の新たなパートナー……インテリジェントデバイス シュツルムヴェレン。
その意味は陣風、もしくは疾風と読む。
未練とも思えるが、決して忘れたくない思いがこの胸に今もあり、これからもこの思いは消える事無く存在するだろう。
この世界には無い材料に関しては次元転移で他の次元から集めてきた。
『夜天の書』の資料が私の記憶の中に残っていたので蒐集機能を持たせる事が出来たのは運が良かった。

「で、出来るのか!?」
「理論上はな……この都市を支える電力以上の魔力を使えば……強引に振り解ける」
「それは私も考えたが……それだけの魔力を何処から集めるというのだ?」
「カートリッジシステムを使う」

エヴァンジェリンの前に一つの銃の弾丸のような物を置いて説明する。

「ベルカ式の魔導師が好んで使った戦闘用のブーストシステムがこのカートリッジだ。
これに魔力をチャージして戦闘時に魔導師が使う」
「ふむ、これを大量に使用して、この都市の電力以上の魔力を集めるというのか?」
「そうだ。時間は掛かるが少しずつ蓄積して、解放するのが私の考えたプランだ」

カートリッジを手に取って尋ねるエヴァンジェリンに私は告げる。

「膨大な魔力を集束させるので、その際には幾つかのデバイスに制御をさせる予定だ」

私一人でも出来ると思うが……万が一に備えたいので多少の技術を超 鈴音達に渡す事にしよう。
少々厄介な人物だが、馬鹿ではない。与えた技術を表に流出させる事は無いと判断する。
何か計画しているみたいだが、必要なら協力を要請してくると思われるので、今は知らないふりで学園長に報告しない。
……というか、あの人物は苦手であり、好きになれないのだ。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 二時間目
By EFF




この地に滞在する事を決めてから二ヶ月が過ぎた。
フリーランスという立場で関東魔法協会の一員にはならずに一回毎に契約する形で私は雇われ警備員をしている。
正直、関東魔法協会と関西呪術協会との抗争をエヴァンジェリンから聞いて、どちらかに所属する気が失せたのだ。
変に実力を見せると貴重な戦力扱いされそうだし、利用されそうな気がした。
エヴァンジェリンが学園長と呼ぶ人物を見た時、怪しげな人物だったからというのも否定できない。

「……人間ですか?」
「……酷い言われようじゃの」
「一応人間だぞ……多分

エヴァンジェリンの多分という言葉が妙に引っ掛かっていたのは内緒だ。

(人外の生命体と人間のハーフ? いや、まさかな?)

エヴァンジェリン――いや、一々長ったらしい呼び方をするなと言われ、エヴァと呼ぶくらいになった頃、学園長から一度面会したいという話があったので学園 長室に来た。
獣人やらは使い魔の類を見ているし、自分も元は人間ではなかったので多少の耐性はあったが……途惑った。
魔法は公にせずに秘匿しているらしいのに、堂々と人外の者が責任者というのは何なんだと思ったが。

(この世界の魔法使いというのは脇が甘いのか?)

侮るわけではないが、疑問ばかりが積もっていく。
魔法を秘匿するのであれば、外界との接触は必要以上に避けるべきなのだ。
なのにNGOだったかNPOだったか、ボランティアという形で善意で人に奉仕するという活動を行う。
この都市の警備にしても、魔法先生や魔法生徒と言われる者達は無報酬で警備に参加しているのも眉を顰める。
時に命のやり取りをするのに、修行の一環と考えるのはどうかと思う。
きちんと報酬を受け取って、自分の装備や道具の拡充を行ったり、万が一死んだ時の為に家族の生活保障を考えるべきなのだ。

(ここにいる連中はお人好し過ぎる。それとも私の考えがおかしいのだろうか?)

平和な時間とは次の戦いの為の準備期間のようなものだと私は考える。
これは人をあまり信じていない私の考えだが、人の醜さは嫌というほど知っているので考えを改める気はない。
無論、信頼できる人間も居る事は知っているが……そういう人間は少数なのだ。

「で……魔法による探査は終わったのか?」

私の言葉に近衛 近衛右門の眉がピクリと跳ね上がる。

「まあ信用されていないのも理解しているが、露骨にされるといい気分じゃないな」
「ホォホォホォ、すまんの。なにぶん異世界からの来訪者など初めての事じゃからの」

正体不明の異世界人などを安易に信じないのは感心するが、露骨に目の前でやられるとうんざりする。

「ところで今後どうするのかね?」
「エヴァのところで、こちらの一般生活というものを学ぶ。
何故なら、私の常識とこの世界の一般常識の違いを知る必要があるからだ。
魔法という物を表に出して良いのなら、この地を去るつもりだが」
「……私は構わんぞ。どうせ暇だし、弟子を取ったつもりで教育するさ」
「いい加減な魔法使いも居るので、私が自由に行動しても構わないだろう?」
「そうだな。私に呪いを掛けて、丸投げで放り出した馬鹿野郎もいる事だし」

エヴァの嫌味に学園長の額に汗が浮かんでいる。
ナギ・スプリングフィールド――魔法界では英雄みたいだが、エヴァの話を聞く限り……ただのバカにしか思えない。
長い呪文の詠唱にアンチョコが必要な魔法使いなど、未熟者としか思え ない。
強大な魔力を持っていても、ベルカの騎士には絶対になれないなと私は判断していた。

「ふむ、とりあえず任せる事にするかの」

若干冷や汗らしき物を浮かべながら学園長はどうしようかというポーズを取っている。

「ああ、そうだ。置いて貰う以上、依頼があれば警備の仕事をしても構わないぞ」

妥協点みたいに、そちらの仕事を引き受けてもいいと言外に告げる。
どう取り繕っても仕事をさせる気があるのなら、先に条件を告げるほうが楽だ。

「……魔法協会に入る気は?」
「ない。魔法使いという者がいい加減な存在だと思えて仕方がない。
それに私は魔法使いじゃない。魔導師、もしくはベルカの騎士だからな」

きっぱりと拒絶の意思を告げる。
危機管理の甘い連中と付き合う気はないし、自分が持つ技術や魔法体系を仕事以外で安易に見せる気もない。

「……しかたないのぉ。フリーランスという事で仕事をしてもらうか?」
「ボランティアで仕事をする気はない。等価交換、きちんと報酬を出してもらえば、文句は言わない」
「では最初の一回は戸籍を用意する事で良いかの?」
「……承知した」
「仕事内容は学園の警備じゃ。こちらが用意する人物と協同で夜間警備を指定の日にお願いする。
なお報酬は一回毎に出すので、その都度、契約する事で構わんかの?」
「……はい」

強かだと思う。おそらくエヴァ以外の人物を当てる事で私がどういう人物かと調べる気なんだと判断する。
互いに手札を隠しながらの腹の探り合い。
だが、こちらのほうが先手を取ったのは間違いない。

(私が持つ魔法を見たいのだろうが……そう簡単には見せんよ)

エヴァには申し訳なかったが、事情を説明して蒐集に付き合ってもらった。
二、三日寝込む事になったが、エヴァに掛けられた魔法式の解析も順調に出来たし、エヴァの使用する魔法体系も理解できた。
おかげで魔法使いというものに幻滅もしたが。
見た限り術式も無茶苦茶で……常識を疑いたくなるような呪いの掛け方だと思った。
絡みつくようにさまざまな術式が無分別に混成されていたので、一つずつ解呪するという手段は取れない。
同時に全てを解呪するという非常に面倒で、ある意味解呪不能とも思えた。
如何にエヴァが多くの犯罪行為を犯していたとしても、これはやり過ぎだろうと考える。
中学生として学校にエンドレスで登校させ、三年が過ぎれば初期化されて、クラスの者達の記憶からも消されてしまう。
抵抗出来る魔法関係者のみが彼女の事を忘れずにいるが……ハブにされた状況では囚人にすぎない。

(悪意が無かったと言えど、善意から始まる悪意という物と変わらんよ)

少々捻くれているが、エヴァは悪い人物ではないとリィンは感じている。
犯罪行為をしても、人としての最後の一線だけは踏み越えていない。
この世界での判断基準はリィンにはまだ分からないが、永遠にこの地に閉じ込める気なのかと問いたい。
そして、いい様に扱き使う気なのかとも尋ねてみたかった。


リィンフォースと魔法使い……両者の間に相容れない溝のようなものが出来た瞬間だった。






喰えない人物である学園長との面談を終えて、アルバイトという形でこの学園都市の警備を行う。
収入は無いよりも有ったほうが良い。
デバイスの開発に掛かった費用は超が出してくれたが、代わりにこちらの技術を与えた事になるので問題が起きる可能性もある。
技術の流出は争いの火種になる事が多い……出来える限り秘匿したいと私は思っている。
魔法を使う瞬間を見られても、異なる術式ゆえに知識がなければ理解できないし、複製も出来ない。
エヴァのおかげでこちらの世界の魔法を理解できる機会が出来た。
彼女にすれば、自分の呪いを解くために私にこの世界の知識を与えているだけかもしれないがそれでも構わないと思う。

「……こういう嫌がらせだけは気に食わないがな」
「我慢するんだな……見掛けが中学生なんだ、街中を歩けば補導されるぞ」

年齢だけなら、私とエヴァはそう変わらないかもしれないのに……中学生を演じなければならない。
いい大人である私がなんで今更という感情がどうしても出てしまう。

(クソジジイが……学園長室にディバインバスターを、いやラグナレクでも撃ち込むか?)

礼節を重んじるベルカの騎士にあるまじき考えだが……それ以上の怒りが私の中で渦巻いている。
麻帆良学園中等部2−A組、このクラスの異常さは何なのか問い詰めたくなる。
吸血鬼であるエヴァを筆頭に問題児ばかりを詰め込んだクラス編成には苛立ちを感じている。

「あのジジイは弾薬庫で火遊びするバカなんだな?」
「……否定はせんよ」

エヴァの隣の席に座りながら、出来る限り無関係でいたいと考える自分は絶対に間違っていないと思う。

超 鈴音――未来から来た火星人らしい(まあ私も異世界から来たんだからあれこれ言う気はない)
桜咲 刹那――人とおそらく獣人のハーフかと思われる(守護獣やら使い魔が獣人の形態を取るので気にしないが)
相坂 さよ――座らずの席に漂っている念積体(幽霊も見た事はあるので気にはしない)
葉加瀬 聡美――マッドサイエンティスト(個人の趣味をどうこう言う気はないが……爆発イベントはやめた方が良いぞ)
絡繰 茶々丸――エヴァの従者でありながら、極めて常識人という奇跡とも言えるガイノイド(エヴァには勿体無い従者だ)
春日 美空――力量はまだ見ていないが、やる気のない魔法使い見習い(どう評価するべきか……悩むな)
長瀬 楓――本人は否定しているが、忍者であろうと思われる(ござるって……まあ、良いけど)
龍宮 真名――職業殺し屋?(つまり私が何かしでかした時は……始末させるのか?)
近衛 木乃香――あのジジイの孫だが全然似てない。ただ膨大な潜在魔力があるのは気に掛かるが(あのジジイとは血縁でない人物の遺伝子の勝利なんだな……見事 だ)

私を含む32名中11名……三割を超える人物が曰く有り気なので非常に不安だ。
何かの切っ掛けで確実に火が点いて……爆発する予感がする。
この手の予感だけはいつも的中するので厄介だ。
「ほぉ、ほぉ、ほぉ」と高笑いしているジジイを想像して、本気で魔法使いがダメな存在だと確信する。
魔法の隠匿を叫びながら……トラブルメイカーを一箇所に集めるなど、イカれているとしか言えない。

「嫌がらせに近衛 木乃香をイジメても良いか?」
「それは止せ。ジジイと敵対する事になるぞ」
「私の魔法を使えば、学園全体を廃墟に変えられるぞ」
「……意外と過激な奴だな」
「この状況下は耐え難いものがある。一触即発……弾薬庫で落ち着いてはいられない」
「耐えて下さい……マスターの為に」

茶々丸の説得に渋々応じる。
料理をした事がない私にとって彼女が作る食事は重要だ。
以前は食事などしなくても大丈夫だったが、今の身体では食べないと倒れてしまう。
ある意味、エヴァ同様に私も茶々丸に生命線を握られているのかもしれない。
対策としては、時間がある時に四葉 五月の元で料理を教わる事にした。
このクラスでエヴァが唯一敬意を払っている彼女から料理を学ぶのが一番だと判断した。
その代わり「超包子(チャオパオズ)」で手伝う事が条件だが問題ない。
食事というものは空腹を満たせば良いと思っていたが、此処に来て考えを改めた。
美味しいご飯は心を豊かにすると確信した。
そう考えると主はやての作るご飯を食べていた守護騎士達が羨ましい。

(主はやての手作り料理……今になって未練が出てきた。
もう何日か遅らせて食べてから逝くべきだった……)

私にとって、究極のメニューになる筈だったご飯を食べ損なった事は忸怩たる失態だ。

(いや、還る手段を得れば……あの理想郷に 辿り着ける!!)

この地に来て、ようやく目的がはっきりと見えてきた。
主はやての笑顔と共に私の前に置かれる手料理。
頭の中での想像とはいえ、私の心を大きく奮い立たせる理想郷がある。

「どうしたんでしょうか?」
「……気にするな。いつもの事だ」

トリップしている私を呆れた様子で見つめるエヴァ。
茶々丸は心配そうに見つめている。

「リィンちゃん……またトリップしてるよ」
「よほど食生活が貧しかったのね」
「うん、うん、美味しいご飯は力がつくアルネ」
「エヴァちゃん、美味しいもの食べさせるんだよ」
「……そうだな」

クラスメイトのかわいそうな子を見る視線に気付かないまま、学園生活が流れていく。
腹ペコナイト(騎士) リィン――非常に不本意なニックネームが私に付いてしまった。
自己紹介の時に、ベルカの騎士と口走ったのが原因だった。



夜の学園を歩くのは嫌いではない。
この時間こそが最も私にふさわしい時間だと常々感じている。

「こんばんわ、ガンドルフィーニ」
「こんばんわ、リィン君」

今日のパートナーはガンドルフィーニか……内心でため息を吐きながら残る二人にも挨拶する。

「こんばんわ、高音、愛衣」
「いつも言ってますが、私のほうが年長者なんですから高音さんと言いなさい」
「こ、こんばんわ」
「それに関しては、同じ事を繰り返すようで悪いが見掛け通りに見るな。
私のほうが高音よりもはるかに年上なんだから、敬意を払うように」

私の視線と高音・D・グッドマンの視線が火花を散らす。
高音の隣に立っている佐倉 愛衣は次第に険悪になっていく私達の空気を感じて、おろおろと焦っている。

「大体だな、見習い魔法使いと現役の魔導師と同格に扱われる事自体が腹立たしい」
「なんですって!」
「黙れ、脱げ女」

金切り声を上げそうになった高音を一気に黙らせる言葉を口にする。
脱げ女――操影術を過信して敗北して丸裸になった高音に付けた渾名。

「下にきちっと服を着れば良いものを……」
「あれはっ!」

自身の失態を思い出して真っ赤な顔になっている。

「それとも、そういう趣味なのか?」
「断じて違います!!」
「その歳でストーリーキングはやめた方が良いぞ。
まあ、新しい世界が見たいのなら何も言わんが」

エヴァの家に居候していると聞いていた高音は初めて会った時に突っ掛かってきた。
売り言葉に買い言葉というわけではないが、友人を貶める発言を聞いて黙っていられるほど寛容ではない。
巡回後にガンドルフィーニ立会いの下で手合わせして、勝っただけの事だ。
その際に気絶すると術の効果が無くなり、黒衣の服が消滅するという欠点を暴露した高音が悪い。

「この腹ペコナイトが!」
「腹ペコナイト言うな! 脱げ女!!」
「ふ、二人とも落ち着いて―――っ」
「……よさないか、二人とも」

おろおろとしている愛衣に仕事する前から疲れきった顔をしているガンドルフィーニ。

「それとも少しは強くなったのか?
まさかと思うが、感情的になって戦いを挑むようなら手加減せんぞ」

この一言で激昂していた高音が沈黙する。
前回の戦いでは高音の攻撃は一つも私に届く事無く……一撃で沈んだのだ。

「非殺傷設定……外して本気で戦ってやろうか?」

ベルカ式、ミッドチルダ式の両方にある非殺傷設定。
エヴァの魔法を覚えて、最初に改良したのがこの点だった。
安全面を考慮した設定で、説明を聞いていたエヴァも呆れと感心の二つの感情を見せていた。
この世界の魔法にはこの設定が無く、いつも殺し合いの延長だと知って魔法使いの未熟さを感じていた。
武装解除の魔法があるみたいだが、それ以外の方法では最悪死ぬ事もある。

「そんなに殺し合いがしたいなんて魔法使いというのは本当に賢き者なのか?」
「そんなわけないでしょう!!」
「だったら考えろ! 自分達が使う魔法が如何に危険な事なのかを!
魔法を隠匿したいのなら、安易に使用するな」

"偉大な魔法使い"を目指している高音に忠告する。

「お前が理想を唱えるのは構わんが、それを私にも押し付けるな」

はっきりと告げる私の声に高音は不服そうな顔をしながらも黙り込む。

「お互いに譲れぬ一線があるのは理解出来るだろう。
お前は"偉大な魔法使い"になるのが理想だが、私はそんな物に興味は無い」
「何故ですか?」
「私の友人に呪いを掛けておきながら、ずっと放置しているのが偉大な魔法使いだからさ。
如何に犯罪者と言えど、三年毎に友人の記憶を消されて居残りさせ続けるのは苦痛だろう」

その一言に高音は顔を顰めている。
高音はエヴァの元後輩だから他の友人の今の状況を正しく把握している。

「ある日突然、三年間付き合いのあった友人から見知らぬ人扱いされるのがどれほど辛いか考えた事はあるか?」

愛衣も聞いていたガンドルフィーニも答えられない。

「この十四年、合計四回も同じ苦痛を味わったのにまだ責めるとは……魔法使いというのは非道な連中だな」

俯く三人に背を向けて巡回に出る。

「あなたはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが怖ろしくないんですか?」

背後から高音の声が私に届く。

「別に怖くないさ。私が恐れるのは人の醜い欲望だけさ」

そう本当に怖いのは人の際限ない欲望だけだ。
人は自身の欲望を制御できない方が多い。
魔道書『闇の書』を手にしたマスターも最初から欲に流されたわけではない。
巨大な力を手にしたと自覚してから……狂ってしまったのだ。

「高音、お前の潔癖症は諸刃の剣だ。
お前の理想と現実がズレた時、お前は現実を否定して狂うだろう」
「……随分な仰りようですわね」
「現にお前は理想を私に押し付けた。
理想を叶える為に如何なる犠牲も構わないと否定出来るのか?
真面目な人間ほど、極端に傾く。そういう人間を何度も見たし、その末路もこの目で見た」

自分は間違っていない。自分こそが正義と叫びながら、人々に悪の魔導師と言われて自滅したマスターもいた。
始まりは善意から出たものが、押し付けになり……疎まれた。
余計なお世話だろうが、こうして共に戦う以上は忠告の一つもしても良いだろう。



この人とは会う度に口論になってしまう。
私よりもはるかに強力な力を持ちながら……魔法使いを否定する。
あの怖ろしい真祖の吸血鬼を恐れずに友人と言い、この地に封じた偉大な魔法使いを蔑む。
ガンドルフィーニ先生経由で事情は聞いている。

事故で異世界からきた魔導師。

私達とは異なる魔法を使える魔法使い。

しかし、今までその力を一度も見ていない。

仕事で使った魔法は私達と同じ魔法。

それでも私よりも強く、実戦慣れしている。

「お姉さま、参りましょう」
「……そうね」

何も出来ずに負けた事で苦手意識ばかりが出て、どうしても素直になれない。
理想と現実のギャップは理解しているが、ああもはっきりと言われるとカッとなってしまう。
偉大な魔法使いになるのが私の夢だが……こうも否定されると考えてしまう。

(魔法を秘匿する……コソコソと動き回って世界に役立つ存在が立派なのだろうか?
彼女の居た世界では魔法を使う事は公の物らしい……この世界が歪なのか、それとも彼女の世界が歪なのか?)

魔法は素晴らしい物だと思ってきた。
だからこそ、偉大な魔法使いを目指して頑張ってきた。
だけど、この世界の日常を支えているのは科学技術なのだ。

『魔法は個人の力量に左右されるが、科学は誰にでも扱える汎用性がある。
その事実を理解した上で魔法を学べ』

彼女の言葉が重く圧し掛かる。
"個人の力量"が左右する……今まではそんな事は深く考えなかった。
だが、よく考えてみるとその意見は間違っていない。
この学園で学園長を除けば、おそらく一番強いと言われている高畑先生は魔法使いではない。
生まれつき呪文詠唱が出来ないので、純粋な魔法使いとは呼べない。
感卦法をマスターするまでは落ちこぼれ扱いされ、マスターした後も立派な魔法使い扱いはされているものの微妙な立場にいる。

『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』

高畑先生は優秀な方だ。
呪文詠唱が出来なくても頑張れば、立派な魔法使いに匹敵する実力者になれると証明したのだ。

この世界の歪さに気付いてしまった。
夢、希望は今も変わらないが、現実を見定めて生きて行く。
頭を悩ませる問題を抱え込まされて……気が重かった。





巡回を始めて、彼女の足が止まる。

「招かれざるお客人……このまま帰るのなら見逃しても構わんぞ」

面倒だと言わんばかりに憂鬱なセリフを発する。
その声に呼応するかのように目の前の空間が揺らいで、ローブを被り、顔を見せない魔法使いが現れた。

「―――良くぞ気付いた」
「……シロートじゃないんだからきちんと隠蔽しろ」

彼女は指を鳴らすと周囲に結界を張って人が来れないようにしている。

「何者だ!?」

武器を手に取り、ガンドルフィーニ先生が問う。

「……侵入者なんだから、さっさと始末すれば良いだろ。まあ様式美に拘りたいのも分かるがな」
「あのー、そういう言い方はないと思うんですが」

愛衣が恐る恐る彼女に話しながら、アーティファクトと呼ばれる物を取り出している。

「どうして魔法使いって奴は様式美に拘るんだ?
私なら気配遮断と光学迷彩を行いながら昼間に忍び込んで仕事をするんだが」

彼女の言う事にも一理ある。
この学園の警備を行う魔法使いは昼間はそれぞれ自分達の仕事や学業に従事している。
一応、ローテーションを組んで警備はしているが、どちらかと言えば……手薄なのだ。

「―――魔法は秘匿せねばならんのだ」
「……その通りだ」

侵入者の意見にガンドルフィーニ先生が苦々しい表情で呟く。
これは魔法使いの決め事だけど、魔法使いではない彼女には到底理解できないらしい。



「馬鹿馬鹿しい……魔法なんていうものは表に出しても科学に負ける代物だぞ。
なんせ個人の技能に左右されるから、スイッチ一つで誰にでも扱える科学の足元にも及ばないさ」

魔法が絶対のものだと勘違いしている侵入者を鼻で笑ってやる。
あちらの世界でも魔法は個人の力量に左右されていたし、日常生活では科学の方が使われている。
最初から方向性が違うのだ。
魔法はどちらかと言えば、過去に向かって進んでいる。
そして、科学はおそらく未来に向かって進んでいるのだと考える。
そう考えると方向性の違う技術を上手く融合させているミッドチルダは凄い世界なんだと感じる。

「―――魔法の素晴らしさを理解できない愚か者め!」
「ふん。どうせ、日常生活はリモコンを使って暮らしているくせに」

苛立つ声に蔑む声で返答してやる。
この世界で生活している魔法使いのほとんどが科学の恩恵を受けているのに……ありがたみを忘れている。
侵入者は杖を振って召喚を執り行う。

「……レッサーデーモンだな」

侵入者の足元から広がる闇の中から下級悪魔のレッサーデーモンが七体出現する。

「―――契約に基づき、その身を現せ」

さらに影が大きく広がり……異形の影が姿を見せる。

「レッサーデーモンの上位種みたいだな」

攻撃本能が旺盛な下級魔族よりも、知恵のあるグレーターデーモンが一体出現する。
前衛にレッサーデーモンの壁、後衛に魔法使いとグレーターデーモンによる魔法攻撃。

(遅延発生での広域防御を用意)

マルチタスクで複数の呪文を使用する攻撃魔導師ならではの戦術を開始する。
もっとも使う魔法はベルカ式、ミッドチルダ式ではなく、この世界の魔法にしておくが。

「―――やれっ!!」

侵入者の号令に従い悪魔達が攻撃と呪文を唱える者に分かれて仕掛けてくる。
〈魔法の射手(サギタ・マギカ)〉を無詠唱で撃つのは凄いと思うが、

氷盾!!」

エヴァから蒐集して、さらに手解きを受けた私の防御を抜く事は簡単ではない。
氷の盾を砕く事は出来ずに魔法の矢は消え去っていった。
敵の第一弾の攻撃を防いだ後、ガンドルフィーニと愛衣が攻撃を開始する。

「ものみな 焼き尽くす 浄化の炎
破壊の王にして 再生の徴よ
我が手に宿りて 敵を喰らえ 赤き焔!」

爆炎を放つ魔法でレッサーデーモンを焔の中に封じ込める。
レジストしているが悪魔達の肌を焼き、動きを止めてみせる。
動きを止めたところでガンドルフィーニが拳銃が備える物理破壊力と魔力を込めた混合弾で悪魔を狙撃する。
その攻撃で三体のレッサーデーモンが破れ、塵へと変わる。

影よ!!」

焔の壁を突破して、襲い掛かる悪魔を高音の使い魔達が迎撃を兼ねた足止めを行い、

氷爆!!」

私の呪文が使い魔によって足を止めた悪魔を凍らせ砕く。
普通ならこれで後は魔法使いを取り押さえれば終わりなのだが、上位種がいたので簡単には終わらなかった。

「配下の悪魔を呼んだのか?」

ガンドルフィーニが険しい顔で今の状況を正確に把握している。
魔法使いが召喚に使用した魔法陣を使って、グレーターデーモンがおそらく配下の悪魔を呼び出した。

「―――カッ、カッ、カッ、底なしとは言わんが貴様ら程度では勝てんわ!!」

自身の力ではないのに、勝ち誇るように叫ぶ侵入者。
耳障りな声に辟易しながらもエヴァの得意をするコンボ魔法を詠唱する。

「契約に従い 我に従え 氷の女王
来れ とこしえのやみ!
えいえんのひょうが!!

一定の空間内をほぼ絶対零度にまで下げて、内部の者を凍らせる魔法を発動させる。

「ガンドルフィーニ! でかいのを攻撃しろ!」

私の指示にガンドルフィーニがグレーターデーモンを狙撃してダメージを与えていく。
着実にダメージを蓄積して、抵抗力が弱くなり始めたグレーターデーモンは凍りつき始める。

「全ての命ある者に 等しき死を
其は安らぎ也 "おわるせかい"」

完全に凍りついたのを見計らってコンボの最終段階の呪文を唱える。
凍りついた悪魔達を完全に粉砕して……一応非殺傷設定で魔力ダメージを受けた侵入者を拘束する。

「……見事なものだな」

ガンドルフィーニが感心しながら銃を収めて、警戒を解く。
まあ悪魔だけを完全に始末して、魔法使いは気絶に留めておくのはこの世界の魔法使いには難しいかもしれない。
えいえんのひょうが→おわるせかいのコンボに巻き込めば、普通は一緒に死ぬ可能性のほうが高いというか……死ぬだろう。
初めて非殺傷設定の魔法を見せた時も呆気に取られていた。
やはり、この世界の魔法はベルカ、ミッドチルダよりもまだ幼く発展途上の物かもしれないと判断する。

(迂闊に見せたら危険視されるな。フォトンランサーのファランクスシフトなんて……爆撃機による絨毯爆撃と変わらんしな)

最大で千発以上の魔力弾を放つ砲撃魔法などこの世界には無い筈だ。
今の私はSランクの魔導師だが、今も魔導師のレベルは上がっている。
予想ではSS+くらいになるのではと想定しているが……まだ基準が分からないので、どの程度の違いなのか判断できない。

(エヴァが言うには封じられる前のエヴァと今の私がほぼ同じらしい。
マルチタスクや空間設置という技法は魔法使いにはないので、本気の私と戦うのは厄介らしい)

出る杭は打たれるという言葉があるように私がいた世界の技法は見せるべきではないと判断する。
特にマルチタスクは高速戦闘へと繋がり、覚えた魔法使いには絶対のアドバンテージになる。
魔法使いが一つ呪文を詠唱する間に二つ、三つと魔法を使われたら勝ち目はほぼ無くなる。
禁忌を持たない魔法使いが覚えたら……非常に危険な存在になりかねない。

世界の違い……想像以上に厄介な問題になりそうだと私は思う。

(やはり私は平穏で静かな生活を望んでも……難しいのかもしれない)

昔みたいに争い事はゴメンだと思うのにままならない。
それともこれが私に対する罰なのかもしれない。
出来る限り何も起きない事を願うしかない。

(あのクラスじゃ……ダメかもしれないが)

自身を含めて問題児が三割もいる2−A組。

「……ウルスラに転校したいな」
「何故ですか?」

隣を歩く愛衣が不思議そうに聞いてくる。

「私のクラス……私自身も含めて問題児になりそうなのが多い。
正直、弾薬庫で生活している気分なのだ」
「……諦めたまえ。学園長に振り回されるのはどうにも出来ない」

同じように聞いていたガンドルフィーニが憐れむように話してくる。
彼もまた学園長に振り回されているからであろう……この学園都市の魔法先生は多かれ少なかれ振り回されているのだ。

「学園長は何を考えていらっしゃるんでしょうか?」
「トラブルが発生して、生徒が右往左往するのを見て楽しみたいんだろうさ」
「……否定できないな」
「ま、まさか」

純真な愛衣は私達の意見を否定しているが、おそらく他の魔法先生に聞いても肯定すると私達は思っている。

「最悪は学園長室に砲撃魔法を撃ち込もうかと思っている」
「リ、リィンさん! ダ、ダメですよ!」
「撃ち込んでも死なないと思うがな。あのジジイは人間じゃなさそうだし」
「……いや、あれでも人間なんだ」
「……そ、そうですわ」

ガンドルフィーニと高音が若干間を置いてから学園長が人間だと話している。

「本当なのか?」
「ええ」
「そうだとも」

少し引きつり気味で冷や汗を浮かべながらも二人は私の疑問に答えている。

「孫の木乃香を見ていると、いつも遺伝子の奇跡を感じるんだが。
私がいた世界でも、あそこまで似てないのは異常に思えるんだが」
「それでもだ」
「ええ、それでも人間なんです」
「確かに不思議なんですよね〜」

ガンドルフィーニと高音は苦渋を感じさせるような表情で学園長のフォローをしている。

「愛衣!」
「ご、ごめんなさい、お姉さま」
「怒鳴って叱ってやるな……誰もが一度は思う事じゃないか」

高音に叱られて、しょげる愛衣のフォローを行う。
この後も学園長に対する不満を言いながら私達は足を動かしていく。
とりあえず分かったのは学園長がトラブルメイカーだという事だ。
私が平穏無事な生活をするにはやはり学園長をどうにかするしかないという結論に達した。
一度、担任の高畑と相談する必要があるかもしれない。
彼もまた私と同様に学園長のお茶目な小細工に頭を悩ませているからだ。



しかし、その行為が神楽坂 明日菜(かぐらざか あすな)を刺激して、更なるトラブルの種になるとはこの時点では考えられなかった。
年齢さを考えると趣味が悪いらしいが、私はそうは思わない。
幾多の戦場を駆け抜けて、生き残ってきた強者だ。
「あの渋さが好いのよ」と言われてもピンと来ないが、背中を預けられる人物だと思う。
どうも同じ趣味だと神楽坂に思われたのか、時折会話するようになった。
ただ内容が高畑に対する愚痴というか、恋愛相談だけは勘弁して欲しい。
人に生まれ変わってまだ一年にも満たない私に恋愛など理解できようもない。
「私に恋愛相談などするな」というのが偽らざる気持ちだった。







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EFFです。

今回の作品は193さんの挿絵付きという非常にありがたいSSになりそうです。
その為に投稿に関しては前回のように土曜日に公開になるかはわかりません。
まず193さんにHTML形式で送ってから挿絵が付きますので。
基本的には月曜日か、火曜日の夜に送り、それから挿絵を描いて頂いてアップの予定です。
193さんが言うにはニ、三日で描けるそうなので早ければ金曜日辺りにアップするはずです。
こうして挿絵を描いて頂ける展開に感謝しつつ、面白くなるように書きたいと思います。

それでは次回もお楽しみにしてください♪




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