「のぉ、エヴァンジェリンよ」
「何だ、ジジイ?」

結界の解除の準備が進む中、学園長室で沈黙を守って佇んでいたエヴァンジェリンに近衛 近右衛門が声を掛ける。
エヴァンジェリンは瞑っていた目を半眼に開いて、何の感情を交えないつまらない存在を見るような視線を向ける。

「リィンフォース君との和解に力を貸してくれんかの?」
「無駄だ」

近右衛門の嘆願にも近しい要請をエヴァンジェリンはにべもなく切って捨てる。

「……何故じゃ?」

学園長室で待機しているエヴァンジェリンのチーム以外の魔法使い達も二人の会話に耳を傾ける。
今まで自身の魔法を隠し、その技術力さえも隠蔽していたリィンフォースの真価を知るに連れて……魔導師という存在が自分達以上の知識、技術を持っているだ けに敵対するのは本当に不味いのではないかと漸く気付いたのだ。

「今回の事件……このまま行けば、犠牲者がおそらく一人出るだろうな」

話をはぐらかすようにエヴァンジェリンが事件後の処理について告げる。

「はて? お主はリィンフォース君を……殺すつもりなんかの?」

怪我人こそ若干出ているが、犠牲者――死亡者はまだ出ていない。
近右衛門は可能性の一つとしてリィンフォースの死があるのかと問う。

「バカが……」

エヴァンジェリンがリィンフォースの死をくだらんと一笑に付し、何処か諦観めいた表情に変わって沈黙する。
嫌な予感……エヴァンジェリンはその長い人生経験から齎される直感がたまらなく不愉快な気分にさせていた。

「本当にくだらない……お前達の甘さは一体何時になったら改善できるんだろうな」

見下げ果てた意味を含んだエヴァンジェリンの小さな声量の呟きが学園長室に妙に響く。

「一生直らないネ。少なくとも私が知る限り……百年経ってもナ」
「……そうか」

酷く重い響きが混じった超 鈴音の言葉にエヴァンジェリンが苦いもの含んだような苦渋の表情に変わる。

「やはりナギだけが妙な変人だったという事だったか」
「……アノ人は希少価値のある例外だたネ。
 確かに平和へと導いたが……魔法使い自身は何も変革していないヨ」

停滞中ネと呟き、超は周囲を見渡す。

「常々思うヨ……この世界に魔法は必要不可欠なものかとナ」
「必要不可欠ではないと思うです。あれば便利ですが、なければ他で代用できる程度ではありませんか?」
「ま、そんなものだろうさ」

超の疑問に綾瀬 夕映があっさりと口に出し、龍宮 真名も肯定するような口振りで頷く。
周囲で聞いていた魔法使い達は自分達の存在を否定されたような気がして苦々しい顔付きで作業をしていた。

「結局のところ、魔法とは平等なものではない以上……争いの火種になる存在なんだろう」

エヴァンジェリンが年長者として意見を取りまとめた形を口に出す。

「なんせ魔法世界の住民は魔法を使えぬ存在を格下と決め付けて……差別する」
「くだらないネ。そんな差別こそが自分達の首を締め付ける事になると理解していない。
 そんな頭の硬い連中ばかりだからこそ、遠からず……悲劇が起こるのだヨ」

予言にも近しい超の言葉に近右衛門は反論しようかとしたが、超の表情には深い悲しみがはっきりと見取れた。

(……どういう意味なんじゃ?)

問いたい気もしたが、それに触れる事が何か禁忌のような予感がして……躊躇われる。

「……魔法使いは、この世界ときちんと向き合わねばならない。
 それが出来ない時は……この世界から出て行くべきなんだろうナ」

静謐な空気を纏い、紡ぎ出された超の言葉には神託にも近しい深い意味があるような気がした。


……後日、近右衛門と魔法使い達はこの意味を知る事となる。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 五十七時間目
By EFF





「学園長!」

ノックもなしにいきなり大声を上げて入り込んでくる葛葉 刀子に超への質問を遮られた近右衛門。

「何事なんじゃ?」

刀子がここまで焦っている事自体が珍しかったので、また何か厄介事でも発生したのかと近右衛門は不安を感じる。

「ガンドルフィーニの暴走だろ?」

刀子が報告する前にエヴァンジェリンが口を挟む。

「サーチャーからの反応を見る限り、師父にケンカを売ろうとする連中が見えたネ」
「ああ、人の忠告を無視した馬鹿が!」

学園長室に待機中でも偵察用のサーチャーからの情報は常時デバイスを経由して、魔導師には伝わっている。
リィンフォースが隠れている場所の周囲に展開中のサーチャーの一機から情報が伝達される。
守護騎士達が迎撃行動を起こす範囲ギリギリに待機させていたサーチャーが複数の魔力反応を知らせ、映像を送ってきた。
其処にはガンドルフィーニを中心に十数名の魔法使い達が移動中のシーンがあった。

「…………エヴァさんの警告を無視するとは愚かですね」

綾瀬 夕映が呆れた様子で呟くと、他の者達も同じように話す。

「ほっとけ、ほっとけ。死にたい奴は死なせてやれ」
「無謀と蛮勇しかない愚か者には死あるのみだ」
「フ、戦場で生き延びるのはいつだって臆病者さ」

事情を察したチームエヴァンジェリンの面子が呆れた声を漏らす。

「よろしいのですか、マスター」

一人……茶々丸だけがエヴァンジェリンに不安そうな顔で尋ねる。

「リィンさんに……人殺しをさせる事になりますが?」

リィンフォースが負けるなどとは考えずに、ただリィンフォースが行うとその結果の重さを心配する。
守護騎士達が手を下す事になるが、結果的に召喚したリィンフォースが気にしないかと懸念する。

「フン、その心配は無駄だぞ。
 リィンは私に似た部分がある。アレは大切なもの以外は全て……どうなろうと気にはせんよ」

肩を竦め、茶々丸が用意したお茶に手を伸ばし、エヴァンジェリンは口に含む。

「リィンに人を殺す事に対する忌避感はない。
 悲しい事かどうかは知らんが、人の業の深さから生まれたリィンは……嫌い、憎んでいる」
「それは……」
「分かっているだろう? アイツの母親がどれほどの絶望に晒され、その記憶を持つ娘が人に希望を持つと思うのか?」
「いえ……それは理解していますが、本当によろしいのですか?
 堕ちるという事は……戻れぬ事が出来ないと判断しますが?」
「む……余計な事をするバカ供が」

血塗られた道を歩く事の意味の深さを知るエヴァンジェリンに茶々丸がリィンフォースの未来に影を落として良いのかと問う。
問われたエヴァンジェリンも、くだらない……回避できる殺しなどさせないほうが良いかと考え直し始める。
淡々と告げ、考え始めるエヴァンジェリンに近右衛門と刀子は顔を顰めて事態の深刻さを痛感する。
止めなければ、ガンドルフィーニ達は全員……亡き者に、冷たい骸を晒す事になる。

「だが、これは好機ネ。
 使い捨ての駒という訳ではないが、私達が動く前に師父を回復させない事の意味は?」

近右衛門と刀子は超の使い捨ての駒発言にギョッとした顔で慌てて見つめる。

「守護騎士プログラムは見る限り不完全で、師父の魔力供給で動くネ」
「そうなのか?」
「間違いないヨ。詳しくは分析できなかったが、リンカーコアらしいものが見当たらないネ」

リィンフォースが召喚した際の映像記録を夕映から見せて貰っていた超はすぐさま分析してその結論に達した。

「おそらくだけど……師父は完全なヴォルケンリッターの情報を持っていないかもしれないネ」
「……なるほどな」

超の推論にエヴァンジェリンは納得して頷く。

「そんな訳でココで戦闘になれば、師父の回復は万全ではなくなるヨ」
「……確かにな」

超の簡単な説明にエヴァンジェリンは一考する価値があるかと思い、腕を組んで考え込む。

「なるほどな、使えねえ駒でも使い道はあるって事だ」
「勝率を上げるならば、それも必要な事とも取れるな」
「どちらにしても……今からでは間に合うのか?」

ソーマ・赤、ゾーンダルクは超の意見を容認し、龍宮 真名は後手に回った点から助けられるかどうかの可能性を聞く。

「……ガンドルフィーニ氏の位置は?」
「ここネ」

茶々丸の質問に超が空間スクリーンを出して現在位置を示す。
空間スクリーンを一瞥し、茶々丸がリィンフォース、ガンドルフィーニ達の位置を確認して、即座に計算に入る。

「…………間に合いません」

計算を終えた茶々丸があっさりとエヴァンジェリンに報告する。

「運が良ければ、生き残れるさ。
 もっとも魔力資質を奪われ……魔法使いとしては廃人の可能性が高いがな」
「死ぬよりはマシだろう?」

……死んでしまえば、何もかも失うのが戦場の理。
その意味を知る真名の声にエヴァンジェリンが頷き肯定し、後は運次第と割り切って好きにしろと呟く。
この場で最強の魔法使いが動かずを決めた事に、

「そう簡単に割り切らんで欲しいんじゃが?」

近右衛門が救助に出向いて欲しいと要請する。

「知らん。はねっ返りの面倒など見る気はないぞ。
 第一、私の警告を無視した時点で何故……私が助ける義務がある?」

人の警告を無視する愚か者どもなど知らんと要請を撥ね返すエヴァンジェリン。

「良いか、ジジイ。自分から戦場に足を踏み入れた以上、自分の命は自分で守れ」
「ま、当たり前の話なんだがな」
「それを忘れている者の方が悪いな。人を討って良いのは、討たれる覚悟を持つ者だけだ」

ソーマ・赤、ゾーンダルクの両名がエヴァンジェリンの考えを肯定する。

「日頃から私に対して含む物がある連中など知らんよ。
 どうせ奴らは影日向で悪の魔法使いを憎み、始末したがっているんだ……何故、私が敵を救わねばならない」
「そうはっきりと言わんでもよかろう」

エヴァンジェリンの悪の魔法使い発言に近右衛門は十五年前と何も変わらず、そして変える事が出来なかった自分の未熟さを痛感してしまう。

「私から師事を受けたのはタカミチくらいだ。
 他のご立派な連中は蔑むような目でしか見ていなかったな」

嫌味を多分に含ませた発言で悪の魔法使いに対する正義の魔法使い達の対応を話す。
悪名轟く自分が良い目で見られない事は最初から分かっていたし、隙あらば寝首を取ろうと思っているような空気もあった。
口では綺麗事を囀る者ほど信用できない世界で生きてきた。

「知っているか、ジジイ。
 人をこの地に縛り付けたバカはな……人が苦労している時間に子作りしていたんだぞ」

良いご身分だなと凄まじい嫌味を含んだ声でマギステル・マギと呼ばれた男の事情を話す。

「いや……ぶっちゃけられても困るんじゃが?」

"子供作っている暇があるんなら、とっと解呪に来い"と言いたげなエヴァンジェリンの意見に困惑している。
隣で聞いている刀子もナギ・スプリングフィールドの事情が分からずにどう答えるべきか途惑っている。

「ぼーやを別荘にニ、三週間閉じ込めて、死なない程度に献血させて解呪しても構わんか?」

エヴァンジェリンは簡単な解呪方法を提示して困惑する二人に問う。

「血に込められた魔力をきちんとした処理で保存しておけば、問題なかろう。
 この方法なら、何処にも角が立たんと思うんだが?」
「いや、それは……」
「無論、ぼーやにもきちんと説明するさ。
 そして必要ならば、それなりの報酬も出すぞ」

エヴァンジェリンはニヤリと嗤い、裏事情を分かっていながら近右衛門が答えられない質問をする。
一応賞金首ではなくなったが、魔法世界本国では未だに闇の福音の危険性を考える連中は大勢居る。
たまたま魔法世界ではなく、旧世界と呼んでいるこの世界に居るから安心しているだけだとエヴァンジェリンは考えている。
おそらく魔法世界で封じられたなら……とうの昔に始末されていた可能性が高い。
魔法世界は先の大戦を経て、平和になったと思うノーテンキな馬鹿が多いが……実際には違う。
近右衛門達が所属するメセンブリーナ連合とヘラス帝国との関係は互いに隙を窺っているだけの冷戦状態。
互いに仲良く手を握り合いながらも、もう片方の手には鋭い刃を手にしている状態なのだ。
どちらかの戦力バランスが崩れたなら……再び大戦が勃発する可能性だって未だに内包している状態に過ぎないのだ。
もし、エヴァンジェリンがどちらかの国で大暴れして、均衡を崩せば……見せ掛けの平和はあっさりと崩れるかもしれない。

(もっともリィンと超の技術が魔法世界に流出したら……戦争勃発は確実なんだがな)

感性に頼る部分が多い魔法と数式のようにきっちりと数値化された科学に近い魔法。
両方を知ったエヴァンジェリンはどちらにも優劣はあると思いつつ、AMFを代表する技術の実用化には多少の危機感はあった。

(魔力炉か……大気中の魔力素子を集めて魔力を生成するシステム。
 しかも、生成した魔力を魔法使いに供給できるとは大したもんだよ)

魔法世界には精霊機関と呼ばれる精霊を使ったエンジンみたいな物があるが、魔力炉には勝てないと痛感する。
アレを実用化してデバイス経由で魔法使い達に魔力供給したら、体内に蓄積できる限りはあっても制限が変化するだろうと確信する。

(少なくとも戦力の倍増は間違いない。
 本当に注意させないと……面倒が起きるかもしれんな)

答える事が出来ず、黙り込んでしまう近右衛門を横目で見ながらエヴァンジェリンは思う。

(結局、魔法使い達にとっては悪の魔法使いたる"闇の福音"は排除したい邪魔者でしかないんだろうな)

結局のところ、魔法世界に居ようが旧世界に居ても自らの業によって居場所を失っているのと大差はない。

(魔法によって真祖に変えられて、正義を掲げる連中に狙われて……殺し殺される世界に無理矢理入れられた。
 くだらない、くだらない、くだらない。正義を唱えたいのなら、自分達の世界の中でやるが良いさ!)

自分を巻き込むなと吼えたくなる感情をエヴァンジェリンは抑えつつ……不機嫌な顔で告げる。

「どうしても助けたいのなら、貴様ら自身の力で助けてやれ」

シッシッと近くに寄ってきた蝿を遠ざけるような仕草で近右衛門にやる気のない事を示す。

「私がここに居るのはリィンフォースを助ける為だけだ。
 周りが勝手に貼り付けたレッテルを鵜呑みにし、自身の目で真実を見定めない愚物などどうなろうと知らん」
「……困ったのう。人手が足りんようになるから……結界の解除に時間が掛かるかのぉ」

最後の手段として近右衛門は学園結界の解除をダシにエヴァンジェリンに動いて貰おうとするが、

「別に構わんぞ」
「ふぉ!? い、良いんじゃな?」
「ああ……別にこの学園都市が廃墟になり、住民が死んでから動いても問題ないだろう」

顔に冷笑を刻み込んで何気なしに話す愉快な未来予想図に魔法使い達は絶句する。

「まあ最優先でお前達を狙うだろうが、ジジイ……リィンは貴様の孫娘を真っ先に標的にした事を覚えておけよ」

リィンフォースが優先して狙ったのは魔法を使う者達だった点を指摘して嗤う。
大切な孫娘を含む魔力強大で将来に希望溢れる子供達を失う破目になっても構わんのかと問う。

「さっきも言ったが、私はリィンフォースを助けたいだけだ。
 他の住民まで面倒を見る義務はないという事を覚えとけ、ジジイ」

交渉決裂……これ以降、エヴァンジェリンは結界の解除の時間まで一切口を開かなかった。

(これが魔法使いの汚さですね。リィンさんが嫌うわけです)

一切口を出すなと事前に言われていた夕映は魔法使いの身勝手さを間近で観察し、辟易していた。
元々は警備は万全と自信満々に胸を張っていた魔法使い達を嘲笑い、侵入してきた悪魔。
その所為で今の状況に陥っているくせに……まだ身勝手な事をのたまう。
夕映はリィンフォースが言うほどに魔法使いが悪くはないだろうと思っていたが、大きく自身の考えを修正していた。




麻帆良学園都市に勤務する魔法教師、藤林・H・ウェインは自身の失策を知る。
同僚のガンドルフィーニを煽る事で戦力を整えて、あの闇の福音の関係者を始末するはずだった。

……あのマギステル・マギ、ナギ・スプリングフィールドが掛けた呪いを一時的にも解除した。

この人物の存在を藤林は非常に危険だと判断し、これ以上闇の福音の側に置いておくのは不味い。

……もし万が一、限定ではなく本当に呪いを解呪するような事になれば大問題。

学園長辺りは自分達側に引き込む心算なのかもしれないが……今回の事件で抜き差しならぬ事態だと理解する。

……魔法無効化能力に類似した機能を持つ人形など危険過ぎる。

しかも開発に協力したのが、あの天才的な頭脳を持つ超 鈴音となれば、一刻の猶予もない。
自分達の力を無力化し、魔法そのものを否定するような技術など在ってはならない。

(甘いんだよ、学園長は! さっさと弱体化している間に始末すれば良いものを!!)

魔法世界出身である藤林は、悪の魔法使いの代表格であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの事が嫌いだった。
傲慢な口調に、自分達を見下すような視線で見られるのも腹立たしい。
能力は高いが、所詮闇の住人など自分達には必要ないと藤林は考える。

(人手不足というのならば、本国に要請して人員を増やせば良いんだ!)

藤林は最良の解決策と考えるが、近右衛門にすれば……危険な策だと判断せざるを得ない。
何故なら、魔法世界の住民は魔法在りきの考え方で行動する事が常だからだ。
魔法を使えぬ者を魔法世界の住民はどうしても格下と考え、差別的な目で見る事がどうしてもあってしまう。
自分達が上位の存在だと考え、傲慢に振舞いかねない人物が来た時は……トラブルの発生に繋がる。
こちらから要請した以上は何かあった時に、どうしても責任の有無をきちんと処理できるかどうか分からない。
近右衛門はこの事が切っ掛けで麻帆良学園都市に対する本国の干渉が増す事を懸念しているのだ。
魔法世界出身の藤林はその事を理解せず……小物だった。
自身が矢面に立つわけではなく、正義感溢れる同僚達と手を組んでしか行動しない口だけの人間。
しかし、今回はたった五人程度の魔導師に倍する数の魔法使いが事に当たる。
エヴァンジェリンの事を嫌う藤林達は忠告など耳を貸すわけがなかった。

それが自分達の明暗を分かつ事に繋がるとも知らずに……




ガンドルフィーニは魔法使いとなって、初めて自身の死を予感し……後悔して怯える。

「くっ!」

魔法の力を加える事で破壊力を増したはずの拳銃が役に立たない。
平均的な魔力の魔法使いが展開する魔力障壁を貫けるだけの力があったはずの弾丸がまるで豆鉄砲へと変わる。
回避しないので当たると思っていた弾丸があっさりと弾かれた瞬間、背筋を凍らすようなヤバさを感じて後方に飛んだ。
直撃こそしなかったがゴルフボール大くらいの鋼の球体が地面にぶつかり……爆発した。
衝撃波が周囲に広がり、仲間達の態勢が乱れる。

「ウオォォォン!!」

狼のような遠吠えが聞こえた瞬間、同僚の右腕が宙を舞う。

「ギャァァァァ―――ッ!!」

痛みによる悲鳴が響く中、ガンドルフィーニは成人男性並みの大きさの狼の口が深紅に染まっているのに気付く。

「貴様か!?」

仲間の腕を噛み千切った守護獣と呼称された存在へと銃口を向けたが……横から自分に向かってくるハンマーが身体を紙切れのように吹き飛ばす。

「ガァァァッ!!」

グチャリと鈍く潰れる音が身体の中から聞こえてくるのを感じた瞬間、左手から焼きつくような熱が全身に広がる。
チラリと左手に目を向けると左の腕がありえない方向に折れ曲がり、新しい関節が増えたように見えた。

「ガンドルフィーニ先生!?」

魔法教師の一人が焦ったような声を出すが、巨大な熱量を伴う剣撃が襲い掛かる。

「あ、あ、ああぁぁぁぁ……」

慌てて展開した魔法障壁を簡単に砕いて炎の剣が魔法教師の身体を包み込んで赤く染める。
巨大な松明のように燃え上がり、人間一人が炎の中に飲み込まれていく光景に魔法教師達の心に恐怖を呼び覚ます。
一度溢れ出た恐怖にこの場から逃げ出そうとする者もいるが……、

「け、結界っ!?」

逃がさんと宣言するように展開された自分達とは異なる術式で作られた結界の中から逃げる事は不可能だった。
ガチャリと剣の音に全員の視線が向かう。
そこには無表情なまま、剣を構える死神のような女性騎士がいた。

「う、うわぁぁぁぁ!!」

逃げられないと悟った魔法教師の一人がパニック状態で呪文を唱えていく。
その呪文に合わせるように他の魔法教師も呪文を唱えて放つ。
一斉攻撃のように様々な魔法が放たれ、爆発の中に消えていく女性騎士。

「や、やったか!?」

痛みを堪えながらガンドルフィーニが叫ぶが、煙の中から連接剣が伸びてくる。
鋭い切っ先が魔法教師の身体を貫き……その身を紅く染め上げ、地面に血溜まりを作り上げる。
引き戻される連接剣の後にはゆっくりと自身の血液で作った血溜まりに沈む魔法教師の姿があった。

「そ、そんな!?」

風が吹き、煙が消え去った後には無傷の女性騎士が淡々とした表情で次の獲物を求めるように歩き出す。
ポタリ、ポタリと剣から滴り流れ落ちる同僚の血が自分達の死を暗示させる。
背後には狼が、空中には小さいな女の子の姿をした騎士が待ち構えていたが、それぞれが急にこの場から距離を取る。

「な、なんだ!?」

逃げたのかと思い、安堵して気を抜こうとした時……それが間違いだと気付かされる。
まだ暗い夜の空が彼らの注意から逸らした。
夜空に合わせるように黒い雷が紫の放電を見せながら……落ちてきた。
全身を灼く様な痛みを感じながらガンドルフィーニ達は黒き破壊の雷の中に呑み込まれていく。
三人の守護騎士を足止めに使い、最後尾で結界ごと破壊する最大の攻撃呪文を唱えたリィンフォースの仕業だった。

「……い、嫌だ。死にたくない……」

破壊の雷に身を焦がされながらも辛うじて生を繋いだガンドルフィーニが地面を這いながら学園都市へと向かう。

「わ、私には妻と娘が……」

左手の感覚はとうの昔に消え去り、残った右手だけで自身の身体を少しでもこの場から遠ざけようと動かす。
先程まで在った正義感など、戦場に於いてはなんの役にも立たないと知った。
がさりと草木の擦れ合う音が耳に入ると、

「ヒィィ……」

必死に身を縮めて身を守ろうとする。
死にたくないという感情だけが今のガンドルフィーニの頭の中を一杯に占める。
目に涙を浮かべ、必死に家族の元へと帰りたいと願う男の姿がそこにあった。



藤林は最後尾に居たおかげで致命傷は免れて逃げる機会を得ていた。

「な、何なんだよ!?」

十数名の魔法教師が参加したはずなのに……リィンフォースの元に辿り着けずに終わる。
認めたくないという感情が苛立ちを助長し、それに反するようにこの場から逃げなければ死ぬという恐怖が心を占める。
全力で学園都市へと逃げようとする藤林に騎士達は追撃しようとせずに主の元へと帰還するが、

―――貴様は此処で死んでもらうぞ

「だ、誰だ!?」

薄暗い森の中に自分以外の誰かが潜んでいる。
しかもその相手は自分を殺そうと牙を剥き始めた。

―――貴様が魔法教師を扇動したのを見ていた

「そこか!」

声の聞こえてきた場所へ向かって魔法の射手を放つ。
木々を吹き飛ばし、派手に土煙を巻き起こしたが、

「いないだと!?」

煙が消え去った後には砕かれた木々の破片しかなく、

―――余計な事をしてくれたものだな

―――おかげで父上が不機嫌になられた

「どこだ!?」

半ば半狂乱の様子で血走った目で周囲に見回す藤林。

―――私にも気遣ってくれる少女を苦しめる存在など不要だ

「姿を見せろ!!」

藤林は銃を乱射するような感じで魔法の射手を周囲に放つが効果はなかった。

―――貴様の身体は不要だが、久しぶりの食事をさせてもらうぞ

急に足が動かなくなり、藤林は慌てて地面を見ると、

「な、なんだよ、これは!?」

コールタールのようにドロリと濁った闇の泥沼に自身の足が飲み込まれていた。
じわりじわりと闇が足を這いずり上がって闇の泥沼へとその身を沈ませようとする。

「や、やめろ!!」

根源的な死の恐怖を感じて自身にも被害が及ぶのを承知で足元へと魔法を放つが、

―――無駄だ

冷厳な声が放たれ、魔法に使用したはずの精霊さえも喰われ始める。
藤林は必死に足を動かし、浮遊術を使用しようとするが召喚した精霊が即座に闇に飲み込まれて……魔法が発動しない。

「イヤだ! た、助けてくれよ!!」

足先から冷たいものを感じられたが、それさえも徐々に消え去り……感覚そのものが消失する。

―――いい事を一つ教えてやろう

藤林の焦りなど気にせずに淡々とこれから起こる事を告げる声。

―――我らに喰われた魂は輪廻転生は出来ない

―――そう、これが究極の死だ

下半身が既に闇に飲まれ、必死に逃げようと動かす腕にも絡みつき……魂を侵食する。
上半身も黒く染まり、顔だけを最後に残す。

「イ、イヤだぁぁぁぁぁっ!!」

藤林が最後の力を振り絞って虚空へと叫んだ最後の言葉だった。

―――不味い魂だ

―――所詮、誰かの背後でしか蠢く事が出来ない俗物らしいな

闇から漏れる侮蔑の声だけが森の中に響いていた。
ゾーンダルクの魂を分割して生まれてきた存在――シェード――は藤林の魂を喰らい尽くした後、再び森の中の闇に溶け込んでいった。

……彼の存在を知る者はごく僅かだった。

この後、魔法使い達は慎重に守護騎士達を刺激しないように魔法力を大きく見せる事なく、彼らの守備範囲には決して入り込まないように注意しながらガンドル フィーニ達を救助した。

「…………ぐ、うぅぅ」

救助した同僚の怪我の具合を見た者はこみ上げる吐き気を必死に押さえ込んだ。

「フン、何故、動揺する。戦場に赴けば、こんな惨状は幾らでも拝めるぞ。
 ジジイ、孫娘をここに連れて来させろ。治癒に特化した近衛 木乃香なら救えるかもしれんな」

今にも息が止まりそうなほどに危険な状況に陥っている魔法教師を見ながらエヴァンジェリンが告げる。

「……あの子に見せたら、気絶せんか?」
「じゃあコイツを見殺しにしろと?」

魔法使いが必死に治癒術を施しているのを一瞥しながら近右衛門に問う。
このままでは目の前の魔法教師は……生を繋げるのは難しいどころか、今この瞬間にも死んでもおかしくない。
隣で治療中のガンドルフィーニも虫の息に近いほど……何時呼吸が止まってもおかしくないほどのダメージを受けている。

「持って……一時間という所だな。
 未熟なジジイの孫なら少々強引な治癒でも助けられる可能性は高い。
 治癒術とは込める魔力量が多ければ、それなりの効果が期待できるからな」

魔法による治療の最大の利点は込められる魔力量で与える効果が変化する事をエヴァンジェリンは知っている。
見習いだろうが近衛 木乃香の魔力量ならば、一気に回復させられる事を示唆する。

「そうは言わんが……」
「そろそろノーテンキな小娘に現実を見せてやれ」
「……だがのぉ…………」

流石に皮膚の表面が炭化し、ケロイド状の大火傷を負った酷い状態の人の姿を木乃香に直視させるのを躊躇う近右衛門。
エヴァンジェリンはそんな近右衛門の様子に孫馬鹿も大概にしろと言わんばかりに睨む。

「ショック療法というではないか? 魔法がファンタジーで楽しい物だと勘違いさせるよりはマシだ」

現実的で魔法が如何に危険な物かを実地で見させる良い機会だとエヴァンジェリンが告げる。

「それにジジイの孫娘の師は其処のところはきちんと教えている良い意味でリアリストだ」
「…………」

エヴァンジェリンが木乃香の師――天ヶ崎 千草――を認めるかのような言い方をする。
事実、千草は木乃香に魔法の恐ろしさをきちんと伝え、修業でも甘やかす真似はしていない。
エヴァンジェリンが見る限り、少々甘いような気もしないわけでもないが、やる気を引き出す教え方は及第点だと考える。

「力は中堅クラスだが、アイツは使える陰陽師だ。
 おそらく現実の厳しさってヤツをその目でしかと見てきたんだろうな」

"使える"とはっきりとエヴァンジェリンが口に出した。

「頭に血が昇りそうになってもギリギリのところは熱くならん。
 したたかに相手を見て、決して……流されないだけのしっかりと大地に張った根っこの部分がある」

今回の事件の時でも千草は不利な状況をきちんと理解して、自身に出来る限りの事を精一杯した。
イイとこを見せようとする魔法使いと違い、現実的な対応が出来る点をエヴァンジェリンは気に入っていた。

「天ヶ崎 千草には……流されぬ強さがある。
 ここに居る連中でもそれなりに相手が出来るかもしれんが……最後に立っているのはヤツかもしれんぞ」

手段を選ばないやり方を嫌う綺麗事しか言わない連中など泥臭い実戦を知っている者には勝てるはずがない。
卑怯な手段を実戦で使われ、汚いとほざくのは愚か者の戯言に過ぎないとエヴァンジェリンは語る。

「ククク、出来る人材を放出する組織など高が知れている。
 関西呪術協会……随分と明るい未来があるみたいだな」

クククと使える人材を平気で放出する関西呪術協会を嗤う。

「詠春は剣士としては優秀だったが、長としては甘く優しすぎたな。
 身内であろうとも、断固とした決意を持って……事に当たりさえすれば良かったのだ」
「……そう悪し様に言わんでくれんかのぉ」
「切り捨てられない事が悪い訳ではない……人としては間違っているわけではない。
 だが、人の上に立つ者としては分かるだろう?」

エヴァンジェリンの言いたい事が分かるだけに近右衛門は口を塞ぐしかない。
指導者には時に非情な決断を下さねばならない状況もある。
ただ優しいだけでは務まらないとエヴァンジェリンが暗に告げている事も否定できない事実だった。

「で、それを踏まえて今回の事件はどうする?」
「如何とは?」
「分かっているくせに聞くな……勝手の動いた連中の処分だよ」

負の感情が込められた愉しげな笑みのエヴァンジェリンに近右衛門は頭を抱えたくなる。
それ相応の処分をしないと見限るぞと告げられたような発言だった。
事実、関東魔法協会の理事である近右衛門の指示は待機であったにも係わらずに勝手に動いた点は否定できない。
如何に正義感から生まれた行動でも、組織の一員としての立場を鑑みれば……迂闊としか言えない。

「やっぱり処分を出さんと不味いかのぉ?」
「少なくとも警備体制の強化を訴えたリィンの意見を却下して……こんな事態を引き起こしたんだ。
 リィンと和解する気があるのなら、厳罰にしないとな」
「むぅ……」
「既に信用など失っている状況だけに本気を見せんと……知らんぞ?」

自業自得ではあり、踏んだり蹴ったりのガンドルフィーニ達に更に鞭打つ形で厳しい処分を申し渡さねばならない。

「ま、後一年程度だから……好きにすればいいさ」

卒業という形で麻帆良学園都市から出て行ける立場のリィンフォースを引き止める手段など魔法使い達にはない。
実力で留めるという手段を選択すれば、どうなるかは今回の一件ではっきりと身に染みた。

「一つ言っておくが、今回の件……甘い処罰で収める気なら覚悟するんだな」

エヴァンジェリンは今回の事件の顛末を半端に終わらせる気がないと告げる。

「さて、ジジイの覚悟の程を後ほど見せてもらうぞ」

近右衛門は比較対象にされる事に背中に冷たい汗を浮かべ……流さざるを得なかった。






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EFFです。

リアルの方が忙しく全然書く時間が取れない現状です。
しかもネギまの魔法世界編のウダウダ感というか、父親の尻拭いっぽい展開にテンションが上がらない。
結局のところ、残党狩りをきちんとしなかった紅き翼と臭いものにフタをした元老院に問題があるんでしょうね。
いや、まあ戦争なんだから最後まできちんとケリをつけなかった父親たちのツケを息子が必死で支払っているという点が私のテンションの上がらない原因かもし れません。

それでは次回でお会いしましょう。




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