華琳の出した指示により、春蘭と秋蘭の部隊が本隊から分離していく。
彼女達が持ち場に着くと、残った本隊は、数えられる程に減っていた。
戦の時をジッと待つ中、小十郎は緊張に身を固める許緒を一瞥する。

「あまり緊張するな。許緒、俺達は俺達の役目を果たせば良い」
「小十郎様……は、はい。あの、それとですね――」

許緒がモジモジしながら、言い難そうに口を開いた。

「ボクの事は季衣と、真名で呼んで下さい。春蘭様と秋蘭様も真名で呼んで良いって、言ってくれたので」
「そうか。じゃあお前の言う通り、これからは季衣と呼ばせてもらう」
「はい。へへっ……何だか小十郎様って、お兄ちゃんみたいですね」

季衣の言葉に、小十郎が思わず首を傾げた。

「兄妹が居たのか?」
「あ、いいえ。何だか小十郎様からは、お兄ちゃんみたいな感じがするなぁって……」
「…………成る程な。まあ、お前の呼びたいように呼びな。俺は別に構わねえからな」
「えっ……! じ、じゃあ小十郎様……兄ちゃんって、呼んでも良いですか……?」

子供がそんなに緊張する事はないと思うが――。
小十郎は内心でそう思いつつ、微笑を浮かべた。

「言っただろ? お前の好きなように呼べ。子供が遠慮なんかするな」
「……あはっ♪ ありがと、兄ちゃん♪」

ほのぼのした雰囲気が流れる中、それを桂花の怒声が打ち破った。

「こらそこぉ! 和むな! 作戦が始められないでしょ!!」
「ちっ……口喧しい軍師殿のご命令だ。行くぞ、季衣」
「うんッ!」

季衣が小十郎と共に馬に乗り、呼んできた桂花の元へ向かった。
彼等がこちらへ向かって来る中、桂花はブツブツと文句を呟く。

「何よあいつッ! 私はクソガキで、あの娘は真名? 何が違うってのよ……ッ!!」

 

 

桂花の策通り、戦いの野に銅鑼の音が大きく響き渡る。
何度も重低音の音が響き渡ると共に、何かが聞こえてきた。
――人の咆哮だ。それも砦の城門の内側から聞こえてくる。
言うまでもなく、人と言うのは立て籠っている盗賊達だろう。

「……桂花」
「はい……」
「これも貴方の作戦の内なのかしら?」
「いえ、これは流石に想定外です……」

ガックリと、桂花は項垂れる。
その隣で小十郎が呆れたように言った。

「どうやら連中、銅鑼の音を出撃の合図と勘違いしているらしいな」
「ハァ……そうみたいね。単純な連中って、どうしてこう…………」

華琳も小十郎と同じく、呆れ顔だ。

「何だ? 高らかに名乗る言葉とか、考えていた口か?」
「……一応、こう言う時の礼儀だからね。まあ大した内容ではないから、次の賊討伐の時にでも使う事にするわ」

そう2人が言葉を交わしていると、季衣が前方を見ながら叫んだ。

「曹操様ッ! 兄ちゃんッ! 敵の軍勢、突っ込んできたよッ!」
「へっ! ようやく敵さんの御出ましか……」

小十郎の言葉に華琳が微笑を浮かべる。

「多少のズレはあったけど、こちらは予定通りに行動するまで。総員、敵の攻撃は適当にいなして、後退するわよ!」

曹操の指示に従い、少数である本隊は、徐々に後退を始めていく。
桂花の作戦通り、敵の部隊は得物を見つけた獣のように追い掛けてくる。
時折矢などが放たれてきたものの、小十郎と季衣が全力で防ぐのだった。

 

 

 

 

一方――春蘭と秋蘭の伏兵部隊では、兵が本隊の後退を2人に報告していた。
しかし予定の時間より僅かに早い事に、春蘭の表情に若干不安の色が広がる。
そんな姉の気持ちを落ち着かせる為に、秋蘭は彼女に声を掛けた。

「心配し過ぎだ、姉者。隊列は崩れていないし、相手が血気に逸ったか、作戦が予想以上に上手くいったか……そう言う事だろう」
「そ、そうか……ならば総員、突撃準備だッ!!」

春蘭の号令に応え、兵達が背後からの強襲の準備を着々と進めていった。

「ほら姉者、あそこに華琳様は健在だ。桂花も片倉も季衣も、ちゃんと無事のようだぞ」
「おお……良かった……」

姉が胸を撫で下ろす姿に、秋蘭はクックッと笑う。
何時見ても、こう言う姉の姿はとても可愛らしい。

「……これが、敵の盗賊団とやらか」
「隊列も何もあった物ではないな」
「ただの暴徒の群れではないか。この程度の連中、策など必要なかったな、やはり」
「そうでもないさ。策があるからこそ、我々はより安全に戦う事が出来るのだから」

最もな秋蘭の言葉に、春蘭は頷くしかなかった。

「……秋蘭、そろそろ頃合いか?」
「まだだ。横殴りでは、混乱の度合いが薄い」

不満気な顔を浮かべながら、春蘭は押し黙る。
そして暫くした後、再び春蘭は尋ねた。

「…………ま、まだか?」
「まだだ」

まだらしい。
また暫くして、春蘭が尋ねる。
――返ってきたのは同じ答え。

そろそろ我慢の限界が来たのか、春蘭が落ち着かなくなってきた。

「もう良いだろう、もうッ!」
「まだだと言っているに……少し落ち着け、姉者」
「だがこれだけ無防備にされているとだな、思い切り殴り付けたくなる衝動が……」
「気持ちは分かるが、もう少しで敵の殿が見えてくる。後少しの辛抱だ……」

秋蘭の言葉通り、敵の殿が見えてきた。
そして――殿が自分達に背を向けた時。

「よしッ! もう良いな?」
「うむ。遠慮無く行ってくれ」
「おう。後ろを頼むぞ、秋蘭」

春蘭の言葉に頷き、秋蘭は自分の部隊に指示を送る。

「よしっ! 夏候淵隊、撃ち方用意!」

春蘭もまた、自分の部隊に檄を飛ばした。

「総員攻撃用意ッ! 相手の混乱に呑まれるな! 訓練を思い出せ!」

春蘭の檄に、兵達の士気が自然と高まっていく。
それを見た秋蘭は、矢を放つ準備を終えた兵達に言い放った。

「敵中央に向け、一斉射撃! 撃てッ!!」

刹那、矢の雨が盗賊団の上空から降り注ぐ。
直撃し、絶命する者、重傷を負う者、辛うじて避けた者――様々だった。
しかし大混乱に陥っているのは誰もが同じで、強襲には持ってこいだ。

「統率が無い暴徒の群れなど、触れる端から叩き潰せッ! 総員、突撃ィィィ!!」

春蘭の指揮する部隊が、敵に向け、駆け出した。

 

 

「でやああああッ!」
「――――邪魔だ!」

春蘭、秋蘭の背後からの強襲は見事に成功し、華琳率いる本隊は反転。
強襲で大混乱している盗賊達へ一気に攻め込み、畳み掛ける。
本隊の主戦力とも言える小十郎と季衣が率先して斬り込み、敵の相手をしていた。

「兄ちゃんッ! 曹操様の方に敵が!」
「ちっ、季衣! ここの敵は任せる!」
「うん、ボクに任せてッ!」

無論、2人は華琳と桂花の護衛と言う使命も忘れていない。
彼女達に襲い掛かる輩が居れば、優先して斬り捨てていた。
しかし華琳も相当に腕が立つ為、彼女自身の護衛は殆ど必要無かったが。

「ヒィィィッ! こいつ等、デタラメな強さだッ!?」
「とても敵わねえ……ッ! に、逃げろぉぉぉぉ!?」

敵わないと見るや、存命している盗賊の殆どが我先にと逃げて出して行く。
兵達も逃げ道を塞ごうと集まるが、彼等の行動を桂花が指示をして止めた。

「逃げる者は、逃げ道を無理に塞ぐなッ! 後方から追撃を掛ける、放っておけ!」
「はっ! なかなかエグい策を考えやがるな、俺等の小さい軍師殿は……」
「真正面から奴等を下手に受け止めて、噛み付かれるよりはマシでしょう?」
「まっ……御尤もな、お言葉だな」
「それより貴方、今私の事を小さいって言ったわね! すぐに訂正――」

桂花が言葉を言い切る前に、彼女に向けて放たれた矢を小十郎が斬り払った。
何が起こったのか分からず、呆然とする彼女に、小十郎は呆れ気味に言う。

「こんな戦場のド真ん中で、癇癪を起こすのは止めてほしいんだが?」
「な、な、くぅ〜ッ!! なら貴方が私の気に障る事を言わなければ――」

言い終わる前に、小十郎は彼女の前から姿を消していた。
見れば何時の間にか、季衣が戦っている場所に飛び込んでいる。
ぶつけどころの無い怒りに、桂花は再び癇癪を起こすのだった。

 

 

「華琳様、御無事でしたか」
「御苦労様。秋蘭、見事な働きだったわ」
「御褒めに与り、光栄の極みです」

戦闘が始まってから、数時間が経過し――盗賊の姿はもう殆ど見えなかった。
絶命している敵は言うに及ばず、辛うじて生き永らえた者は逃げ出したのだ。
小十郎が息を軽く吐き、刀を収めながら、桂花に訊いた。

「おい、春蘭と季衣の姿が見えねえが?」
「どうせ夏候惇は追撃したいだろうから、季衣と一緒に追撃命令を出しておいたのよ」
「はっ! 流石は軍師殿。加わって間も無い内から、あいつの性格を見抜くとはなぁ」
「…………貴方に言われても、何故か嫌味にしか聞こえないんだけど?」

これでも彼女を未だに“クソガキ”扱いしている小十郎なりに褒めたつもりだ。
それが嫌味に聞こえると言う事は、まだまだお互いにシコリがあるのだろう。

「桂花、見事な作戦だったわよ。負傷者も殆ど居ないようだし、上出来だわ」
「あ、ありがとうございます……ッ!」

華琳に褒められ、桂花は心底嬉しそうに顔を歪めた。
彼女が華琳を想っている度合いは、どうやら春蘭や秋蘭と同等らしい。
まあ、それでなくては、華琳をあえて試したりは絶対にしないが――。
小十郎は腕を組みつつ、そう思った。

「それと……小十郎」
「…………何だ?」

突然華琳から名前を呼ばれ、ぶっきら棒に対応する小十郎。
秋蘭と桂花の視線が集まる中、小十郎は彼女の言葉を待つ。

「季衣と一緒に、よく私と桂花を守ったわね。見事だったわ」

彼女の言葉に、小十郎は少し黙った後――。

「季衣がよく頑張っていた。俺は殆ど何もしちゃいない」

フンと、言わんばかりにそう言った。

「それは謙遜? まあ別に良いけど、貴方の初陣での活躍は見せてもらったわ。私や春蘭が認めた武の持ち主だけの事はある。伊達政宗とやらも、優秀な将を従えているのね」

小十郎は華琳を一瞥し、呟くように言った。

「政宗様は天を駆け昇る竜と成るべき御方。人を見抜く目は御持ちになっている」
「…………ふ〜ん、そう(何? 何だかムキになったような言い方して……!)」

華琳の心の中の言葉などいざ知らず、小十郎は徐に天を仰いだ。
その後暫くして、追撃から戻った春蘭と季衣を加え、華琳達は出陣した。
彼女達の目的地は言わずもがな――自分達の家同然の――陣留である。

 

 

 

 

陣留へ向けて出陣してから、既に4日が経とうとしていた。

「盗賊達は撃破し、奴等の城も落としたが……肝心の古書は見つからなかったな」

そんなある時、馬に乗りながら、秋蘭が無念そうに呟いた。
結局撃破した盗賊達の中からは、華琳達の探す古書を持っている者の姿は無かった。
その件はとても残念であったのだが、盗賊団を1つでも潰せたので“良し”とした。

「うむ、非常に無念だ。一体何処にあるのやら、大変用心の書は……」
「「「「ハァ……?」」」」

春蘭の言った言葉に――何度目になるのか――再び場が凍り付く。
頭を押さえつつ、華琳が春蘭に向けて言った。

「……春蘭。正しくは太平要術よ」
「えっ……? あっ……」

ようやく自分の言った間違いと空気の重さに気付いたのか、春蘭が狼狽する。
ある者は眼を合わせようとせず、ある者は眼を合わせた途端に溜め息を吐く。
その中でも、どちらにも属さない小十郎と季衣に、春蘭は縋るように言った。

「な、なあ2人とも! 言ったよな? 私、そう言ったよな?」
「テメェは……自分の言った事を全く覚えてねえのか?」
「春蘭様……何かとても残念な感じがするんですけど……」

頼みの2人に駄目出しされ、ガックリと落ち込む春蘭。
そんな姉を哀れに思い、妹の秋蘭がよしよしと慰めた。

「まあ、まだ永遠に見つからないと決まった訳じゃない。これからも探すんだろう?」
「当然よ。今回の所は、桂花と季衣と言う貴重な宝が手に入ったのだし、満足だわ」
「はいっ! これからも宜しくお願いします、曹操様!」

正式に華琳の軍へ参加する事が決まり、今以上に季衣は意気込む様子を見せる。
それもそうだ。何故なら彼女の住む村がある地域も、華琳が治める事になったのだから。

何でもこの辺りを治めていた州牧が、盗賊に恐れをなして逃げ出したらしい。
そこで今回の賊討伐を終えた華琳が、その役割を引き継ぐ事にしたのである。
更に今回の武功を褒められ、季衣は華琳の親衛隊を任せられる事になった。
度重なる嬉しい事の連続に、季衣が飛び上がるように喜ぶのも無理はない。

「さて、後は桂花の事だけれど……」
「……はい」

名を呼ばれ、桂花は緊張感に身体を固くする。
賊討伐に交わした、華琳との約束である事は間違い無かった。

「もうすぐ城に着くのだけれど……私、今とてもお腹が空いているの。分かる?」
「…………はい」

結論から言ってしまえば――桂花は約束を守れなかった。
糧食は昨日の時点で底を尽き、ここに居る誰もが朝食を口にしていない。
それはこちらの被害が予想外に少なく、兵が予想以上に残った事にある。

「ですが曹操様。1つだけ言わせて頂ければ、それはこの季衣が……」
「はにゃ?」

突然自分の名を呼ばれ、可愛らしく首を傾げる季衣。
明らかに今回の原因は、自分にあると分かっていない顔だ。

「確かにそいつの言う通りだな。これは言ってしまえば、不可抗力に近いと思うが……?」
「不可抗力や予想の出来ない事態が起こるのが戦場の常よ。それを言い訳にするのは、適切な予測が出来ない、無能者のする事だと思うけど?」

華琳の言う事は的を得ている。
桂花も思わず黙ってしまった。

(……流石に俺にも、糧食を人の十倍食べる味方が加わるってのは、予想出来ねえがな)

その味方と言うのは、最早言わずもがな、季衣の事である。
彼女はその小さな身体から予測出来ない程、糧食を平らげたのだ。
前述に小十郎が呟いている通り、それこそ常人の十倍以上は軽く。

一食辺りの誤差も、数が続くと無視が出来ない程の数字に膨れ上がっていく。
その誤差が桂花の予想を超えたのが、昨日の夜の出来事だったと言う訳だ。

「えっと……ボク、何か悪い事をしたんですか?」
「いや、季衣は別に何も悪くない。気にするな」

不安そうに顔を曇らせる季衣を、立ち直った春蘭が慰めた。

「どんな約束でも、反故にする事は私の信用に関わる。少なくとも、無かった事にする事は出来ないわね」
「…………分かりました。最後の糧食の管理が出来なかったのは、私の不始末。首を刎ねるなり、思うままにして下さいませ」

場に重い空気が広がる中、華琳が徐に吐いた息がそれを破った。

「とは言え、今回の遠征の功績を無視出来ないのもまた事実。……良いわ、死刑を減刑して、お仕置きだけで許してあげる」
「あ、曹操様……ッ!」

神妙にしていた桂花の表情が、みるみる笑顔に変わっていった。

「それから季衣と共に、私を真名で呼ぶ事を許します。より一層、奮起して仕えるように」
「あ、ありがとうございます……ッ! 本当にありがとうございます! 華琳様ッ!!」
「ふふっ。なら城に戻ったら、私の部屋に来なさい。たっぷり……私が可愛がってあげる」

華琳がそう言った瞬間、春蘭と秋蘭の間にただならぬ雰囲気が満ちていく。
2人は不満げながら、羨ましそうに桂花の事を見つめている。
まさかこいつ等――小十郎は顔を思わず顔を顰め、溜め息を吐いた。

「ん? どうしたの、兄ちゃん」
「いや……何でもねえ。気にするな」
「ふ〜ん……変な兄ちゃん」

初めて会った時から、華琳、春蘭、秋蘭の3人の仲はただならぬ物が感じられた。
が、まさかそこまで深い関係に陥っているとは――小十郎にとって予想外である。
今更ながら、トンデモない所に自分は身を置いていると、小十郎は頭を抱えた。

「ねえねえ兄ちゃん、城に戻ったらさ、一緒に何か食べに行こうよ!」

だがそんな憂鬱も季衣の無邪気な笑顔を見たら、見事に消え失せてしまうのだった。

「分かった。お前の好きな所に付き合ってやる」
「わぁーい! 春蘭様と秋蘭様も、一緒にどうですか?」

季衣に誘われ、やれやれと言わんばかりに2人は頷いた。

「せっかくの御誘いだ。行くぞ、秋蘭」
「ああ」

こうして華琳達は盗賊退治を終え、無事に城へと戻った。
新たな仲間を、2人も加えて――。

 


後書き
第5章をお送りしました。盗賊討伐、無事に終了。
そして小十郎、華琳達の百合の雰囲気に気付く(笑)
ラブコメとして難しい小十郎ですが、苦労人にはなりそうです。
では、また次回。


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