私の名前はオモヒデボロボロ。

私の主人、つまりはマスターと呼ぶべき存在はアキト。

私の親友、ラピス=ラズリといっつも一緒に過ごしている人。



「がらがら〜」

「ぺっ」



朝。6時に起きた二人はユーチャリスの艦内居住区で食事をし、二人肩を並べて歯を磨く。

この人達、ユーチャリスをアカツキ会長のポケットマネーを使ってネルガルから買い取ったんです。いや、ホント酷い人達。

まぁ、私としては私自身のデータが消される可能性が消えたのでいいんですけど。


さてさて、何故に二人はユーチャリスを買い取ったのか。

それは、火星の後継者の反乱の後、復興に着手した火星のネルガル支社の地下に、アカツキ会長が新たなアジトを建設したんです。

で、ほとぼりが冷めるまでそっちでのんびりしててと。つまりは幽閉です。



アキトも別にユリカ達の元へ戻るつもりなどなかったので快く了承しました。

ラピスはあの二人に取られたくないって言ってましたし。ただ、会長室にハッキングを掛けられると頭を抱えていました。

ラピスが対抗して電子面では何とか抑えていますが、直接押しかけられた日にはもう…って。

ユリカも体調を回復させてからは毎日のように会長室へ向かっているそうで。尤も、門前払いも何度か食らっているようですが。



「さて、朝飯にするかぁ」

「ん…」



ここに来て既に半年近く。会長はアキトをネルガルから捨てたと言い訳していますから、二人は宇宙を探し回っていることでしょう。

フフッ、テンプレ通りに事を進ませては面白くありませんからね。何気に会長室のPCに、ラピスが「木星のデブリ帯で彷徨ってる。早く食料寄越せ」 とか「月 の食堂不味い。いいコック雇え」とか、わざと自分達の居場所を教えるような内容のメールを送っていますから。

ラピスと一回しか交信していないルリにはラピスの性格を把握しきれてませんから、どうしてもそちらを信じがちになってしまうのでしょう。



「ボロボロ?」

『はいはい、何でございましょうか?』

「今日は仕事だから、ラピスのこと頼むぞ」

『ええ、勿論でございますとも』



おっと、ついつい思考に沈んでいたため忘れていました。幽閉とはいっても、働かざるもの食うべからずは世の常。

じゃ、何してるかというと、昼間はシングルマザーやシングルファザーのための保育所の職員をやってるんですよ。

アキトは子供に人気がありますからね。仕事のときはちょっと黒が薄めのサングラスなんですが、それも子供達に人気だそうで。

で、夜は何かというと、OL相手のホステスなんです。え、アキトがホステス? おかしくないって? いやいや、問題ないんですよ。

従者として悲しいところですが、それくらいやってくれないと…土地もユーチャリスもローンで買い取りましたし、食料は勿論有料だし。



というわけで、朝食をパパッと済ませたアキトはラピスと一時の別れを惜しみながらもユーチャリスを後に。



ラピスはそれから何をやっているかというと、新型のナノマシンを開発なんです。

アキトの味覚は未だに治っていませんから。治ったついでに特許も取って一石二鳥。

アキトの戸籍はともかく、ラピスの戸籍は反乱後に作りましたから。これで大金持ちを目指そうというのです、さすが我が親友。抜け目がありません。



「そういえばオボ…じゃなかった、ボロボロ?」

『何だか悪意を感じますね、バディー?』

「まぁまぁ、気にしないで。それよりもボロボロの新型フレーム、どうする?」

『よろしいのですか? 資金はまだ不足しているのに』

「目処が立った。今理論が閃いた。これなら完璧。マシンチャイルド不要の新しいハッキングシステムを考案した」

『ほむ。興奮していますね』



オペレーションルームでいつものように目の前の巨大モニターを見詰めながら、グッとガッツポーズを取る姿はAIの私から見ても愛らしい。

ええ、処女を頂きたいくらいです。…流石に冗談ですよ? だってラピスの処女は既にアキトが―――おっと、口が過ぎました。



『では、両性具有タイプを男女で一体ずつ』

「わかった、任せて。うんうん、これならアキトが帰ってくるまでに…ぶつぶつ」



おやおや、冗談で言ったつもりなのですが…手に入れられるならいいでしょう。

自分の世界に入ってしまったラピスを置いて、私は昼寝と決め込むことに。AIも疲れるんです、ええ。









「ただいま…」

『おかえりなさいませ、アキト』



翌朝、いつものようにスーツを乱れさせたアキトが帰宅しました。話を聞くに、今日は面倒な客が来たそうです。

何でも、惚れた男は悉く先に死んでしまうそうな。それだったらアキトに惚れないでください。ええ、アキトが死んだら私もラピスに殺されますから。 我が身が 一番。

それにしてもその女性の話、昔昔にどこかで耳にしたことのあるような内容ですね。もしかしたら旧ナデシコクルーだったり。って、そんなわけない か。



「ラピスは?」

『オペレーションルームで夕飯も摂らずに考え事です』

「またか。最近詰め過ぎだな」

『アキトのせいですよ。少しは自覚を持ったらどうですか?』

「わかっている」



廊下を進み、オペレーションルームへと足を運ぶアキトに続いてモニターがストーキング。

その途中のある部屋の前に立っていたのは編み笠の男。そう、北辰です。反乱の後に木連を首になった彼は行く宛がなかったのでネルガルで雇うことに したんで す。



「む、今日は早いな」

「フッ…我にすれば女子の一人や二人、捌くのは容易い事よ」

「言ってろ」



すれ違いさまに言葉を交わし、アキトは何事もなかったかのように廊下を進みます。いや、カッコいい。

同じ店舗のライバル同士、頑張って欲しいですね。あれでナンバー3なんですから最近の女性の好みはわかりません。

ちなみにアキトとはナンバー2を争う仲で、今月はアキトの売り上げのほうが上なんです。一番は月臣中佐です。彼はイケメンですからモテるのもわか ります。



「ラピス?」

「…」



と、オペレーションルームに到着したアキトが席の後ろからラピスに声を掛けますが、返事が来ません。

覗き込んでみると、そこには目の前のキーボードに突っ伏してすやすやと眠るラピスが。ああ、女神様…じゃなかった、妖精様万歳。



「まったく、今日もここで寝んね―――、」

『凄いでしょう、アキト?』



ラピスを抱き上げたアキトが、モニターに映る膨大な量のデータを見やって言葉を失っています。流石のアキトも一晩でこんな大それた事を成し遂げる なんて思 いもしなかったのでしょう。



「なんだこれは…またどっかに入ったのか? いや、それにしては…」

『フフッ。後で説明しますよ。とりあえずラピスを運びましょうか』

「…まったく。無茶をして」



ああ、アキト。いいツンデレ具合です。頬が緩んでますよ?

お姫様抱っこでラピスを抱えたアキトは、父親としての表情を浮かべながらその場を後にします。

こういう顔、ここでしかしないんですよね。ツンデレというか、場所によってデレが発生する場合と発生しない場合があるなんて珍しい人です。









「なるほど、そういうことか」

『ええ、そういうことです』



ラピスを居住区に眠らせた後、朝食をたかりに来た北辰を足蹴にしつつキッチンで二人分の目玉焼きを作ったアキト。本当にツンデレなんですから ///

って、私が赤くなっても意味がありませんね。北辰が赤くなっているのは気色悪いですが。



「新型のハッキングシステムか。これならラピスのような存在は今後製造されることはないだろうな。だが、既に製造されたラピスに関しては我々が守 るしかあ るまい」

「フンッ、言われなくても」

「そう鼻息を荒くするな、テンカワ。我も汝もネルガルに職を戴いている身。ここは肩を寄せ合って…」

「気色悪い! そもそもお前は月に住居があるだろ!」

「いけず…言わなくてもわかるでしょ!(赤)」



うげええええ。これは私でも吐き気を覚えました。どこから吐けばいいのかわかりませんが、とにかくこの、電子回路に生じた不快感を表に出したい気 分です。

アキトだってほら、ブラスターを遠慮なくぶちかましていますし。ああ、銃声でラピスが起きてしまいますよ!―――あ、額に当たった。



「って、何で当たったのに!」

「フッ、こんなこともあろうかと博士が中身をペイント弾に替えておいたのだ」

「……はぁぁ」



…まぁ、倶楽部ネルガルのナンバー3ですから。惜しいんでしょう。アキト、そんなに落ち込まないでください。私も気持ち悪いですから。一緒です よ。

む、予備の弾丸も全てペイント弾に…スーツのポケットに入っていたはずなのに、いつの間に替えたんでしょう?



「…なに? うるさい…」

「あ、ラピス。起こしたか、すまない」

「ううん…別にいい」


ブラスターが使えないので拳闘に移行してからしばらく。目をしょぼしょぼさせながらリビングに現れたラピスに、マウントを取って一方的に殴り続け ていたア キトが我に返って振り返ります。

ラピスは二人を置いて椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながら舟を漕ぎ始めました。ああもう、本当に天使なんだから! ボクチン感激!



「まだ寝てていいんだぞ?」

「ん…アキトと、一緒なら、寝る」

「わかった。…おい、掃除しておけよ」

「ぐふぅ…まったく、吐血寸前の我にまだ労働を強いるとは、この鬼畜めっ…!」



仰向けに倒れ伏したまま未だに悪態をつく北辰をアキトは無視し、ラピスの手を引いて寝室へと戻っていきます。

顔を殴らなかったのは、膨れ上がった顔でお客の前に出るのは良くないという最後の心遣いでしょう。



『北辰、ついでに艦内全域の掃除もお願いします。主にバッタじゃ手の届かないところを』

「我は今日も出勤なのだが?!」



これくらい出来なくて何が木連の影ですか。普段からカッコつけてるんですから、それに見合った結果を出しなさいな。








「ぐー…」

「……」



二人がベッドに潜り込んでから数分も経たない内に、ラピスを寝かせるはずなのにアキトが寝てしまいました。

サングラスを外しているため、アキトの年相応の寝顔が露になっています。いっそのことこのまま食べちゃいたいくらいです。

ラピスはというと、アキトの腕枕の上で体を密着させながら、じっとアキトの寝顔を見詰めています。何でしょう?



「ねえ、ボロボロ?」

『はい?』

「アキトは、あとどれくらいなの?」

『……』



やれやれ。いきなり暗い話題を引っ張ってくるとは、ラピスはやはりKY。いえ、親友にこの言葉を当てるのはよくありませんね。でもやっぱりKY。

でも、この場合はむしろ私がKY?



『わかりませんよ、こればっかりは。むしろ社長派からの暗殺の可能性が高いので。無論ガードはつけていますが』



そのための北辰です。薄給なんですが、本人は殺し合いが出来るからと請け負ったそうですが…よくもやります。



『でも、その心配を無くすためにドクターが頑張っていらっしゃるんですから』

「努力をしたから必ず結果が出るっていうなら、誰も苦労しない」



アキトの横顔を見詰めたまま喋るラピスの表情は、非常に暗いというか、怒っているといったほうが正しいのでしょうか。

戦いになればラピスの存在は不可欠となりますが、こと医療に関してはラピスは門外漢。独学を重ねていますが、最先端を行くドクターに遠く及びませ ん。

かといってドクターに話を聞きに行くなど、その分アキトの味覚を治す手段を見つけるのが遅くなると。そこまでドクターも詰めているわけではないの で、以前 お話したら苦笑いしていましたが。



『ラピスは真面目すぎるんですよ。少しは落ち着いて周囲を見渡してください』

「してるよ」

『いいえ、私から見れば子供らしいアキトよりずぅっと子供です』

「オボロに言われたくない」

『うるさいです洗濯板』



軽口を叩きあいながら、ラピスはアキトの横顔から視線を外してその体に抱きつきました。黒いパジャマに皺を作り、自分のものだと言わんばかりに。

私のものでもあるんですから、あんまりくっつかないでくださいよ。



『ラピス。恐らく貴女は、アキトがどれだけ貴女に感謝しているのか知りません。アキトは貴女がアキトに感謝していることも理解しているし、自身が 貴女に感 謝していることも知っています』

「む…」

『ラピスがアキトに出来ることなんて殆どありませんし、自分から何かしたいというのなら…せめて慈愛の心を持ってアキトを抱きしめなさいな?』

「…」



反乱を鎮圧しても、未だにアキトを悪夢が度々襲っているんですから。

私がアキトの悪夢を取り除けるわけでもないですし、ラピスも出来るとは限りません。かといって夢の内容を操れば、それは火星の後継者と同じではな いかとい う思いもあって手を出せません。



私の言葉を聞いて、ラピスは一層アキトを抱く腕の力を強くしましたが…ああ、私も早くそこに加わりたいです。ぐふふ。



<完>



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