爆裂陣(メガ・ブランド)!!!」

 リナの呪文とともに、夜空に舞う山賊たち。

 術をまともにくらった者は地面にひれ伏して呻き、逃れた者は刀剣を手にあわあわと周囲の惨状を見渡している。彼らがねぐらにしていた小屋のいくつかは、すでに火炎球(ファイアー・ボール)の直撃をモロに受けて巨大な松明と化し、暗い森に明々と火の粉を撒き散らしている。

 これがたったひとりの少女の仕業だと、誰が想像できるだろう。

 リナ=インバース。年の頃なら15〜16の小柄な少女だが、「ドラゴンもまたいで通る=ドラまた」と呼ばれ、「命に関わる危険な生物ベスト100」などのランキングにも上位にその名を連ねる大悪党である。

 ――というのは主に盗賊たちからの認識で、彼女は単に、道中の路銀稼ぎとストレス発散を兼ねて「盗賊殺し(ロバーズ・キラー)」をやっているに過ぎない。自称・剣士にして美少女天才魔道士。彼女を知る人物は「美少女」のワンフレーズに耳を塞ぎたくなるかもしれないが、その実力に異を唱える者はいないだろう。数々の盗賊団を壊滅させ、ときには一国をも滅ぼし、裏社会からのみならず表社会でもその悪名を知られるビッグネームなのである。そのため、栗色の長い髪と愛らしい顔立ちは、世の中のたいていの人にとって悪魔の化身に見えるらしい(笑)。

 この夜、アジトに火を放たれ、仲間をブッ飛ばされ、お宝を根こそぎ奪われた山賊たちにとって、リナは悪魔そのものだった。しかし彼女にとってはこれも日常の一部。意外にもずっしりと重い麻袋にご満悦の笑みを浮かべるリナの耳に、盗賊たちの切迫した悲鳴は届かないのだった。







「リナ・インバース、旅の日常」
(前編)

──スレイヤーズ──






<STAGE1:リナ、賠償金を請求される>



 ──翌朝──

 食堂のイスにゆったりと腰かけたガウリィは、窓の外に広がるのどかな景色に目を細めた。小さな町の外れにある、小さな村である。「リナさえ来なけりゃ平和だったろうになー」とあくびをこぼし、彼は旅の連れが下りてくるのを待った。

 ガウリィ=ガブリエフの名を持つこの青年は、リナの保護者を自負している。「なに、あのドラまた保護者だと!? そいつはロクでもないやつに違いねー!」と想像の翼が広がるのは無理からぬことだが、長身の金髪美系、優しげな面差しは、どちらかといえばあまり人に警戒心を抱かせない。警戒しなくてはならないのは頭の中身のほうで、リナいわく「脳みそは半分溶けている」とのこと。当人も否定するつもりはないようだ。ならばただのとっぽい兄ちゃんかというとそうではなく、剣士としては超一流。相手の魔法攻撃を剣でぶった斬るなどという途方もないことやってのける、凄腕だったりするのである。

 彼の戦士としての直感が階段を下るリナの存在を教えていたので、ウェイトレスの女の子を呼んで朝食を注文する。AセットとBセット、とりあえず3人前ずつ頼んでおけば問題ないだろう。

 顔の筋肉を引きつらせつつ、ウェイトレスがそそくさと厨房に取って返すのとほぼ同時に、リナの姿が現れた。ショルダーガードやマントもしっかり装備した、万全の旅装である。ガウリィと同様に。

 いつもどおり朝の挨拶を交わした後、ガウリィはふと迷った。

 ゆうべの「盗賊いぢめ」を注意すべきかどうか、である。

 趣味と実益を兼ねた軽〜い運動、という程度にしかリナは考えていないようだが、たとえ相手がしょぼい盗賊団であっても、それなりの剣士や魔道士がいる可能性はある。彼女が「リナ=インバースである」という一義だけでもトラブルを呼ぶには十分すぎるのに、望んで首を突っ込むなどとても危なっかしくて見てはいられない。かといって同行しようとすれば、なんのかんのと理由をつけて追い払われる。どうやら彼女にとっては、ひとりで優雅に楽しむ午後のティータイムのようなものであるらしいのだが……保護者としては頭の痛い問題である。実際問題、リナを返り討ちに出来る人間などそうそういるはずもないので、今のところ大事には至っていないが、いつまでも見て見ぬふりをするわけにもいかないだろう。

 さて、朝食の取り合いのどさくさに紛れて文句を言ってやろう――ガウリィがそう決意したところで、古い宿屋の粗末な扉が開かれた。

 入って来たのは、まだ10歳前後と思しき少年だった。褐色の肌にはたくさんの傷跡があり、全身で「やんちゃ坊主」を表現しているような、活動的な服装をしている。髪と同じ色の黒い瞳から放たれる眼光は意外に鋭く、何かを探すように狭い店内を走る。

 少年はひとりではなかった。同じく黒髪、青い隻眼の青年を連れている。年齢はガウリィと同じくらいの20歳前後、背丈のほうはやや劣るようだが、筋骨たくましく、腰には長剣を佩き、歴戦の戦士を思わせる空気をまとっていた。

 少年と戦士の視線が、ほぼ同時にリナの上に止まる。

 鶏肉の唐揚げを奪い合っている彼女に気付かれぬよう、そっと剣に手を伸ばしかけたガウリィだったが、続く少年のセリフに、思いっきりずっこけることになってしまった。

 「お前が魔人・リナ=インバースだな!? 俺たちに損害賠償と慰謝料を払えっ!!」

 少年に名指しされて、ついでに指も差されて、堂々たる大声で怒鳴られたリナは固まっている。

 対するガウリィは、内心拍手喝采、本当なら思いっきり少年の背を叩いて「良くやった!」と褒めてやりたいところである。リナに賠償を請求する権利、あるいは事情を持つ者は星の数ほどいるだろうが、実際に行動を起こせるものは多くない。「行動を起こした勇気あるやつらは無事じゃあ済まんだろうしなぁ」としみじみ納得しながら、それでもいっしょになって固まっていた理由は、少年の背後に立つ戦士にある。そこそこやるな、と直感が告げているのだ。

 朝の宿屋に訪れるしらじら〜っとした空気。主人もウェイトレスもほかの客(1人しかいないが)も、もれなく沈黙している。

 ガウリィは心の中でカウントを始める。3、2、1……。

 「ちょっとおぉっ! いきなり乱入して来て、その言いぐさは何よっ? しかも魔人ってあたしのこと!? じょーだんじゃないわよ、言いがかりもいいとこだわ!!」

 低血圧とは無縁の、実に景気のいい怒声である。

 このままリナVS勇気ある少年の応酬になるのかと思いきや――

 「そうだ! あんた、まったくなんてことしてくれたんだ!」by店主

 「兄さんは夢の中でまで、あなたにうなされてるのよ!?」byウェイトレス

 「あぁ、わしらはどうやってこの冬を乗り切ったらいいんじゃ……」by客のじいちゃん

 これにはガウリィも本気で硬直し、慌ただしくリナと視線で会話する。

 (お前っ。この村の人たちに何したんだよ!?)

 (ちょっと、まだあたしが何かしたって決まったわけじゃないでしょー!?)

 無言の、しかし激しい応酬に気付いたものかどうか、隻眼の戦士がずずいと歩み寄って来る。彼は、ひとつしかない目でふたりの顔を確認すると「事情を説明する。ついて来てくれ」と言い置いて席を離れる。少年が何か言い募っているが、そのツンツン頭にぽんっと手を置くと「おやっさん。上、借りるぜ」と階段を上って行った。

 ここで彼の行動を無視して宿を立つ――という選択肢もないではなかった。宿の代金は前払いで済ませてある。食事代は、ちょっと多めにテーブルにおいておけば済むことだ。しかし、それを許さない空気が、ふたりをがっちり捕えて離さない。

 いやいや階上に向かうリナの背に、怒りの炎がゆらめいて見える。「また厄介なことになったな、こりゃ」と他人事のように考えながら、その後に続くガウリィ。







 2階には3つの客室があり、一番奥の部屋の扉が開いていた。リナとガウリィのどちらもが使用していない部屋である。

 中に入ると、簡素なテーブルとセットになった小さなイスに、戦士と少年がそれぞれ腰かけていた。部屋の調度はどれも大差なく、小さなベッドとテーブルセットが備え付けてあるだけである。室内に足を踏み入れたリナは仕方なさそうにベッドに腰掛け、ガウリィは入口付近に立ち、壁にもたれながら様子を見守ることにした。

 話を切り出したのは、リナだった。

 「で? 何なのよ、そのじじょーってやつは」

 促されて口を開いたのは、少年のほうである。だんっとテーブルに手をついて立ち上がり、

 「俺の名はベルジュ。お前がボコボコにしてくれた義賊・騎士追放隊(ナイツバスター)の頭領、フランクの息子だ!! ここまで言えばもう分かるだろう。昨日お前がめちゃくちゃに壊したアジトの弁償費、仲間たちの治療費etc…きっっちり払ってもらおーじゃないか!」

 一気にまくしたてて、ふんっ、と胸を反らせる。

 リナは、腹を抱えて大笑いした。

 「あはははははははっ。なーんだ、あんたたち昨日ぶっ潰した盗賊のお仲間だったのー。それだったら、『リナ=インバース! お頭の仇だ、覚悟〜!』とかなんとか雄叫び上げながら斬りかかってくれたほーが、よっぽど分かりやすかったのに。いきなり『損害賠償と慰謝料を払えっ』なぁんて言うもんだからさ、何事かと思ったじゃない」

 (……ち〜っとも反省しとらんな、こいつは)

 ジト目でリナを睨むが、彼女はまだ笑い続けている。当然、この反応にベルジュと名乗った少年は怒った。

 「なっ、お前、事の重大さを理解していないな!? いくら魔人とはいえ、人間社会のじょーしきも知らずに世界に災いをばらまいてたのか!!」

 「だーかーらー! あたしは魔人なんかじゃないわよっ。ロクでもない噂を信じ込んで、ヒトをみょーな生き物に仕立てないでもらいたいもんね!」

 「……俺は昨日、その現場に遭遇したんだが」

 「うっ。それはまぁ、そういうツイてない日もあるかもしんない、人生にはさ」

 以上、不毛なやり取りを断ち切ったのは、それまで黙って控えていた隻眼の戦士だった。

 「ゆうべ俺たちがツイていなかったのは間違いないようだが、問題はそれがこの村全体に影響するということだ――自己紹介がまだだったな。俺の名はメイス。こいつの仲間だ」

 静かに語り出すメイスの低い声を聞きながら……ガウリィの脳みそは「自力で考えるモードOFF」に切り替わる。こうなると思考力ゼロ。あとはリナの解説を待つばかりである。



 メイスの話をまとめるとこうなる。

 村の名前はマーズといい、一番近い町・ニーアシティからも荷馬車で小一時間ほどもかかる辺境にある。主な産業は農業――と言っても自給自足で畑を耕す農民がいるばかり。大きな街道が近いわけでもなく、旅人の往来も少ない。村人たちは身を寄せ合って暮らしてきた。

 このマーズ村を管轄しているのがニーアシティとなるわけだが、ここの町長がとことん暴利をむさぼって、村人を苦しめているのだ。村から町へと通じる唯一の道に関所を配置し「通行料」と称して金品を要求する、不当に高い税金を課し、払えなければ「人足」の名目で村人を連行する。

 もともとが貧しい村である。数少ない財貨を奪われ、それでも税金を払えず家畜を売り払い、それでも足りずに農作物を差し出す。食料の蓄えさえままならず冬を越せない村人も現れた。それでも死者の数が少なくて済んでいるのは、皮肉なことに、村の人口が着実に減少しているからである。

 ガウリィの脳みそ「必要最低限の情報は頑張って覚えようモードON」に切り替え。

 「え〜っと、つまり……その町長がすっごいワルモノ、ってことでいいのか?」

 ――シリアスな話を数行綴ったモンの立場はないが、

 「ま、あなたの脳みそならそれで上出来よ」

 リナは身も蓋もなく言い切った。

 どうやら褒められているらしい、とガウリィはにこにこ笑顔で聞いていたが、ここでふと疑問が浮かび上がってきた。

 「あれ? ってぇと、そこのボウズたちと今の話がどう関係してくるんだ???」

 「だああぁっ、お前! 今の今まで何を聞ぃてたんだ!? 村人の暮らしを守るため、町の役人たちにひと泡吹かせるために山賊業始めたって、メイスが説明したばっかだろぉが!! その頭ン中にはおがくずでも詰まってんのかー!!!」

 「あら、察しがいいじゃない、ボーヤ」

 ガウリィの問いにベルジュ少年が答え、リナが茶化す。見事なコンビプレー(!?)。

 それに心を動かされた様子もなく、メイスは静かに語る。

 「という次第で、お前が奪っていった品物は、俺たち村人が生きていくためにどうしても必要なものだ。すべて、返してもらいたい」

 そう言われたリナが「わっかりましたー。そういうことなら喜んでw」などと素直にお宝を返却するとは思えない。そこに加えて、

 「返すだけじゃだめだ! お前が焼き払った食料、壊していった建物や道具の分も、しっかり支払ってもらうからな!!」

 とベルジュが熱血している。

 さすがのリナも、子供相手に「ここは一発、爆煙舞(バースト・ロンド)でもお見舞いして、ダッシュでトンズラ!」とはいかないらしい。冷や汗を浮かべつつ何やらごもごも言っている。

 それを横目で確認したガウリィ。このあたりで、彼の脳みそはようやく「戦士モードON」となる。

 「ちなみに、リナが『盗んだお宝は返さない』って言ったら、この場はどうなるんだ?」

 ガウリィの問い掛けはあくまでのんびりしたものだったが、

 「――その場合は、答えずとも分かるだろう。無関係の人間に剣をふるうつもりはなかったが、首を突っ込んできたのはそちらのほうだ」

 長剣の柄に手をかけたメイスからは、殺気すら感じられる。

 「あんた、ゆうべリナに、こてんぱんにやられたんじゃなかったのか?」

 「俺を含む一部の人間は、町へ『出稼ぎ』に行っていたのでな。俺がいれば……そちらのお嬢さんの好きにはさせなかったさ」

 ピーンと張りつめる空気。なにかひとつのきっかけで、まるで針を刺された風船のように弾けそうな……。静かになったベルジュも、こぶしを握り締めて様子を案じている。
 この空気に、最初に耐えられなくなったのはリナだった。

 「あ〜っもう、分かったわよ! 奪ったモンは返す!! それでも足りないってんなら、その町長って奴からブン取れば問題なし。しょせんは悪党、その屋敷から金貨の5千枚や1万枚持ち出したって、犯罪にゃなんないわよっ。――それにまぁ、もともと村人から巻き上げた財産みたいだし」

 それって結局犯罪だよな……とガウリィがツッこむよりも早く、

 「やれるならとっくにやってるっての! 町長の屋敷は警戒がめちゃくちゃ厳重なんだ、お前みたいな胸なしが乗り込んで行ったって、どうにかなるもんじゃねーんだよっ」

 「って、誰が『胸なし』ですってえぇぇ!?」

 ベルジュとリナのボケツッコミが決まった。「おーっ」と感嘆しながら拍手するガウリィ。メイスは呆気にとられている。

 無理もない。リナのテンションについて行くには、相応の素地と、なにより場数が必要不可欠なのだ。

 それでもさすがに戦士らしく立ち直ったメイスは、

 「お嬢さん。気軽に言ってくれるが、何か策があっての発言なのか?」

 至極まっとーなことを訊く。

 その隻眼のひたと見つめ、リナは不敵に微笑んだ。

 「あたしを誰だと思ってんの? 剣士にして美少女天才魔道士・リナ=インバースよ。あたしに不可能はない、すべてのお宝はあたしのもの、むしろ世界はあたしのためにあるっ!」

 彼女の高説(?)に、ベルジュはなぜか黒い瞳をキラキラ輝かせたが、メイスは今度こそ固まった。

 (リナ相手に常識持ってたって、なんの役にも立たないよなぁ……)

 メイスに同情を覚えながら、窓の外を見るガウリィ。四角い木枠の中、穏やかな秋の日差しの下に、貧しい農村の風景が広がっている。

 悪党を成敗するには、ちょーどいい日かもしれない。もっとも、リナの行くところ、悪党にとっての吉日など存在しないのだが。





 ──続く──

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 はじめましてorこんにちは。路地猫みのるです。

 最近スレイヤーズにハマってしまったので、ノリで書いてみましたw 原作本編はリナちゃんの一人称形式ですが、あえてガウリィさん視点を選んだのは「彼だっていちおーいろいろ考えているんですよ」というフォローのつもりです(笑) 共感していただける方がいらっしゃったら嬉しいです。

 なおドリーム小説ではありませんが、オリジナルのキャラクターを出演させております。また、私は原作尊重派ですが、本編とアニメしか知らないため、短編集とは異なる設定が混入する可能性があります。苦手な方はご注意ください。

 前後編(の予定)です。お付き合いいただければ幸いです^^



 2012年 1月9日 ──路地猫みのる──

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.