その後、2階部分が燃え落ちた宿屋を後にして、リナたちは「騎士追放隊(ナイツバスター)」のアジトに向かった。

 ――ちなみに、宿屋で起きた火災の理由は、もちろんリナ=インバースである。言い訳がましく口の中でごもごも言いながらしっかり呪文を唱えていたようで、完成したのは烈火球(バーストフレア)。派手な爆煙を上げるわりには殺傷能力の低い呪文で、これを目くらましにメイスとベルジュのふたりから逃れるつもりだったらしい。しかし、威力が低いとは言っても、立派な炎系列の呪文。カーテンに燃え移った火があっという間に部屋全体を飲み込み……現在に至る。

 一本道をベルジュ少年に先導されながら、リナとガウリィは山道を歩いている。左右に広がるのは、うっそうとした木々の壁。なんの面白味もない風景の中を文句も言わずに進むリナは、さすがにほんの少しくらいの罪悪感に捉われているようである。宿屋のおじさんに、持っていた宝石でちゃんと弁償もしていた。

 リナの呪文にパワーをもらったのか、ベルジュは宿屋を訪れたときよりずっと元気だ。一行を先導しながらときおり後ろを振り返り、「ぜったい町長のヤローをぎゃふんと言わせてやろうぜ!」などと意気込んでいる。いちいち答えるのが面倒なのだろう、リナは片手を挙げるだけで賛同の意を示していた。

 そんな微笑ましいやりとりを、なにか得体の知れないものを見るような目で見るメイス。リナが名乗ったあの後、ガチコチに固まった彼の全身から「やばい生き物に関わってしまった!」という無言の叫びが放たれているのを、ガウリィはしっかり聞いた。

 心から気の毒だと思ったので、何もツッこむことなくここまでやって来たガウリィである。






 『リナ・インバース、旅の日常』
 (後編)


──スレイヤーズ──









<STAGE2:リナ、賠償金を請求する>


 アジトは壊滅していた。

 リナが襲撃をかけたのだから当然と言えば当然なのだが、メイスたちが余計哀れになる。木材で造られていたらしい小屋は炭と化し、地面は煤け、壊れた生活道具や武器などが一か所に積み上げられている。

 せっせと後片付けをしている男たちも、騎士追放隊のメンバーなのだろう。彼らがリナを見る視線には……ギラギラした怒りがこもっている。無理からぬことだ。

 ベルジュとメイスが事情を説明し、一同はひとつの小屋の中に集まった。リナとガウリィのふたりのほか、ベルジュとメイスはもちろん、前身に包帯をぐるぐる巻きにしたがたいのいい大男もいっしょだ。彼がベルジュの父親で、彼らの頭領・フランクだと言う。

 彼は史上最悪の生物・リナから逃げようとする巨体を、必死に小屋の中にとどめているようだ。息子の手前か、あるいは部下に対する意地か……なんにせよ見上げた努力だと感心するガウリィ。

 「さぁ、落ち着いたところで、さっさと町長の屋敷を襲う計画を立てましょ」

 リナがキリキリ進行しようとしたところを、

 「いや、少し待ってくれるか。ひとり足りない」

 片手を挙げて制したのは、メイスだった。

 隻眼の視線が小屋の入口へ注がれ――それに応えるように佇んでいたのはひとりの男。長い銀の髪と青い瞳。柔和な顔立ちは整っていて、どこかおっとりした雰囲気さえ醸し出している。およそ山賊と危険生物(&クラゲ)が悪事を企む場には不釣り合いな人物だ。

 「遅くなってすみません。私の名はクリス。この村で魔法医をやっています」

 クリスは優雅とさえ言える動作で一礼し、メイスの隣に並んだ。

 「こちらにいるみなさんで、町長さんのお屋敷に乗り込むと聞きました。ですが、ゆうべの件でけが人もたくさん出たことですし、あまり危ないことはやめておいてほしいのですが」

 と話しながら、一同の顔を見渡す。リナがぎくりと肩をこわばらせたが、クリスは彼女の罪状には言及しなかった。

 頭の後ろで両手を組んだベルジュが、やれやれと息を吐く。

 「あのなー。襲撃ってのはねーちゃんが勝手に言ってるだけで、俺はそんな物騒な真似する気はないかんな」

 「ちょっとボーヤ。真正面から乗り込んで行って、『あなたの屋敷に眠ってるお宝ちょーだいw』ってお願いして、ホントにお宝くれるヤツがどこにいるってゆーのよ。まぁ、あたしの魅力にくらりときて……っていうこともあるだろうけどさ。フツーは無理やりブン取るしかないっての」

 彼女のどのあたりに魅力が詰まっているのだろう……とりあえず胸ではなさそうだ、と考えていたら、ガウリィの後頭部にスリッパがクリーンヒットした。

 「な、なにすんだよ」

 「なんとなく!」

 女の感はスルドイ、ということだろうか?


 フランクとメイスは胡乱な目つきでガウリィとリナのやりとりを眺めていたが、ベルジュは「分かるぜ、にーちゃんの気持ち。俺も男だからな!」とガウリィをフォローしてくれた。子供の適応力は侮りがたいものがある。

 それを、クリスはにこにこと見守っていた。思えば、現れたときから笑顔を崩さない男だ。知り合いのある神官を思い出し、ちょっと嫌な気分になるガウリィ。

 「そんなみっともないことしなくても、ちゃんと町長の屋敷に行く理由は作れるんだよ! いきなり仕掛けるなんて、品がないぜ。俺たち盗賊じゃねーんだから」

 リナがこける。

 「って立派な盗賊でしょーが! 通行人から金品奪ったりしてるんでしょ!?」

 「役人か、悪徳商人からしか盗らねーよ! 俺たちは義賊だ!!」

 あのリナに真正面から立ち向かうなんて将来有望だ…という感慨は横において、ガウリィは話をもとに戻す。

 「その、町長の屋敷に行く理由ってのは、なんなんだ?」

 良く聞いてくれた、とばかりに会心の笑みを浮かべるベルジュ。

 「明後日、屋敷で舞踏会があるんだ。その日なら、招待客として堂々と入れるぜ」

 ガウリィは、ポンっと手を打つ。

 「おーなるほどー。じゃあ俺たちは客に紛れこんで、ダンスを踊ったらいいんだな?」

 「踊らなくていい! 潜入できればそれでじゅーぶんでしょうがぁ!」

 再びガウリィの後頭部を襲う痛み。

 「……にーちゃん、よく耐えるなぁ」

 「まぁね。俺って我慢強いからさー」

 同情気味に言うベルジュに、「この子とはいい友達になれそうだ」と確信するガウリィだった。






 ──三日後──

 正式な招待状のおかげで、リナは無事町長の屋敷の門をくぐることができた。マーズ村の村長宛に送られたものを使って、である。村長本人が老齢であるため、舞踏会へは代理の出席が認められ、クリスが代理となり、リナを同伴として会場へやってきたのだ。

 ガウリィとメイスは、会場を警備する兵士に変装してすでに潜入しているはずである。フランクとベルジュ親子は、リナの合図があり次第宝物庫へ乗り込めるよう、屋敷の周辺で待機している。これで、準備は万全。どっからでもかかってこい!

 ……とふんぞり返る気分になれるのは、今日の衣装のせいだろう。

 いつもの魔道士ルックではない。「舞踏会」の客なのだから、それらしいドレスなんかを着ていたりする。

 (フリルのついた黄色いドレス…あぁ、なんとかピンクだけは避けたものの、足元はスカスカするし、何と言っても恥ずかしいっ! ネックレスとか付けちゃったり、髪も結いあげたりなんかして。しかもガウリィのやつが「なんだ、似合ってるじゃないか」とかさわやかに言うもんだからー!!)

 結果。顔を真っ赤にしながらひとり百面相をやっているわけである。

 そこへ、受付を済ませたクリスが戻って来た。彼のほうはいつもと変わり映えのしない神官服である。これが正装にもなるのだから、神官と言うのは楽でいい。

 というリナの心の声には気付いていないだろうが、クリスは申し訳なさそうに言った。

 「すみません、ガウリィさんとペアにしてあげられなくて。私なんかがエスコート役ではご不満かもしれませんが、メイスに押し切られてしまったもので……」

 「な、なーに言ってんのよ。別にガウリィなんかいなくったって平気だし。んなことより、せっかく美味しそうな料理が並んでるんだから、片っぱしから平らげるわよっ」

 言い終わる前に鶏さんの唐揚げを両手に掴むリナ。ガウリィが一緒でないのはちょびっとだけ残念な気もするが、彼の分まで自分が食い尽くせば問題ないだろう。

 実は今日のパーティ編成について、メイスとクリスの間で少しばかり意見の対立があった。クリスはガウリィとリナを舞踏会へ参加させようとしたのだが、メイスが大反対したため本日の組み合わせになった。反対理由は明確で、よそ者のガウリィが村長代理になるのは不自然すぎること、また会場は厳重に警備されているが兵士に化ければ難なく武器を持ち込めること。その意見に非がないことを認めたからそこ、クリスは引き下がったわけなのだが……。

 「でも、やっぱり好きな人と一緒のほうが良かったですよね。おふたりは、どのあたりまでいってらっしゃるんですか?」

 どどど、どのあたりときたか!?

 唐揚げを喉につまらせながら、リナは涙目でクリスを睨む。その表情に悪意のひと欠片でも浮かんでいようものなら容赦なく拳をお見舞いしてやるつもりだったのだが、どうも相手は純粋な好奇心と善意から言っているようである。要するに「大きなお世話」というやつなのだが、それを無下にできるほど、リナも人間性を捨ててはいない(たぶん)。

 男女ふたりで旅をしてたらそういう風に見える? それは邪推ってもんで、あたしたちは単純に旅の連れよ。男と女の間に友情は成立しない? それこそ屁理屈ってやつで、あたしとガウリィはいたってフツーの……。

 いろいろな台詞が脳裏に浮かんだが、そのどれひとつ、リナは言葉にすることができなかった。

 自分で組み立てたはずの理論のどれもが、正しくないような気がしたからだ。

 嘘をついているつもりはない、ただ自分と彼の関係を説明したいだけなのに、しっくりくる言葉が見つからない。どれも真実を掠めているようでいて、全然違うところを通り過ぎているような――。

 ひとり思考の海に沈んでしまったリナを見て、クリスはもの寂しげに笑った。

 「いいなぁ。私も若い頃はたくさん可愛い女の子とデートしたりもしてたんですけど、最近は盗賊家業が忙しくって、それどころじゃないし。…あ。今のは、メイスやベルジュには内緒にしてくださいねw 『盗賊じゃなくて義賊だ!』って、聞かないんですからw」

 クリスの声で、現実世界に帰還するリナ。

 「ってあのねー。どー見たって20代そこそこのあんたが『若い頃』なぁんて言ったら、村のじーさん連中がひがむわよ」

 クリスは人差し指を小さく左右に振り、

 「私が言う『若い頃』というのは、『この村に来る前』って意味です。それから、お褒めいただいて恐縮ですが、もう30歳のおっさんですw」

 にっこりと笑った。

 「えぇぇっ!!」

 と驚きながら、男が台詞に「w(はぁと)」なんていれないでほしい…とリナは脱力したが、実は彼女の知らないところで、ガウリィも知人の神官を思い浮かべて嫌な汗をかいていたりする。

 「その顔で30歳ってのにもびっくりだけど、じゃああんた、もとは村の人間じゃないってーの?」

 「えぇ。5年前まで、町の魔道士協会に所属していました。魔法医として近隣の村々を回っていたのですが、町長さんのあまりの非道っぷりに嫌気がさしましてね。同じ頃、流れの傭兵として村にやって来たメイスと一緒に、血の気の多いフランクさんを焚きつけて『義賊』家業を始めたわけですよ」

 おぃおぃ、ってことは山賊の主犯格はこいつとメイスかい!?

 リナの心の声を知ってか知らずか、「いやー人助けですよ〜人助けw」とクリスが照れている。……照れるような場面ではないはずだが、もう疲れたのでツッコまないことにする。

 懸命に呼吸を整えようとしているリナに、さらにこの一言。

 「それでおふたりのことなんですが、ぶっちゃけ、キスとかまでいってたりして――…」

 「うわあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 両手で素早くクリスの口を塞ぐ。全力で塞ぐ。なんだかもう、全身の毛孔から火を噴きそうなくらい体が熱い///

 リナの拘束から逃れたクリスは、それなのになぜかケロリとして「どうしたんですか? そんな大声出して」などとほざいている。本当に、この男が悪人なら良かったのにと思う。このまま身上の告白大会になるのだけは勘弁してほしい。

 「や、あの、それはね〜……。ほ、ほら、あれ! 町長が出て来たわよ」

 「あら、本当ですね。…………残念

 最後の一言は黙殺することにして、真剣に会場の中央を見つめるリナ。

 周囲の照明を落とし、そこだけスポットライトで照らしだされた空間に、この町の町長が登場する。照明をこれでもかと反射してきらめく禿頭、ギョロリとした三白眼、全体的にたるんだ印象のシルエット……よくもまぁ、こんなやつが堂々とお日さまの下を歩いていたもんである。

 そのようにリナは決めつけ、クリスに合図してそっと足音を忍ばせながらステージに近付いていく。何が楽しいのか(あるいは嫌々なのか)、客はみんな光の中で滔々としゃべり続ける町長に注目しているので、難しい仕事ではなかった。

 (ちょっと、クリス。いくらお医者さんだって言っても、攻撃魔法くらい使えるんでしょうね?)

 (ま、まぁ。氷の矢(フリーズ・アロー)氷結弾(フリーズ・ブリッド)ぐらいなら……)

 (じゅーぶんね。町長は武闘派じゃないし、後ろの護衛も大したことなさそうだしね)

 今日まで3日間。リナもガウリィも暇を持て余していたわけではない。町長サイドに、どの程度の戦力があるのか、ちゃんと調査済みである。

 また「敵の戦力調査」という本来の名目を果たす一方、騎士追放団とは距離を置き、町長の評判も聞き取りを行った。結果は文句なしの黒。リナは決して、外見だけで彼を「悪党」と断定したわけではないのだ。


 「――であるからして、ワタクシの存在は、世の中のためにひじょーに役に立っているのであります。それもこれも、今日お集まりいただきましたみなさまの支援の賜物。どうぞこれからもご協力とご献金のほどを………なんだ、キサマはっ!?」

 町長の演説が止まる。

 「あーらら。ずいぶんと一方的なご挨拶じゃない。こうまでミもフタもないと、いっそ清々しいってもんよねぇ」

 スポットライトの中に腕組みして立つリナ。クリスは光の輪の外で待機している。不審者の登場に色めきたった町長だったが、相手が年端もいかぬ少女と見て、余裕の笑みを取り戻した。

 「なんだ、招待客の子供か。こらこら、エライ人の話を遮っちゃいかんぞ、平らな胸のおじょーちゃん」

 ―――ピキィッ(理性にひびが入る音)

 爆炎矢(ヴァ・ル・フレア)!!

 轟音とともに建物が震撼し、粉塵が舞い上がる。一瞬の間をおいて、あちこちから上がる悲鳴と怒号。会場内はにわかに騒然とする。

 (あちゃー。遅かったか)

 騒がしい群衆の間をすり抜けるように進みながら、ガウリィは密かに嘆息した。たぶんこんなことになるだろうと思ってはいたが、できるだけそうなってほしくなかったという展開である。

 「何が起こったんだ? 嫌な予感がする、というか、既視感があるのは気のせいだろうか?」

 ぼやきながら並走するメイスを、

 「いやー、たぶん、合ってるぞ?」

 という一言で沈黙させておいて、会場の中央へ向かう。その先にリナがいるからだ。

 さきほどリナが使った呪文は、放った火の矢が目標に命中したとたん炸裂するという、火系の中でも強力な部類に属するものである。呪文の種類までガウリィに分からなかったが、魔法でなければ有り得ない爆発なのは明らかだ。というよりも、騒ぎの中心にリナ=インバース有り。そろそろ彼女の通り名のひとつに「歩く騒音公害」と加えるべきではないだろうか。

 煙る薄闇にうごめく影。破壊を免れたひとつの照明が、その惨状を照らし出した。

 「すみませんごめんなさいもうしません! あなたがあのあくみょーだかい、いえいえいえいえ、こうめーなリナ=インバースどのとしっておれば、むかえの馬車をさしむけましたのにいぃっ」

 リナのハイヒールに踏みつけられた物体が、地面に這いつくばって必死に訴えている。

 極度の混乱のため、台詞にひらがな増加。お見苦しいのはそのためです。顔から出るもの、全部出てるからではありません(笑)

 「えぇ〜迎えに来るだけなのぉ? そんなもんじゃ、かよわい乙女の受けた心の傷は、これっぽっっちも癒されないわよ」

 「ととととんでもない! さいこうきゅーのディナーと音楽で、せーだいにおもてなしいたします! いえ、させてください!!」

 「あ、そう。で? 帰りもとーぜん送ってくれんのよねぇ。で、とぉぜんお土産もつくんでしょうねぇ?」

 「ももももちろんでございます! この屋敷にあるものなんでももってってください! むしろそれもってはやくでていって……ぐえぇっ!」

 首を絞められて、哀れな物体から奇声がもれた。ネクタイをつかんで半身を持ち上げたそれの頬に、すぱぱぱぱーんとリナの往復ビンタが決まる。

 「お宝は、慰謝料としてありがたーくもらっておくわねw そ・れ・とぉ、ほかにもお願いがあるんだけどー?」

 「うぅ、なんなりとおもーしつけください……」

 「ここって、やたらめったら通行料が高いのよねぇ」

 「よろこんでおかえししますっ。あなたさまからお代などいただけませんっ」

 「しかもー、ちょーっと気持ちよくお昼寝してるあいだに、ガラの悪い連中に手荷物いくつか盗られちゃったのよねぇ」

 「そ、それはちかくの村にしゅつぼつする、山賊どものしわざ……ぐふぅっ!?」

 何が起こったのか、具体的な描写は省きます。

 「あれもこれもそれもすべて、あなたの仕業よねぇ? あんたの手下の狼藉よ、あたしはこの目でしっかり見たんだから! なにさ、チンピラまがいの傭兵ばっか雇っちゃって」

 といった感じで、リナから町長へ一方的な虐待が行われている間に、そのチンピラ達は半数がガウリィとメイスに倒され、半数がすでに逃げ去っていた。残った内訳は、意固地になった者、足が震えて動けない者、未だに状況が分からず放心している者などなど、まるで役立たずばかり。今もまた、闇雲に突っ込んできたひとりを、ガウリィが足を引っ掛けて転がし、メイスが思い切り踏んづけて黙らせた。今回、ガウリィは剣も抜いていない。

 その様子を横目で見て、鼻で嗤うリナ。

 「ふん。手癖が悪いおまけに弱っちいなんて、いいとこなしね。あんたの手下の悪を、あたしたちが代わって成敗してあげたのよ! 感謝してねw」

 「はいいいいいぃっ! 感謝しておりますっ、お礼のもーしあげようもございません!」

 よろしい、と言ってリナは汚れまくった物体から手を離し、地面に転がした。スポットライトの輪から抜け出し、暗がりに広がる荒れ果てた光景をキョロキョロうかがいながら、ガウリィたちのもとへやって来る。

 「えへっw やりすぎちゃったかもw」

 「……かもじゃないだろ、お前………」

 リナの控えめな自己申告に、ほとんど戦っていないはずなのに疲労を覚えるガウリィ。メイスも似たような心境なのか、何も尋ねることなく、無言で長剣を鞘に収めた。

 「リナさんって、とっても強い魔道士の方だったんですね。すごいです、感動しました!」

 遅れて合流したクリスのほうは、目を輝かせながら興奮している。どうやらリナの悪い噂の数々を知らない稀少な男らしいが、彼女の悪行三昧をさんざん見せつけられておいて「リナさん、素晴らしい働きでしたw」などと言っているあたり、どこか神経が破損しているとしか思えない。

 「そういうお前は、一体今まで何をしていたんだ?」

 メイスが尋ねる。

 「それはもちろん、会場の皆さんが怪我しないように、防御結界を張ってたんですよ。最初の一発だけは、急なことで防ぎきれずに、何人か巻き込まれてましたけど。でもまぁ、これだけ大暴れすれば、頭領たちも思い切りよく屋敷に乗り込めたでしょう。当初の明り(ライティング)より、はるかに大きな合図になっちゃいましたけどねぇ」

 良かったですね、と笑顔のクリスに、メイスがぽつりと一言。

 「お前、俺たちで遊んでるわけではないよな……?」

 クリスはふるふると首を横に振り、

 「心外です。私は、あなたたちの志に打たれたからこそ、身を粉にして働いているのに……」

 うつむきながら、そっと瞼を伏せる。

 長い銀髪が表情を半分隠しているが、ガウリィにははっきり分かる。

 (この兄ちゃん、そーとー危ないぞ?)

 (あたしも、そんな気がしてきたわ……)

 ガウリィとリナが視線で交わした会話に気付かなかったのか、あるいは気付いていて知らん顔をしているのか、

 「――行くぞ」

 と言って歩き出したメイスの大きな背中には、何かを諦めた男の哀愁が漂っていた(笑)

 クリスがすぐ後に続く。どういうわけか、やたら嬉しそうに。

 ガウリィもリナと一緒に進もうとしたが、彼女がふと立ち止まる。そしてくるりと後ろを振り返り、言い放った。

 「そうそう。お宝運び出すのに人出が足りないから、あんたの屋敷の人間もらってくわよ……って、もう聞こえてないわね」

 リナの視線の先、むなしく照らされた照明の下で、ぼろきれのような町長はすでに気を失っていた。








 こうして町長の屋敷で働かされていた村人たちは、不当に蓄えられた財宝を持って村に帰ることができた。町の外へ出された村人もいたらしいが、まともな人間が新しい町長に任命されれば、村人の意見を聞いて捜索してくれるだろう。そこまではリナたちの干渉する範囲ではない。

 賠償金を支払うどころか、お宝の分け前に預かったリナはご機嫌だった。

 「うっふっふーw しょぼい盗賊団から巻き上げるより、いい収入になったわ、こりゃ。でも天才リナちゃんへの報酬としちゃ、ちょっとばっかしケチくさいかなー」

 現在は、手に入れたお宝の仕分け作業中である。2階部分が吹き飛んだ例の古い宿屋にいるのだが、宿屋のおっちゃんも上機嫌なので文句は言われない。

 外からは興奮した人々の声が聞こえてくるが、室内は不思議と静かで、リナが金貨や宝石を選り分ける音だけが響いている。

 ガウリィはぼけっとイスに座って、退屈そうにその様子を眺めていた。お宝を前にまったくのノーリアクションなのだから、この男の頭蓋骨の中には、やっぱり脳みそ以外のものが詰まっているのだろう。

 ガウリィの存在は無視して作業を続けていると、ギィと小さな音を立てて扉が開いた。既に見慣れた顔、ベルジュとメイスとクリスの3人が入って来る。大人ふたりは適当なイスに腰掛けたが、ベルジュはリナへ駆け寄ると、その両手を握ってぶんぶん振り回しながら喜びを表した。

 「ねーちゃん、ありがとうな! 村の人も戻ったし、金も手に入ったし、これで俺たち凍死せずにすむよ! 人口が増えたから食料の確保が大変だけど、俺たち頑張るから!!」

 「あ、そう。まーお礼を言われるほどのことじゃないわよ」

 謙遜したリナの隣でガウリィが大きく頷き、

 「だってお前は好き勝手に暴れただけだもんなぁ」

 しみじみと今回の事件を思い出しているようである。

 とりあえず、彼のおでこをテーブルにごっつんこさせて、黙らせるリナ。手早くお宝をまとめて布袋に仕舞い込むと、「さて」と言いながら立ち上がる。

 「あんたたちはこれから冬支度や、村の復興なんかで大変でしょ。あたしたちはもう行くから、しっかりやんなさいよね――ほら、ガウリィ。いつまで寝てんの!」

 リナもガウリィも、すっかり旅装を整えている。そんなふたりの姿を見て、相変わらず笑顔のクリスが、

 「おふたりとも、末永くお幸せにw」

 とエールを送る。

 「おー。あんたらも、達者でな」

 事情などさっぱり分かっていないらしいガウリィがのんきに返すのを見て、リナは軽い頭痛を感じた。村人たちに熱〜く感謝を述べられるなんてガラでもないし、さっさとこの能天気男を連れて立ち去ろうと決意する。

 「じゃあね。みんな元気で」

 メイスとベルジュも、それぞれに旅の無事を祈ってくれた。


 宿の戸口で行われた、小さな別れのシーンだった。

 村が完全に丘陵の向こうへ沈むころ、のんびり歩きながらガウリィがぽつりと言った。

 「なんだかんだ言って、おもしろい連中だったよなぁ」

 「そうねー。まぁ、なんとかやっていけるんじゃない? あの村ならさ」

 相槌を打ちながら、両手を頭の後ろで組む。視線の先には、高く澄んだ青空が広がっている。

 旅の空の下、ときどき思い出したように彼らの幸運を祈るのもいいかもしれない。



 ──END──

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました。少しでも、日常のストレスを晴らすお役に立てれば幸いです

 視点がコロコロ変わるなど、見づらい点もあったかと思います。今後に生かすため、ご意見いただければ大変嬉しいです!

 思えば、文中に「w」だの「///」だの使ったのは初めてのような気がします。オリキャラもけっこう目立ってますし、そういう意味で私にとっては新鮮なお話でした。
 
 キャラクターみんなと楽しく遊ぶことができました。

 
 2012年1月21日 ──路地猫みのる──

 以下はおまけですw 出立時のひとコマ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【おまけ】

 〜リナがクリスに遊ばれているとき〜

 ベルジュの小さな手のひらが、ぽんっとガウリィの背中を叩く。

 「にーちゃん。これからもいろいろ大変だと思うけど、頑張れよ。俺、応援してるから」

 「おぅ、ありがとな。お前もしっかりやれよ」

 答えながら、

 (今までもこれからも、いろんな人に応援されたり同情されたりするんだろなぁ)

 と苦笑するガウリィ。
 
 メイスは沈うつな面持ちで、「お前の辛抱強さを、俺も見習わなくてはいけないな」と呟く。
 ガウリィは、その隻眼をじっと見つめ、

「なんていうかさ、苦労してるよな、あんた」

 正直な感想をもらした。

 メイスは何も答えなかったが、その沈黙が言葉よりも雄弁に「覚悟はできている」と語っていた。

 「ほら、にーちゃん。早くしねーと、ねーちゃんがキレそうだぜ?」

 ベルジュに袖をひかれて、リナとクリスのやりとりを見ていると……確かにそろそろ危ない。

 「あぁ、そろそろ行くよ。ふたりとも、達者でな」

 「にーちゃん、耐えろよ! 俺たちはいつでも味方だからな!」

 「……ベルジュに同意する。しっかりやれよ」

 ふたりの心強い励ましを受け取ると、爆発寸前のリナをなだめ、宿屋を後にする。

 遊び足りないクリスの標的にされるメイスの姿が、はっきりと脳裏に浮かび、

 「なんだかんだ言って、おもしろい連中だったよなぁ」

 しみじみと呟くガウリィであった。



 ──おわり(笑)───


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