──はじめに──

 ありえないコラボレーションですが、ようやく文章に出来ました。つっこみどころもあるかと思いますが、どうぞご了承ください。





ありえないコラボレーション

「人形遊戯」(中編)

ローゼンメイデン×空の境界









side1 【あなたは、原作の蒼崎橙子派? 劇場版の蒼崎橙子派?】

 「おおーい、今帰ったぞ」

 ──15時近く──

 蒼崎橙子は事務所のドアをくぐったとき、窓と周辺の惨状に目をぱちくりさせた。人が死んだくらいでは眉一つ動かさない彼女も、自分のテリトリーが異常をきたしていればそうはいかない。凛とした顔が少しゆがんでいる。

 さらにもう一つ気になったのが彼女のデスクだ。乱雑に積み上げられた光景が日常なのだが、ほんの数時間留守にしている間にやけに整理されていた。

 橙子は、タバコをくわえたまま着ていた薄手のコートを脱ぎ、床を拭いている弟子に視線を投じた。

 「おい鮮花、これはどういうことだ。何があった?」

 「ああ、橙子さん、ちょっといろいろありまして」

 そこへ、バケツを持ったもう一人の少女が現れた。

 「黒桐さん、新しい水を汲んで来ました」

 「むっ、浅上藤乃か。君も来ていたのか」

 黒髪も美しいストレートヘアーの少女は、事務所の女主人にペコリと頭を下げてあいさつした。

 「お邪魔しています、蒼崎さん」

 「ああ、いらっしゃい……いや、そうじゃなくて何があった?」

 橙子は問い、ソファーに座ったままの両儀式に疑わしい目を向ける。

 「おい式、まさか事務所で一戦やらかしたわけじゃないだろうな」

 橙子の口調は迷惑そうだ。脱いだ薄手のコートをハンガーに掛けると、後ろからスースーと入ってくる風を背にうけながら自分のイスに腰をおろす。冬じゃなかったのは幸いだった。

 「実は橙子さん、そのことについてちょっとお話が……」

 そう前置きして立ち上がった弟子に視線を投じようとしてそれに気づき、異状を感知したソファーに向って目を凝らした。そこに座る式がソファーに向って何かつぶやくと、ひょっこりとその少女が顔を出した。

 「な、な、なにぃ?」

 蒼崎橙子は、口元からぽろりとタバコを落とし、めったに見せない驚きの表情のまま呆然としてしまった。

 しかし、そのままよろめくように立ち上がった橙子は次の瞬間には立ち直り、ものすごい速さでソファーに近づいた。やや怯えたままの金糸雀の顔を覗き込みながら好奇とも歓喜ともいえないような目で少女を見つめた。

 「ほほう、事務所に立ち入ったときに感じた妙な存在はこの子だったのか」

 橙子は眼鏡を整え、不思議少女を視たまま流石人形師という見解を述べた。

 「この子は人形だろ。いったい誰が作ったんだ? こんなすばらしい芸術は自分で言うのもなんだが、一生かかってもお目にかかれるものじゃないぞ」

 魔術師協会から封印指定を受けるほどの人形師は、目を輝かせてというよりはギラつかせて金糸雀を抱き上げる。毛の先から手足の先端まで観察するその表情は、はっきり言って十分変人だった。

 鮮花が橙子の質問に答えた。

 「橙子さん、この子はローゼンメイデンの第2ドール金糸雀ちゃんです。ご存知ですか?」

 橙子の顔が、はとが豆鉄砲を喰らったように変化した。

 「な、なんだと……ローゼンメイデンだってぇ!!」

 橙子の背景が燃え上がったように式たちには思えた。若干圧倒されつつ、鮮花が尋ねる。

 「橙子さん、ローゼンメイデンをやはりご存知なんですね」

 「当たり前だ!」

 声がでかい。抱かれている金糸雀は耳をふさいでいる。橙子は興奮しているようだった。

 「当然知っている。人形師を目指す者なら謎の天才人形師ローゼンの名前を知らぬものなどいない。彼が作ったという七体の生き人形についても、もちろん耳にしている」

 「へぇー、さすがですね。そのローゼンという方もやっぱり魔術師なんでしょうか?」

 鮮花の方に向けられた橙子の眼鏡がなぜか無駄に光をたたえる。

 「そう、そこなんだよ鮮花、ローゼンは伝説の人形師であり錬金術師でありながら魔術師協会に属さなかった在野の人物だったんだ。そのためか彼に関する情報は極端に乏しくてな、いったいローゼンはいつ生まれて何を研究し、いつごろ姿をくらましたのか、ほとんど解らないんだ。
 彼が作ったという人形についても同じだ。長い時間の中でローゼンメイデンそのものの情報も風化し、伝説としか残っていなかったのさ。荒耶(あらや)やアルバも人形師としてローゼンメイデンを求めたことがあったが、どうやっても探すことができなかったからな」

 「へえー、す、すごい人みたいですね。姿をくらましたって、その人はまだ生きているんですか?」

 橙子の顔が弾んだものに変化した。

 「ああ、ローゼンは荒耶と同じく錬金術によって不老長寿の力を得ていると聞く。その錬金術も半端な技術ではないそうだ」

 鮮花がポンと手を叩いた。

 「なるほど、じゃあ、アリスになるとローゼンさんに会えるという金糸雀ちゃんの話は本当なんですね」

 「むっ、なんだそれは? 私にも一から詳しく話せ」

 橙子の顔がいつになく真剣なものになった。










side2 【人工精霊たちはどうやってメールとか電話するんだ?】


 「そうか、この子以外にもローゼンメイデンがこの辺りに二体いるのか。人工精霊を通じての契約か…なるほど、こちらが求めても無駄だったと言うわけだな」

 橙子は、コーヒーをすすりながら鮮花の説明を熱心に聞いていた。事務所の女性主人が他の誰からか説明されるというのは珍しいのだが、伝説以外の情報しか得られなかった謎の人形について直接の情報を知ることが出来るというのは生唾物だった。金糸雀は橙子の隣に座り、(珍しく買われてきた)お土産のケーキを食べている。

 「それにしてもアリスゲームか、ローゼンもある意味、理想への到達を目指していたのだな。七体の娘たちを戦わせ、その最終に至った娘だけが生みの親に会えるとは、なんとも過酷だな」

 向かいのソファーで鮮花がこくこくとうなずいている。

 「そうなんですよ、橙子さん。金糸雀ちゃんや他のローゼンメイデンがかわいそすぎます。なぜローゼンという人は自分の理想を叶えるためとはいえ、こんなかわいい子たちに酷い試練を与えたんでしょうか?」

 「別にひどくないかしら」

 と静かに金糸雀は否定した。幼い少女のような顔に強い意思がみなぎっていることを、その場の全員が感じ取っていた。

 「カナたちローゼンメイデンは、お父様に体を作られた一度はアリスになれなかった人形。それでもローザミスティカを体内に入れられ、こうして生きているの。だから、お父様がアリスを望むならカナたちは闘うの。闘うことは生きること、闘っているということは生きているということ。それは同時にローゼンメイデンの誇りでもあるから……」

 静寂が事務所の空間に流れた。式も橙子も鮮花も藤乃も黙っている。小さな体でありながら一途で健気な誇り貴いローゼンメイデンに敬意を表しているからだろう。またはシリアスな言葉になんと返すべきか困惑しているのか、おそらくはそのどちらでもあるだろう。

 金糸雀の頭を撫でたのは、魔術師にして人形師としては神業の領域に立つ蒼崎橙子だった。

 「君たちローゼンメイデンの誇りには敬意を払わせてもらおう。君たちの道は過酷かもしれないが、その運命に挑む意思があればきっと道も開けるさ。でも、そんなことだから私たち人間は心配してしまうのも事実だ。鮮花の気持ちもわかってやってくれ」

 「うん、かしら」

 小さく頷く金糸雀の儚げな顔に鮮花は思わず涙してしまう。

 橙子がコーヒーカップをテーブルに戻し、胸のポケットを探った。

 「それにしても、ローゼンメイデンか、前兆はあったな……」

 橙子はタバコを取り出すが、鮮花に視線で自重するようにたしなめられ渋々しまう。

 その鮮花が師の謎の言葉に対して質問した。

 「前兆があったとは、どういうことでしょうか?」

 魔術師は、コーヒーカップを弄びながら答えた。

 「ああ、出先に向う前に黒桐が何を思ったのかローゼンメイデンについて私に質問してきたんだ。こんな話を知ってますか、てね。もちろん私は知っていると答えたんだが、時間も押していたからそれ以上は何も話してはいないよ」

 「へえー、なんか運命的な力を感じますね」

 「だろう、私もびっくりしたよ」

 橙子はコーヒーカップを手に取ったが、すっかり冷めてしまったのかまずそうな顔をした。鮮花がすぐに気づいて師からカップをもらい、台所に向おうとする。

 しかし、足を止め、思い出したある重大事項について尋ねた。

 「あのう、橙子さん。その兄なんですが、たしか書類を届けに行ったはずですよね? まだ帰ってこないのですが、どうしてしまったんでしょうか?」

 「ああ、黒桐にはついでに他の用事を言いつけておいてね。直帰してもOKと言ったから、もしかしたら帰ってこないかもね」

 それを聞いた式と鮮花と藤乃の顔ががっかりしたものに変化した。橙子は声を立てずに笑う。

 「呼び戻したいのなら電話したらどうだ? 黒桐のヤツも都市伝説を目の当たりにできて喜ぶとおもうぞ。もしかしたら卒倒するかもしれないがな」

 「そこまでは……でも兄さんなら冷静に現実を受け入れてしまいそうです」

 「ありえるな。あの男もすっかり非日常の出来事に慣れてしまったからね。非日常を日常としてあっさり受け入れる日常の住人黒桐幹也か。ある意味、宝だね」

 発言の直後、急に何かを思い出したのか橙子は金糸雀を抱き上げるとそそくさとデスクに向う。そして引き出しの中から金属で装飾の施された小箱を取り出し、金糸雀に手渡した。

 「なにかしら?」

 腕に抱かれた金糸雀が橙子を下から眺める。

 「これは結晶の箱と言ってな。遠い昔、一人の錬金術師が作った宝具のようなものだ。伝承によれば、時がたてば立つほどこの箱にこめた人の思いのようなものが不思議な魔力を有する宝石を生成するということらしい。以前、出物で買ったんだが鍵をなくしてしまってね。そのまましまいこんで忘れていたのさ。これを君にプレゼントしよう、ささやかだが友好の証としてね」

 いくらつぎ込んだのか、とは誰も追及しない。

 橙子は、壁に寄りかかってコーヒーを飲む和服姿の少女に言った。

 「そこで式、君の出番だ。悪いが直死の魔眼を使ってこれを開けてくれ」

 「言うと思ったぜ」

 「ほほう、物分りがいいな。じゃあ、さっそく頼もうか」

 「わかったよ」

 その素直な返事に橙子ならず鮮花も意外そうな顔をした。

 「おいおい、やけに素直だな。どういう風の吹き回しだ? 後が怖いぞ」

 「うるさい。開けないぞ、いいのか?」

 「いやいや、悪かった。ぜひ頼まれてくれ」

 橙子たちは突っ込まなかったが、式が素直に応じたのは他ならぬ金糸雀のためだろう。
式は腰帯から愛用のナイフを引き抜くと金糸雀に持たせた箱を凝視し、その壊れやすい部分を捉えようとする。瞳が青と夕焼け色に輝き、レアな魔眼を有する少女はナイフをゆっくりと構え、ローゼンメイデンの持つ箱に近づいた。

 「金糸雀、動くんじゃないぜ。今から箱を開けるからな」

 「わかったかしら」

 しかし、外からこの様子を伺っていた二体には、角度の関係からそうとは映らなかったのである。









side3 【翠星石の人気は非常に高い】


 ガッシャーン!!

 何かが突撃してきた。無事だった右側の窓ガラスが粉々に砕け散り、破片が周囲に散乱する。橙子や式たちはとっさに身をかがめ、その衝撃から身を守った。

 突入してきたそれはソファーにぶつかった。浅上藤乃と黒桐鮮花は間一髪でよける。

 「!!!!」

 四人は、事務所内で宙に浮く「二体」を捉えた。赤いワンピースとボンネット姿の金髪のツインテールの少女。緑色のドレスと二つに分かれた長いロール髪の少女……

 その背丈と雰囲気は金糸雀と同じだった。

 「ローゼンメイデンか?」

 式はつぶやき、すぐに立ち上がる。二体の脇から二つの小さな発光体があらわれ、一瞬、よろめいた橙子と式だったが、体勢を立て直しローゼンメイデンに向き直る。二体の顔は驚いているようだった。

 「どうして、眠らないの?」

 ツインテールのローゼンメイデンが疑問を口にする横で、もう一体のローゼンメイデンが如雨露のようなものを手に持ち、思いっきり振り上げていた。

 「もう一度まかせるです、真紅」

 (何かする気だ!)

 式は、ナイフを構え戦闘態勢をとる。ソファーが邪魔し、微妙に間合いがとりづらい。鮮花と藤乃はようやく立ち上がろうとしていたが、状況を把握しているのか攻撃しようとはしていない。そう、二体のローゼンメイデンはなぜか怒っていたのだ。

 (誤解したな?)

 両儀式の推理は合っていたが、彼女が口を開くより早く長い髪のローゼンメイデンが持った如雨露の様なものが空を切って振り下ろされようとしていた。

 「チッ、面倒に違いないぜ」

 式は独語したが、彼女が行動するより早くそれは途中で停止した。

 「真紅、なぜ止めるですか?」

 問われたローゼンメイデンは、肩越しに振り向いてオッドアイの姉妹に落ち着いた口調で言った。

 「なぜって、私たちが誤解していたことがわかったからよ、翠星石」

 「えっ?」

 真紅は、困惑する翠星石を促し、ソファーの上に静かに舞い降りた。青い瞳と緑色の瞳が交差する。

 「金糸雀、無事で何よりね」

 真紅の口元がほころび、金糸雀も笑顔を返した。翠星石は腕組みしたまま、何かぶつぶつと呟いている。

 式や橙子は身構えるのをやめると、さらに加わった二体のローゼンメイデンをまじまじと見つめた。鮮花と藤乃は目を輝かせてローゼンメイデンに近づこうとする。

 「こいつは豪気だな」

 橙子が呟く中、三体のローゼンメイデンは不思議な住人たちに囲まれ、ようやく再会を果したのだった。









side4 【橙子はコーヒー党、真紅は紅茶党、鮮花は日本茶党、藤乃は?】


 ソファーに座る橙子の真向かいには、三体のローゼンメイデンが勢揃いしていた。真紅が真ん中、左に翠星石、右に金糸雀だ。金糸雀の傍らには橙子が譲渡した箱が開けられずに置いてある。

 赤い服のドールが事務所を一通り見まわした。

 「金糸雀を助けてくれたそうで、お礼を言うわ」

 真紅は、青い瞳を魔術師にまっすぐ向けて言った。橙子は少しも物怖じしない堂々とした口調と態度に感心しつつ、コーヒーカップを手に取った。

 「いや、礼を言うなら、そこの着物姿の娘に言ってくれ。私は何もしていないからね」

 橙子の視線の先には、仏頂面の少女が壁に寄りかかった状態でこちらの様子をうかがっていた。「あら、大和撫子ね」と内心で真紅は褒め、澄み渡った空のような瞳に人間の少女を映した。

 「シキだったわね、金糸雀を助けてくれてありがとう」

 お礼を言われた少女は何も言わない。黙って素っ気なく頷いただけだった。

 「どうぞ、紅茶を持ってきました」

 ほんわか笑顔でティーセットを運んできたのは黒桐鮮花だった。右側の頬がやや赤く腫れているのは、二体のあらたなローゼンメイデンを眼前にし、ダブル抱っこしたい衝動に負けて真紅と翠星石をかっさらうように抱きしめ、ツインテール髪のローゼンメイデンからローリング・ウイップビンタを喰らったからだった。

 それでも全くめげずに幸せそうであり、浅上藤乃と共闘して次の機会をうかがっていた。

 真紅は、薄く淹れられたオレンジ色の飲み物を覗き込んで一口つけ、すぐに鮮花をにらんだ。

 「ぬるいわ。せっかくの高い紅茶が台無しよ。お湯を沸かした直後にすぐにティーカップに注いだわね。これでは温度が下がって茶葉が開ききらないで香味が飛んでしまっているわ。もう一度、淹れなおして来なさい。いいこと!」

 「は、はい。すみません」

 「お湯は95度で抽出するのよ。ティーカップを温めておくのも忘れずに。それからミルクも付けなさい」

 「わ、わかりました」

 鮮花は、完全に迫力負けしたのか、急いで台所へと駆けていった。

 その後ろ姿を見送りつつ、真紅の口から不満が漏れる。

 「まったく、なっていないわね。高価なティーセットを持っているわりには落第点にもほどがあるわ」

 その光景に笑い声を上げたのは蒼崎橙子だった。自身は鮮花が淹れたほどほど上手いコーヒーを一口すする。

 「悪いことをしたね。本来なら紅茶の達人がいるんだが、あいにくと遠くに出張中でね。彼が居ればおもてなしもちゃんとできたんだが、タイミングが悪かった。許してくれ」

 「そう、残念だわ。会ってみたかったわね」

 真紅は、あくまでもクールだった。橙子も感心してしまうほどの毅然とした態度と高貴さを崩すことがない。その逆に「翠星石」と紹介された第3ドールの様子は対照的だ。身体より長い茶色のロングヘアー、それは先のほうで二つにロールして分かれており、気品と優雅さあふれている。おもわず魅入ってしまうのが左右の瞳の色が違ういわゆる「オッドアイ」だろう。右目が紅玉、左目がエメラルド色だが、おどおどしたように真紅の腕をつかみ、橙子とも目を合わせようとしない。

 「ごめんなさい。この子はドールの中でも一番人見知りがはげしいの。これだけの人間に一度に囲まれたのは初めてだから、すこし慣れるのに時間がかかるわ」

 「なるほど、君たち一体一体は個性をもっているんだね。さすがローゼンだ、興味深いよ」

 「ありがとう。トウコはお父様を知っているのね?」

 「いや、伝説レベルの話だけさ。同じ人形師としては尊敬しているけどね。こうしてその最高傑作と会えるとは夢にも思っていなかったがね」

 「そう、トウコも凄い人形師のようね。大きな力を感じるわ」

 橙子は薄く笑った。

 「いや、ローゼンほどではないよ。それなりの自負は持っているがね」

 「謙遜ね。でも、お父様を高く評価してくれて嬉しいわ」

 ちょうどそこへ、鮮花が再びティーセットを運んできた。今度は言われたとおりにティーカップを温めてあり、ティーポットからお湯を注ぐ。真紅はだまってカップを手に取り、上品に香りを確かめてから一口飲んだ。そして静かにティーカップを下ろした。それを鮮花はどきどきしながら見守っていた。

 判定が下った。

 「ぎりぎり合格よ。まだ粗さが残るけれど、さっきよりははるかにましだわ。鮮花だったわね、あなたの努力と誠意が伝わってくるわ」

 真紅が微笑むと鮮花はほっとした表情を作り、金糸雀と戯れる藤乃に冷ややかな一瞥を浴びせつつ、翠星石に優しく微笑んだ。

 「翠星石ちゃんも紅茶飲んでね」

 真紅の背中に隠れるようにしてオッドアイの瞳が鮮花を見つめている。鮮花は翠星石の前にそっとティーカップを置いた。

 「翠星石、いただいたら? 少しは落ち着くわよ」

 さりげなく真紅に促され、翠星石は周りを気にしながらも紅茶を口にした。直後、硬そうな表情がだいぶ緩んでいた。

 「と、とりあえずまずそうだけど翠星石さまが飲んでやるですぅ」

 翠星石は頬を赤らめ、温かい味のする紅茶に再び口をつけたのだった。










side5 【ヤンツンドール登場/田中理恵さんに乾杯!】

 真紅は二杯目の紅茶を飲んでいた。

 「ところでトウコ、あなた魔術師でもあったわね」

 「ああそうだが、何か?」

 真紅は部屋全体を再びぐるりと見回している。

 「どうりで金糸雀の存在を感じ取れなかったはずだわ。建物全体が何らかの結界で覆われているのではなくて?」

 「ほう、わかったかね。人除けの術というのを施してある。意識しない限り存在を認識できない結界をね。まあ、私の個人的な事情でそうしてあるんだが、君たちにも有効だったというわけだな」

 「だからカナも真紅たちを感じられなかったかしら」

 金糸雀の口にはクリームがたくさんついている。人間の子供そのものだ。人形の少女はクリームをぺろりとなめまわし、隣で世話を焼いている浅上藤乃にナプキンで口を拭かれていた。鮮花がその一連の光景にむっとしなかったのは、心を開きかけた翠星石を相手にしていたからだろう。

 ふと、真紅は事務所の壁に無造作に掛かる時計を見た。彼女は自分の持つ高級そうな懐中時計で今一度確認をすると、一瞬だけ眉をしかめて橙子に告げた。

 「申し訳ないけれど、もうしばらくここに居させてもらえないかしら?」

 「ああ、別にかまわないが、何かあったのかな」

 「ええ、ちょっと気になることがあるの」

 風が窓を叩いた。少し前から強い風が吹いているのだ。窓はすでに修復されており風は入ってこない。金糸雀が窓の時間をまき戻している最中、その不思議な光景に橙子たちは釘付けになっていたものだった。

 真紅はゆったりと紅茶を愉しみ、金糸雀と翠星石は鮮花や藤乃、そして式となにかやら話が弾んでいるようだった。

 穏やかな時間が流れるかに思えたが……

 何かが窓からの光を遮った直後だった。

がっしゃーん!!


 「なっ!?」

 突然、甲高い音とともに修復されたガラス窓が粉々に砕け散ったのだ。式は飛び散ったガラスを素早く避け、ソファーに座っていた橙子たちはとっさに身をかがめる。ほんのしばらくして一斉に窓の方を見た式たちは、そこに浮いている黒い衣装の少女を瞳に捉えた。

 「真紅ぅこんなところでくだらない人間たちとお戯れかしら?」

 耳障りで高飛車な口調。

 式たちの目前に浮いていたのはセミロングの銀髪と美しいがまるで感情のないルビー色の瞳、ぞっとするほどの白皙の肌を有する真紅たちと同じ雰囲気の生けるドールだった。黒と白の編み上げドレス、黒いヘッドドレスがその冷たさと美しさを際たたせている。もっとも人間たちが驚いたのが銀髪のドールの背中から伸びる黒翼だった。

 「また違うローゼンメイデンか?」

 式は素早く立ち上がり、帯に隠したナイフに手を伸ばす。

 「まって式」

 その声は真紅だった。突然の状況に際しても慌てた様子がなく、実に落ち着いて優雅に紅茶を飲んでいる。

 「待てって……飲んでる場合なのか?」

 式があきれつつ問うと、ツインテール髪の第5ドールは視線で「任せて頂戴」と合図した。式は一応承諾したものの、ナイフに手を掛けたままにした。

 「水銀燈、貴女を待っていたわよ」

 真紅に名前を呼ばれた銀髪のローゼンメイデンは露骨に不快気な顔をした。

 「待ってたですって? どういうことかしら」

 「あなたもこちらに飛ばされていたことを感じていたの。ホーリエを外に出して目印にしてあげたでしょう。貴女はホーリエに気づいてここに来たのではなくて?」

 「ふん、ブサイク真紅のへぼい人工精霊なんか目印になってないわよ」

 普段ならこの口の減らない挑発に乗ってしまうところだが、真紅の心はまだ穏やかだった。

 「言いたいことはそれだけ? 他になければ威嚇はやめなさい」

 「やめないさいですって! 私の勝手よ。マスター以外の人間と楽しそうに何をしているのかと思えばくだらないお茶会? 翠星石と金糸雀も混ざって、あなたたちって本当にアリスに相応しくないわ」

 水銀燈の黒い翼がさらに伸び、無数の黒い羽がドールの前で渦を巻いた。

 「真紅、そこのお馬鹿な人間たちを巻き込みたくなかったら大人しくローザミスティカを渡しなさい。さもなくば私があなたたちごと人間もジャンクにするわよ」

 第5ドールはあきれたようにやや肩で息をした。

 「水銀燈、この状況があなたにはわからないようね。あなたのためよ、攻撃するのはおよしなさい」

 真紅はソファーに座ったまま、余裕で紅茶を一口飲んだ。その態度が水銀燈にはよほど気に入らなかったらしい。渦を巻いていた黒い羽の集まりが昇り龍のように変化し、激しく空間を踊る。

 「状況が理解できていないのは貴女でしょう? 三体もドールがいるからって強がってるのぉ? だとしたら認識不足だわ。私は人間どもを人質にとっているのよ、貴女こそ降参しなさいよ」

 まさに一触即発の状況。

 にもかかわらず、不思議と人間たちは慌てていなかった。ビルのオーナーなぞは呑気にシャツのポケットからタバコを取り出し、いつものようにライターで火をつけた。

 「おい、真紅。よけいに頭に血を上らせてしまったようだぞ、どうする気だ?」

 「さあ、冷静に対処したつもりだけど」

 「あれだろ、素っ気なくの間違いだろ?」

 「そうとも言うかしら」

 「気の短そうなドールだしなぁ……」

 「ちょっと、 私の話を聞いているの!」

 怒気とともに水銀燈の黒い翼がさらに拡大し、ほとんど事務所内を取り囲んでしまった。
真紅は肩をすくめた。

 「トウコ、あなた怒らせたわよ」

 「えっ? 私のせいなのか」

 肯定するように三名と三体の視線が一斉に集中した。当然、そんな些細なことで蒼崎橙子はへこんだりしない。

 「で、どうするんだ真紅」

 真っ赤なワンピース姿のドールはソファーに座ったままだ。

 「もう一度警告するわ。もしだめならあなたたちの力を借りてもいいかしら? でも傷つけるのはやめて頂戴。最終的には私たちローゼンメイデンが解決することだから」

 「ああ、了解だ」

 怒鳴り声が重なった。

 「何なの、何なのよ! 何をそんなに余裕ぶっているわけ? 真紅、この人間どもがどうなってもいいの?」

 真紅の青い瞳が怒りを顕にする第一ドールに注がれた。

 「水銀燈、もう一度言うわ。貴女のためよ、攻撃するのはやめてちょうだい」

 「うるさい!!」

 水銀燈は怒鳴り、黒い羽の刃を向けようとした直前、全身に身の毛もよだつ恐怖を感じて動けなくなってしまった。わずかに視線を下げて己の首筋に突きつけられている冷たすぎる切っ先を確認する。

 「な…にぃ?……」

 いつの間に! 

 言葉を出せず、水銀燈の血の気が引いた。壊されるという絶望感がローゼンメイデンの体内を雷撃のように駆け抜けていた。

 「待って式、それ以上は不要よ。その子もよく解ったでしょうから」

 真紅がソファーから立ちあがって言うと、式は承知したかのようにゆっくりと水銀燈の首筋から愛用のナイフを離した。

 「いいのか? こいつヤバイやつなんだろ?」

 「そうね、ちょっとイカレた子だけど、私たちと同じローゼンメイデンよ。こんなことに巻き込んで言うのもなんだけど、ローゼンメイデンの戦いはローゼンメイデンが決着をつけるわ」

 水銀燈の左腕を掴んでいた式の手が離れた。第一ドールは翼を折られたかのように床にへたりこんだ。呼吸も荒い。紅玉の瞳が恐る恐る自分をねじ伏せた人間の少女を見上げた。

 「おまえ……一体?」

 「水銀燈…」

 返答したのは真紅だった。ソファーから降り、水銀燈の前に立つ。

 「貴女らしくないわね。この部屋の住人の異質に早く気づくべきだったわ。そうすればこんな情けない姿をさらすこともなかったでしょうに」

 ギリッ、と歯をくいしばった水銀燈の紅玉の瞳が怒りに震えていた。

 「ずいぶん余裕があると思ったら、なるほど、異質な人間どもを利用して私に恥でもかかせようと企んでいたの?」

 真紅は首を左右に振った。

 「そんな気はないわよ。もしそう感じたのなら相変わらず考えがひねくれているわね。私はただちょっとはしゃぎすぎた貴女にお灸を据えただけよ」

 「ふんっ、なんとでも言えるわ! ブサイク真紅」

 全く口が減らないとはこのことだ。

 水銀燈は、秀麗な顔をついにゆがませた真紅に向ってトドメの一撃を放った。

 「ブサイク!」

 ぶちっ、という鈍い音が式たちには聞こえたような気がした。その発生源と思われるドールを見ると拳が震え、次の瞬間、水銀燈を殴りつけていた。

 「三度もよくも言ってくれたわね。取り消しなさい!」

 「いやよ、バカ真紅。怒った顔がさらにブサイクだわ」

 真紅は、ついに「高貴でクールな」というイメージを脱ぎ捨てて水銀燈に飛びかかった。

 「やったわね!」

 水銀燈も負けじと真紅のツインテールをつかんで応戦する。真紅は第一ドールの胸倉を捻りあげている。

 「こらこら、まるで犬かネコの喧嘩だな」

 橙子は眺めているつもりだったが、さすがにこれ以上事務所で戦闘されても困ると思ったのか、真紅を水銀燈から引き離した。

 「ちょっと橙子、放しなさいよ!」

 「こらこら、真紅、君らしくないぞ。黒いローゼンメイデンの挑発に乗ってしまうとはまだまだ青いな」

 「ブサイクって言われればレディーは誰だって怒るわ」

 真紅は譲らず、水銀燈をにらみつけた。銀髪のドールは口元を緩める。

 「あはははは、貴女の本性が出たわね。まじめぶって何事にも動じないみたいな態度をとっているけど、所詮は貴女も私と同じ。いいこぶっても疲れるだけよ」

 「冗談じゃないわ! 貴女と同種にしないで」

 「フン、同じよ。貴女のいいこちゃんぶりには反吐がでるわ」

 「言ったわね、イカレドール!」

 「ええ、言ったわよ、お馬鹿真紅!」

 「お前ら! いい加減黙らないとじわじわと削りとるぞ!

 そのあまりにも恐ろしい声に真紅と水銀燈は絶句してしまった。水銀燈が思わず後ずさりしてしまうほどの凶暴で冷酷なオーラ……

 真紅は恐る恐る後ろを振り向いた。

 「きゃあー!」




 ──後編に続く──

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 あとがき

 短編の妄想中編が終了しました。ネタの一つをまた世に送り出すことが出来ました。
 ですが短くまとめられません(汗

 これを書いた時点で空の境界もそろそろ最終の第七章が始まろうというところです。一時間枠なので、そのなかでまとめるのは難しいと思います。出来れば第五章レベルの時間がほしいというのが希望です。

 ローゼンメイデンは雪華綺晶が姿を現しました。いったいどうなるのか、新シリーズに注目です。

 ちなみに、水銀燈の髪の色が水色になってますが、単に塗ってみただけです。あと、翠星石の如雨露の使い方とか間違っているかも(汗

 2009年2月20日 ──涼──

 以下修正履歴

 誤字や脱字を修正しました

 2010年3月 ──涼──

 読み返していて、いろいろ修正箇所を見出したので、ところどころ修正しました。
 水銀燈のイラストを削除しました。てきとーに描くと後で後悔するようです(汗

 2011年9月19日 ──涼──


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