とある魔術の未元物質
SCHOOL94  分 断


―――怒涛に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、愛の実体があるのだ。
そもそも実体とはなにか。単純に文字をばらして考えれば、実の体となるが、その実とはなんなのだろうか。その実というのは肉があればいいのか、感触があればいいのか。それとも骨は実体ではないのか。実というのは良くも悪くも実でしかなく、虚にはなりえない。











「はっ! はぁはぁ……ここまでくれば!」

 廃工場の中に入り込んだフレンダは、追ってくる人影が見えなくなった事でほっと一息つき壁を背に座り込む。怪我はなかったが、全力疾走し続けたせいで足がパンパンだ。ぜぇぜぇという息が止まらない。ひんやりとする冷たさが喉に入り込み痛む。それでも死ぬよりはマシだ。

「……麦野、ごめん」

 意味はないと知りつつもフレンダはそう謝罪する。垣根帝督に脅され『ピンセット』や『アジト』の情報を洗いざらい喋ってしまったフレンダは追われる身の上となってしまった。それも垣根帝督からではなく味方である『アイテム』から。もっと言えば裏切り者を粛清する為に追ってくる麦野から。
 
 こんなことを言えば言い訳にしかならないが、フレンダも『アイテム』の皆のことは好きだし裏切りたくはなかった。
 ただフレンダという少女は暗部に所属していながら、どうしても臆病で、命を捨てられない理由もあったのだ。たった一人の妹、フレメアを残してフレンダは死ねない。
 だが学園都市の闇にある『アイテム』に、麦野沈利にそんなお涙頂戴な理由で納得させる事が出来る訳がない。特に激怒している麦野に何を言っても無駄だ。理由を説明する前に殺される。

 頭を抱えて蹲っていると、廃工場の扉がドカッと豪快に開かれた。
 フレンダは自分が助けを求めた人物を想起し、目を輝かせる。

「レイビー! 結局、遅いって」

「ざぁんねぇんでしたぁ」

 違う。来たのは前に知り合ったゲコ太マニアの少年じゃない。
 フレンダも良く知る第四位のLEVEL5。

「む、麦野……っ」

「フレンダぁ。『アイテム』の情報を垣根の糞野郎に下呂っておいて、平穏無事に逃げられると思ってるとは、ちょっと楽観主義が過ぎるんじゃねえかァ? 裏切ったんだからよぉ、テメエはきっかり殺されねえと。ぶち殺されんの確定なんだからよぉおおおおおおおおおおおお!!」

「ひっ!」

 脱兎のごとく逃げた。
 殺される。捕まれば、いやここに居れば殺されてしまう! 
 早く麦野の側から、視界から離れなければ。

「尻振って誘ってんじゃねえぞぉおおおおおおおおおお!! テメエはビッチか、アァ! 私がぶち殺すの確定ってんだからよぉおおおおおおおおおお、大人しく死ねっつうんだっ!!」

 まるで嵐のような『原子崩し(メルトダウナー)』の連射。フレンダは慌てて工事器具の背後に隠れるが、直ぐにそこから出て逃げた。
 未元物質という例外を除いて、通常の障害物がなんら意味をなさない『原子崩し(メルトダウナー)』を前にして、工事器具の壁なんて紙にも劣る障壁だ。
 必死になって出口へと向かう。今は逃げる。そして麦野の怒りが収まった時に、泣いて謝るなり何なりして許しを請うしかない。それしかフレンダの生きる道はなかった。

「遅ェんだよ、糞がァ!」

 『原子崩し(メルトダウナー)』を応用した高速移動で、あっさりフレンダに追いついた麦野は、横ばいから蹴り飛ばす。
 胃の中のモノが逆流する。それだけ麦野の蹴りは痛かった。そして何より重い。
 
(どうして――――――)

 何処でこんな風になってしまったのだろうか。
 つい昨日までは、ただの仲良し集団だった。それは暗部組織の一つなので物騒なこともするけど、一緒にプールへ行ったりサロン貸切ったり遊びまわったり、仲の良い集団だったのに…………こうして自分はリーダーである麦野に殺されようとしている。

「死ね」

 麦野には同情も友愛も何もなかった。ただそこいらの雑魚を殺す時と同じ、あっさりとした仕草で『原子崩し(メルトダウナー)』で構成されたアームのようなものが振るわれる。

(ごめん……フレメア……、私、結局――――――)

「フレンダッ!」

 だけどフレンダは最後に見た。
 上半身と下半身が両断される中、助けを求めた少年が直ぐ目の前に迫っている事に。

「だ、め……逃げ」
 
 言い切る前に、フレンダの意識はなくなった。
 後はただ闇が残る。



 信じられない場面だ。
 フレンダの位置情報を携帯で検索し、到着してみればこれだ。
 廃棄されただろう工場の中には見た事のない美人な女性と、見知った一人の少女がいた。見知らぬ女性の方は大した怪我もなく、至って健康そうだ。
 それはいい。
 ただ見知ったもう一人、フレンダは違う。
 一瞬、どうしてフレンダの足とフレンダの頭が別々の場所にあるのか理解できなかった。次には何らかの能力でこうなってるんだと思った。そして飛び散る血痕を見てからは、ソレが上半身と下半身を真っ二つにしたのだと気付いた。
 下手人はこの女性だろう。
 茶髪のロングヘアでスタイルもいい、街中を歩いていたら振り返ってしまうような美人。

「あァ? フレンダのやつ、またこの一般人に助けを求めてたって訳?」

 パクパクと言葉が出ない。
 まるで声を発音する機能を消失してしまったかのようだ。

「ご愁傷様、見ちまったわね。馬鹿なフレンダのせいで」

 その女性は、ご愁傷様と言う割にレイビーに対する同情の念は一切感じられなかった。例えるならゴキブリを駆除していたら鼠も出てきたので一緒に駆除するような、そんなあっさりとした感覚。
 レイビーは元々攻撃的な性格ではない。
 確かに以前、少し悪者ぶっていた事もあるが、それは一時の気の迷い。思春期にありがちな、レールを外れた者に対するあこがれのようなもの。レイビーは複雑怪奇な家庭事情のお蔭で喧嘩も強いが、それでも攻撃的ではない。寧ろ保守的な考えの持ち主だ。
 だからだろう。
 それが結果的には良い方向に作用した。
 これで頭に血が上り易い人間なら、フレンダを真っ二つにした下手人をぶん殴ろうとしたかもしれない。だが保守的で、攻撃的ではないレイビーはそれよりも先ず、守勢を選んだ。

「――――――――――っ」

 半ば咄嗟の判断で時間が停止する。
 レイビーが止められる最大半径50mまで、なにもかもが停止した。
 沸騰して上手くものが考えられない頭。それでもレイビーはここでいう最善策をとることができた。上半身と下半身に分断されたフレンダは、しかしギリギリでまだ完全に死んではいなかったのだ。
 二つのフレンダを回収し、レイビーは全力で、麦野から逃げるようにそこから走り去る。
 十二秒後、再び時間が動き出した時には麦野沈利の前に、レイビーもフレンダもいなかった。
 麦野は「まぁいいか」と言って携帯である人物に連絡をとる。フレンダに構っている時間はそうはなかった。まずは垣根帝督を殺さなければ。

「はーまづらあ。そっちに滝壺理后はいるかな?」

 静かに、もう一つの物語も始まろうとしていた。
 特殊な右腕も能力もない、ただの下っ端のストーリーが。



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