宙を舞うヨーコの身体。大きく砂煙を巻き上げながらゲンバーの攻撃により、空へと投げ出される。
 ゲンバーは空に舞い上がったヨーコ目掛けて、止めの攻撃とばかりにその凶刃を向ける。

「(……ダメだ。痛みで……身体の感覚が……すでに感じ……られ……)」

 一瞬のことだった。
 ゲンバーのその攻撃がヨーコに届こうとした瞬間、黒い巨大な塊がゲンバーを横から吹き飛ばす。
 そのまま、空中のヨーコをその大きな手で拾い上げると、前方のコクピットハッチを開き、中からよく知った男の姿が現れる。

「ヨーコっ!! 無事かっ!!!」
「……あ」

 意識の朦朧とした目でアキトの名を呼ぼうとするヨーコ。
 だが、その意識はそこまでで失われ、アキトの腕の中でぐったりと横たわる。

「くっ!!」

 重症のヨーコを気遣いながらも、ヨーコをこんな風にした原因であるゲンバーを睨みつけるアキト。
 そこにはヨーコに見せていた先程までのような優しげな雰囲気はなく、かつて復讐者と呼ばれた殺気に包まれたアキトの姿があった。

「サレナ、ブラックサレナから降りて、大至急、ヨーコをユーチャリスに送り届けてくれ」
『でも、私が融合をとけばブラックサレナのパワーが一気におちることに……』
「心配ない。だから、ヨーコを頼む……」

 かつてないほどの怒りをあらわにするアキトにサレナは黙って頷くと、ブラックサレナとの融合をとき、アキトの腕からヨーコを受け取る。

「お願いですから……無茶だけはしないで下さい。出来るだけ早く戻りますから」

 首を僅かに縦に振り、ただ一言、サレナの耳元で言葉を呟くと、そのままブラックサレナに搭乗するアキト。
 サレナはそれを確認すると、ディストーションフィールドで自身とヨーコの身体を包み込み転移した。





紅蓮と黒い王子 第16話「あなたは私にとって最愛の人です」
193作





「兄貴……アキト、大丈夫かな?」
「グレンラガンよりも、ブラックサレナの方が早く奴らのアジトに辿り着ける。そう言ったのはお前だろ、シモン」
「……うん」
「それに、アキトの野郎がそんなに簡単にやられるタマかよ。むしろ、アキトが負けるとこなんて想像もつかねえ……」

 カミナはカミナなりにアキトを信頼していた。本来は自分が先陣を切って行くつもりだった物を、シモンの助言どおりに譲ったのもその為だ。
 アキトの強さだけでなく、アキトなら何とかしてくれる。誰もが抱いている期待と希望に、カミナ自身も背中を預ける覚悟をしたのだ。
 その為に預けたグレン団の証。旗を預けた相手の心配をするなど無駄なことだ。
 自分達にできることは、今、目の前にいる敵を全てぶち殺して、皆を守り抜くこと。
 出て行った奴らの帰る場所を守ることだと。

「シモン、悩んでる暇があったら、気合で振りほどけ! そして、それを奴らにぶつけろっ!!」

 眼前に次々と迫るガンメンに視線を向けるカミナ。
 シモンは震える手でしっかりとレバーを握ると、迷いを振り切るかのように首を横に振り、その瞳に強い意志を呼び起こす。
 それに呼応するかのように輝きを放つラガンのパワーゲージ。
 まるで雄叫びを上げるかのように迫り来るグレンラガンに、ガンメン達は恐れと恐怖を抱き始めていた。

『敵の残数、残り千二百余りをきったぜ』

 キヤルの通信で敵の残数が残り三分の一程まで減少した事を知ったカミナとシモンにも、その疲労の色とは別に、強い希望に満ちた表情が浮かんでくる。

「残りたったの千ちょいだ。やれるな、相棒」
「うん、兄貴っ!!」

 そして、ここにグレンラガン対ガンメン千二百の戦いが幕を開けた。






「カカカ……やはり、人間は馬鹿だのう。死にかけの小娘一人の為に、あの実験体を手放すなど愚かとしか言いようがない」

 ブラックサレナを取り囲むように集まってくるガンメン達。
 グアームは口元を緩めると、そのいやらしい笑い声でアキトを見下すように挑発する。

「だが、一人だけ逃げなかったのは致命的だったな、これで貴様の勝ち目はなくなったぞ!
 以前の様なパワーも、今のその機体ではだせまいっ!!」

 すでに勝利を確信したかのようにアキトに宣告するグアーム。
 それを聞いて、アキトはグアームの事を冷笑する。

挿絵「……ククッ、滑稽だな」
「……なんだと??」
「俺がここに残ったのはヨーコの努力を無駄にしない為だ。それに……」

 周囲の空気が冷たく凍りつく。震えるような冷たい殺気に、グアームをはじめ、獣人達に動揺が走る。

「貴様らのような外道を殺すのは、サレナではなく俺の仕事だ」

 ――刹那。その言葉と同時に放たれた、ブラックサレナの閃光とも言える抜き撃ちに、取り囲んでいたガンメン達が一瞬で爆散する。

「な、な……っ」

 一瞬のことで反応が遅れるグアーム。その隙をついてブラックサレナが一気に間合いを詰める。
 ブラックサレナから放たれた弾丸を、咄嗟に厚い装甲で覆われた円形状の形に変化して弾くと、ゲンバーは身体を回転させ土煙を巻き上げながら砂に潜ってしまう。
 そして、大きく揺れる地面。
 ブラックサレナが空中に浮かび上がると、その場所からアリ地獄のように渦を巻きながら巨大な影が姿を現す。

「以前の戦艦か……いや……」

 改修され装いを新たに現れるダイガンド。
 その重厚さには更に磨きがかかり、以前の傷跡を感じさせない強大な存在感を放っていた。

「異邦人め、捕らえるのは死体でも構わん!! ここで粉々に砕いてくれるっ!!!」

 ダイガンドの座席で自身の身体をコマのように回転させるグアーム。それに呼応するようにダイガンドもグルグルと回転を始める。
 砂塵を巻き上げながら、高速で回転するダイガンド。
 その遠心力で周囲の砂や大気は中央へと集まり、巨大な竜巻の姿へと変わる。

「これぞ、我がダイガンドが秘策っ!! 動きばかり早くてもこのダイガンドに傷一つ付ける事は叶わんぞ!!」

 凶悪な風を巻き上げながらブラックサレナに迫るダイガンド。
 ブラックサレナは一定の距離を取りながら、ダイガンドの接近をかわし続ける。
 時折、マシンキャノンで攻撃を試みるが、そのどれもが竜巻に飲み込まれ全く効果がない。

「…………」

 静かにダイガンドを見詰めなおすアキト。その表情には絶望の色はなく、冷酷な戦士の顔がそこにあった。






「まずいわね……」

 ユーチャリスの医療室に運び込まれたヨーコの状態は相当に酷い物だった。
 全身の骨の損傷、そのダメージは臓器にまで達成しており、すでに虫の息と言える状態だった。

「ダメ……手の施しようがないわ……」

 検査結果を険しい顔で見詰めるリーロン。
 その報告を聞いて、ダヤッカや他の者達にも動揺が走る。

「な、なんとかならないのか?」

 ダッヤカの必死の訴えにも、黙って首を振るリーロン。
 ヨーコを医務室に運んだ後、そんな様子を見ていたサレナに別れ際にアキトが残した言葉が浮かぶ。

 ――ヨーコを救える可能性があるとしたら……俺の身体にある秘密だけだ。

 咄嗟にその言葉を思い出し、医療室の奥に設置されている研究室のドアをぶち破るサレナ。
 その様子にリーロンや周囲の人間達も驚きの表情に揺れる。

「そこはアキトやラピスが絶対に他人を入れなかったラボじゃない!? サレナ、あなた何を考えて……」

 リーロンの制止も聞かず、部屋に入り、薬品の棚を漁るサレナ。
 その只ならぬ様子に周囲の人間はドアの外からサレナの様子を伺う。

「……あったっ!!」

 透明色の液体の入った薬品を注射器にセットすると、リーロン達を押し退け、ヨーコの傍に行くサレナ。
 すると、ヨーコの頬を叩き、大声でヨーコの名前を叫ぶ。

「ヨーコっ!! 目を覚ましなさいっ!!!」
「ちょっと、サレナ……」
「黙っててっ!!」

 重症のヨーコに迫るサレナを止めようと、リーロン達が動こうとするが、サレナは大声で周囲を制止する。

「聞きなさい、ヨーコ! 本当はアキトもラピスもこんなことは望んでいない。でも、あなたが死ぬことも誰も望んでない」

 色のない瞳でかすかに震えながら、サレナの方を見るヨーコ。

「あなたが自分で決めなさい。生きて苦しみ抜くか、死んで楽になるかをっ! そして答えなさい! 普通の人として生きられる道を捨てても、それでもなお、あなたは……」
「わ……た……は……」

 音にならないほどかすれた声に、サレナはヨーコの手をそっと握る。

「生きたい? それともここで死にたい? 言葉にしなくていいわ。手を握り返してくれるだけでいい」

 涙を流しながら、サレナの手を力の限り握り返すヨーコ。

 ――生きたい。

 彼女はそう言った。



 病室に静寂が訪れる。サレナの手によって投薬された薬でヨーコは静かに目を閉じる。
 サレナはその掌を眠りについたヨーコにあてると、掌からだした光で身体を包み込む。
 すると、ヨーコの身体にできた傷や損傷などが、時間を巻き戻すかのように回復していくのが見て取れた。
 それを見ていたリーロンやダヤッカ、心配で様子を見に来ていたクルー達に驚きの表情が浮かぶ。

「終わった……」

 額に汗をかき、微かに息の乱れた声でヨーコの傍を離れ、リーロン達の方を見るサレナ。

「アキトが待ってます。ヨーコの事をお願いします」
「ちょっと、あなただってここまでヨーコを運んできて、今の力だって相当に疲れるんじゃ……」
「私はヨーコと同じように、アキトにも生きていて欲しいんです」

 軽く頭を下げ、ヨーコの事をリーロンに託す。
 そして、ボソンジャンプでアキトの待つ戦場へと姿を消すサレナ。
 リーロンはサレナの去った病室で静かに寝息を立てるヨーコをみると、今はいない少女と今も戦場で戦っている一人の男に向けて心からの礼を言った。

「……ありがとう」






「大丈夫か!? シモンっ!!」
「うん、兄貴は?」
「このくらいでへばってられるかってんだ!! この俺を誰だと思ってやがるっ!!」

 その時、ユーチャリスから入った通信の内容を見て、シモンの表情が一気に曇る。

「ヨーコが重症……!?」
「落ち着け、シモンっ!!」

 取り乱しかけたシモンを叱責するカミナ。
 その操縦桿を握る手に更に力を込めながら、カミナはブリッジのキヤルに連絡を取る。

「キヤル……ヨーコの様子はどうだ?」
『あ、うん。今はサレナのお陰で容態も安定してるらしい……でも、運ばれたときには相当に酷い傷だったとか』

挿絵 ガンメン達の後方に見える巨大な竜巻を睨むカミナ。
 あそこにヨーコを殺しかけた獣人がいる。そしてその獣人とアキトが死闘を繰り広げている。
 逸る気持ちを抑えながら、カミナは残ったガンメン達を睨みつける。

「シモン……こんなに腸が煮えくり返ったのはいつ以来だろうな……」
「兄貴……俺もこいつらが許せない」

 シモンの頭に過ぎるのは土砂に埋もれて死んでいった両親や村の皆。
 カミナが許せないのは大切な仲間を踏みにじられたことへの怒り。

「てめえらっ!!!」

 カミナの怒号と共に一気に爆発するエネルギーの奔流。
 グレンラガンの身体からでたドリルが伸び、大量のガンメンを吹き飛ばす。

「絶対にゆるさねえっ!!!」

 周囲に出ていたドリルが収束を始め、グレンラガンの右腕に巨大なドリルを形成する。

「一気になぎ払うぞ!! シモンっ!!!」

 カミナの号令と共に構えを取り、前方の敵へともの凄いスピードで迫るグレンラガン。
 二人の気持ちが、二人の怒りが一つとなってガンメン達を貫く巨大なドリルと化す。

「ギィィガァ……」
「ドリル……」
「「ブレイクゥゥゥ――ッ!!!」」

 それはまさに弾丸。
 グレンラガンは一筋の光となって、数百といたガンメン達を一瞬で粉砕した。






「一瞬で……六百機余りのガンメンの消滅を確認……我が軍の残数残り二十パーセントをきりました」
「な、なんだとぅ!!」

 回転するダイガンドの中で部下からの報告を受け、大声を上げるグアーム。
 それもそのはず、先程までまだ優勢に事を運べていた戦況が、たった一機のガンメンの手によって覆されたのだ。
 部下達にも動揺が走る。

「引きましょう、グアーム様っ!! あんな化け物に勝てるはずが……っ!!」
「目の前にあの異邦人がいるのだ! せめて奴だけでも殺らぬことにはワシらに帰る場所などないわっ!!」

 このままおめおめ帰ってはロージェノムが許すはずもない。
 グアームに残された道は、すでにアキト達を倒す以外になかった。

「このダイガンドは何があっても落とせはせんっ!! 奴らの敗北は揺ぎ無いわ」



 ブラックサレナから竜巻を……ダイガンドを見詰めるアキト。
 そのアキトの前に、ブッラクサレナの肩に降り立つように空中から姿を現すサレナの姿があった。

「アキト、無茶はしてなかったようですね……と言いたいですがこの機体の傷は何ですか?」

 所々、砂塵に巻き込まれ擦り切れた傷跡が目立つブラックサレナを見て、サレナは溜息をつく。
 アキトはこう言う人間だった。無理をするなと言ったところでそれが叶わないことは判り切っていたことだ。
 サレナはアキトの返事を待たず、ブラックサレナに再び融合する。

「サレナ、ヨーコは?」
「……無事です。アキト、あれでよかったのですか?」
「俺は俺のエゴの為に彼女を生かしたに過ぎない。ならば、それは俺が背負うべき責任だ」

 ――違う。
 そう言いたいサレナだったが、静かに眼前の敵に意識を切り替えると、静かにそして冷酷に見詰めなおす。
 サレナの心も怒りに震えていた。
 ヨーコをあんな風にしたことや、そして何よりもアキトの傷をえぐることになってしまった現実に。

「突撃オプションモードモールタイプ=v

 サレナの声にこたえるかのように、空間を割って現れる巨大な機械仕掛けの兵器。
 ブラックサレナに取り付くように融合を始めると、その形体を大きな戦闘機の様なものへと変化させる。

「ディストーションフィールドを前方に集中展開」

 ――SETUP! DRILL MODE――
 メインモニタに映し出される文字。
 すると、その文字の示すとおり、ブラックサレナの先端に三つの巨大なドリルが姿を現す。

「アキト……ぶち抜いてやってください」

 おしとやかに? そして少し乱暴な物言いで話すサレナに、アキトは自身の怒りも忘れ目を丸くする。

「そうだな。ぶち抜いてやるか」
「そうです。ヨーコもよく言っていましたケツから鉛玉をぶち込むぞ≠チて……」
「はは……ヨーコらしいな……ケツからか」

 アキトはその言葉を聞いて何かを考え込むと、サレナに向かって攻撃の指示をだす。

「なら、ケツからぶち抜いてやろうじゃないかっ!!」
「アキト……? ああ、そう言うことですか」

 そして二人は口元をニヤリと緩めた。



 高速機動で一気に竜巻に向かうブラックサレナ。
 ダイガンドはブラックサレナを弾き飛ばそうと進行方向をブラックサレナへと向けるが、突如、急降下したブラックサレナを見失ってしまう。

「なっ!!!」

 砂煙を上げ、砂の中へと姿を消したブラックサレナ。
 グアームは姿を消したブラックサレナを必死になって捜す。

「どこだっ! どこに消えたのだっ!!」
「下です。ダイガンドの真下――きますっ!!!」
なに――っ!!

 ――ドゴオオオオォォ――ン!!!
 ダイガンドの真下を、そのドリルで突き上げながら現れるブラックサレナ。
 ブラックサレナの予想外の特攻に、グアームに焦りが見える。

「もちません!! 装甲温度上昇……このままでは突き破られます!!!」
「なぜだっ!! 何故、これほどの力を……奴らは何者だっ!!!」

『ただの人間さ。お前達が弱いと弾圧してきた人間達と同じ存在だ』
「――っ!!」

 サレナとオモイカネの力を使い、ブラックサレナからダイガンドのコンピューターにハッキングして言葉をかわすアキト。

「人間がこんな力をもっとるはずがないっ!! 貴様は一体っ!!?」
『言っただろう? ただの人間だと。そして……外道を殺すのは俺の仕事だと』

 ――ビシッ!
 その言葉を最後にブラックサレナのドリルにより突き破られるダイガンドの装甲。

お、おのれええええぇぇぇ――っ!!

 グアームの最後の絶叫と共に、そのドリルに身を貫かれ爆散するダイガンド。
 そのまま空中に飛び出したブラックサレナは燃え盛るダイガンドの残骸を静かに見下ろす。



「サレナ……こんな力を持っていても、それでもお前は俺を人だと思うか?」

 自身を人間だと言ったアキトの言葉。自身の否定はラピスや、そして変わってしまったであろうヨーコを否定することに繋がる。
 ――化け物、亡霊。そう言われ続けてきたアキトの記憶を知るサレナは、ブラックサレナの中で優しく微笑みながら言葉を返した。

「ええ……あなたは私にとって最愛の人です」





 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 遂に決着のついたグアームとの死闘。
 アキトの心や、ヨーコの身体に生々しく残した傷跡。
 この時点で、リットナーの面々にもアキト達の正体の片鱗が見え始めます。
 彼等は後に真実を知ったとき、どうするのでしょうか?
 まあ、カミナ辺りはそれがどうしたって感じなんでしょうがw


 更新スケジュールのお知らせです。
 4/3(木)の更新からしばらくは木月の更新スタイルをとります。
 話数が多いので、ここで一気に詰めておく予定。
 サークルの作業も迫ってるので確約は出来ませんが出来るだけ週二更新やってみます。


 次回は、戦いから一夜明け目覚めたヨーコ。その瞳はラピスと同じ金色へと変わり、自分の知らない記憶に襲われる。
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.