まるで映画の一コマのように、緩やかに流れる時間。
ユーチャリスに向けて放たれる無数の砲弾。
そして、ダイガンカイとユーチャリスの間に突如現れ、弾の直撃を受けるブラックサレナ。
それをモニター越しに見ていたユーチャリスの面々は、背中に冷たい汗が流れ、息を潜める。
「あ……あぁ……」
大きな爆発と共に、残骸と黒い煙を巻き上げながら落下するブラックサレナを見て、声にならない呻き声を上げるラピス。
「アキト――っ!!!」
少女の悲痛な叫び声が辺りに木霊し、その少女の声に、誰もが絶望に駆られる。
獣人からは黒い悪魔と恐れられ、味方からは英雄の様に讃えられた男の最後にしては儚過ぎた。
その絶望的な状況の中で、ラピスは視界の開けた先にいるダイガンカイを睨み付ける。
「オモイカネっ!! グラビティブラストを目の前の敵に向けて一斉発射!!」
『了解デス。ラピス』
ラピスの合図で左右二門のグラビティブラストを展開するユーチャリス。
「て、敵艦が照準をこちらに向けています」
「ば、馬鹿野郎っ!! 全力回避――っ!!!」
アディーネの叫びも空しく、発射される一筋の閃光。
ダイガンカイに向けて放たれた光は、艦の左舷を抉る様に命中する。
「左舷上部に被弾――このままでは、沈みますっ!!」
「くっ! 弾幕を張りつつ急速反転っ!! この場は引くよっ!!!」
追撃しようと放たれるユーチャリスの攻撃を辛うじてかわしながら、戦線を離脱するダイガンカイ。
ラピスはダイガンカイが離れていく様子を確認すると、ユーチャリスの代わりに被弾したブラックサレナを慌てて探す。
地面に落下して、身動き一つしないブラックサレナ。
右半身のアーマーは崩れ落ち、中にあるピンクのエステバリスの姿も表に向き出しになっている。
無事を確認しようと、通信に向かってアキトとサレナの名を叫び続けるラピス。
だが、アキトとサレナから返事が返ってくることはなかった。
紅蓮と黒い王子 第20話「俺は……穴掘りシモンだ」
193作
チミルフは突然、目の前から姿を消したブラックサレナを見て、その場で呆然と立ち尽くしていた。
何らかの作戦かと思ったが、一向に姿を見せる気配がないブラックサレナに困惑の表情が浮かぶ。
『チミルフ様、アディーネ様からの通信で、一時撤退するとの報告がありました』
「……撤退? アディーネがしくじったのか?」
『いえ、例の黒い機体が割って入り、あの白い艦の代わりに被弾したようです』
「……!? ……いや、わかった。こちらもすでに戦力は少ない……一時撤退するぞ」
ここからユーチャリスまでの距離を一瞬で移動したと言うブラックサレナの異常さに、チミルフに動揺が走る。
考えられることは、あの異邦人たちは一瞬で別の場所に移動する手段を持っているという事。
そんな不可解な能力を前に、今の戦力で向かうのは危険とチミルフは判断していた。
もし、ダイガンザンの前方に瞬間移動され、あの砲撃を食らったらと思うと生きた心地がしない。
一気に攻め込みたいのは確かだが、ダイガンザンをこれ以上空けるわけにも行かなかった。
「異邦人の戦士……生きていたならまた戦いたい物だ」
アキトに向けて放たれたチミルフの言葉。
アディーネの作戦のせいで、最後まで戦えなかった事に残念な気持ちと、アキトならばあるいはダイガンカイの攻撃を受けても生きているのではないか?
と言う、淡い期待を抱いていた。
「どうなってやがる……ヴィラルの奴も、ガンメンどもも……」
先程まで執拗に迫ってきていたヴィラルとガンメン達が、蜘蛛の巣を散らすようにダイガンザンへと撤退していった。
ユーチャリスの事が心配だったカミナとシモンは、その獣人達の行動が頭に引っ掛かりながらも、急いでその足をユーチャリスへと向けていた。
「これは……」
辺りに散らばっているのは、先程までユーチャリスを攻撃していたガンメン達の残骸。
それに混じって、見知った黒い機体が横たわっている。
「アキトっ!!」
シモンの叫び声がするよりも早く、カミナはグレンラガンを素早くブラックサレナに近づけると、そのハッチを開き、倒れているブラックサレナ目掛けて走り出していた。
「うぐっ!! くそっ、開きやがれ……!!!」
――ブシュウウゥゥ!!
爆発の熱で焼けたハッチに手を掛け、火傷も気にせず力の限りそのハッチの緊急レバーを回すカミナ。
顔を真っ赤にさせながら、そのハッチを何とか抉じ開けると、中にいる二人へと言葉をかける。
「アキトっ!! サレナ!!!」
アキトを庇う様にその身をアキトの身体に被せるサレナ。
アキトのバイザーは崩れ落ち、周囲から飛び散った破片がサレナの身体とアキトの身体に無数に突き刺さっているのが見て取れる。
「やべえ……」
二人の血で真っ赤に染まったシートを見て、顔を青ざめるカミナ。
何とか落ち着きを取り戻し、二人の息がまだあることを確認すると、必死に二人を呼びかける。
「アキト! サレナ!! 死ぬんじゃねえっ!!!」
二人の血で身体を染めるカミナの悲痛な叫びがそこにあった。
ユーチャリスの医療室。リーロンとラピスが苦い表情で、二人の治療にあたっていた。
「傷が酷い……」
サレナの方は徐々に身体が回復していっているのが見て取れた。意識がないのもスリープモードに入って回復に専念しているからだろう。
やはり、サレナは人間とは違うのだと、ラピスもリーロンも感じさせられる。
だが、アキトの方は酷かった。いくらナノマシンで強化されているとは言っても、アキトは生身の人間だ。
サレナのような回復能力も、ましてや不死身の肉体を持っている訳でもない。傷つけば死ぬことだってある。
傷つき今も意識のないアキトを見て、ラピスに焦りが見える。
「大丈夫、アキトはこんなことでは死なないわ」
「……ヨーコ。うん……大丈夫、アキトは絶対に死なない。死なせない」
「ア……アキト」
「――!?」
心配する二人の会話に割って入るようにベッドから起き上がり、アキトの状態をみてアキトのベッドに近づくサレナ。
「ダメよ、サレナ!! あなた、そんな身体なのに……!?」
「ヨーコ、どいて下さい……私なら大丈夫です。それよりも……このままじゃアキトが危ない」
身体を心配するヨーコとラピスの言葉を跳ね除け、掌から淡い光をだしてアキトの治療を始めるサレナ。
「くっ……!」
サレナは額に汗を流しながら、身体に走る痛みと疲労感に耐え、必死にアキトの治療に専念する。
徐々にアキトの傷は時間を巻き戻すかのように塞がっていくが、サレナの表情にはそれに反して曇りが見えてくる。
「サレナ……」
「大丈夫です……もう少し……」
表面上はそこに何もなかったかのように、完全に塞がるアキトの傷。
だが、治療を終えると同時にサレナの身体が地面に吸い込まれるように崩れ去る。
「サレナ――っ!!」
「ハアハア……大丈夫です……それよりも、敵は?」
「わからない……とりあえず撤退したみたいだけど、それでもまだ襲ってくる可能性は高いと思う」
ラピスの言葉に医務室を出て行こうとするサレナ。
「サレナ、そんな身体でどこにっ!?」
「ブラックサレナのところに……敵が来るのなら、アキトがいつでも万全に戦える準備をしておくのが私の役目です」
「ブラックサレナなら、皆が総出で修理に当たってるわ! だから、サレナは休んでて」
「……ありがとう、ヨーコ。でも、ダメです。アキトには万全な状態で戦って欲しい……だから、出来るときに出来ることをしたいんです」
ヨーコに笑顔で応え、格納庫に向かうサレナ。
おそらく、サレナはわかっているのだろう、アキトは目を覚ませばまた戦いに赴く。
どれだけ傷ついていようと、どれだけ周りが止めようと、その身体に鞭を打ち、再び剣を取ると言う事を……。
だからこそ、そんなアキトに応えようとサレナは必死になる。
アキトを万全な状態で送り出すために、アキトに生きて欲しいから、アキトの力になりたいから……と。
「ヨーコ、アキトはもう大丈夫……ここはリーロンに任せて、私達も今、出来ることをやりましょう」
「……ええ。私に出来ることを……私達にできることを」
これ以上、アキトに頼ってばかりはいられない。次に敵が来たとき、それは総力戦になるだろう。
ならば、その時にアキトの負担を出来るだけ減らせるよう、一緒に戦える道を選ぶと決めたのだから。
その日の深夜。ユーチャリスの格納庫には未だ消えない灯りが漏れ、その中ではユーチャリスのクルー達が忙しそうに決戦に向けて準備を進めていた。
「シモン、お前はそろそろ寝とけっ!!」
「え? でも……」
ラガンの整備を手伝っていたシモンは、ダヤッカの気遣いに戸惑いの表情を見せるが
「お前は明日の決戦の戦力の要でもあるんだっ! 休んで体力を温存しとくのも仕事だぞ」
シモンを「そうだ! そうだ!!」と追いたてながらも、休息を取らせようとするクルー達に、シモンは嬉しそうに笑顔で答えると、頭を下げ格納庫を後にした。
「あれは、ヨーコ? ……こんな時間にどこに行くんだろう」
格納庫をあとにしたシモンが目にしたのはユーチャリスを出て、森に向かうヨーコの姿。
シモンは悪いとは思いつつも、不審なヨーコの行動に疑問を持ち、後を追いかける。
薄っすらと月明かりに照らされる森を抜けたところにある小高い丘に、その目立つ赤いマントをなびかせながらカミナが立っていた。
後ろからそっと近づくヨーコ。カミナはそれに気がつくと、いつもの調子でヨーコに食って掛かると思えたが、いつもとは違い、神妙な面持ちで再び丘から見える景色に目を向ける。
「どうしたのよ、こんなところで? アンタらしくないわね……皆とも話さないで一人でこんなところで黄昏てるなんて」
「……何でもねえよ。ただ、どうやったらアキトやシモンみたいにあんなに強くなれるのか、そんなことを考えてるとな」
「アンタだって強いじゃない。私達からしたら、シモンはそりゃ、最初に会った時よりも随分と逞しくなったと思うけど、それでもカミナやアキトに比べたら……」
「ちげえよ」
そう言いながら夜空を見上げて、ヨーコの言葉に反論するカミナ。
「俺が強いんじゃない。シモンが強えんだ。いざって時に何とかするのはいつもアイツだ。俺はシモンがいつも傍にいてくれるから戦えるんだよ」
「……シモンが強いか。まあ、そう言われるとどことなくシモンって、カミナよりもアキトに似てるのよね。まあ、今のところは全然、アキトの方が良い男だけど」
「はあ……本当にアキトの事が好きだな……お前……」
「好きよ。アキトのことは、すっごく尊敬してるし、それに男性としても気になってると思う」
いつものように顔を真っ赤にして、はぐらかされると思っていたカミナは、晴れ晴れとした顔でそういうヨーコに目を丸くする。
「でも、カミナ……私はアンタの事も好き。アキトと同じくらいね」
「な……なに、言ってやがるっ!!」
逆に思いもよらなかった不意打ちの反撃を受け、顔を真っ赤にして慌てるカミナ。
「ねえ、カミナ。覚えてる?」
「う、うん、何をだ?」
「リットナーの村で私が落ち込んでるときに、アンタが励ましに来てくれたことあったじゃない。まあ、あれを励ましと言えるかどうかはわからないけど」
「う……」
「でもね。私はアンタのそんな馬鹿なとこや、真っ直ぐなとこに随分と救われたのよ……アキトにも言われたわ。何の為に戦のか? って」
「何の為に戦うのか……か」
「私は、正直、獣人達が今でも憎い。仲間を家族を殺されて、今もアキトをこんな目に合わせた獣人達が……だから、アキトの力に憧れた。
それで、あの時は焦ってたのよね。自分の力でガンメンを倒せないことに……でもね。実際にこの力を手にしてみて、思ったの」
自分の金色の瞳を指差し、そしてカミナに苦笑しながら話を続けるヨーコ。
「どんなに強い力でもそれは手段でしかないんだって。アキトは私達が想像もつかないほどの暗い過去を生きてきた、それでも誰かの為にその力を振るおうと今も戦っている。それがアキトにとって過去の贖罪なのか私にはわからない、だけどアキトに救われている人が沢山いることを今の私は知っている。
だから、私はアキトのようになりたいと思った。私の原点は家族を守る為に戦いたいと、この銃を取ったことだから」
背中に背負っていたライフルを掲げ、自分の想いをカミナに告げるヨーコ。
「どうして、急にそんな話をするんだ?」
「……さあ、どうしてかしら? カミナが悩んでる所なんて滅多に見れるものでもないから……気まぐれよ、気まぐれ。
それに、あの時の借りを私はまだ返せてない。だから、それを返したかったのかも」
踵を翻し、森の方に歩き出すヨーコ。少し歩みを進めたところで、再び足を止める。
「何を悩んでるのかは知らないけど……カミナは十分に強いと思うよ。少なくとも私はカミナに救われた。
アキトにも出来なかった事を、シモンに出来なかった事を、カミナはできた。それは誇れることだと思うわ」
「ヨーコ……ククッ! 尻と胸だけしか取り得がない穴倉女に褒められるとは思わなかったぜ」
「私もアンタみたいな馬鹿を慰めることになるとは思わなかったわよ」
月明かりの下でいつものように冗談を言い合い、可笑しそうに笑う二人。
そんな時、カミナの背にしていた山が大きな音を立て、赤いマグマを噴き上げる。
――ドゴォォォォン!!!
「なんだっ!? 山が火を噴いた……っ!!」
「噴火……火山よ? あんた、そんなことも知らないの?」
「……火山?」
「地下に溜まったマグマが、我慢できずに外に飛び出してくるの。ま、私もリーロンの受け売りだけどね」
「火山か……山が火を噴き、大地が燃える……俺達の一世一代の舞台には御あつらえ向きじゃねえか」
「……まあ、アンタらしくていいんじゃない? 黄昏てるよりも、いつもみたいに何も考えず前だけ見て突っ走ってるほうがカミナらしいわよ」
マグマはカミナのようだ。ヨーコは確かにそう思っていた。
グツグツと地下で燻っているかと思えば、我慢できなくなって飛び出してくる。誰よりも強く、熱く、その煮えたぎる炎をまとって。
「アキトも重症……サレナだった本調子じゃない。でも、敵はあの馬鹿でかいガンメンが二体に、こないだの四天王って奴と同じようなのが二人もいる……ハッキリ言って、私達の状況は物凄く悪いわ」
一転して真剣な表情に戻り、現在の深刻な状況をカミナだけでなく、自分に言い聞かせるかのように言葉を漏らすヨーコ。
「どんなに状況が不利でもやることはかわらねえよっ! 奴らを倒して、奴らの武器を奪って奪って俺達は突き進んでいく。そんでもって、奴らが攻めて来るのを諦めさせねえといけねえ。ギミーやダリーみたいな子供が、お日様の下で笑って過ごせる世界にしてやりてえじゃねえか」
それはカミナにとっての戦う理由。理想といっても良い。
最初は地上をただ見てみたい、親父の背中を追いかけたいと言うささやかな切っ掛けだったのかも知れない。
だが、カミナにとって、それは次第に大きな目標へと変わってきていた。
世界の有様を見て、アキトと行動をともにしてその思いは日に日に強くなっていた。
世界を変えたい。獣人達に脅かされず、暮らせる世界をを作りたいとカミナは真剣に思っていた。
「……カミナ、あんたも脳みそあったんだね」
「どういう、意味だっ!!!」
「ごめん、そこまで真剣に考えてると思わなかった……でも、そうよね。子供達の未来の為にか……」
カミナの想いは家族を、皆を守ると決めたヨーコの想いと似ていた。
カミナは仲間を大切に思う。だからこそ、自分が率先して前に立とうと、出て行こうとする。
「仲間想いなのは、カミナもアキトと変わらないと思うわよ」
だからこそ、カミナなら何とかしてくれる。この世界を変えられると思い、あの時、先走ってカミナを追いかけたのかもしれない。
アキトと同じ物をカミナにヨーコは感じていたのだ。
たしかに、ラガンを動かしているのはシモンだ。カミナの言うとおり、力はシモンが持っているのかも知れない。
でも、皆の道を示しているのは間違いなくカミナだ。
カミナがいてシモンがいて、二人で一人だと、シモンを相棒だと言ったカミナの言葉がヨーコの胸に染み渡る。
木の陰からそんな二人のやり取りを見ていたシモン。
カミナの言葉を、ヨーコの決意を聞いていたシモンはその拳を強く握り締めていた。
カミナに相棒として認められていることに喜びながらも、それに応えられる力が本当に自分にあるのかと悩む。
でも、「やるしかない」一言、自分にそう言い聞かせると、シモンは来た道を戻る。
「俺は……穴掘りシモンだ」
カミナが道を示し、その道に立ち塞がる壁があればシモンが掘り進む。
それは、地上に出た二人が決めた約束。
シモンもまた、カミナの信頼に応えようと、自分を見つめなおしていた。
ガンメン達に負けない力を……理想を現実に変える力をつける為に……。
……TO BE CONTINUED
あとがき
193です。
最近、みなみけを見始めました。
何で今頃?と自分でも思いますが、狼と香辛料が終り、今期のアニメでは萌え分が足りないので補給しようと……
みなみけはのほほんとした雰囲気がいいですね。疲れた身体には、あのまったり感は睡眠効果がある模様。
次回は、長い夜は明ける……そして訪れる戦いの時。ダイガンザンとダイガンカイの猛威の前にカミナ達に勝機はあるのか?
紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。
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