「アキト――」
パドマが上空に浮かぶ、ブラックサレナへと迫る。
ヨーコとカミナがアキトの元に駆けつけた時、すでに雌雄は決していた。
螺旋力を撒き散らし、暴走を始めるデカブツ。その喉元では、ラゼンガンがその右手から巨大なドリルを突き刺し、デカブツを抑えようとしている。
「ヨーコ!? 何をしている!! 早く逃げるんだ!!」
「ダメよ! アキトを置いていけない――」
「テメエは、オレに借りも返させないつもりかよっ」
ヨーコだけでなく、カミナも悲痛な声を張り上げ、アキトに訴える。
アキトに死んで欲しくないから、この場にきた二人にとって、アキトを見捨てると言う選択肢は彼らにはない。
「ヨーコ……サレナ……」
「何をしている!? 早くこの場を離れろ!!
――くっ! これ程とは……このままでは――」
ロージェノムの怒声が響く。
ラゼンガンの装甲が剥がれ落ち、ドリルにも亀裂が走る。デカブツの螺旋力に押され、ロージェノムの顔が苦痛に歪む。
暴走したデカブツの力は、ロージェノムの予想を大きく超えるものだった。
ロージェノムも、最悪の結果を考え、嫌な想像を頭に過ぎらせる。だが、ここで諦めると言う選択は彼にもない。
人間たちの敵だったと言う立場ではあるが、世界を滅ぼすと言う選択肢は世界の王であり、管理者であるロージェノムにはなかった。
彼もまた――この世界を愛し、守りたいと――千年もの間、人類を見守ってきてきたのだ。
――こんなことで終わらせてなるものか!!
ロージェノムは雄叫びを上げた。命と言う最後の力を振り絞るように、体内の全螺旋力を解放する。
だが、無情にも――デカブツの巨大な螺旋力は、一人の王の力すらも飲み込んでいく。
「ぐ――っ!!」
「うおおおおぉぉ――!!」
あと数秒で完全に飲み込まれる。ロージェノムが覚悟を決めた時だった。
ラゼンガンの背後からパドマが迫り、その手に巨大なドリル――ラゼンガンと同じギガドリルを形成し、その矛先をデカブツへと向けた。
ロージェノムに勝るとも劣らない巨大な螺旋力を放出し、その力をデカブツへと向けるヨーコとカミナ。
ロージェノムは驚愕する。自分と対峙した時のカミナの力は、これほど大きなものではなかったからだ。
しかし、今、カミナが放出している螺旋力は、間違いなく自分と同格――それ以上かも知れない力を持っている。
考えられることは一つしかなかった。――螺旋遺伝子の覚醒。
――螺旋眼≠ニ呼ばれる覚醒の証。それがカミナの両目にも渦を巻き、輝きを放っていた。
「フ……これが、奴の信じた人間の力か」
ロージェノムは笑みをこぼす。絶望的を思われていた状況が、一人の人間の力によって形成が変わっていく。
だが、それでもデカブツの暴走を完全に抑止するには及ばない。
このまま行けば臨界点を超え、間違いなくデカブツが爆散するのは明らかだった。
星の滅亡は免れたとしても、爆発の中心にいるロージェノムたちが無事ですむ筈がない。
(いざとなれば……ワシが盾になってでも……)
ここでアキトや、カミナのような戦士を死なせるわけにはいかない。
アンチスパイラルとの戦い――
そして、その先にあるかも知れないと言う人類の未来を託したのは、他でもない、アキトやカミナのような戦士を信じたからこそだと言う思いがロージェノムにはあった。
だからこそ、身を張ってでも、彼らを救おうと決意する。
それは、螺旋の戦士として――
この世界を愛する一人の人間≠ニして、ロージェノムが決意した最後の選択だった。
紅蓮と黒い王子 第42話「それが――わたしの決意だから」
193作
ロージェノムは、懐かしむように当時のことを語る。だが、結局――彼は死ななかった。
いや、死ぬことが出来なかったのだ。
ロージェノムが覚悟を決め、パドマの前に立ち、螺旋力で形成したシールドを展開しようとした瞬間だった。
デカブツへと向けて突進する一つの影。機体その物を巨大な武器に変え、ブラックサレナがデカブツへと特攻をかけていた。
「サレナ、悪いな……こんな一か八かの賭けにお前を巻き込んで」
「……アキトのパートナーはわたしにしか出来ませんから――
わたしはアキトを信じています。だから、必ず――」
アキトと生きて帰る。それは、サレナがこの戦いに出る前に決めた決意だった。
「貴様ら、何を――!!」
ロージェノムはアキトとサレナの特攻を止めようと身を乗り出す。
それは、ヨーコとカミナも同じだった。――だが、前に進めない。
それがアキトの意志だと言うように、ラゼンガンとパドマの周囲にはDFで形成されたバリアが壁になり、二体を押し留めていた。
「アキト――!!」
デカブツの螺旋力が臨界を迎える。先程まで続いていた地響きが止み、風が止み、大気が静まり返る。
刹那――静寂の後に訪れる巨大な力の解放――デカブツの中で膨れ上がった力が、その殻を破り、解き放たれる。
その時――世界は白い閃光に包まれた。
爆発の後――ロージェノムはコノハナ島の森の中で目を覚ます。
巨大なクレータの中、力を使い果たし、壊れたラゼンガンと――
機能を停止し、土に埋もれたパドマの姿。
だが、それは、まだ幾分かマシだと言うことは、アキトの乗っていたブラックサレナを見れば明らかだった。
同じく目を覚ましたヨーコとカミナ、ロージェノムが目にした物は、装甲が完全にひしゃげ、原型を留めていないブラックサレナの姿だった。
「アキト――!! サレナ!!」
アキトをコクピットから引きずり出したカミナとロージェノムは、そのアキトの姿を見て悲痛な表情を浮かべる。
あの時――アキトは全員を助けるために、デカブツの周囲をすべて転移させると言う広範囲のボソンジャンプを試みた。
ニアの救出に使った、グラビティランスを使用した強制ジャンプ。
それをブラックサレナそのもので行うことで、デカブツごと転移させようとしたのだ。
結果だけを言えば成功した。デカブツは成層圏に転移させられ、そこで爆散。
その余波で吹き飛ばされたアキトたちも、DFに守られていたお陰で地表に叩きつけられながらも、全員無事に助かることに成功した。
だが――
「酷い……どうやったらこんな……」
アキトの右肩から先は完全に炭化し、ボロボロと崩れ始めていた。
爆発の瞬間、ラゼンガンとパドマを守るために、ロージェノムがやろうとしたことを、アキトが代わって実行したのが大きな原因だった。
デカブツの爆発をその身に受け、全力で押さえ込んだアキトだったが、その代償はあまりに大きかった。
「サレナ――あなたの力でなんとかならないの!?」
以前にアキトが大怪我したときのことを思い出したヨーコは、アキトに寄り添うサレナに、そのことを思い出し口にする。
「……ヨーコ、直せるものならとっくにやっているわ。
でも……もう、アキトの身体は限界なの……」
アキトの身体は、最後の戦いを迎える前から、すでに限界を迎えていた。
今、こうして息があると言うだけでも驚きなのだ。
アキトの身体は度重なる酷使が影響して、すでに体内のナノマシンを押さえられる状態ではない。
辛うじて、宿主を生かそうとするナノマシンの反応が、アキトの命を繋ぎとめているだけに過ぎなかった。
「そんな……どうして、こんな……」
膝をつき、涙を浮かべるヨーコ。ただ、アキトが死ぬ瞬間を見ていることしか出来ない。
何も出来ない自分の無力さに彼女は涙した。
だが、それはカミナも一緒だった。
アキトを助けようと駆けつけたと言うのに、結果だけを見れば、アキトに助けられ、その命を危険に晒したのは自分たちだと言う事実。
どれだけ大きな力に目覚めたとしても、戦う力があったとしても、それだけでは、どうすることも出来ない運命と言うものがある。
「ひとつだけ……アキトを救う方法があります」
「「――――!?」」
そんな絶望に打ちひしがれる二人に、希望の光をもたらしたのはサレナの一言だった。
「それって――」
「……そうか、今はサレナと言う名前だったのだな」
ロージェノムは二人に近づき、アキトに一度目をやると、サレナの方を向き重い口を開く。
そんな、ロージェノムの行動に驚いたカミナとヨーコは、サレナとアキトを守るように、ロージェノムの前に立ち塞がった。
「心配するな……もう、お前たちと敵対しようと言う意思はない。
しかし、サレナ……確かに、お前の力ならアキトを救えるかも知れない。
だが、それで本当にいいのか?」
ロージェノムの気遣いに、サレナは少し驚いたような顔をする。
「まさか、あなたに心配されるなんて思っても見ませんでした」
「…………」
「サレナ、どういうこと?」
ロージェノムの言葉から、サレナに何かあると考えたヨーコは、心配そうにサレナの方を見る。
「ヨーコ、わたしの力は知っているでしょ……機械との融合。
それはわたしが制御できる機械であれば、どんなものでも融合し、支配下に置くことが出来る」
「それが、どうし……あなた、まさか!?」
ヨーコはサレナの考えに気付き、そして、その結果――サレナがどうなるかを想像し、表情を曇らせる。
「大丈夫。アキトは死なせない。それが――わたしの決意だから」
「ま――っ」
ヨーコが言い切る前に、サレナの体が光を放つ。
アキトに重なるように、その身体を重ねていくサレナ。その体が光の粒へと変わっていき、アキトの身体にしみこんで行く。
――わたしは死ぬわけじゃない。アキトと――大好きな人と、ずっと一緒に、生きていくだけ。
最後にアキトと唇を重ね、消えていくサレナ。
愛しそうにアキトを見詰めるその表情は――
幸福に満ちていた。
ロージェノムから語られたサレナの最後を、アキトは静かに聞き入っていた。
いつしか輪に入り、その話を立ち聞きしていたヨーコも、サレナのことを思い出し涙を流していた。
結果的にアキトは一命を取り留めた。
サレナがナノマシンに融合し、その一部となることで、アキトの身体に巣食うナノマシンを完全に制御したのだ。
それから二年――長い眠りにつくことになったとは言え、アキトの体が回復し、命が助かったのは――
あの時、サレナが自分の身を呈してアキトを助けたからに他ならない。
「ロージェノム……それに、ヨーコもありがとう」
「違う……助けられたのは私たち……礼を言うのは私たちなんだから――
それに、サレナは――」
「サレナは死んでない。ここに生きているから――」
温かな微笑みを浮かべ、愛しそうに自分の胸に手を置くアキト。
「だから、礼を言わせてくれ。サレナを、オレを見守っていてくれて――ありがとう」
ヨーコは涙した。涙が枯れるまで、泣き続けた。
サレナが消えたのは、アキトが傷ついたのは、ずっと自分のせいだと言う自責の念があったのだ。
あの時、あそこに自分がいなければ――
アキトはここまで傷つかなかったかも知れない。サレナは消えずに済んだかも知れないと――
だけど、二年間、ずっとわだかまりを持ち続け、後悔し続けていた想いを――
アキトは感謝の言葉で返し、笑って許した。いや、最初から誰も恨んでなどいなかった。
アキトだけじゃない、サレナにとっても、ヨーコたちは掛け替えのない、大切な家族なのだから――
「カモン――泣いてんのか?」
子供を肩に乗せ、カミナは遠巻きにそんなアキトたちの様子を見ていた。
目に滲む涙を手で拭い、カミナは笑顔でそんな子供たちに答える。
「ゴミが入っただけだよ! よしっ、ガキども、今日はオレが肉をご馳走してやる!!」
「おお――っ!!」
大声で喜ぶ子供たちに、カミナは満足そうな表情を浮かべる。
サレナが愛したもの――
そして、アキトが守った世界――
それは、こんな日常のことを言うのだろう。子供たちが笑い、その笑顔につられ微笑む大人たち。
真っ青に広がる空と、そんな平和な日常を照らし出す太陽の光――
明日も、明後日も、その先もずっと続く、そんな温かい世界を夢見て――
その頃、コノハナ島、南西二百キロの地点をユーチャリスは航行していた。
「もう少しで次の目的地に着く――!!」
キヤルは言い切る前に、オモイカネのレーダーに反応した熱源に反応する。
「キヤル、どうしたの? これは――」
――総数三百。ガンメンの反応と思われる熱源が、コノハナ島に集結しつつあった。
ガンメンはテッペリン攻略戦のあと、新政府にそのほとんどが接収され、管理されていた。
それに従わず、離反した獣人たちがガンメンを使い、山賊と化している実態は確かにあったが、少なくとも数百体ものガンメンを所有する山賊など、ラピスたちは知らない。
「山賊? でも、この規模は――」
その異常とも言える情報に、ラピスたちは困惑の表情を浮かべる。
だが、現地に行かないと言う選択はなかった。アキトのこともあるが、コノハナ島の人々を見捨てると言う選択はもっとない。
ユーチャリスの所有する戦力は、ヴィラルとキヤルのガンメンの二体だけ――
ユーチャリスがあるとは言え、戦力差は明らかではあるが、見過ごすことは出来なかった。
「ヴィラル、キヤル、準備をして――」
「心得た――っ!」
「任せといて!!」
ユーチャリスは速度を速め、現地へと急行する。
ラピスの決断と、二人の覚悟を乗せて――
「アキト……あれは……」
ヨーコが訝しげな表情で口にする。
村の広場に部隊を展開し、島民たちに集まるように指示はじめる軍人――それは、新政府の部隊に他ならなかった。
「我々は新政府総司令シモンさまの命令で、貴様らの保護≠ノ来た。
こちらの指示に従い、指定する難民収容区画まで移動してもらう」
その軍人の言葉に、明らかに困惑を見せる人々。
そんな島民を代表して、教会の牧師が、自分たちは住み慣れた故郷を離れる気がないことを告げるが――
「これは決定事項だ」
抵抗するなら力づくでも連れて行くと言う軍人のやり方に、それを見ていたヨーコも憤りを見せていた。
コノハナ島の人々には恩もあるし、ここの人たちがこの島を、住み慣れたこの土地をどれだけ大切に思っているかを彼女は知っている。
「アンタたち、いい加減に――」
怒りに任せ、今にも飛び掛ろうとするヨーコを止めたのはアキトの手だった。
「アキト……?」
無言でヨーコの前に出るアキト。自分を制したアキトの雰囲気に、ヨーコは完全に飲まれていた。
静かな中に、確かに宿る怒り。それが、なんなのか、ヨーコはよく知っている。
アキトは優しい――そして優しすぎるが故に、大切な家族に牙を向くものに容赦をしない。
(アキトが……怒ってる)
アキトはヨーコだけじゃない。この島の人々を皆、家族のように思っている。
何も聞かず、自分たちを受け入れてくれた島民たち。
目覚めてから、まだ数日のことではあるが――
他の島民と同じように、当たり前に接してくれる彼らの温かさに、アキト自身も感謝していた。
そんな彼らの当たり前を、日常≠理由も話さず、理不尽に壊そうとする者に怒りを感じていた。
「なんだ? 貴様、反抗する気か!?」
後ろのガンメンが見えないのか? と言わんばかりに高圧的な態度を取る軍人。
だが、アキトは冷淡な表情で、相手を睨みつけつける。
それは、二年振りに見せた戦士としてのアキトの顔――
「知っているか? 黄泉の世界から、黄泉帰った亡霊≠フ名を――」
それこそが、テンカワアキト。世界に挑み、王を討った――男の名だった。
……TO BE CONTINUED
あとがき
193です。
アキト起つ!
サレナがいない理由は今回で明らかになりました。
少し悲しい結末ではありますが、サレナも決して後悔をしていないと思います。
アキトと生き続けると決断した彼女の想いは、ある意味かなったのではないでしょうか?
次回は、人類救済という崇高な目的のため、行動をはじめる新政府。認めるもの、認めないもの、その想いが交錯していく。
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