――あれは本当に人間なのか?
三百体にも及ぶガンメンの指揮を執っていた男は、その目の前で起こっている現実が直視出来ないでいた。
一瞬にして薙ぎ払われた十数名の兵士たち――それを見た彼は、ガンメン部隊に取り押さえるように命じた。
だが、アキトはそんなガンメンすらも生身で打ち倒したのだ。
すでに、部隊の一割近くに及ぶガンメンが、一人の人間の手によって破壊されている事実を受け止めなくてはいけない。
指揮官は決断する。最悪、住民もろとも焼き払うことになっても、全戦力を持ってアキトを殲滅すると――
「構わん!! どうせ、残った村人は首都に連れて行くのだ。村ごと奴らを焼き払ってしまえ――っ!!」
ニヤけた表情でそう言いきる指揮官。それが、どれほど愚かな行動かを彼らは知る由もない。
「まずいな。やり過ぎてしまったようだ……」
アキトも自分の力に驚いていた。まさか、これほどの力が出るとは思ってもいなかったのだ。
いくらアキトでも、ガンメンを素手で相手することは難しい。しかし、自分の身体を再確認して、その異常さにアキトは気付かされた。
五感がほとんど回復していることは目を覚ましたときから気がついていたが、まさか身体能力までも以前の数倍以上になり、人間の限界を超越しているとは思わなかった。
これも、サレナとの融合が影響かと――アキトは考える。
サレナと融合したときのブラックサレナは、以前とは比較にならないほどの力を見せた。
あれと同じ現象が自分の身体にも起こっていることに、少なからず驚きを隠せない。
「さながら、人間を辞めてしまった気分だな……」
「ふん――っ!!」
隣で同じく素手でガンメンを倒しているロージェノムを見て、そんな感想をアキトは言った。
彼は彼で、一体どんな身体の構造をしてるのだろうとアキトは不思議に思う。
サレナの件は説明がつくが、ロージェノムは少なくとも普通の人間――のはずだと言うのに、この力は以上だった。
ガンメンを素手で殴りつけて、装甲を凹ませるばかりか、弾き飛ばす人間がどこにいるだろう?
だが、それを平然とやってのけるロージェノムにアキトは心底呆れ返る。
「貴様とて人のことは言えまい。それに、ワシは螺旋の戦士だ」
笑っていた。そのことからロージェノムが戦闘狂と言うのは疑うべくもないようだ。
しかし、自分で気付いていないが、アキトも久々の戦場の空気に高揚し、いつしか光悦な笑みを浮かべていた。
異界の死神と、螺旋の王が戦場を支配する。
その嬉々として戦う二人についていけないのか、ヨーコは呆然と戦いを見守っていた。
紅蓮と黒い王子 第43話「死神に魅入られたことを、あの世で後悔しろ」
193作
「もう、戦闘がはじまってる――」
ラピスの悲痛な声が艦橋に響いた。
コノハナ島に着いたラピスたちは、島がすでに戦場になっている事態に表情を険しくする。
『このガンメン部隊――新政府のコードを出してる。どう言うこと?』
『何故だ? 新政府は……シモンはこれだけの部隊を投入して何を考えている!?』
ガンメンで待機していたキヤルとヴィラルが叫ぶ。
彼らの疑問は無理もない。コノハナ島は新政府の軍事基地も、ましてや反政府組織も存在しない中立地帯とも言える島だ。
住んでる住人もほんの数百人と少なく、豊かな自然の恵みを受け、畑から取れる野菜とほんの僅かな獲物を糧に、その日暮らしをしているような人々が住む島だ。
そんな島を新政府のガンメン部隊が襲う理由が、彼らには分からない。
「とにかく、島の人を助けないと――ユーチャリスを降下します。
二人は援護を――」
『『おう――っ!!』』
発進するキヤルンガとエンキドゥ。
ユーチャリスも二体を追うように、戦火広がるコノハナ島へ降り立った。
「くそっ、奴ら火炎放射器を持ち出したか――っ!!」
接近戦で敵わないと思った新政府軍は、火炎放射器やミサイルなどを持ち出してきていた。
これでは村の方にまで被害がでる可能性がある。焼き払われた村を想像し、アキトの表情が歪む。
「ヨーコ、村の人を集めて、出来るだけ遠くに避難するんだ」
「アキトたちはっ!?」
「オレたちは大丈夫だ。だから、行け!!」
そのアキトの言葉を信じ、黙って頷くヨーコ。そのまま後ろへと駆け出すと、逃げ惑う人々を集め、避難をはじめる。
ヨーコは信じていた。たとえ、ブラックサレナがなくても、アキトが負けるはずがないと――
それに、あそこにはロージェノムがいる。あの二人が共闘しているというのも驚きだが、その二人が負けるところなど、ヨーコには全く想像出来い。
「ロージェノム、状況は悪いがラゼンガンは使うな。
新政府の目的が分からない以上、あまり彼らを刺激したくない」
「……もう、手遅れだと思うがな。まあいい、従おう」
ロージェノムの正体がバレれば、それはここだけの問題ではなく、更に戦渦が広がる可能性をアキトは考えていた。
死んだと思われていた螺旋王が生きていたと言う話になれば、新政府は全軍を持って討伐に出てくるだろう。
そうなってからでは遅いとアキトは考える。
だが、実際問題――
ブラックサレナもなく、ラゼンガンも出せない状態では、いくらこの二人でも三百ものガンメンを相手にするのは辛い。
「うらああぁぁ―――っ!!」
空中から刀を振りかざし登場するカミナ。
ロージェノムの背後に迫っていたガンメンを、その刀で一刀両断する。
「へ――隠居生活で腕が鈍ったんじゃねえか?」
「ぬかせ――小僧っ」
螺旋眼に覚醒したカミナは強い。そして、本人も努力を怠らなかったため、この二年でその力を完全に自分の物にしていた。
経験と知識と言う点ではロージェノムに及ばないまでも、螺旋力に置いては全盛期のロージェノムと同等――それ以上とも言える力を持つ。
心強い味方がきた――そう思うアキトだったが、それでも三人。
さすがに三(生身)対三百(ガンメン)では、本来なら話にならない。
だが、誰一人として、焦っている様子はなかった。
「ここから、誰が一番数を取れるか勝負しねーか?」
「フ……ワシに勝負を挑むと言うのか?」
「だが、リハビリにはちょうどいいだろう」
カミナ、ロージェノム、アキトの順に、この数を相手に冗談とも取れる賭けを始めていた。
その軽口を聞いてキレたのはこの部隊の指揮官だ。
新政府発足以来、その実力をメキメキと示し、ガンメン部隊の部隊長まで伸し上がった自分が、たった三人の人間に舐められていると言う事実が、彼のプライドを傷つけられる。
「貴様ら、生きて帰れると――」
「三下の台詞だな」
言い切る前に四肢を吹き飛ばされる隊長機――
「くそっ! 何をしてる早く奴らを殺せ!!」
破壊され動けなくなったガンメンの中、指揮官の怒声が戦場に響く。
その声に反応し、一斉に襲い掛かるガンメンたち――
だが、襲い掛かるガンメンたちを見ても、漢たちはその余裕を崩さなかった。
「みんな、急いで――」
ヨーコは逃げる人たちをまとめ、海の方へと逃げていた。
すでに村の方からは火の手が上がっているのが見て取れる。
「ああ、ワシらの村が……」
老人の悲痛な声がヨーコの胸に突き刺さった。みんな、あそこには自分の家も、大切な畑も、思い出だってある。
それが、一部の身勝手な人間の手で焼き払われてると言う事実は、ヨーコにとってもとても許せるものではない。
だが、あそこで戦っているアキトたちのためにも、今は早く住人たちを避難させないといけないと唇を噛み締め我慢する。
足枷があっては、最悪、人質を捕られたときにアキトたちが満足に戦えないと考えるからだ。
そのためにも、早く彼らを避難させることの方が優先だった。
「みんな、気持ちは分かるけど急いで――軍が来る前に」
その時だった。ゴオオオオ――と轟音を立て迫る戦艦の影。
ヨーコは背中に背負っていたライフルを構える。まさか、反対方向から戦艦が来ると思っていなかっただけに焦っていた。
最悪の場合、住人だけでも逃がし、自分がここで時間を稼ぐことを考えるが――
「……ユーチャリス?」
それはヨーコも良く知るあの船だった。――桃色の妖精が駆る白き船、ユーチャリス。
『その声――ヨーコ!?』
「ラピス、ラピスなのね!!」
二人はお互いを確かめ合う。ユーチャリスから聞こえてきた懐かしい声に驚きの声を上げるヨーコ。
それはラピスも同じだった。探していた人物の一人が、ここに本当にいたことに驚く――
『アキトも、アキトもそこにいるの!?』
「話はあと――先にこの人たちの避難をお願いできる?」
『……分かった。ユーチャリスを降ろすから、みんなを乗せてあげて』
「ありがとう、ラピス」
妖精との再会。それはヨーコの顔に、再会の喜びと安堵の表情を浮かばせていた。
「くそ――っ!! 何がどうなってる――相手は生身の人間、それもたった三人なんだぞっ」
指揮官の男の声が戦場に響く。
すでに部隊の三分の一に及ぶガンメンが破壊され、今も止まることなくその蹂躙は続いていた。
「バケモノめ――」
『東から飛来する未確認の機影を確認――ガンメンです』
「なんだと――っ!!」
キヤルンガ、エンキドゥが戦場に現れる。すぐさま、迎撃に現れたガンメンを薙ぎ払う二体。
二年という年月が経とうとも、色褪せることないその腕前を披露して見せた。
「フ……このオレに挑んで来るのに、その程度の数ではぬるいわ――」
『おい――ヴィラル、あれ!!』
「む――あれは――」
アキトたちの姿を見つけたヴィラルとキヤルは声を張り上げた。
生きているとは思っていたが、こんなところで出会うとは運命を感じざる得ない。
しかし、三人の戦い振りを見て、ヴィラルの武人としての血が高揚してくる。
「アキト、それにカミナ……やはり、生きていたか。
それに、ロージェノムさま――」
ロージェノムのことは意外だったが、アキトやカミナと共闘していることからも敵対していないとヴィラルは判断する。
「キヤル――喜ぶのは、まだ早いぞっ!! 先に奴らを叩くっ!!」
『おう――っ!!』
迫るガンメンを次々に屠りながら、アキトは救援に現れたガンメンに視線を移す。
「あれは、キヤルにヴィラルか」
「あ――アキト、知らねえからな。キヤルに殺されても……」
「どう言う意味だ? オレは身に覚えがないぞ!?」
「本当に言っているなら、それは相当、罪だと思うぞ……」
軽口を叩きあいながらも、ガンメンの数を確実に減らしていくアキトとカミナの二人。
ロージェノムもそんな二人に負けじと、破竹の勢いで破壊の限りをつくす。
その突貫力は三人の中でも間違いなく一番だった。まるで一撃一撃が、戦車の砲弾のような、そんな印象を持つ。
「本当に、あのおっさんが敵だったかと思うと……背筋が凍るな」
「……同感だ」
カミナとアキトも同じ意見だった。
「くそ――奴らは正真正銘のバケモノだ!! だが、首都に帰れば、まだ増援が――」
部隊もすでに半壊。勝ち目がないと悟ったのか、一目散に逃げ始める指揮官。
――その時だった。逃げる彼の目に、逃げ遅れて泣き叫ぶ一人の子供が目に止まった。
「すでに部隊は機能していないな。あと少しか」
散り尻になり、半数のガンメンを失い、指揮官を失ったことで瓦解し始めるガンメン部隊。
それは兵士も同じだった。逃げるように撤退をはじめる姿が目につく。
しかし、その時だった。先程、アキトたちを罵っていた指揮官の男の声が、アキトたちの耳に届いたのは――
「ハハハハッ――ここまでよくやったと褒めてやる。貴様らは正真正銘のバケモノだ」
「今頃出てきて何を――!!」
アキトの表情が歪む。指揮官が腕に抱いている子供を見て、その言葉を飲み込んだ。
子供の眉間に銃口を突きつけ、渇いた声で笑う指揮官の男――
「テメエ……」
カミナも状況が飲み込めたのか。怒りを顕にしていた。
ロージェノムも表情には出さないが、不快に思っているに違いない。
その少年はロージェノムに「せんせー」とよく抱きつき懐いていた子供だったのだから――
『貴様――軍人として、子供を人質に取るなど、恥ずかしくないのかっ!!』
「その声……どこかで聞いたことがあると思ったら、エンキドゥになるほど――
首都を追い出された、ヴィラル元隊長じゃないですか?」
『くっ、貴様……』
「邪魔をするなら、あなたも国家反逆罪で逮捕しますよ?
今の新政府には法律と言う、しっかりとした規律があるのですからね」
『…………』
好き勝手なことを言う、その指揮官にそこにいる全員が今にも飛び掛りたい気持ちを抑えていた。
下手なことをすれば子供の命が危ない。それは誰もが分かっている。
「そうか……法か。その法と言うのは、子供を人質に取るような行いのことを言うのか?」
指揮官に向かって歩きはじめるアキト。その顔には、指揮官に向けられた憎悪で歪んでいるのが誰にも分かった。
「貴様――これ≠ェ見えないのか」
「見えているさ。お前はオレを殺したいのだろ? ならば、その銃で撃てばいい」
一定の距離を取り、その場で止まると、アキトは自分の胸をトントンと指差し「この距離なら貴様の矮小な腕でも当たるだろ?」とあからさまな挑発をした。
それに逆上した指揮官は、銃をアキトに向けその引き鉄を引く。
「死ねええぇぇ――!!」
放たれた銃弾が胸に当たり、後ろに吹き飛ぶように倒れるアキト。
指揮官の男も、それを見て光悦な笑みを浮かべる。
――だが、それが男の取れた最後の行動だった。
「へ――?」
指揮官の男が銃を撃ち、殺したはずのアキトがいつの間にか背後に回り――
その腕で男の胸を貫いていたのだ。
「な、なんで……」
意味が分からないまま、血を吐き倒れる男。そして、アキトのもう片方の腕には子供が抱かれていた。
「悪いな――今のオレは人間じゃない。
そんな豆鉄砲一つでは、オレの罪を殺しきることなど出来はしない。
死神に魅入られたことを、あの世で後悔しろ」
サレナと融合したことで正常化したアキトの身体は、小さな傷なら一瞬で再生してしまうほどの回復力を持っていた。
アキトはそのため、自分を殺したと思わせ、指揮官の男が油断する瞬間を狙って、背後にボソンジャンプしたのだ。
身を削った自虐的とも取れる手段ではあるが、アキトらしいやり方と言えばその通りだろう。
近くで見ていたキヤルも「よかった……」と心臓が止まりそうな思いで、その一部始終を見ていた。
再会してすぐに目の前でしなれたと会っては、さすがにやるせない気持ちで一杯になる。
指揮官が死んだことを知ると、完全に統制を失い、撤退をはじめる軍人たち――
アキトたちも、それ以上深入りをするつもりはなかった。
それよりも考えるべきことがたくさんある。
――と焼き払われ、倒壊した村を見渡す。
「ひでえな……せっかくみんなで頑張ったってのに……」
焼き払われ、ボロボロに抉り出された畑を見てカミナは怒りを顕にする。
みんなで植え、収穫を楽しみにしていた野菜はほとんど、原型を留めていなかった。
それだけでない、多くの家が灰となり、焼かれた大地が黒ずんでいるのが分かる。
あれほど綺麗だった桜の木も、見る影もなかった。
「こいつを、シモンが命令したってのか? オレは信じねえ……」
「オレもだ。あのシモンがこんなことを許すはずがない。この件、何か裏があるな」
カミナの言葉に同意するアキト。その視線は、新政府首都のあるカミナシティへと向けられていた。
……TO BE CONTINUED
あとがき
193です。
コノハナ島、ほとんど壊滅状態となりました;
行き場の失った人々、彼らを抱えながら再びアキトは旅立つ決意をすることに――
迷走していく新政府のやり方に、アキトたちはどんな答えをだしていくのでしょうか?
次回は、こんなはずじゃなかった――アキトとの再会に喜ぶのも束の間、少女は己の託した未来に、アキトから託された世界の結果に苦悩する。
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