ガリアの空――アルトは、はじめて目にする本物の空に想いを馳せていた。
 肌を打つ風が運んでくる本物の土と水、そして木々の匂い。流れる雲を見ながらアルトは昔のことを思い出していた。

「母さん……」

 アルトが空に憧れを抱くようになった背景には亡き母親の存在があった。
 アルトの母、美代は――病気がちで、身体がとても弱い女性だった。
 彼女は生まれ持ち身体が弱く、アルトを産んでからは床に伏せることが多くなっていた。
 身体のこともあって、アルトに母親らしいことを何一つしてやれないことを彼女はずっと悔いていた。
 そんな美代が、アルトと一緒に過ごした数少ない時間の一つに――
 息子の腰まで伸びる綺麗な髪をすきながら、微笑む母――本当に仲のよい母子の姿があった。

「いつか――もう一度、本物の空を見てみたいわ」

 アルトの髪をすきながら、そんなことを美代は言っていた。
 自分から、あまり何かを欲しいと言う美代ではなかっただけに、アルトはその母の言葉をよく覚えている。
 結局、美代はその願いを叶えることなく、アルトが十二の年に、その短い生涯を終えた。
 最愛の母の死――それはアルトの心に闇を落とした。歌舞伎の跡取りと言う重圧、そして厳格な家の中で美代の存在は、アルトの心の拠り所だった。
 美代が亡くなってから、今まで以上に厳しさを増す稽古。だが、その裏で、アルトは空に対し、強い憧れを抱くようになっていた。
 母が願った本物の空――それはいつしか母への想いとともに、アルトの願いとなり、そして夢へと変わっていた。

「見てるかい? 母さん――本物の空だよ」

 今は亡き母に手向けるように、その言葉を投げ掛けるアルト。
 ガリアの空が夕焼けに染まり、色濃い橙色へと変わっていく――光差す太陽の向こう。
 アルトには、微笑む母の面影が見えいたのかも知れない。





歌姫と黒の旋律 第13話「エンド・オブ・スター」
193作





「ランカさん、応援してますっ! これからも頑張って下さい!!」

 ランカの乱入による野外コンサートの後、戦闘は完全に沈黙していた。
 ランカとシェリルの歌を聞いて興奮した兵士たちは、見事な隊列を作り一同に二人に対してのお礼を述べる。
 あまりに熱狂的な歓迎に、ほんの少し、ランカとシェリルの二人も引いていた。

「まったく、あなたも無茶をするものね……下手したら死んでたかも知れないのよ?」

 パイロットスーツも着ないで、ステージ衣装で出てきたランカにはシェリルも驚きを通り越して呆れてしまった。
 シェリル本人ですら、エステバリスの中から歌うと言う行為に妥協したと言うのに、ランカはまさに身を乗り出して、背水の陣で戦場でマイクを取ったのだ。
 こんなこと、アキトなら絶対に許してくれないだろうとシェリルは思う。

「あのくらいしないと、伝わらないと思ったから……でも、シェリルさんの歌も素敵でした。
 わたし、シェリルさんの歌が聞こえたから勇気をもらえて、頑張れたんです!!」

 そう言えば、こんな子だったわね――とシェリルは呆れ返り、苦笑をもらす。
 自分も結構無茶をやっていると言う自覚はあるが、ランカに比べれば可愛いものかも知れないとシェリルは思う。
 ランカの場合は、それを計算ではなく天然で行なっているのだから怖い。彼女が魅力的に見えるのは、そうした着飾っていない心にあるのだろうとシェリルは考えていた。

「それよりもあなた、ファーストライブは大丈夫なの?」

 こんなところにいる場合じゃないでしょ? ――とシェリルは言う。
 ランカのはじめてになるデビューライブは確かにもうすぐだった。フロンティアとガリア4の距離を考えれば、すでに絶望的な時間に思えるのだが――

「大丈夫です。日帰りになっちゃいますけど、今日中にでれば間に合いますから」

 ルカがフォールド断層の影響を受けないフォールド機関――新型のフォールドブースターを準備してくれたことをランカは話した。
 そして、皆がどれほど心配していて、自分たちの無茶に協力してくれたかを――
 それを聞いたシェリルは驚き、そして「いつか、お礼をしなきゃね」とランカに返事をする。

「ランカ、キミはアルトと一足先に帰るといい。ここはもう大丈夫だ」

 指揮官のオゴタイと事後処理の話を終えたアキトが、そんな二人の間に入り、ランカに声をかける。
 こうして面と向かってアキトと言葉を交わすのは、実はランカははじめてだった。
 アキトのことは嫌いと言う訳ではないが、正直言うと少し苦手だった。
 シェリルの想い人で、パイロットとしても護衛としても凄い人だと言うことはランカも知っている。
 だけど、ランカはアキトのことが少し怖かったのだ。
 自分の周りには今までいなかったタイプの人――強いのか、弱いのか? 悲しいのか、辛いのか? それさえも分からない人。
 あの、いつも身に着けているバイザーの向こうには、どんな表情が隠れているのか?
 それを考えるだけで、ランカはアキトのことが少し怖くて、それがいけないことだと分かっていても、自然と彼と距離を取っている自分に気付いていた。

「あの……」
「なんだ?」

 だから、少しでもアキトのことが知りたいと思い、ランカは頑張って声をかける。
 そのランカの頑張りに反して、ぶっきら棒に答えるアキトに少し身を震わせて怯えるランカ。
 それに気付いてか、シェリルが無言でアキトの脇を肘打つ。

(もう少し、愛想よくできないの?)
(む……)

 アイコンタクトでアキトに抗議するシェリル。
 だが、今更、愛想良くしろと言われても、アキトはどうしていいか分からない。
 とりあえず笑えばいいのか? と思うが、それで以前、ラピスに避けられた時のことを思い出していた。
 自然に出る微笑は確かに魅力的なアキトだったが、無理に意識して笑おうとすると表情が引き攣る癖があった。
 それで以前、ラピスに「アキト、変」と言われたときは、立ち直れないのではないと思うくらい落ち込んだものだと、アキトは思い出す。

「アキトさんは、シェリルさんのことをどう思ってるんですか?」
「――!?」

 ランカにとってアキトと共通の話題と言えば、アルトかシェリルのことしかない。
 そこで、もっとも身近な人物と言うことで話題を振ったのだが、すぐそばで聞いていたシェリルにとって、その質問は気が気でなかった。
 気になるが、知りたくないような気もするし、かと言って聞かないと言う選択肢はない。
 耳を大きくしてアキトの返事を待つシェリル。

「――好きだ」
「「――!?」」

 真っ直ぐにそう答えるアキトに、質問したランカですら真っ赤になって戸惑ってしまう。
 シェリルはと言うとそれ以上だった。予想もしなかったアキトの告白に、自分も何か返事をしなくてはいけないのだろうかと、珍しく可愛い仕草を見せ、アタフタと慌てていた。

「シェリルもラピスも大切な家族だからな。彼女たちのことは好きだ。
 当然、大切に思っている」
「「…………」」

 その余計な言葉さえなければ立派な告白なのだが、そこはやはりアキトだった。
 シェリルは大きな溜息を吐き、その場に膝をつく。自分からキスまでしたと言うのに、あれから目立ったアプローチをしていないせいか、アキトは全然気付いてくれる気配もない。家族だと言ってくれるのは嬉しいが、純粋にそれを喜べないシェリルがいた。
 そんな、アキトとシェリルの関係に気付いたのか、ランカも「ああ……」と目を細める。

「シェリルさんを大切に思ってるんですね」
「ああ……その中には、あそこにいるアルトも、そしてキミも入っている。――ランカ」
「――えっ?」

 予想外のアキトの答えに、ランカは頬を染めて驚く。
 ランカにして見れば、自分とアキトの接点はほとんどなかったと言ってよいのだ。
 それが、突然、大切だと言われても理由が見つからない。

「シェリルやラピスと仲良くしてくれているだろう?」

 たったそれだけのことで? ――とランカは思う。
 それに仲良くしてもらっている、助けられているのは自分だと思っていただけに、その答えには納得が行かなかった。
 だが、目の前のアキトが本気で言っていることはランカにも伝わってくる。

「あの二人が年相応に笑えるのは、キミたちの存在が大きい。
 オレにはそうしたことをしてやることが出来ない」
「あ……」

 ラピスにするように、小柄なランカの頭を優しく撫でるアキト。
 その手に触れることでランカは自然と「お兄ちゃん……」と口にしていた。
 その時、ランカは、ずっと怖いと思っていたアキトの心が、とても温かいことを知った。
 そして同時に、その優しさが、独りよがりなただの優しさ≠ナはないことに気付いてしまった。
 オズマと同じように表現することが不器用なだけで、広く温かい心を持っているのだと、ランカは気付かされる。

 自分が怖いと感じていた部分が、アキトの上辺に過ぎないと言うことに気付き安心したのか、安堵の表情を見せるランカ。
 そして、不思議な気持ちだった。アキトに撫でられたときに感じた温かさと、そして懐かしさ。
 あれは、失った記憶の中にある断片だったのだろうか? ――とランカは思う。
 しかし、嫌な感じではなかった。心の底から温かくなる感じ、オズマとはまた違う温もりをランカはアキトに感じていた。

「ごめんなさい――アキトさんっ!!」

 そんなアキトの本質に気付き、ランカは頭を下げる。ずっと、心のどこかでアキトを避けていた理由を告げた。
 だが、それを聞いたシェリルも、アキトも笑い返す。

「気にするな。感謝してるのはオレの方だ」

 シェリルがアキトを好きになった理由が、ランカは分かった気がした。
 そして、もしアルトと出会う前に、アキトと出会っていれば、自分も好きになっていたかも知れないとランカは思う。
 この人は、きっと優しさと痛みが分かる、本当に強い$lなのだと――






 グレイスは身を隠しながら、ランカを乗せ飛び立っていくVFを見上げていた。

「彼女には、この先役立ってもらう機会は幾らでもある」

 グレイスがランカのことを保険と称したのには理由があった。
 ――そこにはグレイスのみが知るランカの出生の秘密にある。
 ここにランカが現れたことはグレイスにとっても全くの想定外ではあったが、それ以外に関してはある程度予想の範囲内と言えた。
 ランカを出来ればこの星で失いたくないグレイスにとって、それが当初の予定通り先に立ち去ってくれるなら言うことはない。

「しかし、問題は彼ね……どこまで気付いているの? ――テンカワアキト」

 ランカを先に帰したのには他に理由があるのではないかと、グレイスはアキトの行動を訝しんでいた。
 電子の妖精の件もある以上、ある程度、自分たちの計画に関しても気付かれている可能性を考慮するが、秘密裏に進めて来たガリア4の仕掛けまでバレているとは考え難い。
 グレイスはネットワークから情報が漏れることを恐れ、あれから念入りに外部からの進入に対するプロテクトを施していた。
 最重要案件に関しては従来のネットワークではなく、フォールドクォーツを使った新技術に切り替えたほどの徹底振りだ。
 今までのように情報戦を盾に責めに転じることは難しいが、守るだけなら幾らでも方法はあるとグレイスは考えていた。
 現状――バジュラに関することでは、自分たちの方が数年分のアドバンテージがあると考えていたグレイスは、そのアドバンテージを生かし、アキトたちの裏をかこうと考えていた。
 同じように、情報さえ握られていなければ、計画に失敗はないと計画の推進者たちは一同に口にする。
 しかし、それですら、アキトとルリの前では安全とは言いがたいとグレイスは考えていた。

「だが、彼と銀河の妖精――彼女の命は、この星の命運と共に、今日、ここで終わる」

 まるで確定した未来を語るように、淡々と告げるグレイス。
 しかし、その時だった。強力なジャミングが、ガリア4を襲ったのは――

「これは――!?」

 星全体を覆うような協力は電磁波――それが機械を狂わせ、従来の通信、電子機器を停止させる。
 その頃、同じように基地の方でも大騒ぎが起きていた。
 基地の管制システムもシャットダウンし、それを受けて兵士たちが混乱し始める。

「予定よりも、目覚めるのが僅かに早い……」

 グレイスにとっても予定外の出来事だったのか、いつも冷静な彼女には珍しく険しい表情を見せる。
 だが、その原因に心当たりがあるのか、すぐに落ち着きを取り戻していた。

「ある意味、好都合か……?」

 状況を見るに、基地のクァドランを含むあらゆる機動兵器も機能を停止し、動かせない状態にあった。
 これならば、計画に有利に動いても、不利になることはないだろうとグレイスは考えた。
 目を閉じ、最良の機会を静かに待つグレイス。その手札を切る瞬間が、刻一刻と迫りつつあった。






 その頃――フロンティアへ戻ろうとランカを乗せ飛び立ったアルトは、突然起こった電磁波の波にやられ、森へと不時着していた。
 完全に機能を停止し動かなくなったVFに見切りをつけたアルトは、原因を探るためにランカを連れ、森の中へと足を踏み入れる。
 全体を見渡せる場所へと思い、高台を目指し歩いていく二人――
 ガリアの高低差の高い湿度と気温に体温調整も思うように働かず、ぐしょりと塗れた汗を拭いながら歩いていく。
 訓練も受けていない普通の女性なら、すぐに参ってしまうような暑さではあったが、ランカはゼントラーディの血をひくハーフだと言うことも幸いしていた。
 ゼントラーディの適応能力は、従来の人間と比べ遥かに環境に適したものとなっている。
 その要因として、彼らがプロトカルチャーに作られた戦闘種族だと言うことも挙げられるが、長い宇宙での生活において、悪環境でも生きられるように進化を遂げた種であることが考えられていた。
 どんな理由にせよ、ここでランカに倒れられるよりはいいとアルトは考える。
 正直、アルトの方がこの環境下では辛そうではあった。

「アルトくん――あれ」

 先を歩いていたランカが高台の上で何かを見つける。それは巨大な人工物だった。
 第一次世代型マクロス――かつて第一次星間戦争でも活躍した巨大移民船、通称マクロス≠ニ同型艦が、その島の浜辺に鎮座するように横たわっていた。
 それを見たアルトは驚きの声を上げる。
 ガリア4の探索任務は、第33海兵部隊のサボタージュで進んでいないことは知っていたが、まさかこんなものがこの星に眠っているとはアルトも予想していなかったからだ。
 第33海兵部隊がガリア4での任務についたのは最近のことだ。
 だが、目の前のマクロスは傷み方からして、最低でも数年は経過しているように思えた。
 所々にコケなどの植物が生え、さながら森の要塞と言った具合になっている。
 とても、人が住んでいるとは考え難いし、投棄されたとも考え難かった。
 新統合軍がこの星に駐留する以前から、この艦がここにあったとするならば、時期はかなり前と言うことになる。

 ――何かの事故か? アルトはそんなことを考え、何か確証になりそうな物を探す。
 事故でこの星に漂着したものと考えるなら、確かに辻褄はあうが、そうなるといくら第33海兵部隊が任務放棄をしていたと言っても、生存者がいれば救難信号くらいは拾っているはずだ。
 となると、なんらかの襲撃を受け、搭乗員はすべて死亡しているか――
 最悪の場合、バイオハザードも考えられると、アルトは危機感を募らせていた。

「ああぁぁ……」

 その時だった。ランカがマクロスを見て、錯乱状態に陥ったのは――
 そのランカの様子は、アルトも以前に見たことがある症状だった。
 解離性健忘――ある種の強いストレスが原因で欠落した記憶を、記憶に関連する出来事や思い出に触れることで、フラッシュバックのように思い出し錯乱する病気。
 それをオズマとカナリアから聞いたとき、アルトはランカの身に起きたことを、はじめて知った。
 ――バジュラに家族を殺されたと言うランカの過去。
 そこにどれだけ凄惨な出来事があったのか、アルトには想像もつかない。
 しかし、ランカが傷付き、目の前で苦しんでいるのは事実だった。

「いやああぁぁ――っ!!」

 大声を出し発狂するランカを胸に抱き、落ち着かせようとするアルト。
 何が彼女の記憶を呼び覚ましたのかは分からない。
 しかし、こうなってしまったランカにしてやれることは、落ち着くまで傍にいて見守ってやることだけだとアルトは分かっている。
 アルトはランカの震えが収まるまで、自分の胸に抱きしめ、彼女が落ち着くのを待ち続けた。






「やはり、上のフォールドブースターは使われた形跡がないようだ」
「――と言うことは、二人とも、まだこの星のどこかにいるのね?」

 体調が思わしくないのか、切れる息を整え、状況を冷静に考えるシェリル。
 ジャミングの影響で外部との通信を含む基地の機能はまだ麻痺していたが、機体やその他の施設のジャミング対策は徐々に取れつつあった。
 まず先に、アルトとランカの状況が気になった二人は、駐留部隊の監視衛星を借り、二人がフロンティアに戻ったかどうかを調べた。
 だが、結果は予想通り最悪だったと言える。アルトたちが使用してきたフォールドブースターは軌道上に残されたままであり、彼らがまだ、ガリア4のどこかに取り残されているのは明らかだった。

「二人を捜しに行かないと……」

 熱を帯びた身体を起こし、アキトにそう言うシェリル。
 シェリルの症状はガリア4にきてからも、悪化の一途を辿っていた。
 彼女の中に巣食っていると言う――バジュラのウイルス。
 シェリルがV型感染症に感染していると分かったのは、彼女が撫子商会に助けを求めてすぐのことだった。
 彼女自身、子供の頃に感染していた事実は聞かされていたが、それはグレイスが完治したと言っていたので信じきっていた。
 しかし、思い起こせば、グレイスが黙っていたことにも意味があることにシェリルは気付く。

 V型感染症は初期症状ならば治すことも可能だが、時間の経過とともに菌が脳へと定着していき、完治が難しくなる不治の病だ。
 そのことをバジュラの研究に関わっていたグレイスが知らないはずがなかった。だとすれば知っていてシェリルを利用していたことになる。
 それを知った時、シェリルはグレイスの目的と、自分がしてきた過ちに気付かされた。
 V型感染症が発症したのはシェリルがグレイスに引き取られてからのこと――
 おそらく、被験者として利用するためにグレイスが自らシェリルを感染させたのだろう。
 発症を抑制する受容体ブロッカ薬を服用させていたのも、今考えれば死なない程度にシェリルを飼い慣らすためだったと言える。
 だが、V型感染症の発症効果には副産物としてあるものが検知されることが、撫子商会の調べで判明していた。
 バジュラが出しているものと同じ、微弱なフォールド派がシェリルの歌からも検知されたのだ。

 それを知ったとき、シェリルの中で何かが壊れた。
 バジュラをフロンティアに引き寄せたのは、自分かも知れないと――その事実に気付いたからだ。
 そしてグレイスの目的がそこにあったのだとすれば、シェリルにとってそれはとても許せるものではなかった。
 彼女の歌を、歌手としての誇りを、グレイスは人殺しに利用したのだ。

 それを知ったとき、シェリルはすべてを覚悟し、そして決意した。
 延命治療を続ければ、後数年は生きられるかも知れないと、ルリはシェリルに告げた。
 だが、シェリルはそれを望まなかった。このまま投薬を続け延命治療をすると言うことは、表舞台から足を洗い療養生活に入ると言うことだ。
 しかし、彼女の目的はそれでは叶えることが出来ない。シェリルが望むこと――
 それは、グレイスの目的を阻み、そして自分の過去と事件の真相を知ることだ。
 何もしらないまま利用され、その結果を他人に任せて黙っておくことなど彼女には出来そうになかった。

 ――余命、半年。

 それが、シェリルに宣告された時間だ。
 薬の量を増やし抑えることが出来たとしても、そこが限界だとルリはシェリルに告げた。
 だが、それでも彼女は選んだのだ。
 例え、好きな人と添え遂げることが出来なくても、この先、歌うことが出来なくなっても、シェリル・ノームと言う歌を愛した一人の少女がいたことは、大切な人たちの心に生き続けられる。
 それだけで――彼女は満足だと言った。

「止めても、聞かないのだろうな」

 シェリルの覚悟は知っている。だから、アキトも出来るだけ彼女の我が侭に付き合ってやろうと心を決めた。
 今も懸命にルリたちが、V型感染症の治療方法を探している。だから、アキトも諦めた訳ではない。

「当たり前でしょ? ほら、何してるの――行くわよっ! ――アキト」

 だから、アキトもシェリルに内緒で決めたことがあった。
 先を歩くシェリルを追いかけながらアキトはその決意をもう一度心の中で復唱する。
 彼女のこの笑顔を、未来を守る≠ニ――

 一度、失ってしまった過去は二度と戻らない。だけど、未来なら今からでも作っていける。

 それは、大切な仲間たちからアキトが学んだことだった。
 シェリルのことも所詮は自分が満足したいがための偽善でしかない、愛した妻と自分が殺してきた多くの人たちへの贖罪なのだと、アキトは思う。
 北辰に対しても、この湧き上がる憎悪が消えることは、恐らく永遠にないだろうと言うことも――
 アキトの歩みは、あの復讐を誓った日からずっと止まったままだからだ。

 しかし、シェリルには未来がある。この世界にきてから、彼女の笑顔に何度となく救われたアキトだから分かる。
 シェリルは、これからもその歌で多くの人に希望を与えていくだろう、夢を振りまいていくだろうと――
 だから、アキトはシェリルを死なせるつもりなどなかった。
 例え、偽善と罵られようと、自己満足だと言われようとも、諦めるつもりなどない。
 最後の最後まで、シェリル・ノームを生かし続けることを誓う。
 それは、一度死んだアキトにとって、この世界で生きる一つの理由にもなっていたのかも知れない。






「――ガリア4からの連絡が途絶えた!?」

 その報告をキャサリンから受けたオズマは明らかな動揺を見せる。
 同じようのその場にいた、ピクシー小隊の三人とカナリアの四人も同様だった。
 ガリア4での暴動が終息し、アルトとランカが戻ってくると報告がフロンティアにあってからすぐ――ガリア4との連絡が途絶したのだ。
 現在、ガリア4で起こっているジャミングの影響と思われるが、そんなことを彼らが知る由もない。
 事態の深刻さに、そこにいる誰もが表情を曇らせた。
 しかし、打つ手がないのも事実だった。駆けつけることが出来るなら、とっくの昔に新統合軍が現地へと向かっている。
 フォールド断層が邪魔をしている限り、数日と言う誤差は免れないタイムロスとなる。

「そうだ! アルトが使った新型フォールドパックとやらは――」

 希望を見出したクランは「それしかない」と言わんばかりで口にする。
 しかし、カナリアはそのクランの提案をあっさりと切った。あのフォールドブースターはLAIで開発中の試作品だ。
 通常であれば外部への持ち出しなど許されるはずがない。それを可能としたのはLAIの御曹司であり、そのフォールドブースターを開発している技術開発部特別顧問≠ニ言う肩書きを持つルカの口添えがあったからに他ならない。
 一機持ち出しただけでもルカの立場は危うくなっていると言うのに、「二度目はない」とカナリアは告げる。

「はあ……」

 そのクランの溜息は全員の気持ちと同じだった。
 どうすることも出来ないやるせなさが全員の心に影を落とす。
 しかし、彼らに今取れることは、アルトたちの無事な帰りを祈る以外になかった。



 その頃、大統領府のレオンの執務室では、ルカと、それを呼び出したレオンの二人が重苦しい空気の中、新型フォールドブースターの件に関して話を進めていた。
 ルカの取った行動は、LAIに兵器の開発、試験運用を依頼している政府に取っても、許しがたい裏切り行為とも言える。
 こんなことがまかり通れば、政府とLAIの関係を揺るがしかねないスキャンダルとなりかねない。
 レオンはそこを突き、ルカへと迫った。

「ぼくがSMSにいるのはあなた方、新統合軍では出来ない新型機や兵器の実験データ収集と性能評価試験をするため――
 今回の件も、その裁量においてのことです」

 これが苦しい言い訳に過ぎないことはルカも理解している。しかし、他に言うべきことはなかった。
 ルカは友達を助けるために自分のした行動を、今更悔いてはいない。
 しかし、そんなルカに対し、余裕の態度を崩さないレオン。ルカの顔を見て一笑すると、ルカにとって痛いところを突いてきた。

「なるほど、友達思いだね。キミは――
 だが、その友情が民間人の少女を事件に巻き込み、更にはLAIと政府の関係も脅かしている。
 ――それについては?」

 痛いところを突かれ、唇を噛み締め我慢するルカ。
 レオンにとってこれは、最近何かと目立った動きを見せているSMSの内部に、手札を作ろうと考えた故の行動だった。
 しかも、ルカはLAIの御曹司で、フォールドクォーツを含む新技術の開発に深く関わっている人物だ。
 彼を抱きこむことは、これからのレオンの計画にとって重要な要素と言える。

「それは……」

 ルカは苦虫を噛み締めるような表情で下を向く。レオンのその問いに即座に返答できない。
 自分の立場が相当に悪くなっていることは、ルカにも分かっていたからだ。

「キミには選択することが出来る。友人と共に今回の件で軍事裁判を受けるか――
 わたしの話を聞くかだ」
「…………」

 それは脅しとも取れる挑発――
 レオンは、ルカにとって一番痛いところを突いていく。
 結局、ルカにはレオンの話を聞く以外に――選択肢はなかった。



 美星学園の校舎裏で空をぼーっと眺め、ランカの無事な帰りを待つナナセ。
 見送ることしか出来なかったが、せめてランカが帰ってくるまで、その無事を祈り続けようとナナセは心に決めていた。

「きゅ?」

 そんなナナセだったが実は苦手なものがあった。
 ランカから預かったペットのアイモ――愛称『アイくん』をバスケットに入れ距離を取る。
 アイモは学園での騒ぎのあと、ランカが偶然、学園裏のグリフィスパークの丘で発見し保護していた。
 だが、生態系保護法≠ニ言うものがあるフロンティアでは、原則的に政府の許可なく動物の飼育は認められていない。
 だから、この秘密を知っているのはナナセだけで、ランカと二人だけの秘密だった。
 しかし、ナナセは実はランカにも言っていないが、生き物全般をかなり苦手としていた。
 ランカから頼まれた手前、それを断ることも出来ずアイモを預かったまではいいのだが、実際にはかなり困っていた。
 怖くて触ることどころか、近づくことも出来ない始末。
 こんなことではアイモを預かった手前、ランカに会わせる顔がないと思う。

「きゅ……」

 ランカがいないので少し元気がないのか、寂しそうな表情を見せるアイモに、ナナセは勇気を持って語りかける。

「お前も心配? そうだよね……」

 一人の少女と、一匹の生物はランカの帰りを待ちながら、同じ空を見上げていた。






 ――アルトは焦っていた。
 あの後、落ち着きを取り戻したランカを連れ、VFに戻ったアルトは消耗した身体を癒すために水場を捜して移動した。
 水場を発見し、休憩を取っていたアルトとランカだったが、そこで不幸が待っていた。

 気の利かないアルトに怒り、「バカ!!」と言い、森の奥へと一人で入っていくランカ。
 そんなランカの様子にやっと何事か気付いたアルトは「トイレなら、そう言えよ」とデリカシーのない発言をする。

「きゃああぁぁ――っ!!」

 その時だった。ランカの身に危険が及んだのは――
 アルトが少し目を離した隙を突かれ、ランカが何者かに攫われたのだ。
 ランカが攫われたと思われる場所、そこにはごっそりと何かに押し潰されたような木々の跡があり、先程のマクロスへと向かって真っ直ぐに道が続いていた。

「くそっ! ランカ!!」

 悪態をつき、すぐさまEXギアのバーニアを噴かせ、追いかけるアルト。
 あのマクロスが怪しいことには気付いていたのに、警戒を怠ったことを悔やんでいた。
 マクロスまで辿り着いたアルトは、周囲を警戒しながらも、EXギアのカメラでマクロスの外部を探る。
 そして、そこで見つけたマクロスの外面に書かれた型番を見て、その表情が驚きへと変わった。

 ――マクロス級四番艦グローバル。

 それは、あの第117次調査船団の旗艦だった。
 バジュラに壊滅させられたと言う調査船団の船が何故ここに? ――とアルトは困惑の表情を浮かべる。
 だが、同時に先程のランカのショックにも合点がいった。
 オズマからランカが家族をバジュラに殺され、あの第117次調査船団の生き残りだと知らされていたからだ。

 まだ、ジャミングは続いている。
 システムがダウンしたまま動かないVFに見切りをつけ、アルトは単身、マクロス・グローバルに乗り込んでいく。

「ランカ、絶対に助けてやるぞ」

 そう決意を口にして――






 同じ頃、ガリアの宙域を流離うデブリの中に、二機のエステバリスの姿があった。

「艦長の言うとおり、こっちまでは手が回ってなかったみたいだな」

 そんな中、廃墟と化した移民船の内部を探索している人物がいた。
 撫子商会エステバリス隊のリョーコと、サブロウタの二人だ。
 普段は喧嘩ばかりしている二人でも、この時ばかりは真面目に仕事をしていた。

「ビンゴ! こっちもランシェ・メイの物と思われる医療データを発見した」
「こっちもだ。グレイス・オコナーの研究論文だな……しかし、反吐が出る内容だなこりゃ。
 おそらく、今回の件もずっと前から計画してたんだろ。美人のやることは怖いね」

 今回、ガリア4に来た目的には二種類あった。
 シェリルの行動は当初の目的から言えば、彼らの行動を隠すための囮に過ぎなかった。
 第117次調査船団がこのガリア宙域で行方不明になっていたことは、その後の調査から随分と前に判明していた。
 だが、グレイスの目だけでなく、あそこには第33海兵部隊が駐留していることが撫子商会の捜索の障害となっていた。

 おそらく、グレイスも重要視しているであろう旗艦は、すでにグレイスの手の内にあるとルリも考えていた。
 自分が彼女の立場なら、そんなところに置いてあるデータは残しておかない。今頃は綺麗に消去されていることだろうと考える。
 そこで、思い至ったのは研究データのバックアップの存在だった。最低でも、研究に直接関わらないものでも当事の記録がどこかに残されていると考えたのだ。
 いくらグレイスが主だった研究者の一人であったとしても、研究主任だったマオ・ノーム、そしてランシェ・メイの研究結果のすべてがどこにあるかを把握し接収しているとは考え難い。
 イネスの言質になるが、「研究者とは得てして、そうした研究資料は第三者に知られないように隠すもの」とのことだ。
 バジュラの襲撃が、彼女自身も予想し得ない突発的な事故だったと考えれば、その可能性は非常に高いとルリは踏んでいた。
 可能性としては、ガリア宙域のデブリに当事の移民船団の残骸が残っていることだったのだが、その調査には時間と大掛かりな装備を有するため、通常であればかなり目立ってしまう。
 駐留部隊の衛星や、レーダーに補足される可能性が高く、実際に行動に起こすにはかなり難しいと思われた。

 そこで、ルリはアキトとシェリルの二人に囮を頼んだ。
 グレイスに気取られないようにガリア宙域を調査するためには、彼女には地上に張り付いてもらう必要があった。
 その囮役としてはアキトとシェリル以上に適した人物はいない。
 そして、今回の暴動の混乱に乗じ、そのデータの回収をリョーコとサブロウタの二人に命じたのだ。
 予想外に上手くいった背景には、惑星規模のジャミングにもあった。
 不測の事態ではあったが、それが二人の行動を地上から隠し、今回の任務の成功を後押ししていたからだ。

「よっしゃ! 主だったファイルとデータをまとめて、さっさと撤収するぞ」
「りょうか〜い! しかし、宇宙の廃墟に男と女が二人っきりってシチュエーション――
 なんだかロマンティックだね、こりゃ」
「バ、バカ言ってないでさっさと撤収するぞっ!!」
「ヘイヘイ……まったく融通が利かないことで」

 いつもの軽い調子で夫婦漫才を続ける二人。
 このボイスレコーダーの会話が後にヒカルとイズミの二人に知られることになり、散々からかわれることになるとは、リョーコもこの時は思いもよらなかった。






 マクロス・グローバルの内部に侵入したアルトは、ランカを捜し、内部の探索を続けていた。
 廃墟と化し、全く人の気配がない。小銃を構え、奥へ奥へと進んでいくアルト。

「消されてる……それもごく最近に」

 研究施設のような場所に出たアルトは、端末から情報を得ようとするが全くの無駄骨だった。
 大本になるデータがすべて、完全に消されていたからだ。
 だが、最近まで誰かが出入りしていたような形跡はあった。
 それが、誰なのかは分からないが、人がいたと言うことはランカもその誰かに攫われた可能性もあるとアルトは考える。
 その時だった。背後にあるカプセルに気付いたのは――

「バジュラの標本!?」

 小型のバジュラの標本を見つけ、驚きの声を上げるアルト。
 だが、その標本を見て、この研究施設で何が研究されていたのかに気付く。
 ――バジュラの研究。そして、第117次調査船団が壊滅する原因となったのもバジュラ。
 アルトの脳裏に嫌な予感が走った。ランカの記憶障害といい、ここにすべての原因が繋がっているような感じがしたからだ。
 確証はない。しかし、どうしてもその考えがアルトの頭を離れない。

「……撫子商会、アイツらなら」

 何か知っているのではないか? ――そんな考えがアルトの頭をかすめる。
 彼らがフロンティアに現れたタイミング、そしてシェリルの護衛として来艦したアキトの存在――
 それらはすべて、バジュラを中心に動いているようにしか思えない。

「素直に教えてくれるとは限らないが……戻ったら問いただしてみるか」

 このまま何もしらないで戦い続けることはアルトも嫌だった。
 それに、ランカがこうして巻き込まれ、危険に晒されていると言う事実もある。

『ア――ルトく――ん――アルトくん――!!』
「――!?」

 通信機から聞こえてきたランカの声に反応するアルト。
 ジャミングの影響で音声を上手く拾えていないが、その声は間違いなくランカだった。
 通信元を探索し、すぐ近くにあった縦穴の底を覗き込むアルト。

「深いな……」

 だが、ランカの発信機の反応は、その縦穴の底へと続いていた。
 まるで奈落の底に通じているかのような、不気味で暗い穴。だが、アルトは躊躇せずその縦穴へと飛び込む。

 ――オレはランカを守ると決めた。アイツの夢を叶えさせてやると!!

 それはアルトにとってランカとの大切な約束だ。

「絶対に助けてやるぞ! ランカっ!!」

 アルトはそう覚悟を決め、ランカの待つバジュラ≠フ巣へと足を踏み入れていった。



 火花を放ち、連続して輝く銃弾の閃光。
 ランカのいるバジュラの巣では、何度もアルトたちの前に現れたあの赤いVF、ブレラ・スターンの駆るVF-27と、巨大なバジュラによる戦闘が繰り広げられていた。
 巨大なバジュラ――バジュラたちの真の主を女王(クィーン)≠ニ呼ぶなら、その固体はさながら指揮官――準女王≠ニも言うべき風格を持っていた。
 準女王級の周囲に幾千ものバジュラの卵が敷き詰められており、その卵を守るように準女王級は身体を呈して侵入者を排除しようとする。
 その巣の以上に気付いた他のバジュラたちも、一斉にブレラへ向けて迫っていった。

「く――っ!! 数が多い」

 周囲のバジュラを殲滅しながら、ブレラは距離を取る。
 出来れば背後のランカを確保することが理想だったが、この状況ではブレラもそれは難しいと分かっていた。
 時間をかければかけるほど、バジュラの包囲網が広がってくる。
 この狭い閉鎖された空間の中では、VFの機動力も活かしきれないため、ブレラは予想外の苦戦を強いられていた。
 バジュラの恐ろしいところは、その単体能力ばかりではない。その圧倒的な数と、学習能力こそバジュラが真に恐ろしい理由だった。
 軍隊と化したバジュラを前にしては、VF一機など蟻にも等しい。
 ブレラの表情にも焦りが生まれる。だが、その時――
 彼の背後をかすめるように、アルトがランカの元へと飛んでいた。

「――!?」

 ブレラにして見れば漁夫の利を持っていかれた感じではあるが、ランカの安全には代えられない。
 アルトにランカのことを任せ、バジュラの注意を自分に向けるブレラ。
 アルトもそんなブレラの行動を訝しんでいたが、今はランカを助けるのが先だとランカの元へと急いだ。

「アルトくん――っ!!」

 ランカを引き上げようと手を伸ばすアルト。
 だが、そんなアルトとランカの二人を引き離すかのように、ランカの周囲に卵のような球状の壁が出来る。
 まるでバジュラが、アルトからランカを守ろうとしているかのような行動。事実、周囲のバジュラはランカを襲ってこない。
 むしろ、ブレラに向けている敵対行動を見れば、ランカを守るために侵入者を排除しようとしているかのように見える。

「くそ――固いっ!!」

 拳を打ちつけ、その球体を破壊しようとするアルトだったが、想像以上に固く、素手では全く壊せそうになかった。
 そのことにアルトも気付いたのか、ランカに壁から離れるように言い、持っていた小銃で壁を撃ちつける。
 だが――それすら、そのバジュラの皮膜から出来た壁には効果がなかった。

「くそっ!!」

 アルトが焦り悪態をついた瞬間だった。ブレラの放ったビーム砲が外壁に反射し、準女王級の腹部を直撃した。

「――――!!」

 声にならない悲鳴を上げる準女王級。それに呼応するように目映く光るランカの腹部。
 その瞬間――部屋全体を強力な衝撃波が襲った。






「アレは……」

 アルトとランカの捜索を続けていたアキトとシェリルは、湖から浮き上がってきた幾つものバジュラの戦艦を目にし驚く。
 大小様々なバジュラの戦艦が、宇宙を目指し、ゆっくりと上昇していた。

「アキト、これって……」
「おそらく、ここにもバジュラの巣があったということだろう……
 問題は何故、今になって動き出したかと言うことか?」

 アキトはグレイスの仕業と言う線を考えるが「バジュラの行動をそこまでコントロール出来るものだろうか?」と考える。
 だとすると別の要因――

「――アルトとランカは!?」
「アキト、あれっ! 二時の方向」

 そこでは、アルトのVF-25とブレラのVF-27が戦闘を行っていた。






「くそ――っ!!」

 ブレラのVF-27に背後を取られ、アルトは機体の中で悪態をついた。
 準女王級の放った衝撃波で外へと放りだされたアルトは、ジャミングが消えたことを確認し、VFでランカを助けようと飛び立った。
 しかし、先程まで協力するような姿勢を見せていたブレラが一転して、そんなアルトに牙を向いてきたのだ。
 突然現れて、いつも状況をかきまわすブレラの存在がアルトは気に入らない。

「なんなんだよ、おまえは――っ!! いつも、いつもっ!!」

 機体性能は確実にブレラのVF-27の方が上だった。
 それも無理はない。VF-25と同じようにYF-24からの発展型と言っても製作思想から違いすぎる。
 あの機体はギャラクシーで製造された最新鋭の機体であるばかりか、人間であればEXギアを着ていても耐えられないほどの機動性能を持つモンスターマシン≠セ。
 ギャラクシーの思想ならではと言うところか、インプラント、サイバネティクスなどの他に類を見ないほどの技術発展を遂げたギャラクシーが、サイバーグラント(機装強化兵)を前提とした兵器の開発に着手することは予想出来る範囲のことだった。
 人間であれば、人体への影響など様々な問題点から扱うことが出来ない機体でも、それに対応するよう作られた機械の身体ならば問題はない。
 その思想の末、最高の機体として設計されたのがこのVF-27≠セった。

「なめるな――っ!!」

 だが、アルトとて負けてはない。そのために恥を忍んでアキトに頼み、SMSの訓練以外に撫子商会のエステバリス隊との訓練を重ねてきたのだ。
 たしかにYF-27は凄い。それをあそこまで自在に操るブレラの操縦技術もかなりも物だろう。
 だが、今のアルトにして見ればそれだけのことだ。全くついていけない程ではない。
 アルトの見てきた、アキト、オズマ、それにエステバリス隊の皆は、機体性能など関係なく文字通り歴戦のエースパイロットだった。
 彼らの経験――そして技術――それはここまで訓練に耐えてきたアルトの中にも、確実に経験値として生きている。
 YF-27の攻撃を回避し、機体を縦にすることで空気抵抗を上げ、機体に急ブレーキをかけるアルト。
 すぐにガウォークに変形すると、YF-27の背後目掛けてライフルを連射する。だが、ブレラの反応はそれすらも凌駕した。
 赤い残像を残し、機体をスライドさせるだけで回避するブレラ。その動きにはアルトも思わず舌を巻く。

「おまえはあの娘に相応しくない」

 そうアルトに言い。バトロイドに変形し、空中から狙いを定めるブレラ。
 しかし、そのブレラの態度に黙っていられるほど、アルトは大人しくはなかった。

「いつも好き勝手やってるテメエに言われたくねえ!! ランカは――
 ランカは、オレが守るって決めたんだ――っ!!」

 YF-27の照準が定まる瞬間、アルトは思いきった行動に出た。
 すぐさまファイター(戦闘機)に変形し、ブレラ目掛けてスロットルを全開にして特攻をかけたのだ。

「何――っ!?」

 予想外のアルトの行動に焦り、ブレラの照準がブレる。
 放たれたビーム砲がアルトの機体の上部をかすめるが、それでもアルトは止まらなかった。
 衝突を回避しようとブレラは回避を試みようとするが間に合わない。

「これだけ近ければ、いくら機動性が高くたってかわせないだろ!?」

 YF-27と接触するようにアルトのVF-25が横をかすめる。
 その擦れ違いざまの一瞬を狙い、レーザー機銃をVF-27のスラスターにかすらせるアルト。

「しま――っ!?」

 ブレラの表情が、はじめて苦痛に歪む。機体バランスを崩し、一気に機動力を低下させるVF-27。
 だが、アルトのVF-25も同様に、後部ウイングを一部破損したことが影響で、細かい機体制御が難しい状況にあった。
 これで条件は五分と五分――

『タイムアップだ』

 その時、ブレラの耳にグレイスから戦いの終了を告げる言葉が響いた。

『ディメーションイーターを起爆させる。パープル1は速やかに帰島し、以後もわたしの指示に従え』
「……了解」

 グレイスの言葉に納得がいかないのか、苦虫を噛み締めるような表情でそう返事をするブレラ。
 そのまま一度だけアルトに視線をやると、ブレラは逃げるように立ち去っていった。
 だが、ランカのことが気になっていたアルトはブレラを追えない。
 すでに、かなり上へと上昇してしまっているバジュラの母艦を見上げていた。



「アルト、無事?」
「ランカもそこにいるのか!?」

 追いついてきたアキトとシェリルが、アルトの機体に近寄る。

「いや、ランカはあのでかいバジュラの母艦に攫われた……」
「何っ!?」

 宇宙へと逃げていくその母艦を見上げ、唇を噛み締めるアキト。
 シェリルも状況のまずさを理解したのか、険しい表情を見せる。

『――アキトっ!!』

 その時だった。ガリア宙域に身を隠していたユーチャリスから連絡が入る。
 ユーチャリスはアキトとは別行動を取り、リョーコ、サブロウタの二人を乗せ、ガリア宙域の探索任務に出てきていた。
 しかし、当初の計画ではそのままユーチャリスはフロンティアに引き上げるはずだったのだ。
 だから、アキトもラピスからの通信に緊張を走らせる。
 そのラピスの慌てた様子から、只ならぬ事が起こっていることは気配で感じ取っていた。

「ラピスか? 例の件は上手くいったのか?」
『うん――それよりもアキト、出来るだけ早くそこから離れてっ!!
 さっきルリから送られてきたLAIの調査報告書にこんなのが――』

 ユーチャリスから送られてきたディメンション・イーター≠フ仕様書を見たアキトの表情が驚愕に揺れた。

「まさか――こんなものをグレイスはこの星で使うつもりなのか!?」
『すでに起動準備に入ってる……ここから、出来るだけのことはやって見るけど……
 お願い――念のために、急いでそこから離れて』

 ――ディメンション・イーター。
 フォールド爆弾と呼ばれるそれは、起爆した範囲から数百キロを文字通り空間の歪みに飲み込み消失させてしまう恐ろしい兵器だ。
 こんなものを完成させていたグレイスとその背景、それを使おうとしている人間の狂気に、アキトは正気を疑いたくなる。
 だが、爆発の規模、予測範囲と速度、どれを取ってもエステバリスでは今から逃げても間に合うか怪しい。
 このタイミングでグレイスが起爆させたと言うことは、間違いなく狙いは自分たちにあるとアキトは考えた。
 バジュラの覚醒を待ったのもこのため、すべてはこのタイミングでこの忌まわしい殺戮兵器を起動させるためだとアキトは気付いたからだ。

 グレイスはガリア4周辺にある証拠を含め、アキトもシェリルも、第33海兵部隊もすべて、ディメンション・イーターで消し去るつもりだった。

「アルト――おまえはランカを追えっ!!」
「でも、アンタとシェリルは……!?」
「いいから、いけっ! おまえはランカを守るんだろっ!?」

 少なくともバジュラの母艦にいるランカは助かる。
 そしてその母艦を追っていけば、VF-25の最大速度ならば、アルトがディメンション・イーターに巻き込まれることはないとアキトは考えた。

「分かった……アンタにはまだ色々と聞きたいことがあるんだ! 絶対に死ぬなよっ!!」

 アルトはバジュラの母艦を追いかけ、真っ直ぐに大気圏外と飛んでいく。
 そんなアルトを見送ったアキトは、シェリルに申し訳なさそう口にする。

「悪いな、シェリル……本当ならこんなことに巻き込みたくはないが……少しだけ、付き合って貰うぞ」
「大丈夫よ、アキト。わたしもラピスも、あなたを信じてるから……
 わたしを気にしないで、あなたはあなたの思うとおりにやって頂戴!!」

 シェリルの返事を聞いたアキトは、ディメイション・イーターの起爆点にエステバリスを向かわせる。
 そのアキトの行動に驚いたのはラピスだった。しかし、ラピスは何も言わない。
 いや、心配をしているが、何も言えないと言う方が正しかった。
 ――時間が一秒でも惜しいからだ。
 こうしている間もラピスは、ユーチャリスからグレイスのシステムに物凄い速度でクラッキングをかけていた。

『せめて、直接――接触することが出来れば』

 しかし、相手はギャラクシーが有する最新の技術を使用した最高峰のインプラント。
 しかもバックには銀河最高水準の性能を誇るギャラクシーのメインコンピューターも控えている。
 グレイスのシステムをクラックすると言うことは、いくらラピスでも、この短時間で成すことは難しい。
 ネットワーク越しに、外部からアクセスするには相手が悪かった。
 せめて、ユーチャリスから直接アクセスできる回線があればとラピスは嘆く。

「それはこちらでなんとかする――ラピス、おまえなら出来る。
 だから、自分を信じろっ!!」

 アキトの大声がユーチャリスにいるラピスへと届く。
 一度、起爆してしまえば被害を食い止めることは難しい。ならば、アキトの取れる行動は一つしかなかった。
 このまま、ディメンション・イーターの爆発を許してしまえば、それは慰問団、第33海兵部隊を含む数千人も及ぶ人々の死へと繋がる。
 アキトもシェリルもそんなことを望んでいない。それは、宇宙(そら)にいるラピスたちも同じ思いだった。

「銀河の妖精の死と、先遣隊の壊滅――憎しみは燃え上がる」

 グレイスが眼下の基地を見下ろし、淡々と口にする。
 すでにディメイションイーターにはグレイスの腕から伸びた触手のような回路が繋がれていた。
 上部で蓄積されたエネルギーが渦を巻き、爆発直前だと言うことがすぐに分かる。

「グレイス――っ!!」
「――!? 自分から死ににくるとは――っ! だが、もう遅い!!
 世界は憎しみに支配される――っ!!」

 すぐそばにまで迫るアキトに気付いたグレイスが、迫り来るエステバリスに向かい、邪悪な笑みを浮かべる。
 グレイスは勝利を確信し、微笑んでいた。
 彼らなら計画が分かったとしても、これだけ多くの命を見捨てることなど出来ないだろうと、そこまで計算して予測を立てていたからだ。
 ここまで自分の思い通りにことが運ぶと、笑いが抑えられない。
 最後にグレイスは「終りね」そう冷たく言い放ち――爆発の瞬間が来るのを待った。

 大気が揺れ、星の終わりを告げるかのような振動が周囲を包み込む。
 刹那――ガリアの空に、すべてを破滅へと導く光が輝いた。






 ……TO BE CONTINUED

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