「彼らの返答は?」
「変わりません。早く歌を、プロトカルチャーを見せてみろ。
 そして、自分たちを屈服させてみろ――と息巻いております」

 ガリア4にある新統合軍司令基地。
 第33海兵部隊指揮官オゴタイ少佐は、副長からの報告を受け頭を悩ませていた。
 ことの発端は、今から数日前に遡る――

 実行部隊を取りまとめる隊長――
 上級兵であるテムジンが、志を同じとする他の兵士と謀反を企て、武器庫を含める軍主要エリアを不法占拠したことから始まった。
 彼らは「地球人(マイクローン)との関係を絶ち、今こそ、ゼントラーディによる支配を促し、武力によりその栄光を取り戻す」と主張。
 一部、地球文化に馴染めず、好戦的なゼントラーディが残っていることを、新統合軍首脳部も把握はしていたが、こうした強行策にでてくる例は新統合軍発足時の混乱による小競り合い以来、現在ではほとんどなく、油断していた。
 それは第33海兵部隊にも言えることで、指揮官であるオゴタイですら、ここまでの状況は想定していなかった。
 軍の中でも血の気が多く、はぐれ者と称される彼らではあったが、彼らとて馬鹿ではない。
 少なくともそんなことをすれば、軍からもやっかまれている彼らにしてみれば、合法的に新統合軍に処分される口実を与えるようなものに他ならないからだ。
 辺境の一部隊が新統合軍と言う巨大な組織と戦えるほど、現実は甘くない。そんなことは彼らも分かっているはずだった。
 だが、そんな当たり前のことを理解していながら、今になってテムジンは計画を実行に移した。

「歌か……」

 こんなことを繰り返しても何もならないと言うのに――オゴタイは冷ややかに彼らの行動を見ていた。
 だが、ゼントラーディとしての血が騒ぐのは彼にも分かる。
 地球人と接触し、戦いしか知らなかった彼らが文化を手に入れ、半世紀。
 戦うことでしか互いを主張することが出来なかった彼らにとって、その価値観を変えてしまうほど、地球文化との出会いは衝撃的なものだった。
 だが、地球文化を受け入れ、星間戦争で地球に味方したゼントラーディ人もいれば――
 最後まで敵対し、戦争終結と共にやもなく人類に下ったゼントラーディ人がいたのも事実。
 そんな彼らにしてみれば、地球の存在、文化は――今までの価値観を否定されたことと同義とも言える。

 故に納得できない者も数多く存在する。
 文化に馴染みきれず、ゼントラーディの本能として血を求め、戦うことを由とする彼らにしてみれば、今の現状は受け入れ難く、耐え難いものだった。

「ゼントランに刻まれた遺伝子の宿命かと、私も少々、血がたぎるのを感じております。
 最悪、この母艦で砲撃で基地ごと焼き払うことになるでしょう」
「…………」

 副長の言葉に神妙な面持ちで、オゴタイは聞き入っていた。
 今は部隊内のこととして、オゴタイのところで暴動を止めることが出来ている。
 だが、彼らが宇宙に進出し、都市の一つでも襲うようなことがあれば、この基地の問題だけでなく、ゼントラーディ全体に関わる大問題に発展しかねない。
 新統合軍はその力の全てを使ってでも、反対派のゼントラーディ人を殲滅していくだろう。
 そんなことになれば、最悪の場合、第二次星間戦争へ突入することも考えられる。

「覚悟はよろしいですね? オゴタイ隊長」

 オゴタイは副長の言葉にただ頷く事しか出来なかった。
 長きに渡り戦争を続け、ようやく手にした平和。その平和が、自分たちの手で破られることだけは、どんな犠牲を払ってでも止めなくてはならない。
 オゴタイは覚悟を決める。最悪の場合、自分の手で同胞を殺すことになっても、テムジンを止めねばならないと――

「……ヤック・デカルチャー」

 オゴタイの口から漏らされた言葉。その「なんと、信じられない」を意味する言葉は、今のオゴタイの心境を表したものだったのかも知れない。





歌姫と黒の旋律 第12話「スター・メロディ」
193作





 アルトは都市部エリアから少し離れた場所にある、早乙女嵐蔵の屋敷にきていた。

 ランカと約束したという後ろめたさはあったが、矢三郎との約束の誕生日当日になっても、嵐蔵の屋敷に行くのを躊躇っていた。
 今更、嵐蔵に会って、何を話せばいいのか分からない。親子とは言え、アルトは勘当された身だ。
 兄弟子である矢三郎の口添えがあったとは言え、アルトは冷静に嵐蔵と話せる勇気がなかった。

「どうせ、会っても口論になるだけだ」

 逃げるように自分を言いくるめようとするが、それでは今までと何も変わらないと言うことはアルトにも分かっている。
 だが、数年にわたって溜め込んできた想いは、そう簡単に割り切れるものでもなかった。
 色々と悩み――「今日はやめよう」そう決めたその時だった。

 ドアをノックする音が聞こえた。
 そして、そこからヒョコッと顔を見せたのは、他ならぬランカだった。

「ランカ、なんでここ……」

 突然現れたランカに驚きを隠せないアルト。
 その後、SMSの宿舎に押しかけてきたランカに強引にひっぱられ、意味も分からないまま、外で待っていた男たちに黒塗りの車に押し込められる。

「おまえら一体!? というか、ランカ、なんだその笑みは――」

 気がつけば、早乙女嵐蔵の屋敷の前にアルトは放り出されていた。

「今日は――とか、今はとか言ってたら、いつまで経っても何も変わらないと思う」

 そう言うランカは、ぐじぐじとしている子供を叱り付ける母親のようだった。
 いつもと違うランカの迫力に押され、気まずいことを言われたアルトは、思うように反論できない。

「アルトくん。お父さんと、話をするんでしょ? ちゃんと向き合うって決めたんだよね?」

 そう言うランカの目は真剣だった。帰ったら殺す≠ニ言わんばかりの迫力で、アルトの尻を叩くランカ。

「う……」
「私はアルトくんを信じてる。アルトくんが自分を信じられないなら、私がアルトくんを信じるよ。
 だから、勇気をだして――」

 それだけを言うと、ランカはアルトに微笑み、踵を返し車に戻ろうとする。
 そして去り際、アルトの方にもう一度振り返り、大きく手を振ると――

「みんな、パーティーの準備をして待ってるから! アルトくん!! がんばれっ!!!」

 精一杯の大声でアルトの名前を叫ぶランカ。
 いつの間にか緊張もほぐれ、強張っていた表情が崩れていることにアルトは気付かない。

 ――私はね。あのことがあって、いつも、みんなに助けてもらっているんだって、気付けたの。

 そう言ったランカの言葉を今更ながらに思い出しながら、アルトは後ろに高くそびえ立つ、早乙女の門を見上げていた。






「アルト先輩……大丈夫でしょうか?」
「ランカちゃんが引っ張っていったんだ。心配するほどのことでもないさ」
「その、ランカさんは?」
「ランカさんなら、まだテレビの収録が残ってるとかで、仕事が終ってから合流するって連絡がありました」

 ミハエル、ルカ、ナナセの三人は娘々(ニャンニャン)の一角で、夜のパーティーのための飾り付けを行なっていた。
 アルトの誕生日を催そうと全員で決め、娘々を貸しきっていつものメンバーでやる手はずになっていた。
 ――とは言っても店長も現金なものだとナナセも少し呆れていたりもする。

 娘々はリン・ミンメイが無名時代にバイトしていたことでも有名な、老舗の中華飯店だ。
 ここフロンティアの店以外にも、多くの船団に支店を持つ銀河最大の中華チェーン店だった。
 そこに来て、代役からスターまで一気に駆け上がり始めたランカ。そのランカもまた、娘々でバイトをする少女だった。
 娘々から、半世紀振りに現れた新星の歌姫。その影響もあって、店の売り上げも鰻上り。
 街中で流されている娘々のCMも、ランカの知人と言うことで、娘々の店長も、かなり得をしていたりする。
 スポンサー契約をベクタープロモーションと結んでいることからも、ランカとのタイアップで、娘々はここ数年見たことがないほどの急成長を遂げていた。

 それもあってか、最初はあまりお金のかからない方向で、学校か、誰かの家でやろうと企画していたアルトの誕生日が――
 ランカが一言、店長に話をしただけで、原価割れも良いところの特別価格≠ナ場所を提供してもらえることになったのだ。
 その話を聞きつけたクラン、ボビーなどのSMSのメンバーも参加し、アルトの誕生日会は、ちょっとした宴会場となっていた。

「あら? 三人だけ?」

 そこに姿を見せたのは、たくさんの飾り付けの入ったダンボールを持ったボビーだった。
 三人の近くに「よいしょっ」とそのダンボールを置くと、周囲をキョロキョロと見回す。

「クランは一緒じゃなかったの?」
「クラン? いや、きてないけど」

 そう答えるミハエルに、ボビーは訝しげな顔をする。

「おかしいわね……あれだけ、飾り付けは自分がするって張り切ってたのに……
 どこで道草くってるのかしら?」

 だが、クランが気分屋なのは今に始まったことでもないので、その話を聞いていたミハエルも特に気にする様子はなかった。



 その頃――
 クランたちはと言うと撫子商会のルリの元へと足を運んでいた。
 非公式にルリに呼び出されたのは、ジェフリーの代役として招かれたオズマとクラン、そしてキャサリンの三人。

「ここに来て頂けたと言うことは、あのデータを見て、私の言うことを信じて貰えたと考えていいですね?」

 三人は前もって引き渡されたデータから、レオンが裏で今まで暗躍していた事実――
 フォールドクォーツなど、今まで知りえなかったバジュラに関する様々な情報をルリから提供されていた。
 にわかには信じがたいものまで含まれていたが、それを裏付ける証拠まで付けられていては、彼らも信じざる得ない。
 それに第117大規模調査船団の話まで持ち出されては、オズマとしてはその話を疑う余地もなかった。

「たしかに信用はできる……だが、何故、今頃になってオレたちにだけ知らせる必要がある?
 これだけの証拠があれば、レオンを失脚させることなんて簡単なはずだ。
 あんた達にとっても、政府とのよい取引材料になるだろ?」

 そこがオズマにとっても不可解でならなかった。
 レオンの不正に関しても、バジュラの件にしても、民間協力者の一仕官にしか過ぎない自分に伝えるメリットがまったく感じられなかったからだ。
 更に言うなら、キャサリンの利用価値も、これだけの証拠が揃っている以上、ほとんど失われていると言っても間違いではない。
 レオンに近い立場にある彼女だが、レオンを抑えるだけの証拠がこうして揃っている以上、彼女にスパイ活動などをさせるメリットすらないと考えるからだ。

「それは、私から説明させてくれ」
「――!?」

 オズマたちは目を見開いて驚いた。
 ここに呼ばれていたのは、自分たちだけだと思っていたからと言うのもあったが、その声の主に三人は驚きを隠せない。

「大統領!? なぜ、ここに!!」

 フロンティア政府の最高権力者、大統領のハワード・グラスが、ルリの横に付き添うように三人の前に立っていた。



「なるほど……それでオレたちに話を持ちかけたと言うわけか」
「軍の人間は動かせない――かと言って、外部の人間である私たちが表立って動く訳にもいきません。
 それに、彼の件に関して言えば、フロンティア内部での問題です。
 それを私たちが解決すれば、不平不満の声も大きいでしょう」

 オズマたちは大統領の補足と、ルリの真意を聞くことによって、ようやく事態を把握する事が出来た。
 レオンを捕まえるだけで、バジュラの件など全てが解決するならばそれでいい。だが、問題はそれだけに留まらない。
 レオンが何足もの草鞋を履き、利用しようとしている組織の影――
 LAIに技術提供を行なっていると思われる、グレイス・オコナーを含めるインプラントの勢力。
 彼らが前の戦闘でも介入を見せてきた赤いVFを所有し、何かを企てている事は明白だった。

 そしてもう一つ、夜天光を有していた組織の存在だ。
 これは、傭兵組織『クリムゾン』と呼ばれる集団が関わっていると言う情報を聞かされ、オズマだけでなくハワードも眉をしかめていた。
 名前だけであれば、その名を聞いたことがある者も少なくない。
 だが、彼らと関わった組織は、軍、民間を問わず、そのことごとくが文字通り壊滅、いや、生きて帰った者がいないと言う事実があった。
 故に、実際に見たものはなく、名だけが亡霊のように兵士の間で噂され、その実在も怪しまれていた組織なのだ。

「そいつらを炙り出すためにも、レオンは当面は泳がせる必要があると言うことか……」
「それに我々としても、出来ればフロンティアのことはフロンティアでカタをつけたい。
 今更、こんなことを頼める立場ではないが、政府の求心力はここにきて随分と低下してきている。
 そこでレオンの問題が浮き彫りになり、それが外部からの助けで解決したとなれば――
 さらに政府は信用を落とすことになる」

 そうなれば、フロンティアは内部から崩壊する可能性があるとハワードは苦々しく口にした。

 レオンにしてみれば、その方がたしかにやりやすいだろう。信頼を失った政府、バジュラという脅威に晒され希望を失った人々。
 軍とのパイプも太く、その人格、手腕ともに認められているレオンにとって、人々の心に漬け込み、次の大統領の椅子に座ることはそう難しいことではない。
 問題はハワードの存在だけだった。レオンにとって誤算とも言えるのは、今の大統領が決して無能ではないと言えること――

 いくら度重なるバジュラの襲撃により市民が不安になり、政府への不満の声があるとは言っても、ハワードが優れた政治家であることは間違いない。
 バジュラの度重なる襲撃で、物資が不足している中でも、冷静に撫子商会との友好的な交渉を約定した実績は誰もが認めている。
 商会の後ろ盾による潤沢な支援があってこそとは言え、今までの生活が守られていると言うだけでも、市民からしてみればかなり安心できることだからだ。
 フロンティア政府の政治家の中では、リチャード・ビルラーやLAIの後ろ盾を受けている者も少なくなく、政府もSMSを含め、多くの支援を受けていると言う実態がある。当然ながら、彼らを支持する議員の間からは撫子商会の支援を危険視する声もあった。
 だが、ハワードは市民の不安を軽減するためにも社会保障、特に水や物資の補給は滞るべきでないと主張し、現状を打開するためにも撫子商会の申し入れを受け入れるように議員たちに促したのだ。
 これは、レオンにしてみれば、かなり想定外の出来事だった。
 だが、穏健派、強硬派の双方を取りまとめてきた実績を持つハワードだ。
 その政治力と手腕で、双方を上手く押さえ込み、暴動を起こすことなくこの交渉を取りまとめた。

 そしてこのことが、撫子商会にとっても、ハワードと言う人物の人間性を見るよい機会にもなった。
 権力に固執し、先を見ることが出来ない男なら、レオンともども、一度、フロンティア政府そのものを潰すことも視野に入れていたルリだったが、少なくとも交渉が出来る相手であり、市民のためにと言う――政治家の本質も失ってはいないと言うことが分かっただけでも大きかった。
 政府を解体することだけなら、たしかにそう難しいことではない。民衆に見捨てられた指導者と言うものは、意外ともろいものだ。
 バジュラと言うイレギュラーな存在により、不安を煽られている市民にとっては、少し爆弾を落としてやるだけで瓦解してしまうほどの危うさがある。
 レオンもそれが分かっているが故に、何年もの間、潜伏していたにも関わらず、このタイミングで行動を起こしたのだろうとルリは考えていた。

 撫子商会との関係により、低迷する政治への信頼の中、ハワードの求心力は政府の中でも一際高くなっていた。
 それに、バジュラというイレギュラーがある中で、彼に対しての同情の声も少なくない。
 現状、この混乱した情勢の中で、新しい大統領を選ぶ余裕がない以上、ハワードに頼らざる得ないのも現実もあった。

 皮肉にも、商会の存在がハワードを助け、レオンの計画に暗雲を落としていた。

「でも、彼の目的が権力なら……パパが危険なんじゃ?」
「……パパ?」
「だ、大統領! もう、いいじゃない!! 親子なんだからっ」

 普段のキャサリンからは珍しく、『パパ』と可愛らしい単語が出た為に何ともいえない表情になるクランとオズマ。
 ハワードの身を心配するあまり、咄嗟に出た言葉に、冷やかされたのが恥ずかしかったのか、真っ赤な顔をしてキャサリンは訂正する。

「キャシー、危険なのは私だけではない。不確かな情報に踊らされ、バジュラという危険に晒されている今――
 ここにいる全員、そしてフロンティアの市民が皆、危険に晒されているのが現実だよ」

 ハワードには政治家として、大統領としての責務がある。
 自分の命が惜しいからと言って、市民を見捨て、ここで逃げることが出来るほど彼も落ちぶれてはいない。
 ハワードにも覚悟があることを確認したオズマは、ルリにこれからのことを聞くため――

「それで? オレたちはこれから何をすればいい?」

 その瞳に、新たな決意を宿らせていた。






「「「誕生日おめでと――っ!!!」」」

 その日の夜――ナナセたち学園の皆と、SMSのいつものメンバーに出迎えられたアルトは、盛大に誕生日を祝ってもらっていた。
 少し遅れて参加したランカも、手作りのクッキーと、来週に控えたファーストライブのチケットをプレゼントとしてアルトに渡し、終始、場はいつもの賑わいを見せていた。

「アルトくん、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう」

 改まって言われると照れくさくなるアルトだったが、実はランカにこうして祝ってもらえることが一番嬉しかったりする。
 もっとも、素直にそんなことを口にだすアルトではなかったが、ランカはそんな照れくさそうにお礼を言うアルトのことが大好きだった。

「あと、これ――シェリルさんから」

 ガリア4に旅立つ前に、アルトにと渡されていたプレゼントを、少し複雑な顔をしながら渡すランカ。
 実は、シェリルがガリア4に旅立つ直前、ランカはシェリルにアルトとのことを思い切って聞き出していた。
 その時のシェリルの表情と言ったら、一生忘れられないだろうとランカは思い出す。



「わたしが……? アルトと? ぷっ……!!」

 耐え切れなくなって、顔を真っ赤にしてして笑うシェリル。
 自分がそれほど的外れなことを言っているのだろうか? とランカの方が恥ずかしくなるほどの笑いようだった。

「安心して、あなたのアルトを取るようなことはしないから――」

 そう言っても信じられないランカだったが、シェリルの切なげに話す次の言葉に思わず息を飲んでしまう。

「だって、私も好きな人がいるのよ」

 どこか切なげにそう話すシェリルの目は、確かに恋する乙女のものだった。
 同じように好きな人がいるランカだからこそ分かる。シェリルは確かに恋をしていた。
 でも、ランカの目に映るシェリルの姿は、どこか寂しそうに見えた。

「シェリルさん……」

 何か、触れてはいけないものに触れてしまったような感覚――
 ランカはシェリルにとって、大切な何かに踏み込んでしまった罪悪感を感じていた。
 しかし、何かを言おうにも言葉がでてこない。

「前にも言ったでしょ? 新人の癖に、わたしの心配をするなんて十年早いわよ」

 いつもの揺らぎないシェリルの態度に、救われるランカ。
 でも、そんな彼女が、かすかに見せた弱さを、ランカは忘れられないでいた。



「なんだ……これ?」

 ランカから手渡されたシェリルのプレゼントを開けたアルトは複雑な顔をする。
 それはMBS(Macross Broadcasting System)で放映されている人気ロボットアニメ『ゲキガンガー3』のプレミアムストラップだった。

「そ、それ……作中には出てこなかった幻の変形パターン『ドラゴンガンガー』のプレミアムストラップ!!」
「ラ、ランカ?」

 目をキラキラさせて、アルトの手にするストラップを凝視するランカ。
 ランカはこう見えて、実はかなりのアニメ贔屓でもあった。その中でも撫子商会のアニメはかなり好きで、このゲキガンガー3はディスクを全巻揃えているほどの嵌りぷりだった。
 元はランカのためにと、オズマがそうしたアニメや、音楽を買いあさって来たことが始まりなのだが、今ではランカの方が率先して集めていた。
 あまりに物欲しそうに見詰めてくるため、そのストラップをランカに差し出すアルトだったが――

「ダメ! それはシェリルさんからアルトくんへのプレゼントなんだから!!」

 物凄く物欲しそうにしながらも、涙ながらに拒否された。



「それで、アルトくん……その、お父さんとは上手くいったの?」
「うん……まあ、お陰様でな」

 そう答えたアルトだったが、実際は上手くいったのかどうかはよく分からないでいた。
 顔を会わせはしたが、全然、親子らしい話はしなかった。
 二人とも終始無言で時間は経ち、唯一最後に酌み交わした言葉は「また、来る……」と言うアルトの言葉と――
 嵐蔵の「……好きにしろ」と言う、たったそれだけの会話だったのだから無理はない。
 二人に付き添い、一緒にいた矢三郎も苦笑を漏らしていた。

 今更、罵詈雑言を言い合うようなことは二人の間にはなかった。「おまえは歌舞伎をやる為に生まれて来た」、「オレはパイロットになる」などの言い合いはとっくに平行線を経て、昔に終了している。
 その結果、アルトは家をでることになり、嵐蔵は息子を勘当したのだ。今更、そんなことで言い争いをするほど、二人も子供ではない。
 しかし、一度出した矛先を先に引っ込める分けにいかず、二人はまだ、意地の張り合いを続けていた。

 だが、切っ掛けはどうあれ、あれほど嫌っていた家に自分から足を運んだアルトを、少なからず嵐蔵は許し――認めていた。
 嵐蔵自身、床に伏せ、少し気落ちしていたことも原因にあったが――
 自分の進退を呈してまでアルトの才能を憂い、頭を下げてきた矢三郎に嵐蔵が折れたと言うのも要因にある。
 結局、二人が袂を分かった原因である、歌舞伎を継ぐこと、そしてアルトの夢であるパイロットの件に決着が着いた分けではないが、少なくともこの親子にとっては大きな前進ではあった。

「結局、親父も怖かったんだな……」

 昔はあれほど大きく見えた父親の背中が、あれほど小さく弱弱しく見えたことにはアルトには意外だった。
 病気で弱っていると言うのもあるだろうが、それを見越しても嵐蔵は確かに弱っていた。
 自分が強くなったのか、嵐蔵が弱くなったのか、それはアルトにも分からない。
 だが、そうなってから、初めて――親子として嵐蔵をただの父親として見ることが出来たなど、皮肉と言わずしてなんと言う。
 嵐蔵の弱みを知ることで、厳格で冷酷な奴としてしか見れなかったアルトの目にも、ひとりの人間としての嵐蔵が映っていた。

「今更だけど――もう少し、ちゃんと向き合ってみようと思う。
 親父とも、そしてこれからのことも……」

 そう言うアルトの横顔を、ランカは満足そうに見守っていた。



 それから数日後――アルトたちの元に寄せられたガリア4からの連絡。
 その内容に、アルトだけでなく、フロンティア全土が衝撃に包まれることになる。

 ――シェリル・ノーム以下、慰問使節団が人質に――






「少しイレギュラーがあったみたいだけど、なんとか予定通りに行きそうね」
『アンタのお陰でな。しかし、船へのハッキングと情報操作とは……恐れ入ったぜ。
 でも、妖精と男は逃しちまったがな。チッ! あの野郎、見つけたらタダじゃおかねえっ』
「彼らの捜索は、引き続きそちらに任せる。こちらからの指示を待て」

 グレイスは基地が見渡される高台から、その様子を窺がっていた。
 今から数時間前、慰問団が到着するまでは概ね順調にグレイスの計画は進んでいた。グレイスの狙いでは、そこでテムジンたちがシェリルたち慰問団を抑え、彼らの身柄と引き換えに船の引渡しを要求すると言う手はずだった。
 だが、ことは彼らの思惑通りに進まなかった。一早く彼らの動きを察知したアキトの働きもあって、シャトルを押さえることにテムジンたちが失敗したのだ。

「やはり、彼の存在が邪魔ね……」

 結果的にシェリルを逃がしはしたが、大気圏外に逃げられた訳ではない。
 そこでグレイスは、捕らえたと言う虚偽の情報をネットワークを通じ、フロンティアに送ることにした。
 ガリア4とフロンティアでは行き来しようにも、フォールド断層の影響で数日のタイムラグがある。
 たとえ、それが間違った情報であろうと、彼らにこちらに来て確かめる術がない以上、シェリルがこちらに来ていると言う事実があるからには万が一を想定し、彼らにはその情報を信じる他にないからだ。
 そのためにオゴタイの船をハッキングすると言う、余計な手間を取らされたグレイスだったが、これはまだ想定内の出来事だったので、それほど慌ててはいなかった。

「地上に網をはって、この星に釘付けにできれば、それでいい。
 確保できなかったのは痛かったが、それも大した問題ではない」

 余裕の態度を崩さず、微笑むグレイス。その瞳には勝利を確信したかのような、優越感が漲っていた。



「暴動とはな……ガリア4とのタイムラグは?」
「おおよそ、7日と言ったところですね。現状、こちらから打つ手はないかと」

 ハワードは何食わぬ顔で報告を行なうレオンに、いつもの通り接して見せていた。
 報告だけを済ませると、事後処理のためにと、足早に部屋を後にするレオンをハワードは一言、引き留める。

「頼りにしてるよ。三島くん」
「……お任せ下さい。大統領」

 ハワードの労いの言葉に、思わず笑みをこぼすレオン。彼はそのまま礼をすると、部屋を後にした。

「そう、しっかりと働いてくれたまえ。我々のためにもね」

 そのハワードの言葉を彼が耳にすることはない。






「今すぐ向かったとしても7日後です」

 マクロスクォーターの艦橋で軍からの報告を受けていたモニカは、シェリル救助のために向かった場合の概算日を算出し、暗い表情を隠せないでいた。
 その数字がどれほど絶望的なものか、そこにいる誰もが分かっていたからだ。
 フォールド断層の影響で、どれだけ急いでも現地に到着するのには7日かかる。それだけの時間があれば、暴動に決着がつくことは明らかだった。
 報告を聞いていた他のオペレーターの二人も同じ意見になり、やはり沈んだ表情を見せる。

「これで、彼らの情報がより確かなものだと証明されたと言うことか」
「え、艦長? それって……」

 モニカだけでなく、他の二人も同じように訝しげな顔をしていた。
 誰の目から見ても状況が切羽詰っているのは明らかで、悠長にしている場合ではない。いくら艦長が自分たちに比べて胆が座っていると言っても、それとこれとは別だ。しかし、ジェフリーはまったく焦った様子を見せていなかった。
 そればかりか――

「おそらく、慰問を要求した時点からの計画的な犯行でしょう。
 私たちが手を出せないと、分かっていての行動と思います」

 実戦経験に乏しいキャサリンまで冷静だったのだから、若い彼女からしたら不思議で仕方ない。

「あの……お二人とも何か知ってらっしゃるんですか?」

 三人娘の疑問を代表してラムが手を挙げた。
 その三人の様子に、思わず苦笑を漏らすジェフリーとキャサリン。
 なんで、ここで笑われるのか、さっぱり分からない三人は、困惑が大きくなるばかりだった。

 この後、聞かされた内容で、三人とも、大声を張り上げた事は言うまでもない。






「よく言うぜ! シェリルが病気で歌えなくて、それが引き鉄になっただなんて――」

 報道されている内容に憤りを隠せないミハエル。それは同じくその犯行声明文を見ているランカたちも同じ気持ちだった。
 アルトに至っては、拳を強く握り締め、行き場のない怒りを堪えるかのようだ。

「ねえ、アルトくん、ミシェルくん――
 シェリルさんを……助けにいかないの?」
「無理だ……ランカ」
「ここからじゃ、とてもじゃないが間に合わないんだよ」

 それが分かっているだけに、二人は歯痒い思いで一杯だった。
 アキトの強さは誰よりも理解しているアルトではあったが、さすがにアキト一人で、師団規模の正規の軍人を相手に出来るとは思っていない。
 なんとか助けに行きたいと言う気持ちは強かったが、それでもフォールド断層と言う時間の壁を、どうすることも出来ないことは、アルトにも分かっていた。

「それなら、ルリさ――撫子商会に頼めばっ」
「ランカちゃん、それは無理だ」
「――どうして!?」
「これは新統合軍の内部の問題だ。そこに外部から、しかも民間企業である撫子商会が干渉することは難しい。
 たとえ、シェリルがそこに関わっていたとしても、内政干渉にあたる行為を彼らが率先して行なう理由にはならないんだよ」

 ミハエルの言うことは正論だった。
 それにミハエルも、撫子商会の技術が優れているとは言っても、フォールド断層をどうにか出来るほどとは思っていなかった。
 もし、そんなことが可能だとすれば、商会の技術力はOTMを凌駕すると言うことになる。

「一つだけ、方法があるかも知れません」

 必死に訴えるランカを見て、ルカはその重い口を開く。
 それはルカにとっても、諸刃の刃とも言える行為に他ならない。だが、ルカは友人のため、大好きな先輩のためにと――
 罰を受ける覚悟で、その解禁を口にした。
 LAI技術開発部特別顧問としての顔で――






「この星にはとんでもないお宝が眠っているそうだ。船とそいつがあれば、オレたちは自由さ!」

 テムジンの演説に歓声を上げるゼントラーディ達。
 彼らはクァドランを含む兵器を抑えたばかりか、倉庫に眠っていた反応弾まで掘り出していた。
 今にも戦争を起こそうかと言う気迫が、彼らの熱気から伝わってくる。

「マイクローンどもが現れるまで、この宇宙の支配者はオレたちだった。
 戦って! 奪って!! オレたちの栄光を取り戻すんだ――っ!!」

 テムジンは酔いしれていた。求めていた戦い――それが現実の物となって、もう少しで手の届くところに近づこうとしていた。
 ゼントラーディの本質は戦いにこそある。それがテムジンにとっての理想であり、本能であり、戦争を望む理由だった。
 歌にほだされ、文化という脆弱な存在に現を抜かす今のゼントラーディは、テムジンにとっては、悪しき風習の象徴でしかない。
 師団規模のクァドランを保有するための船、そして反応弾と、この星のどこかに眠るという秘密兵器さえ手に入れば、今の腐った体制を覆し、ゼントラーディの時代を取り戻せると、彼は本気で信じきっていた。
 自分ひとりでは正直言って難しかったのは事実だが、いつかは実行しようと仲間を集め、準備を進めていたと言う背景もある。

 だが、そんな中、彼の決起を決意させたのは、ある人物からの誘いだった。

 はじめは胡散臭い奴、そんな甘い誘いに乗るものかと言うのがテムジンの考えだった。
 だが、その人物はフロンティアの航路から、計画に至るまでの様々なデータをテムジンに提示し、今回の計画に乗ってくるか否かをテムジンに説いた。
 最初は訝しんでいたテムジンではあったが、自分だけの力では思うように計画を実行することは確かに難しい。
 胡散臭い相手ではあったが、情報を提供してもらえるのであればと、その案に乗ることにしたのだ。
 事実、シャトルを押さえることには失敗したが、ここまでの推移は概ね予定通り行っていると言っていい。
 恐れていたオゴタイの船の主砲も、シェリルのこともあって、躊躇して撃てないでいた。

「フ……ここまでは計画通り」

 テムジンが順調な計画に、その表情を緩ませたその時だった。
 東の空から、一体の白いエステバリスが姿を現す。

「なんだ、アレは!?」
「あいつはこないだの!!」

 突然の敵襲に慌てるゼンラーディ達。
 テムジンの目に映る機体――そう、それはアキトの乗るエステバリスだった。



「断層の影響を受けない新型のフォールド機関!?」

 そんなもの出来るはずがないと思っていた物が存在する事実に、ミハエルは驚きを隠せない。
 しかもそれはルカがLAIで開発を進めている物だったと言うから、驚きを通り越して呆れ返ってしまっていた。
 フォールド断層の影響を受けず、一定の距離ならば、一切のタイムラグなしにどこにでも一瞬で飛べるフォールド機関。
 こんなものが市場に出回れば、宇宙は今の数分の一と言う広さになり、大きく航路やそこにかかる時間も短縮されることになる。
 文字通り、銀河が一つに繋がると言っても過言ではない――世紀の大発明だった。

「たく……とんでもないもん開発してるな。おまえのところ」

 今までの常識を覆す物の登場に、さすがのミハエルも頭がついていかない。
 しかし、問題は試作型と言うこともあり、これ一機しかLAIから持ち出せなかったことにあった。
 ルカも独断で、テスト運用と言う形で強引に持ち出しただけに、これ以上の無茶はきかなかった。

「バルキリーが一機行って、どうにかなるもんでもないと思うが……」

 相手の規模や目的を考えれば、アルトだけが行ってどうにかなるものでもない。それはミハエルやルカにも分かっていた。
 だが、このまま何もしないよりは、ずっといいと思う気持ちも二人にはあった。
 それは、アルトも同じだろう。そして――

「まて、ランカ! 自分がどれだけ無茶をやろうとしてるのか、分かっているのか!?」
「分かってるよ、お兄ちゃん。でも、わたし決めたの」

 ランカはアルトと一緒に行くことを決意していた。自分から言い出したことだと言うのもあるが、シェリルを助けたい。
 助けられてばかりではなく、何かを返したいと言う気持ちがあったから、それを決意したのだ。
 アルトとは違い、戦えない自分に戦場で何が出来るかは分からない。
 でも――

「お兄ちゃん、よく言ってたよね。後悔するくらいなら当たって砕け散れって」

 オズマは今まで、ここまで真剣な表情で、強く反発するランカを見たことがなかった。
 強く決意した目をし、その意志が絶対に揺るがないと言う事実だけを語りかけてくる。

「あたし、行きたい! シェリルさんに何も返せてない!!
 アルトくんのことも……歌のことも……だから……」

 アルトと同じように見守ってくれていたシェリルに、自分の出来ることをして、恩を返したい。
 友達が困っているから、大切な人が苦しんでいるのなら助けたい。
 それが、今のランカが出せる、精一杯の答えだった。



「いつの間にか、一丁前の女の眼をするようになりやがって……」

 アルトのVFに乗り、ガリア4に向けて飛び立っていくランカを、オズマは少し寂しそうな表情で見送っていた。

「知らなかったの? 女の子は突然、女になるものなのよ」
「……お前に言われてもな」

 ボビーにそんな風に慰められてもと、オズマは苦笑を漏らす。
 だが、そんなランカの成長を嬉しくもあった。そして気に入らないが、ランカの成長にアルトの存在が大きく影響していると言うのも認めてはいた。






「くそっ! ちょこまかと!!」
「敵はたった一機だ!! 何をやってる!!」

 空を飛びまわるエステバリスに翻弄されるクァドラン。
 数では圧倒的有利なのに、一度もその攻撃を当てることが出来ずにいた。それがテムジンにとっては奇妙で仕方ない。
 圧倒的な回避力で攻撃をかわし続けてはいるが、エステバリスからの反撃はまったくと言って良いほどないのだ。

「何を企んでいる……」

 歯軋りをしながら、上空を飛び交うエステバリスを睨むテムジン。



「本当にいいのか? シェリル」
「大丈夫、やれるわ」

 罠であることはシェリルにも分かっていた。
 それでも、ガリア4に来たのは、グレイスに対して逃げないで、立ち向かうと言う意志を見せるため――

「当然、一発も当たってあげる気はないんでしょ?」
「愚問だな。誰に言ってる」

 アキトの腕をシェリルは誰よりも信頼していた。だからこそ、恐怖などない。
 幾重もの光が交錯する中、まるで舞うように飛び跳ねるエステバリスの中、シェリルはあの歌を口にする――

「私の歌をきけ――っ!!」

 エステバリスに取り付けられたスピーカーポッドから、声を張り上げるシェリル。
 その妖精の声に、いつしか彼らの攻撃はその手を休めていた。



「この歌――」

 ガリア4にフォールドアウトしたアルトとランカの耳に届いたのは、オープンチャンネルから聞こえてくるシェリルの歌声だった。
 妖精の旋律――そう呼ぶに相応しい歌声に、助けにきたことも忘れ、思わずランカも聞き入ってしまう。

「やっぱり、シェリルさん――すごい」

 ランカは思わず感嘆の声を漏らす。自分が理想とし、夢にみた妖精の姿がそこにあった。
 先程まで喧騒としていた戦場に、静寂をもたらした妖精の歌声は、その場を完全に支配していた。
 オゴタイの兵士も、テムジンの兵士も、ともにその手を休め、歌に聞き入っている。

「バカな……くそっ!! ほだされやがって!!」

 だが、テムジンだけは、シェリルの歌に魅了されずにいた。
 暴走した強い戦いへの執着と、歌に対する嫌悪感が彼の意識を蝕んでいたため、他のゼントラーディと違い、目的意識を失わず自我を保ち続けていたのだ。
 テムジンはクァドランに乗り込むと、アキトのエステバリスに向かって雄叫びを上げながら迫る。

「テメエさえ、いなければっ!!」
「――!?」

 アキトにも僅かに油断があった。
 攻撃の手が止んだからと言うのもあるが、アキト自身もシェリルの歌に意識を傾けてしまっていたのが災いした。
 テムジンのクァドランから放たれたライフルを、機体を掠らせながらもギリギリのところで回避するアキト。
 だが、この時のために設置してきていたスピーカーポッドに攻撃が掠り、歌が中断してしまう。

「く――っ!! しまった!!」

 伝説の歌姫『リン・ミンメイ』に習い、歌でゼントラーディの心に訴え、無益な衝突を避けようとしたところまではよかった。
 だが、アキトとシェリルにとって最大の誤算は、テムジンの戦いにかける想像以上の執着にあった。
 それだけ、テムジンの想いが強かったと言うことだが、そんなことを言っていられる場合ではない。
 突然止んだ歌に、ゼントラーディたちの間に動揺が走る。
 テムジンの動き次第では、再び暴徒と化す可能性があるだけに、アキトは苦渋に満ちた顔を見せる。

「アキト、わたしを外にだして――スピーカーが使えないなら外からでも」
「馬鹿を言うな!! この状況で外に出たら死ぬぞ!!」
「でも、このままじゃ――」

 また、戦いがはじまってしまう。シェリルがそう言おうとした瞬間だった。
 シェリルとは別の旋律が、空から彼らに降りそそぐ。

「え、歌? それに、この声は――」
「あのVFは……」

 スピーカーポッドを装備したVF−25が空から舞い降りた。
 もう一人の新たな歌姫を乗せ――



 ランカは願う。

 ――私にも、きっと出来る。シェリルさん、見ていて下さい。
 そしてアルトくん、みんな、私に勇気を――

「次から次へと!! テメエ!!」

 逆上していたテムジンには、ランカの歌声も届かない。だが、二度もその攻撃を許すアキトではなかった。
 素早くテムジンのクァドランに距離を詰めると、DF(ディストーション・フィールド)を前方に展開し、クァドランを弾き飛ばす。

「ぐあ――っ!!」

 吹き飛ばされ、そのまま湖に叩きつけられるテムジン。

「邪魔はさせん……悪いが、永遠に眠っていて貰うぞ」
「オレに指図するんじゃねえ!! 歌だ? 文化だ!? ふざけるな!!
 戦いこそがオレたちゼントラーディの命――オレたちの血なんだっ!!」

 テムジンの怒りはアキトのエステバリスへと向かう。
 冷静さを欠いているとは言え、ゼントラーディの上級兵。第33海兵部隊で一番のエースパイロットであるテムジンの攻撃は、さすがに他のクァドランとは一線を画すものだった。
 だが、機体がブラックサレナではないとは言え、アキトも、クァドランに遅れを取るほど甘くはない。

「――なに!?」

 ライフルの弾から逃げるどころか、正面から向かってきたエステバリスに、テムジンは意表を突かれる。
 DFに弾を掠らせるように機体をそらせ、クァドランに一気に距離を詰めるアキト。
 クァドランの懐に飛び込むと、そのまま、抜き身にしていた拳を振り上げ、その腹部を一気に貫いた。

「がは――っ!!」
「お前が何を喚こうが、叫ぼうがそれは自由だ。
 だが、オレはオレの守るものを傷つけようとするものに容赦はしない」
「くっ……甘いことを……」

 火花を散らせながら落下していくテムジンのクァドラン。

「覚えておけ、宇宙は二種類の生き物が生きられるほど、広くは――」

 その機体の中で血を吐きながらも、テムジンは最後に呪いのような言葉を残していった。



「…………」
「シェリル? 済まない、少し揺らしすぎたか?」
「ううん、違う。ただ、彼の言葉が少し気になって……」
「気にするな。少なくともオレにも、彼らにもキミの歌は届いた。それに――」

 いつの間にか完全に戦闘を停止し、敵味方関係なく、笑顔でランカの歌に聞き入っているゼントラーディ人の姿があった。

「ほんと、いい歌ね」

 その歌声に乗せ、「キラ☆」っと星のきらめきを弾かせるランカに、思わずシェリルも笑顔を零していた。
 少なくとも、これだけの人々の心にその歌が届いたのは、彼女の力に他ならない。
 一足早く、ガリアの空に、新たな歌姫の旋律が鳴り響いていた。





 ……TO BE CONTINUED

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