それはテンカワアキトがこの世界に現れる数ヶ月前のこと――
「じゃ、プロスさん、この件はこちらの指示通り進めてください。
それで、ギャラクシー進出の件はどうなっていますか?」
「あちらはインプラントやサイバネティクスの研究が盛んですからね。
ナノマシンコントロールの技術提供と、VFに変わる人型兵器の話を持ち出したら食いついてきましたよ」
「では、そちらはそのまま継続してください」
プロスが頭を下げ部屋を退室する。そう、ここは撫子商会の旗艦、ルリの執務室だった。
この世界に流れ着いて二年半以上、ルリがナデシコの仲間達と行ったことは、政府や軍にも負けないほどの巨大な商社を作ることだった。
ルリ達の世界と違い、この世界の人類は二度、滅びを経験していると言っても間違いではない。
一度目はプロトカルチャーと呼ばれる先人類の滅び、そしてもう一つは、ゼントラーディと人類の戦いによる第一次星間戦争。
この二度目の戦いは今から約五十年前に起こった。
そのことにより人類の大半は死滅し、残った人類も地球を捨て外宇宙に新天地を求め旅立つことを余儀なくされた。
だが、ルリ達はこれはある意味、自分達にとっては都合のよい物と考えていた。
アキトを追って木星圏まで行ったはいいが、遺跡の暴走に巻き込まれ、未知の世界に飛ばされてしまう。
そして情報収集を行ってみれば、そこは自分達の世界とはまったく異なる未来を歩んだ別の世界だということがわかった。
そこで危惧視されたのは、その世界に自分達が馴染めるかどうかだったが、これは思いのほか上手くいったと言えるだろう。
政府や軍が統括しているとは言っても、この世界のあり方は法治国家とよぶには穴だらけであると言えた。
この世界には、企業、国家、個人、様々なフォールドシップが銀河を自由に航行しており、人類播種計画という大命の下、それは大した制限もなく大っぴらに行われている。
半世紀ほどの間で新マクロス級と呼ばれる巨大移民船団が二十隻以上、企業の船団や個人シップなども含めればその数は途方もない数字に登るだろう。
これは個人を特定するための戸籍や認識票を持ってしても、軍や政府が把握し切れていない船や人物が多数存在すると言った現象を当たり前の物としていた。
当然ながら、地球統合政府はそれらを把握するための体制は整えてはいるが、それでもそれは新統合政府が各船団を監督するが故に出来ることであり、企業の船団や個人シップ、植民惑星などすべてを把握しているというには程遠い物と言えた。
ルリ達はそこをつき、この世界に自分達の存在と、そして新たな居場所を作り上げることに成功する。
それが――撫子商会。僅か二年にして銀河を代表するトップ企業の一角にまで登りつめたと言われる、銀河でもっとも勢いのある新鋭企業だった。
「アキトさん……」
写真に写る一人の青年をその金色の瞳で優しげに見詰めるルリ。
テンカワアキトは未だ、この世界で発見されていなかった。
あの事件からすでに二年以上――あの場にいた火星の後継者を含め、一緒に飛ばされたナデシコのメンバー以外は誰一人見つけることが出来ていない。
この商会を作ったことも、当初は一緒に飛ばされた可能性がある遺跡の確保と、火星の後継者の残党の確保、または始末、それにユーチャリスの発見が目的だった。
だが、そのいずれもまだ果たされていない。
資本主義の流れに押され、戦後五十年という流れの中で力を弱らせたとは言え、この銀河にあれだけの組織力を持つ新統合軍ですら、この銀河すべての内情を把握しているとは言い難いのだ。
銀河は広い。なのに、それを僅か二年余りで見つけるなど不可能だとはわかってはいても、目に見える焦りは隠せそうになかった。
歌姫と黒の旋律 番外1話「プロローグ・ゼロ」
193作
「おはようございます、会長」
「おはようございます」
「きゃっ、ルリさまに挨拶を返されちゃった」
撫子商会の朝、本社ビルのロビーでは黄色い声が飛び交っていた。
それは商会の朝において、見慣れた当たり前の光景でもあった。
ホシノ・ルリ――撫子商会の創設者の一人にして、ナノマシン技術、重力制御技術の革新、VFに代わる人型兵器の開発など、様々な分野に関わり、その成果を見せる稀代の天才技術者としても呼び声高い。
そして輝く長い藤色の髪に、人形のように白い肌、人を惹きつけてやまない金色の瞳。
その容姿もあってか、この世界においても『電子の妖精』の通り名で、経済誌、ギャラクシーネットワークにも広く採り上げられ、ちょっとしたアイドル並みの人気を誇っていた。
「はあ……」
「お疲れのようですな。一度、まとめて休暇をお取りになっては如何です?」
「それが出来るほど、暇がないのは理解してます。そんなことを言うならプロスさんの方こそ、少しは休んでください。
総務部から苦情が来てましたよ。労働時間がすでに千二百時間以上超過してるので、いい加減休暇を申請してくださいって」
「はは、これは手厳しい。無論、取れるものならそうしたのは山々ですが、こればっかりはどうしようもないですな」
二人して苦笑いを浮かべるしかない。撫子商会は大きくなったとは言え、未だ成長を続ける新鋭企業の一角に過ぎない。
当然ながら商会の顔役、交渉役でもある二人は、それだけ仕事も出番も多い。
とても休みを取れるような状態ではなかった。
「そういえば、LAIの件ですが……」
「……あれはお断りしたはずですが」
「いやはや、わかってはいるのですが、あちらがまったく折れませんので……
向こうの顔を立てて、一度会うくらいはして頂けませんか?」
話は二ヵ月前に遡るが、マクロスフロンティアで催されたLAIの技術発表会でルリはある男から求婚を受けていた。
その男はLAIの会長の息子で、経済誌にもなんども大きく採り上げられており、次期LAIの後継者とも呼び声高い。
LAIはマイクローン技術からフォールド機関までというキャッチフレーズでも有名な、マクロスフロンティアを代表する大企業の一つだ。
資本力、技術力においても撫子商会と比肩するほどの大企業で、その知名度も民間、軍を含めかなり高い位置にいる。
社交界や政界への影響力という点では、まだ二年ほどにしか満たない撫子商会とは比べるまでもなかった。
話的には撫子商会に取っても悪い話ではないのだが、ルリはあの男が気に入らなかった。
表面上は笑顔を繕って接してきてはいるが、実際には彼はルリの外見と商会の持つ技術力と資金しか見ていないことがわかっていたからだ。
LAI会長には息子兄弟や親類も多いと聞く。後継者候補としてはそのための実績と資金が否応でも欲しいのだろうと言うことが見て取れた。
それに、ルリにはまだ想い続けている相手がいる。
テンカワアキト――ホシノルリという少女を色眼鏡ではなく、一人の少女として接してくれた大切な家族。
その恋が報われるものではないと思ってはいても、ルリにはその想いを捨て去ることは出来なかった。
「ルリさんの気持ちはわかっていますが、ここは商会のためです。
会うだけでもお願いします。一度会ってきっぱりと断れば、向こうも納得するでしょうから」
「……わかりました。日程の調整はお任せします」
「ん〜、これはまずいわね」
「ですよね〜、ルリちゃん、可哀想です」
「でも、なんで急にお見合いなんて話になったんです?」
「向こうがルリちゃんのことを気に入ったんですって」
「うわ……それってロリコンってヤツですか?」
「確かに見た目には幼い感じが残ってるけど……それをルリちゃんが聞いたら怒りますよ」
その噂は社内の女性達の間でも話題になっていた。電子の妖精がお見合いをする。
ナデシコからルリのことを知る彼女達は、そのことを疑問におもっていた。
悪巧みをするように社内の会議室を貸し切って、ハルカを中心に、メグミ、そしてホーメイガールズを含むナデシコ組の女性陣が集まっている。
「で、これが真相ってわけか……」
「ルリちゃん可哀想過ぎます……」
色々と統合した結果導き出された答えは、会社の利益と私欲のためにルリが利用されているということだった。
さすがに同じ女として、仲間としてほっておけないハルカ達はお互いの意思を確認し合い、結束していく。
「それじゃ、みんないいわね」
「「「「「おおっ!!」」」」
一斉に声を上げる一同。ここにルリちゃん救出大作戦が秘密裏に可決された。
良い意味でも、悪い意味でも、悪ノリしてなんでもお祭感覚にしてしまうのがナデシコの良いところであり、ルリに「バカ」と呼ばせる要因となっているのだろう。
だが、裏を返せばそれだけルリのことを心配しているのだ。
仲間だと思っているし、妹のように大切な家族とおもっている。ナデシコとはそんな温かい場所だとアキトはよく言っていた。
「また、みなさんは……ま、でも協力しますよ。
ボクも艦長がそんな風に利用されようとしてるって言うのは頭にきますからね」
社内のモニタからその秘密の会議を目撃していた撫子商会――もう一人のマシンチャイルドの少年、マキビ・ハリは不敵に笑う。
最愛の姉にして、もっとも尊敬する女性、ホシノ・ルリ。淡い恋心も抱いた時期はあったが、今は違う。
純粋に姉のことを大切に思う――重度のシスコンだった!!
「クックック……いつか、テンカワアキトに使おうとしていた、このトラップで」
マキビ・ハリ、愛称ハーリーは黒い笑みを浮かべながら端末を操作する。
そこには『LAI抹殺計画』という物騒な文字が浮かび上がっていた。
「ところで、メグミちゃん? なんでステージ衣装なの?」
「テヘッ、読者サービスですよ。ミナトさん」
ハルカは心底、そんなメグミのサービス精神旺盛な態度に「大丈夫かな?」という思いで一杯だった。
マクロスギャラクシー、惑星エデン発の第21次新マクロス級移民船団。
民間企業主導の移民船団であり、その技術力は銀河でもトップレベルを誇る。有数の大企業が多数出資しており、インプラント技術にサイバネティクスを始めとする多くの最新技術が、ここから生み出されていた。
そんななか、撫子商会も例外ではない。昨今、急成長を遂げる撫子商会の一番の売りは、ナノマシン技術を利用した最新の医療技術と、VFよりも小型で工業用途だけでなく兵器運用としても最近注目を浴びているエステバリスの開発にあった。
撫子商会からしても、この世界の技術であるマイクローン、フォールド機関、そしてインプラントなどの技術に関してはやはり先方に一日の長があり、特定の分野を除けば他に遅れを取っているのが現状だった。
そのため、最新の技術力を有するマクロスギャラクシーに技術提供を持ちかける一方、更なる躍進を遂げるためにギャラクシー内に研究プラントの建造と、インプラントなどの技術交換を申請していた。
最初は急成長を見せているとは言え、名前を売り出したばかりの新鋭企業の参加に難色を示していたギャラクシーではあったが、結局、プロスとの交渉の結果、ナノマシンを含む医療、生物研究に関するプロジェクトを共同で進める一方、協力をするという形で折れることになる。
「では、今後ともよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。電子の妖精と、イネス・フレサンジュ博士にもよろしくお伝え下さい」
固く握手を交わし、交渉を終える二人。
プロスはこうして商会と多くの船団との橋渡しを行っていた。
撫子商会は半年ほど前に進水式を果たした旗艦『ヤマト』、ナデシコシティ『ヒメハマ』、商業プラント『ミヤマ』、産業プラント『フジ』の四つから構成される撫子船団を本拠地に構えている。
そのため、常に他の船団との貿易を行うことを本業としており、船団への物資の補給から娯楽の提供までを一括で担っていた。
そうした窓口となり、取りまとめるのがプロスペクター、『交渉人』と呼ばれる男の役目だった。
「ええ、こちらの方も交渉がまとまりました。すぐにでもスタッフを送り込んで作業に取り掛かれそうです」
『そうですか、ではそのようにお願いします』
ルリとの通信を終え、早速次の仕事に取り掛かるために移動をはじめようとするプロス。
彼はとにかく忙しかった。実際、眠っているのは『移動している時ぐらいではないだろうか?』と思わせるくらいに彼は働き尽くしである。
もっとも、プロスにしてみればそれはルリも同じなので、むしろ彼女の負担をどうやったら減らせるかといつも頭を悩ませていた。
そんな、車に乗り込もうとしていたプロスを呼び止めるように、一人の女性が後ろから呼び止める。
「失礼? あなたが、ミスター・プロスペクターかしら?」
「どちらさまでしょう? それに私のことはプロスペクター、もしくはプロスで結構ですよ。これは愛称のような物ですから」
「そう、じゃあ、プロスって呼ばせてもらうわ」
振り向きながらプロスは声のした方の女性に忠告する。
そこに立っていたの綺麗なブロンドの髪、そして宝石のように澄んだ青い瞳をした美少女だった。
だが、プロスはその女性のことを一方的ではあるが、よく知っていた。だが、彼女が自分のことを何故知っているかはわからない。
少なくとも最近、ギャラクシーネットワークで話題をさらっている彼女のことだ。
傍にいるものいずれか、船団の関係者のいずれかに自分のことを聞いたものとプロスは考えていた。
「私のことはご存知? シェリル・ノームよ」
「はい、それはもう。それで銀河の妖精と名高いあなたが私になんの御用ですかな?」
「あなた、あの商業船団『撫子商会』の交渉人って呼ばれている人なんでしょ?
だったら、色々なところに行く機会があるわよね?」
「まあ、それは仕事柄、多くの船団に出入りしますが……それが何か?」
「これを……」
そう言ってシェリルが差し出してきたイヤリングを見て、目を細めるプロス。
見たこともない赤い石。ルビーや宝石のようで、プロスの目でも一目でわからない不思議な輝きを放っていた。
「……これは?」
「母の形見なの……でも、このイヤリングのことは調べても何もでてこなくて」
「そうですか、お母様の……では、知りたいというのはこの石のことで?」
「ええ、そうよ。その石がどこで作られたものかを調べて欲しいの」
「ふむ……では、この石は預かってもよろしいのですかな?」
「それは……」
「では、こうしましょう。石の成分を分析するために少しだけ削り取らせていただきます。
さすがに何もなしでは、こちらも探しようがありませんので」
「……わかったわ」
プロスはそういって懐から出した護身用のナイフをイヤリングの一部に当てると、その部分を僅かに削り取る。
だが、少し削り取れたといえ、その欠けたナイフを見てプロスは驚いた。
エステバリスなどでも使用されている特殊な合金で作られているそのナイフの刃が欠けたということは、少なくともそれと同じくらいかそれ以上の固い材質で出来ているということだった。
だが、プロスには嫌な予感があった。単に変わった石であればよいのだが、この石からはCCと同じような不思議な気配を感じたからだ。
「でも、なんで何も言わずに引き受けてくれる気になったの?」
「ふむ……私も興味を惹かれたからですよ。その石と、あなたに」
「わたしに?」
「ええ。今時、母親の手がかりを追って、自分で調べようとするなんて健気ではないですか」
「そんなんじゃないわ……知る手段があって、可能性がある。
それなのにわたしは何も知らないままなんて納得できないだけ……
グレイスはそんなことは気の迷いだっていうけど」
「そうですか。そのグレイスさんと言うのがあなたのマネージャーさんでよろしいので?
だとすると、ご一緒でないところを見ると、これは極秘でということでよろしいですかな?」
「ええ……お願い」
「承りました」
大体の事情をそれだけでプロスは察する。話だけを聞くにそのグレイスという人物や彼女の周りは、彼女にあまりそのことに関して触れて欲しくないようだ。
あくまでそれはプロスの憶測に過ぎなかったが、彼女が真実を求めているということは理解できた。
削り取った石を綺麗にハンカチに包むと、プロスは次の仕事のためにその場を離れようとする。
「では、私はこれで」
「まって!! 報酬は!? わたし、その……今はたいしてお金も持ってきてないけど」
それが依頼である以上、相手が名前を名乗ってビジネスでここにきている以上、依頼に対する報酬という物は絶対だった。
少なくとも、なんの見返りもなしと言うのは有り得ないことをシェリルは理解している。
彼女もまた、そうした世界で名声と富を得ているのだから――
「そうですな。では、今度お会いしたとき、こちらの情報と引き換えに『銀河の妖精』として仕事を請けていただくと言うことで」
「……そんなことでいいの?」
「ええ、これはビジネスです。目の前の大金よりも、私は将来もっと大成するであろう、あなたの歌手としての価値に期待します」
そのプロスの目は嘘を言っていなかった。シェリルに言っているのだ。
対価を支払えるほど成長した姿を次は見せて下さいと――
「いいわ。なってやろうじゃない……ギャラクシー、いえ銀河で一番の歌姫に」
「期待してます」
最後にシェリルに微笑みかけ、車で立ち去っていくプロスの後姿を彼女は忘れられなかった。
そしてこの後、シェリルが銀河で最高の歌姫と呼ばれる日が来ることを、この時の彼女はまだ知らない。
どこともわからない不思議な空間。そこが現実なのか? はたまた夢の中なのか? それはそこにいる当人達しか知りえない。
「撫子商会か、この時期にイレギュラーは困るぞ」
「でも、彼等を拒む理由がないわ。それに彼等の持つ技術も魅力的だし、利用してぽいしちゃえばいいのよ」
「そんなに簡単なもんか? あのプロスって野郎はどうも食えねえタイプだぜ」
「いずれにしても、計画に変更はない。すでにフェアリープロジェクトは開始された。
以降、フェアリー9を監視しつつ、商会の動向も伺う……我らの計画の障害に成るときは――」
グレイスはそっと目を開ける。そこは研究室(ラボ)の一室のような、白く無機質な部屋だった。
その身には一切服をまとってなく、機械から伸びた管のような物が身体に付けられている。
目を覚ましたグレイスは、そっと立ち上がり、その管を身体から無造作に抜き取る。
「排除できる存在ならいいわね……」
サイボーグの自分が汗をかくとは彼女も思わなかった。それほど、嫌な予感を彼等は感じさせてくれる。
撫子商会――公式記録には確かにちゃんと存在はしているが、あれだけの技術力を有しながら二年前まで一度もその名を耳にした事がなかったと言う点が不審でならなかった。
商会の窓口と言われる交渉人もそうだが、電子の妖精とよばれる少女も侮れないとグレイスは考える。
幾度となく、ギャラクシーは彼等のことを探るために電子戦を含むあらゆる調査を行った。
だが、そのいずれもが自分達の大敗と言う結果で終わっていた。
だからこそ、彼等のその根拠のない自信が、計画の足下を救いかねないのではないと危惧していた。
「わからないことだらけ……でも、少なくとも敵にはなって欲しくないわね」
グレイスの願いは空しく、その数奇な運命に掻き消されることとなる。
すでにシェリルとプロスが接触するというイレギュラーが起きたことで、計画が足下から崩れだしているということを、彼女達は知る由もなかった。
「いや〜、相変わらずお美しい」
キザな言い回しと共に現れたのは件の人物、LAIの御曹司だった。
ここはマクロスギャラクシーでも有数のホテルの三ツ星レストラン。
今回の商会とギャラクシーとの商談のタイミングを利用して、ルリはこの御曹司と予定していた食事、もといお見合いをしていた。
もっとも、ルリにしてみればまったくと言ってよいほどその気がないのでお見合いとは言えないかも知れない。
本人にしてみれば、あくまで建前で仕事のために食事にきているに過ぎなかったのだから――
「お世辞は結構です。それで、どのようなご用件でしたか?」
「何をつれないことを、ぼくたちは将来を伴にする身――」
「どう勘違いをしたらそうなるのかわかりませんが、私はまったくあなたに興味がありませんよ」
「ぼくにはあるんだよ。むしろキミの魅力でまいってしまったと言ってもいい。そうか、照れているんだね?」
その会話にもなっていない御曹司の一方的な愛の告白を、物陰からこっそりと観察していたハルカとメグミはただ開いた口が塞がらなかった。
「恥ずかしい人ですね……」
「でも、ルリルリも上手くかわせるようになったわね」
「それでも、あの人にはまったく通じてないようですけど」
ルリの遠まわしな嫌味にも、まったく意に返した様子もない御曹司。
バカなのか、それとも心が広いのか、むしろ前者なのだろうが、その暴走は止まることを知らず加速していく。
「今日はここのホテルの最上階のスイートをあなたのために抑えてあるんです」
「それは残念です。私はこれから仕事がありますので」
そう言って立ち去ろうとしたルリの前を、御曹司が連れてきた体格の良い巨体のボディガードが二人立ち塞がる。
「どいていただけますか?」
「プロスさんの方にはぼくの方からご連絡しておきますよ。さあ、ルリさんこちらに」
それを見ていたハルカとメグミは焦った。まさか、見合いの席で相手があんな強硬手段に打って出るとは思わなかったからだ。
だが、ハルカの行動は早かった。「ど、どうしましょ!!」とメグミが慌てているのを尻目に一気にルリの元へと駆け出す。
「ルリルリっ!!」
「ぎゃ――っ!!」
駆け出し、颯爽とルリを助けるはずだったのだが、それよりも早くボディガード二人と御曹司が床に転げ伏していた。
「なんの準備もしないでここに来ているはずがないですよ? ご苦労様です。サブロウタさん」
「いえいえ、姫さまを御守りするのが騎士(ナイト)の役目ですから」
ルリが呼ぶと姿を現すサブロウタ。特殊な光学迷彩のスーツに身を包んだタカスギ・サブロウタがそこに立っていた。
よくわからないと言った状況に目を丸くして二人を見るハルカ。
「えっと、状況が読み込めないんだけど……」
「LAIが商会とのコンタクトを取ろうとこの人を利用していることがわかったんです。
おそらくは裏で何者かが意図を引いていたのでしょうが、私の身柄を交換に商会から船団と技術を根こそぎ泥棒するつもりだったのかと」
「って、ちょっとそれって犯罪行為よっ!?」
「ええ、だから新統合軍、いえ政府もこのことを黙認している可能性があります。
私たちは随分と嫌われているみたいですから」
おそらくは一部の暴走した軍人やそれに同調したLAIの上層部の人間の行ったことなのだろうが、あまりに杜撰であるとしか言えなかった。
最悪、このバカな御曹司に責任を押し付けて言い逃がれるつもりだったのだろうが、そうは問屋が卸さない。
『こちらの方は無事に抑えましたよ。例の証拠も一緒です』
「お疲れ様でした。では、この人達の身柄は彼等に預けます」
『よろしいのですか? 新統合軍と言えど、同じ身内ですよ?』
「構いません。その代わり今回の件は貸しにしておきます」
結果はこうだ。彼等の企みを知ったルリは、プロスと結託して彼等の動向を窺がうように罠を仕掛けた。
その一つがこのギャラクシーでの商談とお見合いであったと言うわけだ。
ルリがプロスから離れれば、彼等は必ず行動にでると読んでいた。軍や政府の人間にLAIと通じている人物がいる以上、プロスが商談でルリの傍から離れていることは彼等の耳にも当然入っている。
案の定、彼等は連絡を取り合い、今回の計画を遂行することを取り決めていた。
その密会の現場をルリは押さえ、取引の内容の証拠と共に新統合軍に売り払ったのだ。
このことが明るみに出れば軍も政府も、市民からの支持を大きく失う事に成りかねない。
それ故に、彼等に貸しと言う形で、この件の処理を軍に委ねることで決着した。
「私たちの心配って一体……」
「すみません。お二人には言っておくべきでした……」
「い、いいのよ。私たちが勝手に勘違いしたんだもんね」
床に突っ伏し、落ち込む二人を励ますルリ。だが、彼女達は忘れていた。
ルリのためをと思い、一緒に結束を固めた仲間達が他にもいたことを……
「ホーメイガールズで〜す!!」
「(ちょっと、私たちいつまでこんなことをしてなきゃいけないの!?)」
「(ミナトさ〜ん、メグミちゃ〜ん、早く来てよ〜!!)」
ホーメイガールズの四人は、ホテルのすぐ傍で路上ライブを敢行していた。
それと言うのもルリを脱出させたあと、ライブ会場で落ち合い、衆人に紛れて追っ手を撒くというのが彼女達の計画だったからだ。
そのため、急遽近くの公園を抑え、彼女達のマネージャーも兼ねるプロスにあとで怒られることを覚悟の上で、四人はこの路上ライブを行っていた。
ホーメイガールズはギャラクシーヒットチャートでも毎回上位にランキングする人気ユニットの一つだ。
それ故に、突然のゲリラ的ライブにも関わらず、たくさんの人が集まっていた。
すでに始まって三時間。持ち歌もすべて歌い終え、トークショーなども挟みながら遂にはアンコールにまで突入している。
だからと言って観客の熱は冷めることなく益々ヒートアップしていた。
いつもなら、ここで抑え役のプロスがいて、しっかりとしたスケージュール管理でライブの調整もしてくれるのだが、彼がいない以上、ルリがこないことには彼女達にライブを中断する術はない。
「二人とも〜!! 早くきてよ――っ!!」
その悲痛な叫びが、二人に届くことはない。
その頃の二人は言うと――
「美味しいですね、ミナトさん」
「うん、まあ、結果オーライってことね。あ、ルリルリそっちの料理もとってくれる?」
「はい」
三人で仲良く三ツ星レストランの食事を味わっていた。
「そういえば……なんか、忘れてませんか?」
「そう? ん〜〜、まあ、忘れてるなら大した事じゃないんじゃないかしら?」
「そうですよね。あ、ずるいです。私にもそれ取って下さい」
「お二人とも、まだありますから……」
哀れ、ホーメイガールズ――合掌。
その翌日、メディアには『ホーメイガールズ、ギャラクシーケミタルプラント内の公園で夜通しゲリラライブ決行!』と大きな見出しでテレビや雑誌に取り上げられていた。
このことが話題性を呼び、僅かながらも彼女達の翌週のヒットチャート順位が上昇したとかなんとか。
「なんだ!? これは――!!!」
「ぼっちゃん、大変ですっ! 我が社の株価が急落しています」
その頃、LAIは混乱の極みにあった。突然の裏帳簿の発覚――身内のスキャンダル、それに伴う株価の下落。
情報統制しようにも、その裏を何者かが先手を打っているように何事も上手くいかず危機的状況を迎えていた。
これから数ヶ月――LAIは企業としての信用と力を立て直すのに時間を費やす事になる。
潰れなかっただけ幸いとは言えるが、実際にはルリに見つかったハーリーが説教を食らい、その一歩手前で手を引いたからに他ならなかった。
マキビ・ハリ、彼のシスコンは未だ治っていない。
それから数ヵ月後――
「所属不明の未確認機に告ぐ!! 直ちに武装を解除し、我々の指示に従え!!」
『ぐあ――っ! こいつ早い!!』
「おい! どうした02!!」
それはまさに黒い死神の成せる技だった。
ギャラクシーに所属する新統合軍、民間ブロバイダーを含む混合軍一個中隊が、その謎の黒い機体に蹂躙され、成す術もなく破壊されていく。
まさに悪夢とも言ってよいだろう。こんな嘘のような光景を自分達が目にすることになるとは思っていなかった。
「バ、バケモノめ」
それが新統合軍中尉が最後に通信で口にした言葉だった。
強すぎる謎の機体――それからしばらくしてその機体は突如としてその宙域から姿を消す。
たった一言、謎の言葉を残して――
「ラピス――」
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
WEB拍手の返信はこちらで。