【Side:太老】
――転生≠竍憑依≠ニ言うものを知っているだろうか?
SS然り、FF然り、二次創作などで使いまわれた御馴染みの設定だが、本当にそんなものがあるなどと誰が思うだろう。
だが、現実にそれ≠ヘ俺の目の前にある。否定したくても否定できない無情なる現実として――
「――太老ちゃん」
そうやって俺の名前を呼ぶ女性。現在の俺の母親であり、名を『正木かすみ』と言う。
腰まで届く艶やかな黒髪。端正な顔立ちに、モデル顔負けのプロポーション。そして俺に向けられる柔らかな表情。
母親でなければ、確実にお近づきに成りたい和製美人だ。
そして、今の俺はと言うと、現在、その母親の腕の中であやされている。
そう、気がつけば赤ん坊だった。
自分でも何を言っているのか分からないが、それが今俺が置かれている現実なのだ。
今の俺の名前は『マサキタロウ』と言うらしい。本当、この名前を聞いた時は嘘であって欲しいとおもった。
しかし、赤ん坊の前だからと油断していたのだろうが、彼女はとんでもない事をしてくれた。
しれっとした顔で、空間モニターを出して知り合いと思われる女性と話をしたり、明らかに現代科学で説明がつかない瞬間移動や空中浮遊と、普通ではありえない#常識のオンパレード。
その事で気付いてしまった。本当ならあって欲しくなかった事実。やはり『マサキ』とは、あの『正木』なのだろうと言う事に――
決定的な出来事はやはりあれだろう。砂沙美訪問。砂沙美が女の子になった記念日。
事実、その日は赤ん坊そっちのけで、正木家は大騒ぎだった。
こうなってくると、もはや疑いようがない。やはりここは、あの世界なのだろう。
そう――『天地無用! 魎皇鬼』と呼ばれるトンデモSFの世界。
異世界の伝道師 第0話『はじまりは突然に』
作者 193
俺は前世では極普通の一般人だった。何が普通かは甚だ疑問ではあるだろうが、理解して欲しい。
決してこの世界の住人のように手から光線をだせたり、原理不明の砲弾を弾くような謎のバリアなど張れない。
もちろん、車より早く走れたり、空を飛べるなんて特殊能力があるはずもない。
はっきり言おう――この世界は危険だ。
原作は和気藹々とした感じで見ている分は楽しいが、実際に当事者となった場合は、そうも言っていられなくなる。
生体強化や延命調整などトンデモ科学で、数百歳程度なら当たり前、数千、数万年生きているようなヤツらが
跋扈している世界だ。
特に正木と言うのも良くない。柾木家からすると分家に当たるが、それでも遥照の子孫に当たる以上、樹雷の血筋と言う事になる。
事実、俺の母親も銀河アカデミー出身の宇宙の秘密を知るものの一人だ。
たまにいないのは宇宙に行っていると言う事。
確か、GXPで正木海が『柾木家の試練』とか訳分からないものを受けさせられていたはず――って事は、このまま知らない振りをしたまま過ごしても、いつかは身内から真実を告げられる可能性が高いと言う事。しかも、下手したら最悪なカタチで……。
どうするべきなのだろう。このままでは下手をすれば、将来的に命を落としかねない。
平和に生きたい。しかし、それを状況が許してくれそうにない。
やはり、最低限、身を守る術は必要かも知れない。
そうこう考えている内に、柾木家に預けられるイベントが発生した。
「ふうむ……」
そして何故かこうなっている。現在、時刻は深夜、丑三つ時。赤ん坊の頭に変な機械をつけ、目の前で考え込むように唸っている女性。
赤髪にカニのような独特のヘアースタイル。そう、あのマッドサイエンティスト――白眉鷲羽だ。
現在、俺はこの鷲羽に拉致されて、彼女の研究所でモルモットにされかけていた。
少し考えれば分かる事だったのに、赤ん坊らしからぬ態度。それが彼女の目に留まり、今のこの状況がある。
よりによって、『関わりたくない人物』に入っている重要人物に目をつけられるとは……。
「まさかとは思ったけど、前世の記憶や経験を持ったまま生まれてきたのか。こりゃー参ったね。
かなり特殊なケースだけど、前例がない訳じゃない。赤ん坊とは思えない思考能力と状況判断力。
天地殿ほどじゃないとしても、あんたもかなり特殊な存在だよ」
バレバレみたいです。もっとも平行世界云々に関してはバレてない様子。
この世界の事をアニメで知ってました。なんて言っても、恐らくは信じて貰えないだろう。
下手したら、真実を知った上で、今以上の危険な実験に付き合わされかねない。やはり、ここは黙っておくべきだと心に決めた。
◆
なんでこうなったんだろうと思わざる得ない。
あれから三年。まあ、身を守る術が欲しいとは考えていたが、正直、こんな事は望んでいない。
だからと言って、あの鷲羽に目をつけられた俺に逃げ場などなくなっていた。
あれからと言うもの、色々と言い訳を作って正木家に度重なる訪問を続けた鷲羽。
傍目には、それは甲斐甲斐しいほどの通い妻――と言うのは冗談です。うちの親と交渉もとい結託して、『正木太老ハイパー育成計画』なるものを計画していた。
ところで、『ハイパー』って何?
「よし、後はこれとこれとこれも――」
取り出したるは色取り取りの栄養ドリンク。鷲羽お手製らしい。
成長期に必要な栄養バランスをしっかりと考えた『スペシャルメニュー』らしいのだが、絶対これなんか危ない物入ってるだろ。
しかし、この謎のドリンクを飲まないと言う選択肢は俺にはないらしい。
しかも、うちの母親は母親で、三歳児にアカデミーの勉強を強要する始末。
いくら前世の予備知識があると言っても、三歳ですよ? 三歳? 実際には天才でもなんでもありません。天地のような神がかった特殊能力もない極普通の一般人です。
それを言っても、分かってもらえないのだろうな……と、言うか諦めるしかないようだ。
「――オギャアァ!」
何? 赤ん坊? 抱いているのは柾木玲亜さん。横で天地の父親の信幸が、だらしない顔をして幸せオーラを漂わせている。
――ってことは、この子が剣士くん?
更に五年が経過した。最近では、剣士と一緒に柾木遙照樹雷改め、柾木勝仁に剣の手解きを受けている。
剣士と言うのは天地の父親『柾木信幸』と再婚相手の『正木玲亜』さんの間に生まれた子供――とは言っても、設定を知ってる程度の事で実は『異世界の聖機師物語』の主人公って事しか知らないんだよな。
原作を殆ど知る事もないまま、太老へと生まれ変わっていたのだから――
まあ、剣士に頑張ってもらおう。俺には関係ない事だ。
主人公属性を持って生まれた運命とでも思って、頑張って乗り越えてくれたまえ。
しかし、以前からずっと思っていたんだが、樹雷の関係者は血が濃すぎるんじゃないかと思う。
信幸も玲亜も、遙照こと勝仁の子孫。天地と阿重霞然り、親族結婚なんて当たり前と言わんばかりの親類関係だ。
確かに美人美女が多いが、正直俺は勘弁だな。立場上の問題も大きいし(とても平和に生きられると思えない)、性格はきつい、能力は化け物染みた連中ばかりだ。
そんな特殊能力はいらんから、出来れば普通の娘と付き合いたい。
「やあ――っ!」
「まだまだ、甘いの」
勝仁に簡単にあしらわれる剣士。だが、こいつは本当に五つの子供なんだろうか?
二年も先に勝仁に剣を習っていた俺に、僅か半年足らずで追いつこうと言う才能。
主人公属性恐るべし。柾木とは言っても、信幸と玲亜は元々は正木の出のはずだ。直系だから優れていると言うわけでもないだろう。
なら、やはり才能か。主人公補正と言うものがどこかでかかっているのかも知れん。
しかし、この爺さん。勝仁に至っては全く底が見えない。
多少強くなった自信はあるが、それでも勝つどころか一太刀だって入れられる気がしない。
それに天地に至っては原作通りなら、もはや人間ですらないし……。
最近、随分と慣れてきて、いや毒されてきたと言うべきか。慣れってのは怖いものだ。
しかし、これだけ周囲が化け物揃いだと、やはり今後の事を考えさせられる。
だが、このままだとどうなるんだろう? 俺の場合はなし崩し的に樹雷の事や宇宙の事を知っている訳だが、この剣士のようにある程度の年齢まで知らされないまま過ごすのが普通なんだろう。
かと言って、鷲羽が関わって両親(主に母親)と結託して『正木太老ハイパー育成計画』なるものを企てた時点で、俺の場合は前世の記憶云々関係なしに関わらされる事、必然だった訳だが。
まあ、行き成り宇宙に放り出されるようなことはあるまい。少なくとも地球にいれば安全なはずだ。
――と、思っていた時期もありました。
『ZZZは水鏡の撃滅宣言……樹雷の鬼姫のジェノサイドダンス!』
海賊の方々が焦っておられます。と、言うか水鏡の姿を目にした途端、すでに白旗上げてます。
どれだけ恐れられてるんだ、このバァー……お姉さま。あぶねえ! 地文に反応するんじゃねーよ!
一瞬当てられた殺気でマジ死ぬかと思ったよ!
何故、俺が宇宙に、しかも『樹雷の鬼姫』の二つ名を持つ神木瀬戸樹雷≠フ船『水鏡』に乗っているかと言うと、我ながらアホらしくも悔やまれるあの出会いが原因だったからと言っていい。
鷲羽やうちの両親からどんな話を聞かされたのか分からないが、俺の事は瀬戸にも伝わる事になっていた。
それに興味を覚えた瀬戸が、柾木家を訪れたついでに、俺のところに顔を出したのが今から一年前。俺が地元の中学を卒業した年の事だった。
瀬戸と言えば、俺の中で『関わりたくない人物』の堂々トップに君臨されるお方。ある意味で鷲羽より性質が悪い。
出来るだけ怒らせないように、尚且つ俺の事に興味を示さず、出来ればこのまま帰って欲しい。
取り敢えず、第一印象が大事だ。そう思った俺は――
「初めまして、綺麗なお姉さん。『神木』って、ノイケさんのご姉妹ですか?」
「まあ、随分と正直な子ね。気に入ったわ」
などと、我ながら心にもない事を言ったものだと思う。
結果、予想以上に気に入られてしまった。そう、気に入られてしまったのだよ……。
せっかく鷲羽や両親の手から逃れようと受験した東京の高校にもいけないまま、俺は中学卒業と同時に瀬戸に拉致され、こうして宇宙で海賊討伐に連れ回されている。
うちの両親も完全に懐柔されたらしく、「瀬戸様と一緒なら安心ね。良い経験になるから、しっかり頑張ってくるのよ」なんて、温かいお見送りの言葉を頂戴した。
「いや、全然安心じゃないですからっ!?」
なんて、言えるはずもなく、こうして今に至る訳だ。
だったら余計な事なんて言わなければよかったじゃないかって!? バカ言え! あの鬼姫だぞ!?
一言でも、「オバサン」とか余計な事を口にしようものなら、宇宙の藻屑と化している。
「そう言えば、あなたが宇宙に上がって、そろそろ一年が経つわね」
お馴染みとなっているいつもの席に横になり、こちらを見てニタニタと笑う瀬戸。
ニヤリと笑いながら、こんな話を持ち出すと言う事は、その話には何か裏があると言う事だ。
どうせ碌でもない事だろうが……。
瀬戸に付き添う女性、神木家第三艦隊司令官兼情報部副官『柾木水穂』。彼女の心労も計り知れない。
今も、表面上は部下の手前、顔に出さないようにと取り繕ってはいるが、内心は穏やかではないだろう。
彼女はあの遙照とアイリの娘。天地の亡き母親の姉に当たるらしいのだが、瀬戸の副官になってからと言うもの『瀬戸の盾』などと二つ名で呼ばれ、鬼姫同様周囲から恐れられているらしい。それもあってか、結婚どころか男の話も全然上がってこない始末。
まあ、概ねの原因は目の前にいるこの鬼姫――いや、瀬戸のせいなのだろうが不憫な話だ。
「太老くん、応援してるから……強く、生きてね」
何? その死亡フラグ満載のセリフ。心底心配した様子でハンカチで目元を拭いながら、俺を励ましてくれる水穂。
そういや以前、男の影が全くない水穂を心配して、アイリと瀬戸が悪巧みを企て、俺と水穂のお見合いをセッティングした事があったけ。
あれは絶対に水穂のためと言うより、自分達が楽しむためだったと俺は思っている。
あの時も、こんな風に水穂に励まされたんだよな……。瀬戸との関わりさえなければ凄く良い人だと思うし、親族って点を除けばかなりの優良物件だ。
そう言う意味では、俺も満更でもないんだが……やはり一番は、瀬戸との繋がりが色々と精神的にきつい。もれなく鬼姫がついてくるわけだ。
そう考えると「一生、男出来ないのでは?」と心配になってくる。
「で、何を企んでるんです?」
「内緒♪ でも、きっと楽しい事になると思うわよ」
いや、悪い予感しかしないんですけど……。
そうして、よく分からないまま、地球に帰省してよい事になった。
これはお払い箱と言う事だろうか? いや、そんなまさか……。
樹雷の鬼姫と言えば、「彼女に関われば『人生の真の終末』まで導いてくれる」と言われてはいるほどの世話好きであり、「そこに辿り着くまで地獄のような過酷な試練が待っている」と伝聞されるほどのお節介な人物。
実際、俺は彼女の思惑に片足を突っ込んでしまっている。そんな人間をおいそれと手放す瀬戸じゃない。
鬼姫の名前は、それほどに重く、性質の悪いものだ。
だとすれば、何故?
結論が出ないまま、地球に帰ってきた俺。
しかし、我が家に着くと同時に目の前が真っ暗になり、俺の意識は途切れていた。
【Side out】
【Side:瀬戸】
本当に面白い子。初めて会ったあの日、あの子は隠しているつもりだったのだろうが、私の目は誤魔化せない。
前世の記憶を持ったまま生まれてきた子。しかも、会った事がないはずの私達≠フ事を知っていた。
未来の知識を持っている様子からも、平行世界又は別次元の観測体≠ナある可能性が鷲羽殿のレポートで示唆されていたが、それも嘘ではないだろう。
天地殿同様、樹雷でも最高機密に当たる機密事項。樹雷王家の人間と言えども、神木と柾木を除けば彼の正体≠詳しく知る者は少ない。
だが、それだけ彼の置かれている立場や状況が特殊だと言う事だ。
どこまでの事を知っている≠フかは正確には分からないが、かなり根幹に関わる部分までの情報を持っていると推測される。
「ほんと、機密のオンパレードね」
本人は自分から率先して関わる気、口にする気はないようだが、彼の秘密が明るみになれば、彼は様々な組織からその身を狙われる事になるだろう。
だからこそ、早めに接触して関係を持ったのだが――
「さて、あなたの進む未来に何があるのか? しっかりと見させてもらうわよ」
本人は平和に生きたいようだが、果たしてそう上手くいくかどうか?
まあ、地球で試練≠受けている間、まだ二、三年、彼の行動次第では更に数年は時間的余裕が稼げるかも知れない。
その間に、私の庇護がなくても暮らしていけるよう、彼の居場所≠準備する必要があるだろう。
それに――
「水穂も案外、満更じゃないようなのよね。彼が帰ってきたら、本気で考えてみようかしら」
まだまだ、色々と楽しめそうね♪
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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