【Side:太老】
おはようございます。正木太老です。目が覚めたら、そこは巨大な原生林が生い茂る森でした。
何を言っているかは分からないだろうが、そうここは森、どこかの樹海の中なのだよ。
地球に着いて、真っ直ぐに家に帰ったはずなんだが、玄関先で意識を失ってからの記憶がない。
「一体どこなんだ? ここ……」
周囲を見渡してみるが、当たり前だがこんなところに他に人なんているはずもない。
見た事もない植物があちらこちらに生えているところから察するに、間違いなく地球ですらないだろう。
この状況、心当たりならありすぎるほどあるのだが、主に鷲羽とか鷲羽とか鷲羽とか……。
ああ、間違いなく鬼姫も絡んでいそうだ。別れ際のあの笑顔。何か企んでいるとは思っていたが、さすがにこんな事態は予想していなかった。
「マジ、勘弁してくれ……」
取り敢えず人のいるところを探そう。こうしていても、何もはじまらない。まずは、ここがどこかを確認しなくては――
それに、いざとなったら野宿でも構わないが、こんな未開の地では食料を確保するだけでも大変だ。
明らかに地球では見た事がない変なカタチの木の実とかがあるし、そのまま食えるかどうかも疑わしい。
一応、剣術の修行の一環で、剣士と一緒に勝仁に連れられて、現地調達の山篭り生活なんてした事もあるが、それも地球での事だ。
こんなどことも知れない場所でサバイバル生活なんて、普通は出来ん。つーか、やりたくない。何が悲しくて野生児のような生活を、現代人の俺がしなくてはいけないのか。
しかも怠け癖が禍してか、剣士のヤツって妙に生活力豊かだから、実のところ山篭りの修行では殆ど任せっきりだったのよね。
俺がやるよりもずっと効率よく食材集めてくるし、料理だって剣士が作った方が美味い。
剣士に働かせて、テントに引き篭もってニート生活してたら、様子を見に来た勝仁に怒やされましたよ。
出来る人間に任せて何が悪い! なんてヘタレ根性だから、過度の期待をされても困る。
「取り敢えず、人のいるところを探すしかないか」
気持ちを切り替え、重い足取りで森の中を歩いていく。
気分はブルーだ。これも『正木太老ハイパー育成計画』とやらの一環なのだろうか?
こんな未開の地に放置プレイって、一体俺に何を期待してるんだろう?
基本ヘタレでオタクな俺には、サバイバル生活なんて絶対に無理です。
「きゃああ――っ!」
そんな時だった。森に響き渡る女性の悲鳴。
――人がいる!
沈んでいた気持ちに光明が差し掛かる。考えるよりも先に、声のする方に足が向いていた。
道らしい道などない木々の生い茂る森の中を、人間離れした素早い身のこなしで駆け抜けていく。
ああ、自分で説明しててなんだが、俺も大抵人外になってきたな。元は極普通の一般人なのに。
というか、生体強化とかされた記憶もないんだが、いくら勝仁の修行がきつかったと言っても自分でもこれ≠ヘないと思う。
今、時速百キロくらい出てるんじゃね? やはり、鷲羽のドリンクが原因なのだろうか?
明らかに怪しかったしな……。
もう、普通の生活に戻れないかも知れない。そう思うと、少し悲しくなった。
「――なんだ!? テメエは!」
なんだ、こいつら?
歳の頃は十歳前後と言ったところか? その幼い少女を、人相の悪い男三人組が取り囲んでいた。
なんか、ギャアギャア煩いな――と足下を見ると違和感が。よく見ると、ヤツらの仲間らしい男を踏んづけていた。
うっかりスピードがつきすぎて、急に止まれなかったのが災いしたようだ。
勢いよく広場に飛び出したから、知らず知らずの間に踏みつけていたらしい。
「あー、悪い悪い。大丈夫?」
返事はない。ただの屍のようだ。
まあ、悪党ぽいしいいよね? しかし、こういうのも交通事故と言うのだろうか?
「テメエ、よくも仲間をっ!」
明らかに三下のセリフを吐いた後、目の前の男三人がナイフを構え、俺に襲い掛かってきた。
命を狙われるほどのことをした覚えはないのだが、さすがに黙ってやられてやる気はない。
「ぐげっ!」
「うがっ!」
「あべしっ!」
てか、弱すぎるだろ。戦闘描写なんて必要ないほど一瞬でカタがついてしまった。
でもま、これで分かったな。少なくともここは、恒星間移動技術もない未開惑星である可能性が高い。
生体強化ってのは、別に珍しい技術でもなんでもない。ギャラクシーポリス然り、海賊や、こんなチンピラだって、殆どのヤツがこの生体強化を受けている。
宇宙での生活に適応した体にすると言うのもあるが、主には身体能力の向上と老化を防ぐためだ。
樹雷のお偉いさんのように皇家の樹の力で、何千、何万年も延命調整を続けている例だってある。一般的な生体強化でも、地球時間で軽く数百年は生きられる。
宇宙へ進出している人類からすれば、極当たり前の技術と言って差し支えない。
だがどう見ても、こいつらは力を持たない未開人だ。生体強化も何も施されていない。
しかし、そうなると厄介だった。確か、未開惑星保護条約とかなんとかあったような。銀河連盟に加入していない恒星間移動技術の発達していない文明への過度の接触は、銀河法で禁じられているんだったよな。
本当に何を考えて、俺をこんなところに放り出したんだ? あの鷲羽と鬼姫は……。
「あの……危ないところを助けてくださり、ありがとうございました」
「ん? 助け……」
ああ、そういやこの娘、こいつらに襲われてたんだっけ。まあ何はともあれ、人を探していたところだったし、こうして無事に人に会えたのは幸いだ。
ここがどこかも分からない以上、今の俺は迷子と大差ない。余りに情報が不足しすぎている。
この星に恒星間移動技術がなければ自力で帰る事も出来ないのだし、迎えが来るのを待つしかないだろう。だとすれば、まずは衣食住を確保しなくては。
あれこれと考えていると少女が、『何かお礼をしたい』と言うので、恥ずかしながら『森に迷った』と言う事を伝え、他に人がいるところまで案内してもらう事にした。
「申し遅れましたが私、マリア・ナナダンと申します。勇猛な騎士様。あなたの、お名前を聞かせて頂けますか?」
「ああ、俺は――」
この俺、正木太老。
この時は知るべしもなく、これが異世界への第一歩だった。
異世界の伝道師 第1話『ハヴォニワの親子』
作者 193
人のいるところに案内して欲しい、と確かに言いました。言いましたけど、まさかこんなバカでかいお屋敷に案内されるとは……。
さっきのマリアちゃんだっけ? とんでもないところのお嬢様だったらしい。
通された応接間は、この部屋だけで俺の家より広いのではないかと思うほど、豪華でだだっ広いところだった。
出されたお茶も美味しい。鼻先を刺激するふくよかな香りといい、かなり良質な茶葉を使っている事が窺える。味と良い入れ方も上手い証拠だ。
この部屋にある調度品もそうだ。素人目にも、洗練された高級品だと言う事が分かる。
家主の趣味なのか、妙にキラキラしたものが多い気もするが、ギリギリの線で下品にならないよう配置も工夫されているようだ。
「初めまして、フローラ・ナナダンです。マリアちゃんを助けてくださったそうで、あらためてお礼を申し上げさせて頂きます」
「正木太老です。こちらも森で迷っていたところを彼女に助けて頂きましたし、どうぞお気になさらず。ところでつかぬことをお聞きしますが……マリアちゃんのお姉さんで?」
マリアと一緒に俺の前に現れたのは、年の頃は二十代そこそこと言った感じのスタイルの良い茶髪の美人。
普段から綺麗どころは見慣れているはずの俺だが、それでも目の前の女性には思わず見惚れてしまうほどの美人だ。
少し切れ目のかかった鋭い瞳、はちきれんばかりの大きな胸、そして気品溢れる佇まい。
あの銀河一のトップモデルと謳われた嘗ての雨音・カウナックのように、十分にモデルとしてもやっていける、とお世辞抜きに言える美女だった。
しかし彼女にこんな綺麗なお姉さんがいるとは――たまには人助けもしてみるものだ。
「もう、嫌ですわっ! でも、正直な方ですのね♪」
俺の目の前で、頬に手を当てて『きゃいきゃい♪』と身悶えてる女性、フローラ・ナナダン。
彼女が身悶えている隙にマリアが耳打ちをしてこっそり教えてくれたのだが、どうやらこの若さで不本意≠ネがらマリアの母親らしい。
娘に不本意≠ニ思われてるのもどうかと思うが、それよりも一児の母にはとても見えない。延命調整してる訳じゃないだろうに、さすがにこれには驚いた。
まあ、嘘も方便というヤツか? そのお陰で打ち解けたようだし。しかしこのパターン、以前にもあったような?
「でも、マリアちゃんはなんで一人であんなところに?」
「う……」
この屋敷や着ている物からも、マリアはかなり身分のあるところのお嬢様だと言うのは見て分かる。
あんなガラの悪い山賊風の男達がウロウロしてるような世界だ。
それなのに護衛もつけずに、良いところのお嬢様が森の中をうろつくなんて不用心極まりない。
しかしどうやら聞かれたくない類の話だったらしく、俺の質問にマリアは言葉を詰まらせ、視線を合わせないように目を泳がせていた。
そんなマリアを見て、フローラは大きく溜め息を吐いた。
「大方、ユキネちゃんのためでしょうけど、マリアちゃん。もう少し自分の立場ってものを自覚してくれるかしら?」
「……ごめんなさい。お母様」
マリアの話では、その『ユキネ』と言う従者の子にプレゼントする物を作るための材料≠取りに森に出掛けていたらしい。
現在その子は『聖地』と言う場所に修行に出掛けているらしく、もうすぐその修行を終えて帰ってくるのだとか。
そのため、この保養地で落ち合う約束になっていたらしい。
昔から主従の垣根を超えユキネと姉妹のように仲のよかったマリアは、修行を終えて帰ってくるユキネに何か贈り物をしたいと考えていたらしく、出来ればカタチばかりでなく心の篭ったものをプレゼントしたいと考え、ユキネの好きな花を摘みに家人の目を盗んでこっそりと出掛けていたらしい。
その花で、勉強家のユキネのために押し花の栞を作ろうと考えたのだとか。
無茶苦茶良い子じゃないか! こう言う話に弱いんだよ!? 俺!
「じゃあ、俺と一緒にその花を探しにいこうか? 護衛がいれば問題ないんですよね?」
「え、まあ……しかし、娘の恩人にそのような事をしていただく訳には」
「この辺りの地理には詳しくないので、ちょうどそこらを見て周りたいと思っていたんですよ。それに、マリアちゃんが案内してくれると、俺としては助かるかな」
「――はい、是非にっ!」
余程嬉しかったのか? 身を乗り出し、声を張り上げて返事をするマリア。
やっぱり怒られて落ち込んでいる姿よりも、幼女は……ゴホッ! 子供は、こうして笑顔でいてくれる方が嬉しい。
フローラも結局、俺が責任を持ってマリアの護衛をすると言う話をすると、渋々ではあったが納得してくれた。
本当なら他にも何人か護衛をつけるとフローラは言ったのだが、何故かマリアが頑なに拒んだからだ。
「タロウさんなら、とてもお強いですから大丈夫ですわ。大勢、護衛を引き連れていかなくても、彼なら一人で十分ですっ!」
などとフローラに自信たっぷりに説明するマリア。
先程、山賊に襲われた時のことを思い出してか、興奮冷めぬマリアの話により、俺の実力は随分と誇張してフローラに伝わっていた。
確かに俺は身体能力の点において、生体強化もされてないような未開人に後れを取る気はしない。
とは言っても基本的に才能が乏しく、勝仁や剣士のように特別秀でた才能などを持ち合わせているわけでもなく、天地やその周囲の方々のように化け物染みた戦闘力や特殊能力などを持っている訳でもない。
並のヤツよりは強いだろうが、剣術もそこそこと言ったところだ。ぶっちゃけ勝仁は愚か、正面から戦えば剣士にも勝てる気がしない。
だがマリアの話を聞いている限り、俺は「ジュワ!」と変身でもして、宇宙怪獣とでも戦えるかのような勢いだ。
もっと凄いこと出来る人達を知ってますけどね。少なくとも俺にはそんな真似出来ませんよ?
◆
あれから三日、俺はフローラの厚意に甘えて、屋敷で厄介になっていた。
ここは国境近くの保養地にある彼女の別荘らしく、好きなだけ自由に使ってくれて構わないとのこと。
と言うか、これが別荘って。こんな大豪邸を別荘などと言い切れる時点で、並の金持ちではないとは思っていたが――
「え? マリアちゃんってお姫さまなの?」
「ええ、ここハヴォニワの皇女ですわ」
これには正直驚いた。
他にもこの国のことを色々と聞かせてもらったが、やはりフローラはこの国の女王と言う話だ。
いくら娘の恩人とは言え、一国の主がこんな得体の知れない男を連れ込んで大丈夫なのかね?
とマリアに聞いたら――
「……お母様ですもの」
と、何かを思い出し、疲れた様子でそう口にした。
なんとなく気付いてたけどね。あの人の雰囲気って、鬼姫にどことなく似てるんだ。
きっと、この状況も楽しんでいるだけなのだろう。マリアも娘だけに苦労してるんだろうな、と少し同情した。
しかし、どこの世界でも女性の権力者ってのは、みんなああ言うものなのだろうか?
余り深くは考えないで置こう……。とんでもない結論に行き着きそうだ。
「もうすぐ、ユキネに会えますのね!」
本当にユキネと言う従者のことを大切にしてるんだな、と今のマリアを見ていると分かる。
結局、ユキネの帰りを待ちきれなくなったマリアに付き添って、ハヴォニワの聖地方面の国境にまで足を運んでいた。
今の俺の立場は彼女の護衛兼従者と言ったところか?
しかし、ここに来るまでに乗せてもらった船だが、どう言うわけか翼もプロペラもないのに空を飛んでいた。
正直、何を動力に動いているのかすら分からない。地球でもこんな技術はない。てっきり中世のヨーロッパくらいの文明レベルだと思っていたのだが、認識を改めなくてはいけなさそうだ。
屋敷に戻ったら書斎の蔵書やらを見せてもらえないか、頼んでみよう。まずは情報収集が必要不可欠だ。
「ユキネ――っ!」
前からやってくる連絡船に向かって、身を乗り出し大声で手を振るマリア。
どうやら目的の女性を発見したらしい。ああ、あのマリアのせいで周囲からの注目を浴びて、オタオタと困惑している銀髪の美少女か。
マリア、嬉しいのは分かるがほどほどにしてやれ。あれは確かに恥ずかしい。羞恥プレイもよいところだ。
「ユキネちゃーん!」
――って、アンタもかい!?
てか、フローラもきてたのね。あ、マリアも驚いてる。やはり知らされてなかったのか。
国境ゲートの前に大きく掲げられた横断幕と、直径五メートルはあろうかと言う風船に下げられた無数の幟。
横断幕には『おかえりなさい。ユキネちゃん』と大きく書かれており、何故か幟と言う幟、風船と言う風船にフローラのコスプレ写真が印刷されていた。
なるほど、これを準備していていなかったのか。
あ、ユキネが倒れた。余りの羞恥心に耐え切れなくなったか。……確かにこれをやられたらトラウマものだ。
やはり鬼姫同様、この人も侮れない。
俺も、彼女だけは絶対に敵に回すのはやめておこうと思った。玩具にされるのがオチだ。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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