【Side:マリア】
昼食を済ませ、私は今、サボリ魔のタロウさんを捜して中庭の方へ向かっています。
彼の場合、自由な時間が手に入ると、いつもどこかにフラッと出掛け、姿が見えなくなってしまうから困りものです。
主人に捜させる従者なんて、彼くらいでしょう。
真面目なユキネと違い、結構いい加減と言うか、私の従者としての自覚がないと言うか。
従者となっても「マリアちゃん」って呼び方は変わりませんし。
今更、『様』付けで呼べなどと注文をつけるつもりはありませんが、もう少し敬って欲しいものです。
「あ、ちょっとあなた、タロウさんを見ませんでしたか?」
「マリア様っ!? 太老様なら、噴水のところで読書をされていましたが――
よろしければ、お呼びしましょうか?」
「いえ、いいわ。こちらから出向くから、あなたは自分の仕事に戻って頂戴。時間を取らせて悪かったわね」
「いえっ、とんでもない! それでは、失礼します」
私が礼を言うと、畏まった様子で慌てて頭を下げ、小走りで去っていく侍従。
普通はこう言う反応ですよね? やっぱりタロウさんが特殊だとしか思えません。どういう環境で育ったら、彼のようになるのでしょう?
一度、タロウさんの故郷の話を聞かせてもらうのも良いかも知れませんね。まあ、彼が特別失礼なだけだと思いますけど。
でも、あの失礼で遠慮がない態度も、別にそれほど嫌いなわけじゃないですし、嫌な感じもしません。
お母様がああいう方ですので、それで他の特権階級の方々よりも、私の場合は慣れる≠ニ言う例えはおかしいのかも知れませんが、やはり感化≠ウれているのでしょう。
それに、ああ見えて、感謝するところは感謝してくれているようですし、少なくとも場所はちゃんと弁えてくれています。
基本的に面倒臭がりやで怠け者なところがありますけど、最低限することはしてくれてますしね。
でも、その最低限しかしようとしないところが一番の問題だと、よくユキネは怒っていますけど。
「あ、いましたわ……」
噴水の前の芝生で仰向けに寝そべりながら、暢気に読書をしているタロウさんを見つけ、私は大きく溜め息を吐く。
仮にも皇宮の庭園で、芝生に寝そべって日向ぼっこしながら読書など、従者の態度ではない。
と言うか、私でもあそこまで堂々とした態度は出来ないと断言出来る。侍従の者の目もありますからね。
大物なのか? おバカなのか? でも時々、底の見えない何かを彼に感じることがある。
私を山賊から救い出してくれた時の、目で追いきれないほどの人間離れした凄まじい動き。
そして、ユキネとお母様の二人を相手に勝利した実力といい、彼の護衛としての実力は確かなものだ。
それにまだ、彼は何か隠しているような気がしてならない。
――いつか、そのことも話してくれるだろうか?
出会った頃と比べれば、随分と打ち解けたとは思う。
それでも、彼と私達の間に、まだ見えない壁のようなものがあることを、私は確かに感じていた。
【Side out】
異世界の伝道師 第4話『聖機師』
作者 193
【Side:太老】
この世界に来て、早くも二ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。
「――ロウ、タロウさん。あ、ちょっとあなた、タロウさんを見ませんでしたか?」
マリアが何やらまた俺を捜しているようだ。侍従に訪ねまわってるようだし、そのうちここにも辿り着くだろう。
マリアの従者になり、このハヴォニワの皇宮に住み込み始めて早二ヶ月。随分とここの生活にも慣れた。
俺よりも前に来た異世界人とやらのお陰で、地球人の俺にとっても住みやすい生活環境だったことも、ここの生活に早く馴染むことが出来た要因の一つだろう。
最初は『枕投げ大会』が歓迎の伝統儀式だと聞いて、随分と不安になったものだが、妙に勘違いしたおかしな風習や伝統はあるものの、その他は結構まともだったと言える。
生活水準も地球とそれほど変わりはない。
井戸や地下水を使ったものだが水道も完備されているし、生活に馴染みのあるものなら湯沸しや冷蔵庫、電話などに代わる亜法通信機、ランプに代わるもので亜法で光を点す蛍光灯のようなものまである。
あと移動手段としてこの間の空飛ぶ船のような物の他に、車にエアーバイクなんて物もあった。
基本的にこちらの道具にはすべて『亜法』が使われており、生活に欠かせない技術だと言うのが分かる。
しかしこの『亜法』だが、確かに便利なものだ。
御伽噺で出てくる『魔法』などを最初はイメージしていたのだが、どうやらイメージしている『魔法』より『科学』に近い理論立てられた技術のようだ。
リング状の物体に特定の紋様を書き込み、エナをエネルギーとすることでそれを回転させ動力を得る『亜法結界炉』と呼ばれる技術。
これは、聖機人や船、身近なところで湯沸しなどに使うボイラーなどにも組み込まれている。
『蒸気動力炉』と呼ばれる蒸気を用いた機械技術もあるにはあるらしいのだが、やはり高出力のエネルギーを得ようとした場合、それでは亜法結界炉と比べ、圧倒的に出力不足になるのだとか。
ただ、亜法結界炉にも欠点は存在する。
機関の駆動中、周囲に目に見えない振動波が発生するらしく、それを耐性のない人が浴びると強い嘔吐感を覚えるらしい。
そのため、通常は人の余り立ち寄らない場所、主に地下などに動力炉を隠しているそうだ。
当然、この皇宮の地下もそうだが、街の地下にもこれらはいくつも点在する。分かりやすく例えるなら『発電機』と言ったところか。
風呂を沸かすのもそうだが、食料を保管する冷蔵庫、部屋を点す明かりなどにも、これらの動力が使われている。
しっかりとシーリングをして出力を制限すれば、この欠点もある程度は抑えられるらしいのだが、当然大きな出力を得ることは難しくなるので小型のもの、精々、エアーバイクや車などの動力に利用するのが限界らしい。
蒸気動力炉でも、それくらいは可能なのかも知れないが、やはり稼働時間やコストの問題もある。
亜法ならばエナを消費するだけなので、このエナの海で使用する限りはエネルギー切れの心配は殆どない。
人体への影響の点さえクリアできれば、これほど利便性が高く、効率的な技術は他にはないと言う事だろう。
二つ目に、通信機などにも使われている『亜法魔方陣』と呼ばれる汎用性の高い技術もある。
これは魔方陣に特定の式や情報を与え、指向性を持たせることで一定の効果を得る技術で、亜法酔いなどの心配もないことから幅広く普段の生活にも使用されているのだとか。
通常、亜法結界炉で発生したエネルギーに指向性を持たせるために、回路や端末として使用されているようだが、魔方陣そのものにも多少のエナを吸収する力があるらしく、通信機程度なら亜法結界炉なしでも携帯することが可能なのだとか。
もちろん、術者が唱えることで、火や風を起こしたり、傷を回復させるような魔法らしいものもあるにはある。
基本的にはおそらくそちらが原点なのだろうが、誰にでも使える道具として、この技術の利用価値は大きい。
何故、俺がこんな勉強をしているのかと言うと、この亜法を使って自分でも何か出来ないかと考えたからだ。
最初にも言ったが、生活には不自由していない。
ただ、この世界に馴染んで余裕が出て来たからか分からないが、当初より俺は娯楽に飢えていた。
技術的には亜法のお陰で地球よりも優れた部分がいくつもあるのに、不思議とそうした技術が娯楽に転用されていない。
異世界の文化がこの世界の人にウケる理由の一つに、そうした娯楽に乏しいことが原因としてあるのではないかと考えた。
かと言って、すぐに素人考えでどうこう出来るものでもない。
一応、知識として頭に叩き込んでおけば、そのうち役に立つだろう――くらいの気持ちで今は勉強している。
それに、聖機人にも少し興味があった。どちらかと言うとそちらの方が本音だ。
乗って動かせる人型ロボットってのは、いつの時代も男の憧れだからだ。
しかし、そうするとユキネのように聖機師にならないといけない訳で、それは少し考えさせられる。
単に聖機人に乗ってみたいだけなのだが、やはりそういう訳にもいかないだろう。
聖機師ってのは全員、先述で述べた亜法結界炉の発する振動波に対して、高い耐久持続性がある者でなければなれない。
それは、聖機人の動力に高出力の亜法結界炉が使われているのが理由だ。
耐久持続性と言うのは遺伝的なものらしく、一般人からその資質を持って生まれてくるのは稀なことなのだとか。
だから、このハヴォニワもそうだが、どの国でも聖機師になった者は、聖機師の質を維持するために国家政策の一環として結婚など国ごとに管理、規制されているらしい。
しかも、ここ最近は男性聖機師の比率が女性聖機師に比べ極端に低いらしく、男性聖機師には結婚の自由は愚か、恋愛することも許されないのだとか。
悪い言い方をすれば、『種馬』と言うヤツだ。さすがにそんな話を聞かされれば、聖機師を目指すのは躊躇われる。
確かに聖機師の重要性は分かる。
亜法結界炉を用いた聖機人は、パワーや機動性の点に置いて、エナの海の中では他の追従を許さないほど高い戦闘力を持っている。
コストの面に置いても、亜法で機体を修復することが可能な聖機人は、非常に優れたものだと言えるだろう。
その数は教会により制限されているとは言っても、聖機人を上回る絶対的な兵器がない以上、各国はそれに頼るしかない。
国家戦略の基盤にこの聖機人がある以上、搭乗者である聖機師の質の向上と言うのは各国共に譲れない部分だと言う事だ。
ここ最近、大きな戦争はないようだが、自国防衛のためにも抑止力としての戦力は必要となる。
そう言う意味でも、平時に多くの兵士を養うよりも、聖機人を主戦力として国家防衛に当てた方が効率が良いのだろう。
聖機師に高い特権が与えられている背景には、そうした理由があると言う事は分かる。
そして、与えられた特権に対する義務が、最優戦力としての聖機人のパイロットであり、国の決めた結婚と言う事だ。
こう考えると、よく出来たシステムだとは思う。
もっとも、民主主義の国でぬくぬくと育ってきた身としては、そのことに不快感を感じないかと言えば嘘になるし、納得出来るかと言われれば半々と言ったところだ。
政略結婚ってのは、いつの時代も良くある話だ。
相応の特権を享受しているのであれば、その義務に関しても当然と言えば当然だろう。
まあ、生まれながらの才能だけで、人生が国に決められてしまうってのは確かに嫌ではあるだろうけど。
「また、こんなところで油を売って! タロウさん、あなたは私の従者なのですから、傍に居てもらわないと困ります」
「今は休憩中。それでなくても、いつも一緒にいるじゃないか。
休憩くらい自由にさせてくれ。と言うか、なんで一人? ユキネさんは?」
「ユキネはお母様と一緒に、軍施設の視察に行っています。
確かにユキネは私の護衛騎士ですけど、ハヴォニワの聖機師でもありますから。
こうしたところで男性聖機師の方々と接点を作っておいて悪いことはありませんからね」
ああ、なるほど。聖機師の義務ってヤツね。
確か、女性聖機師の場合は男性聖機師との間に子供を儲ける義務があるんだったな。
女性聖機師の場合、婚姻と恋愛は自由って話だけど、子供を生むのに国の許可が必要ってのも大変な話だ。
ユキネはその辺り、どう考えてるのかね? まあ、彼女なら割り切ってはいそうだけど。
「マリアちゃんはいいの? どこの誰とも知らない男とユキネさんが一緒になって」
「は……? それは、ユキネには相応しい殿方と一緒になって欲しいとは思いますけど……。
でも、聖機師としての義務なのですから、ユキネだけを特別扱いをする訳にもいきませんわ」
感情論としては納得は今ひとついかないけど、その理由も重要性も理解出来る。
それに、皇女としての立場もあるからユキネの味方も出来ないってところか。
……板ばさみだな。マリアの場合、責任感が強いし、頭も良いから余計に抱え込んでいそうだ。
まあ、フローラが態々ユキネを連れ出してるのも、出来るだけ彼女に選択肢を多く与えてやろうと言う親切心だろ。
男性聖機師との間に子供を生むことは避けられない義務なのだから、それならばユキネに出会いの機会を多く与えてやり、選択の幅を広げてやりたいとでも思ってるのかも知れない。真相は、本人に聞いてみないことには分からないがな。
「なぜ、そんな事を? 聖機師に興味がおありなのですか?」
「ん〜、正直興味がないとは言わないけど、別に聖機師は特になんとも思ってないかな。
聖機人には乗ってみたいけど。やっぱロボットは男のロマンだからっ!」
「……ロボット? ロマン??」
マリアが訝しげな表情で、俺の話に疑問の声を漏らす。
まあ、マリアにこう言ったが、やはり義務だなんだと考えると聖機師なんて面倒臭そうなものは、やりたくないってのが正直なところだ。
俺の言っている意味が良く分からなかったのか? マリアは、う〜っと言った感じで頬を少し膨らませて唸っている。
ううむ、微笑ましいな。この国の皇女さまじゃなければ、お持ち帰りしたくなっちゃうじゃないか。
「でも、聖機師ですか……ふむ……」
そう呟くと、マリアは真剣な表情をして、ブツブツと何かを考え込み始めた。
マリアも一人の世界に入ると、集中しすぎて周囲が見えなくなることがある。
まあ、そういう姿を愛でるのも楽しみと言えば楽しみなんだが、そろそろ戻らないとマリアの勉強の時間だ。
早いこと連れて行かないと、俺まで教育係の先生に怒られることになる。
「マリアちゃ〜ん」
「…………」
何度も呼びかけてみるがマリアの反応はない。集中しすぎて耳に入っていないのだろう。
仕方ないので俺はマリアを抱えて部屋に向かうことした。所謂、お姫様抱っこと言うヤツだ。
まあ、実際に皇女なんだし、別に問題ないだろう。
部屋に戻る途中、侍従達の視線に晒され、ヒソヒソと何やら噂されている様子だったが、マリアも気付いていない様子だったし気にしないことにした。
俺の評価なんて今更これ以上、上がりもしなければ下がりようがないので、別に困らない。
よくサボっているのは侍従達にも見つかってるし、厨房のコックのおっさんとはメイドの何たるかについて熱く語り合う仲だ。
小腹が空くとマリアに内緒で厨房に摘み食い……もとい、料理を分けてもらっているので、顔見知りも多い。
ここの人達はそんな俺を見て、呆れた様子で生温かく見守ってくれている。
まあ、本当に良い人達ばかりだし、酷いことにはならないだろう。
マリアに被害が行くというより、また俺がバカをやってるといった程度に思ってくれるに違いない。
「――ええっ! タロウさん、何を!?」
顔を真っ赤にして、俺の腕の中でジタバタと暴れるマリア。
部屋の前まで着いて、やっと自分の状態に気がついたようだ。
あまり暴れられて怪我をされても困るので、マリアを落ち着かせ、ゆっくりと床に降ろす。
顔を真っ赤にしたまま、目を合わせようとしないマリア。
やはり、やり過ぎただろうか? 余程、恥ずかしかったようで、それからしばらく口も利いてくれなかった。
◆
「あ、あのような真似は、これからは皆さんのいないところだけにして下さいっ!」
――と、後日、恥ずかしそうに頬を染めて言ってきたので、行為そのものは嫌ではなかったらしい。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m