【Side:ラシャラ】
「ハハハ……すまんかった。すっかり、忘れておったのじゃ」
「いえ……私こそ、勝手に早合点してしまい申し訳ありませんでした」
「うむ。しかし、あれは見事なこけっぷりじゃったな」
「――うっ! もう、あのことは忘れてください!」
結局はあの後、太老に襲い掛かったキャイアが転んで自滅し、気絶してしまったこともあり、伯母上の別宅にそのまま泊めてもらった。
しかし、アレは本当に自滅じゃったのだろうか?
こう見えてもキャイアは、かなりの剣の使い手じゃ。その腕は決して正規の聖機師にすら見劣りするものではない。
訓練でもシトレイユの正規兵を相手に勝利するその腕を買われて、我の護衛を父皇から直々に任された経歴を持つ。所謂キャリア組という奴だ。
にも関わらず、幾ら視界の悪い夜の森だったとは言っても、勢い余って転んで気絶するなど考えられないミスだった。
もう一つ不可解でならないのは、キャイアのこの反応じゃ。
どうやってやられたのか? 何故、気絶したのか? それすらも覚えていないらしい。
「とにかく、太老には謝っておくんじゃぞ。未遂とは言え、ハヴォニワの貴族に斬りかかったことは事実じゃしな」
「う……その伯爵≠チて本当ですか?」
「うむ。フローラ伯母が言っておったのじゃ、間違いあるまい」
ハヴォニワの貴族。しかも伯爵にシトレイユの人間が斬りかかったとあれば、普通であれば確実に外交問題じゃ。
本人もそのことを自覚しておるのじゃろ。先程からずっと青い顔をしておる。
未遂とはいえ、斬りかかったキャイアは極刑、死罪も十分にありえる話じゃろうしな。
もっとも――
「ああ、別に気にしてないからいいよ。怪我なんて、これっぽちもしてないし。それよりも頭を強く打ってるみたいだから、ちゃんと医者に見せてあげてね」
斬りかかられた本人はまったく気にもしていない様子で、逆にキャイアのことを心配する余裕すら見せておった。
ユキネも太老が殺られるなどと微塵も考えていなかったらしく、マリアなどは――
「太老さんの相手をするくらいなら、聖機人でも持ってきませんと」
逆に襲い掛かったキャイアを憐れむかのような表情で、そんな事を言っておった。
その後、如何に太老が凄い人物かと熱く語るマリアを見て、正直どこまでが本当で嘘なのか我にも分からんかった。
まさか、生身で聖機人の相手など……冗談じゃと思いたい。
【Side out】
異世界の伝道師 第10話『キャイアの不運』
作者 193
【Side:太老】
別宅に残った使用人達に簡単な朝食の用意をしてもらい、マリアとユキネ、それにラシャラとキャイアを交え、庭先のテラスで食事を取ることにした。
「これは美味いの。見たことのない食べ物じゃが、パンの間に挟まっている魚のフライと野菜が実にパンに合う。それに、この白いソースも美味い。素材の味を上手く引き立てておるの」
「そう言えば、ラシャラさんは知らないのでしたわね。これは『ハンバーガー』と言う食べ物ですわ。太老さんが考案された物で、皇宮でもちょっとしたブームになってますのよ」
「ふむ……これを太老がの。御主、料理人でもやっておったのか?」
もう慣れたとはいえ、盛大に勘違いしてくれてるみたいだ。本当は俺のオリジナルではないのだが――
まあ、確かに皇宮の料理人達に教えたのは俺だが、ここまで見事に再現してくれるとは思いもしなかった。
もっとも、あっちの世界で売られてるようなチープなものではなく、普通に一品料理として出しても成り立つ物に仕上がっている辺りは、さすがは皇宮お抱えの料理人と言ったところだ。
このハンバーガーもそうだが、ホットドッグやタコスなんかも、皇宮や城で密かな人気メニューとなっていた。
中の具は種類が豊富で飽きが来ない。しかも手掴みで手軽に食べられると言う点から、忙しい城勤めの貴族や使用人達の間でも好評らしい。
「その白いのは『マヨネーズ』と言って、卵黄と酢、塩、後は油を掻き混ぜて作ったソースだな。あと、ラシャラちゃんが食ってるのは魚のだけど、ミンチ肉を捏ねて焼いた『ハンバーグ』ってのを挟んだ物もある。まあ、どっちかと言うと、そっちが基本だな。気に入ったのなら、後でレシピを教えて貰うといいよ」
「ふむ、なるほど。だから、『ハンバーガー』なのじゃな。しかし、太老は博識じゃな」
ラシャラも納得してくれたようで何よりだ。しかし、本当に美味しそうに食べるな。ここの食事はどうも薄味が多いせいか、濃い味を食べ慣れている現代人の俺の舌には合わない物が多かった。
異世界人が伝えた料理の中にも似たような物はあるようなのだが、どうも地方独特の郷土料理などになっていることが多く、皇宮で食べられている異世界の料理はかなり少なかった。先日の和菓子などが良い例だが、主食と呼べる物が殆ど無かったのが痛かった。
何とかならないかと料理人達に掛け合った結果生まれたのが、このファーストフードだった。
思いのほか好評で俺も満足している。欲をいえば、もう少しチープさが欲しかったところだが、そこまで贅沢は言えない。
「…………」
一人ずっと塞ぎ込んだまま食事に手をつけないキャイアを見て、俺は怪訝な表情を浮かべる。
ラシャラもそのことに気付いてか、食事の手を止め、大きく溜め息を漏らした。
「いつまで塞ぎ込んでおる気じゃ? そんな顔をしておるから、太老も困っておるではないか」
「ですが……」
「太老、御主からも言ってやってくれぬか? 朝からずっとこの調子なのじゃ」
ラシャラの話では、キャイアは昨夜のことをずっと気にしているらしく、それで食事も喉を通らなかったらしい。
何でもハヴォニワの伯爵である俺に斬りかかったことで、処刑されると思い込んでいるとか。
と言うか、いつの時代の話だ。ああ、そういやこの世界では貴族ってそう言うものなんだっけ……。
昨日、フローラのおふざけで任命されたばかりのにわか貴族の俺に、そんな訳の分からん貴族の価値観を押し付けられても困る。
でもま、確かに誤解があったとはいえ、理由も聞かずに斬りかかるとか、普通に考えたら大問題だよな。
相手が俺だったから良かったものの相手が他の貴族だったら、下手したら主人のラシャラの責任まで問われかねない大事になっていた恐れもある。
キャイアが気にするのも無理はないか。
しかし、かと言ってキャイアを罰しろと言われても、被害者のはずの俺は無傷な上に特に気にしてもいない。
話を聞いている限りでは、キャイアが勘違いする原因を作ったのは俺のようだし。そしてその勘違いにトドメを差したのはフローラだ。
襲われた時も、うっかり力加減を間違えて派手な転ばせ方してしまった手前、泥まみれで地面に突っ伏す彼女を見て同情的にもなった。
思い立ったら真っ直ぐと言うか、猪突猛進なところがあるが基本的に悪い子でもなさそうだ。
尚且つ、ラシャラの護衛という事もある。ここで話を拗らせて、シトレイユとの外交問題なんて面倒なこともしたくない。
だとすれば罰を与えて相手にも納得してもらい、適当なところで御茶を濁すのが一番ベストだと俺は考えた。
「ラシャラちゃん、どのくらいこっちにいるの?」
「うん? まあ、特に予定はないしの。御主のことも気になるし、色々とおもしろい物もあるみたいじゃしな。フローラ伯母さえよければ、まだしばらくはこちらに滞在してもよいかと思っておるが」
「んじゃ、決まりかな。キャイアだっけ? こっちにいる間、お前は護衛でもなんでもない。ただの侍従、下働きだ。こいつを着て、しっかりと俺達に尽くすように」
そう言って、俺はハヴォニワ伝統のメイド服を取り出し、キャイアに手渡した。
ちゃんとスカートの裾は上げてある。所謂、ミニスカメイドと言う奴だ。
「タロウさん……そんな物をどこから?」
マリア、そこは突っ込んではいけません。まあ、紳士の嗜みって奴だ。
こちらのクラシックなメイド服も好きなのだが、メイド喫茶のなんちゃってメイドのような露出度の高いメイド服も、それはそれでいい。
以前にこのメイド服の話で使用人の男達と意気投合してしまい、こんな事もあろうかと密かに試作品をいくつか用意しておいたのだ。
本当なら侍従の女性達の誰かに着てもらう予定だったのだが、丁度よい獲物が自分から舞い込んできた。
キャイアは美少女だし、十分合格点をあげられる逸材だ。誰からも文句など出まい。
「んなっ! こんな短いスカートの服を着るのですか!?」
「諦めい。こんな事で許してもらえるのじゃ。よかったではないか」
「ラシャラ様……」
ラシャラも楽しんでるな。この娘はやはり、フローラの姪だと言うのは間違いないだろう。
雰囲気のそれが、よくフローラに似ている。もっともフローラに比べれば、まだ可愛いものではあるが……。
キャイアは逃げ場がないことを悟ってか、メイド服を胸に抱いたまま、その場に膝をついて項垂れてしまった。
何もなしに許されるなどとは思っていなかったが、こんな罰は想定外だったと言うところだろう。
フ……甘いな。備えあれば憂いなしと言うではないか。
これからしばらく、合法的にピチピチのミニスカメイドを間近で堪能出来るのだ。その機会を俺が見逃すはずもない。
屋敷の中からこちらの様子を窺っていた男連中も考えていることは同じのようで、ガッツポーズをして俺に合図を送ってきていた。
我が同志の結束力は高い。
【Side out】
【Side:マリア】
皇宮に戻ってからの、私の機嫌は少し悪かった。その原因は言うまでもなく、ラシャラさんだ。
タロウさんの発案で、なし崩し的にラシャラさん達の滞在が決まってしまい、お母様も了承したことで納得するしかなかった。
ラシャラさんもタロウさんのことを随分と気にしているようですし、注意しておくに越したことはない。
あの方のことだ。何かを企んでいるに違いない。
「それにしても……不憫ですわね」
庭先で侍従に用意してもらった紅茶を飲みながら読書に耽っていると、タロウさんが用意したメイド服に身を包んだキャイアが、中庭の掃除をしているのが目に留まった。
お母様の悪戯も禍して、垂れ下がったイヌミミに動く尻尾のオプションまで追加された彼女は、見ていて不憫でならない。
「……完全に遊ばれてますわね」
やったことの重大さからすれば、これでも生温い罰なのかも知れない。だが、その罰を与えているのがお母様≠ニタロウさん≠ニいうのが、彼女の一番の不幸だった。
ここにいる間、キャイアがあの二人の玩具にされることは間違いない。
ラシャラさんも、それが分かっていて滞在することを決めたのだから、お母様同様、性格が悪かった。
「マリアちゃん、ここいいかな?」
噂をすれば何とやら。タロウさんに声を掛けられ、私は「どうぞ」と返事を返す。
私に礼を言い、向かいの席に腰掛けるタロウさん。
その腕には、何やら大きな包みを抱えている様子。
(また、何か怪しい物でも見つけてきたのでしょうか?)
使用人達、もしくは工房の技師と一緒になって、また何かを始めたのかと考えた。
大抵、タロウさんが変わったことをすると、その後ろには彼等や、おもしろい臭いを嗅ぎつけたお母様がいることが大半だからだ。
昨日の誕生会の件もそうだが、彼はここの使用人達を始め、工房の技師達とも仲が良い。
それにあれだけのことをしでかしたにも関わらず、プライドの高い一部の大貴族達を除けば、城での評判も悪くはない。
恐らくは、お母様の覚えもいいので、彼に取り入ろうとする人達も少なくはないのだろう。
決して驕らず偉ぶらず人当たりが良いので、使用人達からの人気が高いのも当然だった。
「タロウちゃんって、ああ見えて結構モテるから……マリアちゃんも大変ね」
そのように楽しそうに話す、お母様の顔が忘れられない。
確かにそれに関しては、留意しておかなくてはいけない由々しき問題ではあるが……。
ですが、本人にその自覚はないようなので、それがまだ救いだと思っていた。
「あの、タロウさん――」
あれから色々とありすぎて誕生日のお礼も、まだちゃんと言っていなかったので、私は丁度良い機会だと考えた。
他の使用人達にも後でちゃんとお礼を言うつもりではあったが、先にどうしてもタロウさんに正直な気持ちを伝えておきたかったからだ。
「誕生日会の件、ありがとうございました」
「ん? ああ……楽しかった?」
「はい! とても!」
私がお礼を言うと――
「じゃあ、これからは毎年やらないとね」
と、タロウさんが約束してくれたことが嬉しかった。
これからは毎年、彼と一緒に昨日のように楽しい誕生日を送ることが出来る。
そう思うと、今から一年も先の自分の誕生日が待ち遠しくなった。
「あと、バタバタとしてて遅くなったけど、これ――」
そう言ってわたくの前に、先程から腕に抱えていた大きな包みを差し出すタロウさん。
「誕生日プレゼント。あのパーティーは皆からだったけど、俺からのはまだ渡してなかったからね」
「あ……」
「十一歳の誕生日、おめでとう」
昨日のことで十分に満足していたはずなのに、彼からの贈り物だと思うと現金なもので、こみ上げて来る嬉しさが抑えきれない。
私は包みを受け取り、その存在を確かめるように大切に胸で抱きしめた。
でも、これって何なのでしょう?
包みの正体を考えていると、タロウさんに後で着て見せて欲しい、と頼まれ首を傾げる。
「…………」
ニコニコと嬉しそうに話すタロウさんを見ると、断れそうになかった。
しかし、私は嫌な気配をこの包みから感じていた。視線が自然とメイド服に身を包んだキャイアへと向けられる。
まさか、そんな事はありませんよね?
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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