【Side:マリア】
――何故、こんな事になってしまったのでしょうか?
タロウさんに『プレゼントした服を着て見せて欲しい』と頼まれ、そこに何故かお母様が乱入してきて、あれよこれよと言う間に話は皇宮中を駆け巡り、いつの間にか『国民の前で大々的なお披露目会を催す』なんて話にまで発展してしまった。
現在、私は城の控え室で、侍従達に件≠フ衣装の着替えを手伝ってもらっている最中だ。
この後、私の登場を待つ国民達の前で、この衣装のお披露目をする予定になっている。
「……やはり、タロウさんとお母様が絡むと、こうなるんですのね」
すでに、ここまで話が大きくなってしまった後では、今更、断る何てことが出来るはずもない。
タロウさんやお母様はともかく、国民の期待を裏切るような真似だけはしたくなかった。
「マリア様、とてもお似合いですよ」
そう言って、着替えが終わった私の前に、侍従の一人が鏡を持ってくる。
そこには、タロウさんの用意した衣装に身を包んだ、私の姿が映し出されていた。
「思っていたよりも……まともですわね」
侍従が似合っていると言うだけあって、確かに見たこともない可愛らしい衣装だ。
侍従達の様子から察するに、「お似合い」と言う言葉に嘘はないのだろう。
ただ、頬を染め、喜悦とした表情で――
「マ、マリア様、抱っこしてもよろしいですか?」
と、自分の立場を忘れるほどに、興奮している侍従の姿が少し怖かった。
この衣装には、自制心を利かなくするような、何か恐ろしい効果でもあるのだろうか?
タロウさんの作った衣装だ。何か凄い特殊効果があったとしても、不思議ではないと、私は考えた。
だとすれば、このお披露目にも意味が――
「もしかして、この姿で民の前にでたりしたら……」
「それはもう――皆さん、マリア様の可愛らしさに、虜になること間違いありませんっ!」
鼻息荒く、興奮した様子で、そう断言する侍従の一言に、私は頭が痛くなった。
何となく、お母様の狙いが読めた気がしたからだ。
それは多分、国民の人気取り。
皇族足るもの、確かに民衆に人気があるに越したことはない。
忠誠心や愛国心と言うものは、目に見える形であればあれほど分かりやすく、団結しやすいとも言う。
「……タロウさんの発案に、お母様が悪乗りしたと言うのが真相でしょうか?」
これも国のため、ハヴォニワのため、王女の務めと、自分を納得させようと心の中で繰り返す。
しかし、どうにも腑に落ちない、複雑な心境だった。
【Side out】
異世界の伝道師 第11話『マリア至上主義』
作者 193
【Side:太老】
俺はマリアの登場を、貴族用に用意された来賓席に座り、今か、今かと、待ち侘びていた。
ここまで事態が大きくなるとは予想もしていなかったが、まあ、このくらいであれば許容範囲だろう。
フローラの言いたいことも分からなくはない。
ようは、「可愛いものを独り占めなんてよくないわよ」と言いたいのだろう。
あの衣装を着たマリアを見たいと思うのは、男女問わず、可愛いもの好きであれば極自然の反応だ。
(お、いよいよか?)
白いバルコニーに、件の衣装を身に付け、姿を見せるマリア。
――ワアアッ!
場内から、民衆の歓声が沸き上がる。
席に座り、落ち着きを見せていた貴族達も、余りの場内の熱気に、高揚した気持ちを抑えきれず、席を立ち上がっていた。
「なんと……愛らしい」
隣に座っていた髭を生やした中年貴族が、バルコニーに立ち、民衆に手を振るマリアを見て、感動した様子でそんな感想を口にする。
その感想には激しく同意する。しかし、この世界ではどうか知らないが、オッサンの歳でその反応は俺の世界では立派な犯罪者予備軍だ。
黒いネコミミ、黒いネコグローブにブーツ、極めつけは黒いネコシッポ。
ゴスロリ風の黒を基調としたフリフリドレスに身を包み――
(まさに時代は、ぬこフィーバー!)
すまない。完全に俺の趣味だ。しかし、ただの『ぬこ衣装セット』と思うことなかれ。
あれには、俺が母親に無理矢理強要され身に付けたアカデミーの技術と、工房の技師連中の協力を得て、現状可能な限りの最新鋭の亜法技術が用いられている。
重要なのはドレスではない。四点セットとも言うべき、ミミ、シッポ、グローブ、ブーツの四つだ。
あのネコミミは飾りではない。
通称『コロ』と呼ばれる、この世界独自の、白い、リスのような小型の愛玩動物。
奴等は種族間での生体通信を行えると言う不思議な特性を持っているのだが、あのネコミミには同様の機能が付与されていた。
コロ達の発する信号をキャッチし、ネコミミを装備した物に逸早く、その内容を伝達すると言った付加機能がある。
効果範囲は半径約十キロ。どこにでも生息するコロの生態を考えれば、危険を察知するに、これ以上優れたアイテムはない。
実際、彼等の習性は、亜法動力炉を持つ聖機人や船舶の接近を探知するために使用されているらしい。
ただ、欠点として、あのネコミミを付けていると異常なほど、コロに懐かれる特典が付くと言う事だろうか?
おそらくは、あのネコミミを付けている者を、群れのボスか何かと勘違いしている可能性が高い。
あ、言ってる傍からバルコニーにコロの群れが……。
観客には大ウケみたいだが、あれだけコロにまとわり付かれて、マリアもよく笑顔で手を振っていられるな。
次にシッポだが、あれも普通のシッポではない。
もちろん動く。回る。ピンと立てることも可能。あれの動きは、マリアの感情と連動している。
ここが実は一番拘ったところで、それは開発に携わった技師達も同意見だった。
楽しい時は真っ直ぐ、不機嫌だとパタパタ動く、驚くと膨らむ。更には、訓練次第でシッポの動きは、使用者の意思で自由に動かすことも可能となる。
この機能をどうでもいいと思った連中は、今までの人生を一から見詰め直してみることをオススメする。
きっと、人生の楽しみの大半を損しているから――
最後にグローブとブーツ。これは重要だ。
ミミ、シッポと、これまできたが、今までのは目で見て、愛でることに注視を置いた、言わば観賞用のアイテム≠ノ過ぎなかった。
しかし、グローブとブーツは違う。何を隠そう――肉球があるのだ。
あのプニプニ感、ザラザラとした手触り、肉球こそ、ネコを語る上で欠かすことが出来ない大切な要素。
その感触には最上の拘りを持って、製作しなければならない。
だが、もちろん実用性の面も忘れてはいない。
出し入れが自由となっている『ぬこの爪』は、大岩であろうとスパスパ切り裂くことが可能な強度と切れ味を有している。
え、さっきから時々出てくる『ぬこ』って何だって? ぬこ様は偉大なのだよ、ぬこ様は――
分からないならググりたまえ。すぐに、ぬこ様の偉大さが分かるから。
まあ、殆どあのアイテムは趣味で作った物なのだが、マリアにはきっと似合うと言う確信があった。
それに、あれは護身用にも役に立つ。
前者の機能の殆どは、実は亜法でもある程度は再現可能なものだったりするのだが、最後の機能だけは俺の知識なくして再現することは不可能だ。
こちらと向こうでは設備が整っていないなどの問題があり、環境が違うので完全に再現は出来なかったが、あの四つのアイテムを装備していることで、簡易ではあるが身体の周囲にフィールドを発生させ、生体強化のおまけが付く。
これは俺のアカデミーの知識が役に立っているのだが、もっとも色々と足りないものがあって出力不足ではあるので、それほど凄い力が出ると言うほどの物でもない。
多少、力が強くなって、逃げ足が速くなる程度だ。
ただ、火薬を使った鉄砲程度の銃弾なら、弾くことが可能なバリアを発生させられるので、マリアの身を護る程度には役に立つだろうと俺は考えていた。
「マリア様、ああ……ギュッと抱きしめ、お持ち帰りしたい」
(犯罪予備軍じゃねえ! やっぱり犯罪者だ! このロリコン中年貴族!)
マリアをお持ち帰りしていいのは俺だけだ(本音)。
しかし、周囲を見渡して見ると、男だけでなく女連中まで、興奮した様子で喜悦満面とした笑みを浮かべている。
(やはり、マリアにあのぬこ衣装セット≠ヘ諸刃の剣だったか)
これでマリアの国での人気は確固たるものとなったに違いない。しかし、それと同時に多くの犯罪者予備軍を生み出してしまった。
貴族達も、フローラのためではなく、マリアのために今まで以上に頑張ることが予想される。
だが、このままでは、いつ奴等が暴走し、犯罪者が現れないとも限らない。
後でそのことでマリアに責められるのは嫌だし、ここは責任を取って、俺が何とかしなくては――
「皆、聞いてくれ――」
俺は城壁をよじ登り、皆に見える位置まで辿り着くと、腰に手を当て、その場に威風堂々とした態度で立ち上がった。
皆を落ち着かせるため、多少、怒りをまじえた声で民衆に訴えかける。
さっきの中年貴族に対する私怨も、実はかなり入っていたりするのだが――
「マリア至上主義ってのは、そういう事じゃないだろっ!」
『――――!?』
俺の言いたいことが、その一言で伝わったのか?
先程まで、暴走寸前まで沸き立っていた場内の熱気が静まり返った。
「マリアちゃんが愛らしいのは分かる。マリアちゃんが可愛いのは事実だ。しかし、自制心を忘れてどうする!?
マリアちゃんはこの国の王女だ。国民的アイドルだ。そして、一人の可愛らしい少女(幼女)でもある!
忘れるなっ! アイドルに手を触れるんじゃない! 手を出そうとするんじゃない!
彼女は俺達の心の拠り所≠ニして存在するんだ。ファンたる者、目で愛でる以上のことを求めるな!」
俺の一言で、場内は静まり返った。言うだけのことは言った。
俺の気持ちのすべてを観客にぶつけたつもりだ。後は彼等の反応を待つばかり。
『マリア様、バンザーイ!』
『ハヴォニワに栄光あれ――っ!』
とんでもない連帯感だった。貴族も平民も、国民全てが一丸となって、マリアへの忠誠を誓っていた。
この日を境に、皇宮で密かに存在した『マリア様ファンクラブ』は、首都を中心にハヴォニワ全土に広がり、マリアを崇拝することを至上とする国教≠フような存在へと変わっていくことになる。
ここに、後の歴史に『マリア至上主義』と語られる歴史の一頁か記された。
【Side out】
【Side:ラシャラ】
――信じられんことが目の前で起こった。
先程、目の前で起こった出来事が、今でも夢ではないかと思えてならん。
マリアがバルコニーに姿を見せたかと思えば、凄い歓声が沸き上がり、その余りの熱気に暴動が起こるのではないかと身構えた瞬間――
城壁の上に立ち、威風堂々とした態度で存在感を放ち、高らかに声を上げた太老の一言が、場内にいた民衆の心を一気に鷲掴みにしてしまいおった。
その後の、あのワッと沸き上がった民の連帯感――
祖国、シトレイユでも、一度も体験したことがないほどの高揚感が、そこにはあった。
「アレは……凄いものじゃった」
恐るべきは、あの連帯感を生み出した太老のカリスマ性。
「フローラ伯母が気に入るわけじゃ……」
あれほどのカリスマ性を持った傑物じゃ、大陸中を捜しても、二人といないじゃろうと我は断言出来る。
我が父皇も、その優れた治世を持って民衆から支持されている有能な皇ではあるが、太老の存在感と比べれば、やはり見劣りする。
あれは、生れながらにして王≠フ資質を持った存在じゃ。
我には、はっきりと分かる。歴代の王の中でも、あれほどの存在はいなかったであろうと――
もし、彼の者がマリアと添い遂げ、ハヴォニワの王となれば、シトレイユにとっても最大の脅威となりうる。
いや、ハヴォニワがこの大陸、最大の国家となる日も夢ではないのかも知れん。
「伯爵じゃったか……それですら、太老の器の前には小さ過ぎるようじゃの」
何故、行き成り『伯爵』などと高い地位に就けたのかと考えていたが、その理由が嫌と言うほど今回のことで理解出来た。
それだけの地位に就けても、あの男の器の前には小さ過ぎるのじゃと言う事が――
いや、ここハヴォニワと言う国に収まりきる器ですらないのかも知れん。
伯母上は、それが分かっているからこそ、可能な限り高い地位に太老を就けることを決めたに違いない。
だとすれば、行く行くは大公。いや、やはりマリアが成長するのを待って、太老と契りを結ばせ、この国の王とするつもりなのであろう。
「まったく、面倒なことになったものじゃ」
伯母上の弱点を探ってやろうと言うくらいの軽い気持ちで滞在を決めたはいいが、まさか、これほどの人物だと思いもせなんだ。
先日のキャイアの一件もある。あのお遊びのような罰も、あの男の器の大きさを表しておったのやも知れん。
しかし、我にも皇族としての意地がある。あの程度の罰で、自分の従者の不始末がチャラになったなどと思ってなどおらん。
これは、我が沽券に関わる問題だ。
しかし、斬りかかられた当事者が決めたことだ。
あそこで我がゴネたところで、あの男は自分の考えを決して曲げんかったじゃろう。
それだけの強い意志を、あの時、我はあの男の眼に感じた。
故に、キャイアの件は、我の落ち度。太老への借りと思うしかない。
我が従者の命を助けてくれた借り、それをいつか、我はあの男に返さなくてはならん。
「しかし、悪いことばかりではない。その分、今回の収穫は実に大きかったしの」
大きな借りを作ってはしまったが、ここで太老と言う人物を知り、知り合いになれたことは大きな収穫じゃったと我は思う。
恐るべき相手ではあるが、それは敵に回すと言う前提で話をした時のこと――
付き合い方さえ間違えなければ、あの男はシトレイユにとっても、我にとっても大きな助けになるじゃろ。
「フローラ伯母だけに甘い汁は吸わせんわっ!」
声高らかに我は宣戦布告する。ハヴォニワだけに太老を渡してなるものかと――
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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