【Side:太老】

「こ……これって間違ってません?」
「あら? 正当な報酬だと思ってのだけど。ごめんなさい、やはり少なかったかしらね……。
 本当はもっと出してあげたいのだけど、ハヴォニワの懐事情も厳しくて」
「いや、十分過ぎます……」

 フローラから貰った小切手の金額に俺は驚き、冷や汗を流す。
 以前に貰った従者の給金と比べても、今回フローラから手渡された報酬は比較ならないほど高額なものだった。
 フローラ曰く、マリアの従者としての給金、それに伯爵に支払われる国からの給金、更に、これまでに俺が積み上げたとされる功績に対する報酬とのことだった。

(正直、何かしたって実感が全然ないんだけど……)

 桁を間違っているのではないかと思えるほどゼロが余計に並んでいる。
 一般人であれば、一生遊んで暮らせるほどの金額がそこには記されていた。
 とは言っても、今の生活に不満などないし、これだけの金額を貰ったからと言って、何もしないで遊んで暮らすなどと言う選択肢は俺にはない。
 マリアの従者と言う立場も、結構楽しんでやっている。
 それに、そのような接点でもない限り、マリアやラシャラとも友達になど成れなかっただろう。
 仮にも二人は、三国に数えられる国の王女なのだし。
 だから、今の生活を乱してまで、楽して暮らそうなんて気持ちは、今の俺にはなかった。

「ううむ……前世≠ナも、一度もこんな大金を手にしたことなんてないしな」

 城を出て、考え事をしながらトボトボと歩いていると、いつの間にか皇宮についていたようで、俺はいつも本を読んだり、考え事をしている時に使っている中庭の噴水の脇に腰掛けた。
 基本的に、仕事をサボっている時も、大抵はここにいることが多い。
 手入れの行き届いた庭園を眺めているだけでも気持ちが落ち着くし、ここは玄関と居館を繋ぐ通り道となっているため、玄関口から入り込んでくる風が、心地よい涼風と一緒に緑の匂いを運んでくれる。
 噴水もあるし、心身ともにリラックスして涼むには絶好の場所と言う事だ。

(しかし、そうすると、この金はどうするべきか?)

 正直、俺の生活スタイルでは、これだけの金に必要性を見出せない。
 従者としての給金でさえ、平民に比べたら多過ぎるほどの金額なのだ。
 マリアの従者をしている限り、皇宮で衣食住の内、食と住には金が掛からないので、むしろ、それすらも余っている程だった。

「貯金……は、何か寂しいな」

 貧乏性の俺のことだ。どうせ寝かせたままになることは間違いない。

「やっぱり、アレ≠オかないかな」

 以前からずっと続けている亜法機械の勉強。マリアに贈った『ぬこ衣装セット』も、その成果の産物とも言える。
 俺が途中で投げ出さずに、こんな勉強を続けてきたのも、偏に自分の趣味を満足させるためだった。
 なら、そろそろ行動を起こしてみるのも、頃合かもしれない。
 これほどの金があれば、人を雇うことも、事業を起こすことも可能だろう。

「より(俺が)住みよい世界に――」

 正木太老による正木太老のための異世界改造計画。
 俺のハッピーライフ≠実現するための第一歩が、はじまろうとしていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第14話『住みよい世界』
作者 193






【Side:マリア】

 午前の勉強も終わり、外の空気にでも当たって休憩でもしようかと中庭に足を運んだところで、タロウさんの姿を発見した。
 何か考えことをしているようで、噴水の脇に腰掛け、云々と唸っている様子。

(また、変なことを企んでいるのでしょうか?)

 と、私は訝しい表情で木陰に身を隠し、その様子を窺っていた。
 彼の場合、いつも結果はちゃんと付いてくるのだが、お母様同様、過程に色々と問題がある。
 自分達が楽しむのは勝手だが、そのことで迷惑を被るであろう他の人達のことを考えると、私には気付いていて見過ごすなどと言う事は出来そうにない。
 ちゃんと成果を出している分、それが一番厄介なところで、周囲も結局、何も言えなくなってしまうからだ。

「話を聞いた上で、ダメな部分はダメと、私がしっかりとお止めしなくては――」

 彼が結果を残し、ハヴォニワに多大な利益を生み出していることは周知の事実。
 そのことを止めるつもりはないので、せめて、その過程で出るであろう被害者を減らしたいと思う。
 彼が国のことを思って、行動してくれているのは分かっているのだから――

「貯金……は、何か寂しいな」
(……貯金?)

 彼の手に何か、紙のようなものが握られている。
 ずっと、それと睨めっこをしながら、何か考え事をしていたようだ。
 金の話をしていると言う事は、城に今月の給金でも受け取りに行ったと言うところだろう。

(そう言えば、タロウさん。普段、余り贅沢もしないで、従者の給金にも、殆ど手を付けられている様子がなかったですわね)

 皇宮で生活する分には、確かに金の必要性は余りないが、まったく必要がないと言う訳でもない。
 洋服や衣装、装飾品に香水などの趣向品。身の回りに必要な、生活用品などを揃えるだけでも、そこそこの金は必要となる。
 しかし、彼が購入したもので、私の知る限りの物と言えば、市で彼が買ってくれたユキネとお揃いのペンダントに、日用雑貨などの小物類、それに余り高価とは言えない衣服が数着といったくらい。
 たまに街に出掛けて食事をすると言っても、彼が選ぶような店は、庶民が利用するような料理屋や酒場が多い。
 皇宮の食事に比べれば、見た目にも粗末で、お世辞にも美味しいとは言えない、雑な大味の料理ばかりだ。
 にも関わらず、彼は――

「それが、いいんじゃないか」

 と言って、満足そうにそれらの料理を平らげていた。
 さすがにユキネが一緒の時には、そうした店に踏み込もうとしないが、私は何度か二人きりの時に御一緒したことがあるので、良く覚えている。

(まあ、ユキネが聞いたら間違いなく止めますものね)

 それが分かっているから、私も何も言わなかったのだが――
 おそらくはあの行動も、ちゃんと意味があってのことだろうと、私は察していた。
 小まめに街に足を運び、民の暮らしぶりを実際に見ることで、それを政策に活かしたいと考えていたに違いない。

「やっぱり、アレ≠オかないかな」

 そう呟きながら、彼は立ち上がり、ギュッと拳を握り締めた。
 考えがまとまったようで、その表情には強い決意が満ち満ちているのが分かる。

「より住みよい世界に――」
(――――!?)

 右手を空にかざし、高らかに決意を宣言するタロウさん。
 その彼の言葉を耳にした瞬間、私の背中に大きな衝撃が走った。
 思わず飛び出しそうになった声を飲み込み、口元を両手で押さえる。

(……そこまで、この国のことを考えていて下さったのですね)

 彼が贅沢をしていなかったのは、すべて国のため、民のためだった。
 おそらくは視察に行った街の様子を見て、彼はその現状を憂いていたのだろう。
 ハヴォニワは、その国土の広さから三国の一つに数えられているはいるが、決して裕福な国ではない。
 街の規模も、国民の生活水準も、シトレイユなどとは比べ物にならないほど小さなものだった。

 シトレイユの国土の開拓率を十とすれば、ハヴォニワは一にも満たない。
 国を支えているのは、自然がもたらしてくれる豊潤な営みと、伝統工芸や古い慣習と文化のみ。
 贅沢をしなければ、飢えることはない程度に暮らせはするが、それ以上のことを庶民が望むことは、この国では難しい。
 だからこそ、彼はこの国の現状を顧みて、自ら出来ることが何かないかと、ずっと考えていたのだろう。

 いや、彼は『世界』と言った。
 この国だけではなく、世界に目を向け、この大陸の在り方のすべてを、変えてしまうつもりなのかもしれない。

「タロウさん……やはり、あなたは女神≠ェこの世界に遣わされた救世主≠ネのですね」

 民を導き、時代に変革を与える救世主。そして、私達が待ち望んだハヴォニワの英雄。
 名も記されぬ女神が、この世界に遣わした希望こそが、彼なのに違いない。
 私は、タロウさんの口にした、あの決意の言葉を決して忘れることはないだろう。

 そして、見てみたいと思った。

 ――彼が創りあげる世界。
 その世界を実現するためなら、どんな協力も惜しまない。そう、心に誓って。

【Side out】





【Side:太老】

 俺の住みよい世界を創るとは言っても、何をするべきか? そこが、実は一番の問題だ。
 まあ、退屈しないように趣向品を色々と考えて再現してみるのもおもしろいが、まずは何よりも食事だろう。
 皇宮の食事は美味しいのは美味しいのだが、どうも上品過ぎて一般庶民の俺の舌には馴染まない。
 毎日、外食先に一流レストランの料理を指定しているようなものだ。
 本音を言えば、街にある食堂や酒屋なんかで出てくる大雑把な庶民料理の方が、俺には性に合っている。
 しかし、それでも、やはり物足りなさは感じていた。

 ハンバーガーなどを料理人達に再現してもらったのも、その物足りなさを補うためだったのだが、俺の予想に反して美味しく仕上がりすぎてしまったのがよくない。
 そこは一流の料理人の作るものだ。使ってる食材だって、街の食堂で出てくるような物とは、質も、格も違うのだから、美味くて当たり前なのだが、それが俺は納得行かなかった。

(もっと庶民が楽しむようなチープ≠ウが欲しいのに)

 だとすれば、やることは決まっている。ないのなら、作ればいい。
 幸い、資金はたっぷりとある。なら、『早い! 安い! 美味い!』の三拍子揃った庶民の味方となる店を作ろう。
 前世の知識、それに生まれ変わってから得た知識と経験。それらを活用して、異世界の料理を広めてやればいい。
 それに、この身体は剣士ほどではないが、スペックは異常なほど高い。

 嫌々ではあったが、母親から詰め込まれたアカデミーの知識。
 鷲羽の教育――役に立つのか分からない薬学、雑学諸々。
 鬼姫から得た組織運営のノウハウ――鬼姫の奇行に振り回される水穂が余りに不憫で手伝っていた。

 それらの経験も役に立つだろう。

(ククク……これで俺も一国一城の主か)

 男なら誰もが憧れる独立。
 マリアの従者を辞める気は今のところないので、副業のようなものになるかもしれないが、いざと言う時の保険にもなるだろうし、尚且つ、こちらに来てから不満のあった食事に改善が見られるのが一番嬉しい。

「まずは、手軽なところから始めてみるか」

 すでに再現出来ているハンバーガー、ホットドック、タコスなどのファーストフードは条件にも適っているし、店と人材を確保出来れば、すぐにでも始められそうだ。

「制服も考えないとな〜」

 色々と計画を立て始めると、段々と楽しくなってきた。
 『より住みよい世界に』――その言葉を合言葉に、俺の計画は水面下で徐々に進行していった。

【Side out】





【Side:フローラ】

 給金の額に驚いていた様子の太老だったが、正直、彼の功績を考えれば、あれでも私は少なすぎるほどだと考えていた。
 あの報酬は、貴族達を納得させるのに必要な、最低限の額に過ぎなかったからだ。
 太老の功績に対し、単に爵位を与えただけであれば――

「女王は正当な報酬を与えず、彼に首輪をつけて隷属させるつもりかもしれない」

 などと、良くない吹聴を立たれては、たまったものではない。
 貴族達は基本的に噂好きだ。そんな噂が広がれば、よからぬ画策を立て、太老を利用しようとするものも現れかねない。
 出る釘は打っておくに越したことはない。

 それに、ハヴォニワの財政は、それほど潤沢な訳ではないが、彼に支払った報酬程度の額で、国が傾くようなことはない。
 太老のお陰で先の見通しが随分と良くなったこともある。
 むしろ、こちらが対価と言う意味では、貰い過ぎているほどだ。
 彼自身、たいしたことをしたつもりでは本当にないのだろうが、あれが切っ掛けとなってハヴォニワが良くなったのは確かだ。
 あんな無茶をする者など、今まで貴族の中にも誰一人いなかったのだから、ある意味で太老の成した功績の高さは評価されて当然のものだった。

 そのことが分かっているからこそ、頭の良い貴族達の中には、太老のことを悪く言うものは少ない。
 その能力に嫉妬することはあっても、心の奥底では、その功績と、それを成した実力を認めているからだ。

 実際、あの行動自体が、計画的なものだったと考える貴族達も少なくない。

 貴族達を挑発して、言質を取った見事な滑舌。
 その後も、頭に血が上った男性聖機師達は冷静さを欠き、普段の実力を出し切れず、太老に弄ばれた。
 彼等が、もう少し冷静であったのなら、話は変わっていたかもしれない。
 しかし、結果は知っての通りだ。すべては太老の思惑通りに事が進み、女王の名の下、『ハヴォニワの改革』と呼ばれる政革がなされた。

「正直、私にも測りかねているのよね」

 あれが本当に偶然なのか? それとも貴族達の言うように、計画されてのことだったのか?
 私にも分からなかった。普段の太老を見ている限りでは、前者の答えが正しいような気もする。
 しかし、彼の底の見えない実力のようなものを、私は確かに感じ取っていた。

 彼の乗った、黄金の聖機人を見た時は驚いた。確かに変わったものではあるが、その実はとんでもないものだ。
 大陸中の聖機師の聖機人と比べても、太老の乗った黄金の聖機人に対抗出来る聖機人は、今のところ存在しないだろう。
 しかも、余興の場とは言え、私とユキネをあしらって見せたあの実力。
 異世界人だと言う事を差し置いても、異常な戦闘力だった。

 頭も決して悪くはない。行動力もある。普段の装いが演技であるかのように思える時もある。
 それだけの実力を、確かに彼は持っていた。

 だからこそ、判断がつかない。太老の真の実力が如何ほどのものなのか。

 しかし、一つだけ確かなことがあった。
 彼がこの世界に来て、マリアの従者になった時から、この国は変わり始めている。
 それも歴史上、これまでに類がないほどの早い速度で――

 正木太老。彼がこの変革の、渦の中心にいることだけは間違いなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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