【Side:キャイア】
「はあ……」
私は、深く溜め息を吐く。
ハヴォニワに滞在して二週間。今日も、いつものメイド服に身を包み、箒を手に中庭の掃除をせっせとこなす。
ラシャラ様の護衛としてご一緒したはずなのだが、今ではただの侍従、しかも下働き。
不器用だからと、掃き掃除しかさせてもらえない、体たらくのダメなメイドだ。
「キャイア、おはよう」
「太老……さま、おはようございます」
その侍従として働かされることになった原因であり、それを私に命じた張本人が目の前にいた。
正木太老――ハヴォニワの人間ではないとのことだが、私と同じ年齢にして『ハヴォニワの革命』と称される多大な功績を上げ、伯爵の地位まで授かった稀代の傑物。
ラシャラ様が彼のことを気に掛けておられることは知っているが――私には正直、彼がそこまでの大物には見えない。
マリア様の従者と言う割には、仕事をよくサボるし、仮にも主のことを『ちゃん』付けで呼ぶなど、敬意の欠片もない。
挙句には、先日の一件での対応もそうだ。
命を助けて頂いたことには感謝しているが、もう少し罰らしい罰があってもよいものだと言うのに――
「このメイド服を着て侍従として働け」
などと、冗談としか思えないことを平然と口にし、それを実行して見せた。
しかも、よりによってこんな……屈んだら見えてしまいそうなメイド服を、私に着せるだなんて。
「今日、ラシャラちゃんと城に行く予定だから、キャイアも準備しておいてね」
「城ですか? でしたら、着替えて……」
さすがに城に、このままの格好で行く訳にはいかないだろう。
ラシャラ様が行かれると言うのであれば、私もシトレイユの正装で向かわなくては――
そう思って、口にしたのだが、太老は険しい表情で私のことを睨み付けていた。
「メイド服は、侍従の戦闘服だ! 正装なんだ!
それを恥ずかしがってどうするっ!」
「――!?」
「そんな心構えで仕事をするくらいなら、他の使用人達の邪魔になるだけだ。
侍従なんて、辞めてしまえっ!」
彼の怒号に、私は雷に撃たれたかのような衝撃を覚えた。
――耳が痛い言葉だった。
彼の言うとおりだ。私はどこかで、これも彼の冗談、所詮はお遊びに過ぎないのだろうと思っていた。
しかし、『罰』は『罰』だ。だからと言って、与えられた仕事を軽んじてよい筈がない。
まだ、ラシャラ様の護衛だと言う自尊心が邪魔をして、侍従の仕事を甘く見ていたのかも知れない。
これでは、掃き掃除くらいしか、やらせてもらえない訳だ。
真面目に働いている他の使用人達からすれば、私のやっていることなど、お遊びに見えていたに違いない。
「……申し訳ありませんでした」
ただ、私は頭を下げ、謝ることしか出来ない。
きっと彼は、私の甘え≠見抜いていたのだろう。この罰にも、それなりの意味があることなのだと悟った。
ラシャラ様の見立ては、やはり正しかったのだろう。
「怒鳴って悪かった……分かってくれたなら、それでいい」
やはり、私の考えは間違っていなかったようだ。
彼は私のことを思い、こんな罰を与えてくれたに違いないと、その時、私は確信した。
ならば、太老、いえ、太老様に認めていただけるよう、今は精一杯頑張ろう。
未遂とは言え、斬りかかった私のことを考え、試練を与えてくれた彼の想いに報いるために――
【Side out】
異世界の伝道師 第13話『ハヴォニワの改革』
作者 193
【Side:太老】
キャイアには困ったものだ。メイド服は普段から着こなしていなくては意味がないと言うのに。
ここで彼女にメイド服を脱がれたら、何のためにあんな罰を与えたのか分からない。
合法的に年若いミニスカメイドを目一杯堪能すると言う、当初の目的がそれでは果たせなくなる。
それに、皇宮の侍従達は俺のメイド≠ニ言うわけではない。彼女達はあくまで皇族に仕える侍従だからだ。
だが、俺が罰を与え侍従になったキャイアは、マリアの侍従であると同時に俺の侍従でもあった。
そう、期間限定ではあるが、俺にも夢の専属メイドが出来たと言う事に他ならない。
ならば、ラシャラの滞在期間中、それを利用して楽しまない手はない。
「ラシャラ様、城には何の御用で行かれるので?」
「見学じゃ」
「……見学ですか?」
以前からラシャラに、城の見学をしたいと、せがまれていた。
シトレイユでも噂になっている『ハヴォニワの改革』と呼ばれる政治改革。
それにより、活気溢れるようになったと言う、城の様子を直ぐに見ておきたいのだそうだ。
一応は、社会勉強と言う事で滞在しているらしいので、ここで見聞したことを、国に帰って役立てたいのだろう。
そう言うところは、やはり小さくても、一国を背負う皇女なのだと感心させられた。
「城内見学? 別にいいわよ」
フローラに尋ねてみれば、二つ返事で了承してくれたので、ラシャラの指名もあったことだし、俺が案内することになった。
以前から、ちょくちょく出入りはしていたので、勝手知ったる他人の家とやらだ。
城門のところで衛兵に軽く声を掛けられ、城内でもすれ違う使用人、城勤めの貴族達が会釈を交わしてくれる。
「御主、随分と慕われておるようじゃな」
俺の行動範囲など知れている。皇宮、工房、城、あとは城下町程度だ。
遠出する気も、必要もないので、それで十分にやっていける。
さすがに半年も住んでいれば、どこに何があるかなど、殆ど把握しているし、顔見知りや知り合いも多くなる。
それに、最近は貴族の地位を得たこともあり、城に来る機会も何かと多くなっていたので、城勤めの貴族や衛兵、使用人にも顔馴染みが増えていた。
「まあ、それなり顔も知れ渡ってるしね。どっかの誰かさんのせいで」
「フローラ伯母か……」
そう、フローラのせいで顔が知れ渡っていると言うのも、皆が俺に挨拶してくれる理由にあるだろう。
マリアの従者、それに先日の一件で貴族になり、各国の諸侯にも顔が知れるところとなった。
極めつけは、マリアのぬこ衣装のお披露目会での一件だろう。
ハヴォニワで、しかも首都にいる人間で俺のことを知らない奴はモグリと言っても過言ではない。
不本意ながらだが……。
「どうだった? 他の国の城とか知ってる訳じゃないけど、何か収穫あった?」
「うむ。皆がやる気に満ちているのが、こうしていても伝わってくる。
シトレイユでも、これほどの活気に恵まれているかと言われれば、そうとは言えないのが悲しいの」
まあ、どこも同じような問題を抱えていると言う事だろう。
ハヴォニワも今でこそ、皆やる気に満ちて仕事をしているが、以前はこれほどではなかった。
与えられた仕事をただこなすだけの日常。下手をすれば、その仕事すらも滞っていたのが実情だ。
ハヴォニワの改革と呼ばれる政革も、実際のところは、最初は惰性と約束だから仕方ないと言った感じで、仕事をやり始めた貴族達が大半だったと言う。
しかし、自分のした仕事の成果が褒められ、認められれば、人間誰しも嬉しいものだ。
フローラは、そうしたところの人心掌握が非常に上手かった。
「しかし、一番驚いたのは、この国の男性聖機師達の働きじゃ」
男性聖機師達も、最初は慣れない仕事に戸惑っていたが、元々、それほど能力が低い訳ではなかった。
それなりの教養を受けている訳だし、ちゃんと教われば、彼等も自分達で考えるようになるし、結果をちゃんと残すことが出来る。
今まで、まったく戦力として当てに出来なかった男性聖機師達が使えるようになっただけでも、仕事の効率は大きく向上した。
そして、貴族達のやる気の向上は、少なからず城で働く使用人達にも影響を与えた。
組織と言うものは何でもそうだが、上が率先してやる気を示さなければ、下が付いて来るはずもない。
今のハヴォニワの活気があるのは、偏に彼等が頑張った結果だとも言えるだろう。
「特権階級の男性聖機師に仕事をさせるなんぞ……。
しかも、文官がやるような雑務をさせているなど、ここハヴォニワくらいじゃと思うぞ」
「……私も驚きました。でも、彼等も嫌々やっている様子ではありませんでしたし」
ラシャラとキャイアは納得が行かない様子で、訝しげな表情を向け、唸っていた。
二人とも男性聖機師に雑務をさせ、それを彼等が納得してやっていることに違和感を感じているようだ。
これが、この世界の常識。普通の認識と言う事なのだろう。
しかし、俺はそうは思わない。
「それはそうだ。男ってのは少なからず見栄っ張りで、プライドの高い生き物だ。
飼われているって言う現状に、満足出来るように出来てはいないのさ」
男に生まれてきて、心の底から紐生活したいなんて考えてる奴は、はっきり言って少数派だと俺は思う。
仕事場でも、家庭でも、基本的に男と言うのは、誰かに頼りにされたい、認められたいと少なからず思っているものだ。
それは出世欲だったり、支配欲だったり、強い自分を見せたいと心のどこかで願っていると言う事に他ならない。
何もしない≠ニ言う事が出来ないのが男だ。
しかし、この世界の男性聖機師は何もさせてもらえない=B
大切にしているとは言い方は良いが、結局のところ国家≠ニ言う檻≠ノ繋がれた種馬≠ニ何も変わりはない。
少なからず、男としての沽券を持っているのであれば、それに甘んじている現状に不満を抱いていて不思議ではない。
「ですが、彼等に何かあってからでは……」
「別に戦場に出そうって訳じゃない。それに、どこで何をしてたって危険は付き物さ」
キャイアの言いたいことも分からなくはないが、そんな事を言いだしたら切がないのも事実だ。
プールで遊んでいて足を吊って溺死とか、風呂場でうたた寝して死んでいたなんて事故もあるくらいだ。
乗っていた船舶が落ちて、事故死なんてこともありえるだろう。
「仕事がしたいって言うんだったら、させてやればいい。
別に、そのことで得はあっても、損はないと思うんだけどね」
不満を抱いているのなら、それを取り除いてやればいい。
彼等もバカではない。戦術兵器としての聖機人の重要性や、国家政策の大切さが分かっているからこそ、我慢して国の指示に従っているんだ。
なら、出来る仕事を与えてやればいい。何も聖機人に乗って戦うだけが、国の仕事ではない。
国家と言う巨大な組織を運営する上で、疎かに出来る仕事など何一つないのだから――
彼女達の言う文官がやるような雑務だって、大事な仕事の一つだ。
彼等が昼夜、寝る間も惜しんで書類整理を頑張ってくれているお陰で、政務が滞ることもなく、議会がスムーズに機能していると言う事を忘れてはいけない。
それに、本当に能力があるのなら、戦場に立たなくても認められること、出世することは可能だ。
それは結果的に、彼等の望みに叶うことでもある。
国にとって、これまで以上に必要な存在となり、女王や部下にも頼られ、認められ、尚且つそれらは全て、国民のためになるのだから良いこと尽くめだろう。
「確かに……しかし、『ハヴォニワの改革』とは、よく言ったものじゃ。
伯母上が素直に見学を許したのも、これを真似することが容易ではないと分かっておったからじゃろ」
「そうですね。ハヴォニワが、どうやってこれを成し遂げたのかは分かりませんが、格式と伝統を重んじるシトレイユでは、これと同じことを実現することは難しいでしょう」
二人は軽く思考した後、重い表情で苦々しそうに、そう呟いた。
(しかし、そんなに難しいものだろうか?)
後のことを全部やったのはフローラだが、ようは特権階級に縋ってるだけの無能な貴族連中の尻を叩いただけだったりする。
ああ言う奴等って無駄にプライド高いから、口車に乗せられて約束したこととは言え、女王の前で約束したことを取り下げるなんて真似が出来なかったと言うのが真相だし。
まあ、シトレイユって、ハヴォニワとは比較にならないほど大きな国のようだし、大国故の問題もあるのかもな。
【Side out】
【Side:ラシャラ】
太老の人となりを知った上で、この目で『ハヴォニワの改革』の真実を見極めたかったのじゃが、やはり事実じゃったか。
確かにこれは教会が出来てから現代に至るまで、過去に類をみない斬新的な政治改革と言っていい。
伯母上がどうやってこれを成し遂げたのかまでは不明じゃが、その重要な要素に太老が関わっていることは間違いないのじゃろ。
『ハヴォニワの革命家』、確かにそう呼ばれるだけの実力と実績を持っておるようじゃ。
先日、見せてもらった、圧倒的なカリスマ性に加え、これだけの革命を成し遂げた知略と行動力。
更には、天運にも恵まれていると見て、間違いはないないじゃろ。
これだけの成果、ただ知謀に長けていると言うだけでは、決して成しえるものではない。
残念じゃが、シトレイユでこれを成すのは無理じゃろ。大陸最大の国家と言うのは伊達ではない。
その積み重ねてきた歴史の重みは、高い格式と伝統によって支えられている。こんな案を出したところで、頭の固い評議員達が話を聞き入れるはずもない。
「キャイア、御主の目から見て、太老はどうじゃ?」
「太老様……ですか?」
キャイアは、我の質問に少し驚いた様子で、軽く思案して見せた。
いつの間にか、太老のことを『様』付けで呼んでおるようじゃし、それなりに認めておると言う事じゃろ。
「懐の広い、非常に優しい方だと私は思います。それに――」
「それに?」
「底の見えない……とても強い方だと思います。先日の戦いも、思い起こしてみると、やはり腑に落ちないんです。
何も覚えていないのですが、いくら私が不器用でも、何もない平地で転ぶようなこと考えられませんし――
しかも、あの時、私は剣を持っていました。なのに、ただ頭を打っただけなんて……」
キャイアは前に突っ伏すようなカタチで頭を打って気絶しておった。
しかし、剣は太老が持っておったことで不思議に思わなかったが、キャイアに指摘され思い起こしてみると確かにおかしい。
下手したら転んだ拍子に剣の刃で、キャイアはもっと酷い怪我を負っていた可能性もある訳じゃし、そうでなくても前に倒れたのであれば剣はキャイアの手に握られているか、前に転がっておるのが普通じゃろ。
しかし、キャイアの後ろから歩いてきた太老が、何故か、その剣を握っておった。
落ちていたのを拾ったと言っておったが、本当じゃろうか?
眉唾物の噂かと思って聞き流しておったが、正規の男性聖機師十数人を相手に大立ち回りをし、軽々と勝利をして見せたと言う話。
それも、本当やもしれん。だとすれば、マリアの話も――
「話がすべて本当じゃとしたら、本当に人間かも疑わしくなってくるの」
人の皮を被った別の生き物。人智を超えた存在。
そう、太老の正体が、神より使わされた『天の御遣い』だと言われても、我は納得するだろう。
「やはり敵に回すのは得策ではないようじゃの」
もし、太老と事を構えるようなことがあれば、その時はこちらもタダでは済まぬと思った方がよいじゃろ。
シトレイユが総力を挙げても五分、いや、下手をすれば分が悪い相手やもしれん。
ならば、味方に引き入れるまで――
例え、完全に味方に出来ずとも、太老と親交を深め、ハヴォニワと大きく事を構えなければ、余程のことがない限り敵に回ることはないじゃろ。
これからの付き合い方次第で、国家の命運が決まる。予想以上に厄介な相手じゃと言うのに、我は楽しくて仕方なかった。
あのような男が現れたこと、それこそが、この世界が大きな時代の分岐点に立たされていることの証明に他ならない。
あと数年――いや、もっと早い時期に、その時は訪れるのやも知れん。
そしてそれは、我にとっても重要な意味を持つ、一つの転換期になる。
そんな予感がして、ならんかった。
ただ、一つだけ確実に言えることがある。
その時代の変化の中心に、我が国と、ハヴォニワが立たされていることは間違いない。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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