【Side:ラシャラ】

 太老の案を聞いた時は、その内容に驚きを隠せなかった。よくもまあ、あのようなことを思いつくものじゃと、ただ感心するしかない。
 しかし、改めて検証すると、これほどの良案は確かにないことが良く分かる。
 商売の方法を商品として販売すると言う手法もそうじゃが、この方法なら投資額を抑えつつ、知名度を上げていくことが可能となる。
 この商品を販売する全ての店が『タクドナルド』を名乗るわけじゃ。その効果は計り知れないじゃろう。

 しかも同時に、模造品を出すことのデメリットと、フランチャイズ契約を交わすことのメリットをはっきりとさせ、模造品を出して売ろうとする者を牽制することにも繋がる。
 一時的な欲求に負け、痛いしっぺ返しを食らうデメリット考えれば、利口な者であれば、太老の案に乗る者も少なくはないじゃろ。

 それに下手に利益を独占しようとせず、適度に周囲に旨味を持たせることで、反発を少なくしようと言う狙いもあるのじゃろ。
 ただ、市場を混乱させるだけなら、他の商人や貴族達に睨まれることになる。
 しかし、その利益を周囲にも還元することで、消費を促し、競争率を高め、市場を活性化させるのであれば、話は別じゃ。
 太老を中心に沸きあがる金の匂い。それを嗅ぎつけ、彼等もメリットとデメリットを比較し、必ずや太老を上手く利用する方向で手を考えるはずじゃ。

「やはり、太老と手を組んで正解じゃったわ」

 込み上げて来る笑いが抑えきれない。予定通り、シトレイユへの根回しと、オーナー探しの件は我に任された。
 これで、ほぼシトレイユ方面の管轄は我になったと言う事じゃ。
 そこから発生するであろう利益を上手く利用すれば、国での我の立場を強化するのにも大きく繋がる。
 太老の名がシトレイユで有名になるのも時間の問題じゃろ。そうなった時、彼等は太老と親交の深い、我を頼ってくる可能性が高い。
 太老との商談の際、シトレイユ方面の窓口となることで、我の存在はより国の中で重要な部分を占めていくことになるじゃろ。

「我じゃ。アンジェラか? 例の件進めておいてくれぬか」
『分かりました。ところで、そちらの方は上手く行かれたのですか?』
「うむ。もっとも、予想以上の成果で、ちと怖いものを感じたがな」

 本国に先に帰した従者の一人に通信機で連絡を取る。こんな事もあろうかと、先に手を打っておいて正解じゃった。
 我が従者、アンジェラに洩らした言葉は本音じゃ。
 今回のこと、我の願いに理想的に叶った形で進みすぎておることが、少し気になっておった。
 太老のことじゃ、おそらくは我の企みにも勘付いておるのじゃろう。その上で、今回の案を出してきたに違いない。

 太老からしてみれば、リスクを犯してまで、シトレイユ出店の話を受ける必要はなかった。
 じゃが奴は、あの僅かな間で解決案を導き出し、我に協力する姿勢を見せてくれた。
 いや、我がこのような提案をしてくること事態、そもそも最初から予想していたのやも知れん。

「敵わぬの……」

 おそらくは我の、国での立場や事情にも、薄々と勘付いておるのじゃろう。
 その上で、あの場でマリアに悟られぬように、それとなく協力をしてくれたと言う訳じゃ。
 キャイアの件といい、今回の件といい、利用するつもりで近付いておきながら、すでに我は、太老に返し切れぬほどの恩を受けていたことになる。

「じゃが、借りっ放しと言うのは我の矜持が許さん」

 ならば、我に出来る可能な限りの協力を惜しまぬ。
 我がシトレイユへ、いや、世界に太老の名を轟かせるための足掛かりとなろう。
 受けた恩は結果を持って、必ず報いてみせる。必ずや、この事業拡大を成功させて見せると、心に固く誓った。

【Side out】





異世界の伝道師 第18話『正木商会』
作者 193






【Side:ユキネ】

 マリア様が太老の仕事を手伝うことになったと聞いた時は驚いた。
 それに、フローラ様も協力しているのであれば、私がとやかく言う事ではないだろう。
 だが、そうなると太老の従者としての仕事はどうなるのだろう?
 立場上、太老の仕事を手伝うことになると言う事は、マリア様が太老の下に就くと言う事になるのだろうか?

「私と太老さんの関係ですか?」
「はい、それによっては太老……いえ、太老様への接し方を考え直さなくていけませんし」

 今更、違和感は拭いきれないが、太老のことを『様』付けで呼ぶことになっても、それは仕方のないことだ。
 すでに彼は爵位を授かっている。本来であれば、同じマリア様の従者とは言え、政治的な立場では私よりも彼の方が上になる。

「今更、改めなくても、太老さんならきっと気になさらないと思いますわよ?」
「ですが……」
「それに仕事上の付き合いでは確かに、私は太老さんの副官となりますが――
 しかし、対外上は正木商会≠フ後援者と言う立場になりますから、これまでと大きく変わりはありませんわ」

 マリア様は仮にもハヴォニワの王女。
 そのマリア様を、臣下であるはずの貴族が扱き使っている――などと言う風聞が立てば、確かに聞こえがよくない。
 後援者と言う立場であれば、仕事にも色々と口を出すことは可能ではあるし、マリア様が太老の仕事を手助けしていても外聞は保たれると言う事だろう。

「え……商会≠ナすか?」

 マリア様は確かに『正木商会』と言った。商会と街の飲食店では規模が大きく違う。
 店を出すには土地の権利書と、その地方の役所、商会の許可を得ればいいだけだが、自分達で商会を組織するともなれば話が違う。
 独自の市場、多くの人材を抱え、交易を生業とする商人達の仲人をする彼等は、市場経済を支える上で重要な役割を持っている。
 故に、商会を興すには国からの認可が必要となり、その分、義務と責任に応じた多くの権限が与えられる。
 太老の店は、いくら凄い成果を上げているとは言っても、まだ開店して一ヶ月余りだ。

「実績と見込みがあるからこそ、国も許可を出したのよ。いや、出さざる得なかったと言うべきですわね」

 自分のことのように嬉しそうに話をするマリア様。
 太老の提案した方法は、市場に変革をもたらすほど画期的なものだったらしく、それを聞きつけた商人達が挙って参加を表明したらしい。
 その上、大国シトレイユとの大口の商談もまとまっているとの噂が、貴族達の間を駆け巡り、何とかして自分達も甘い汁を吸おうと騒ぎ始めた。

「その噂を流したのも、実はお母様なのだけどね」

 事態を重く見た政府は、緊急議会を開催。そこで『正木商会』の承認を満場一致で採決した。
 すでに街の飲食店≠ナ置いておける規模の話ではなくなったのが、商会の話が浮き上がった一番の理由とのことだ。
 商会として組織されれば、貴族達も下手な手出しが出来なくなる。
 しかも、女王とその王女のお墨付きだ。
 今後、太老を引き抜こうと画策することが予測される他国を牽制する意味でも、必要な処置だった。

「……すべてはフローラ様の計算通りと言う訳ですか?」
「いえ、お母様がやったのは飽くまで最後の一押しだけ。
 この流れを作ったのは、すべてタロウさんの功績ですわ」

 誇らしげにそう語るマリア様を見て、太老の成したことの大きさを実感することが出来る。

「正木太老……彼は何者なのでしょうか?」

 ずっと感じていた疑問。あれだけの才覚を持つ者が、今まで名も知られずにひっそりと生活していたなどと信じられるはずもない。
 最初に頭に過ぎったのは、彼が異世界人≠セと言う可能性。
 しかし、現実的な問題が、その可能性を私に否定させる。
 召喚に必要な時期的な問題もあるが、異世界人が召喚されたなどと言う噂を、ここ最近、耳にしたことがない。
 異世界人は例外なく優秀な聖機師の素質を持つと言う、ならば召喚した国が、彼を手放すと言う考えは普通であれば有り得ない。
 異世界人と言うだけでも貴重だと言うのに、彼は男性聖機師だ。それも、飛び抜けて優秀な。
 だと言うのに、彼は森の中を行く当てもなく彷徨っていたと言う。

(逃げ出してきた?)

 いや、だとすれば、一向に追っ手がないと言うのもおかしい。
 それに異世界人だとしても、彼の力は飛び抜け過ぎている。

「タロウさんが何者か……」

 マリア様は私の質問を聞いて、手を口元に添え、思考を巡らせている様子だった。
 しかし、次の瞬間、考えがまとまったのか?
 私の方を向いて、笑顔で――

「天の御遣い≠ナすわね!」

 それは以前、太老が余興の席で聞かせてくれた『恋姫†無双』と言う物語に出てくる主人公と、同じ二つ名≠セった。
 しかし同時に、彼なら有り得るかも知れない――と、考える私がいた。

【Side out】





【Side:太老】

 先日、発足した『正木商会』のドンこと正木太老です。

『おはようございますっ!』
(な、何でこんな事に……)

 俺の前にズラッと並び、頭を下げて規律正しい挨拶を向けてくる百人余りの人々。
 これ全部、正木商会本部≠フ職員らしいです。

「取り敢えずは少数精鋭で集めてみましたわ」

 などと、隣にいるマリアは笑顔で、そう答えてくれた。
 これから、もっと人が増えるらしい。

(いや、どこの大企業ですか?)

 シトレイユ支部の方の取りまとめはラシャラがやってくれるらしく、あちらもこちらと変わりないほどの人員を配置する予定だとか。
 むしろ、シトレイユと言う国の規模を考えれば、もっと増える可能性が高いと言う報告を受けたばかりだ。

 運用資金に関しても問題ないとのこと。
 ハヴォニワが国を挙げて全面的に支援してくれるとかで、フローラとマリアが私財から、俺の事業に力を貸してくれている。
 有り難いことなのだが、何と言うか、ここまでの規模の話になる何て予想もしていなかっただけに、俺は内心ビビリ捲くっていた。
 だって、考えてみな? 先日まで街の飲食店の店長だった俺が、気がつけば商会のトップに成ってたんだよ?
 最初は従者からはじまり、爵位を授かって貴族になり、飲食店の店長と言う一国一城の主になり、遂には商会の代表にまで上り詰めた。
 こんな、映画で有り勝ちなサクセスストーリーを、俺は期待していた訳じゃない。

「タロウさん、皆さんに挨拶を」

 マリアに促され、俺は流されるまま壇上に上がる。もう、何を話していいやら分からなくなっていた。
 しかし、ここで逃げる訳には行かない。後ろでマリアが、何かを期待した眼差しを向けてくる。

 ――逃げ場などなかった。

 ならば、語るべきことは一つだけだ。

「俺から言えることは一つだけだ。皆の心に留めて欲しい――」
『…………』
「国民よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!
 正木商会は――諸君等の力を欲している!」
『――!?』
「――ジーク・マサキ!」
『ジーク・マサキ!』

 一度やって見たかったこのネタ。悔いはない。
 と言うか、皆の前で演説しろと言われても、咄嗟に良い言葉なんて思い浮かぶはずもない。
 かと言って、マリアの期待を裏切るような真似は出来ない。俺も一杯一杯だった。
 しかし、さすがは総帥の演説。参考にして正解だった。見事な連帯感だ。
 取り敢えず今回は乗り切ったが、次回からどうしよう。やはりマリアに代わってもらうのが一番だな。

【Side out】





【Side:マリア】

「国民よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!
 正木商会は――諸君等の力を欲している!」

 さすがはタロウさん。やはり、どこまでも民のことを第一に考えていらっしゃるのですね。
 貧しさからの脱却。この商会を足掛かりにハヴォニワの市場を活性化させ、民の暮らしを向上させる。
 皆、彼の目指す未来が、おぼろげながら見えているのだろう。
 タロウさんの演説を聴くその瞳は、希望に満ち溢れていた。

「――ジーク・マサキ!」
『ジーク・マサキ!』

 ワッと沸きあがる歓声。タロウさんの言葉に続き、全員が腕を振り上げ、同じ言葉を繰り返し叫ぶ。
 以前にも感じた、あの連帯感がそこにはあった。

 タロウさんの一言で、皆の気持ちが一つに固まった。
 ここに集まったのは能力はあれど、癖が強いがために、他の商会や城からも疎まれ、厄介者扱いされてきた人達ばかりだ。
 急に優秀な人材を多く引き抜くことは難しく、かと言って中途半端な能力の者を集めては、彼の足手まといにしかならない。
 そう考えた私とお母様は、能力はあれど扱いが難しい、問題があるとされ、厄介者扱いされていた彼等に声を掛けた。
 城の貴族達や、他の商会の商人達では扱い切れなかった彼等でも、タロウさんならば上手く使えるのではないかと考えたからだ。
 そして、その予想は大きく当たった。それも、最高の結果を残して――

(タロウさん、あなたが皆の希望なのですね)

 この演説を、私は生涯忘れることはないだろう。

 ――後の世に、ずっと語り継がれるであろう英雄の物語。
 その軌跡の第一歩が、今日、ここに刻まれた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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