【Side:太老】
「え? ラシャラちゃん、帰るの?」
「うむ。余り、国を留守にする訳にもいかぬし、支部の件もあるしの」
そろそろ、ラシャラがシトレイユに滞在し始めてから二ヶ月が経つ。
もう、居るのが当たり前、本当の家族のように共に生活をしてきただけに、別れとなると少し寂しいものだった。
しかし、確かに彼女にはシトレイユの皇女としての立場、そして向こうには帰りを待っている家族がいる。
ここで引き止める訳にも行かないだろう。
「そっか……寂しくなるね」
「う……なんじゃ、会おうと思えば会えぬ距離ではないのじゃし、通信機とてあるではないか」
照れた様子で頬を染め上げ、俺のことを気遣って、そう言ってくれるラシャラ。
やはり、この子もマリアと同じで心優しい良い子だ。
ずっとフローラの身内と言う事で心配をしていたが、やはりアレ≠ェ特殊なのだろう。
そうでなければ、マリアのような優しい子が誕生するはずもない。
しかし、お別れか。別れの前に何かしてあげたいな。
「まあ、まだ一週間はこちらに居る。その……なんじゃ、寂しく思ってくれるのは嬉しいがな」
どうやら迎えの船が来るらしく、まだ一週間はこちらに居る様子。なら、お別れ会でもするか。
マリアの誕生会も随分と楽しんでくれていた様子だし、大したことは出来ないだろうけど、思い出には残るだろう。
しかし、何をするか? 以前と同じようなものでは芸がないし、どうせやるなら何か変わったことをやりたいな。
「それに、今度は太老がシトレイユに来るがいい! 支部の件もあるじゃろ?
一度、現地をちゃんと視察して置いた方が良いと思うぞ」
それもそうだ。ラシャラに任せ切りと言うのも確かに悪い。
流されて商会のトップにされたとは言え、何もかも彼女に任せ切りと言うのも良くはないだろう。
彼女なら、俺と違ってしっかりとやってくれると信用はしているが、何分、まだ子供だ。
その子供にすべてを任せて、大人の俺が何もしないと言うのは、さすがに問題がある。
ああ、そうか。彼女も、そこら辺の世間体と言うものを、気にしてくれたのかも知れない。
子供を働かせて、何もしない大人。世間様から後ろ指を差されてもおかしくない状況だ。
だから、気を遣ってくれたのだろう。俺が辛い思いをしなくて済むようにと……。
「そうだね。今度、必ずシトレイユに行かせて貰うよ」
「う、うむ。待っておるぞ」
本当に優しい子だ。
でも、最近は子供達の優しさに甘えてばかりで、最近は良いところがないな。
少しは気を引き締め直すべきかも知れない。
模倣的な大人とは言わないまでも、せめて、子供達に心配を掛けなくて済むように頑張ろう。
ラシャラを見ていて、俺は心からそう思った。
【Side out】
異世界の伝道師 第19話『別れの準備』
作者 193
【Side:ラシャラ】
「そっか……寂しくなるね」
我のことを心配してくれておるのじゃろう。
我の事情をそれとなく察し、協力を申し出てくれた太老のことじゃ、我を一人で国に帰すことに躊躇しておるのやも知れぬ。
恐ろしいほどの実力者かと思えば、身内には嫌というほど優しい奴じゃ。
しかし、我もそんな太老のことが、それほど嫌ではない。
敵にすれば、これ以上ないほど恐ろし奴かも知れぬが、味方で居てくれると、これ以上、心強い奴はおらぬ。
それに、家族以外に心から心配してくれる奴など、そうはおらぬ。
多少くすぐったいが、悪くないものじゃ。
「う……なんじゃ、会おうと思えば会えぬ距離ではないのじゃし、通信機とてあるではないか」
じゃが、そこまで太老に頼り切りになる訳にもいかぬ。
この男のことじゃ、下手をすれば付いてくるなどと言い出しかねない。
前の我なら、喜んで太老を連れて帰ったじゃろうが、太老と言う男を知って、我にはそれが出来なくなった。
太老には、シトレイユと言う国は小さすぎる。
シトレイユでも、太老ならば立派にやっていけるじゃろうが、そんな彼の行動を危険視するものも現れるじゃろう。
シトレイユと言う国は、格式と伝統に凝り固まった古い国じゃ。
新しい風を呼び込む太老のような存在は、シトレイユにとっては毒とも取られかねない。
単に商売をし、利益を国に還元する程度のことならばいい。しかし、国の中枢に入っていけば、太老は必ず狙われる。
そして、そのような事をする奴じゃと言う事は、我が良く分かっておる。
親しい間柄の者には、とことん甘い奴じゃ。そして、その甘さが太老の強さでもある。
我を護るため、救うためであれば、どんな無茶でもこの男ならやってのけるに違いない。
その強さの一端を、我はすでに見せてもらった。だからこそ、国に連れ帰り、太老を危険な目に会わせとうはなかった。
いつの間にか、利用するつもりで近付いたつもりが、気持ちを見透かされ、その上で数々の無償の恩を受け――
結果、太老の存在は我にとって家族と代わらぬほど、大切な存在になっておったのじゃから、皮肉なものじゃ。
「まあ、まだ一週間はこちらに居る。その……なんじゃ、寂しく思ってくれるのは嬉しいがな」
嬉しい、嬉しいが、これ以上は太老に甘える訳にはいかぬ。
ただ、心配されるだけではなく、護られるだけでもないと言う事を証明せねば、我は一生、太老に甘えて生きていくことになる。
太老に強さで敵わぬと言う事は分かっておる。しかし、せめて心配だけは掛けとうない。
その優しさが太老の強さならば、また太老を傷つけるのも、その優しさではないのか? と、我は不安でならんかった。
そんな事になったら、我は自分を一生許すことが出来ぬやも知れぬ。
そのことが一番怖かったのじゃ。
「それに、今度は太老がシトレイユに来るがいい! 支部の件もあるじゃろ?
一度、現地をちゃんと視察して置いた方が良いと思うぞ」
こうでも言っておかねば、我と一緒に付いてくるなどと言いかねん。
少しでいい、今は時間が欲しい。支部を立ち上げ、味方を増やし、太老の居場所を用意する。
そして、我が役に立つと言う事を、頼りになると言う事を、太老に証明せねばならん。
でなければ、この男は何かある度に、我のことを気遣い、心配するじゃろう。此度のように――
「そうだね。今度、必ずシトレイユに行かせて貰うよ」
「う、うむ。待っておるぞ」
我の意図を察してか、渋々ではあったが頷いてくれたようじゃ。
本当は我のことが心配なのじゃろう。隠しきれぬ思いが、表情に滲み出ておる。
安心せよ。我は立派に務めを果たして見せる。そして証明しよう。
シトレイユの皇女、ラシャラ・アースの実力を――
我がただ、護られるだけの存在ではないと言う事を――
【Side out】
【Side:太老】
結局、ラシャラのお別れ会を何にするか悩んでいたら、フローラから避暑地の別荘で催しを行ったらどうかと言う提案を貰った。
「避暑地か。俺が以前、遭難してた森のあったところだよな」
「太老ちゃん、そう言えばよく迷子になるわよね? 方向音痴?」
「いや、そんな事はないと思うんだけど」
決して方向音痴などではない……はず。俺の行動範囲が狭いのは、迷子になるからじゃない。
知らない場所に行こうとすると、道が分からず、どこに行っていいのか分からなくなるからだ。
しかし、フローラの言うように、確かに、あそこは自然も豊富で綺麗な湖をある。
ロケーションは最高の場所だ。最後の思い出としては申し分ない場所だろう。
だが、一つ問題がある。俺がこちらの世界に来てからすでに八ヶ月余り。地球の暦で言うと、今は冬だ。
こちらの四季が日本と同じなのかは分からないが、防寒着が必要なほどに肌寒くなってきた。
そう言う理由からも、四季の流れは日本に結構近いものだと予想される。
今の俺の格好なんて、いつもの動きやすいラフな格好にセーターを着こんで、更にその上に黒のロングコートを羽織ったような状態だ。
基本的に寒いのは苦手なんだ。コタツがあれば、間違いなく猫になっている自信がある。
しかし、夏なら水遊びも気持ち良いのだが、冬の湖で楽しめること何て――
「ん? あそこの湖って、この時期は氷ってたりします?」
「そうね。毎年、この時期になると、氷が張ってるわね」
ってことは、あれが可能かも知れない。
問題は氷の厚さだけか。
「人が乗っても割れたりしません?」
「多分、大丈夫じゃないかしら? この時期になると、氷の上を渡って対岸に移動する旅人や商人も多いと聞くし――
湖を大きく迂回するよりも、その方が国境へ向かう便の乗船場も近いのよね」
問題はなさそうだ。最悪の場合を想定して、工房から、あの欠陥品の大型冷却装置を数台借りていくか。
以前に、あの装置を使って作った氷で、カキ氷をして皇宮の皆に振舞ったことがあるのだが、それは実に好評だった。
次の夏には店も出したことだし、期間限定でメニューに加えても良いかも知れないと考えていたくらいだ。
本来の用途としては、保管庫を丸々一つ冷蔵庫にするために使うようなもので、俺の店の冷蔵庫もこの亜法機械を改良し、出力を抑えたものを使用している。
しかし、工房にあったオリジナルは欠陥品≠ニ言っても差し支えないほどに、やばいものだった。
工房の連中が面白おかしく作ったせいかどうかは知らないが、リミッターを外せば最低温度がマイナス百度以上に達し、効果範囲に至っては半径百メートル四方にも及ぶ。
どこの広域殲滅兵器ですか? えいえんのひょうが? これ、十分に大量破壊兵器じゃね?
と思ったが、怖くなったので、そのことは深く聞かなかった。
まあ、軍の工房だし、そう言うものがあっても不思議ではないだろう。
一応、欠陥品だと言う事は分かってるらしく、使う気はない様子だったし、触らぬ神にたたりなしだ。
あの連中と付き合い始めて分かったが、彼等も鷲羽ほどではないにせよ、十分にマッドサイエンティストの資質を持っている。
基本的にマッドと俺の相性は良くない。気の良い奴等ではあるが、仕事の付き合い以外で、必要以上に親しくなりたいとは思わなかった。
それにまあ、物は使いようだ。別に兵器として使わなくても、俺が平和利用すれば問題ない。
あれを湖で使えば、氷らせることも可能だろう。複数台あれば、広範囲に渡ってかなりの面積を確保出来るはず。
扱いに困って倉庫で埃を被って困っていた様子だし、俺が貰っても問題ないだろう。
「また、何か面白そうなことを考えてそうね」
勘のよろしいことで。自分も一枚話しに噛ませろと言わんばかりに、フローラが目で訴えてくる。
フローラは、こう言う匂いを嗅ぎつけるのが非常に上手い。だからこそ、厄介なのだが……。
まあ、今回は隠すような内容でもないし、俺はフローラにも手伝って貰うことにした。
ラシャラのお別れ会なんだ。無粋な真似はしないだろう。
「なるほど。氷の上を、たくさんの人が乗っても大丈夫なくらい頑丈にすればいいのね?」
話の理解が早くて助かる。
フローラに、俺の世界にある『スケート』と言うスポーツについて軽く説明する。
どうやら興味を覚えたようで、早速、二人で分担して準備に取り掛かることになった。
氷の強度を上げるために、念のため工房の倉庫で眠っている大型冷却装置を持っていくことに――
ただ、そのままでは危険なので、改良して持って行くことになった。
フローラも、工房の技師達に、そんなに危険な物だとは聞かされていなかったらしく、顔を青くしていた。
あの技師達の業とらしい態度が気になっていたのだが、やっぱり、内緒にしてたんだな。あいつら……。
この国のトップに似て、傍迷惑な奴等だと俺は思った。
【Side out】
【Side:フローラ】
我が国の工房の技師達は確かに優秀なのだが、人の迷惑を顧みないところがあり、何よりも面白いこと、自分達の欲求を優先するところがある。
女王の私にまで隠し事をしているなんて……後で、しっかりと言い付けておかなくてはいけないと思った。
しかし、本当に誰に似たのだろうか?
「でも、次々と面白そうなことを考える子ね」
氷の上を滑る。そんな事を遊びにしようなどと考える人間が、他に居ただろうか?
やはり、太老の着眼点は素晴らしい。話を聞いている限り、確かに面白そうな試みだと私は思った。
大量の水と、水を氷らせる装置があれば、別にあの湖まで行かなくても可能そうだ。
北部に比べ、比較的温暖なこの首都でも、この遊戯は可能だろう。
「商会の事業の一つとして考えてみても、確かに良いかも知れないわね」
恐らくは、太老もそのつもりでこんな提案をしたのだろう。
パーティーの参加者は、マリア、ユキネ、ラシャラ、キャイア、それに私の、いつものメンバー。
皇宮や商会で手が空いている者もいれば、ラシャラと親しかった人もいるので連れて行きたいと言っていた様子から察するに、あらかじめ問題がないかをテストしておきたいのだと私は考えた。
これまで、太老の行動を色々と観察してきたが、彼の行動はすべて、彼にとって都合が良い方向に物事が上手く転ぶように出来ている。
これを偶然として片付けてしまうには、確かにマリアの言うように思慮浅はかと言うものだ。
私にとっては、それが偶然でも、必然でも関係はない。
大事なことは太老が結果を残していると言う事、そして、その結果がハヴォニワの理に叶っていると言う点だけだった。
「太老ちゃんのお陰で、この国が良くなっているのも事実」
ならば、疑うことばかりをせず、もっと彼を信じて行動しても良いのではないか? と、私は考え始めていた。
それが商会の設立を支援し、私財を投げ出してまで、彼を援助しようと考えた本当の理由だ。
リスクばかりを考えていたのでは、この国はいつまで経っても良くはならない。
だからこそ、太老に賭けて見ようと私は考えた。
きっと、その先にハヴォニワの未来があるのだと信じて――
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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