【Side:太老】

 光の射さない暗闇の中で、俺達は苛烈な争いを繰り広げていた。

「マリア、お前が仕向けたのか!? ここまで育ててやった恩を忘れおって!」
「これは戦争≠セって言ったのは、タロウさんではありませんか!」
「ハハハ、甘いわ! その陣地は我が貰った――っ!」
『――なっ!』

 俺の箸に掴まれているのはドリアンぽい%艪フフルーツ。

 この戦争≠フルールはただ一つ。

 僅かな光も射さない暗闇の中、中身の分からない鍋に箸を突っ込み、掴み上げた物は何であっても食べきらなくてはならない。
 食べられない物は入っていないとはいえ、あらゆる食材が一つの鍋でごった煮されたそれは、一口ではとても言い表せない絶妙な味のハーモニーを奏でてくれる。極稀に美味なことがあるが、そんなのは本当に稀だ。
 美味しいものを探すんじゃない。如何にして、食べられるものを手にするかだ。

 そう、これはまさしく戦争だった。

 現在、俺が掴み上げているのはマリアが入れた具材。ドリアン(?)だ。
 さすがに濁った鍋の中身までは分からないが、暗闇にも随分と目が慣れ、鍋から取り出せば、それが何の食材かまで分かる。
 故に、知らなければ食える物でも、知れば躊躇するしかない。
 そしてラシャラは、俺とマリアが争っている隙に、俺達が目星をつけていたエリアに箸を伸ばす。

「見よ! 肉じゃ!」

 アタリを引いたようだった。
 ラシャラの箸に掴まれ、暗闇の中、眩しいほどに輝きを見せるお肉様=B

「ひっ――!」

 マリアは肉は肉でも、俺が入れたイモリぽい黒焼き≠掴んだようで、箸を持ったまま固まっていた。
 まあ、食えることは俺がすでに実証済みなので問題はない。
 あれは薬にもなる。実際に、市場に行けば漢方薬として売られているほどだ。

 そう、これは戦争≠セ。

 どれだけ仲の良い友達でも、家族でも、恋人でさえも、その瞬間――皆、敵へと変貌する。
 恐るべきは、このカオスな状況を生み出した俺の才能。

「そういや、鍋と言えば、友達と闇鍋≠ニかやったな。あれは、まさしく戦争≠セった」

 などと、過去の思い出話なんかをしたのが、そもそも間違いのはじまりだった。
 コタツの魔力にほだされ、俺も気が緩んでいたのだろう。
 闇鍋に興味を覚えたマリアとラシャラ、それにフローラの提案により、急遽、晩飯は闇鍋に変更され――

「誰じゃ!? カ、カエルなんて入れたのは!」
「あら? ラシャラちゃん、アタリを引いたわね。大丈夫よ、ちゃんと食用のだから」
「――フローラ伯母!」

 ハヴォニワの黒歴史≠ニして、後世に語り継がれることになる裏の伝統料理『闇鍋』。
 食す時には十分注意を、友情に亀裂が入るかも知れません。

 ご利用は計画的に――





異世界の伝道師 第21話『太老の告白』
作者 193






「昨日は酷い目にあったの……」
「まったくですわ……」

 まさに、地獄絵図と言っても過言ではない惨状だった。
 食い終わった後の面々は、皆、鍋を囲んでグロッキー状態。
 マリアなど、うわ言のように――

「闇鍋怖い闇鍋怖い闇鍋怖い」

 と、繰り返し呟いていたほどだ。一晩経った今も顔色が優れない。
 昨日のことが頭から離れず、どうしても気分が晴れないらしい。
 しかし、そんな中、人一倍元気だったのがキャイアとユキネ、それにフローラだった。
 キャイアとユキネはと言うと――

「昨日の鍋ですか? ええ、美味しかったですよ」
「うん。美味しかった」

 そのキャイアとユキネの感想を聞いて――

(とんでもない強運の持ち主なのだろうか?)

 そう思ったのだが、従者や使用人達の方の鍋の食材は、極普通だったらしい。
 やはり、良識ある人達が集まれば、闇鍋とて普通の鍋。無難な食材ばかりならば、確かに失敗はないだろう。

 俺の鍋の参加者は、コタツを四方に囲んで、俺、マリア、ラシャラ、フローラだったからな。
 癖の強い面々ばかりだ。しかも、全員が全員、自分で料理をしたことなど、殆どないに違いない。
 そんな面子で闇鍋などすれば、結果など、最初から分かりきっていることだった。

 しかし、不思議なのがフローラだ。

 自分だけは、普通の肉や野菜など、無難な物にしか手をつけていなかったと言う事だ。
 その分、他の三人に危険な物が集中してしまう結果となった。
 あの濁った鍋の中身を、暗闇の中、把握していたとでも言うのだろうか?
 ありえないと言いたいが、フローラならそのくらい平気でありえそうなので怖い。

「しかし、何故、御主はそれほど元気なのじゃ?」
「まあ、あのくらいなら慣れてるしね」

 そう、この世界の天然食材≠ナ作られた闇鍋ならば、まだあちらのバラエティーの富んだ、混沌とした闇鍋よりもマシだ。
 バナナなど小手調べ、ピータン、アメリカンドッグ、挙句にはハバネロ丸ごとやイナゴの佃煮なんてのもあった。
 明確な禁止ルールを決めて置かなければ、缶詰やパン、プリンやヨーグルトなどと言った物も入り、鍋は一層の混沌さを増すことになる。
 前世に、俺が学生時代やっていた闇鍋と言えば、そんな怪しげな食材ばかりの闇鍋だ。

 昨日した闇鍋は、確かにちょっとアレな食材も入ってはいたが、基本的に天然物ばかりの良い食材が揃えられていたので、食えないと言うほどの物ではなかった。
 美味しいとも言えないが、決して不味くはなかったと俺は思う。
 でなければ、最後まで完食することは不可能だっただろう。
 あちらの世界の闇鍋は、すべての食材を完食することすら困難だったからだ。

「最初に言い出したのはタロウさんですからね。
 タロウさんなら、毒でも美味しく平らげるに違いありません」
「そうじゃな、太老じゃしな……」

 好き放題、言われ放題です。二人も最初はノリノリだったじゃないか。
 まあ、これに懲りて、闇鍋をやりたいなどと、二度と自分達から言い出すことはないだろう。
 一つ、勉強になったと思えば、この一時の苦痛も安いものだ。

「そう言えば、ラシャラちゃん、帰るのは明日だっけ?」
「うむ。国境までは定期便に乗って、そこから迎えの船でシトレイユに帰国することになっておる」

 保養地から国境まで続く渓谷は、たくさんの船が行き交うには狭いため、事故を防ぐ目的で定期便のみでの運行を行っている。
 以前にマリアと一緒にユキネを迎えに行った場所がそうだ。
 あの辺りには貴重な原生林が生息していて、ちょっとした観光名所になっている。
 俺も初めて目にした時には、巨大な大樹の幹が渓谷を覆いつくす、その幻想的な光景に感動を覚えたものだ。

「それじゃ、明日は国境まで送って行くね」
「よいのか?」
「もちろん。独り占めはよくないよ。一緒に楽しもう」

 ラシャラの見送りをしたいと言う気持ちも確かにあるが、せっかくこっちに来たのだ。もう一度、あの光景を目にしておきたい。
 それに今なら、雪化粧をまとった一際違った景色を拝めるに違いない。

(普段、余り遠出しないのだから、こう言う機会を利用して上手く気分転換をしないとな)

 最近はフローラのせいで色々と面倒に巻き込まれ、心身ともに疲労が溜まって来ているし、リフレッシュする機会も必要だ。
 昨日、自然の中でスケートをして思ったが、大自然は素晴らしい。
 都会の便利な生活も楽しいが、たまにはこう言うところで自然に囲まれて、心から疲れを癒すのも悪くはない。

【Side out】





【Side:ラシャラ】

「それじゃ、明日は国境まで送って行くね」

 見送ってくれるのは嬉しいが、今や太老も商会の長だ。
 忙しい時間を縫って、我のために態々、今回の時間を空けてくれたことは分かっておる。
 さすがに、そこまでさせるのは気が引けるのじゃが……。

「よいのか?」
「もちろん。独り占めはよくないよ。一緒に楽しもう」

 どうあっても見送らずにはいられないらしい。
 心配してくれる。想ってくれていると言うのは嬉しいが、しかし独り占め、一緒に楽しもうとは何のことじゃ?

 そうか! 昨日、見せてくれたスケートのことや、商会の運営方針について言っておるのじゃろう。
 我は目先の利益ばかりに執着し、それを使って如何に利益を生み出すか? 商会を大きくするか? と、そのことばかりを考えておった。
 しかし、過ぎた行動は、他の商人や貴族達の反感を買うことに繋がる。

 そのことで、我に危険が及ぶかも知れぬと、心配してくれておるのじゃ。
 利益を商会だけで独占するのではなく、出来るだけ市場に還元し、中枢にも粉を掛けておけと、そう言いたいに違いない。
 今一度、我にそのことで釘を刺しておきたかったのじゃろう。
 見送りに来ると言うのも、不甲斐ない我のことを心配して、我が従者に釘を刺しておくつもりなのやも知れぬ。

 まったく、情けない。

 太老に心配を掛けまいと張り切った結果、そのことを見透かされ、逆に心配を掛けてしまうとは……。

【Side out】





【Side:太老】

 何故か、ラシャラが浮かない表情をしている。
 そうか! 俺が見送りに行くのを口実に、観光を楽しんでいると思われたに違いない。
 いや、見送りに行くのも、ちゃんとした理由なんだよ?

(俺は、俺は何てことを……)

 子供達に心配を掛けまいと決意したと言うのに、こんなにも直ぐに、ラシャラを傷つけるような態度を取ってしまうなんて……。
 昨日のスケートが成功したことで、浮かれていたのかも知れない。
 とにかく、こんな状態でお別れするなんてことは、絶対にあってはダメだ。
 仲直りしないと、せめて、何か気の聞いた言葉の一つでも言えれば――

「ラシャラちゃん」
「……なんじゃ?」
「俺、ラシャラちゃんのことが大好き≠セから、その……どちらも俺の本音≠セから」

 これが、俺の限界だった。
 もっと上手く言葉をまとめられれば良かったのだが、今の俺の素直な気持ちを伝えるならこれが精一杯の言葉だ。
 ラシャラの見送りと言いながら、観光気分で楽しんでいたのも事実だ。
 そのことを言い訳するつもりはない。だから、少しでも誠実に本心を語ろうと俺は思った。
 俺の話を聞いて、ラシャラは困惑気味に、こちらの表情を窺っている。
 それはそうだろう。そして、きっと呆れているに違いない。しかし――

「御主の気持ち……確かに受け取ったぞ」

 どうやら、俺のことを許してくれたようだ。
 ラシャラのことだ。あの一言で、俺の事情も察してくれたのだろう。
 また、心配を掛けてしまったな。明日の見送りくらいは、せめて、ちゃんとしてあげよう。

【Side out】





【Side:ラシャラ】

「ラシャラちゃん」
「……なんじゃ?」

 自分が情けなくて仕方ない。今の我の態度もよくなかった。更に心配を掛けてしまったようじゃ。
 あの困った顔を見れば、我のことを気遣ってくれておると言う事が、手に取るように分かる。

(我から謝り、これからのことを相談するべきか?)

 しかし、それでは更に太老に心配を掛けてしまう気がしてならない。

「俺、ラシャラちゃんのことが大好き≠セから、その……どちらも俺の本音≠セから」

 太老は今、何と言った? 我のことが好き≠ニ、そう言ったのか?
 いや、太老のことじゃ、友達≠ニしてや家族≠ニしてとか、そう言う意味なのやも知れぬ。早合点は禁物じゃ。
 しかし……好きか。そう言われて嫌な気はしない。

 それに、太老は本音≠ニ言った。
 どちらもと言うのは先程の話と、今の告白のことを言っておるのじゃろう。
 我も太老のことは嫌いではない。いや、むしろ好きと言っても良いくらいじゃ。
 尊敬もしておるし、太老の人柄も気に入っておる。しかし、面と向かって言われると恥ずかしいものじゃ。

「御主の気持ち……確かに受け取ったぞ」

 今は、こうとしか答えられん。
 自分の気持ちが、どう言ったものか、我には、まだはっきりと分からぬ。
 それに、今の我では太老に、とても相応しい相手とは思えぬ。

 しかしいつか、気持ちの整理をつけ、自分で自分を認めてやることが出来る、その時が来れば――
 太老、御主の気持ちに真摯に向き合い、必ずや答えをだそう。

 だから、今はこれで許して欲しい。

【Side out】





【Side:マリア】

「俺、ラシャラちゃんのことが大好き≠セから、その……どちらも俺の本音≠セから」

 思わず飛び出してきてしまった。
 タロウさんが、ラシャラさんに告白を?
 信じられない。それでは、私のタロウさんへの想いは……。

「いえ、まだ、そうと決まった訳ではありません」

 そう、あの好き≠ェ恋愛的な意味と決まった訳ではない。
 それに、あのラシャラさんが受けると決まった訳でもない。
 彼女は私と同じ、まだ十一歳だ。結婚が出来る年齢でもない。
 まだ、私にもチャンスはたくさんある。むしろ、彼女よりもタロウさんと接する機会が多い分、チャンスは多いだろう。

「まだ、胸がドキドキしています」

 思わぬ伏兵だった。やはり、ラシャラさんは私の宿敵(ライバル)なのだろう。
 しかし、この勝負だけは負ける訳にはいかない。決して譲れるものでもない。
 私のタロウさんへの愛は――本物≠ネのだから。

「ま、負けませんわ!」

 それは、ラシャラさんへの宣戦布告。そして、私の決意の言葉だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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