【Side:ラシャラ】

 太老が倒れたと言う連絡があった。危惧していた事態が現実のものとなってしまったようじゃ。
 本部だけでなく、支部や傘下の各店舗にも通達があった。
 それは太老が何故倒れたのかと言う理由。そして、これから我らがそのことに対し、どう向き合っていくのかと言う事じゃ。

 少なからず、皆、ショックを受けているようじゃった。
 太老の存在は、この商会に置いては絶対≠ニ言ってもよいほど必要不可欠なものじゃ。
 皆が、太老に大きな夢≠ニ期待≠抱き、そしてそのカリスマ性≠ニ強さ≠ノ憧れ、依存していたと言われても仕方がない。

 現実、誰もが太老ならば大丈夫だと、高を括っておったのは否定できない。
 通常の者であれば二日ともたないオーバーワーク≠ナあるにも関わらず、無理に止めようとする者は誰一人としていなかった。
 太老も人間だ。そのようなことを続ければ、結果はどうなるかなど目に見えて分かっておったと言うのに――
 むしろ、そんな状態で半年近くも働き続けた太老の精神力は、異常と言っても過言ではないじゃろう。

「皆の様子はどうじゃ?」
「ショックは受けているようですが、太老様にばかり負担を強いる訳にはいかないと、奮起している者達が殆どです」
「……そうか」

 アンジェラの報告を受けて、思わず笑みが零れ落ちる。
 皆、それぞれに自分の答えを導き出したようじゃった。どうやら、無駄な心配だったようじゃな。
 やはり、こう言うところにも、太老の影響力は及んでおるのじゃろ。
 その信念≠ニ理念=B正木太老と言う人物を知れば知るほどに、皆が彼に心酔していく。
 彼の目指す先に商会の、この世界の未来があると皆が信じておる証拠じゃ。

「『より住みよい世界に』か……太老らしい尊大な願いじゃ」
「でも、彼ならば叶えられる気がします」
「ええ、ラシャラ様がお認めになった方です。私も信じています」

 アンジェラ、そしてヴァネッサの言うように、我も太老のことを信じていた。

 確かに太老ならば、どうにかしてしまう気がする。
 皆が裕福に、幸せに暮らせる世界などありはしない。しかし、太老は敢えて、その矛盾に挑もうとしておる。
 少しでも多くの人々を救おうと、何もしなければ零れ落ちるはずの命を救い上げようと、その強い意志が太老を突き動かす。
 その結果、無茶を続け、倒れることになった訳じゃが、その原因の一端は我々にもあることは否めない。
 幾ら太老でも、一人では難しい願いやもしれぬ。じゃが、その願いは我らの理想でもある。
 正木商会のスローガン『より住みよい世界に』か……。難しいが、遣り甲斐のある仕事ではないか。

「マリアにばかり任せてはおれぬ! やるぞ! アンジェラ、ヴァネッサ!」
『――はい!』

 太老に見せてやるのじゃ。我らが、もっと頼りになると言う事を――

【Side out】





異世界の伝道師 第27話『同盟発足』
作者 193






【Side:太老】

 まさか、よりにもよって、マリアにこんなところを見られてしまうとは……。

 どうやらユキネは、うなされて体を震わせていた俺の容態を早合点して、人肌で温めようとしてくれたらしい。
 ってか、その方法は風邪の時にやる方法じゃない。漫画とかでよくある雪山遭難時のシチュエーションじゃないか。
 このノリはどう考えても、異世界人の伝えた誤った文化≠ニか言う奴だろう。まったく、本当に碌なことをしない。
 ユキネに一応は説明してもらったが、マリアは納得が行っていないのか? ずっと、俺の方を睨んでいた。
 まあ、あんな光景を見せられれば、文句の一つも言いたくはなるだろう。

「マリアちゃん、誤解だったんだし、いい加減に機嫌を直してくれないかな?」
「…………」

 ダメだ。取り付く島もなしって奴だ。機嫌を相当に損ねてしまったらしい。
 そりゃ、俺のことを信用してユキネに看病を任せてくれたんだもんな。
 なのに、不可抗力とは言え、ユキネとあんな事になって、きっと失望されたに違いない。

 裸のユキネに抱きつかれて嬉しかったのは事実だし、献身的に看病してくれるユキネに対し、欲情を抱いていたのも確かだ。
 男として、そのことを言い訳をするつもりはない。
 第一、ユキネの勘違いとは言え、そもそも仮病だった訳だし……。

 しかも、マリアは俺の代わりに、残っていた一週間分の仕事やってくれていたそうだ。
 それなのに、俺のやっていたことと言ったら、傍目から見たら美少女とイチャイチャして喜んでただけに過ぎない。
 それでは、マリアが怒るのも無理はないだろう。

「あの……タロウさん」
「ん? な、何かな?」
「ユキネと一緒に寝て……嬉しかったですか?」

 嬉しくない訳がない。だから、もう勘弁してください。十分に反省しています。二度としませんから。
 マリアの尋問の一字一句が、俺の良心にブスブスと音を立てて突き刺さる。
 こんな質問、どう答えればいいと言うのか? しかし、ユキネもマリアの後ろから、じーっとこちらの様子を窺っている。
 ここで下手なことを言えば、ユキネを悲しませてしまうだろう。
 だからと言って、余りに本当のことを言ってしまえば、間違いなく変態≠フ烙印を押されるに違いない。

(神よ! どうして俺に、こんな過酷な試練ばかりを与えるっ!)

 そう考えたら、頭の中にあの三人の女神が浮かんだ。
 ああ、あの人達なら平気でやりそうだ。
 特に一人、確実に『その方がおもしろそうだから』の一言で済ませてしまいそうな人物を知っている。
 いや、絶対にやるだろう。この世界に俺が迷い込んだ原因を考えても、間違いなくそこに行き着く。

「嬉しかったよ! ユキネさんみたない美人に甲斐甲斐しく看病されて、一緒に添い寝なんかされたら嬉しくない訳がない!」
『…………』

 案の定、俺の告白を聞いた二人は、そのままの状態で固まっていた。
 もう、こうなったら焼けだ。あれこれと言い訳したり、隠しても仕方ない。
 男なら嬉しくない訳がないんだ。ならば、誠実にすべてを正直に話そう。

 例え、そのことで変態認定≠ウれようとも、良い機会だし、一度、腹を割って正直に話をした方がいい。
 この際、俺がどう思われるかよりも、彼女達が自分達の魅力≠自覚していないことが一番怖い。
 そのことをきちんと伝えておかないと、後々、絶対に厄介なことになる。
 彼女達のような美少女に迫られたり、甲斐甲斐しく世話をされれば、男なら誰もが欲情しておかしくない。
 むしろ、それが正常な反応と言うものだ。

 ここは、自分達が魅力的な女性だと言う事を、しっかりと教えてやるべきだろう。
 家庭的な神、暴力的な神、マッドな神は知っているが、救いの神など、この世界のどこにもいないことを俺は知っている。
 最後に自分自身を護れるのは自分だけなんだ。これは俺の人生経験に基づく、厳然たる事実だ。
 だからこそ、二人にはしっかりと、そのことを教えておかなくてはいけないと俺は心を鬼にする。

「ユキネさんは自覚がなさすぎる! もっと自分の魅力≠ノ気付くべきだ!
 あれじゃ、襲ってくれと言ってるようなもんだぞ!?」
「……美人? 魅力?」
「あと、マリアもマリアだ! いくら俺が病気だからって、自分の部屋でユキネに看病させる奴がいるか?」
「え……」
「女の子なんだから、もっと危機意識を持ってくれ。
 マリアみたいな可愛い子≠ェ大好きなロリコンだって、世の中にはゴロゴロしてるんだぞ!?」
「可愛い……私が?」

 言いたいことは言った。これで全部と言い切れないが、伝えたいことは言葉に出来たと思う。
 これは、かなりきつい。精神的にドッと疲れた。肩で息をしているのも、そのせいだ。
 しかし、これは言っておかなくてはいけない。今後、同じことが続けば、俺の理性が保つとは限らないし、精神的にも二度とあんな苦行を強いられたくはない。

 第一、世の男性どもは皆、狼と思うくらいで丁度いいんだ。特に、二人くらい可愛ければ余計だ。
 まったく、以前からずっと思っていたことだが色々と無自覚すぎる。
 こうなる前に、もっと早くに注意しておくべきだったのかも知れない。

 だが、これで終わったな。

 嫌われることは覚悟していたが、実際にやってしまった後だと、少なからず後悔の念が強い。
 案の定、マリアとユキネは俺と目を合わせようとしない。
 これは、かなり嫌われてしまったと思うべきだろう。

「……ごめん。少し言い過ぎたかも知れない。
 でも、俺のような奴≠ェいるってことを、もっと分かって欲しいんだ」

 そう言って、俺は俯いたままの二人を背に、部屋からそっと出て行く。
 ――俺のような奴。そう、こんな邪な考えを持つ男はたくさんいる。
 まだ俺は自制心が働いたからいいが、世の中、狼≠セらけだと言う事を忘れないで欲しい。

 二人とも結局、俯いたまま、一言も何も言ってくれなかった。
 悲しくない何て言うのは強がりだ。しかし、これはある意味で自業自得の結果だ。
 しばらくは口も聞いて貰えないかも知れない。もう、前のような関係に改善できるかは分からない。だが、その努力はするようにしよう。

 罪滅ぼしと言う訳ではないが、マリアに任せきりになっていた仕事を、少しずつでもやっていくことにする。
 今更ではあるが、少しでも真面目なところを二人に見せて、反省していると言うところを見せなくては……。
 女々しいようだが、それが今の俺に出来る精一杯のことだった。

【Side out】





【Side:マリア】

「マリアちゃん、誤解だったんだし、いい加減に機嫌を直してくれないかな?」

 タロウさんは誤解だと言う。
 確かにユキネから事情は聞かせてもらったし、タロウさんがそんな事をする人じゃないと言う事は信じているつもりだ。
 しかし、理性と感情は別物だ。信じてはいても、あの光景を見た後では、とてもじゃないがいつものようには振舞えない。
 こんな態度を取れば、また彼に余計な心配を掛けてしまうことは分かっているのに、どうしても素直になれない自分がいた。
 一言、彼の本心が聞ければ楽なのに、臆病な私にはそれも出来ない。
 だったら、せめて――

「ユキネと一緒に寝て……嬉しかったですか?」

 ユキネのことをどう思っているのかを彼に聞きたかった。
 こんな事を聞くのは卑怯だとは思う。しかし、彼も嫌な相手と床を一緒にしないはずだ。
 もし、彼がユキネのことを好きだとしたら、私は受け入れることが出来るだろうか? いや、きっと無理だ。
 相手がユキネであったとしても、きっと、私はその事実に耐えられない。だけど、どうしてもこの場で聞いておきたかった。

 でなければ、明日から彼と向かい合って、いつものように過ごせる自信がない。
 いつまでも、今日のことを引き摺ってしまうに違いない。
 だからこそ、彼の答えがどんな答えだとしても、一つの区切りをつける意味で彼の本心を聞いておきたかった。

「嬉しかったよ! ユキネさんみたない美人に甲斐甲斐しく看病されて、一緒に添い寝なんかされたら嬉しくない訳がない!」
(――!? やはり、タロウさんはユキネのことを)

 ある程度は予想していたこととは言え、ショックが隠しきれない。今の私は酷い顔をしていることだろう。
 一番の恋敵(ライバル)はラシャラさんかと思っていたが、まさか、こんな身近に最強の恋敵(ライバル)がいるとは考えもしなかった。
 いや、ユキネならば、ある意味で納得が行く。彼女は女の私の目から見ても、十分に魅力的な女性だ。
 タロウさんがユキネに心を奪われても仕方のないことだと思う。

 彼の能力に釣りあうかと言う話をすれば、ユキネでも決して十分だとは言えない。
 しかし、彼はそんな事で相手を選ぶような人ではない。
 文句一つ言わず、献身的に看病をするユキネの優しさに、彼はきっと魅せられたのだろう。
 だからこそ、先程のような言葉が出る訳だ。

(こんな事なら、私が看病をしておけばよかった)

 今頃になって、ユキネに看病を任せた自分の愚かさを嘆き、後悔の念が襲い掛かる。
 いや、そんな打算的なことを考えているから、きっと彼に選んで貰えなかったのだ。
 やはり、私は身を引くべきなのかも知れない。こんな考えが頭を過ぎる時点で、彼に相応しいとはとても思えない。

「ユキネさんも自覚がなさすぎる! もっと自分の魅力≠ノ気付くべきだ!
 あれじゃ、襲ってくれと言ってるようなもんだぞ!?」
「え……美人? 魅力?」

 ユキネが驚いている。タロウさんのあんな姿は、初めて見た。
 凄い剣幕で必死になって、ユキネを叱り付ける彼を見ていると胸が締め付けられるようだ。
 彼女のことを、それほどに心配していると言う事だろう。

 確かに裸になってベッドに潜り込むなど、いくらなんでもやり過ぎだ。
 それだけ、ユキネも必死だったのだろうが、相手がタロウさんでなければ大問題だった。
 もっとも、幾らユキネでも、嫌いな相手にあんな事はしないはずだ。
 それだけタロウさんのことを、彼女も密かに想っていたと言う事に違いない。

 でも、これで決まりだろう。両想いであるのなら、私の入り込む余地など微塵もない。
 胸が張り裂けるほど苦しかった。なのに、こんな時だと言うのに、涙の一つも出てこない。
 嘘であって欲しい。悪い夢であって欲しい。そう言う願望が、私に現実感を与えてくれない。
 決して届かない想い。空虚になった心の中を、冷たい風が静かに通り過ぎていくような感覚を、私は感じていた。

「あと、マリアもマリアだ! いくら俺が病気だからって、自分の部屋でユキネに看病させる奴がいるか?」
「え……」

 彼が何を言いたいのか分からない。
 ただ、自分の名前が呼ばれて、私は反射的にその声に反応をする。

「女の子なんだから、もっと危機意識を持ってくれ。
 マリアみたいな可愛い子≠ェ大好きなロリコンだって、世の中にはゴロゴロしてるんだぞ!?」
「可愛い……私が?」

 彼の言葉に反応し、私の胸がドクンと音を立てて、勢いよく脈打った。
 彼から『可愛い』と言われ、先程まで無気力だったはずの体に、温かな力が戻ってくるのを感じる。

 何故、今頃になってそんな事を言うのか?
 ユキネのことが好きなのではないのか?

 分からない。でも、彼に『可愛い』と言ってもらえたことが嬉しかった。
 そして、必死になって怒鳴っていたのも、私のことをユキネと同じように気に掛けてくれているからだと分かった。
 現金なものだ。先程まで沈んでいた心が、今では嬉しさから彼への想いで一杯になる。

「……ごめん。少し言い過ぎたかも知れない。
 でも、俺のような奴≠ェいるってことを、もっと分かって欲しいんだ」

 俺のような奴=\―彼はそれだけを言い残し、部屋を後にした。
 私もユキネも恥ずかしさから、彼の顔をまともに見ることが出来なかった。
 本当なら、すぐにでも後を追いかけたかったが、この心臓の高鳴りが静まるまでは、部屋を出て行けそうにない。
 顔も、きっと真っ赤になっているに違いない。案の定、ユキネも俯いたまま、その場を動けないでいるようだった。

「ユキネ、タロウさんのことを、どう思ってるの?」
「……正直に言うと分かりません。ただ、太老に告白されて、決して嫌な気はしませんでした。
 ですから、きっと私も、マリア様と同じ気持ちなのだと思います」

 私は考える。タロウさんは悲しげな表情で『俺のような奴』と最後に仰った。
 そして、ユキネのことを美人で魅力的だと言い、私のことも可愛いと言ってくれた。
 これは、『俺には一人だけを選ぶことは出来ない』と、きっとそう仰りたいのだろう。

 タロウさんは自分を犠牲にしても、他人の幸せのために身を削ってまで頑張るような人だ。
 きっと、誰か一人だけを選べば、他の誰かを傷つけてしまう。そのように考えているのだろう。
 そうすると、彼はこれから先、誰も選ばず、ずっと独りで孤独に生きていく気なのかも知れない。

 しかし、誰よりも幸せになる権利がある人が、自分から幸せになる権利を放棄するなんてことが、本当にあってよいものなのだろうか?
 そして、その原因の一端が、私達にあると思うと心苦しくてならない。

「私は自分も幸せになりたい。でも、タロウさんにも幸せになって欲しい」
「……私もです。太老のあんな悲しそうな顔を、私は二度と見たくありません」

 ユキネも同じ想いだったようだ。ならば、可能だろう。
 多少気に食わないところがあるが、タロウさんのためだと思えば、ラシャラさんのことも許容できるはずだ。
 それに彼女は彼女なりのやり方で、タロウさんのために頑張ってくれていることを、私は知っている。

「なら、同盟を結びましょう」

 私はユキネに提案する。それは、この状況を打破する唯一の希望。
 取り合うのではなく、争うのでもなく、彼の愛を皆で分け合う。
 誰よりも争いを嫌い、他者の幸せを望む、そんな彼の心を汲んだ方法がそれだった。

 もちろん、本当に彼のことを心から想い、考えてくれる女性でなければ同盟に加える気はない。
 今のところ、私、ユキネ、それにラシャラさん。キャイアは憧れと言う部分が強いようなので、様子見と言ったところだろうか?

 これから、私達も成長していかなくてはいけない。
 ただ同盟を築き、そのことに満足しているようではダメだ。それでは、彼に依存している現状と何も変わらない。
 彼の強さも、弱さも受け入れ、共に理想に向かって歩いていくことが出来る女性。
 難しいが、それが私達の目指すべき目標だ。

 そしてその先に、私達の目指す理想≠烽るはずなのだから――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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