【Side:マリア】
「タロウさん……毎日、こんなに多くの仕事をこなしていた何て」
タロウさんの看病をユキネに任せ、私は彼のやりかけだった仕事を代行していた。
そして、その仕事量を目の当たりにして、私は驚きを隠せない。
これが一日分だとすれば、少なく見積もっても、私の倍以上はある仕事量を、彼は毎日のようにこなしていたことになる。
だとすれば、やはりちゃんと体を休めていなかったのだろう。この分だと、本当に寝ていたのかも怪しい。
商会に泊り込んでいるのも、夜通しで仕事を行っているからに違いなかった。
「……無茶をし過ぎです」
しかし、その無茶をやってでも、一日も早く目的を果たしたかったに違いない。
それほどに国民のことを彼は想い、考えてくれていたと言う事だ。
結果、彼は『より住みよい世界に』と言う願いを実現するために、皆のために身を削って、倒れるまで仕事を続けてしまった。
そして、私達にもその責任はある。
結局、彼に寄せる期待≠フ部分が大きかったのだ。そのため、彼に依存≠オすぎていた私達≠フ責任は重く、とても大きい。
私達は今一度、身を振り返らなくてはいけない時に、直面しているかも知れない。
このままでは、また何時、彼が倒れるまで無茶をやってしまうか分からない。
今のままであれば、必ず、その時がやってくるだろう。
『何か、御用でしょうか? マリア様』
「皆を集めてもらえますか? ええ、商会で働く職員すべてです」
彼だけに、すべてを背負わせるわけにはいかない。
『より住みよい世界に』
これは、私達の夢≠ナもあるのだから――
【Side out】
異世界の伝道師 第26話『太老の精神苦行』
作者 193
【Side:太老】
「太老、あーん」
「あ……一人で食べられるんだけど?」
「ダメ。マリア様のお願いだから」
羞恥プレイもいいところです。病人(?)の俺は、現在、ユキネに甲斐甲斐しく食事を食べさせてもらっている。
どうやら、マリアに俺の看病を言い付けられたらしく、付きっ切りで世話を焼いてくれている。
嬉しいのだが、余りに献身的過ぎて逆に恥ずかしい。そのせいで、俺の心臓は常にドクンドクンと脈打ってる状態だ。
これでは、全然ゆっくり休めない。しかも、熱を測るときは必ずと言ってよいほど、ユキネは額を合わせて来る。
さすがにこれでは落ち着かないので、理由を尋ねてみたら――
「異世界人から伝わっている風習のようなもの」
異世界人……まあ、気持ちは分かるけど、もっと自重して欲しい。
ユキネには悪気がない分、余計に性質が悪い。これでは悪循環だ。
熱っぽくなっているのを勘違いされているから、ベッドからいつまで経っても出してもらえず、かと言って本当のことも言えない。
しかし、こんな事を繰り返されて興奮しないほど、無能でも、淡白でもなければ、枯れている訳でもない。
(どうしろと!?)
いっそ、本当のことを暴露して、ユキネと既成事実を作ってしまえば色々とすっきりする気もするが、そんな事をすれば今まで築き上げてきた信頼も実績もすべてが台無しになる。
それに、信用してくれているマリアを裏切るような真似はしたくない。
ユキネだって、こんなにも俺のことを心配してくれているのに、裏切るような真似が出来る訳がない。
やはり、強い忍耐力で我慢するしかなさそうだ。
『心頭滅却すれば火もまた涼し』
と言う言葉もある。
気持ちを落ち着かせるんだ。ようは慣れだ慣れ。ユキネはあくまで善意で看病してくれてるんだ。
それに欲情するなんてことがあってはいけない。
そう、こうして深呼吸すれば――
「太老、ちょっと汗臭いね。待ってて、体を拭いてあげるから」
そう言って俺の服を脱がし、濡れタオルを手に、ピッタリと体を摺り寄せてくるユキネ。
(って、我慢できる訳ね――っ!)
俺の精神鍛錬と言う名の苦行は、はじまったばかりだった。
【Side out】
【Side:マリア】
皆、沈痛な趣で、私の話に聞き入っている。
タロウさんが倒れたと言う事、そして、その原因の一端は私達にもあると言う事を話した。
当然、私やお母様にも問題があったことを皆に話、そのことを深く謝罪して。
そして、これからのことを皆で考え、見つめ直そうと話す。
「私一人の力では、とてもではありませんが、タロウさんの代わりなど務めることは出来ません。
ですが、皆さんの力を結集すれば、きっとタロウさんの負担をもっと軽減できるはずなのです!」
タロウさんに頼ってばかりではダメだと――
ここは、私達の商会≠ナもあるのだと――
彼と共に理想を追い求めるのであれば、私達も変わらなくてはいけない。
その岐路に、今、私達は立たされている。だから、深く頭を下げ、協力をお願いする。
この国をよくするために、そして、タロウさんにこれ以上の負担を強いらないためにも――
「お願いします! 私に――タロウさんのために力を貸してください!」
――静寂が訪れる。
私の話を聞いて、ポロポロと涙を零す人達もいた。
皆に、私の気持ちが少しでも伝わったのであれば、それだけでも嬉しい。
皆、分かってはいたのだろう。このままではダメだと言う事に、気付いていたに違いない。
ここにいる人達は皆、タロウさんの夢に共感し、志を共にすると決め、正木商会の門を叩いた人達ばかりだ。
だからこそ、タロウさんの想いの強さ、そして願いの純心さが分かる。
そして、そんな彼に対する期待が大きいばかりに、依存してしまっていた自分達の不甲斐なさ。
それを、彼等も悔いているのだろう。
「俺はやるぞ!」
「私も! ここは私達≠フ商会ですもの」
「そうだ! 太老様やマリア様にばかり、頼ってはいられない!」
『やるんだ! 俺達の手でっ!』
皆の気持ちが一つにまとまっていくのが分かる。
すぐには無理かも知れない。タロウさんに頼らずともやっていけるようになるには、まだまだ時間が掛かるだろう。
しかし、これで正木商会は、また一歩、大きく成長することが出来るはずだ。
彼の理想は、私達の理想でもある。
そのためにも、変わるのだ。変えていかなくてはいけない。
『より住みよい世界に』
その言葉は、私達共通の願いであり理想。
そして、正木商会のスローガン≠ニして、今後も人々の心の中に生き続けることになる。
【Side out】
【Side:ユキネ】
太老は遠慮ばかりして、私の看病をちゃんと受けてくれない。
それに目を離すと、すぐにベッドから抜け出そうとする。
「もう、大丈夫だから」
などと言っていたが、その言葉を鵜呑みにすることは出来ない。
まだ、こんなにも熱が高いのに、痩せ我慢しているのが目に見えている。
お医者様も、肉体よりも精神的な疲労が大きいようだと、仰っておられた。
しかも、一日二日で回復しないほど、その疲労は大きなものだと言う事だ。
それだけ、彼の目的にかける想いが強いということなのだろう。放って置けば、また無茶をするに違いない。
仕事の方は、商会の皆とマリア様が、太老の分もと頑張ってくれている。
だから、私の役目は太老を休ませることだ。彼が何と言おうと、それだけは譲れない。
「うう……我慢……我慢するんだ」
うなされているようだ。我慢とは、仕事のことを言っているのだろう。
寝ていても仕事のことを考えている何て、やはり太老から目を離す訳にはいかないようだ。
彼の志は尊いものだ。その歩みを止めることは、きっと誰にも出来ない。しかし、病気の時くらいはしっかりと休んで欲しい。
マリア様も、皆も、もっと頼られることを望んでいるはずだ。
この国の未来は、彼一人で背負うものじゃないのだから――
「震えてる……寒いの?」
うなされながら、体を小刻みに震わせる太老。
どうすればいいのか? と、私は自分の知識を総動員して考える。
彼の看病をマリア様から任せれた以上、このままにしておくことは出来ない。
「そう言えば、こう言うときは体を温めるのが一番だって……」
以前に読んだことがある異世界人の残した文献に、そのようなことが書いてあったことを思い出す。
たしか、人肌で温めるのが一番効果があるとのことだった。
「……恥ずかしいけど」
でも、皆が太老のためにと頑張っている。
そんな中で、ただ恥ずかしいからと、私だけが役目を投げ出す訳にはいかない。
着ている衣服をすべて脱ぎ捨て、私は太老の寝ているベッドに潜り込んだ。
「太老、すぐに温かくしてあげるから」
私はベッドに潜り込むと、ピッタリと太老の背中に体を押し付けた。
徐々に太老の震えが収まっていく様子に、胸を安堵する。やはり、これで正しかったようだ。
しかし、こんな風に男性に抱きつくなんて、初めてのことだった。
「大きな背中……」
男性の背中と言うのは、こんなにも逞しく大きいものだったのかと、私は感心した。
そしてその温もりは、とても安心できる心地よいものだった。
やはり、この気持ちは太老が相手だからなのだろうか? 今の私には、そこまでのことは分からない。
まどろみが襲い、段々と迫ってくる眠気に、思考が正常に働かなくなっていく。
「元気になって……」
それが、私が最後に口にした言葉。
心地よい温もりに包まれながら、私は眠るように意識を手放した。
【Side out】
【Side:太老】
「太老、元気に……」
後ろから聞こえてくる、俺の名を呼ぶユキネの寝言。
背中に感じられる温もりと、彼女から漂ってくる甘い香りの匂い。
柔らかな肌の感触が、俺の鼓動をより早く脈打たせる。
(――って、何でこんな事になってるんだ!?)
目が覚めたらユキネが裸で俺の背中に抱きついていた。しかも、しっかりと腕で押さえられているので抜け出せない。
と言うか、何でこんな事態に――まさか、事後ってことはないはずだ。
記憶にはないし、そんな嬉しい出来事を覚えてないなんて悲しすぎる。
「取り敢えず、何とかして抜け出さないと……」
色々と、まずい状況だった。こんな姿を誰かに見られでもしたら、俺は身の破滅だ。
取り敢えず、ユキネを起こさないようにと腕をゆっくりと外し、体の自由を確保する。
後は起き上がって、気付かれないように、こっそりと部屋を抜け出せば最悪の事態は回避出来るはずだ。
その時だった。
コンコンと部屋をノックする音が聞こえたのは――
「タロウさん、ご加減は如何ですか?」
突然のマリアの来訪に驚き、起き上がろうとしていた俺は誤ってバランスを崩す。
咄嗟に態勢を立て直すことも出来ず、俺はそのまま、ユキネに覆いかぶさるように倒れ込んだ。
「痛っ! ユキネは大丈夫か……」
完全に覆いかぶさる直前、咄嗟に肘を立て、何とかユキネを押し潰すことだけは回避できたようで安心する。
しかし、そのショックでユキネを起こしてしまったようだった。
寝ぼけ眼で、こちらを見るユキネと目が合ってしまう。
「……太老、元気になった。よかった」
そう言いながら、裸のまま俺の首に手を回し、抱きついてくるユキネ。
意表をついたその行動に、俺の思考は凍りつき、されるがまま固まってしまっていた。
その場に、マリアがいることも忘れて――
「タ、タロウさん? ユ、ユキネも……」
プルプルと小刻みに体を震わせながら、顔を真っ赤にしてこちらを指差すマリア。
俺は意識を取り戻し、ようやく自分がどんな状況に置かれているかを理解したが、すでに時は遅い。
まさしく絶体絶命と言う奴だ。さぞ、子供には刺激が強過ぎる光景だろう。
(もう……どうにでもしてくれ)
色々と覚悟を決めると共に、そんな自分の間の悪さを嘆きたい気持ちで一杯だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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