【Side:公爵】

 儂は悪夢を見ているのか? 次々に奴の罠に嵌り、成す術もなく倒されていく貴族達。
 それも、たった一人の小僧の手によってだ。

「ハハハ! どうした、もう終わりか?」

 小僧は笑う。それは、罠に掛かる貴族達を嘲笑うかのような悪魔の哄笑(こうしょう)だった。

 ある者は、落とし穴に嵌り、穴の底に敷き詰められた爬虫類の山に叫声を上げ――
 ある者は、天井から吊るされた縄に括り付けられた縦横無尽に宙を行き来する丸太≠ノ弾き飛ばされ――
 ある者は、巨大な鉄球に追い掛け回された挙句、無残にもその下敷きにされていた。

「ひ、卑怯だ! 正々堂々と戦え!」
「はあ? どの口がそれを言うのやら、最初に集団リンチしようなんて卑怯≠ネことを考えたのはお前達じゃないか」
「そ、それは……」
「何、お前達のルール¥繧ナ、こちらも正々堂々≠ニ戦ってやろうと言うんだ。
 感謝されこそすれ、卑下される理由はない」

 貴族達の反論など最初から聞く気などないのだろう。奴の舞台に上がった時点で、儂らは罠に嵌っていたと言う訳だ。
 最初、百人はいた味方は今や十名強と言ったところ、すでに五分の一以下に数を減らしていた。
 小僧は、ずっとあの場所から一歩も動いていない。腕を組み、高笑いをしてこちらを見下している。
 観衆からは貴族達が罠に掛かる度に、ドッと大きな笑い声が上がる。どの罠も、怪我はしても死ぬような罠じゃない。それを計算した上で儂らを甚振り、最後の最後まで大衆の見世物≠ノする気に違いない。

「どうした? あんたは来ないのか?」
「くっ!」

 儂の方を見て、そう挑発する小僧。ここまで虚仮にされて黙ってなどいられるか。
 最初から儂らを笑い者にするつもりで、この決闘を受けたに違いない。どこまでも巫山戯た小僧だった。

「その言葉、後悔するなよ! 小僧っ!」

 ならば、見せてやる。貴様だけが、策を講じていた訳ではないと言う事を――

【Side out】





異世界の伝道師 第35話『罠と秘策と黄金』
作者 193






【Side:太老】

 また、バカ貴族が一人、罠に掛かって沈んだ。実に愉快だ。
 この舞台には、俺が予め仕込んでおいた百を越す罠が仕掛けてある。当然だが、俺の元に辿り着くまでに、奴等はその罠をすべて掻い潜らなくてはならない。
 これらの罠は最初は簡単に、徐々に難易度が高くなるように設計してある。最初から回避困難な罠だと、すぐに諦めてしまい面白くない。
 大衆の笑いを誘うためには、彼等には出来る限り足掻いてもらわなくてならない。
 そうした緻密な計算の元に作り上げた、俺渾身の罠だ。精々、たくさんの罠に嵌り、笑いを誘ってもらわないと見世物≠ノならないからな。

「ひ、卑怯だ! 正々堂々と戦え!」
「はあ? どの口がそれを言うのやら、最初に集団リンチしようなんて卑怯≠ネことを考えたのはお前達じゃないか」

 そう、最初に仕掛けてきたのは向こうだ。

「そ、それは……」
「何、お前達のルール¥繧ナ、こちらも正々堂々≠ニ戦ってやろうと言うんだ。
 感謝されこそすれ、卑下される理由はない」

 俺は奴等のやり方で、奴等のルールに沿って決闘を受けてやったに過ぎない。
 卑怯な奴に卑怯な手を使って何が悪い。勝てる可能性をより高めるためなら、俺は卑怯だろうが何でもやってみせる。
 勝てば官軍、負ければ賊軍=\―昔の人は上手く言ったものだ。
 道理など、勝者の前では意味がない。敗者がルールを決めるのではない、勝者がルールを決めるのだ。
 奴等が仕掛けてきた決闘とは、そう言うものだ。俺を消すことで、元通りすべてが上手く行くと考えていたのだろう。
 甘い考えだと言わざるえないが、そう考えた故の行動なら、こちらも遠慮をする必要性はない。
 悪党には法≠持って、外道には外法≠持って対処するのが俺のやり方だ。

 奴等のルールで、奴等の上を行くやり方で、完膚なきまでに叩き潰してやる。

「どうした? あんたは来ないのか?」
「くっ!」

 公爵はずっと貴族達の後方でこちらに睨みを利かせている。遊ばれていることが分かっているのだろう。
 最初から向こうが真面目に決闘などする気がなかったように、こちらも真面目に相手をしてやるつもりなど、端からなかったのだから当然だ。
 さあ、どうする? この程度で終わっては観客も興醒めと言うものだ。
 悪党と言うものは臆病であればあるほど、必ず奥の手≠持つ。それは自分の安全を何よりも確保したいからだ。
 だから、必ず公爵も用意していると考えていた。案の定、俺の挑発に反応して、不敵な笑みを浮かべている。

「その言葉、後悔するなよ! 小僧っ!」

 声高らかに威勢良く啖呵を切る公爵。さて、どんな秘策を見せてくれるのやら?
 それは、俺や観客を楽しませるに値するものか、特と見せてもらおう。

 俺の理想(ハッピーライフ)を阻み、侍従(メイド)を傷つけた罪、ここで償ってもらうぞ! バカ公爵!

【Side out】





【Side:マリア】

 貴族達が罠に掛かる度に爆笑の渦が巻き起こる。見ていて、憐れになるほど酷い有様だった。
 タロウさんが余裕の態度で、薄笑いを浮かべていた理由が今になって分かった。
 これを彼が決闘≠ナはなく見世物≠セと言った意味は、これを見れば一目瞭然だ。これは彼にとって、文字通り見世物(ショー)≠ネのだと言う事だ。

 端から彼は決闘など受ける気はなかった。
 罠に掛けたつもりでいて、彼の仕掛けた罠に飛び込んでいった愚かな貴族達。
 それを大衆の笑い者にすることにより、肉体的にも精神的にも彼等を追い込んでいく。
 これは粛清≠セ。そして警告の意味も込めているのだろう。
 全国放送などと言い出したのも、この光景を平民だけでなく、ハヴォニワ中の貴族の目に焼き付けるためだ。
 自分に逆らうことの愚かさ、歯向かうことの無謀さを知らしめるためだと、私は悟った。

(タロウさん、あなたは……)

 それほどに怒っていたのだろう。あの貴族達の人を人とも思わぬやり方に。
 そして、彼は警告しているのだ。次はお前の番だと――
 弱い者を虐げる者、民を傷つける者には同様の粛清≠、それが彼の警告。
 今頃、この映像を見て、身に覚えのある貴族達は、青い顔をして身を震わせているに違いない。

「太老ちゃん、まさかここまでやるなんてね」
「お母様……」
「太老ちゃんが決めたことよ。彼は悪役≠自ら買って出てくれた。
 民には善政≠持って、逆らう貴族には粛清≠持って、彼はハヴォニワを本気で変えるつもりなのよ」

 やはり、そうなのだろうとは思っていた。
 民からは英雄≠竍救世主≠ニ讃えられながらも、その民を蔑み、虐げる者には一切の容赦をしない。
 まさに善≠ニ悪≠フ二つの顔を持つ、本物の英雄。いや、革命者≠ニ呼ぶべきかも知れない。

 彼はこのハヴォニワに、その名の通り革命≠もたらすつもりなのだ。

「今が時代の変革≠フ時よ。しっかり、その目に焼き付けておきなさい」
「……はい」

 この先、この国は、世界は変わる。
 彼、正木太老を中心に、世界は大きな変革のうねりに呑みこまれて行くことになる。
 その、始まりの第一歩。その歴史的瞬間が、私達の目の前で起ころうとしていた。

【Side out】





【Side:太老】

 天窓を破って突入してくる一体の紫色の聖機人。
 どうせ、こんな事だろうとは思っていたが、案の定、伏兵を忍ばせていた。

(しかも、聖機人とは……)

 聖機人は、その殆どを国が管理していると聞いていたから、可能性としては低めに見積もっていたのだが、野郎、公爵の権限をフルに使って引っ張ってきたのかも知れない。腐っても、公爵と言う訳か。

「さあ、先生! あの生意気な小僧を殺っちまってください!」

 形勢逆転と言った様子で、踏ん反り返っている公爵。搭乗してる聖機師は、あの公爵に雇われた傭兵ってところか。
 そう言えば、国に雇われている正規の聖機師以外にも浪人≠ニ呼ばれる聖機師がいたんだっけ。

 女性聖機師は男性聖機師とは違い、数が圧倒的に多い。それもあって、国が保有する聖機人の数よりどうしても多くなる。
 国の財源にも限度がある以上、すべての聖機師を雇い入れる訳にはいかない。
 彼女達も受け入れれば、すでに雇い入れている聖機師の待遇も下げなくてはいけなくなり、そうすると当然、不満の声も上がる。
 そうなれば、優秀な聖機師を他の国に持って行かれる危険性も生まれる訳だ。

 だからこそ、雇用する聖機師の数を一定の数に絞ることで、出来るだけ質を維持しようと国は務める。
 そうした政策が、聖機師の特権を支えていると言う背景があるからだ。
 そして、その特権を享受できず漏れ出た者達も当然いる。それが彼女達、浪人≠ニ呼ばれる聖機師達だった。

「浪人ってのは傭兵や、山賊に成り下がるのもいるとは聞いてたけど、こんなバカ公爵に雇われてる奴もいるとはね」
「黙りな! こっちだって色々と事情があるんだよ!」
「どうせ、金だろ? それとも聖機師にしてやるって餌で釣られたか?
 どちらにせよ、威張れるようなことじゃないね」
「その生意気な口――塞いでやるよ!」

 短気だね。ちょっと言われたくらいでこの反応とは、精神鍛錬が出来てない。
 しかし、やはり聖機人にはこのくらいの罠じゃ効果はないか。物の数ともせずに真っ直ぐこちらに向かってくる。

「だけどね。そっちだけが秘策≠持ってると思ったら大間違いだ」
「な――っ!」

 敵の紫色の聖機人の腕が俺の咽元に迫ろうとした瞬間――床を破って、もう一体の茶色の聖機人が現れた。
 そのまま腕を伸ばし、俺に迫ろうとしていた相手の聖機人の腕を掴み取る。
 軍から会場の護衛と言う名目で連れてきた、名も無き男性聖機師と聖機人だ。
 実際のところは、軍に所属している優秀な女性聖機師の方が良かったんだが、丁度暇そうにしてるのがこいつだけだったんだ。
 軍の方に問い合わせても、お祭りの会場警備くらいなら男性聖機師で問題ないと言われ、仕方なく連れてきたと言うのが真相だった。
 しかし、思いのほか役に立った。倒せないまでも足止め出来れば十分だ。その間に、公爵の奴を捕まえてしまえばいいのだから――

「――って、おい!」
「すみません……ずっと聖機人に乗って待機してたので、もう……活動限界です」

 前言撤回、まったく役に立たねえ!
 活動限界と言うのは本当だったのだろう。コクピットから青い顔をして床に転び落ちる男性聖機師。
 そうしている間にも相手の聖機人は、それを好機と見て、俺の方へと攻撃の矛先を向けていた。

「残念だったね! これで終わりだよっ!」

 右手に持っていた巨大な槍を、俺目掛けて振り下ろす紫の聖機人。公爵の命令なのだろうが、どう考えても殺す気満々だった。

「――タロウさん!」

 マリアの悲鳴が聞こえた気がするが、幸いにも俺は無事だ。
 あんな大振りの攻撃、回避できない方がおかしい。特に、この体のスペックなら余計だ。
 さっきの一撃で土埃が舞い、そのせいで舞台の上は視界が悪くなっている。
 手応えがなかったことで、俺が無事だと言う事に気付いたようだ。先程の紫の聖機人がキョロキョロと周囲を見渡し、俺の姿を捜している。
 しかし、どうするか? さすがにマリアの妄想と違い、現実はシビアだ。生身で全長十数メートルはあろうかと言う聖機人を相手に勝てる気はしない。
 罠も効かないし、頼みの綱の聖機師も役立たずだったし、聖機師?

(やっぱ、これしかないのか?)

 もっとも取りたくない方法の一つだが、確実な方法が一つある。
 そう、さっきの男性聖機師が乗り捨てた聖機人≠ェ、俺の目の前にあった。

(あれ……目立つから嫌なんだよな)

 聖機師とバレると色々と厄介そうだが、今のハヴォニワなら一年前ほど面倒なことにはならないだろう。
 男性聖機師だからと、籠の鳥生活させられることはない。使える者は何でも使う。働ける者を遊ばせておけるほど、人材に余裕がないのが今のハヴォニワの現状だ。
 労働者なら次から次へと集まってくるが、ある程度、教養のある者となれば話が別だ。だから、今は男性聖機師も馬車馬のように扱き使われている。
 それに、俺は仮にも伯爵≠セ。しかも商会の代表≠烽竄チている。男性聖機師になったからと言って、立場が変わる訳でもない。
 なら、多少の融通を通すことも無茶な話ではないだろう。
 一番、面倒で嫌なことって種付け行為だし、その点さえカバー出来るのであれば、聖機師バレに関しては今更どうでもいい。
 だが、問題は金色だ。黄金の聖機人。あんな悪趣味なの、嫌にもほどがある。
 成り上がり貴族の俺が、成り上がり商人の俺が、黄金の聖機人なんて、どう見ても成金♀ロ出しじゃないか!

「くそ! どこにいった!?」

 とは言え、考えている時間はなさそうだ。
 やはり、この状況では諦めるしかないだろう。さすがに自分の命と天秤には掛けられない。

(恨むぞ! このバカ公爵!)

 この状況を作った元凶を睨み付ける。まったく、本当に碌なことをしない迷惑貴族だ。
 土埃が晴れ、視界が戻ってきた。さすがに、そろそろ不味そうだ。
 俺は渋々と諦め、聖機人へと乗り込む。最近は商会が忙しくて、工房へ余り足を運んでいないせいか、聖機人に乗るのも久し振りだ。
 しかし、体が覚えている。この機体が自分の手足になったかのような一体感。湧き上がってくる強大な力。色は気に食わないが、やはり聖機人の性能は素晴らしい。各国が最優戦力≠ニして注目する訳だ。

「な、なんだ!? お前は一体!」

 驚いてる驚いてる。観客も同じようだ。それに、公爵も言葉をなくし放心状態と言ったところか。
 これだけ目映く輝く黄金の聖機人≠ネど、誰も見たことがないだろう。
 しかし、俺だって好きで、こんな色の聖機人に乗ってる訳じゃない。

(言葉も失くすほど呆れてるってか?)

 今更、嘆いても仕方ないが、やはり、こんなのを見せるんじゃなかった。
 取り敢えず尻尾は危険だから禁止だな。あの威力だと、一撃で会場を消し飛ばしかねない。
 マリア達もいる以上、観客ごと吹き飛ばしてしまったら一大事だ。公爵だけなら迷わず使うんだがな……。

「散々、好き勝手やってくれたんだ。覚悟してもらう」

 俺を聖機人(キンピカ)にまで乗せたんだ。
 どちらにも、俺の受けた恥辱≠ノ対する相応の報いは受けてもらうぞ!

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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