【Side:太老】
「決闘会場の入場口はこちらです! 入場券をお持ちの方はこちらの列に御並びください!」
控え室から外の様子を見ているが、かなりの盛況振りだ。
係員が列の整理を行っているが、その列の長いこと長いこと、蛇のように連なった列の最後尾はここからでは確認できない。
余裕を見て、かなり大きな会場を用意して、間違いではなかったようだ。
「大成功のようだね」
「その通りなのですが……タロウさん、決闘前なのですから、もう少し緊張感を……」
マリアはそう言うが、お祭りと言うのは楽しんだ者の勝ちだ。
現在の俺の格好と言うと、青の半被に白の鉢巻
と、いつでも祭に赴けるように準備万端の状態だった。
そもそも俺の認識では、これは厳密には決闘≠ナはない。決闘と言う名の見世物≠セ。
決闘は無論やるが、それは最後のメインプログラムであって、正木商会職員一同による大マジックショー≠ノ、有志の侍従隊によるメイドライブ≠ニ、前座も幾つか用意してある。
それに、極めつけは――
「大丈夫! マリアちゃんの出番も、ちゃんとあるから!」
「それです! 何で、私の出番があるのですか!?」
予定プログラムに書かれている『ぬこマリアと一緒ににゃんにゃんダンス=x。
マリア信奉者でもある国民達が、一番楽しみにしているプログラムだ。
「でも、練習してたんでしょ?」
「それはタロウさんが逃げ道を無くしたからです!」
確かに、マリアが気付いた時には、すでに入場券と一緒に配布された案内に明記されていた。
結果的に事後承諾になってしまった訳だが、フローラの許可はちゃんと取った。
責任感の強いマリアのことだ。楽しみにしている国民の期待を裏切るような真似は出来ないだろう。
俺の決闘よりも、ある意味で一番注目されているイベントだ。それ故に、これは一度思いついたら、外そうにも外せなかった。
すでに大型スクリーンのテストを兼ねて、『にゃんにゃんダンスのレッスン講座』は全国放送してしまっている。
朝と昼にラジオ体操代わりに踊っている人達を見たが、ちょっとシュールな光景だった。
「でも、よく似合ってるんだし……皆、喜んでるでしょ?」
「ですが……」
「それに、俺も可愛い≠ニ思うよ? てか、萌え?」
「可愛い……そ、そうですわね。これも、国民のためですし」
どうやら納得してくれたようだ。どの道、逃げ道はないんだが……。
会場で販売する予定のぬこマリアグッズ≠ヘ完売確実。タックの限定バーガー≠ノも、かなりの注目が集まってるとか。
それに、賭けの内容がまた凄かった。
大穴が封建貴族連合の勝利で、あとは俺が貴族達を何分で倒すか、どうやって倒すかと言った賭けの内容になっていることだ。
当然だが、その賭けの内容は相手にも伝えておいた。これは善意と言う奴だ。
今頃はその内容を見て、怒りに打ち震えながら、やる気を出してくれているに違いない。
あのバカ公爵、頭に血が上り過ぎて、血管がブチ切れてなければいいけどな。
「また、タロウさんが黒くなってます……」
失礼な。色々≠ニ楽しみなだけさ。祭は楽しまないとね。
【Side out】
異世界の伝道師 第34話『舞台開幕』
作者 193
【Side:マリア】
「大成功のようだね」
「その通りなのですが……タロウさん、決闘前なのですから、もう少し緊張感を……」
決闘当日になっても、緊張感の欠片も見せないタロウさん。
彼等しいと言えば彼等しいが、心配しているこちらがバカみたいだ。とは言え、確かに彼ならば余裕なのだろう。
相手の貴族に余程の秘策がない限り、正面から戦って彼に敵うとは、私も思わない。
それに、色々と秘策があるとタロウさんも言っていた。
彼のことだ。きっと、誰も予想がつかないような仕掛けを用意しているに違いない。
「大丈夫! マリアちゃんの出番も、ちゃんとあるから!」
「それです! 何で、私の出番があるのですか!?」
そう、それが一番の問題だった。私が気付いた時には、すでに私の舞台出演の話が決まっていたのだ。
しかも、お母様と一緒になって、こんな事を企んでいたなんて――
『ぬこマリアと一緒ににゃんにゃんダンス=x
その内容を聞いた時は、意味が分からず目が点になってしまった。
ぬこ衣装を着て、太老さんが振り付けたダンスを舞台で踊ると言う事らしいが、何故、私がそんな事を? と思わずにはいられなかった。
しかし、すでにプログラムを明記したパンフレットは配布した後、入場券も完売している状態では拒めるはずもない。
「でも、練習してたんでしょ?」
「それはタロウさんが逃げ道を無くしたからです!」
尚且つ、大型スクリーンを通して街中に流されている『にゃんにゃんダンスのレッスン講座』が、私の退路を完全に断っていた。
タロウさんや、お母様の悪戯だけならばいいが、そのダンスを練習して当日を心待ちにしている民の期待を裏切るような真似が出来るはずもない。気付けば、外堀が完全に埋められている状態だった。
普段は凄く頼りになるのだが、時々、こういった予期せぬ悪戯を仕込むことがあるから、タロウさんは油断ならない。
その辺りは、お母様と比べても甲乙つけ難いほど、厄介なものだった。
しかし、彼が何の意味もなく、こうした企てをしないことが分かってるだけに、私も強く反論できない。
今回のことも、きっと何か深い考えがあるのだろうと、私は考えていた。
「でも、よく似合ってるんだし……皆、喜んでるでしょ?」
「ですが……」
確かに、国民は凄く楽しみにしてくれているようだ。
子供から大人まで、皆一緒になって額に汗を浮かべ、本当に楽しそうに練習に取り組んでいた。
あんな光景、そう見られるものじゃない。それだけでも、今回のことは成果があったように思える。
タロウさんのことだ。本当の狙いは、そこにあるのかも知れない。
仕事が忙しく、家族との時間を余り取れないと愚痴を洩らす人達も少なくないと言う。
それは仕方のないこととは言え、そのことで寂しい思いを強いられているのは子供達だ。
そう言う意味では、子供達に笑顔が戻ったと言う事だけでも、今回の催しは成功と言える。
少し恥ずかしいが、確かに私一人が恥ずかしい思いをするだけで、皆に笑顔が戻るのならば悪い話ではない。
「それに、俺も可愛い≠ニ思うよ? てか、萌え?」
「可愛い……そ、そうですわね。これも、国民のためですし」
タロウさんに可愛いと言われると、すべてを許してしまえそうな気になるから危険だ。
でも、不意打ちのように勝手に決められたことだが、不満はあっても、そこまで嫌ではなかった。
本当に嫌なことなら協力はしないが、今まで彼のすることに無駄なことなど一つもなかった。そのことは信用している。
彼の理想≠ノ協力すると心に決めたのだ。このくらいで、恥ずかしがってなどいられない。
彼は、もっと大変な思いをしているのだから――
「また、タロウさんが黒くなってます……」
黒いオーラを背後に浮かべるタロウさんを見て、思わず口に出してしまう。
おそらくは決闘相手の貴族達のことを考えているのだろう。
民のことを誰よりも考え、想っている彼のことだ。あの貴族達のことを許せないのは無理もない。
きっと内心では、貴族達への怒りが渦巻いているに違いない。
今回の決闘騒ぎを大々的な見世物にしたのも、彼等に苦しめられた民達に代わって討ち果たそうと言う、強い意志の表れなのだろう。
(大丈夫。タロウさんなら、きっと勝利してくれる)
私は自分に出来ることを精一杯やろう。
彼の期待を裏切らないためにも、立派に『にゃんにゃんダンス』を踊りきって見せる。
そう、心に固く誓った。
【Side out】
【Side:フローラ】
「それじゃ、お待ち兼ねのラストナンバー!」
『気紛れなぬこ≠フテーゼ!』
侍従の少女達は、タロウの用意した色とりどりの特注のメイド服に身を包み、舞台の上で観客に歌や踊りを披露していた。
と言うか、いつの間にこんな練習をしていたのだろう? 私にも内緒で。
最初の正木商会職員一同≠ノよるマジックショーも、かなり本格的で盛り上がっていたが、今回はそれ以上の熱気だ。
『エム! エー! アイ! ディー!』
『侍従隊――っ!』
太老が決闘ではなく祭≠セと言っていた意味が、ようやく理解できた気がする。
興奮の冷め止まない観客達のせいで、会場の熱気は上がる一方だ。
私は手にした限定バーガーを頬張りながら、次のプログラムに目を通す。
『ぬこマリアと一緒ににゃんにゃんダンス=x
いよいよ、マリアの出番のようだ。
この話を太老が持って来た時は、最初、何を言い出すのかと心配したが、『ハヴォニワの祭には必要不可欠だ』と力説され、思わず許可を出してしまったものだった。
マリアには事後承諾になってしまったが、確かにこの盛り上がりを見ていれば、太老が拘っていた意味も理解できる。
――国民の意識統一。それだけでなく、仕事などで溜まっているストレスや鬱憤を、この熱気の中、騒ぐことで発散させようと言う狙いもあるのだろう。
マリアの人気は絶大だ。太老曰く、マリアはハヴォニワの偶像
、信仰の対象なのだそうだ。
そのマリアが舞台に立つとなれば、観客の興奮も最高潮に達する。これ以上ないほどの盛り上がりが期待できるに違いない。
『マリア様――っ!』
観客の声援を受けて、ぬこ衣装セットに身を包んだマリアが、アップテンポの軽快な音楽をバックに姿を現す。
あらかじめ、抽選で選ばれた子供達が舞台に駆け上がり、マリアを中心に同じダンスを踊り始めた。
『にゃんにゃんダンス』
猫をイメージした踊りらしく、振り付けの監修は太老と言う事だが、確かにこれは子供から大人まで心が弾む踊りだ。
座席から立ち上がり、手を振り上げて、にゃんにゃんダンスのポーズを取る観客達。見事な一体感が、そこにはあった。
おそらく、この様子をスクリーン越しに見ている場外の観客達も、同じようにダンスを踊っているに違いない。
今、ハヴォニワ中が一つのことに向かって、同じ意識を共有している。
(そういう事なのね。太老ちゃんは、これを狙って……)
太老の真の狙いが分かり、私は彼の考えの深さに感嘆した。
「皆さん、楽しんでくれましたか……にゃん?」
『にゃん!』
頬を紅く染めて恥じらいながらそう言うマリアを見て、ワッと沸き立ち、声を揃えて答える観客達。
太老の企画は、大成功を収めていた。
【Side out】
【Side:マリア】
「皆さん、楽しんでくれましたか……にゃん?」
『にゃん!』
踊りきった。自分でも完璧なダンスだったと思う。
次の瞬間、ワッと沸き立つ歓声。その声を聞くだけで、この舞台の成功が分かるようだった。
仕事が終わった後、毎日のように遅くまで練習していた甲斐があったと言うものだ。
(タロウさん、見ていてくださいましたか? 私、やりましたわ)
これで、彼の期待に報いることが出来た。彼が見せたかったのは、きっとこれ≠セったのだろう。
ダンスを踊っていて、皆と一つになったかのような、強い一体感を感じることが出来た。
商人も、貴族も、平民も、ハヴォニワに住む民すべてが、一つになったかのような一体感。
これだけの熱気と高揚感は、そう味わえるものではない。
私の瞳には、ハヴォニワのあるべき未来が見えたような気がした。
後はタロウさんの決闘を残すのみ――
皆が注目し、その結果を待ち望んでいる。ハヴォニワの未来を決定付ける戦い。
今日、ハヴォニワの歴史にまた一つ、偉大なる一歩が書き記される。
【Side out】
【Side:太老】
予想した通り、前座イベントは大成功だった。
やはり、この世界の人達はノリが良い。マリアの人気の高さは勿論だが、侍従隊も想像以上の人気振りだった。
しかし、僅か一週間足らずで、ここまで仕上げて来てくれるとは思っていなかっただけに、彼女達は良い仕事をしてくれたと思う。
入場券の御礼だと張り切ってくれたようだが、これは侍従達にも後で報酬の方を弾んであげないとな。
テレビを実現した暁には、本人達が望むのなら、侍従隊を売り出して見てもいいかも知れない。きっと人気者になれるだろう。
「いよいよ、俺の出番か」
俺は気を引き締め直し、舞台へと足を踏み出す。
いよいよ、本日のメインイベント――『正木太老vs封建貴族』の幕が上がる。
奴等も痺れを切らして待っていることだろう。
「き、貴様! 儂らを散々、虚仮にしおって! 絶対に許さんぞ!」
案の定、頭に来ている様子。舞台の上で、例の公爵が貴族達を代表して喚き散らしていた。
しかし、それは三下のやられ役の台詞だ。
何を怒っているのかは知らないが、因果応報、自業自得、当然の報いだ。
「はっ! バカじゃねーの?」
「な、なんだと!?」
「お前達がバカにしてきた人達でも、こんなに多くの人を喜ばせることが、楽しませることが出来る。
同じことがお前達に出来たのかよ? 他人を見下すことでしか貴族だと誇れない、お前達に!」
『な――っ!』
ここまで言われるとは思ってなかったのだろう。俺の啖呵を聞いて、公爵を含め、貴族達全員が言葉を失い、絶句してやがる。
本当に胸糞の悪い奴等だ。だが、それも今日で終わりだ。
この舞台が終わった時、この世界のどこにも、お前達の居場所≠ヘなくなる。
自分達が蔑んでいた人々に逆に笑い者にされ、バカにされるがいい。
「さあ、始めようじゃないか――」
異世界から来た道化と――
「お待ち兼ねのメインイベントを!」
悪党の舞台の開幕だ。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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