【Side:太老】
領地に足を運んで、今日で三日目。
マリエル達に屋敷のことは任せ、当初の予定を消化すべく、俺はマリアとユキネと共に、二名の侍従を引き連れ、農業地の視察に訪れていた。
「こいつは凄いな……」
広い、とてつもなく広い。地平線が見えるほど広大な農地が目の前にあった。
これだけの面積を耕すとなると、相当に大変だったはずだ。皆の苦労が人知れず窺えるようだった。
だが、これを人力でやってるとなると、幾ら人手があるとは言っても、さすがに大変そうだ。
農業用工作機、トラクターなどがあれば、もっと作業効率を上げられそうなのに。
技術的には十分に再現が可能なはず。工房の技師達に掛け合ってみるか。
問題は、それまで、どうするかだが――
「お兄様、何か気になる点でも?」
考え事をしていると、マリアが気にした様子で、そう問い掛けて来た。
「いや、大変そうだなと、あと、もっと効率的に出来ないかと考えていただけだよ」
「効率的に、ですか?」
人力だけで、これだけの面積を耕しただけでも凄いことなのだが、機械があればもっと作業効率は増す。
案の定、資料を見せてもらったが、労働者の拘束時間が長すぎる。
囚人じゃないんだから、休憩を挟むとは言え、毎日十二時間以上、休みが週に一度あるかないかと言うのは、幾らなんでも働かせ過ぎだろ。
そこは、何とか改善したいところだ。今のところ、文句は出ていないようだが、不満が爆発しないとも限らない。
大体、こう言うやり方は本意ではない。
開拓を少しでも推し進めようと、やる気に満ちた現場監督達の指示なのだろうが、幾らなんでもやり過ぎだ。
やはり、現場に足を運ばないと分からないことが結構ある。報告書からは、こうした現場の空気などを感じ取ることは難しい。
「ユキネさん、現場の責任者達を集めてもらえます?」
打てる手は打って置こう。
【Side out】
異世界の伝道師 第47話『農地視察』
作者 193
【Side:マリア】
タロウさんのことを『お兄様』と呼び始めて、あの夜から数えて丁度三日目になる。
最初は気恥ずかしく、くすぐったい感じがしたが、今では随分と慣れた。逆に、そう呼べることを嬉しく思っているほどだ。
告白した時は、彼に拒絶されるのではないか? と、不安な気持ちで一杯だった。
しかし、彼は、私の震える体を優しく抱き留め、その温もりに包んでくれた。
『マリア、俺もマリアのことが好き≠セよ』
そう、お兄様に言ってもらえた時、溜まっていた不安や、悲しみ、寂しさ、そして嬉しさが一斉に込み上げて来て、涙が溢れ出して来るのを止めることが出来なかった。
『寂しい思いをさせて、ごめん』
そう呟く、お兄様の胸の内で、たくさん涙した。
すべて、お兄様には見透かされていた。それでも、その上で私を許し、『好きだ』と言ってくれたお兄様。
それだけで、私には十分だった。たった一言、そう言ってもらえるだけで、安心する自分が居る。
ほんの少しでも、お兄様に必要とされているのであれば、想ってもらえるのであれば、それだけで私は幸せだった。
『俺の、家族≠ノならないか?』
そして、私はお兄様との絆≠手に入れた。
私だけの特別≠ネ呼び方。当然、嬉しくないはずがない。
そして、お兄様に『マリア』と呼び捨てにされるだけで、胸の中が熱くなる感じがした。
翌日、私はマリエル達に頭を下げた。
自分の気持ちを正直に話し、その上で彼女達を避けていたこと、敵視していたことを謝罪した。
マリエル達は気付いていた様子で、笑って許してくれたが、今回のことで大きな借りが出来てしまった。
当分、彼女達には頭が上がりそうにない。
恋人には成れなかったけど、今はそれでもいい。
ただ、お兄様に受け入れてもらえたことが、一番嬉しかったのだから。
きっと、いつか――
「ですが、それでは開拓に時間が掛かり過ぎてしまいます!」
現場責任者の人達を集め、お兄様はまた何かを始めようとしていた。
話し合っているのは、労働者達の労働時間についてのようだ。
彼等が反対するのも分かる。休みを増やし、労働時間を減らせば、開拓速度は当然下がる結果になる。
この事業には多大な資金が投資されている。失敗が許されない事業だけに、彼等も精一杯やってのこの結果だ。
開拓に時間が掛かれば掛かるほど、必要な資金は増して行き、投資した資金の回収も段々と難しく、後れていくことになる。
「その点に関しては、俺に案があります。
工房に依頼をして農作業用の機械≠製作してもらうつもりですので」
「機械ですか?」
「ええ。農作業用であれば、高出力の亜法結界炉は必要ない。
車などに使われている動力でも、十分に対応できるでしょう」
確かに、それなら人力よりも効率が良さそうだ。
しかし、問題は、その農作業機械が導入されるまでの間、どのようにして現状を乗り切るかだ。
「しかし、その機械が導入されるまでの間はどうすれば?」
「聖機人≠使います」
『え?』
責任者達は目を丸くして驚いていた。
それは無理もない。私も一瞬、思考が停止してしまったほどだ。
聖機人を使う、それも農作業に、そんな事を考える人は普通はいない。お兄様が特殊≠ネだけだ。
「前から思ってたんだけど、あれだけの物を平時だからって遊ばせておくのは勿体無いからね。
それに、あの封建貴族達の一件で聖機師バレして、フローラに俺専用≠フ聖機人を一機融通してもらったんだ」
『せ、専用!?』
責任者達は、更に驚愕した様子で驚いている。
無理もない。普通、絶対数の少ない聖機人は国が管理している物で、聖機師個人の専用機など普通は滅多にない。
それが認められるのは、皇族の護衛聖機師や、国主に認められた特別優秀な聖機師くらいなものだ。
例え大貴族であったとしても、資質のない者、能力の低い聖機師には、そのような特例≠ヘ決して認められない。
教会や結界工房など、国家には属さない、例外も中にはあるが、あれは例外中の例外と言っていい。
「ユキネは知っていたの?」
「はい。それに太老の実力なら、当然のことだと思いますし」
ユキネだけが、驚いている様子がなかったので聞いてみたのだが、やはり知っていたようだ。
確かに、お兄様の実力なら不思議な話ではない。寧ろ、当然の処置と言える。
あの黄金の聖機人≠ヘ、今や、国中の人々に神格化され、讃えられるほど。
故に、議会としても、お兄様に専用機を与えざる得なかったと言ったところだろう。
公式的な立場も、ハヴォニワ最大の商会の代表、辺境伯の爵位を持つ、西方最大の大貴族と申し分がない。
しかも、聖機師としての実力は誰もが認めるところ。
一瞬で、浪人の聖機人を打ち破った、黄金の聖機人の流れるような動きは、大型スクリーンを通して全国に放映されていた。
見るものが見れば、戦慄を覚えるほど、衝撃的な光景だったに違いない。
あの一件以来、『成り上がりの貴族』と、お兄様のことを卑下する貴族達も、殆ど居なくなった。
聖機師達の中には、お兄様に『是非とも、教授して欲しい』と、願い出てくる者達まで現れている。
その殆どが女性だと言う事で、お母様に言って断ってもらっているが。
「何だかんだで、聖機師は他の貴族に比べて仕事が少ないからね。ちょっと当たってみるよ。
農作業機械が導入できるまでは、俺の聖機人をここに常駐させておくから」
皆、言葉も出ないと言った様子で固まっていた。
さすがに『聖機人を代わりに用意する』と言われて、これ以上、反対できる者はいなかった。
しかし、それだけ、お兄様がこの開拓事業に力を入れている証拠だ。そして、民達への配慮も当然忘れてはいない。
お兄様がここまで気に掛け、自ら指揮を執っているのだ。この領地は確実に大きくなる。
ハヴォニワ最大、いや大陸最大の豊かさを持つ領地へと、発展を遂げて行くに違いない。
【Side out】
【Side:太老】
「前から思ってたんだけど、あれだけの物を平時だからって遊ばせておくのは勿体無いからね。
それに、あの封建貴族達の一件で聖機師バレして、フローラに俺専用≠フ聖機人を一機融通してもらったんだ」
『せ、専用!?』
色々あって、フローラから一機、俺専用の聖機人を譲り受けた。
そのことを何で黙っていたかって? そんな事決まっている――黄金≠セからだ。
俺が乗ると黄金の聖機人≠衆目に晒すことになり、恥ずかしい思いをすることは間違いない。
だから、誰にも自慢することが出来ず、特に使い道がないと思い悩んでいたからだ。
しかし、その聖機人が、遂に役立つ時が来た。
実は、屋敷の裏庭にでも倉庫を作って、封印≠オて帰ろうかとも思っていたので、俺としては願ったり叶ったりだった。
乗るのは恥ずかしいし、あれがあったらで、マリアや侍従達に『乗せて見せて欲しい』なんて言われても困る。
商会の宴会芸≠ノ、黄金の聖機人≠ネんて羞恥プレイも、出来れば勘弁して欲しい。
そのため、あらかじめユキネに頼んで、密かに船に積んで来てもらっていた。
手元にないと言えば、無理に乗せられることもないだろう。そう、考えての苦肉の策だ。
しかし、これで堂々と置いて帰れる。
農作業に使うというのは、我ながら中々のアイデアだ。
倉庫で埃を被ることもなし、有効活用されるのだから、あの聖機人も本望だろう。
「何だかんだで、聖機師は他の貴族に比べて仕事が少ないからね。ちょっと当たってみるよ。
農作業機械が導入できるまでは、俺の聖機人をここに常駐させておくから」
聖機師に関しては、幾つか当てがある。彼等は、仕事をしているとは言っても、マリエル達ほどではない。
使用人達があれだけ働いていると言うのに、高い給金を貰って特権を享受してる連中が、それ以下の働きしかしてないと言うのも、おかしな話だ。なら、その能力を活かして働いてもらう。
軍事訓練と言う名目で話を通せば、上手く扱き使えるだろう。農作業も見方を変えれば、立派な訓練≠セ。
一つ誤解のないように言っておくが、これは決して仕返しなどではない。
別に、黄金の聖機人を衆目に晒すことになった原因≠ェ、あの役立たずの男性聖機師≠ノあったからと言って、全然、これっぽちも気にしてない。本当だ。
(クククッ! 汗水たらして、吐くまで働くがいい! そう、これは愛の鞭だ!)
そう、これは、彼等を思ってのことだった。
【Side out】
【Side:マリエル】
太老様とマリア様は、視察の方、上手く行っているだろうか?
侍従を二人同行させたとは言え、様子が気になって仕方がない。出来れば、私もご一緒したかった。
しかし、太老様から頼まれた仕事がある以上、それを放り出して行く訳にもいかない。
「太老様……また、無茶な仕事を抱えてなければいいのですけど」
一番の心配はこれだ。太老様に無理をしないで欲しいと進言しても、聞いてくれるはずもない。
侍従達では当然止められるはずもなく、マリア様とユキネ様でも、一度こうだと決めた太老様をお止めすることは出来ないだろう。
故に、心配の種は尽きなかった。
「マリエ――いえ、メイド長!」
侍従達には、勤務中は『メイド長』と呼ばせることを徹底させていた。
太老様がああ言う方なので仕方ないが、先日の報告不備の件といい、太老様の優しさに甘えてばかりで、皆、気が弛んでいる気がしたからだ。
本人達も自覚はあったようで、今では気を引き締め直し、真面目に仕事に取り組んでくれている。
「あの、能力査定のテストの件なのですが……」
「何か、問題がありましたか?」
「いえ、あの……と、とにかく、これを見てください!」
何だか歯切れの悪い様子で、私に一冊のファイルを渡してくる侍従。
彼女達が担当している使用人達の、能力査定の結果をまとめたファイルのようだ。
何が問題なのかと、一枚ずつ報告書に目を通していくが、今のところ特に不備は見当たらない。
「え……」
私の手が、ある人物の報告書の欄で自然と動きを止めた。
そこに書かれている結果内容が、目を疑うほど、余りに信じられないものだったからだ。
訝しい表情を向け、報告書を持って来た侍従に、そのことを問い質す。
「これは、本当なの?」
その報告書に書かれている人物の能力判定結果は、全項目で満点評価。あらゆる項目で、最高値を叩き出していた。
驚くべきことに、武術の心得もあるようで護衛としても超一流、事務処理能力も城の文官の標準を遥かに超えている。
侍従の話では、この結果を出しながらも、息一つ乱れず、動揺一つしていなかったらしく、まだ全然余裕がある様子だったとのこと。
結論を言えば、このテストでは彼女の実力を測れなかったと言う事だ。
一介の使用人用に、これだけの能力は必要ない。いや、城の官吏にも、これだけ優秀な人材は、そうはいない。
はっきりとは言えないが、下手をすればフローラ様と同格、ありえないとは思うが、太老様クラスと言う事も考えられる。
「あの……どうしましょう? さすがに、こんな事は想定外ですし」
確かに想定外だろう。こんな事が予想できるはずもない。
フローラ様は武≠ニ知=Aどちらにも優れられた天才で、歴代女王の中でも随一≠ニまで言われるほどの政略家=B
太老様も、天賦の才を持ち、広い博識と先見の力により、数々の功績を手中に収められ、大勢の民を導いて来られた天の御遣い=B
この二人ほどの人物は、大陸中を探しても、そうは見つかるものではない。
「彼女だけ、別に能力テスト受けてもらいます。その上で、太老様に判断を委ねましょう」
このテストでは正確な情報は引き出せない。それに私は、彼女の真の実力≠知ってみたかった。
その上で、その実力が本物≠ナあるのなら、太老様の大きな助けになるかも知れない。そう、考えたからだ。
「柾木水穂……太老様と同じ『マサキ』の姓を持つ女性」
私には、それが、ただの偶然≠ニは思えなかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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