【Side:太老】
「ようこそ、お越しくださいました」
村に入ると、村長自ら俺達を出迎えてくれた。
俺達が来ることは分かっていたらしく、どうやらマリエルが、予め使者をだして知らせておいてくれたようだ。
そうだよな。行き成り押しかけるのも迷惑だろうし、マリエルの配慮には感謝する。
とは言え、出来れば、心待ちにしていたマリエルの妹に、早く会いに行きたいのだが……。
「狭いところですが、どうぞ中へ」
俺達は村長の案内で、村の奥にある村の中でも一際大きな建物に案内された。
村長の家兼、村人達が集う時に利用する集会場らしく、この村の中でも一番堅牢に作られた、まともな建物がこれなのだとか。
そこそこ大きな家ではあるが、集会場と言う割には手狭な感じだ。
(十人そこそこ入ればよい方じゃないか?)
これで一番大きな建物と言う現状が、村の置かれている現実を表に現しているかのようだ。
取り敢えず、村長の顔を立てて、先にこちらの用事を済ませて置いた方が良さそうだ。
向こうも気になっているのであろう。俺が来た理由を考えれば、居ても経っても居られないに違いない。
「村長、幾つか聞きたいことがあるんだが」
「は、はい! な、何なりと」
畏まった様子で、俺に深く頭を下げる村長。
そんなつもりはないのだが、この怖がり方、それだけ前の領主に酷い目に合わされていたからに違いない。
村の女性に出してもらった御茶に口を付け、フウッと一息を入れると俺は本題に入った。
「では――」
まず、聞きたかったのは村人の数や村の規模、この村の置かれている現状だ。
どうもパッと見た感じ、治水工事なども行き届いている風には見えない。
ここに来るまでに目にした街道も荒れ放題。とても道と呼べるものではなかった。
当然、バスや鉄道、船などが来ているはずもない。
「なるほど……」
そして、その予想は悪い方にばかり当たっていた。前の領主、あのバカ公爵は本当に何もしていなかったようだ。
そればかりか、税率で八割もの徴収を行い、農作物の殆どは税の代わりとして徴収されていたらしい。酷い話だ。
この村長の怯えた様子も分かると言うものだ。それほどに彼等は貴族に対し、強い不信感を抱いている。
一度、現場をちゃんと見に来ておいて、正解だったと俺は思う。
(しかし、こいつは思った以上だな)
これが、この村だけでなく、この領地の村や街が置かれている現実と言う事だ。
昨日訪れた街も、この領地最大の街と言う割には、人の流れに活気がなかった。
市場だけは血気盛んな装いを見せてはいたが、買い物に訪れているのは商家の者や、貴族階級の者ばかり、殆ど平民の姿は見受けられなかった。
それだけ、この領地での彼等の立場は弱く、市場で買い物も出来ないほどに、苦しい生活を送っているからに違いない。
「皆には、色々と不快な思いをさせてしまって申し訳ない。
勝手な願いとは思う。それでも、俺を信じて協力して欲しい」
俺は深々と、村長や、後ろで固唾を呑んで様子を見守っている村人達に、誠心誠意、頭を下げる。
幾ら、俺が村をよくしたいと考えていても、彼等が付いてきてくれないのであれば、何の意味もない。
貴族に不信感を強く抱く彼等に、協力を仰げるのであれば、頭の一つや二つ、下げることに何の躊躇いもない。
俺がマリエル達に感じている恩は、この程度では済まないのだから――
(それに、少女を苛める奴は俺が許さん!)
一番の理由は、これだ。幼……少女を苦しめていたバカ公爵に、強い憤りを感じていた。
【Side out】
異世界の伝道師 第56話『マリエルの村』
作者 193
【Side:マリエル】
村人達が総出で、太老様のお出迎えに現れた。
前もって、太老様のことを、村長や村人達に伝えておいたことが功をさしたようだ。
そのようなことを気にされる太老様ではないと思うが、領主の訪問に出迎えがないとなれば、心象は悪くなる。
太老様がどんなお気持ちで、この村に足を運ばれたかを私は知っているだけに、その御心を傷つける様な真似だけは決してしたくはなかった。
「狭いところですが、どうぞ中へ」
村長の案内で、村長の家に案内される。ここは、村の皆の寄り合い所としても使われている、村でも一番大きな建物だ。
太老様のお屋敷に比べれば、遥かに小さな建物かも知れない。
しかし、村人が太老様をお持て成しするのであれば、この村に、これ以上の建物はない。
普段は、何かの事情により、家を失った村人などに解放されている一階の大広間も、綺麗に片付けられており、恐らくは今日のために、ここで寝泊りをしていた村人達には出て行ってもらったのだろう。
予定では、ここで一泊して、明昼、屋敷の方に帰ることになっている。
しかし、一晩のことだ。彼等には申し訳ないが、我慢してもらう以外に手はない。
「村長、幾つか聞きたいことがあるんだが」
「は、はい! な、何なりと」
村人の出した御茶に口をつけられ、重い口を開かれる太老様。周囲にピリピリとした緊張感が募る。
マリア様も、先程からずっと黙っておられる。太老様の発している、ただならぬ気配を察しておられるからだろう。
村人達は気が気ではないようだ。出した御茶が不味かったのか? とか、見当はずれなことも考えているかのような様子だ。
確かに高級な御茶とは言い難いが、太老様はそんな事を気にされる方ではない。
私の予想では、おそらく太老様は――
「なるほど……」
村長に村の現状を聞かされ、重く険しい表情を浮かべられる太老様。
この村の様子を顧みて、酷く心を痛められているに違いない。
「皆には、色々と不快な思いをさせてしまって申し訳ない。
勝手な願いとは思う。それでも、俺を信じて協力して欲しい」
そう言って、太老様は深々と頭を村人達に下げられた。
それを見て、村長や村人達も、意識を彼方へと飛ばし、呆然と固まってしまっている。
まさか、領主様がこれまでの非を認め、自ら頭を下げられるとは思っても見なかったのだろう。
それに、この現状を作ったのは太老様ではない、前の領主、公爵様だ。にも関わらず、太老様は頭を下げられた。
本当に申し訳ないと、そして自分を信じて付いてきてくれないかと――
「…………」
村長は感涙極まった表情を浮かべ、天井を見上げていた。
ポツリと零れ落ちる涙が、今の村長の心境を妙実に表している。
こんな日が来るなどと、誰が思っていたか? おそらく誰も、こんな日が来ることを想像していなかったに違いない。
とっくに夢≠竍希望≠ヘ、捨てたつもりだった。しかし、今一度、村人達に夢≠竍希望≠見させてくれると、太老様は仰ってくださっているのだ。
それも頭を下げ、誠心誠意、正面から村人達に向き合うことで。
「領主様。どうぞ、頭をお上げください」
そう言って、今度は村長が、深く、深く、太老様にお辞儀をする。
村人達も村長に倣って、床に膝を付き、地面に頭を擦り付けるかのように、深々とお辞儀をしていた。
『村人一同、領主様にあらためて忠誠を誓わせて頂きます』
どこまでも誠実に、民に向き合おうとされた太老様の優しいお気持ちが、村人の心を強く動かした。
そんな村人達に優しく微笑まれ、「ありがとう」と礼を述べられる太老様。
「それじゃあ、マリエルの家に行こうか」
「え、太老様?」
突如、席を立たれ、私の方を向いて、そんな事を口にされる太老様。
村長も驚いた様子で、事の成り行きを窺っている。今日は、ここに滞在して頂こうと、村長や村人達は考えていたはずだ。
当然、そのための歓迎の準備もしていたはず。
それを突然、私の家に行くなどと仰られれば、村人達が驚くのは当たり前だ。
「ですが、太老様……」
「ここ≠ナの用事は済んだ。それとも、マリエルの家に、お邪魔しては行けない理由が何かあるのかな?」
周囲を見渡し、『ここでの用事は済んだ』と仰る太老様のお言葉に、私はハッとする。
村長も目を見開き、驚いた様子で固まっていた。おそらくは村長も、太老様の考えに気付いたのだろう。
太老様は、たった、これだけのことで察せられたのだ。
この寄り合い所を太老様達が使われれば、家のない村人達の何人かが、確実に野宿を強いられると言う事に。
「いえ、太老様。ご案内させて頂きます」
だから、ここを使えないと太老様は仰られた。
自分達のために、寒空の中、村人達を外で寝かせる訳にはいかないと、そう考えられたに違いない。
太老様のお気持ちを無碍にする訳にはいかない。マリア様も、少し困った様子で苦笑を漏らしておられる。
当然、マリア様も気付かれていたのだろう。太老様なら、こう言う行動に出ることに。
太老様の姿が見えなくなるまで、村長と村人達は、深々と頭を下げたままだった。
【Side out】
【Side:太老】
これで、やっとマリエルの妹達に会える。視察は確かに大事だし、彼等の境遇も可哀想だとは思う。
何とかしてやりたいと言う思いはあるが、俺がしてやれるのはここまでだ。
後は屋敷に戻ってから、このことを踏まえて領地運営の計画書に手を加えるだけだ。
このまま彼等の相手をしていて、何よりも楽しみにしていたことを忘れては、元も子もない。
このために、昨日は街に行って買い物をしてきたのだ。それも、散々な出費を被ってまで――
と、土産物の件でふとしたことを思い出す。
「あ、そうだ。船に積んであるコンテナの中身、全部、村人達に配っておいてくれる?」
「え? 全部ですか?」
「そう、よろしくね」
一緒に付いて来ていた侍従達にお願いして、土産物を配ってくれるようにお願いする。
袋に入れてあった村人への土産物は、船の中でリュックから取り出し、船に積んであった空のコンテナに全て移し変えて置いたのだ。
そのお陰で、背負っているリュックの荷物は随分と軽くなっている。
最初から、こうすればよかったと後悔しているくらいだ。
村人達への土産は色々と考えたが、タオルや歯ブラシ、洗面用具など、様々な日用品を取り纏めたものにした。
出来るだけ実用的な物の方が、喜ばれるだろうと考えたからだ。
この辺りじゃ、ああいった物は簡単には手に入らないだろうし、我ながらナイスチョイスだと思う。
「お兄様には敵いませんね」
「太老様……本当にありがとうございます」
マリアとマリエルが、何やら絶賛してくれている。
さては、昨日、買い物の現場を盗み見されていたのかも知れない。
それで、俺の用意した土産物の内容を知ったのだろう。
しかし、二人がここまで褒めてくれるとは思いもしなかった。
我ながらナイスチョイスだとは思うが、やはりアレは二人的にもベスト≠ネ選択だったのだろう。
俺は、久し振りに良い仕事をしたと満足気な表情を浮かべ、心の中で自画自賛≠オていた。
【Side out】
【Side:マリア】
やはり、お兄様の民を思う気持ちは本物だった。
相手が誰であろうと、どこまでも誠実に向き合う、その真摯な姿勢。
一瞬で、緊張から凝り固まっていた村人達の装いを崩し、彼等の心を掴んでしまわれた。
そして、最後まで村人達のことを気遣われる優しい心。
それが、お兄様の良いところであり、民から慕われている理由の一つなのだと私は再確認する。
「あ、そうだ。船に積んであるコンテナの中身、全部、村人達に配っておいてくれる?」
「え? 全部ですか?」
「そう、よろしくね」
お兄様に、思い掛けないことを頼まれた侍従は、驚いた様子で、お兄様に再確認する。
しかし、お兄様の返答は変わらず、『よろしく』と言うだけ。
マリエルも驚いている様子だったが、侍従が確認を取るように目を合わせてくると、コクンと首を一振り縦に振って答えて見せた。
マリエルなりに、お兄様の考えを察してのことだろう。
それにしても船に積んでいるコンテナ全部≠ニは、大盤振る舞いもよいところだ。
あの船のコンテナには、かなりの量の食糧の備蓄と、毛布やシーツなどの日用雑貨が収められている。
船に乗っている乗員全員が、軽く三ヶ月は生活していけるだけの備蓄が、常に貯えられているのだ。
万が一の事態を想定しての備えでもあるのだが、まさか、それを残さず、すべて配ってしまえなどと、実にお兄様らしい話だ。
「お兄様には敵いませんね」
「太老様……本当にありがとうございます」
本当に敵わない。民のためであれば、自分が不便をすることすら厭われない優しい心。
自らが築き上げた財すらも、苦しんでいる民がいれば、迷わず投げ出される。
言うのは容易いが、それを意図も簡単に実行してみせることは難しい。
そう言う意味でも、お兄様はやはりどこか他の貴族と違う。それが『天の御遣い』と讃えられる一番の理由なのだろう。
どこまでも欲がないかと思えば、その実は一番欲深い願いを持った人。
『より住みよい世界に』
その言葉は、今も忘れられない。正木商会のスローガン≠ニも成っている言葉。
お兄様の目指している理想は、果てしなく遠い。普通であれば、夢物語と笑うところだ。
しかし、そんな大きな理想を目指していると言うのに、目の前で苦しんでいる民を、お兄様は決して見捨てたりはしない。
それが、お兄様が誰よりも欲深いと言った理由だ。
でも、お兄様は誰が何と言おうが、その考えを変えられることはないだろう。
お兄様の行動の理念、そして原点が、そこにあるのだから――
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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