【Side:水穂】

「はい、もういいですよ」
「え? もうよろしいのですか?」

 マリエルの母親の体液を拝借してデータを入力し終えると、調整を終えたばかりのアンプルで実験を試みる。
 用いたのは汎用の簡易検査キットなのだが、こちらにするとこれでも珍しい物らしい。マリエルの母親が目を丸くして驚いていた。
 そう言えば、彼女の名前を聞いてなかったことを思い出す。
 今更尋ねるのもおかしなものか? と考えたが、そうして思案していると彼女の方から自己紹介を申し出てくれた。

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。どうぞミツキ≠ニお呼びください」
「柾木水穂です。私も水穂(みなほ)≠ナ構いません」

 ふとユキネと同じ和風ぽい名前に疑問を感じ、ミツキにそのことを尋ねてみる。
 どうやら彼女の祖父は異世界人らしく、ミツキと言う名前も祖父が付けてくれた名前なのだとか。
 聖機師としての資質もあるにはあったらしいのだが、耐久持続限界が短いことを理由に正式な聖機師にはなれなかったらしい。
 聖機師になれなかったことに落ち込みもしたし、祖父や両親の期待に応えられなかったことを嘆きもした。
 しかしそんな時、知り合ったのが、首都で時計技師をやっていたある男性だったらしく、その人との間に出来たのが、シンシアとグレースだと言う昔話を聞かせてもらった。

「えっと、じゃあマリエルは……」
「はい。あの子は本当は私達の血を分けた娘ではありません。
 ですが、私はマリエルのことを本当の娘のように思っています」

 マリエルにそんな秘密があるとは思いもしなかった。
 誰もいない寂れた教会の前に、一人薄汚れた布切れ一枚に身を包み、体を震わせている小さな女の子を見つけたらしい。
 それがマリエルだったとのことだ。

 どこにいたのか? 家族がいるのか?

 殆ど何も覚えていなかったらしく、夫婦二人で相談をしてマリエルを自分達の娘として育てることを決意したのだと言う。

(太老くんはこのことを知っているのかしら?)

 マリエルは知っているらしいが、確かにおいそれと他人に話せる内容ではない。
 ミツキが私に自分の過去を話してくれたのも、自分の命を預ける相手に対する、彼女なりの誠意の見せ方なのだと私は考えた。
 しかし、なるほどと思った。マリエルが母親に対し、強い拘りのようなものを持っている気がしたのは、こうした理由があったからだろう。
 何も覚えてなく、行き場もなかった自分を、何の見返りもなく受け入れてくれた温かな家族。
 マリエルが家族に対し、強い拘りや想いを抱いている理由にも納得が出来た。

「一応、これは決まりなのでお話しておきます。
 どんな施術を受けるかも分からず、体を弄くられたくはないでしょうし」

 マリエル達からお願いされているが、実際のところは本人次第だと私は思っている。
 アカデミーに習って、生体強化に関しての説明を行っていく。
 強化を施すのは二点。肉体≠ニ精神≠フ両方だ。そしてそれに伴うリスクや、被ることになるメリットとデメリットを明示していく。
 話が進むに連れ、ミツキは渋い表情を浮かべていたが、熟考した上で私が提示した同意書にサインをした。

【Side out】





異世界の伝道師 第64話『三人の聖機師』
作者 193






【Side:ミツキ】

 太老様と水穂様が異世界人、それもこことは懸け離れた凄い技術力を持った星からやってきた、と言う話を聞いた時には俄かには信じられず驚いたが、実際に目の前で次から次に、これだけの途方もないものを見せられれば納得が行く。
 こう見えても昔は聖機師を志したことがあれば、聖地の学院にも通っていたことがある。
 今では落ちぶれてしまったが、元々はそれなりの格を持った家に生まれ育った私だ。ある程度の教養はあった。
 これが、どれだけ異常な技術かは実際にその目で見れば分かる。
 一切、亜法を用いずに動く機械。それも、これだけ小さく高性能な端末など見たことも聞いたこともない。

「生体強化……ですか?」
「ええ、あなたの体液を拝借したのも、そのために必要な処置だからよ」

 人間離れした筋力や思考能力。そして何よりも老いることのない体と長い寿命。
 その説明を聞いた私は、どうするべきか? と真剣に思い悩んだ。
 娘達よりも長生きすると言う事は、娘達の死を看取る可能性が高いと言う事だ。
 夫に先立たれ、あの時に感じた深い悲しみを、また体験するかも知れないと言う恐れ。
 それを考えると本当にこれで良いのかと、躊躇してしまう。

「決めるのはあなたよ。確かにマリエル達には頼まれたけど、私はあなたの意思を優先するわ」

 この治療を受けなければ遠くない未来、間違いなく私は命を落とすことになるだろう。
 まだ幼いシンシアとグレース、それにマリエルを残して先立つのは心残りでならない。
 私が病気だと知った時の、取り乱し、うろたえていたマリエルの姿が強く印象に残っていた。
 昔の記憶が一切ないことへの不安。自分が何者か、どこから来たのかも分からない恐怖。
 マリエルのあの強い家族に対する想いは、その不安を紛らわしたい払拭したいがためのものだと私は察していた。
 もう一人でも大丈夫だと思っていたが、あの様子ではマリエルはやはり過去のことを気にし、今も思い悩んでいる可能性が高い。

「よろしくお願いします」
「本当にいいのね?」
「……はい。あの子達を残して、私はまだ逝けそうにありません」

 死ぬことが怖くないと言えば嘘になる。
 ただそれ以上に、娘達だけを残していくことの方が、私は後悔する気がしてならなかった。
 確かにそのことで、私は苦しい思い、悲しい思いをするかも知れない。
 それでも、ここで心残りを残したまま死んでしまえば、私は後悔だけを残すことになるだろう。
 それだけは決してしたくない。亡くなったあの人の墓前に誓ったことだ。

 娘達のことは私が責任を持って見守ってみせると――

 これはきっと、あの人がくれた最後の機会なのだろう、と私は考えることにした。

【Side out】





【Side:太老】

 水穂にあちらの準備は任せ、俺はマリアとユキネを引き連れて、三人の聖機師の出迎えにきていた。
 少し前に連絡があったとのことなので、もう直ぐ到着するだろう。
 マリアは白いテーブルセットに紅茶やお茶菓子を用意して、聖機師が来るのを待ちながら優雅に寛いでいた。

「お兄様も如何ですか?」
「う〜ん、俺はこっちでいいよ」

 未だにあの気品に満ちた空間は慣れない、と言うか居心地の悪い俺は、適当な芝生の上にごろんと寝そべって日向ぼっこをしていた。
 やはり俺には、この方が色々と気が楽で休まる。今日は日差しも強く、ポカポカとした陽気で気持ちいい。
 こうして寝そべっていると、面倒なことや嫌なことが忘れられそうで気が本当に休まる。

「あの雲、微妙にカニぽいな」

 仰向けに空を見上げていると蟹の形をした雲を発見し、嫌なことを思い出してしまった。
 自然と大きな溜め息が漏れる。マリア達に向こうのことを話したり、生体強化の準備のために体液を提供したりと、急に色々なことがあったこともあり、少し昔のことを思い出して感傷的になっていたようだ。

「太老、あれ――」

 そう言ってユキネが指を差して知らせてくれた先には、大きな紅色の軍艦の姿があった。
 ハヴォニワの紋章が正面に刻まれている。間違いない、あれが聖機師達を乗せた船のようだ。

「随分と豪勢な船できたな……」

 実際、溜め息が出るほどの大きな軍艦だった。
 ハヴォニワの保有する戦艦がどれほどの物か、全てを知っている訳ではないが、あれはその中でも特に立派なものだと言うのは俺にも分かる。
 マリアとユキネも驚いている様子で、船をポカンとした表情で見上げていた。

「マリア様、あれは……」
「間違いないわね。軍の旗艦よ」

 旗艦と言うと艦隊の中でも司令塔を兼ねる最大級の軍艦のことだ。
 そんな国中を探しても何隻も存在しない船が、まさか三人のへっぽこ聖機師を運ぶためだけに派遣されてくるとは俺も思ってはいなかった。
 どこぞの大貴族の息子か、お偉いさんでも乗っているのだろうか?
 何だか分からないが、ヒシヒシと嫌な予感しかしてこない。

「――はあ!?」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。その理由は船から飛び出してきた三体の聖機人だ。
 聖機師だけが送られてくるとばかりに思っていたのに、聖機人がそれも三体も現れたのだ。
 これで驚くなと言う方が無理がある。各国が保有する聖機人は、大国と呼ばれるシトレイユでも全機で五十体ほどだと言う話だ。
 ハヴォニワはそれよりも更に少ない。
 そんな貴重な聖機人が戦時中でもあるまいし三体も派遣されてくるなど、普通であれば考えられない珍事だ。

「ユキネさん、何か聞いてる?」
「私は何も……マリア様は?」
「マリエルから少しは……何でも試験が行われるくらい凄い応募数だったとか」

 何じゃそりゃ? とマリアの話を疑問に思った。
 俺が募集したのは農地開拓の労働力だ。それで何で、そんな大量の応募がくるのか意味が分からなかった。
 とは言え、マリアが嘘をつく意味がない。それが事実だとして、何でそうなったかだ。

「あの……お兄様は何と軍に要請されたのですか?」
「ん? それは――」

 さすがに正直に『農地を耕したいから聖機師を送ってね』とか言っても、申請が通るはずもないことは分かっていたので俺も考えた。
 取り敢えず軍事訓練≠ニ言う名目でだして置けば、申請も通りやすいだろうと考えたのだ。
 後はへっぽこの男性聖機師共が送られてくれば、『農作業も立派な訓練だ』などと色々と理由をこじつけ言い包め、農地開拓を手伝わせればいいと思っていた。
 もしかしてそれか? 本気で軍事訓練だと思って軍艦に聖機人を三体も寄越したと?
 冗談のつもりだったのだが、まさか本気にされていたとは……しかも、何だか大事になっているぽいし。

「太老、何だか嫌な予感がするのだけど……」
「……まさか、お兄様」

 ユキネとマリア、お二人のご推察の通りです。
 二人が驚くのも無理はない。農地開拓の補充員が届くとしか二人には説明してなかったからだ。
 もう、何と謝っていいやら、言い訳していいやら分からない。
 まさか、今更間違いでしたなどと言って帰ってもらう訳にもいかないし、かと言ってこのまま農作業を手伝わせると言うのも……。

「取り敢えず口に出してしまったことだしな……」

 適当に訓練をやってもらって、お帰り願うしかないだろう。
 マリアとユキネにもその旨を伝え、話を合わせてくれるように頼む。呆れた様子で溜め息を吐いていたが、どうにか納得してくれた。
 二人も、さすがに軍艦まで来てしまった以上、このまま帰ってもらう訳にはいかないと思ったに違いない。

「失礼ですが、タロウ・マサキ辺境伯様ですね?」
「ああ、正木太老だけど」

 そうこうしているうちに、聖機人から降りた三人の女性聖機師が俺達の前にまで来ていた。
 想像以上に若い。ひょっとしなくてもユキネよりも若いのではないだろうか?
 話の内容から男性聖機師でないことはすでに分かっていたが、これほど若い女性聖機師だとは思いもしなかった。
 試験を潜り抜け、たくさんの応募者の中から選ばれた聖機師だ。当然、それなりに実力のある聖機師なのは間違いない。

「この度、軍から派遣されてきた聖機師のタツミです」
「ユキノです」
「ミナギですの」
「…………は?」

 三人の自己紹介を聞いて思わず呆けてしまった。
 タツミ、ユキノ、ミナギって、あの巽、雪乃、美凪の三人のことか? 三バカと名高い。
 こっちの世界に飛ばされてから、覚えのある名前の人物ばかりに出会っている気がする。
 正直、頭が痛くなってきた。

「まさか……三バカ≠ネんて」
「な、何故それを!?」
「そ、そうです! 私達、会ったことありませんよね?」
「何で知ってるんですの? 私達の学生時代の忌まわしき渾名≠!」

 うっかり口漏らしてしまった『三バカ』と言う言葉が、三人の辛い過去を呼び起こしてしまったらしい。
 先程までの畏まった様子から一転、タツミ、ユキノ、ミナギの三人は物凄い剣幕で俺に詰め寄ってきた。
 そうか、こっちの三人も『三バカ』と呼ばれていたのか。そして、これが彼女達の地≠ニ言う訳だ。
 何と言うか、初めて会ったとは思えないほどの親近感を、俺はこの三人に感じていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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