【Side:太老】

「ただいま――あら? 可愛らしい双子の姉妹ね」

 水穂が帰って来たと聞いたので、シンシアと一緒に食堂に向かってみれば、全員が一同に会していた。
 シンシアとグレースを見つけ、目を輝かせてギューッと抱きしめる水穂。
 シンシアは嫌がっていないようだが、グレースは水穂の腕の中でジタバタあがいていた。まあ、逃げられないだろうけど。
 どうやら全員が集まっていたのは、水穂とユキネの鞄一杯の土産物を物色しているからのようだ。
 山で集めてきたのか? 色とりどりの新鮮な山の幸がそこにはあった。

「こここ、これは!」

 マリアが何やら変な形の白いキノコを握り締めて興奮している。
 マリエル達も、「実物を見るのは初めてです」と何やら驚いている様子。
 そんなに凄いものなのだろうか? あっちで言う松茸のようなものかも知れないと俺は考えた。

「ううん……」

 ユキネが何だか疲れきった様子で椅子に座って机に突っ伏している。
 こんなユキネを見るのは初めてのことだ。それほどに辛い特訓だったのだろうか、と心配になった。

「ユキネさん、大丈夫?」
「太老、ただいま……私、無事に生きて帰ってこれた」

 水穂の特訓だ。大体のところは想像がつく。
 ユキネの場合は基礎自体はある程度あるので、おそらくは実戦を想定した命懸けの訓練内容だったに違いない。
 ここまでユキネが焦燥とした有様になるなんて、想像するのも恐ろしくなった。

「早速で悪いんだけど、水穂さん、相談があるんだけど」
「あら? 太老くんが真剣な顔をして相談なんて珍しいわね」

 ちょっと何か引っ掛かる言い回しだが、ここは敢えてグッと我慢だ。
 俺は水穂を引っ張って、マリエルの母親の眠っている客室に水穂を案内する。
 他の面々も気になったのか、俺と水穂の後を付いて来ていた。

「なるほど……太老くんらしいわね」
「どうかな? こっちは不可能でも向こうの技術なら――」

 マリエルの母親を前に、本人やギャラリーそっち除けで相談を始める俺と水穂。
 彼女達には何を話しているかすら分からないだろう。
 向こうの人間でも、アカデミー卒業クラスの知識レベルがないと理解は出来ないような内容だ。
 取り敢えず水穂との相談の結果、マリエルの母親の病気を詳細に診断する方が先と言う事になった。
 水穂のことだ。何か当てがあるのだろう。





異世界の伝道師 第63話『生体強化』
作者 193






「で? これが当ての正体ですか……」
「そうよ。樹雷の情報部で支給されてる携帯用のキットだけど、十分に使えると思うわ」

 この世界では目にしたことがないような三次元モニターが所狭しと水穂の周りに映し出されていた。
 どうやらこちらに来る時に持っていた小物入れの中に、携帯用の電子ツールがあったらしい。さすがに用意周到だ。
 実際に診察を受けているマリエルの母親は勿論、マリア達も目を丸くして驚いている。
 こっちにも三次元映像などの投影技術はあるが、それを直接デバイスに用いるような技術はさすがに確立されていない。
 それも水穂の手元にある手帳のような小さな機械で、これだけのものを制御しているなどと、普通であれば信じられないオーバーテクノロジーだろう。

「あの、お兄様……これは?」
「ごめん。後できちんと説明するから、今は見逃してくれる?」

 彼女達なら、ある程度のことを話しても心配はないだろうと言うくらいには、俺も彼女達のことを信頼はしていた。
 どの道、こちらで暮らしていく以上、いつかは話さなくてはいけない時がやってくる。
 完全に隠しきることは難しいし、出来ればある程度の秘密を共有する仲間はいた方がいいとはずっと考えていた。
 マリア、ユキネ、マリエル、その家族くらいには少し話しておいてもいいだろう。
 フローラにも話そうとは思うが、もうちょっと様子見だな。折を見て、きちんとフローラとは対峙しようと思う。

「水穂さん、どう?」
「大丈夫よ。こちらでは難しい病気かも知れないけど、問題なく治せると思うわ」

 水穂の診断では胃癌の亜種と言う話だった。
 地球でも確かに早期の発見が難しく、回復の見込みがない訳ではないが、完治が難しいとされている病気の一つだ。
 もっともアカデミーでは遙か昔に研究し尽くされ、簡単に治療が可能な病気となっている。
 生体強化や延命調整などでも分かるとおり、生体操作に関する技術はすでに神の領域と言っても過言ではないレベルにまで達している。
 性格や記憶、能力、肉体に至るまでを完全に再現するような技術が存在するくらいだ。
 これらの技術を利用すれば、癌細胞だけを除去し健康な状態に肉体を復元することも当然可能となる。

「ただ、ここには専用の機材も生体ナノマシンのアンプルもないのよね」
「設備を用意するか、薬の生成自体は?」
「時間を掛ければ可能かもしれないけど、直ぐには難しいわね」
「それじゃ、手遅れになってしまう可能性があるか……」

 問題はそれだった。さすがに水穂の持っている携帯電子ツールだけでは、そこまでのことは不可能だ。
 ここには、それだけの設備がない。それが目下一番の問題だった。
 こんな事なら、こちらに来て直ぐに機材の用意くらいはしておくべきだったかと考えるが、それを考えたところで今更だ。
 俺でも高望みさえしなければ、簡単なものくらいは自作できる。

 ただ、水穂の言うようにそれには結構な時間が掛かってしまう。
 この世界の技術と俺達の世界の技術では、根本的な発想が大きく違うため、従来の物を再利用して応用すると言ったことも難しい。
 新しい規格をゼロから作り用意するとなれば、それ相応の時間が掛かってしまうからだ。

「一つ方法がない訳じゃないわね」
「俺も考えてました。でも、それって……本当にいいんですか?」
「助けたいのでしょ? なら、それしかないわよ。それにいいんじゃないかしら?
 この際、問題になったら責任は全部、鷲羽様≠ニ瀬戸様≠ノ被ってもらいましょう」

 結構根に持っていたんだな、と思った。まあ、無理はないと思うが。

 俺達が考えた方法は簡単だ。
 水穂の能力が人間離れしていたり病気になり難いのは、皇家の樹のバックアップを受けているからだ。
 そして今更分かりきっていることだが、俺も鷲羽により生体強化と延命調整が施されている。
 原因はおそらくあの怪しげなドリンクと、診察と偽って行われていた実験の数々だと俺は予想していた。

 そうした俺の体内のナノマシンを利用することで、マリエルの母親用に再調整し直し投与すれば、簡易的とはいえ同様の効果が得られるはずだ。
 体組織に馴染んだナノマシンは自然と体を健康な状態に保とうとするはずなので、癌細胞も確実にそれで除去することが可能だろう。
 実際、以前に発病した風土病も、多少苦しいが数日眠っていれば俺の場合は死ぬほどのことはなかったと予想していた。
 自動的に体内で抗体が形成され、殆どの病原菌は発病したとしても数日で駆逐されてしまうからだ。
 俺が風邪一つ引かなかったのも、これが主な理由の一つだろう。

「益々、彼女達に話さないといけない理由が出来ましたね……」
「何れは知られることよ。それが早いか遅いかの違いでしかないわ」

 これの問題は当然、病気を治す以外に別の効果も出てしまうことにある。
 この先、マリエルの母親は普通の人間よりも更に長い寿命を生き続けていくことになる。
 延命調整が施されていない極一般的な生体強化でも百数十年と言う平均寿命だ。長生きできるのだからいいと言う話ではない。
 その上、殆ど老いることがないと言う事は、外見が余り変わらないと言う事だ。そんな状況で、これからまだ百年以上の時を過ごすことになる。
 当然、家族や知り合いは自分を残して先に消えていくことになり、一箇所に留まって生活を送ることも出来なくなるだろう。
 何十年経っても外見の変わらない人を、普通の人は人間≠ニは呼ばない。化け物≠ニ恐れられるのがオチだ。

 初期文明との接触ではよくあることだ。
 実際、そうした問題があるからこそ、勝仁は姿を偽り、地球に住む『マサキ』に関わる殆どの者達は外見を偽って生活を送っている。
 それだけの肉体的変化を促す処置を施そうというのだ。さすがに何の説明もなしにと言う訳にはいかない。

 それに簡易とはいえ、生体強化≠烽ウれることになる。
 肉体面での強化だけでは、人間の精神ではその長い年月に心がついていくことが出来ない。
 そのための処置や強化を総称して『生体強化』や『延命調整』と、俺達は呼んでいる。

 それに伴ったリハビリや調整も必要となるだろう。

「あの……よくは分かりませんが、それをすれば母は助かるのですよね?」
「うん、まあね……」

 マリエルが遠慮がちに静々と手を挙げて、そう質問してきた。
 余り気乗りのする話ではないが、確かにこれをすれば助かると言う事は殆ど断言できる。
 ずっと俺がこのことをマリア達に話さなかったのは、異世界人だと知られたくなかったからだ。
 男性聖機師と言うだけでも貴重なのに、異世界人だと知られれば、どれだけ混沌とした状況になるか分かったものではない。
 平穏な生活を送りたいと願っている俺としては、そうした問題は出来るだけ先送りして、出来れば回避したかった。

「なら、お願いします! 勝手なお願いだとは思います。
 ですが、どうしても母さん≠ノは生きていて欲しいんです!」

 頭を深々と下げて、そう俺達に頼んでくるマリエルを見て、水穂は「どうするの?」と意地悪く俺に尋ねてきた。
 マリエルに続いて、シンシアとグレースも頭を下げている。
 この状況で、どうするのかと聞くのは意地が悪いと言うものだろう。

 俺の返事など分かりきっていた。

【Side out】





【Side:水穂】

 話を聞いた時には驚いたが、実に太老くんらしい選択だと私は思った。
 それにこれは良い機会でもあると考えた。

 考えていたことを実現するためには、私達のことを信用の置ける人物に知っておいてもらう必要がある。
 結局のところ、それが早いか遅いかの違いでしかない。私達がここで暮らしていく以上、いつかはその壁にぶち当たるのだから。
 人間離れした力に、何年、何十年、何百年の年月が経とうが年老いることのない体。
 生体強化や延命調整などと縁のない初期文明の人々には、物語に出てくる神や魔物と言ったように、私達のことが化け物≠フようにその眼に映っても不思議な話ではない。

 太老くんが一年もの間、そのことを隠し続けていた気持ちも分からなくはない。
 この温かな環境、自分を慕ってくれる人々に囲まれ、今の生活を失いたくはなかったのだろう。
 本当のことを話せば、嫌われてしまうかも知れない。化け物扱いされるかも知れない。
 そうした恐怖があるのは、人として当然のことだ。

 私が彼女達を試すような真似を繰り返していたのは、事実を話した時、それを彼女達が受け入れてくれるかどうかを心配したからだった。
 しかし、彼女達の人となり、そして太老くんに向ける強い好意を見る限り、その心配は必要ないと結論付けた。
 思い悩みはする。気にはなるだろうが、そのことで太老くんを拒絶するような子達ではない、と私は信じたからだ。
 そう思えるものを、私はここでの生活で見せてもらった。

 マリエルの母親の治療を引き受けたのも、そうした経緯があったからだ。
 確かに可哀想だとは思うが、彼女達が太老くんを拒絶するような可能性があれば、私は確実に拒否していただろう。
 私は彼女達と太老くんなら、比較することもなく太老くんを取る。
 今回のことも、太老くんのためになるのなら、と考えた上での結論だ。

「凄いわね……さすがは宇宙一の天才科学者と名高い白眉鷲羽様」

 私は今、マリエルの母親が眠っている客室で、太老くんの体液から採取したナノマシンの再調整を行っていた。
 鷲羽様が直接調整を施されたものとあって、その出来はアカデミーでも見たことがないほどに素晴らしいものだった。
 太老くんのあの身体能力の正体にも、これなら納得がいく。
 これだけの生体強化が施されている人物は、銀河中を探してもそうはいないだろう。
 太老くんが能力を使いきり本気を出せば、あの魎呼≠ニも正面から渡り合えるかも知れない、そう私は本気で考えていた。
 ――コンコン、と部屋をノックする音が聞こえる。

「はい。どうぞ――」

 私が返事をすると「失礼します」といい、マリエルがカートを押して中に入ってきた。
 どうやら、お茶の用意をしてきてくれたようだ。
 鼻先を刺激する紅茶の良い香。もう一つ、甘酸っぱい匂いの正体は果物のパイ包みのようだった。

「私の得意料理の一つなんですよ。昔、母が教えてくれたんです」

 切り分けてもらったパイを甘い香に誘われて、一口、口にする。
 味や食感はアップルパイに良く似ていた。使っている果物はこちらのもので少し違うが、とても美味しい。
 甘いものが大好きな私も、満足な一品だった。

「水穂様」
「ああ、ごめんなさい。とても美味しいわよ」
「いえ、そのことではなく、母のこと、ありがとうございました」

 深々と頭を下げ礼を言うマリエル。
 どうやら太老くんに『礼を言うなら俺よりも水穂さんに言ってあげて』と言われたそうだ。
 その話を聞いて、実に彼らしい答えだと思った。

 確かに私が殆どのことをやっているが、彼の協力がなければ治療は不可能だった。
 私は皇家の樹のバックアップを受け生体強化や延命調整を行っているが、太老くんとは大きく勝手が違う。
 ライン自体は確かに生きているが、それを他人に分け与えるような器用な真似はここでは出来ない。
 向こうに戻れば、そうした何らかの方法も可能かも知れないが、現状ではどうすることも出来なかった。

「太老くんから、私達の話を聞いたの?」
「……はい。太老様と水穂様の故郷のことを聞きました」

 驚いたに違いない。その表情や仕草からも、マリエルがまだ何かを思い悩み動揺していることは手に取るように分かる。
 ただ、それでもこうしてここに来たと言う事は、受け入れる覚悟は出来たと言う事なのだろう。
 元々、マリエルにはその選択肢しかない。母親を助けるためにはこの方法しかなく、それに彼女は他の誰よりも太老くんに大して強い恩義を感じている。
 多少のことで太老くんを見る目が変わるとは、私も思ってはいなかった。

「水穂様、一つだけお聞きしてもよろしいですか?」
「何かしら?」
「どうして、協力してくださる気に、母を助けてくださる気になられたのですか?」

 私はマリエルの予期せぬ質問に驚いた。
 どこまで察しているのかは分からないが、マリエルは私が黙って協力していることに疑問を感じていると言う事だ。
 太老くんとマリエルには確かに強い繋がりがあるかも知れないが、私からすればマリエルは同じ主人に仕える仕事の同僚で、太老くんを通して知り合っただけの赤の他人に過ぎない。

(なるほど、太老くんが彼女をメイド長に選んだ訳ね)

 この質問の仕方と様子から察するに、私が態と彼女達と距離を取り、壁を隔てていたことにも気付いているのかも知れない。

「なら答えも出ているんじゃない?」
「では、やはり……」
「そう、太老くんが望んだからよ」

 この答えを聞いてマリエルがどう言う反応をするのか、少し期待をしていた。
 最悪の場合、落胆されるかとも思っていたが、

「その御言葉を聞いて安心しました」

 と笑顔で私に返事を返してきた。
 マリエル曰く――

「水穂様が太老様の味方であるのなら、私にとっても水穂様は大切な仲間ですから」

 とのことだ。
 その答えを聞いて、太老くんはどれだけ彼女達に愛されているのだろう? と、ただ苦笑しか出て来なかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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