【Side:タツミ】
訓練を始めて四日目になる。今日も早朝からユキノとミナギの二人と、厳しい訓練を執り行ってきたばかりだ。
朝から晩まで立て続けにやりたくても耐久持続限界がある以上、余り連続して訓練を行う事は出来ない。
歯痒い思いだが、こうして時間を決めて小まめに休憩を挟みながら続けていくしかなかった。
「やっと全体の二割ほどか……」
太老様がたった一人で一割もの面積を僅か一刻ほどで掘り起こして見せた事を思えば、私達は三人で三日以上も掛かっている事になる。
その差は圧倒的と言っていい。まだまだ太老様と私達の間には、それだけの差があるのだと自覚させらていた。
しかし、だからと言って諦めたり、落ち込んでいる余裕は私達にはない。
貴重な聖機人を犠牲にしてまで、太老様が寄せてくれた期待。
その期待に応えずに、こんなところで終わる訳にはいかなかった。
「タツミ大変だ!」
「こ、これを見るですの!」
シャワーを浴びて、一休みしている私のところにユキノとミナギの二人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
手に持っていたファイルを押し付けるように、私に手渡してくるミナギ。
訝しみながらも、私はそのファイルに目をやる。
「山賊討伐の要望書?」
「朝一番で太老様から届いたらしいですの」
「太老様が……これを?」
その内容は実によく纏められたものだった。
山賊達のアジトの分布図がある事には驚いたが、それらの資料や調書を基にした具体的な討伐計画案も添えられていた。
軍が立案するような高度な戦略まで企画するほどの知略をお持ちだとはさすがは太老様だ、と私は太老様の実力を評価する。
とは言え、二人が驚くようにこれを何故、私達に送ってこられたかだ。
単純に軍に協力を要請されているのか? だとすれば直接、軍にこのデータを送るか、太老様であればフローラ様にでも相談すれば済む事だ。
「後、こんな物が一緒に添えられていたの」
ユキノに手渡された紙を広げて見てみると、そこには聖機人の三位一体の攻撃フォーメーションの説明が綴られていた。
搭乗した三体の聖機人を縦一列に配置し、真正面から見ると一体に見えるようにする事で敵の眼をかく乱する。
そしてそのまま攻撃対象に向かって滑走し、中近距離による時間差攻撃を対象に仕掛けると言うものだった。
「ジェットストリームアタック……」
間違いない。これは私達のために太老様が考えてくださった隊列に違いない。
これを会得しろ、とそう仰っているのだろう。
だとすれば、山賊討伐の件も訓練の一環として考えられているのだ、と私は状況から類推した。
「艦長は何と?」
「『軍艦を出すなら、いつでも準備は出来ている』と言ってた」
「なら私達のやる事は決まっているな!」
「ですの!」
私達の心は決まった。
かなりハードなスケジュールになる事は間違いないが、必ずこの訓練をやり遂げてみせる。
太老様のご期待に沿うためにも――
【Side out】
異世界の伝道師 第67話『専属メイド』
作者 193
【Side:太老】
「おかしいな……どこにやったんだ?」
息抜きに落書きした『黒い三連星』の攻撃フォーメーションを書いた紙が、いつの間にかなくなっていた。
何故、そんな物を書いたかと言うと、あの三人の女性聖機師に会って、パッと頭に思い浮かんだのがそれだったからだ。
ちゃんとした軍事訓練の内容を考えていたら、あんなネタが思い浮かんできたのだが、まさかそんなものを本気で教える訳にもいかない。
誰かの目に留める前に処分しておこうと考えたのだが、一向に見つからなかった。
間違ってゴミと一緒に捨ててしまったのだろうか? だとすれば別にいいのだが、どうも嫌な予感がしてならなかった。
「ここまで探してないとすると、やっぱ捨てちゃったのかもな」
自室から書斎まで隅々まで探してみたが、やはり見つからなかった。
とっとと諦め、気持ちを切り替えて仕事の続きでもする事にする。
水穂の話によればミツキのリハビリが十日余りで終わるとの事なので、それが終わったら首都に戻るつもりでいるので、今の内に出来るだけ憂いを残さないように気になる仕事はやり遂げておきたい。
マリエル達も忙しく働いてくれているので、俺だけが遊んでいる訳にもいかなかった。
「あれ? 地図ってここじゃなかったっけ?」
資料作成に必要なハヴォニワの地図を探し、本棚や机の上を探してみるが見当たらない。
随分と散らかっていたし、マリエルが片付けてくれたのかも知れないと思い、俺は書庫に取りに行く事にした。
この屋敷の書庫には様々な資料や書籍が収められている。バカ公爵が利用していたかどうかは分からないが、ちょっとした小さな図書館並に大きな書庫だ。
歴史を感じさせる随分と古い造りのようだし、おそらくは公爵家に先祖代々受け継がれてきたものなのだろう、と俺は考えていた。
色々と貴重な資料もあるようなので、俺達も有意義に活用させてもらっていると言う訳だ。
「シンシア? それにグレース?」
書庫に入ると、たくさんの本に囲まれて読書に耽っている双子を見つけた。
最近、仕事が忙しくて余り相手をしてやってないから気にしていたのだが、こんなところに入り浸っていたのか。
それでもシンシアなどは毎晩決まって俺の部屋にやってきては、俺のベッドで眠っていたりするのだが。
これだけは俺も何度か言って聞かせてみたのだが、効果がなかったので既に諦めていた。
マリアなどは不満たらたらな様子だったが……。
どうにもシンシアの一件に関しては、マリアに要らぬ不信感を抱かれているような気がしてならない。
「二人とも何を読んでるんだ?」
シンシアとグレースが真剣に読んでいる本を覗き込む。
その本の内容を見て、俺はギョッと目を見開き、驚きを隠せなかった。
てっきり絵本や小説か何かを読んでいるのだと思っていたのだが、どれも工房の技師などが参考にするような専門書籍ばかりだったからだ。
「亜法結界炉に関する技術書や、こっちは聖機人の歴史を記した古い文献?」
専門家でも辞書を片手にコツコツと調べながら解読していくような本を、二人はスラスラと詰まった様子もなく紐解いていく。
以前にマリエルがシンシアとグレースの事を『頭が良い』と評価していた気がするが、正直ここまでとは思いもしなかった。
この二人、チートしている俺よりも頭が良いんじゃないだろうか?
「まあ、大人しくしてくれてるなら、それでいいか」
別に書庫の本は読んじゃいけないと言う決まりはないのだし、二人が大人しくしていてくれるなら敢えて水を差す必要はない。
人に読んでもらってこそ本の価値がある。そう言う意味では、きちんと書庫整理を済ませさえすれば、重要な資料や書類を除いて一般開放してもいいかもな、と俺は考えていた。
もっとも、ちょっとした図書館並もあるこの書庫を、完全に整理するには何年掛かるか分かったものじゃないが――
「えっとハヴォニワの地図は……」
「右奥の棚の一番上から二段目の向かって左端から四つ目の資料がそれだよ」
「ああ、これだこれだ。グレースちゃん、ありがと……」
無事に地図を見つける事が出来たのだが、何かおかしい事に気付く。
何でグレースはこんなにも細かく地図のある場所を知っていたんだ?
マリエル達でさえ、目的の資料を探し出すのに苦労していたと言うのに。
「そっちの方の棚のは全部読み終えたしな。
書庫の二割くらいの本の場所は大体頭に入ってるぞ」
「嘘だろ!? これを全部!」
グレースが指差した範囲の本だけでも数え切れないほどの数がある。
ざっと見積もっても二千、いや三千冊はあろうかと言う本をグレースは全て読んだと言ったのだ。
冗談じゃない。グレースがこっちの屋敷に移ってからまだ五日しか経ってない。
一週間も経たずにそれだけの本を読むだなんて、常識外れもいいところだ。
「私なんかよりシンシアの方が凄いぜ?」
「…………」
物凄い勢いでパラパラと本を捲っていくシンシア。
あっと言う間に分厚い参考書を読み終わり、次の本に興味を示してそれを手に取る。
はっきり言って唖然とする光景だった。
実は生体強化を受けていると告白されても納得できるほどの情報処理能力だ。
「二人とも今までに読んだ本の位置とか内容は全部覚えてるんだよね?」
「……コク」
「覚えてるけど?」
これは思わぬ収穫だったと言っていい。
二人には必ずお礼をするからと約束して、目録の作成を手伝ってもらう事にした。
書庫の目録があれば、マリエル達の仕事もずっと捗ると考えたからだ。
【Side out】
【Side:マリア】
「マリエルからお茶の誘いをしてくれるなんて、やっと返事を聞かせてくれる気になったのかしら?」
「……はい」
マリエルに『お話があります』と呼び出され、私は談話室に足を運んでいた。
マリエルの淹れてくれた紅茶に舌鼓を打ちながら、彼女の話を待つ。
話の内容には予想がついていた。間違いなく以前に誘った『同盟』の事についてだろう。
あれからずっと思い悩んでいたようだが、ようやく結論が出たという事だと、私は考えた。
「同盟の件、お受けしようと思います」
その答えに少し違和感を覚えながらも、私は「分かりました」とその申し出を快く受ける。
私が違和感を感じたのは、自分で誘っておいてなんだがマリエルが思い悩んでいた理由も察していたからだ。
お兄様の侍従である事を誇りにし、そして誰よりも強い恩義をお兄様に感じている彼女が、軽々しくこんな話を受けるとは私も思ってはいなかった。
だからこそ、結論を出すのに時間が掛かっただろうという事も分かっていた。
「一つだけ聞いてもいいかしら? 何故、話を受けてくれる気になったの?」
だからこそ、疑問に思っていた事をマリエルに投げ掛けてみる事にした。
彼女がお兄様の事を好きな事は知っている。でも、ただそれだけでは理由としては薄すぎる。
何か、マリエルの心を動かすような大きな出来事が、ここ数日の間にあったという事だ。
「太老様だからです」
「……お兄様だから?」
「はい。私が太老様に言葉では言い表せないほどの恩義を感じている事は、マリア様もご存知のはずです」
それは知っている。封建貴族の大粛清以前にも彼女達の事をお兄様が気に掛け、幾度となく手を差し伸べていたと言う話は耳にしていた。
お兄様の事だ。それは何も彼女達に限っての事ではないだろう。
使用人全て、いや民全てに気配りを忘れず、そうした民達が置かれている現状を前に御心を砕かれているような優しい方だ。
とは言え、お兄様にとっては当たり前の事でも、彼女達にとっては運命を左右するほど重大な出来事だったに違いない。
更には今回のマリエルの家族の件や、山賊討伐の件。私財を惜しげもなく投げ打つほどの領地に懸ける思い。
マリエルがお兄様に強い恩義を感じるのも無理はない話だ。
「私は太老様のメイドです。その事はこれからも変わりありません」
「でも、それでは……」
「ですが、メイドである前に私は一人の人間として、女として太老様に感謝しています」
マリエルの言いたい事は大体察する事が出来た。
その言葉の重みも、そしてマリエルがそう口にした意味も――
「私、マリエルは、太老様を愛しています」
考え抜いて導き出したマリエルの答え。それは凄く簡単な事だった。
お兄様の侍従としての立場、そしてマリエル個人としての想い。
そのどちらもを切り離して考える事は出来ない、そうマリエルは言いたかったのだろう。
その上で同盟の話を受ける、とマリエルはそう言っていたのだ。
ここにマリエルがいる理由。マリエルがお兄様を好きになった経緯。
それを考えれば、この選択は当然の答えだったのかも知れない。
「それがあなたの導き出した答えなのなら、私からは何もありませんわ」
身も心も捧げ、お兄様のためだけに存在する専属メイド。
最もお兄様に近く、最も遠いかも知れないその場所に、彼女は居続ける事を選んだ。
(同盟に誘ったつもりで、一番の強敵を作ってしまったのかも知れませんわね)
ある意味で恋人以上に厄介な存在になるかも知れない、と私が感じたのは間違いでも何でもないだろう。
どうやっても、私達では成り代わる事は出来ない、マリエルだけの居場所が其処にはあったのだから。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m