【Side:ラン】

「うぅ……マジで勉強しなきゃ駄目?」
「駄目ザマス。太老様の従者として赴くのなら、最低限の礼儀作法は身に付けてもらうザマス」

 あたしは今、マリエルを教育係に、従者としての心構えをマスターするために厳しい特訓を課せられていた。
 マリエルはと言うと、髪をアップで上に纏め上げ、厳しい感じの赤渕の三角眼鏡に、右手には鞭を持ち、教会の修道士のような畏まった衣装を身に纏っている。
 口調まで完全に変えて、教育係に成りきっているのだから、さすがに言葉も出ない。
 これが、異世界から伝わっている教育係の正装と言葉遣い≠轤オいのだが、こんな伝統、あたしにはいい迷惑でしかなかった。

「そこ、集中するザマス!」
「ううぅ……分かったよ」

 マリエルの鞭がピシッとしなり、あたしの視界を掠める。
 勉強など本来ならしたくもないが、太老の従者に成ると決まってしまった以上、あたしに拒否権などあるはずもない。
 太老のシトレイユへの出張が今から三日後。それまでに従者として、人前に出ても恥ずかしくないようにしてみせる、とマリエルは随分と気合を入れていた。
 いつもと気合の入り方が随分と違う。仕事にでも何でも、気合に満ち溢れているのが分かる程だ。
 何があったのかは分からないが、あたしにとっては迷惑極まりない。

(しかし、シトレイユか……こんなカタチで行くことになるとは思わなかったけど)

 シトレイユには今、あたしの母親であり、山賊の御頭でもあるコルディネ≠ニ、その部下が十名ほど潜伏している。
 ハヴォニワでの仕事と仕込みを終え、次の仕事の下準備をするためだ。
 出来ることなら早く、今のハヴォニワの現状や仲間のことなどを母さんに連絡したいが、連絡用の通信機などは全て、アジトごと軍に接収されてしまった。
 あれは唯一、仲間の元に繋がる直通回線なので、あの通信機が手元にないことには、ハヴォニワから直接連絡を取ることは出来ない。
 向こうの準備が済み次第、落ち合う予定となっていた場所にまで行くことが出来れば、連絡をつけることも可能かもしれないが、それも太老の従者としてシトレイユに行くことになる以上、やはり相当に困難だと思わざる得ないだろう。

(どうにかチャンスが作れれば……)

 もう無理だと思っていたシトレイユへ行く機会が出来たのだ。
 逃げられないまでも、あたしが無事なことや仲間のことくらいは、母さんと向こうにいる仲間達に伝えておきたい。
 あたしは、そう考えていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第77話『山賊の母子』
作者 193






【Side:コルディネ】

 突如、ハヴォニワに残してきたラン達との連絡が途切れたという報告が入り、私はいつになく焦りを感じていた。

「御頭! 確認に向かった奴から連絡が入りやした!」

 直ぐに山賊ギルドに連絡を取り、コネと金を使って私達のアジトが今はどうなっているか? 近くの山賊達に確認に向かってもらった。
 その時に聞いた話だが、ハヴォニワは今、大変なことになっているらしい。
 山賊狩り――それも大規模な討伐隊が組織され、軍主導による一斉摘発が始まっていると言うのだ。
 聖機師の間でも名高い『ハヴォニワの三連星』と言う二つ名で呼ばれる凄腕の三人の聖機師と、軍の旗艦まで動き出していると言うのだから、本腰を入れて軍が山賊の討伐に動き出したという情報は間違いではないのだろう。

「壊滅……だって? そこに居た山賊達は、どうなったんだい!?」
「全員、軍に捕らえられたって話です……最後まで抵抗した者の中には、死傷者も出てるとか」
「くそっ! 軍の連中め!」

 ――ドンッ!
 怒りに任せ、力任せに木の机に拳を叩きつける。それは予想していたよりもずっと最悪の事態だった。
 これまで後手後手に回っていた腑抜けた連中が、ここになって一気に攻勢に出始めた。
 そのことを不思議に思わなくはないが、本気で軍が動き出したとなると、山賊の一組織程度では相手にならない。
 装備も規模も、全てが余りに違いすぎる。真っ向からぶつかり合えば、山賊が敗れるのは当然の帰結だ。

「確定情報じゃないんですが、今回の山賊狩りの件、どうも例の天の御遣い≠チて男が関与してるようですぜ」
「……アイツか」

 封建貴族達の件の時、私を赤子扱いした黄金の聖機人の聖機師のことだ。
 正木太老――ハヴォニワに彗星のように現れた英雄。民衆の味方、ハヴォニワの救世主とも言われている男。
 確かにあいつはやばい。そのことは誰よりも、直接対峙した私が一番よく分かっている。
 だから、仲間達にも『あの男にだけは絶対に関るな』と、釘を刺しておいたのだ。
 しかし、あの男が自ら動き出してくるとは、私もまだまだ危機感が足りてなかったようだ。

(こいつは、まずいことになったね……)

 そう、封建貴族の連中を、邪魔になったからといって容赦なく粛清してしまうような奴だ。
 奴にとって障害になるものであれば、それは貴族だろうと山賊だろうと関係ない。

(私達への警告と考えていいだろうね)

 ここ最近、ハヴォニワでの山賊による略奪行為は頻度を増し、上にとっても頭の痛い問題となっていたことは間違いない。
 大勢でシトレイユに渡れば足がつく。それに今後の仕事を円滑に進めるためにも繋ぎを残して置く必要性を考え、仲間の殆どをアジトに残してきたのだが、それが返って仇になってしまった。
 あの男を甘く見すぎていた。奴の行動理念を考えれば、今回のことは予想して然るべきだった。これは、完全に私の失策だ。

「ラン……」

 仲間のことは勿論心配だが、残してきた娘のことも気掛かりでならない。
 生きているか、死んでいるかも分からない。例え生きていたとしても、軍に捕まって酷い目に遭わされていることは間違いない。

「御頭、黙っていることはないですぜ!」
「そうだ! 仲間がやられて、このままでいられるかよ!」
「連中に一泡吹かせてやりましょうぜ!」
「――黙りなっ!」

 今にも飛び出して行きそうな連中を、私は一喝して黙らせる。
 ここで飛び出していっても玉砕するのは確実だ。
 相手が軍だけでも厄介なのに、そこに加えてあの男≠セ。正直な話、私達に勝ち目など一欠けらもない。
 玉砕するだけなら簡単だが、そうなれば二度と仲間やランを取り戻すことが出来なくなってしまう。

「捕まった山賊達の処遇はどうなってるんだい?」
「殆どの奴は収容所送りになってる様子です。
 人数が人数ですし、刑が言い渡されるにしても当分は時間が稼げるんじゃないかと」
「……だったら、当面の間は大丈夫そうだね」

 直ぐに殺されるようなことがないのであれば、取り敢えず安心は出来る。
 しかし、危険なことに変わりはない。最悪の場合、山賊の頭の娘であるランは死罪≠ニいうことも十分に考えられる。
 余り時間が残されていないことは確かだった。

「金に糸目は付けない。逐一、現地の連中に情報を流すように言っときな。
 どんなことでもいい、出来るだけ多くの情報を持ってくるように伝えるんだよ!」
「へ、へい!」

 焦っても、どうすることも出来ないのは確かだ。
 ならば出来るだけ情報を多く集め、可能な限りの手を考えていくしかない。
 その結果、向こうに残してきた仲間やランを見殺しにすることになるかも知れないが、それが沢山の仲間の命を預かる御頭としての私の責任でもある。

(だからって、このままにはしておかないよ! ――正木太老!)

 私は血が滲むほど強く、ギュッと拳を握り締める。それは――憎悪≠セった。
 今の私達には力がない。仲間を取り戻すことも、奴等に報復することも出来ない。
 やり場のない怒りが、私の胸の中を渦巻いていた。

「何ヶ月、何年掛かろうと、この借りは必ず返させてもらうよ!」

 それが仲間を奪われ、娘を奪われた私の――怒りの叫びだった。

【Side out】





【Side:太老】

「……ラン、何だか随分とやつれたな」
「……太老だって、目の下に大きな隈を作ってるじゃないか」

 焦燥し、やつれきった様子の俺とラン。
 無理もない。俺は留守にしていた分の商会の仕事を全て、あの五日間で終わらせ――
 またランも、慣れない従者の特訓を無理矢理受けさせられていたらしい。彼女の苦手とする礼儀作法≠フ勉強を、だ。
 互いにシトレイユへ出張に行く前に、すでに体力と気力を消耗し尽くしていた。

「うっ……黄金の船」
「言わないでくれ……俺だって悲しいんだ」

 黄金の船を見て、明らかに微妙な表情を浮かべるラン。気持ちはよく分かる。
 誰だって、こんな成金丸出しの船なんか、好き好んで乗りたいと思う奴は、そうはいないだろう。
 実際、俺だって出来ることなら別の船に乗りたい。しかし、それはマリアが悲しむので無理だ。
 俺に相応しい船を、と言う事で、態々マリアが用意してくれた船だ。
 その心遣いを無碍にするような真似は、俺には到底出来ない。

(マリアを泣かせたら、信奉者共にどんな目に遭わされる分からんしな……)

 しかし、本当にこんな船が貴族らしい船なんだろうか? それだけは甚だ疑問でならなかった。
 マリアの感性は、やはりどこか普通の人とズレている気がしてならない。
 以前に黄金の聖機人を見せた時も、マリアだけが手に汗握って興奮していたことを思い出す。

(そんなに金ピカ≠ェ好きなんだろうか?)

 そのことを考えると、マリアが守銭奴≠ノならないように、と今から祈らずにはいられなかった。
 マリエル達が何も言ってくれないのは、恐らく気遣ってくれているからに違いない。
 普通、ランのような反応が俺は正常と思う。

「シトレイユまで丸一日掛かるらしいから、到着まではのんびりと休ませてもらおう」
「賛成だね……いえ、賛成ですわ。た、太老様」
「……気味が悪いからやめてくれ。余計に気分が滅入る」
「き、気味が悪いって! あたしだって、これでも一生懸命――」

 努力は認めるが、普段のランを知っている身からすれば、気味が悪いだけだ。正直、鳥肌が立つかと思った。
 ランに今更、礼儀作法だとか言葉遣いだとか、そもそも求める方が無駄とさえ思う。
 出来ないことを強要するものじゃない。俺だって、未だに慣れないくらいだ。
 暴言さえ吐かなければ、別に普段通りで構わないと俺は思う。

「そんなのは、きちんとした公式の場だけでいいよ……二人きりの時は普通にしてくれていい」
「ふ、二人きり……そ、そう言うなら仕方ないね。あたしもこっちの方が楽だし」

 理解してくれたようで何よりだ。俺は、ほっと胸を撫で下ろす。
 マリエルが随分と気合を入れて教育してくれたようだが、そんなのは必要最低限できていれば十分だ。
 これから十日以上も一緒にいることになるのに、ずっとこんな堅苦しい話し方をされたのでは、俺の身の方が持たない。
 視察ともなれば、色々と気を遣うことも増えるというのに、更に精神に追い討ちを掛けて疲れさせるような真似は勘弁願いたい。

「なあ、太老。自由時間……ってあるのかな?」
「自由時間? 観光でもしたいのか?」

 こんな事を言い出す辺り、何だかんだで楽しみにしていたのだろうか?
 そう言えば、シトレイユ皇国に行くのは、俺もこれが初めてだったりする。
 大陸最大の大国で、ラシャラの母国。人口だけでもハヴォニワの三倍。製造業に代表される鉄鋼業などの産業も盛んだというし、ハヴォニワよりもずっと発展した国であることは確かだ。

(そういや、あの船もでかかったもんな)

 以前にラシャラを迎えにきた船も『スワン』と言うらしいが、小島を丸ごと浮かべたような巨大な船だった。
 名前の通り、空飛ぶ庭園と言ったところか? 庭ごと屋敷を浮かべてしまうなど、スケールが違う。
 ラピュタ? と思わず首を傾げてしまった程だ。

 聞いた話によるとあのスワンは、屋敷などの生活に必要な設備が全て整えられており、一種の動く要塞のような作りをしているらしい。
 皇族の船だとはいっても、はっきり言ってやり過ぎだ。
 島を船とし、浮かべてしまうような技術力も然ることながら、自己顕示欲の相当強いお国柄と思っていいだろう。

(とは言っても、皇家の船に比べたら、それでも高が知れてるんだが……非常識だよな)

 家どころか、星が丸ごと船の中に入っているような物が、樹雷の皇家の船≠セ。
 もっとも、あれは皇家の船だから出来ることであって、こっちの世界で亜空間を使って世界を丸ごと船の中に固定するような真似は出来ない。
 皇家の樹を使わず、そんな非常識なことを可能とする人物がいるとすれば、俺の知る限り鷲羽(マッド)くらいなものだろう。

「そうだな……まあ、息抜きも必要だしな」

 ハヴォニワを出るのは、これが初めてのことだ。
 仕事とはいえ、少しくらい息抜きしても罰は当たらないだろう。
 まだ見ぬシトレイユ皇国に、俺は心躍らせ、密かに期待に胸を膨らませていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.