【Side:太老】
シトレイユ皇と謁見は、折を見て後日と言う事で話がついた。
国皇と言うからにはそれなりに多忙なのだろうし、幾ら向こうから『会いたい』と言ってきたからといって、約束もなしに行き成り押し掛けるのは迷惑だ。
どの道、俺ではよく分からんから、その辺りの調整はラシャラに任せることにした。
「結構、中央の方に入っていくんだね」
「うむ。出来るだけ良い場所を、と思ってな」
今、俺達は黒塗りの公用車に乗って、ある場所に向かっていた。
そう、まずはラシャラの案内で、正木商会のシトレイユ支部に連れて行ってもらうことになった。
ラシャラの言う『良い場所』というのが不安でならなかったが、その理由が直ぐに分かった。
(噂に違わない大都市だな)
道路脇には巨大な建造物が立ち並び、人々の活気で満ち溢れている街道を真っ直ぐに抜けていくと、大きく開けた広場のような場所にでた。
広場の中央には大きな噴水があり、様々なカタチをしたモニュメントが広場の至る所に飾られている。
首都の中央と言うだけあって、建ち並んでいる建物も意匠を凝らした精悍な作りのものばかりだ。
大陸一の大都市と呼ぶに相応しい光景がそこにはあった。
「ここじゃ」
「……はぁ!?」
そんな中、一際大きく聳え立っている建物。もう、小さな城と例えても間違いではない、立派な建造物が目の前にあった。
(本部より大きな支部って……そもそも、これだけの建物を首都の中央に建ててしまうなんて、ラシャラは何を考えているんだ?)
巨大な建物を見上げて、クラリと立ち眩みがする。
建築費だけでも然ることながら、維持費だけでも相当に嵩みそうな建物だ。
「いや……以前、ここにはシトレイユでも有数の大商会があったんじゃが」
そのシトレイユの大商会。以前から出入りしていた商人や労働者の流出が著しく、そのことで苦しい立場に追い込まれていたらしい。
これは領民税を廃止したことにより、うちの領地に流れてきていた難民の殆どが、この商会絡みだったことに原因があったようだ。
更には、正木商会シトレイユ支部の登場が、彼等に更に大きなダメージを負わせてしまった。
これまでにない斬新な商売の方法。更にはシトレイユのラシャラ姫に、ハヴォニワのフローラ女王、といった大きな後ろ盾を持ち、利益を独占せず、施政や民衆に利益を還元する正木商会のやり方は、シトレイユの人々にも受けがよかったらしく、僅か数ヶ月で瞬く間に勢力を増して行き、一方、以前からシトレイユにあった大商会の方は市場や販路をシトレイユ支部に奪われ、勢力を削ぎ落とされていったのだとか。
そして、トドメとなったのが、『ハヴォニワの大粛清』と呼ばれている封建貴族の粛清事件だ。
あの事件で爵位を剥奪されたハヴォニワの公爵と、その大商会は裏で取引があったらしく、公爵が私財を没収の上、縛り首にあったことで大きな不渡りをだしたのが、致命的な一撃となったということだ。
更には、公爵が捕まったことで、人身売買諸々を含む裏家業との関連と、それを裏付ける帳簿が発見され、密かに結託していたシトレイユの貴族達の不正まで発覚したらしい。
でるわでるわ、次々に明るみになっていく驚くべき事態に、シトレイユは一時騒然となったらしい。
結局、大商会はその責任を取らされ、私財の全てを国に没収され解体。
そのどさくさに乗じて、大商会の保有していた流通販路や不動産、目ぼしいものは殆どは、ラシャラ達が掠め取ってしまったらしい。
この建物も、その時に獲得した成果の一つなのだとか。
(あれ? もしかしなくても、俺の所為か?)
腕を組んで思わず唸ってしまう。
そんなつもりは毛頭なかったのだが、どこで何が繋がっているか分からないものだ。
悪辣なことをして儲けていた商会のようだし、ある意味で潰れてよかったのだろう。
色々と腑に落ちないこともあるが、そういう事で納得することにした。
【Side out】
異世界の伝道師 第79話『フォークダンス』
作者 193
【Side:ラシャラ】
どうしても太老を出迎えに行きたいと言う者が多くて、抽選というカタチで人数を制限したが、それでも千人を超す人間が集まってしまった。
さすがに太老も驚いたようじゃったが、これも人望と思って諦めてもらうしかない。
ハヴォニワの人間だというのに、既にここシトレイユでも太老のことを知らぬ者などおらぬほどだ。
やはり、シトレイユ三大商会の一つに数えられている大商会が倒産したという話は、シトレイユの人々にも衝撃的な話だったに違いない。
事実、連日のように街でも人々の間で噂が吹聴され、『大商会転落の謎』と称した特集まで組んだ情報誌が出回るほどの注目度じゃった。
(ちと、有名に成りすぎのような気もするがの……)
その中で、事細かに噂され注目の的とされていたのが正木商会と、今回の大商会転落の切っ掛けを作ったと噂される太老じゃった。
ハヴォニワでの太老の活躍は、ここシトレイユにも大きな噂となって伝わってきている。
人々がそのことと、今回の事件を関連付けて考えることは時期的な問題を見ても仕方のないことじゃ。
(全く、本当にいつも驚かせてくれる)
我が、父皇の頼みを断りきれなかった理由の一つがそれじゃ。
今回のことでシトレイユは、太老に感謝してもしきれないほど、大きな借りが出来てしまった。
不正を行っていた貴族達の処分だけでなく、大商会やそれに関係する裏組織の摘発に成功し、長年、蓄積した大きな国の膿を出すことが出来た。
父皇に気になって聞いてみたのじゃが、以前から不正の証拠を掴もうと、その大商会や貴族達のことをマークはしていたらしい。
しかし、一向に尻尾を見せず、調査は難航していたということじゃった。
太老の投じた一石は、そうした状況を一変させるほどの威力を秘めていたということじゃ。
恐らくは太老のことじゃ、我の国での事情を察していたくらいじゃし、そこまで考えての行動であったとしても何ら不思議なことではない。
「暫しの間、ここで待っておいてもらえるか?」
一先ず、太老達の案内を終え、応接間に通し、そこで待ってもらうことにした。
今晩は支部を挙げての歓迎会を催すことになっている。皆も楽しみにしておるし、是が非でも太老には出席してもらわねば。
父皇にも、太老に承諾をもらったことを連絡をしておかねばなるまい。
『いいよ。一度、ラシャラちゃんのお父さんにも、きちんと挨拶しておかないとね』
その時、あの太老の言葉が頭を過ぎった。
思い出しただけで体が熱くなり、頬が紅潮してくるのが、鏡を見ずとも分かる。
まさか、あんな事を突然言われるとは思いもしなかった。
「あ、あれは告白などではないぞ。うん、そう、ただの挨拶じゃ!」
そんな事はない、と思うが、太老のことじゃから父皇の前でも何を言い出すか分からん。
以前の告白のこともある。あの時は我のことを気遣って、あんな事を言ってくれたのじゃと自分を納得させたが、正直に言えば太老の胸の内は我にも全く想像がつかん。
「心の準備も出来ておらんというのに、不意打ちにあのようなこと……」
「不意打ち? 何が不意打ちなのですか?」
「いや、だからじゃな……へ?」
後から突然、声を掛けられ、我は間抜けな声を上げて壁際に飛び退いてしまう。
首を傾げこちらを見ているのは、オーソドックスなメイド服に身を包んだ一人の侍従だった。
そう、太老が連れてきた侍従――
「ラシャラ様? どうか、なさいましたか?」
「な、何でもないぞ。それよりもなんじゃ、マリエルじゃったか?
御主もゆっくりとしておればよいじゃろうに……見学か?」
そう、マリエルじゃ。先程、ここに来る前に太老に紹介してもらったが、我は彼女のことを以前から知っていた。
マリアから通信で連絡をもらっていたからじゃ。
正木卿メイド隊――太老が自身の駒となる人物を自ら育成しようと考え、設立した新組織。
その働きは侍従の仕事に留まらず、城の文官以上の働きをする優秀な人材で固められた精鋭部隊≠セと聞いておる。
中でもマリエルは、太老直々にメイド長に任命するほど優秀な人物で、太老が絶大な信頼を置く腹心でもあるという。
マリアが提案した同盟≠ノ参加を表明したということじゃが、それでも、かなりの強敵であることに変わりはない。
気に食わない奴じゃが、マリアの人を見る目が確かなことは我も認めておる。
そのマリアを唸らせ、太老が目を掛けるほどの人物。興味がない、と言う方が嘘と言うものじゃ。
「いえ、マリア様が『紅茶を飲みたい』と申されましたので、その準備に」
「何じゃ? 御主がそんな事をしておるのか? 御主は太老の専属の侍従ではないか」
マリアには専属の護衛騎士であるユキネもいる。
それに茶の準備くらいなら、商会の使用人に言えば幾らでも用意してくれるはずじゃ。
と言うか、茶なら部屋に案内した時に、既にだしたはずじゃが……
「マリア様は太老様の大切な方ですから、その扱いに差などございません。
それに、どうしても私の紅茶が飲みたい、と仰るもので……」
「また、あの我が侭娘は……」
忌々しく、我はそう口にする。大方、我への当てつけに決まっておる。
太老のことを『お兄様』などと呼んで随分と親しくしておるようじゃし、『同盟』とか言っておきながら先手を打つとは実にマリアらしい姑息な手じゃ。
しかし、シトレイユでも思うがまま、何でも自由になると思うたら大間違いじゃ。
ここは我のホーム。何をするにしても、我に分がある。太老の滞在期間は十日しかないが、逆を言えば十日もあるということじゃ。
それだけあれば、太老に我のこと、シトレイユのことを印象付けるには十分な時間と言える。
幸い、太老も協力的なようじゃし……マリアの奴め。今は精々、優越感に浸っておるがいい。
「もしかして、お気を悪くされましたか?」
「いや、構わぬ。何も御主は悪くないのじゃしな。ところで、その紅茶なのじゃが……」
マリアが、ユキネにではなく態々マリエルに頼むほどのことだ。その紅茶の味は確認するまでもなく、美味いことは間違いない。
ただ、噂の人物の淹れた紅茶と言うものに興味があった。
まだ話でしかマリエルの能力や人となりは聞いたことはないが、物腰やさり気ない仕草を見ていれば分かる。
マリエルは間違いなく、一流の侍従と呼べる資質を兼ね備えていると――
「……美味い」
「ハヴォニワから持参した茶葉ですが、皇室でも使用されている物ですので。
気に入って頂けたのでしたら、少しお分け致しますけど」
正直に言って驚いた。想像以上と言っていい。
我が絶対の信頼を置くマーヤの淹れてくれた紅茶と比べても、甲乙つけ難いほど完璧なモノじゃった。
ちなみにマーヤと言うのは、皇室に長年仕えてくれておる老齢の侍従長のことじゃ。
色々と融通が利かぬ厳格な人物じゃが、その侍従としての能力は父皇も信頼を置くほどで、はっきり言って、我もマーヤには未だに頭が上がらぬ。
そのマーヤと、少なくとも同レベルの茶を淹れたと言う事じゃ。
(この若さで、このレベルとは……やはり太老の見る目は確かなようじゃな)
【Side out】
【Side:太老】
支部に着くなり、また熱烈な歓迎を受け、そして今は支部を挙げての……というより街を挙げての歓迎会を催してもらっていた。
(歓迎会……というよりは祭≠セよな?)
そう、まさに『お祭』といった規模の催しだ。
ライトアップした支部前の広場では、耳にしたことがある軽快な音楽に身を委ね、代わる代わる立ち代り、男女が楽しそうに手を取り合い踊りを披露している。
中には支部の人達ばかりでなく、街の人も随分と交じっている。
この様子を見る限り、商会の活動が民衆に支持され、慕われていると言うのも嘘ではなさそうだ。
(でも、これって間違いなくフォークダンスだよな……)
これも異世界人の伝えた風習なのは間違いない。
中央にあるのはキャンプファイヤーではなく、イルミネーションで彩られた噴水だが、やっていることは同じだ。
少し、前世での学生時代を思い出して懐かしくなった。
あの頃は結局、生徒会の仕事やら実行委員が忙しくて殆ど参加は出来なかったのだが、踊りは今も何となくだが覚えている。
例の生徒会長に、忙しい役員の仕事の合間を縫って、何故か強引に練習に付き合わされていたからだ。
結局、遅くまで役員の仕事をしていた所為で、折角練習したにも拘らず踊る相手が捕まらず、二人で踊るしかなかった。
「お兄様、私と一緒に――」
「抜け駆けするでない! 太老は我と踊るのじゃ!」
「どちらが抜け駆けですか! 話の途中に割って入ったのは、あなたじゃありませんか!」
あの頃に比べて、今は随分と賑やかになったものだ、と苦笑を漏らす。
「二人とも、別に順番に踊ればいいんだから――」
それが薮蛇だと知らずに、俺は考えもなしに足を突っ込んでしまった。
「では、どちらと先≠ノ踊るのですか? まあ、聞くまでもないでしょうけど」
「安心せい。マリアを選んだとて、それはハヴォニワへの忠誠心と思って、我は怒ったりはせぬぞ」
いや、明らかにどっちも怒るだろう。機嫌を悪くするのは目に見えている。
どちらか一方を選ぶに選べず、対応に困りかねていると、丁度いい具合にユキネがマリアの姿を捜してやってきてくれた。
「ユキネ! 頼む! 俺を助けると思って!」
「え? 太老? ええ!?」
二人のどちらかだけを選べないのあれば、残された手はこれしかない。
これで解決とは思えないが、喧嘩の火種は一つ消えるだろう。
ポカンと呆けている二人を放って、俺はユキネの手を取って広場の中央に出る。
「……太老、私でいいの?」
「ユキネでないと駄目なんだ」
そう、ここでユキネに一緒に踊ってもらえないと、またあの不毛な争いが繰り広げられるのは確実だ。
そうなれば、俺は再び、どちらか一方を選ばないといけないと言う、無茶な選択を迫られてしまう。
何としても、それだけは回避したかった。
「俺と、踊って頂けますか?」
「……はい」
ユキネの手を取り、音楽に合わせて踊り始める。
(意外と覚えてるものだな)
――今となっては懐かしいダンス
記憶の中に埋没していたその踊りは、どこか懐かしく楽しい気持ちにさせてくれた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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