【Side:太老】

「むう……暇だ」

 実のところ、やることが無さ過ぎて困っていた。
 視察というからには、色々と書類に目を通したり、職員の仕事振りや設備のチェックをしたり、とやることがありそうな物なのだが、書類の確認の方はマリアが、設備のチェックの方はマリエルがやってくれているので、俺の仕事がない。
 職員の仕事振りでも見ようかと現場に顔を出せば、全員が緊張した面持ちで挨拶を交わしてきてくれるので、余り邪魔をしたくはなかった。
 今日はラシャラも『城に用事がある』と言って出掛けているのでいない。恐らくは俺が到着したことの報告と、皇との謁見の日取りを話し合いに行ってくれているのだろう。
 ユキネも護衛としてきている以上、マリアの傍を離れる訳にはいかないので、俺の暇潰しに付き合わせる訳にはいかない。
 残ってるのは、さっきからラシャラの従者に勉強を見てもらっているランくらいのものだ。

「あたしは、こう言う細かいことは苦手だっていうのに……」

 マリアに『お兄様の従者をするのでしたら、このくらいの教養≠ヘ身に付けて頂きませんと』などと言われ、あの分厚い参考書の山を手渡されたらしい。主に経済学や政治学の本のようだ。
 今まで、勉強なんてものと縁のない生活を送っていたランからすれば、苦痛でしかないだろう。

「大丈夫ですよ。少しずつやっていけば、必ず身に付くものばかりですから」

 ランの勉強を見てくれている女性。
 気を利かせたラシャラが『案内役』に、と残していってくれたアンジェラ≠ニ言う名の従者だった。
 年齢は二十一歳。彼氏はなし。茶髪のショートヘアーがよく似合う、清潔で理知的な印象が似合う女性だ。
 身の回りの世話から、護衛や秘書のような仕事まで何でもこなす優秀な人物、とラシャラからは紹介を受けた。
 以前にラシャラをハヴォニワまで迎えにきたヴァネッサ≠ニいうもう一人の従者と共に、普段はラシャラに仕えているそうだ。

「ラン、朝からずっとやってるだろ? 昼飯でも食いに外に出るか?」

 ここに来る前に『観光をしたい』とランが言っていたことを思い出し、そんな風に誘ってみる。
 俺も今日はすることがなかったので、暇潰しには丁度いい。

「行く! 丁度、腹も減ってたんだ」

 単に勉強をやめたかっただけ、とも取れるが、敢えてそのことには突っ込みを入れないで置いてやった。武士の情けという奴だ。
 そんなランを置いておいて、俺はアンジェラのことも誘う。
 ランの勉強を見てもらった礼もあるが、シトレイユの地理に疎い俺としてはアンジェラに案内役をして欲しかったからだ。
 実際、ラシャラもそのつもりでアンジェラを置いていってくれたのだろうし、ここは素直に頼らせてもらうことにする。

「アンジェラさんもどうですか?」
「私も、よろしいのですか?」
「ええ。俺が奢りますから、よかったら街を案内してもらえません?」

 少し思案した様子だったが、直ぐに了承してくれた。
 これだけ大きな街だし、美味しい物や、珍しい物も色々と転がってそうだ。

【Side out】





異世界の伝道師 第80話『神器』
作者 193






【Side:ラン】

 こんなにも早くチャンスが巡ってくるとは思いもしなかった。
 でも、折角、太老から言い出してくれたのだし、このチャンスを利用しない手はない。

「太老、あたし行ってみたいところがあるんだけど」
「行きたいところ?」

 支部を出て、どこで何を食べるかと相談しているところに、思い切ってそう提案してみた。
 訝しげな表情を浮かべ、首を傾げる太老だったが、何とか納得してくれたようで「どこに行きたいんだ?」と聞き返してくる。
 あたしが行きたい場所。それは、東通の歓楽街にある一件の酒場だった。

「酒場って……昼間から酒を飲む気か?」
「い、いや……そこ、食事も出してるんだけど、美味いって評判を聞いてさ!」

 咄嗟に吐いた苦しい言い訳だった。
 表向きは酒場だが、そこは山賊ギルドの連絡所にもなっている場所で、あたし達もシトレイユでの仕事がある時はよく利用させてもらっていた。
 今回も、何かあればそこの酒場を緊急連絡先に使うことになっていたので、繋ぎをつけるためにも何としても足を運びたい。

(うっ……)

 太老に訝しげな視線を向けられ、あたしは冷や汗を流す。バレてはない、と思うけど疑われているのは間違いない。
 出来るだけ早く母さんに連絡を取りたいと思って、少し焦りすぎたかもしれない。

「まあ、いいか。行きたいんだろ? その酒場に」
「い、いいのか?」
「まだ、どこで昼飯食うとか決まってなかったしな。アンジェラさんも、それでいいですか?」
「はい。では、その後に少し街の方を案内させて頂きますね」

 あたしは、ほっと胸を撫で下ろした。

【Side out】





【Side:太老】

「閉まってるな」
「閉まってますね」
「……な、なななっ!」

 ガックリと肩を落とすラン。余程、この酒場に未練があったのか、放心状態になりピクリとも動かなくなった。
 昼間だから閉まってるのか? と様子を窺ってみたが、どうやら長い間、店は使われていないようだ。
 中を覗き込んで見ると、テーブルや椅子も綺麗に片付けられていて、まさにもぬけの殻と言った様子だった。

「そこの商店の方に伺って見たのですが、どうやら例の大商会が運営していた酒場のようで……」
「ああ……なるほど」

 大商会の倒産と共に、この酒場も潰れてしまったらしい。
 楽しみにしていたランには悪いが、こればかりはどうしようもない。
 不可抗力とはいえ責任の一端を担っているだけに気まずいが、運がなかったと思って諦めてもらうしかないだろう。
 しかし、あの封建貴族の粛清が、そこまで大事になっているとは思いもしなかった。
 ハヴォニワだけでなく、こんな外国にも影響があるなんて、本当に何があるか分からないものだ。

「ほら、別に美味い物が食えるのなんて、ここだけじゃないぞ」
「そうですよ。私の知っている店でよければ、ご案内しますので」

 アンジェラと二人で落ち込んでいるランを励ます。
 まさか、ここまでダメージがあるとは思ってもいなかった。そんなに楽しみにしていたのだろうか?
 この様子だと観光したがっていたのも、この酒場に来るのを楽しみにしていたのかも知れない。

(でも、別に俺が意図的に何かした訳じゃないしな……)

 取り敢えずランを宥め、アンジェラの案内で屋台の多く出ている市場に連れて行ってもらうことにした。
 そこなら食い物に限らず色々な物があるだろうし、気分転換にもなるだろうと考えてのことだ。

「へえ、本当に色んな物があるな」
「この市場にはシトレイユ中から様々な物が集まってきてますからね。
 通称『世界市』とも呼ばれていて、観光名所の一つに挙げられているんですよ」

 アンジェラの説明通り、本当に色々な物が置いてあった。
 ハヴォニワの工芸品や、シュリフォンの薬剤なども見受けられる。シトレイユの製品だけでなく、大陸中から様々な品物が集まっているようだ。
 確かに『世界市』というだけのことはある。

「おお、こいつは美味いな。中華まんみたいで、外はもちもちして中は具がぎっしり詰まってて」
「中華まん、ですか? それはハヴォニワの料理ですか?」
「いや、俺の故郷の料理だよ。肉まん、あんまん、ピザまん、カレーまんとか、色々とあってね。名前によって色々と中身が違うんだ」

 俺の話に感心した様子で頷くアンジェラ。
 しかし、やっぱりこっちの食文化は、あっちの世界とそう変わらないな。
 随分と昔から異世界人との交流があったようだし、その辺りからも影響を受けているのだろうと思った。
 とは言え、本当にどうしたものか? ランは相変わらず気落ちしたままだし、アンジェラから手渡された中華まんのような物を、心ここに在らずと言った様子で黙々と食べている。

「……なっ!?」
「どうしました?」

 そんな時だった。市場の商店の一角に、見覚えのある物が俺の眼に入った。
 アンジェラが不思議そうな顔をして、俺の眼にしている物を覗き込む。

「おっ、お客さん目聡いね。そいつは『神器』って言われてる代物でね」

 少し型が旧いが間違いない。一般人には確認できないように隠されているが、アカデミーのシリアルも入っている。
 こっちの世界の人には、これが何なのか全く理解できないだろうが、ギャラクシーポリスで採用されている戦闘服だ。
 単なる防御力の向上や身体能力の強化に留まらず、光弾、瞬間移動、バリア、ステルス機能などを搭載しているとんでもない代物だったりする。美星が任務中に身に纏っているのは、これを改造した特注品だ。
 とは言え、汎用の物でも、こっちでは十分過ぎる性能がある。危険であることに代わりはなかった。

(ある意味で神器≠ノ違いないが……)

 普段は何の変哲もない腕輪や時計といった装飾品に姿を変えているので、使い方を知らなければ、これが何なのか分からないのも無理はない。
 しかし、何でこんなところに、こんな物が?

「小父さん、先史文明の遺物は教会管理されてて、売買が禁止されているはずですけど?」
「うっ! もしかしてお嬢さん、お城の人かい? 勘弁してくれねぇかな?
 別に不正に手に入れたって訳じゃなく、例の大商会が倒産した時に流れてきたもんでさぁ」

 聖機人にせよ、先史文明に関する物の殆どは教会が管理している、という話は俺も聞いていた。
 だからといって、その全てを教会が所有していると言う訳じゃない。
 聖機人ほど大層な物ではないが、先史文明の遺物、別名『神器』と呼ばれている物は結構な数が発見されている。
 大抵は村の御神体として祭られていたり、皇家や貴族、大商家の家宝として大切に保管されているという。
 中には何らかの事情があって、こうして市場に出てくる物もある、と言う事だった。

「おっちゃん、それ幾らだい?」
「え? いいんですかい?」
「た、太老様!?」

 アンジェラには悪いが、これを教会に接収される訳にはいかない。
 万が一にも、これの使い方が分かってしまえば、聖機人よりある意味で厄介な代物になるからだ。
 どう言う経緯で流れついたのかは知らないが、誰の手にも渡らないように厳重に保管して置かないと。

「んじゃま、口止め料も含めてこのくらいで結構で」

 手馴れた様子で算盤を弾く店主。予想していた金額よりも随分と安かった。
 それでも『神器』と言うだけあって、それなりの価格ではあったが。
 指定された金額を記し、小切手をきって、それを店主に手渡す。

「正木太老――天の御遣い!?」

 小切手の名前を見て、随分と驚いた様子の店主。
 天の御遣いって……ここでも、その名を耳にすることになるとは思わなかった。
 ハヴォニワだけでなく、シトレイユにまで名前が知れ渡っているなんて……少し鬱だ。
 と言う事は、あの黄金の聖機人のことも知っているのだろう。

「そ、そうとは知らずに大変な失礼を! お、御代は結構ですので、どうぞお持ち帰りくだせぇ!」
「え? でも、さすがにそれじゃ悪いし……」
「本物かどうかも疑わしい横流し品ですんで、全く問題……あっ」
「……小父さん、さっきと言ってることが随分と違うみたいですけど?」

 アンジェラの視線が鋭くなる。
 店主も動転して思わず口走ってしまったようだ。慌てて口を両手で押さえているが、もう遅い。
 それ以外にも『口止め料』と称したお土産を付けてもらうことで、その場を治めることにした。
 少し可哀想な気がしなくはなかったが、大商会倒産の混乱に乗じて捨て値同然で入手した物を、客に高く売りつけて儲けていたようだし自業自得だろう。


   ◆


「でも、本当によかったのですか? あの店をあのままにして置いて。
 それに、太老様は結局、そのよく分からないガラクタだけで……私達だけこんなに頂いて……」

 ランとアンジェラの手には、さっき店主から貰ったお土産≠フ品々が納まっていた。
 殆どは装飾品とかなので、俺には余り意味がないものだ。
 元々、これさえ手に入れば他はどうでもよかったので、それは全部彼女達にやることにしただけだった。

「まあ、欲しかったのはこれ≠セけだしね? それに、あの商人も少しは懲りたでしょ」

 そんな事で路頭に迷われても困るし、あれだけアンジェラに責められたら、あの市場で商売など続けられないだろう。
 事実が発覚して、戦々恐々とした様子で顔を青褪めていたしな。

「あのオヤジ、結構いい物を隠し持ってたじゃんか。本当にあたしが貰ってもいいんだよな?」
「ああ、ちゃんとアンジェラと平等に分けろよ?」
「分かってるよ。どれにしようかな〜」

 機嫌が直ったようで何よりだが、食べ物より宝石や装飾品の方が嬉しいとは、ある意味でランらしい。
 店主が『何でも持っていっていいから見逃して欲しい』と言うと、真っ先に品定めを始めたのがランだった。
 スリをやっていただけあって物を見る目は確かなようで、更に店主の顔色が悪くなるほど、金目の物ばかり抜き取っていた。

(ランの扱い方をまた一つ覚えられただけでも、由とするか)

 容赦がないというか、意地汚いというか、考えようによっては凄く扱いやすい奴だ。
 根は悪い奴ではないが、これも含めてラン≠ネのだろう、と俺は納得することにした。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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